「……ふぅっ。ここまでくればラッキーに見つかることもあるまい」
木を斬り倒してから、小走りで移動すること十数分。おそらく森林公園を半分ほど踏破したくらいの距離で、俺達は一旦足を止めた。
小走りであったため、俺の疲労はそこまででもない。これは余裕をもって森林公園の散策ができるな……。
「さて、ここからは森林公園を楽しむとしようか」
「でもチーター。森林公園って木しかないと思いますよ?」
チベスナの言葉はその通り。
森林公園って言っても、実態のところは自然公園みたいなもんだからな。公園というのは児童の遊び場となる遊具置き場という意味ではなく、そのものずばり『公に開かれた園』。即ち管理された自然というニュアンスでしかない。
なので、このあたりは今までのアトラクションのように分かりやすい遊び場などはなく、ただひたすら自然を見ながら散策できるコースがあるというわけなのである。
なお、ジャパリパークからヒトが離れてから久しい現在の環境では、それは『ただの自然』とほぼ同義語である。管理されてない『管理された自然』ってつまり普通の自然だからね。
「だから、この木々を眺めながら楽しむんだよ」
「また『ふーりゅー』だと思いますよ? いい加減ワンパターンだと思いますよ」
「ワンパターンってなんだよオラ」
「あー! チーター! あー!!」
風情を一撃で台無しにする発言をした不届き者に、俺のアイアンクローが炸裂する。
……なんか俺がチベスナを丸め込む文句として使ってるみたいに言うんじゃない! 本当にこういう自然を楽しんでるんだよ、俺は!
いや、疲れないし虫とかも気にならない自然、マジでいいんだよ。歩いたりして身体を動かすと素直に気持ちがいいし、隣にやかましいのがいるから飽きもしないし。
「まぁまぁ二人とも。でも確かに……チーターの言うとおり、このあたりの木はどこか今までのしんりんちほーの木とは違う気がするわね」
言いながら、プリンセスはあたりを見渡す。
……そうか? 俺の目には普通の木に見えるが──と注意深く観察して、そして気付いた。
ああ! そうか、葉の形が違うんだ!
「なるほど、
「……匂いと思いますよ?」
「ほら、
「よく分かんないと思いますよ」
そうか……チベスナは銀杏も銀杏も知らないのか。
「イチョウの木の実のことをギンナンって言うんだよ。で、ギンナンは熟れるとめっちゃ臭くてな。だからイチョウの木が生えている近くは、時期になるとものすごい悪臭で近寄りがたくなる」
「ええっ!?」
「じゃあなんで臭くないのかしら……」
「そりゃあ」
俺はあたりを見渡し、
「ラッキーが片付けてくれてるんだろ」
ここが元々森林公園というのなら、パーク運営時代からギンナンの悪臭対策くらいはしていたんじゃないだろうか。いくら自然って言っても行楽施設だからな。だとするならば、パーク運営時代のルーチンでラッキーは今もギンナンの処理をしている可能性が高い。
現に、周りを見てもギンナンの実は落ちていないからな。ここのイチョウの木がギンナンをつけないように品種改良されているとかなら違うが、そうでない限りギンナンを片付けている『誰か』がいるのは間違いないだろう。
「ん? でもまだ少し落ちているぎんなんもあるみたいね……」
と、地面に落ちているギンナンを見つけたのだろう。プリンセスが木の根っこの方を指さしていた。
まぁ、ラッキーだって完璧じゃないからそりゃ落ちてるだろうな──と。
そこで俺は気付いてしまった。
プリンセスが指さしている『ギンナン』。それが、少しずつ動いていることに。そしてよく見ると、落ち葉の陰に埋もれた『ギンナン』の先に小さな黒い球体が連なっていることに。
「いや待て! それギンナンじゃない!! セルリアンだ!」
言いながら、俺はチベスナとプリンセスを両脇に抱えて飛びのいた、その直後。
落ち葉や地面を吹っ飛ばしながら、真っ黒いセルリアンが顔を出した。本体らしい大きめの球体の後ろに、小さな球体が連なっている形のセルリアンだ。
それを横目に見ながら、俺は高速挙動のまま手近な木の陰に回り込む。
球体が連なったセルリアン──分かりやすくミミズセルリアンと呼ぼう──は幸いにも俺達に気付いているわけではないらしく(多分俺達がいることには気づいているが、落ち葉の下に埋もれてたので位置までは分かっていないのだろう)、うろうろしながらあたりを見渡している。
……進行方向的に考えて、多分さっき俺達が立てた物音に反応していたって感じだろうか。あぶないあぶない……まさか本当にセルリアンがいるとはな。しかも落ち葉に埋もれながら移動しているとは。セルリアンってそういう移動の仕方とかするんだ……。プリンセスが発見してくれてなかったら、下からの不意打ち状態から戦いになってるところだったぞ。
「あぇっ!? ち、チーターこれは……?」
「しっ。静かにプリンセス。セルリアンから隠れただけだ」
「プリンセスもそろそろ慣れたらいいと思いますよ」
「お前は慣れすぎ」
抱えられて移動したことなんかそうそうないだろうに。
さておき、両脇に抱えた二人を静かに降ろした俺は、慎重に木の陰から顔を出してセルリアンの様子をうかがう。
どうやらもうセルリアンは周辺の探索を諦めたらしく、尻尾だけ出して頭を地面にうずめて物音の方へ移動を開始していた。……あれ、頭隠して尻隠さずじゃないか?
ともあれ、敵の大きさも把握できているし、あの状態なら追って叩いてもいい気はするが……。
「どうしますチーター? 追うと思いますよ?」
「ええ!? なんで!? せっかく向こうの方から行ってくれたんだし、そっとしておきましょうよ……」
プリンセスの言い分はごもっとも。普通のフレンズであれば、わざわざ危険を冒す必要はない。
……ただ、経験からいってあの程度のセルリアンは俺達にとっては危険でもなんでもないからなぁ……。その上、おそらく陥没痕の犯人はあのセルリアンだし、放っておいたら木だけじゃなく施設にまで破壊が及ぶかもしれない。
そう考えると、アイツはここで始末しておいた方がいいかもしれない。
「やるか」
短く呟くと、チベスナもこくりと静かに頷いた。プリンセスは……巻き込むのは酷かな。ハンドサインで『ここにいろ』と示すとぶんぶん首を縦に振ったので、俺達はそのまま行動を開始した。
といっても、やることなんて単純だ。俺が囮になって、チベスナが叩くいつもの戦法。
今回は敵が落ち葉や地面の中を埋もれながら移動しているので、囮の俺がそれを取っ払って核を晒してやる必要こそあるが……ま、そのへんは俺の素早さの前では誤差である。
「ふっ──!」
そして。
舞い散る落ち葉も中空に縫い留められた一瞬の中を、俺は動き出す。
勢いよく木の陰から飛び出すと、俺は直角に曲がって尻尾だけが出たセルリアンのもとへ急行する。
「…………何?」
そこで、俺は気付いた。
地面から出た細い尻尾──その先端に、目玉のようなものがついていることに。
セルリアンってのは、よくわからんが視覚と聴覚を備えているらしいというのは俺も今までの旅で何となく分かっている。聴覚については謎だが、視覚がどこに備わっているのかは分かる。球体表面に沿うように浮かぶ、目玉のようなレンズ。セルリアンはそこでものを見ているのだ。
…………で、その目玉が出ている。俺とばっちり、文字通り目が合っている。
「……そうやって周囲の様子を確認してたってのかよ……!!」
なんだそのセルリアンに似つかわしくない生態!!
心の中で悪態をつきつつ、俺は身を逸らす。一拍遅れて地面から顔を出したセルリアンは、そのまま巨大な『尻尾』を俺の方へと叩きつけてくるが……まぁ遅い。止まって見えるレベルなので、俺はその『尻尾』の上に飛び乗り、思い切り蹴りを叩きこんでもう一度地面に埋没させてやる。
「……チベスナは……」
ちらりと横目で確認してみると、チベスナは木の枝の上に乗っているようだった。動きに迷いがないので、あの分ならきちんと核を発見しているだろう。
安心した俺はダメ押しでセルリアンにもう二発ほど蹴りを叩きこみ、危険そうな『巨大な尻尾』を地中深く埋め込み、行動不能にしてやる。
これでよし。あとは──
「チベスナぁ!」
呼びかけると、チベスナが枝から跳躍したのを確認した。よし、これで後はチベスナが核を破壊すれば──と気を抜いた一瞬。
俺の眼前にあったセルリアンの『頭』が、ぎょろりとこちらの方を向いた。
……うわっ、なんかまずそう。
本能的に判断して高速でその場から飛びのくと、小さな球体が連なったセルリアンの身体からさらに小さな球体が連なった『枝』が伸びて、一瞬前まで俺がいた空間を貫いていた。
おー、危ない危ない。っていうか変形するのか……油断も隙も無いなセルリアン……。こんなの今まで見たことないぞ。
だが、セルリアンの反抗もそこまで。
最後の抵抗をした次の瞬間、その脳天にチベスナのチョップが叩きこまれ──ぱっかーん、とセルリアンは粉々になって辺りに飛び散った。
「フー、お疲れと思いますよ」
「おう、お疲れさん」
キラキラと輝く中で合流した俺達は、互いに互いの労をねぎらいあう。
…………『黒セルリアン』。初めて遭遇したが、今までのセルリアンとはやっぱり厄介さも段違いだったな……。突然変形してくるとか、俺じゃなかったらけっこう詰みだったんじゃない? 危ないからチベスナはあんまり近寄らせないようにしないとな……。
でもまぁ、あんな危ないのを野放しにしてたら他のフレンズも危険だったやもしれん。潰しといて正解だったな。
「ふ、二人とも大丈夫だった……?」
と。
物音がなくなったのを感じ取ったのだろう。プリンセスが木陰から顔を出して、こわごわとこちらの無事を確認してくる。
プリンセスには怖い思いをさせちゃったな。
「ああ。もうセルリアンは倒したよ。付き合わせて悪かったな」
「いえ! いいのよ! ……わたしの方こそ、手伝えなくてごめんなさい」
プリンセスはそう言って、しゅんとしてしまった。……えっ、そこ気にするんだ。プリンセスは戦うのが苦手なフレンズなんだし、別に気にしないで良いと思うけどな……。
「チベスナさんとチーターがすごいだけなので気にしなくていいと思いますよ。……それにしてもチーター、ちょっとここのところセルリアン多すぎだと思いますよ」
そんなプリンセスにあっさりと言うと、チベスナは溜息を吐いて切り出した。
……うむ。
「そんなに多いのかしら……?」
「多いと思いますよ! みずべちほーではでっかいセルリアンと戦ったのに、一日経ったらしんりんちほーでまたセルリアン、次の日またセルリアン! いくらなんでも多すぎると思いますよ!」
確かに、チベスナの言う通りである。
今までの地方では精々セルリアンとの遭遇は一地方につき一回(一体ではない)が基本みたいなところがあったのだが、森林地方に来てからはマーゲイと遭遇した一回目に続きこれで二回目だ。
まだ森林地方に来てから二四時間も経っていないというのに、これは少し多い気がする。それに、黒セルリアンもいたことだしな……。
「そ、そうなのかしら。そういえばこの前の噴火の後から、セルリアンが増えてるような……」
「……そうなのか」
噴火…………確か、サンドスター・ロウが出るんだったっけ。フィルターがちゃんと張れていないから……。
それのせいでセルリアンが大量発生しているのなら、確かに納得ではある。
俺をフレンズにした噴火で発生したサンドスター・ロウで生まれたセルリアンが、今頃になって大きくなって猛威を振るっているといったところなのだろうか。
しかしそれはつまり、『このあたりにはまだセルリアンの危険がある』という事実の追認でしかない。……これは……。
「…………何かきなくさくなってきたな」
「ギンナンの匂いだと思いますよ?」
「ちげーよ」
………………緊張感はあんまりないな。
そろそろタイトルに「襲撃者」が入ってると「あーセルリアンだな」って気付く読者さんが大半を占めそうな気がしています。