「い、遺跡……?」
「まぁ見た方が早いと思いますよ」
言いながら、チベスナは俺を先導して平原の一角にある穴──おそらく二人の採掘現場──へと移動していく。
ただ石を掘るだけだが、それで遺跡が発掘とは……? というか、ジャパリパークって確か火山活動で作られた新しい島の上にできた動物園だよな? そんな遺跡っぽい遺跡があるもんか?
いやしかし……平原地方の地下にそういうアトラクションがあるとも思えないしな……テーマパーク的に考えて、地下アトラクションが砂漠地方以外のところにあったらちょっと……頻度が高すぎる気がするし。
と思いつつ穴をのぞき込んでみた俺は、思わず息を呑んでしまった。
穴の深さは、およそ二〇メートル。
まるで隕石が落下したあとにできたクレーターみたいな穴の形状は、おそらく落盤対策でチベスナが提案したものだろう。『ふふん。広めに掘れば崩れないと思いますよ』とか自慢げに言っているチベスナの顔は想像しなくても目に浮かぶ。
そしてその結果、穴の奥底は──別の穴と繋がっていた。
「……遺跡、ではないな」
「えっ? いせきだと思いますよ? 地下に埋もれてるじゃないですか」
「あー、定義論でいえば遺跡なのかもしれないが」
俺やおそらく多くの現代人がイメージするであろう『遺跡』といえば、石造りの煤けた古代の遺産……という趣だと思う。
だが、穴の先に繋がっている空間は、古代の遺産というよりは────無機質なコンクリートの廃墟だった。
「ここは多分……パークのインフラだよな」
似たような施設には何度か遭遇したことがある。
ピラミッドの地下から入った地下通路もそうだが、ロッジ地帯で発見したパーク職員の居住施設も、ジャパリパークのファンシーな意匠とは似ても似つかない無骨さだった。
どうもジャパリパークの傾向として、客に見せる部分は自然いっぱいだったりファンシーいっぱいだったりするが、反面客に見せない部分に関してはなんもしないというのがある気がする。
まぁテーマパークなんて大概そんなもんかもしれないが、実利と夢の切り替えのよさというかなんというか……こういう部分を見ると、ジャパリパークも地に足の着いた現実的な『企業』だったんだろうなぁと、なんか感じ入ってしまうな。
どうしてもこの世界に、この時代に生きてるとジャパリパークってなんかファンシーな異世界のように思えてしまうけれど。
「いんふら……でありますか?」
「チベスナさんインフラは聞いたことあると思いますよ! えっと……えっと!」
「『インフラストラクチャ』の略な。なんかこう……あらゆるサービスの基本というか、物資の流れの根本というか、そういう」
「チーター」
「聞いたことあるんじゃなかったのかよ」
確かに難しい言い回しだったかもしれないが。
「ま、昔使われてた場所だってことだ」
パークの昔の運営事情とか説明しても、チベスナはともかくプレーリーが分かるとも思えないしな……。ということで、適当に言葉を濁しておく。
しかし……。
「砂漠地方は分かるが、平原地方の地下にも地下通路めいたものがあるなんてな。てっきり気候の都合で砂漠地方にだけ例外的に建設していたものだと思ってたが……」
いや、考えてみれば当然かもしれない。
パークを運営する為の物資とか、少なく見積もってもトラック数十台分くらいは要るだろう。
ただ動物を飼育する為だけの自然公園なら管理の手間とかはそこまで要らないかもしれないが、平原地方には俺達も知るようにジャパリシアターみたいな『行楽施設』が大量に存在している。
んで、俺の知る限りパーク……というかキョウシュウエリアに外部からやってくるには、日の出港のある遊園地地帯を経由する必要がある。
そう考えると、キョウシュウエリアを実際に運営していくためには、毎日のように島中を大量のトラックやらが走り回る必要があるわけなのだが……排気の問題はジャパリパークの不思議科学力でなんとかなるとしても、動物いっぱいな自然公園を大量の車両が走り回るのはちょいと問題があるだろう。
つまり必然的に、キョウシュウエリア運営の為には地下インフラが必須であったと想像できるのだ。
というか、そういう理屈でもない限り山の頂上にカフェとか作れないよね。
「チーター、これどうすると思いますよ?」
「……気になるが、とりあえず放置しておくか」
非常に後ろ髪を引かれる思いだったが、俺はチベスナにそう答えておいた。
今は川づくりが目的だからな。ここの探索を始めたら確実に一日や二日くらいは時間を使ってしまうだろうし。
「石の方は大分掘れたんだろ?」
「もちろんと思いますよ! 大きいのから小さいのまでいっぱい掘れたと思いますよ。褒めてもいいと思いますよ」
「すごいすごい」
褒められてご満悦なチベスナ*1をよそに、俺は穴の外に出ていたプレーリーの方へと歩み寄る。
「で、採掘した石は?」
「あそこであります。いっぱい積み上げておいたでありますよ」
プレーリーが指さした方に視線をやると、そこにはチベスナの言葉通り大小さまざまな石が
流石に川の全てに敷き詰めるには、量こそ足りないものの……それでもかなりの量だ。伊達に深さ二〇メートル分も掘ってない。
これなら、十分作業にとりかかれる。
「うむ、でかした。それじゃこれから、川づくりを始めるぞ」
色々回り道をしたが…………ようやく本題だ。
「まず、水路づくりに大切なのは傾斜だ」
「けいしゃと思いますよ?」
「そう」
俺は言いながら、地面に適当な溝を掘る。別にこれ自体は川とか関係ないものだ。
そしてそこにアクセサリを添えてみる。
「見ろ。こうして掘るだけだと、アクセサリはその場に止まったままだ。これは水にも同じことが言える」
「……それじゃどうすると思いますよ? みぞを掘っても意味がないなら、すいろなんて作れないと思いますよ」
「そこで出てくるのが『傾斜』という概念だ」
言いながら、俺はさらに溝の片方を深くしていく。ちょうど、徐々に深くなるような傾斜具合だ。
そしてそれからまたアクセサリを配置する。すると──
「あっ!? 今度は転がっていったと思いますよ?」
「これが『傾斜』の力だ……」
俺はアクセサリを拾い上げながら、
「こんな感じで、角度をつけると水は低い方へ低い方へと流れていきやすくなるんだ。だからこれから作る水路も、俺がどういう風に掘っていけばいいか、傾斜の付け方を指示するからな」
「おお! 頼もしいであります! 是非ともよろしくお願いするであります! わたし、指示があるとより頑張れますので!」
「チベスナさんも、穴掘りと手先の器用さならそんじょそこらのフレンズには負けないと思いますよ」
うむ、二人とも頼もしい限りだ。
俺は二人の仲間の意気込みを見て頷きつつ、水路づくりに向けて最初の一歩を踏み出す。
「じゃあ、行くか。────水路づくりの始まりの地、水源に」
「おお……ここが?」
「ぜぇ……はぁ……そ、そうだ…………」
そうこうしているうちに、俺がやってきたのは──ビーバーのいる湖畔から流れる川の一本であった。
ちなみに、俺が息を切らしている理由は大量の石を抱えてここまで来たからである。
いやね、チベスナやプレーリーももちろんいくらか石を運んではもらってるんだが、やっぱ二人とも小型~中型の哺乳類だからね。
スピード特化なのとスタミナが紙すぎるせいで忘れられがちだが大型肉食獣のフレンズである俺が一番パワーもあるわけで、当然ながら運ぶ石の量も多くなってしまうというわけなのである。
「チーター、大丈夫だと思いますよ? 休憩しますか?」
「そうでありますよ……。少し休んだ方がいいのでは?」
「んにゃ、大丈夫だ。こっから先は基本的にお前達に働いてもらうからな。わざわざ手を止めなくても休める」
言いながら、俺は石をその場に下ろして川の方を見やる。
ビーバーの住む湖からは幾つか川が伸びているが、この川を選んだのはもちろんビーバーの助言あってのことだ。
なんでもこの川から水路を伸ばしていくのが、傾斜的にも距離的にも一番やりやすいだろうとのこと。
なんで一発でそんなことまで分かるの……と若干戦慄した俺だが、まぁビーバーならできてもおかしくない。
「……まぁ、つまりここから掘り進めて行けばいいわけですね。早速やると思いますよ!」
「待てチベスナ! 掘るな!」
話も聞かずに川の傍でしゃがみこんだチベスナを慌てて制止する。
右手を振り上げた構えの状態で手を止めたチベスナは、不満げに俺の方を振り返り、
「……なんでだと思いますよ? 掘らなきゃ進まないと思いますよ?」
「川の水は今も流れてるだろ。川から掘り始めたら水が溢れて大変なことになるんだよ」
「あー」
ちなみに、納得したような声をあげたのはプレーリーの方である。どうやら知能はプレーリーの方が若干上のようだな。
「じゃあ、どうするんだと思いますよ? シアターの方から掘り始めますか? それだと此処に来た意味が……」
「無論だ。少しずつ傾斜をつけなくちゃいけない以上、シアターの方から掘り始めると難易度が馬鹿高くなるからな」
だからやり方はこうだ。
と、俺は
「こうやって、川から離れたところをスタート地点にすれば水が溢れる心配もない。最後に川と繋げれば無理なく水を流せるしな」
「なるほど……そのはっそうはなかったと思いますよ! さすがはかんとく」
「監督じゃないが」
んで、まだまだ話は終わっちゃいないのだ。だから掘り始めようとするなよチベスナ。
「で、肝心の掘り方だが……傾斜はそこまでつけなくてもいい。むしろつけすぎると、シアターに着くころには谷を掘らないといけなくなってそうだからな」
「具体的にはどのくらいの角度をつけるんでありますか?」
「よく聞いてくれた。ちゃんとそういうのも用意してるぞ」
ビーバーに説明を受けた時点で、色々と準備はしているのだ。というわけで、俺はしゃがみこむと、ぴっと尻尾を伸ばして地面に沿わせる。
「大体、俺の尻尾一本分掘ったら小指のこの先くらい深くなるのを目安にしてくれ」
現代的な単位で言うと、一メートル掘るごとに一ミリ深くなる程度、といえば分かりやすいだろうが、フレンズにメートルだのミリだの話しても『チーター』って言われるのがオチだからな。
正直この説明でも分かってもらえるかって言うと微妙なところだと思うが……。
「こうでありますか!?」
「早っ!?」
気付くと、プレーリーが俺が掘った目印にがっつりしっかり半円状の水路を作っていた。しかもきっちり一メートルごとに一ミリの傾斜をつけている……ように思える。
俺の目は別に精密機械じゃないので、本当にそうなってるかはちょっと良く分かんないけど。
いやほんと、マジで指示通りやることにかけてはプレーリーって凄いんだな……。
くっ、こうなったら俺も急いで線を掘り進めて行くしかねぇ!
心に決めた俺は、プレーリーの速すぎる作業速度に急かされるように水路掘りのマーキング作業に勤しむのだった。
結局休憩する暇がなくなったためにスタミナが切れ、一時間後にバテた。一回休み。
適度なペースを保つのもチームワークなんですよね。