畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念隔日投稿中です。未読の方は一一〇話よりどうぞ。


一一一話:焼け落ちた炭から

 その後、俺は結局地道に火種を大きくしていく必要を迫られたのだが……。

 ……いや、詳しく語ることはやめよう。ただ一つ言わせてもらうならば────長く、苦しい戦いだった。

 

「ぜぇ、はぁ……」

「チーター、お疲れ様だと思いますよ」

 

 金網の上でじゅうじゅうと音を立てる魚を遠目に見ている俺に、チベスナが水筒を差し出しながら言う。

 

「ありがとな」

 

 水筒を受け取って言うと、俺はそのまま水で喉を潤した。あー……一仕事終えた後の水はおいしいな。

 

 ちなみに、チベスナは何をしていたかというと、火おこしに四苦八苦する俺を横で応援したり、火を大きくするための風送りなどをしていた。直接火の世話をしていた俺に比べれば幾分か負担は軽いが、まぁフレンズ基準ではあれでも十分頑張った方だろう。両方とも大体同じくらいのダメージを負っているので、罰ゲームとしては確かに最適であった。

 そのくせ最終的においしい焼き魚にありつけるから、確かに『みんな楽しい』しな。そこらへんは流石ジャイアントペンギンといったところか。

 

「チーター、どうだった? みずべちほーは」

「ん?」

 

 と、早くも焼きあがった魚を頬張りながら、ジャイアントペンギンがそんなことを問いかけてきた。……そうか。ビーチも楽しんだし水族館も楽しんだから、みずべちほーはこれで大体遊びつくしたのか。もちろん細かいところを見ていけばまだあるんだろうが、そこまでしていたら時間がどれだけあっても足りないからな。

 

「ああ。楽しかったよ。色々と新鮮でもあった」

「そっか。それならよかった」

「だが──一番の収穫は、お前に会えたことかな」

 

 ふと、俺は自分でも言う気のなかったそんな本音を零していた。

 俺が突然柄にもないことを言ったのが意外だったのか、ジャイアントペンギンはきょとんとした表情を浮かべる。

 

「驚いた。そこまではっきり言われるとは思ってなかった」

「ってことは思われてる自覚はあったんだな」

 

 そこで『そんなふうに思われてるなんて考えもしなかった』とならないあたりが、ジャイアントペンギンらしいよな。ま、そんなヤツだからこそ得難い出会いになったんだろうが。

 

「……ま、わたしにとってもお前らに会えたことは、ここ最近じゃ一、二を争う幸運だったからなー」

「お、一番じゃないのか」

「まーな。ししし」

 

 冗談めかして言うと、ジャイアントペンギンは悪戯っぽく微笑んだ。……ま、プリンセスとの出会いのこと、だろうな。

 

「やっぱり、一番大切なのは──未来だからなー」

 

 そう言って、ジャイアントペンギンは陸地の方に視線を向ける。水辺地方の地平線の向こうは、ぼんやりと緑色に染まっているように見えた。

 ──森林地方か。

 水辺地方を抜ければ、思えば長かったこのキョウシュウエリア一周の旅もついに最後の地方になるわけだ。旅を終えた後にどうするか――についてはちょっと考えがないわけでもないが、それはそれとして、なんとなく寂寥感をおぼえる事実である。

 

「もう、すぐに行くのかー?」

「ああ。早く森林地方のアトラクションも見てみたいしな」

「んじゃ、ここでお別れだなー」

 

 ジャイアントペンギンがそう言うと、向こうで焼き魚に舌鼓を打っていたチベスナが話を聞きつけてこっちに合流してきた。

 

 

「なんですチーター? もう行くと思いますよ? チベスナさんはもう一日くらいここにいてもいいと思いますよ」

「さては海の幸の味を占めたな」

 

 文字通り。

 

「……ま、俺も正直ゆっくりしたいところではあるんだが、そうもいかないんだよ。()()()()()。とっとと森林地方に行かないとな」

 

 というよりは、正確に言うと『ジャパリ図書館に』だが。

 

「えー……。チーターはせっかちだと思いますよ。まぁ別にいいですけど」

「お前がわき道にそれすぎなの」

「あっはっは。どっちも大概だぞー」

 

 言い合う俺達に、ジャイアントペンギンがあんまりにもな総括をぶつけてくる。……うぐぐ……。なんだその『いい感じのバランス感覚を持ったオブザーバー』みたいな感じは。今までの立ち回りがまさにそんな感じだから否定が全然できないぞ。

 

「チーター達、もう次のちほーに行くのか?」

 

 と、そんなことを三人で言い合っていると、コウテイが魚を食べながら問いかけてきた。

 

「ああ。あんまり長居してもしょうがないしな」

 

 コウテイの言葉に、俺は頷いて答えた。すると他のメンツも少し寂しそうな表情を浮かべる。

 

「そうですか……。チーターさんは色んな面白い遊びを教えてくれたので、もっと色々教えてほしかったですけど……」

「ま! おまえらがいなくなっても楽しい遊びはおれ達がロックに受け継いでいくぜ!」

「おさかな~……。……でもジャパリまんのがおいしいな~」

「フルルは話を聞けよ」

 

 相変わらずだなコイツは……。チベスナよりもマイペース強度が高いぞ。

 

「……そんなに寂しがらなくても、色々知りたいんならジャイアントペンギンに教えてもらえよ。多分色々知ってるぞ?」

 

 ともあれ、やっぱり色々と知りたいなら俺よりもジャイアントペンギンだろう。何だかんだ俺はフレンズの価値観には疎いからな。その点ジャイアントペンギンならフレンズの機微を理解した上で色々教えてくれるだろう──と思っての提案だったのだが、言われた当のペンギン達はみな一様に微妙な表情を浮かべて、

 

「いや~……。先輩はちょっと……。なんか変なことさせられそうだし」

 

 と、イワビーが全員を代表して尻すぼみになりながら答える。

 えー……。ジャイアントペンギン、なんだかんだで面倒見よさそうなのに──と思って横にちらりと視線を向けてみると、ジャイアントペンギンは何故か悪戯っぽい笑みを浮かべて何も言わなかった。

 ……あー、普段からかい倒してるわけね。確かにジャイアントペンギンからしたら、フレンズ達は素直すぎて一緒に遊ぶには張り合いないかもしれんからなー。必然的に、『他のフレンズの動きを制御する』って感じに関係性が偏りそうだよな。

 まぁ、それで慕われてる限りちゃんとうまいことやってるんだろうけど。

 

「ま、ほどほどにな?」

「分かってるってー」

 

 ニヤリとしながら言うと、ジャイアントペンギンは照れ臭そうに笑いながら応じてくれた。

 

「んじゃ、そろそろ行くか。じゃあな、みんな。またいずれ」

「おー。チーター達も元気でな~。またいつでもみずべちほーに来いよ~」

「わりと近所だしな」

 

 水辺地方、意外と近いんだよな……。平原地方から森林地方を抜けてすぐだから。多分急げば半日くらいで着く。

 ……と、そうだった。忘れるところだった。

 

「ほら、ジャイアントペンギン」

 

 俺は懐からアクセサリーを取り出し、ジャイアントペンギンに手渡す。

 いつも『土産』として出会ったフレンズに渡しているお守りのアクセサリーだ。ペンギン達には既に渡しているが、ジャイアントペンギンにはまだ渡していなかったからな。

 

「お、ありがと」

 

 ジャイアントペンギンは言いながら、それを大切そうに胸元にしまいこんだ。……胸元にポケットみたいなのでもあるんだろうか。

 

「……大切にするよ」

「お、おう」

 

 そんなふうに神妙になられるとちょっとリアクションに困るな……。ただのプラスチック製のアクセサリーなのに。

 

「色々と、終わってしまったけれど……」

 

 ふと。

 ジャイアントペンギンは、独白するみたいに呟く。その言葉の『色々』に、本当に色々なものが含まれているのを知っているから……俺は、何も言わなかった。

 

「終わった後にも、こうして残るものはあるんだなぁ」

 

 まるで、ずっと前から知っていたことを改めて再確認するかのような。そんな、いっそ拍子抜けしたような穏やかさで、ジャイアントペンギンは静かに続けた。

 その視線の先には、既にフレンズ達によって食い尽くされた魚の残骸や、それを載せる金網とバーベキューコンロ。

 

「ありがとう、チーター。チベスナ。楽しかったよ」

 

 ジャイアントペンギンは最後に、そう言って初めて、普通のフレンズのような──屈託のない笑みを、俺達に向けてくれた。

 

 くしゃりと、焼け落ちた炭が灰になって崩れる音がした。

 

の の の の の の

 

みずべちほー

 

一一一話:焼け落ちた炭の下で

 

の の の の の の

 

「いやー、今回の地方は色々なことがあったと思いますよ」

 

 そして次の地方へと向かう道すがら。

 俺とチベスナの二人は、いつものようにソリを曳きながら、二人で他愛もない話をしていた。水辺地方の前まではいつものことだったが、水辺地方に来てからはジャイアントペンギンとずっと行動を共にしていたからなんか懐かしい気分である。

 

「確かにな。ジャイアントペンギンとも色々あったし……」

「チーターが実はヒトだったり」

「おい」

 

 あんまり外でヒトとか言うなって言っただろ。誰かに聞かれてたら面倒なことになりかねないんだから……。

 

「それに、久々にジャパリまん以外のものを食べたと思いますよ」

「そういえば高山地帯でイチゴみたいなのを食ったぶりくらいだったか……」

 

 何気に俺は転生してから動物性たんぱく質をとったのは初めてだったりする。いや、実はジャパリまんにそういうのが含まれていて、気付かないうちに肉も食べていたっていう可能性はもちろんあるのだが、少なくとも自覚的には、な。

 

「次のちほーはもっとグルメのことも考えたいと思いますよ」

「グルメねぇ……」

 

 そういえば、森林地方にはジャパリ図書館――つまり博士と助手がいるんだったか。アイツらも確かフレンズの中では珍しい文明的フレンズ。しかも食いしん坊。…………火を使った経歴がバレたら、なんか面倒くさそうだな。

 チベスナがうっかり自慢しそうだし、釘さしとくか。

 

「チベスナ。一応言っておくが、俺が火を使えることも秘密だからな。連鎖的に俺がヒトだってバレちまいそうだし」

「分かったと思いますよー」

 

 分かったんだか分かってないんだか……。ま、大丈夫だろう。もし言いそうになったらその時は俺が高速移動使って口の中にゴミを放り込んでやる。

 

「…………ヒト?」

 

 と。

 

 いつものように食っちゃべっていた俺達はそこで俺達以外の声に気付いた。

 あたりを見渡してみると──周辺にはいつの間にか大量の木々が。道なりに歩いていたが、気付かないうちに森林地方に足を踏み入れていたみたいだな──じゃなくて!

 

 待て待て待て……。今確かに、俺達以外のフレンズの声で『ヒト』って言葉が聞こえたな? ってことは完全に、俺のセリフを聞かれていたな?

 ぐ、ぐあああ……! しくじった……! 隣のチベスナも『あれだけ言っておいて自分もやらかしてると思いますよーうぷぷ』的顔を……していない! そもそも現状を理解していない!

 

「今アンタ達、『ヒト』って言ったわよね!?」

 

 そんなこんなで特に反応もできずその場に立ち尽くしていると──業を煮やしたのか、俺達の目の前に一人のフレンズが降り立った。

 ネコ科特有のブラウスに斑点模様のスカート、ドレスグローブ、ミニスカート――。プラチナブロンドの髪に勝気そうな瞳も特徴的だが、決定的だったのはその眼を覆う真っ黒いメガネだった。

 このフレンズは──。

 

「わたしはマーゲイ。……ねぇアンタ達。いろいろと話を聞かせてくれない?」


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