今日は夜にもう一話更新します。
そうしてマイペースに進んでいく博士と助手の後を追うこと数十分。
距離的にろくに話すこともできず、へとへとになったプリンセスとチベスナ、そしてお尻が痛い俺が到着したのは──まるでかじられたリンゴのように一部が破壊された建築物であった。
破壊された外壁の向こうには、大量の本が蔵書された本棚が見える。
うんまぁ、この外観については知っている。言わずと知れた『ジャパリ図書館』である。
「ここが……」
「ジャパリ図書館なのです。歓迎するですよ、お前達」
「歓迎するつもりならもう少しスピードを遅くしておいてほしかったが……」
ソリから降りた俺が尻をさすりながら言うと、博士は少しも悪びれずに、
「もうちょっと気張るのです。これでも大分遅めにしたのですよ」
「チーターもソリを降りて走ればよかったのです」
「俺はセルリアン相手に本気出しすぎて疲れてるんだよ!」
そこのところは博士助手も理解しているところだろうに。
ちょっと恥ずかしいのでわざわざ言わせないでほしい、と思いつつ言い返すと、博士と助手はむしろ意外だったというふうにきょとんとしながらこう切り替えしてきた。
「……そこまでだったのですか?」
「…………ちょっと派手にやりすぎてな」
言いながら、俺は戯れに足にサンドスターを集めて光らせてみる。集めて光らせるだけなら消耗も殆どゼロに等しいので、このくらいは軽いものだ。
だが、こういうことをして蹴ったり高速移動したりすると、けっこう疲れる。人間だって三分間全力で殴り合ったりしたら疲れるのは当然なので、これは俺のスタミナが特別ショボいというよりは他のフレンズのスタミナの方が文字通り人間離れしている──んだと思いたい。
「……ずいぶんけものプラズムの扱いがうまいですね」
……んん? けものプラズム? 何それ。文脈的にサンドスターのことだと思うが……サンドスターじゃないの? 呼び方。方言みたいな感じか?
「けものプラズムってなんだ?」
「ふむ。つまり独学というわけですか」
「これはなかなか面白い子ですね、博士」
「そうですね、助手」
……なんか面白そうだと思われてしまったらしい。まぁそこまで面倒くさい話にはならないと思うが。サンドスター──もといけものプラズムの扱いが他のフレンズより上手いってだけの話だからな。
多分ジャイアントペンギンも同じことはできるだろうし、そこまで特別性のある技能ではあるまい。
「まぁ、けものプラズムについてはあとでじっくり聞かせてもらうとして──」
直球で問いかけて普通に無視してきたあたり、少なくとも今この場で教えるつもりはないということだろう。ならば下手に拘泥するより、別のことに目を向けた方が建設的である。
俺はまずこれまでソリを曳いてくれていたプリンセスの方へ向き直り、
「──よかったな。目的地に到着だ」
「ええ! 二人ともありがとう!」
「どういたしまして」
森林公園に辿り着いてからはほぼ道なりに進んでいたし、途中から俺寝込んだし、むしろソリ曳いてもらってたし、そういう意味ではガイドとして微妙だったかもしれんが──肝心のプリンセスは満足しているので、強いて付け加える必要もあるまい。感謝の念に水を差すのは謙遜ではなく無粋である。
「これでプリンセスもぺぱぷ? について色々調べられると思いますよ。でも具体的にどうやって調べるんだと思いますよ?」
「えーと……先輩が言うには、踊りや歌を調べるといいって。ちょっと先輩がやってみてくれたんだけど、図書館にはそういうのを調べるための道具もあるんだって言っていたわ」
へー、ジャイアントペンギンがダンスを実演してくれたんだ。
…………み、見てみたい。多分プリンセスだから見せたんであって、色々な事情があったりする俺相手であってもそこは見せないだろうと思うけど……ジャイアントペンギンが『大空ドリーマー』とか『ようこそジャパリパークへ』を歌ったり踊ったりしている姿、見てみたい……!
………………これから先長い付き合いになるだろうし、隙を見て頼めばそのうちいけるか?
「って、図書館で踊りや歌を調べられるんだ」
そこまで考えて、俺はふと我に返った。
図書館と言えば色々なものが蔵書されている場所だが……映像作品や音楽作品もあるんだろうか。あるんだろうな。アニメでプリンセスが踊りをしっかり覚えたりできてたあたり、おそらくライブのDVDとかあったんだろうし、そうじゃないと話が成り立たないと思うし……。
いや、ワンチャンジャイアントペンギンが色々教えたっていう可能性もあるけども。
「図書館にも映写室くらいあります。われわれを馬鹿にしているのですか?」
「われわれを甘く見ると痛い目を見ますよ」
「見てない見てない」
というか、図書館の話であってお前らの話ではないからな……。
そして映写室あるんだ。言われてみれば、俺が大学の時も図書館にビデオを見る為の視聴覚室があったっけ。一度も利用したことはなかったけど。
そう考えると、プリンセスがあそこまでアニメでしっかりとした振り付けをマスターしていたのもうなずけるし、チベスナが図書館からカメラを拝借できた理由もよく分かる。
というか、そもそもジャパリパークって子供向けがメインみたいなところあるからな。本だけだと子どもは図書館には近寄らないだろうし、ビデオとかアニメとかそういうものがあるのだろう。
「というか、お前達はそうじゃないと色々と困るでしょう。文字が読めないので」
「我々が読み聞かせしてあげないと困るでしょう。文字が読めないので」
あれ? 博士達は文字読めるんだ。
「はかせ達は文字が読めるんだと思いますよ?」
と思ったら、チベスナの方が問いかけてくれた。
「当たり前です。われわれはかしこいので」
「そんじょそこらのフレンズとは違うのですよ。われわれはかしこいので」
……うむ。前世というチートを持たないで文字が読めるのは凄いと思う。
ところでチベスナはマウントをとるために余計なことを言うなよ。『チベスナさんも読めると思いますよ!』とか言ったら絶対に面倒で厄介なことになるからな。
そんなことを考えながら、俺は尻尾でチベスナの背中をぐりぐりと押して圧力をかける。博士と助手からは見えないよう、陰になるように、だ。
流石にチベスナもそろそろ俺のこういうやり方の意図は気付くらしく、幸いにもそれ以上掘り下げることなく、この話はそれで終わった。
かしこいアピールができた博士助手は満足したように胸を張って、
「さて、いつまでもこうして話していてはしょうがないです」
「さあ、図書館を案内しましょう。まずはプリンセスの要件を片付けます」
そう言って、図書館の中へと入っていった。
空を飛んで、崩れた外壁の穴から。
…………ちゃんと扉から入ってほしい。チベスナとプリンセスが唖然としてるだろ。
「……意外と広いな」
中に入って最初に目に入ったのは、建物全体を貫くように生長した大樹の存在だ。
図書館の中央から生えており、文字通り天井を突き抜けている。そしてそんな大樹の幹を取り囲むように本棚が配置され、縦長の建物において移動を助けるかのように、立方体の建物の外壁に沿うように螺旋状の階段が取り付けられている。
そしてその螺旋階段から取り出せるような配置で、壁に埋め込む形の本棚が並んでいた。
天井付近には一般利用者にはどう頑張っても取り出せそうにない高さに本棚が置いてある。これはおそらく、鳥系フレンズの手助けを前提とした設計だろう。
見た感じ、博士助手の話にあるような視聴覚室はなさげだが──
「そうでしょう。この木のてっぺんには映写室もあるですよ」
「木枝が密集しているので音がこもりやすく、とても見やすいです」
あー、なるほど。あの突き抜けた木の頂上付近にあるのか。
「そんなこと知らなかったと思いますよ……!?」
「教えませんでしたから。態度が気に食わなかったので」
「もうちょっとわれわれを敬うといいです」
何おー!? とチベスナが博士助手に食って掛かる。とはいえ態度が気に食わなくてもカメラの使い方は一応教えてくれていたようなので、そういうところはやっぱり面倒見がいいんだよな。
何せクソガキみのある言動なので忘れがちになってしまうが……。
「……しかし、映像も見れるってことはそこに電源もあるのか。……この木を電源が通っているのか?」
言いながら、俺は大樹を見上げてみる。
見た感じ質感は本物の木そのものといった感じだが、常識的に考えてこんなデカい木(普通に五〇メートルくらいあるんじゃないか?)を植えられるとは思えないし、植えられたとして生長する木を建築に組み込むのもあまり現実的ではない気がする。
サンドスターの不思議現象なら何とかなるのかもしれないが、その可能性を考えるよりは精巧につくられた木のモニュメントである可能性を疑った方がいいだろう。
「電源も知っているとは、なかなか詳しいですね」
「ふふん。チーターはチベスナさんのかんとくなので詳しいと思いますよ」
「お前が威張ることではないです」
あっ、バッサリ切り捨てられた。
「この木の中を電源が通っているですよ。というか、ジャパリパークのたてものには大抵電源が通っているのです」
「図書館はともかく他の建物になぜ電源が必要だったのか、それはわれわれには分からないなぞなのです」
そういう博士助手の横顔は、意外にも名前に負けない研究者然としたものだった。
そっか、博士助手もヒトの色々について調べてるわけなんだな。まぁ、ジャイアントペンギンに聞けば大体の疑問は氷解しそうだが……言ってないってことはジャイアントペンギンも言いたくないんだろう。アイツ自分の弱み見せるの嫌いだからな。
それなら俺も余計なことは言うまい。黙っておこう。まぁ、電源が色んな所にあるのは普通に便利だからだと思うが。だって途中でスマホの充電切れたらめっちゃ困るじゃん。
「そういうわけで、木を登れば色々見られるです」
「さあ、行きますよ」
博士助手が言いながら飛び上がる──が、
「ちょっと待ったちょっと待った!」
それを見て、俺達は慌てて二人を制止する。というのも、この木──登る手段が何もないのである。
いや、器用になって木登りをマスターした俺ならば、十分に可能だ。そしてなんだかんだ俺に付き合う機会が多いチベスナも、まぁ何とか登れるだろう。何度か落ちるだろうけど。
だが、プリンセスは違う。森林公園で一度寝泊まりしたときも、俺達が手伝って登らせてやったくらいだしな。
ましてこんな大樹、どう足掻いたって登ることはできまい。
……っていうかこの図書館、鳥系フレンズの存在を前提に設計しすぎてない? 普通に利用客が利用しようとしたら、蔵書の五割くらいしか活用できない気がする。
まぁ、鳥のフレンズくらいジャパリパークにはけっこういるから、何の問題もないしフレンズと触れ合う機会になるよね、くらいの判断だったのかもしれないが。
「…………仕方ない。プリンセス。俺につかまりな」
若干途方に暮れ気味だったプリンセスに、俺は自分の背中を指さしてみせる。プリンセスは途端に顔色を明るくして、
「いいのチーター?」
「さっきのソリのお返しだ。別に構わんよ」
「いやそうじゃなくて、さっきまでかなり疲れてたのにわたしを背負って木登りとか大丈夫なのかなって」
「………………」
なんかすっかりプリンセスの中で俺が疲労しやすいキャラみたいな扱いになっている気がする。
「大丈夫だよ! 心配するな!!」
心外だったので乱暴に言い返しつつ、俺はプリンセスを背負って木登りを始める。
なお、頂上に着く頃には三回落ちたチベスナはもちろん、俺もまた疲労困憊の様相を呈していた。
博士と助手を呼び戻して運んでもらえばよかったと気付いたのは、先に到着して待っていた二人に『遅い』と小言を言われてからだった。
っていうか遅いと思ってたんなら迎えに来いや。