「むー……流石は森林地方といったところか」
木陰で一休みしながら、俺は地図を広げて思わず感嘆していた。地図上を見る限り、森林地方の主なアトラクションは五つ。
ジャパリ屋敷(お化け屋敷)、キャンピングゾーン、森林公園、そしてアニメでも登場したクイズの森とジャパリ図書館だ。その他にも木々を種類ごとに区分けして展示していたりなど興味を惹かれる場所は多々あるが、まぁチベスナが興味を示しそうな場所はこんなもんだな。
ここから一番近いのは……ジャパリ屋敷か。
「ジャパリ屋敷っていうのがあるみたいだぞ」
「おやしきだと思いますよ? へいげんのライオン城みたいなのだと思いますよ……?」
「ライオン城て」
言い得て妙だが。
俺はうーんと唸りながら、
「城とは微妙に違うかね……。ジャパリシアターを丸ごとフレンズの住処になるよう作り替えた──みたいなイメージを持てば分かりやすいか?」
「ジャパリシアターは言われるまでもなくチベスナさんの巣だと思いますよ」
「そういうことじゃなくてだな」
そっか。そういえばフレンズ、っていうか野生動物にとっては『住むために決まった建造物を作る』って珍しいことなんだよなあ。いや、ないわけじゃないけどな。ビーバーとかみたいに。
「要するに、自分で住むためだけに作ったジャパリシアターってことだよ」
「ええっ、誰がそんな大変なことを……」
「昔のヒトかな……」
言われてみれば、家作るって大変だよなあ……。ましてこんな巨大な動物園(たまに遊園地では? と思うこともあるが……)を一から作り上げるって、どれだけの苦労があったんだろうな。ジャパリパークを作った人達って本当にすごい。
「ともかく、ジャパリ屋敷っていうのはそんな『住処』を題材にしたアトラクションだろう。あくまで『題材』な」
「何が違うんだと思いますよ?」
「なんだろうなぁ……」
お化け屋敷だからな。中にお化けがいるのが違うんだと思うよ。
休憩を挟みつつ並木道を歩くこと一時間ほど。
並木道が大きく広がった、森の広場のようなところに──『そこ』はあった。
「諸行無常だなぁ……」
一言で言うならば──廃洋館。
整備されていれば豪邸と許容できそうなその屋敷は、今はもうすっかり寂れた様相を呈していた。
元々の演出だったのだろうボロボロの壁面は、長い時間経過のためか成長しつくした蔦植物に覆われ、本来の色彩を完全に失っている。かつては自然の中にあった人工物であったはずのこのアトラクションも、今はもう完全に自然の一部と化していた。
「チーター」
「時が経って壊れたものを見ると悲しくなるね」
風情も何もあったもんじゃないが。
「それは……どんまいと思いますよ」
と、なんとなく『もののあはれ』ってヤツを体感していると、なんだかチベスナが慰めてくれた。これは別に落ち込んでるわけじゃなくて、風情を感じているから別に心配しなくてもいいんだけどな。
「それでチーター」
そこで話を切り替えるように、チベスナは俺に、
「このやしき、いったいどんなアトラクションだと思いますよ?」
と、ソリをそのへんに置きながら問いかけた。ソリは屋内には入れられないのがお決まりだからな。
「そうだなあ……」
チベスナの問いに、俺は適当な返事をしながら考える。
……さて、どう答えるのが面白いか。
チベスナ、絶対にお化け屋敷が苦手なタイプだと思うんだよな。すぐ冗談真に受けるし。
『お化け』という存在自体は特に怖がったりはしないだろうが、『自分を怖がらせようとしてくるもの』には多分普通に怖がると思うんだよ。正直だから。現に俺が地下バイパスで懐中電灯を使って怖い顔したときはめちゃくちゃビビってたし。
さて、ここで俺がとれる選択肢は二つ。
一つはチベスナに何も教えず、中に入ってからお化け屋敷の概念を説明するもの。
もう一つはチベスナにあらかじめすべてを教え、それからお化け屋敷へと進むもの。
前者は言うまでもなく、中でネタ晴らしをした場合のチベスナのリアクションがきっとめちゃくちゃ面白い。いつも煽られてるのだから、たまには俺から煽ってもいいだろう。多分楽しい。
ただし──問題が一つ。チベスナは、冗談が通じないのだ。何かしらのアクシデントでチベスナのビビり閾値が限界を超えた場合、その挙動は俺にも制御ができなくなる可能性がある。具体的に言うと、びっくりしすぎて壁壊して逃げるとか。あと、本気でびっくりしちゃうとか。そういう後味の悪い展開になると楽しくない。
後者は多分話した瞬間チベスナはお化け屋敷回避を目指しだすだろうが、そのへんは問題ない。チベスナは馬鹿だからな。適当に煽ればきっとムキになってお化け屋敷に突撃するし、ムキになってるからよっぽどじゃない限りヤバイ状態にはならない。何より、事前に説明しているので俺に落ち度が発生しづらい。楽しい。
問題と言えば、このパターンの場合チベスナを煽る過程でほぼ確実に俺にも何らかの交換条件が付加され、なんか競争めいたものになりそう……という点だろうか。まぁこのへんも特に問題はあるまい。
──こうして並べると、リスクヘッジの観点から見ても答えは明瞭だな。
「はっきり言うと、『ジャパリ屋敷』──即ちお化け屋敷とは、『怖いもの』で入った者をビビらせるというアトラクションだ」
「ふーん。そうなんだと思いますよ。ところで次のアトラクションはどこだと思いますよ?」
「ここだ」
俺は無慈悲に告げ、さらに立て続けにチベスナを煽る。
「おっやぁ? どうしたんだチベスナ、いつもの威勢はどこに行った? お化け如きに尻込みしてるのかぁ?」
「そんなことないと思いますよ! チーターこそ実はお化けに弱いんじゃないかと思いますよ!」
あ、言い出した。もうこうなればこっちのものである。
「さあどうだろうな。じゃあ試してみるか? お化け屋敷――最もビビりなのはどっちなのか!」
「臨むところだと思いますよ!」
俺が吹っ掛けると、チベスナはさっきまでの尻込みはどこへやら、あからさまにやる気になって屋敷の方へと歩き始めた。
今はまだ威勢の方が勝っているが──はてさて、どの時点で正気に戻るかな。
中に入ると、そこは案の定の真っ暗闇だった。
蔦が窓をも覆いつくしているからか、鬱蒼とした森の中に差し込む僅かな光さえ屋敷内には届かない。当然ながら俺も暗い所では目が見えないため、ここは苦渋の選択として懐中電灯をつけることにする。
明かりで照らしてみると、なるほどそこは赤系の絨毯が敷かれた本物の洋館然とした空間だった。壁紙なんかはデザインなのか経年劣化なのかボロボロだし、調度品も煤けているものの、全体的な形に破壊の痕は見られない。セルリアンに荒らされたような形跡もない──それだけに、『整然とした不気味さ』が残る場所だった。
……うっ。なんかこうして半端な明かりで照らしてみると余計に不気味な空間だな……。伊達にお化け屋敷じゃないか……。
「……チーター、いつどこから驚かしてくるんだと思いますよ?」
そういうわけなので懐中電灯を構えた俺に寄り添うように立ち、チベスナが問いかけてくる。その声色は、いつもよりもどことなく自信なさげだ。というよりは、どこからくるのかも分からない脅かしの刺客に警戒しているのだろうが……。
「そのへんは俺も分からん」
そんなチベスナに、俺は素直な回答を言い渡した。
何せこんなに古いんだからな。パークの従業員が脅かし役をやってる場合はまず間違いなく脅かし役はいないことになるが、フレンズも来るであろうアトラクションに生身の人間を脅かし役に起用するのはいくらなんでも危険すぎる。
そう考えるとラッキーなりが脅かし役をやる――と言うのが楽観的見解。楽観的でない見解だと全自動ゾンビロボットの存在が考えられるが──流石に子どもも遊びに来るアトラクションでそこまでの恐怖体験はやらないだろう。
「えぇ! チーター、頼りにならないと思いますよ」
「
「ヒトって言っちゃいけないと思いますよ」
「今そういう話はしてねぇ!」
にも拘らず俺がそんなに慌てていないのは──所詮作り物だしという思いももちろんあるが、フレンズの身体能力が背景にあるのであった。
だって、フレンズって耳いいもん。全自動のロボットなりラッキーなりが驚かしに来たら、確実に予備動作の段階でその動きを察知できる自信がある。もちろんチベスナもそれは同じなので、いかに俺の方が早く余波に気付きチベスナの気を逸らさせるかの勝負という節すらある。
「ともかく、だ。チベスナも警戒しておいた方が身のためだぞ。どこから襲って来るか分かったもんじゃないからな……」
「うっ……そ、そういうのやめるといいと思いますよ」
ニヤリと笑いながら言うと、チベスナはぶるりと身を震わせながらそう返してきた。が、耳の動きから辺りの様子をうかがっているのは丸わかりだ。単純なヤツめ。
……これで、とりあえずお化け的な機能が停止していたとしても俺が驚かしてやることでとりあえずお茶は濁すことができるはずだ。どのくらいでやろうかな……。あの角を曲がったくらいのところで、軽く尻尾で攻撃してやるか。そのくらいなら俺がやったってバレないし、チベスナもいい感じに緊張感を高められるだろう。
「……というか、なんだかさっきから変な音が聞こえると思いますよ?」
「……そうか? 俺には聞こえないけどなぁ……」
これは嘘だ。実は俺にもちゃんと聞こえてる。何かの……足音みたいな音だが。ただ、セルリアンの音ではないし、なんか擦るような音なので、多分野生動物か何かだろう。お化け屋敷のアトラクションにしては、機械音感がまるでないしな。
「え。と、ということは……ま、まさかチベスナさんにのみ聞こえる魔の手……!? ちょ、ちょっとチーター、チベスナさんの代わりに聞くといいと思いますよ」
「だから聞こえないって言ってんじゃん」
懐中電灯を持ってない方の手で耳を隠しながら、俺はチベスナの陳情をのらりくらりと躱していく。ふっふっふ。大分暖まってきたみたいじゃないか。
さて、そろそろ曲がり角だ。このへんでチベスナの背中をちょいとつついてやって、軽くびっくりさせてやるとするか――
と、そんなことを考えていた、ちょうどその瞬間。
まさに曲がり角に差し掛かり、チベスナの背中を尻尾で小突く直前に、俺の目の前に真っ黒い物体が出現した。
まるでヘドロを頭から被ったような冒涜的な風貌をした『それ』は、ガサガサの表皮の奥から焦燥の光を灯した瞳の輝きを爛々と零れさせている。
瞬間、あまりの出来事に俺の脳が一瞬処理を停止した。
敵? セルリアンにしては生物的すぎる。ロボット? 駆動音は聞こえなかった。フレンズ? この見た目で? あまりにもヒト型から乖離しすぎている。……では、目の前の『これ』は何者だ? フレンズ化前の妖怪とか? 実在するのか? したとして何の妖怪だ? …………結論。正体不明。
そして。
すべての情報を脳内で把握した俺、限界まで緊張を張り詰めさせついでに勢いで背中を尻尾で叩かれたチベスナ、そして──目の前の冒涜的生物。
その三者が次の瞬間、一様にとった行動とは。
「う、うわあああああ!!!! 出たあ!!!!」
・ジャパリやしき
一年ほど前に書いたけもフレオリ主二次に出した舞台を舞台のみ使いました。一人シェアードワールドです。
・チーターの選択
お察しの通り『後者』は『いつものパターン』です。気付けよチーター。