畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念ということで、今回からしばらく隔日更新です。


一一〇話:炎辱に照らされて

 というわけで、罰ゲームをする運びになった。

 

「………一体何するんだ? 言っても、フレンズの身体じゃ罰ゲームになるようなのなんて早々ないからなぁ……」

 

 フレンズの身体の頑丈さから考えるに熱湯風呂とか効かなそうだし、虫とかも今までの旅路のお陰でだいぶ平気になってしまったし、運動系も……これはイメージだが、ジャイアントペンギンはそういうタイプのを『罰ゲーム』として出してきたりはしないと思う。

 絵になるものを持ってくる、というか。

 

「ふっふっふ……。まーそのへんは楽しみにしてなー。……無論、おまえらも。みーんなが楽しくなれる罰ゲームを考えといたからなー」

「それ最早罰でもなんでもないんじゃ……」

 

 まぁ、ジャイアントペンギンに限ってそんな普通のフレンズみたいなポカするとは思えないし、油断は禁物なのだが。

 

「楽しくなれる罰ゲーム、だと思いますよ? それじゃあ罰の意味がないと思いますよ!」

「チベスナ、お前自分も罰ゲーム対象だってこと忘れてないか?」

 

 ……おい、なんだその『えっ』って顔。マジで忘れてたのかお前……。そもそもバレーボールがノーゲームになったから罰ゲームにするって話だっただろ。当然お前もやるんだよ。

 

「二人とも、軽口叩けるのも今のうちだからな~」

 

 と、ツッコミを入れる俺の後ろで、ジャイアントペンギンが人の悪そうな笑みを浮かべているのが分かった。声色だけで。絶対これ、にっしっしって感じで悪そうな笑い方してるよ……。

 …………罰ゲーム、なんだろうなぁ。

 変なのじゃなければいいんだが。

 

の の の の の の

 

みずべちほー

 

一一〇話:炎辱に照らされて

 

の の の の の の

 

 ──そこは、海水浴場の隣。白砂の大地は終わりをつげ、あたり一面は石造りの足場が広がっていた。

 おそらくは足を洗う為の場所に、『それ』はある。

 

「……これは……」

 

 真っ黒い筐体の上に、銀色の網。

 四つの細い足に支えられた『それ』は、俺もこの世界に来てからは初めて見る品だった。

 

「『バーベキューコンロ』……?」

 

 バーベキューコンロ。

 網の中に真っ黒い炭を備えたそれは、アウトドアに馴染みの浅いでもすぐに分かるほど明らかな存在感を放っていた。

 

 俺の呟きに、ジャイアントペンギンは我が意を得たりとばかりに頷いて、

 

「そうだ! お前らの罰ゲーム……それは、このコンロを使って『料理』をすることだ」

「りょうりぃ? と思いますよ」

 

 ああ……なるほど。料理か。

 確かに──フレンズであれば火を恐れる。しかし俺は例外だから『罰ゲームの体』をとりつつ連中に料理を振舞うことができる、というわけか。フレンズたちは料理という新たな体験をすることができ、俺は罰ゲームを実質無効化できて、ウィンウィン――『皆が楽しくなれる』というわけだな。さすがジャイアントペンギン。

 ……まぁこの論法だとチベスナは怖い火と向き合わねばならないわけだが、そのへんは下ごしらえ役に任命するなど俺が微調整をしてやれば特に問題はないだろう。

 納得して深く感じ入っている俺をよそに、ジャイアントペンギンは首を傾げるチベスナに頷き、答える。

 

「ああ。料理っていうのは、こーいう! 材料を切ったり焼いたりと加工して、別のものに作り替えることを言うんだぞ」

 

 言いながら、ジャイアントペンギンはどこからか大きなバナナを取り出した。どこに隠し持ってたんだそんなの……。……いや、ジャイアントペンギンのパーカーはだいぶダボってるから、隠そうと思えばいくらでも隠せそうではあるのだが。

 

「おお……そんなことができるのか? ジャパリまんでよくないか……?」

「いーやいや。ジャパリまんも確かにうまいもんだがな、料理もこれはこれでなかなかいいもんなんだぞ。ま、具材を焼いただけのものじゃー料理とはイマイチ言えない気もするがなー」

「っていうかジャイアントペンギン、肉あるのか? バーベキューと言ったら肉だろ」

 

 コウテイに説明するジャイアントペンギンに、コンロの準備をしながら俺は問いかける。……火は……あっ、ガスライターあるじゃん。さすがジャイアントペンギン、用意周到だな。

 …………いや、ガスライターってそんなあるもんなの? そんなものがあるなら図書館にもあるはずだし、かばんだって真っ先にそれを使おうとするような……、……そうでもないか?

 博士と助手は火を恐れていた節があるし、簡単に火が付くものなんて近くには置かないかもしれんし。何より、ガスライターって結局ガスが切れたら使い物にならなくなるわけで。そんなものが現在も使用可能な状態で残ってるっていうのは、『ジャイアントペンギンがきちんと保管していたから』以外の要因じゃ実現できんだろ。

 そう考えると、このガスライターはジャイアントペンギンが密かに保管していためっちゃ稀少な文明の利器ってことになるな……。

 あとでもらおうかとちょっと思ってたが、流石にジャイアントペンギンがOKしてもこんな貴重なものをもらっていくわけにはいくまい。残念。

 

「んにゃ、肉はないなー。代わりに魚をいっぱい用意してきた。わたしたち(ペンギン)にはこっちのがごちそうだからなー」

「おお」

 

 またしてもどこからともなく魚を取り出すジャイアントペンギンに、他のペンギンフレンズ達も歓声をあげる。あ、流石に魚を食べてた記憶はあるのね。そういえばコウテイあたりは元動物トークしてたっけ。もうあんま覚えてないけど。

 

「じゃ、その魚焼くか。今火の準備するから待ってろよ、」

 

 と。

 何気なくガスライターを点火した──その瞬間。

 

 

「っっ!?!?!?」

 

 感じたことのない怖気に、俺は全精力を使ってその場から退避行動をとった。

 一瞬で世界の速度が止まり、俺は次の瞬間には五メートル後方へ移動していた。

 俺の五メートル前──即ち一瞬前に立っていた場所──の中空に未だ浮かぶガスライター、その先端には、

 

 火が灯っていた。

 

 …………いや、んなアホなということなかれ。

 自分でも驚いているのだ。

 火が付いたことに、じゃあない。火が付いたことにびっくりした自分に、だ。いやほんと……感覚的には、完全に油断していたところに耳元でパン! と手を叩かれたときみたいな? 思わずびっくりして臨戦態勢になっちゃったし……未だに心臓バクバクいってるし、まだガスライターは落下すら初めてないし……。

 

 ……あ。っていうかこのままガスライター放置してたら、地面に落ちるじゃん。硬い足場に落として壊してしまったら申し訳がない。拾いに行かねば。

 

 よっ、と。

 

 中空に浮かぶガスライターを再度回収すると、既に火は消えていた。おそらく移動の時の風圧で消えてしまったのだろう。それを確認した瞬間、周囲の世界の速度が元に戻り、二人の声が俺の耳に届いた。

 

「──わっ。なんか今チーター、めちゃくちゃ動いたと思いますよ。セルリアン見つけましたか?」

「あー、やっぱりそうなるよなぁ」

 

 驚きつつあたりを見渡すチベスナとは裏腹に、ジャイアントペンギンは納得するような、それでいて少し残念そうな表情を浮かべている。コウテイをはじめとしたペンギンフレンズたちはそもそも何が起こっていたのかすら分かっていないようだが。

 ……っていうか、『やっぱり』ってことは……。

 

「こうなるって分かってたのか?」

 

 だとしたら、俺ですら予測してなかった事態を完璧に予測してるわけだからすさまじい判断力だが……。そんな畏怖を込めつつ問いかけると、ジャイアントペンギンは首を横に振りながら曖昧に微笑んだ。

 

「予想してた、ってところだな。チーターは『変わってる』から大丈夫かも……と期待した節はあるが、フレンズだしダメかもなとも思ってた」

 

 言いながら、ジャイアントペンギンは右手で招き猫のポーズをしてみせる。……『挨拶の時に無意識に猫の手やるくらいだし、動物の本能には抗えないでしょ』ってことか。余計なお世話だこの野郎。

 正直火が怖いなら火が怖いで、しんどい思いを無理にする必要もないが──なんてちょっと思っていた俺だったが、ジャイアントペンギンのその右手の動きで気が変わった。

 

「ならその期待は正解だぞ、ジャイアントペンギン」

 

 俺とて、文明的フレンズの端くれ……(文明的フレンズ、俺の他にはかばんとジャイアントペンギンとオオカミ先生くらいしかいないが)。

 確かに、ヒトの長所の一つとして『諦めること』があるのは事実だ。ヒトは諦めることができる。無意味なものに拘らず、苦痛を最小限に抑える能力。それもまたヒトの備える理性だと言えよう。

 だが、しかし! 一方でそんな理性では割り切れない感情もまた、ヒトの偉大さの一つであるはずだ! 火への恐怖くらい、簡単に克服してみせる! ヒトも古代は、火を恐れていたのだ。知恵と勇気が、その恐怖を打ち勝ち、プロメテウスの恵みを齎したのだから!

 っていうかぶっちゃけ、このままナメられて終わるのは非常に癪だ!

 

「俺は…………恐怖に打ち勝、」

 

 そう言いながら、俺は手に全神経を集中させようとする。なんか既に全身に緊張が走っているが、それでも俺はこの恐怖に──いや、待て待て。そもそもこうやって特別に意識してるから余計に恐怖が倍増するのでは?

 そうだ。

 本能で視野が狭まっていたが──俺の勝利条件はガスライターの点火ではない。その先──料理が、最終的なゴールラインだ。

 目の前の壁の巨大さに誤魔化されるな。

 最終的な道程の長さを意識しろ。

 理性で──恐怖をねじ伏せろ!

 

「……俺のゴールは、ガスライターを点火することじゃない。あの炭に……火をつけること」

 

 火が怖いのはしょうがない。フレンズの本能なんだからそういうもんだ。それに抗おうとしたところで、まともに動けなくなるだけなのはいつも本能と戦っている俺が一番よく分かっているだろう? だから、恐怖に打ち勝つのではなく──恐怖と上手く折り合いをつけねば、本能には勝てない。

 

「フッ……チーターのやつめ。何か掴んだな」

「ジャイアントペンギン、急にどうしたんだと思いますよ?」

 

 今ジャイアントペンギンは主人公の成長を見守る仲間ポジやってるから。

 

「行くぞ! これが俺の――――本能克服っっ!!」

 

 宣言と同時。

 俺はガスライターを勢いよく突っ込み、そして満を持してトリガーを押した。

 結果は――――

 

 

「火が……炭に燃え移らないっっ!!」

 

 

 ──恐怖の克服とか関係なく、『火を焚くときは小さいものから順々に燃え移らせようね』という原則をすっ飛ばしたことによる初歩的な失敗であった。




チーターはアウトドア初心者です。(文明的とか以前の問題)

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