「それでチーター。話っていったい何かしら?」
快く応じてくれたプリンセスは、図書館から少し離れたところまでついてきてくれたが、やがて怪訝な表情を浮かべながらそう問いかけてきた。
いや、別にシリアスな話があるわけじゃないんだけどな。
「プリンセスにも渡さないといけないと思ってな、これ」
言いながら、俺はソリからアクセサリーを取り出し、プリンセスに手渡す。きらきらと輝くそれは、プリンセスの掌でそのきょとんとした表情を映していた。
「博士と助手に渡してたやつじゃない。……いいの? 『お宝』なんでしょ、これ」
「いや、そもそもお土産だからな」
博士達はお宝って言っていたが。
「もともと、出会うフレンズ全員に記念として渡すつもりでいたんだよ、この珠。なんか博士と助手の話のせいでとんでもない価値を秘めたアイテムみたいな扱いになってしまったが」
もっとも、博士助手のお墨付きももらったことだし、今後とも遠慮なくフレンズに配っていく所存だ。アクセサリー入手前に会ったフレンズにも渡したいよね。特にジャガーやハンター達には世話になったし。
「で、これはジャパリシアターのお土産にするつもりだから、いつか平原地方でPPPのライブを開催することがあったら是非寄ってくれよ」
「もちろん! 是非行くわ!」
よし、宣伝成功。PPPが来たとなればジャパリシアターの宣伝もばっちりだろうなぁ。……いや、別に俺がそこまで積極的に宣伝戦略を打つ理由もないのだが。
……さて。
「じゃあ、これからが本題だ」
「……? 今のが本題じゃなかったの?」
「いーや。まぁお土産を渡すのも大事ではあるんだが……今の段階だと、お前にしか頼めない用事があってな」
「……何?」
『お前にしか頼めない』というと、プリンセスはすっと真剣な表情になって問い返してきた。横のチベスナが微妙な顔をするが……拗ねるな。これは本当にプリンセスにしかできないことだからな。
「見ててほしいんだ。ただ、俺達の『映画』を」
「……えいがを?」
「チーター、何を言ってるんだと思いますよ? えいがはさっきとったと思いますよ? いや、やるというのならチベスナさんばっちこいだと思いますけど」
チベスナは嬉しそうにしつつも、俺らしからぬ連続撮影に驚いているようだった。無理もない。一地方で二回以上撮影するのは、実に砂漠地方ぶりだからな。
まー……ちょっと前から考えていて、そんでバッテリー切れの件で心に決めたことなんだけども。
「プリンセスに頼むのが一番適任なんだ。頼むよ」
「いいけど……」
プリンセスは俺の意図が分からないようだった。
まぁ、そりゃそうだろう。映画を『演じる』のではなく『見る』ってことは、配役的に演じるのはチベスナだけってことになっちまう。その様子を『見る』だけと言われれば、誰だって疑問に思うだろう。
「じゃあ、これはプリンセス。お前が預かっていてくれ」
言いながら、俺はカメラをプリンセスに手渡す。これも、普段ではありえない挙動。何せ博士のような例外を除いて、カメラを使うのは基本的に俺だけだからな。
だが、これも今回の『映画』に必要なこと。
だって、今回の共演者は──俺だからな。
「チーター? チーターはかんとくだからかめらを持ってないとだめだと思いますよ?」
「監督じゃないからな」
この旅の間中ずっと言っていたことだが。
「むー……チーターはがんこだと思いますよ。もういい加減……」
「こっちのセリフなんだよなぁ……」
頑固はお互い様だ。ついでに言うと、監督はカメラ係でもない。
ともあれ、そういうわけで俺は今回カメラを持たない。
「これって……わたしがかめらをとる係なのかしら?」
「や、そうじゃない。今回はただ見ていてくれればそれでいいからな」
相変わらず意味が分かっていないプリンセスに背を向け、俺はチベスナを見る。チベスナも全く俺の意図を理解していないようだが……それでいい。そのまま、俺は適当な木に近寄り、枝をハイキックで斬り落とす。ちょっとした剣くらいの長さはある、真っ直ぐな枝だ。
落ちてきた枝を手でつかむと、俺はそのまま枝をチベスナの方へ放り投げた。
「わっ、いきなりなんだと思いますよ本当に???」
……よし。
チベスナは戸惑いながらも、枝を受け取った。
覚悟を決めた俺は、精いっぱいの邪悪な笑みを浮かべ、こう叫んだ。
「──ふっはははは! 我が名はセルリアン太郎!! この! パークの! 輝き全てを! 食い尽くしてやる!!」
『あ、これもう動いてるのですか! カメラ動いてるのですか? それならそうとチベスナさんに教えた方がいいと思いますよ』
『えーこほん』
『さあさあ追い詰めたぞセルリアン太郎! このチベスナ様が来たからには、お前のぼーぎゃくはここまでだと思いますよ!』
『さあ食らいなさい! チベスナ・ミツメールブレード!』
そう言った瞬間、チベスナの表情が一瞬のうちに目まぐるしい変化する。
戸惑い、怪訝、気付き──そして不敵な笑み。
「──出ましたねセルリアン太郎! ここで会ったが一〇〇年目と思いますよ!」
チベスナは木の枝を構え、威勢のいい啖呵を切ってみせる。そのセリフに、淀みはなかった。
それは当然だ。チベスナはこの役柄を、既に演じたことがあるのだから。
俺がチベスナと出会う前。あのホームビデオ以下のひどい動画の再現である。もっとも今回はチベスナの経験値も高くなっているし、俺という共演者もいるがな。
「チベスナめ! 今日こそお前を倒し、パークを支配してやる!」
可能な限り悪そうな声色を使いながら、俺は全身で『悪』を表現しつつチベスナへ歩み寄る。
それに応じて、チベスナは枝を両手剣のように構え、俺に切りかかってきた。
「えいっ!」
「くっ!」
もちろんこのくらいは余裕で躱せるが、あえてそうはせず、ぎりぎりのところで回避していく。よろよろとふらつくような足取りで距離を撮った俺は、できる限り忌々しい声色で吐き捨てるように言う。
「ちっ……! いつもいつも邪魔ばかり……! お前さえいなければ、我は今頃パークを完全に支配できていたというのに!」
「ふふん! そうはいかないと思いますよ! チーターのような悪がいる限り、チベスナさんはどこまででもついて行ってその野望をくじいてやると思いますよ!」
「セルリアン太郎な」
演者の見た目に流されるな。まったく……。
「忌々しいチベスナめ……! だが貴様との因縁もこれでしまいよ! うおおおお……!」
「くっ……! すごいぱわーと思いますよ! でもチベスナさんは負けないと思いますよ! いざ、食らいなさい! チベスナ・ミツメールブレード!」
叫んで、チベスナは枝を振るう──と、その枝がにわかに光の尾を引いているのが見えた。
うわっ、マジでやってるよ。危ないなあれ。
とはいえ、チベスナ程度の動きなら俺にとっては止まっているも同然である。スウェーで上体を逸らして枝を紙一重で回避し、俺はそのままやられたフリへと移行する。
「ぐっはぁ……! やら、れた……!」
どさっ。
倒れ伏したチベスナは、一瞬倒れた俺のことを見ていたが──それで殺陣(?)が終わったのを悟ったのだろう。枝を天高く掲げると、プリンセスの方へ向けてこう叫んだ。
「びくとりー! と思いますよ!」
プリンセスは、ちゃんと『わー!』と歓声をあげてくれた。
「……で、チーター。いったいこれはどういうことだと思いますよ? せっかくえいがをとるならかめらを使うべきだと思いますよ?」
そんな即興劇を終えた後。
チベスナは相変わらず怪訝そうな表情を浮かべながら、俺に文句を言ってきた。
「ま、本来ならそうなんだがな……。でもチベスナ、お前この前から、ちょっとアレだったろ」
俺、ちゃんと覚えてるからな。
カメラが使えなくなったとき、チベスナが俺になんて言ってたか。
『チーター、チベスナさんはむーびーすたーだと思いますよ』。
チベスナはカメラが使えなくなった時、とても心配そうにそう呟いていた。まるで、自分の存在意義を確認するみたいに、おそるおそる。
まぁ、チベスナに限ってカメラが使えなくなった程度でアイデンティティにヒビが入るなんてありえない話だけどな。
……でも、考えてみれば俺は一度も、こいつの夢を認めたことはなかったなぁと、そんな今更なことに、本当に今更ながら気付いたわけだ。
だからまぁ、これはひとつの決着。
俺なりの、精いっぱいのアンサーなわけだ。
「プリンセス。俺達の『えいが』はどうだった?」
「面白かったわ! とっても!」
俺の問いに、プリンセスはにっこりと笑いながら答えてくれる。
その表情自体が俺達の演技なんかよりずっと華になる笑みなのが少し微妙だが……やはりプリンセスには喜んでもらえたようだ。それでこそ、プリンセスに頼んだ甲斐があったというもの。
「カメラなんて使えなくてもさ」
プリンセスの方に視線を逸らしつつ、俺は呟く。
プリンセスはいまだに即興劇の熱が抜けきってないのか、どことなく目が輝いているように見えた。アイツを観客に選んだのは、それも理由の一つだ。
ヒトの文化に親しみ、感受性の豊かなプリンセスなら、俺達の劇を見て他のフレンズよりはいい反応をしてくれる。それはきっと、チベスナの自信にもつながるだろうと思ったのだ。
「あんな風に、フレンズを楽しませることができるんだよ」
今までの映画撮影。
俺は毎回のように辛口でチベスナの演技を批評してきたが、それでもすべてのフレンズが映画撮影を楽しんでいた。実際俺も、映画撮影を楽しんできた自覚はある。
チベスナは、カメラがなくなったとき、
きっと、それは俺の知ってる『ムービースター』ではないけども。
きっと、『むーびーすたー』ではあるんじゃないだろうか。
「それに、俺がいるわけだし」
「チーター!」
「俺は監督じゃないが!」
俺の言わんとすることを都合よく察そうとしたチベスナに、俺は釘をさす。そういうことだけど、そういうことじゃないんだよ。
「……俺は監督じゃないが。そんな大層なものではないが」
でもきっと、『かんとく』ではあると思うから。
「まぁ……そのくらいが
だから、旅の終わりにくらい、ちょっとだけコイツの頑張りを認めてやっとこうかなと、そう思ったのだ。
ちょっとだけな。あんまり言いすぎると調子に乗るから。
「やー、久々に戻ってきたと思いますよ」
平原地方を歩きながら。
俺とチベスナは、いつもと変わりなく、呑気に話していた。
プリンセスはあの後、『なんだかあんたたち、いい感じね! わたしもかんとく探そうかしら?』『監督よりマネージャーの方がお勧めだぞ』などと言いつつ別れた。よいマネージャーと巡り合うことを祈っている。
さて。
「俺にとっては、殆ど初めての場所みたいなもんだけどな」
ジャパリシアター、か。
きっとこれから、そこが俺にとっての縄張りということになるんだろう。
正直、なんか変な感じだ。このジャパリパークに生まれ直してから、基本的にひとところにとどまったことがないからな。
きっとこれから、俺は本当の意味でジャパリパークで『暮らす』ことになるのだ……と思うと、ワクワクするような、不安になるような。
「大丈夫。きっとチーターも気に入ると思いますよ。何せ、チベスナさんのなわばりだと思いますよ!」
「…………だな」
そうこうしているうちに、フィルムの意匠を持つ看板が景色の向こう側に見えてくる。
ジャパリシアターという文字の刻まれた看板を掲げたそこは、あの日俺達が別れたときそのままに、ただそこに建っていた。
「そういえばチーター、知ってると思いますよ? 外から自分のなわばりに帰ってきたときには、言わなくちゃいけない言葉があると思いますよ」
歩きながら、横のチベスナが得意げな表情で言ってくる。
「お前な……それを俺が知らないとでも思ったか?」
釈迦に説法とはまさにこのこと。ヒトの前世を持つ俺にヒトの語彙で挑むとはな。
ふんと鼻で笑って、俺は眼前のジャパリシアターに向かって、一言呟いた。
「──ただいま」
別に俺の家というわけでもないのだが、わりと口に馴染むセリフだった。
というわけで、一周目・完。
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──さあ、多分残り三割くらい!