「ルールは簡単だ! このボールを順番に相手陣地に返して、相手が落としたら一ポイント! 先に一〇ポイント獲得した方の勝ち! 負けたら罰ゲームだぞ! 吠え面かくなよチベスナぁ!!」
「望むところだと思いますよ!」
──ということで、罰ゲームをかけてチベスナと俺のビーチボール対決が開幕する運びとなった。いつもながら無軌道である。
「相変わらずおもしろだなーお前ら。よし、わたしが審判をやってやろう! あと罰ゲームもわたしが決めるぞ。公平になー」
「驚くべきスムーズさで一番楽しいポジションに陣取りやがったな……」
さらっと審判役に居座ったジャイアントペンギンの身軽さに舌を巻きつつ、俺はコートの中へと足を踏み入れる。
ま、ジャイアントペンギンってわりとそういうところあるよな。そして俺からしても一番理性的なジャイアントペンギンが審判をやってくれた方が判定の揺らぎみたいなのがなくて有難い。
普通のフレンズが審判やったら『えっどうなんだろう?』とか曖昧なことを言いだして、チベスナの勢いに押し切られかねないからな。ジャイアントペンギンならそこんところの心配が要らない。
そしてそういうイレギュラーがなければ──俺がチベスナに負ける道理など、一ミリもないのである!!
「なんかチーター、急に凄いやる気だな……。さっきまですごいぐでぐでしてたのに……」
「チーターはやる気になったらすごくやると思いますよ」
まぁ、終始ローテンションだと楽しいものも楽しめないしね。
あとさっきまでぐでぐでしてたのはアレはアレでビーチを満喫する為である。俺が常にああいう調子というわけではない。まぁ、ペンギン達はちょっとしか会ってないからそこんところは分からなくてもしょうがないと思うが。
俺は感心しているらしいコウテイにふっと笑いかけ、
「逆だコウテイ。さっきまではな──この時の為に力を溜めておいただけさ」
と、テキトーこいておいた。
「な、なにぃ!? そ、そうだったのか……。そうとも知らずわたしは……うっ……」
「なんてことだと思いますよ……! つまり体力満タンなチーターと違い、チベスナさんは既にたくさんびーちばれーをして疲れが……? 卑怯! 卑怯だと思いますよチーター! ハンデとして砂浜を走ってくるといいと思いますよ!」
「ビーチバレーに行き着く前にバテるわ!」
せめてもうちょっとイイ感じに疲れるハンデにしろよ! ……いや、仮にもフレンズの体力を持っておきながら砂浜ランニングでバテるのが分かり切ってるって悲しすぎる気がしないでもないが……。
「まーまー。チーターはどうせビーチバレー始めたらさっさとバテるんだし、逆にチベスナがちょっと疲れてるくらいでイーブンだろー」
と、そこで仲裁するように、ジャイアントペンギンが話を遮った。
………………む。
「むう……。しょうがないと思いますよ。まったくチーターは」
「よし分かった、ちょっと走ってくるわ」
チベスナがふうっとウザい感じで嘆息した時点で、俺の腹は決まっていた。
この俺が。
この俺がチベスナ相手にハンデを与えて勝負に挑むなど、それは沽券にかかわるってヤツだ。俺とチベスナの対決は俺が不利なくらいでちょうどいい。あんな風に言われちゃあ…………やらなきゃフレンズが廃るってもんだぜ……!!
「やった。儲けものだと思いますよ」
「チーターはああいうところが愉快だよな~」
呑気な二人のセリフを背に、俺はランニングを開始する。
なーに。ちょっと疲れたくらいじゃ勝負の行方は変わらんさ。
「はぁー…………はぁー…………!!」
勝負の行方は――――既に分からなくなっていた。
頬を伝う汗がくすぐったくて、俺は無意識に手の甲で顎のラインを拭う。その間にもぽたりぽたりと汗の雫が空を切り、真っ白な砂浜に点々と跡を残していった。
俺は──既に疲労困憊だった。
「チーター、大丈夫だと思いますよ? 一旦休憩にします?」
「それじゃハンデの意味がねぇだろうが……!」
「いや、だって……」
チベスナは眉を八の字にしながら口ごもる。あのチベスナさえ言い淀む真実。それは、
「……だってチーター。まだびーちばれーは始まってもいないと思いますよ?」
………………。
…………そう。正直に言おう。俺は、ハンデの為の砂浜ランニングだけでだいぶ足腰に疲労がキてしまっていた。
いやだってしょうがないじゃん! 砂浜だからけっこう足がとられるんだよ! んで、しょうがなく全力で走ったら思ったよりも行き過ぎちゃって、戻ってくる間の暑さとか潮風のべたべたした感じですっかり体力を奪われて……結果ご覧の有様になってしまった。
「まったくもう、しょうがないですね。これじゃびーちばれーはお預けだと思いますよ」
「あれ? やらないのか、びーちばれー」
首を傾げたのはコウテイだ。……いや、コウテイも俺の惨状は理解しているのだろうが、チベスナがあっさりと引き下がったのが意外だったのだろう。
チベスナ、普段ああいう感じで傍若無人なので誤解されがちだが、わりと俺の体調に関しては慎重なんだよな。慎重になるようにさせてしまったのは俺なのだが……。
「チーターは疲れすぎると倒れると思いますよ。チーターはきょじゃくですし……」
「虚弱は言い過ぎなんだよなぁ」
そしてどっから出てきたんだその語彙は。
「ほれ。チーター、ジャパリまん。これでも食って元気だしなー」
「おっ、ありがとう」
と、そこでタイミングを見計らったかのようにジャイアントペンギンがジャパリまんを差し出してきた。いつの間に……。そのへんにラッキーはいなかったはずなのに。
あれか、俺を焚きつけた段階でこうなることを予測して、ジャパリまん回収に行ってたって感じだろうか。こういう感じで抜け目なく色々手を回してくれるの、本当にすごいよな……。いや、もとはと言えばコイツが撒いた種なのだが。
……もぐもぐ。
「……あれ、なんか元気出てきた気がする」
「そりゃそーだ。ジャパリまんはラッキービースト謹製だからなー」
「はえー……」
そうなんだ……。……いや、ラッキーがジャパリまんを作ってる(?)のは知ってたが、『ジャパリまんを食べると元気が出る効能がある』とか『その理由がラッキーにある』みたいな話は初耳だ。このジャイアントペンギンの口ぶりからして、おそらくそういうことだろうしな。
「チーター、元気出たと思いますよ? それでは早速……」
「余裕が出てきたと見るや我慢を知らねぇなお前は……」
まぁ、よかろう。
ちょっとけだるい程度の体力消費。
チベスナ相手にビーチバレーをやるには、ちょうどいいハンデだ。
ザッ――と。
砂を蹴る音が、その場に響いた。
その響きが聞こえるくらいに、あたりは静寂に包まれていた。
ネットを挟んで並び立つのは、チーターとチベスナ。二人の間には、言いようのない緊張が漂っていた。──それもそのはず。敗者に齎されるのは、敗北の屈辱とジャイアントペンギンによる罰ゲーム。前者だけでも我慢ならないというのに、後者の方はよりによってジャイアントペンギン考案である。……チベスナはそこまで考えていないかもしれないが、チーターの方は完全に『マジ』だった。
『二人とも、がんばりなー』
チーターを背後から鼓舞するジャイアントペンギンの声は、大分近かった。
──景色がごとごとと小刻みに揺れ、そして若干低めの位置だった視点がようやくチーター並に安定する。そう。この一部始終は、ジャイアントペンギンが(勝手に)撮影しているのであった。
チベスナの視点からは勝手に撮影しているのが丸見えだったが、チベスナ的にはチーターが撮影を渋っていること自体が意味不明なので特に何も言うつもりはない。
『それじゃあ……行くぞ』
チーターの声と共に、ゲームが始まった。
スパンッ!! と。
小気味のいい音を立てて、チーターの平手がビーチボールを打つ。初回だからか加減されたと思しきその打球は、ゆるい弧を描いてチベスナの目の前へと飛んで行った。
それに対して、チベスナは早速攻勢を仕掛けた。
『甘い! と思いますよ!!』
ボールが緩やかなのを見て取ると、チベスナは落下地点でボールを待ち受けることすらせず、そのままボールへ飛び掛かったのだった。
しかしその動きを見て、チーターはにやりと口元に笑みを浮かべる。
『馬鹿め! その動きを待っていたのだ!!』
──瞬間、チーターの動きが
瞬時にネット際へと駆け寄ったチーターは、そのまま腕を振りかぶる。
『そっ、そんな……! サーブした打球に追いついた!?』
『いえっ……それ以前に、サーブした打球にもう一回触るのは反則じゃないですか……!?』
チーターの速度に感嘆の声を上げるコウテイに、すぐさま懸念をぶつけるジェーン。しかしチーターはその二人のいずれも嘲笑うかのように――、
『……ふんっ!!』
『……へ?』
そして一拍遅れて、ボールがチベスナのコート内に突き刺さる。
『――――風圧だ』
状況が理解できていないチベスナに手向けるように、チーターは一言だけ答えた。
そう。先ほどのチーターのスパイク空振りは、意図した行為だったのである。たとえ空振りだろうとフレンズの全力スパイクは相応の気流を生み出す。その流れにビーチボールを乗せれば、ルールの穴を突いてサーブの軌道を捻じ曲げることもできるのだ。
『フレンズの膂力なら、触らずしてボールの軌道を捻じ曲げることも可能。……ふっふっふ。もはや俺からサーブ権を奪うことは不可能だぞ……?』
『うまい手を考えたなー。あ、チーター今の攻撃は次からノーカンな。風圧も触ったのと同じ扱いにするから』
『ノーカン!?』
いくらルール上許されていても、あんな反則技を許容したらゲームにならない以上、ルールの変更は当然である。ジャイアントペンギンの名審判が光る一幕であった。
『くっ……ならば次なる戦法を考えるまでよ! 俺は文明的なフレンズ!!』
『実際にその通りなのにわざわざ自称しちゃうあたりがチーターの残念なとこだよなー』
全く以てその通りなのである。
『行くぞ、おらっ!』
──それはさておき。
気の抜けるような掛け声とは裏腹に、今度のビーチボールは鋭い軌跡すら描いてチベスナ側のコートへ飛んで行った。
直前までのぐだぐだしたムードを引きずり気味だったこともあり、チベスナもこのサーブは落下点に立って打ち上げることまでしかできない。
──が、このビーチバレー、自陣内でなら三回ボールに触ることができるのである。フレンズの瞬発力でもってボールを打ち上げた体勢から瞬時に持ち直したチベスナは、打ち上げたボールの真下に立ち、そして人類の跳躍力を置き去りにした大跳躍を見せる。
『はっはっは! 食らうといいと思いますよチー、』
『でりゃ!』
しかし──その攻撃は結局実を結ばずに終わる。
ネット際。ボールを前に腕を構えたチベスナがスイングをするよりも先に、チーターがボールに砂をぶつけてボールを場外に飛ばしたのである。
ネットの遥か上で繰り広げられるブロック戦であった。
『……………………』
天空の戦いを終え、地上へと舞い戻ったチベスナ。
その表情は、非常に憮然としたものであった。
『チーター!! さっきからズルばっかりだと思いますよ!!!!』
『人聞き悪いな。ルールには一つも違反してないぞ』
『だからといってチベスナさんのプレーの邪魔ばかりするのはよくないと思いますよ!!』
『これが戦いなんだよ……。ふっ』
正しく『大人げない』という言葉を体現しているチーターだったが、そこでピッピー、というホイッスルの制止が入る。
『……ジャイアントペンギン? ホイッスルなんてどこで見つけたんだか……』
『チーター、イエローカード。今のはちょっとずっこかった』
『えぇ!?』
ルールに違反してないからといって何をしてもいいというわけではない――ジャイアントペンギン審判の名采配であった。ちゃんとゲームとしての体を成していないと、勝ち負けも何もないのである。
『くそ……! どいつもこいつもルールの抜け穴を突くことの大切さを知らぬ……! だが俺は負けないぞ! 少しでも楽して勝ってやる!』
『これで懲りないあたりは尊敬するなー』
なお、この後も反則すれすれの盤外戦法をとってはジャイアントペンギンに禁止されるチーターと、ふわっとしたルール理解のチベスナの攻防は続いたが、最終的にチベスナによるボール破裂によりノーゲームに終わることとなった。
「で、罰ゲームどうしよっか」
と、全てが無意味に終わった虚無のビーチバレーのあとで、ジャイアントペンギンが不意にそう話を切り出してきた。
いやほんと、俺は何をやってたんだろうな……。あの無意味な結末の為に、俺はなぜあんなにも時間と労力を費やしていたのだろう……。思い出しただけで脱力してくる……。
んで、なんだっけ? 罰ゲーム?
「それはノーゲームだったから話自体お流れになったんじゃないか?」
ジャイアントペンギンの問いに、俺はさくっと答えた。ボールが破裂しちまったんだからな。強いて言えば割ったチベスナが罰ゲームって感じだが、勝負がついてないのにそういうことにするのも忍びないし、今回はなかったことにしていいんじゃないか?
「いやあ、だってわたし、もう罰ゲーム用意しちゃったし」
「だからどうしたんだよ! 用意しても使う必要はないんだよ!」
うっ……何か、凄い嫌な予感がする。凄い嫌な予感のレールの上を走らされている気がする……!
「……! そうだ、どうしてもやろうっていうんならボールを割ったチベスナが罰ゲームだろ。点数的にもチベスナの方が負けに近かったし!」
「チーター!? あの後はチーターがバテてチベスナさんが逆転する予定だったと思いますよ! 真に勝利に近かったのはチベスナさんだと思いますよ!」
「それ仮定の話だからな! 事実は俺の判定勝ち!」
「はんてーとか知らないと思いますよ!」
「まーまー喧嘩するな喧嘩するなー」
つかみ合いの喧嘩に発展した俺とチベスナを仲裁するように、ジャイアントペンギンは二人の間に割って入った。
そして、宣告するようにこう続ける。
「二人ともあれだけ自信満々だったんだ。
………………。
い、いったい何をされるんだろう…………。