隔日投稿ですが何故か朝にも更新したのでご注意ください。
で、そんなこんなでなんとか樹上の映写室に到着したわけだが──
「……意外とちゃんと部屋になってるんだな」
てっきり木の枝とかでそれっぽい部屋を作ってるんだとばかり思っていたが、中はしっかりとした壁で覆われていた。どうやら、外からは木枝や葉っぱで隠されていて見えないようになっているらしい。
そして部屋の中には、大きなスクリーンとプロジェクターが設置されている。座ってみる為のパイプ椅子はざっと二〇個。薄暗い室内と合わせて、中は差し詰め映画館のような様相を呈していた。
そしてそんなインスピレーションを受け取ったのは俺だけではなく──
「……ここ、しあたーみたいだと思いますよ」
もともとジャパリシアターを縄張りとしていたチベスナもまた、同じことを考えていたらしい。
「ま、映像を見る為の部屋ってのは此処も同じだからな……」
無論、ジャパリシアターの設備の方がここの設備よりよっぽどいいもん使ってるだろうけど。それで金とってる施設の設備が、図書館にオマケとして備わっている設備よりもショボいわけがない。
「さて、ペンギンアイドルユニットの映像、でしたね。それなら確かこっちの方に……」
「博士、こちらです」
「あ……」
ごそごそと手近なところを探っていた博士の裾を掴み、助手が全く別の場所を指さす。
少し気まずそうな沈黙がその場に横たわるが、博士は咳払いをしてそれを強引に振り払い、俺達の方へと向き直った。
「これです。これがPPPのコンサートライブの模様をおさめたでーぶいでーです。……これから流しますが、チーターとチベスナはどうするですか。一緒に見ますか?」
その問いかけに、俺とチベスナは互いに顔を見合わせた。
言葉を交わしたり、合図を出したりするまでもない。
俺達の答えは最初から決まっていた。
「もちろん!」
「と思いますよ!」
ヒトの残っていた時代の、表現者としてのフレンズの姿。
参考にしないわけにはいかないだろう。
────気付けば、終わっていた。
時間にして一時間くらいのライブ映像だった。市販品ではないらしく、会場席の一番後ろからビデオカメラでステージの上を撮っているような、そう──いつも俺達が撮っているような、ホームビデオ並のクオリティの映像だった。音もガヤガヤしていてしっかりと歌声は入っていないし、何ならカセットから流れている音声は一部音割れすらしていただろう。
にもかかわらず、俺達はその映像に釘付けになっていた。
……もちろん、俺がヒトだったころにこれを見たら、似たようなリアクションをしていたとは思わない。今の俺も、この映像のライブが特別素晴らしいものだったとは思わない。
だが──それでも見入ってしまうほどに、この『終わった世界』から見る『過去のフレンズ達』の姿は……とても遠いもので。
「…………なるほどな」
気付けば、俺は呟いていた。
なんとなく、分かったのだ。
ジャイアントペンギンが感じていた、郷愁の一端が。
「すごい! すごいと思いますよ!」
「ええ! 何あれ!? 踊りに歌に……あれがPPPだっていうの!?」
……まぁ、そんな感情を抱いてしまうのは俺だけで、他二人は実に純粋にPPPのライブ映像を楽しんでいたようだが。
うん、それでいいんだよ。そういうので。
「……やはりやかましいですね、博士」
「やかましいところからは離れるのが一番です、助手」
そして、そんな二人から少し離れたところで、博士助手が居心地悪そうに顔をしかめていた。
そういえばアニメでも騒がしいのは苦手とか言ってたっけ。今の今まですっかり忘れていたが。
ひょっとしたら博士助手がチベスナを此処に連れてきたがらなかったのも、映画を見せたら必然的にチベスナも映像もやかましくなってしまうから──なんだろうか。
「……博士たち、もう下に戻っててもいいぞ? 操作方法は大体わかったから、俺がいればこっちはなんとかできるし」
老婆心のつもりで、俺は博士と助手にそう呼び掛ける。
すると博士は意外そうな顔で、
「分かった、と? まさか。冗談はよすのですチーター。あれはわれわれでも使い方をマスターするのにかなりの時間を……」
「ラッキービーストを何度もうまくだまくらかしてやり方をおぼえたのですよ」
やり方がいちいち微妙なあくどさを感じさせるな……。
ともあれ、そんな博士助手のリアクションを見て、ちょっと俺は風向きの悪さを感じていた。
正直ジャイアントペンギンにもバレた以上、この島のリーダー的存在である博士と助手にはジャイアントペンギンと同じくらいの情報を教えてもいいとは思っている。そうすれば色々と便宜をはかってくれそうだしな。
だが、そうなる前に『あぁ!? なんでコイツこんな詳しいんだ!? くやしい!』……みたいな感じの流れになられるのは、ちょっと面倒だ。知識量を怪訝に思ってもらうのは全然かまわないが、それで反感を買われるとな。
なので俺はバランスをとる意味も込めて、
「分かったっつっても、DVDの出し方と巻き戻しくらいだけどな……。ほら、博士がやってたろ? 俺もカメラをよく操作するから、そのへんの感覚は意外と分かるんだ」
「ああ……なるほど。そういえばチベスナにはカメラを渡していましたね」
俺の弁解の甲斐あってか、博士は納得したように矛を収めてくれた。あぶないあぶない……。カメラの充電のことも聞かないといけないしな。今の時点で話がこじれたら色々と厄介だった──と、そうだったそうだった。
次のライブ映像を見る前に、カメラの充電のことを聞かないとな。今聞いておかないとずるずると別の用事で流されて行ってしまいそうだ。
「そのカメラのことなんだが」
というわけで、俺は会話の隙間に滑り込むように話題を切り替える。
「カメラ……そういえばさっきからずっとチベスナが持っていましたね」
「ちゃんと壊さず持っているとは感心なのです」
いや、多分俺が合流してなかったらそのうち壊してたと思うけどね、あれ……。
そういえばあのカメラって、結局何のためのものなんだろうな。図書館に元々置いてあったってことは、おそらく図書館で使うためのものだったんだろうということは想像できるが……図書館でビデオカメラを使う機会っていったいなんなんだ?
あれかな、資料撮影とかに使ってたのかな……。
……いかん、思考がわき道にそれた。本題に戻らなくては。
「実はさっきカメラのバッテリーが切れてな。おそらく充電アイテムがここにあると思うんだが、どこにあるか教えてくれないか?」
ああ──思えば長かった。
いやバッテリーが切れてからは長くないんだけども。
でも、俺が最初にバッテリーを気にしだした雪山地方から、ロッジ地帯、水辺地方、そして森林地方……本当に長い間気にしていたバッテリー問題が、ここにきてようやく終息するのである。
さっき博士助手が言っていたが、ジャパリパークの施設は大体に電源が備えられている。それを利用すれば、バッテリーは常にフルまで充電することが可能! メモリに関してはジャパリシアターに行けばパソコンがあるだろうから、そこにデータを移したりなんだりすれば問題ない。
もはや何も気にせずにただ映画を撮ることができるのである。あんな撮影やこんな撮影も思いのまま……。
「くっくっく……!」
「チーター、なんだか楽しそうだと思いますよ」
「アンタも大概楽しそうね……?」
楽しみなわけではないけどな。
さて、これに対して博士の回答は──
「……………………言いづらいのですが、バッテリーの充電アイテムなんてものはないのです」
……………………へ?
「……いや、いやいや、待て待て待て」
俺は、うわ言のようにそう呟いていた。
バッテリーの充電アイテムなんてない? それこそ『ない』だろう。だって現にカメラにはバッテリーがあるし、これは電池ではなく充電可能なタイプだ。そうでなければ俺だってもう少し慌てている。
それにそもそも、ビデオカメラのバッテリーが充電できないなんてことがあるわけがない。仮にあったとしたらそれは家電としてなんかもう色々と致命的だろう。
とすると、あり得るのは『博士達が見たことがないだけで、存在はしている』という可能性だが……それはそれで困る。
何故なら、その場合どこに充電アイテムがあるのか謎だからだ。それにこの図書館、広いといっても大体が本を入れる為のスペースになっているから、充電アイテムをしまえそうな場所なんてたかが知れている。
長いことここで過ごしていそうな博士と助手がこの図書館を隅から隅まで網羅していないとは考え難いし、そう考えると……。
「な、ないと……思いますよ?」
はっ!
そこで俺は、傍らにいるチベスナの方をはじかれたように見た。
チベスナは茫然と、博士助手の言葉を聞いていた。
「われわれも長い間この図書館で過ごしてきましたが、今まで一度もカメラに取り付けるようなアイテムは見たことがないのです」
「そもそもそのカメラはわれわれずっと前に少し使って飽きた後はそのへんに放置していたので充電の必要もなかったのです」
ぐ……! なんたる物持ちのよさ……! これがジャパリパークの科学力だというのか……。
……とか言ってる場合じゃねぇよ。
「…………その、なんだ、チベスナ」
俺は黙って、チベスナの肩に手を置いた。
無論、諦めるつもりは俺には毛頭ない。だが……図書館にないとすると、充電アイテムは高確率で散逸している。そうなれば探すのは至難の業だ。いや、最悪外に出ているとしたら、壊れている可能性すらある。
仮に壊れていないとしても、おそらく探すのには相当な時間がかかるのは想像に難くない。
それまでずっと、撮影ができないとなると……。
「………………チベスナさんは、むーびーすたーだと思いますよ」
チベスナは、ぽつりと呟いた。
泣くとか、そういう様子はない。声色も、そこまで落ち込んではいない。ただ少し──寂しそうに。
「……かめらがなくても、むーびーすたーだと思いますよ」
…………。
……………………。
…………。
……。……いや、待てよ?
何か……何かおかしい気がする。
こんな致命的な問題に発展するようなら、そもそもジャイアントペンギンがあそこまで楽観的に構えていたのはなぜだ?
アイツは頭がいい。ジャパリ図書館にあらかじめ下見に出ていたなら、充電アイテムの存在の有無くらいなんとなく察せられるはずだ。
にも拘らずああいう態度をとっていたということは、間違いなく何らかの安心材料があったということのはずだ。
考えろ。ジャイアントペンギンに気付けて俺に気付けない道理はない。
充電可能なバッテリー。存在しない充電アイテム。
バッテリー問題の解決。施設には大体備わっている電源。その設置理由。
…………もしかして。
いやまさか──まさか、
多分チーターが気付いた事実に気付ける人はいないと思うので、今回のヒキは謎解き要素とかではありません。
ネウロの回答編を楽しみにするような気分でお待ちくださいませ。
ジャイアントペンギンにも誤謬はありえるので、今回のチーターの『いや待てよ?』はかなり乱暴です(というか希望的観測が多分に混じっています)。実際、図書館に来て下見しただけで存在も意識してない充電アイテムの有無を察するのは流石に無理があります。それでもなお、そう考えて執念深く可能性を考察してしまった理由は……。