畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念隔日投稿中です。未読の方は一一〇話よりどうぞ。


一二二話:予期された結末 ・

『全く、こうなる気がしていたと思いますよ』

 

 チベスナの声が、画面の外から入り込んでいた。

 その画面には、ソリの中ですこやかに寝息を立てているチーターが映し出されている。ブルーシートに包まれたぬいぐるみの山へもたれかかるようなチーターの寝顔は、普段の勝気な表情が嘘のようにあどけない安らかさだった。

 が、ここにその無防備な一面に一抹の危うさを感じたり、庇護欲を掻き立てられたりするような心性を持った者はいない。いるのはツンデレペンギンと畜生キツネだけだ。

 

『……チーター、大丈夫なの?』

 

 さらに、画面外から声がした。むろんプリンセスである。

 画面酔いを全く考慮に入れてない強引極まりないカメラワークののち、画面がプリンセスの姿を映し出す。チベスナはハァ、と辟易したような吐息を漏らし、

 

『大丈夫だと思いますよ。前にも似たようなことがありましたけど、そのときは何日か寝てジャパリまん食べたら治ったと思いますよ。今回はそんなに動いてないし、ジャパリまん食べて一日寝たらすぐ治ると思いますよ』

『そう……』

 

 プリンセスは少し安心したように胸に手を当てると、次にその手をぴっと画面に向けて向けた。

 今度は不安というよりも怪訝の色を表情に浮かべて、

 

『じゃあ……それは何? さっきから構えてるけど……』

『かめらだと思いますよ。チーターはちょっと自覚が足りないと思いますよ。疲れて寝てるところをばっちりかめらに撮って、もうちょっとしっかり休みをとるように言うと思いますよ』

 

 そう。チベスナは今、チーターのバッグからカメラを取り出し、色々と惜しみなく撮影を敢行しているのであった。

 これができるのも、チベスナが常日頃からチーターのレクチャーを受けてカメラ操作のやり方をおぼろげながらマスターしているからなのだが──今回はその成長がある種実を結んだ形といってもいいのかもしれない。チーターがそれを喜ばしく思うかどうかは別の話だが。

 

 おそらく、寝相を見るだのなんだのと言っていたのを根に持っているのだろう。プリンセスに説明を終えると、チベスナは改めてチーターの方へとレンズの向ける先を移したようだった。再び、画面いっぱいにチーターの寝顔が映し出される。

 

 これ自体は、きっと稚気じみた張り合いでしかなかった。

 だが、一方でこのチベスナの張り合いが、この後大問題に発展することを、このときはプリンセスも、そしてチベスナ自身もしるよしもなかった――――。

 

の の の の の の

 

しんりんちほー

 

一二二話:予期された結末

 

の の の の の の

 

『そうだ。えいがをとりましょう』

 

 ひとしきりチーターの寝顔を撮影した後。

 チベスナはそう言いながら、カメラをプリンセスに向けた。

 

『ええっ? えいが? それってわたしにもできるの……?』

『できると思いますよ! だって今までもチーターと一緒に何度もとってきたとおもいますよ!』

 

 チベスナが言うと、どんという音とともに画面が少し揺れる。どうやら、胸を叩いて太鼓判を押したようだ。

 その勢いに流されたのか、プリンセスもどことなく乗り気になっているようだった。元来、アイドルを目指すくらいだから何かを表現することは好きなのだろう。

 

『でも、最近チーターはなぜかえいがをとりたがらないと思いますよ……。きっときゃくほんのネタがないからやりたくないんだと思いますよ! だからここはひとつ、チベスナさんがきゃくほんでえいがをとって、チーターにできるところを見せたいと思いますよ!』

『な、なんだかすごいやる気ね……! そういうことなら、よくわからないけどわたしも協力するわ! それで、どんなえいがをとるつもりなの?』

『えっ』

 

 もちろん、チベスナにプランとか計画とか方針とかなんて言葉は存在しないのである。

 まるで目の前で指パッチンされた犬のようにきょとんとした表情を浮かべたチベスナは、三秒ほど虚空へ視線をさまよわせ、そしてこう結論した。

 

『たしか、チーターが書いたメモがあったと思いますよ。それを参考にすると思いますよ』

 

 清々しいまでの他力本願であった。

 とはいえ、それはチベスナの作戦としては正しい部類かもしれない。チベスナが書いた脚本などまともにやってしまっては、全てが破綻してしまうからである。

 チーターの胸ポケットをごそごそと探り、チベスナはメモ帳を取り出す。チーターはよほど疲れているらしく、胸ポケットを探られてもくすぐったそうに身をよじるばかりであった。

 普通の野生動物であれば即座に起きているはずなので、チーターはチベスナに睡眠中の寝相攻撃を食らいすぎてちょっと感覚がマヒしているのかもしれない。

 

『これだと思いますよ。えーと……あれ?』

 

 そこで、チベスナのカメラがチーターのメモ帳を映し出す。ぱらぱらと片手でメモをめくると──チベスナはすぐに自身の思い違いに気付いた。

 

『えいがのネタけっこうあると思いますよ?』

『どういうこと?』

 

 プリンセスがひょっこりと顔を出し、画面が彼女の顔を映し出す。

 カメラの持ち主たるチベスナは憤慨したような調子で、

 

『チーター、ネタが切れたのかと思ったらそんなことは全然なかったと思いますよ! 多分えいがをとるのが大変で疲れるからサボってたんだと思いますよ! 不届きなやつだとおもいますよ! かんとくなのに!』

『そ、そうなの? …………でも、チーターって一緒に今までえいがさつえいの旅をしてきたんでしょ?』

『……うっ。確かにそうだったと思いますよ……。チーターわりと凝り性だから、サボるとかはしないと思いますよ……。チーターごめんなさい……』

 

 本人が寝ていると素直なチベスナである。

 

『でも、だったらどうしてえいがをとらないんだと思いますよ?』

『うーん、なんでかしら。えいがをとれない理由がある……とかかしら? ほら、セルリアンが多いからえいがをとるのが危険だったとか!』

『たしかにジャイアントペンギンと一緒だったときはえいがをとったと思いますよ。でも、あのときもジャイアントペンギンが何か言わなかったらとってなかったと思いますよ……』

『うーん、先輩が相手でもとらなかったかもしれないのね……。じゃあなんでかしら……うーん』

 

 プリンセスは考え込むようにしていたが、やがてはっとして、

 

『あっ、そうだわ! ひょっとして……えいがをとるために必要なものが、』

 

 ――――ぶつん。

 

の の の の の の

 

「……ん……」

 

 多少の倦怠感を覚え──俺は目を覚ました。

 上体を起こすと、そこはソリの上だった。どうやら俺は倒れた後、ソリの中に寝かされていたらしい。……くっ、チベスナに煽られる材料を提供してしまった。

 でもしょうがないじゃん。まさか常に気を張りながら移動するとかいう体力消費イベントがあると思わなくてさ……。その上、セルリアンと出くわしたら逃げるつもりだったのに相手がデカすぎるから倒すしかなくてな……。

 

 ……うーん、やっぱり無理に大顎ぶっ壊そうとしたのがいけなかったのかなぁ。あそこで蹴りの連打入れたの、絶対かなり消耗大きかったんだよな……。

 あのときは大顎っていう目に見えた脅威を放置するのが怖くて、なんかとりあえず壊すのが先決って思ってしまったんだよな。俺は躱せてもチベスナは躱せないし……。

 でもまぁ、要するにヘイトを集めることができればよかったわけだし、壊さない程度に相手の注意を惹き続けることに集中するべきだったのかもしれない。

 いやほんと、臆病になりすぎてもしょうがないね……。

 

「……あん? チベスナ?」

 

 と、そこで俺は自分の状態を把握しおえ、周囲の状態を脳内で処理できる程度の余裕ができた。

 そして、気付いた。ソリの近くに……チベスナの姿がない。

 それだけじゃない。プリンセスの姿もだ。

 

「……まさか」

 

 反射的に、ぼやっとしていた脳が一瞬にして覚める。

 まさかとは思うが、セルリアンに襲われたのでは? その懸念が俺の脳内に浮かび上がったからだ。

 あの黒セルリアンは明らかに周辺のセルリアンの親玉と言った風だったし、アレを破壊した以上それよりもデカい……即ち危険なセルリアンは出ない、とは思う。だが、ひょっとしてアレが実は親玉ではなかったとしたら。

 さらにデカいセルリアンに襲われ──いやそれはないか。もしそうだったら俺だって今頃食べられてるだろうし。

 

 とすると、一体どういう状況なんだろう──と思い立ち上がり、さらにあたりを見渡してみると……いた。

 木陰の向こうで、チベスナとプリンセスが何やらうずくまっている。

 ……何やってんだ? 何か楽しそうな雰囲気──っていうか耳と尻尾ではなさそうだが。

 

「おい。チベスナ、プリンセス。そんなとこでいったいどうしたんだ?」

 

 言いながら、俺はソリから飛び降り二人の方へと歩み寄っていく。俺が声をかけると、チベスナはびくっと震えて、それから固まってしまった。

 代わりにプリンセスがチベスナと俺の方をとても不安そうに見比べている。

 

 …………おいおい。なんか妙だぞ。この感じ。

 

「……チベスナ。何があった?」

「な! なんでもないと思いますよ! べつに! なんともないとおもいますよ!」

「俺の眼を見て言え」

 

 俺に背を向けてガッツリ何かをいじりながら言っても全然説得力がないぞ。っていうかプリンセスのあわわがそろそろとんでもないことになってるんだよ。

 プリンセス、お前までチベスナの罪悪感を肩代わりしなくてもいいんだからな。

 

「あ、あの……えっと……」

 

 と、プリンセスは泣きそうになりながら立ち上がり、俺の方へ何やら事情を説明しようとしている……が、言葉が出てこないらしい。

 

 ………………………………。

 

 いや、俺も馬鹿じゃないからな。

 むしろ頭は良い方だと自負しているからな。

 分かってる。この状況、チベスナがこうまで慌てて、そしてプリンセスも慌てるような原因が何かなんて──一つしかないし。というか、俺もかな~り前から危惧していたわけだし。

 分かっているが……まさかこのタイミングでとはなぁ。あともう少しだったのになぁ。

 

「チベスナ」

「チーター、チベスナさんはむーびーすたーだと思いますよ」

「……………………まぁ、色々撮ってきてはいたしな」

 

 ……流石に、この状況で突っぱねることができるほど俺は薄情ではない。

 

 さーてこれどうしたもんかなー。うーん……。

 

 悩む俺をよそに、俺の回答でようやく安心を得たのか、チベスナはゆっくりと顔を上げ、泣きそうなくらいしょぼくれた表情で、こう告げたのだった。

 

 

「……………………かめら、うごかなくなっちゃったとおもいますよ……」




というわけで、たびたびチーターが気にしていたのは『カメラの電池残量』でした。
むしろ今までよくもった。

◆支援イラスト◆

【挿絵表示】

レオニス様より。アバンの描写をイラスト化していただきました。
チーターのすこやかな寝顔です。たったあれだけの描写からこんな素晴らしいイラストを生み出すとは……。
ありがとうございました!

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