──思わず反射的に言った俺は、同様に動揺しているチベスナを小脇に抱えると、すぐさま脚に力を込めた。
どうするのかって? 逃げるにきまってるだろ! 得体のしれない、明らかにセルリアンじゃない化け物! 相手をするのは馬鹿だ! 幸い向こうもすぐさま攻めてくるような雰囲気じゃない! 俺の足なら十分に逃げ切ることが可能!!
……と。
そんなことを考えながら、歩みの遅くなった世界を眺めていたからだろうか。不意に──俺は気付いた。目の前にいる正体不明の化け物が、気持ちのけぞっていることに。
それも攻撃の前動作といった風情ではない。今俺が抱えているチベスナがそうしていたように、驚きのあまり思わずのけぞってしまった──そんな姿だった。
……もし仮に目の前の存在が危険な『謎の化け物』だったとしたら、そんなふうに驚いたりしないような。
「……よいしょ」
「わっ、チーターいつの間にチベスナさんを抱えてたと思いますよ!?」
「たった今」
俺は身構えるのをやめ、チベスナをその場に下した。
すると時を同じくして、相手の方も俺達がフレンズだと認識したのか、慌てるのをやめたようだった。
冷静になって見てみると、流石に分かる。目の前のこのごちゃごちゃした、海藻まみれのようなこの姿は──こいつ本来の姿ではない。っていうかこれ、カーテンである。どうやらカーテンを被ったままうろつき歩いているフレンズというのが、コイツの正体のようだ。
「……大丈夫か?」
「ふ、フレンズなのね? おばけとかじゃないのね……?」
カーテンの中から聞こえてくるくぐもった声は、やはり恐怖に震えている。……姿が見えてないのか? いやそりゃそうか。カーテンを頭からかぶってるわけだし。
……なるほど、俺の懐中電灯の光に反応していたってわけか。
「そうだよ。それ取っ払ったらどうだ。顔見えるぞ」
「そうね……えいっ」
俺の提案に応じた声の主は、そう言って勢いよくカーテンを脱ぎ去り、その素顔を俺達の前に露わにした。
白髪が印象的なフレンズだった。そこから飾り羽のような黄色いアホ毛が伸びた、おさげ髪のような下向きのツインテールをしている。おさげ部分は黒髪になっているのが、なんだかフレンズらしい。
だが、俺の驚きはそこにはなかった。
白を基調とした髪色。黒のおさげ。飾り羽のような黄色いアホ毛。
さらにそこから出てきた彼女の服装が──ジャージを纏った水着だったからだ。
俺は、こんな特徴を持ったフレンズを知っている。
というか、状況的にも彼女が今ここにいるのはかなり理にかなっていた。
「わたし、ロイヤルペンギン。プリンセスって、呼んでちょうだい」
「で、プリンセスはこんなところで何をしていたんだと思いますよ?」
ジャパリ屋敷より出てのち。
ジャパリ屋敷近くの木陰で、俺とチベスナは出会ったプリンセスとそんな話をしていた。まぁ、プリンセスが森林地方にいることは謎でもなんでもないが、それはそれとしてジャパリ屋敷にあの格好でいたのは謎でしかないからな。チベスナが気になるのは無理もない。
プリンセスの方もはにかんだように苦笑しながら、
「えーっとね……。話すと長いんだけど」
「あ、じゃあいいと思いますよ」
「なんでよっっ!!!!」
……ああ、チベスナのペースに呑まれちゃうタイプのフレンズだ……。
「まぁまぁチベスナ。俺は気になるからさ。で……改めて聞くけど、なんでジャパリ屋敷にあんな格好でいたんだ? セルリアンに追われていたとかか?」
「あー……うーん、そうじゃないのよ」
プリンセスはろくろを回すような手の動きをしつつ、
「ただ、このおやしきが気になって……入ってみたの」
「そこ自体は特におかしな要素もないな」
好奇心に突き動かされるのはフレンズにはよくあることだ。ただ、それであのざまになるのはちょっと経緯が分からないが……。
「そうしたらね、途中で気付いたの。……この『ジャパリやしき』、怖いものが出る場所だっていう噂があったのを……」
「…………あー」
なるほど。つまり、特に事情を知らずに屋敷探索を始めたら、途中で自分が探索している屋敷がジャパリ屋敷だったと気づいた、ってわけか。……それで怖くなって、適当なカーテンをかぶって防御対策に乗り出したと。
「わたし、とりあえず自分を守るものがほしくて……。で、あれを被ってたの」
「まぁあれじゃ防御にはならないと思うけどな……」
「ええ……。突然光が飛んできてびっくりしたわ」
「それはすまん」
探索してるときは基本的に無人の場所を調べてるつもりだから、出会いがしらの人が懐中電灯の光を浴びてめっちゃビビるとかあんまり考慮に入れてなかったんだよな。
「しかしペンギンとは、最近縁がありますねチーター」
そこで、チベスナが俺の方にそんなことを言ってきた。その物言いに、プリンセスは首を傾げながらチベスナに問いかける。
「……? 他のペンギンにも会ったの?」
「ええ! 色々会ったと思いますよ。ジャイアントペンギンにコウテイペンギンにイワトビペンギンにジェンツーペンギンに……」
「わ……知り合いだわ! アナタ達、みずべちほーから来たの?」
「ああ。旅をしてるんだ、俺達。平原地方から島を一周して、水辺地方から森林地方に入ったんだ」
「す、すごい……」
俺の何気ない説明に、プリンセスはものすごく感じ入った様子だった。
……まぁ、理由は分かる。ジャイアントペンギンの話を聞く限り、プリンセスは水辺地方から旅を始めて速攻で道を間違えロッジ地帯へ行き、ジャイアントペンギンの手引きによって森林地方に行ってからも未だに道に迷って図書館にすらつけていないポンコツっぷりだからな……。
「ジャイアントペンギンから、お前の話も聞かされてるぞ」
そこで、俺は話を振る意味も込めてそう切り出した。
「え? そうだったと思いますよ?」
「おい、もう忘れたのかよチベスナ。ロイヤルペンギンのフレンズの知り合いがいるって話、されてたろ」
「あー!」
今頃思い出したか。
「そうそう。ドジでおっちょこちょいだから助けてやれって話だったと思いますよ」
あっ、この馬鹿。
「………………」
チベスナのド馬鹿発言を聞いて、俺はさっとプリンセスの方へ視線を向けてみる。……案の定、プリンセスは俯いて無言になってしまっていた。
「あー、プリンセス? 俺達、図書館に行く予定なんだ。よかったら一緒に……」
「けっこうよ! わたし、ドジでおっちょこちょいなんかじゃないもの!!」
バッ! と。
突然立ち上がったプリンセスは、そう言っていかにも『怒ってます』って感じの足取りで、俺達から去っていってしまった。
「……どうしたんだと思いますよ? プリンセス」
「怒ってんだよ、馬鹿」
あー…………。久方ぶりに、これは面倒くさいなー……。
ま、別にプリンセスに怒られてしまったといっても、別に後に引くような問題があるわけじゃないんだ。今は怒ってるかもしれないが、時間をおいて頭が冷えた段階でチベスナに謝らせれば後には引きずらないだろうし。
ただ、直近としては──けっこうガッツリと問題があった。
というのも。
「あ、あれ!? ちょっとここどこなの!? ええと、どっちに進めば……!?」
…………肝心のプリンセスが、絶賛道に迷い中なのであった。
いや確かに森の中ってどこがどっちか分かりづらいし、地図も持っていないプリンセスが普通に進んでいける方がむしろおかしくはあるのだが、いくらなんでもあの狼狽えっぷりは……。
「チーター、どうすると思いますよ? 助けてあげた方がいいと思いますよ?」
「うーんまぁ……」
でも、プリンセスって普通のフレンズとはちょっと違ってるんだよなぁ。意地っ張りというか、ここで俺達が助けに入っても、それを素直に受け取れないタイプというか。
だから考えなしにプリンセスのところに行っても、多分話がややこしくなって終わり、としかならないと思うんだよな……。タイミングを見計らわないと。
「チーター、でもあれ、いつまで経ってもあのままだと思いますよ」
「っていうかチベスナは怒ってないのか?」
どっちかというとさっきのは無神経なチベスナが悪いと思うが、かといってチベスナがそれを素直に反省するようなタマじゃないのは俺がよく分かっている。にしては、チベスナの態度が大分マイルドなような気がしないでもないが……。
「……? 怒るようなことなんてなかったと思いますよ?」
……という懸念はあったのだが、チベスナはどうやらプリンセスの態度に対して『厚意を無下にされた』とは感じなかったようだ。お前いつも俺に対してはお節介の見返りを要求するくせに……。
「……うう、アイツらにあんな啖呵切ったのに、こんななんて……」
チベスナと話していると、プリンセスの方はしゅんとしてしまった。……ああ、頭が冷えて自己嫌悪モードになっていらっしゃる。タイミング的には、このへんがちょうどよかったかな。
「いいかチベスナ。普通のフレンズは突然自分のことをポンコツとかおっちょこちょいって言われたら、ムカっとするもんだ。お前だって俺にポンコツとかおっちょこちょいって言われたら……」
「言い返すと思いますよ! チーターはポンコツだと思いますよ!」
「せいっ」
何故か先制攻撃をしかけてきたチベスナに報復攻撃を仕掛けつつ、
「だから、これから俺達はプリンセスに助け船を出すわけだが……とりあえず最初に、チベスナはプリンセスにポンコツとかおっちょこちょいって言ったことを謝ること。そうすりゃ話はスムーズに進むから」
「チベスナさんはジャイアントペンギンがそう言ってたって言っただけで、プリンセスがおっちょこちょいとかポンコツとか思ってないと思いますよ?」
「それでも」
「はぁ……。しょうがないと思いますよ。プリンセスは気にしすぎだと思いますよ」
「お前が気にしなさすぎるだけなんだよなぁ……」
ともあれ、これで話はまとまった。
「おーい、プリンセスー!」
俺とチベスナは、今まさにしょんぼりしているプリンセスの方へと駆け出した。
長くなったのでここまでで分割。
というわけで、登場したのはプリンセスでした。
プリンセスって良くも悪くもアニメ時代のフレンズらしくないよなと思います。