畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一〇八話:照りつける日差しの楽園

「どういう‪……‬ことだ?」

 

 俺はジャイアントペンギンへと振り返り、そう問いかけていた。無理って‪……‬どういうことだろ? 海水浴グッズを揃えることが‪……‬だよな。やはり経年劣化で壊れてるとかなんだろうか‪……‬?

 

「ほら、水族館で話しただろー。ジャパリマリンの話」

「ああ‪……‬」

 

 フレンズを簡単に海に行かせられるようなアイテムは危険だから処分したっていう、あの話か。とすると‪……‬、

 

「海水浴グッズも同じだよ。バナナボートくらいでもフレンズの膂力だと簡単に沖まで行けちゃうからな。そして泳ぎの下手なフレンズはそこまで行けばまず戻って来られない」

「そうなれば遭難、最悪フレンズ化解除‪……‬ってわけか」

 

 確かに‪……‬。フレンズのためにジャパリサブマリンを廃棄したパーク職員なら、当然そこのリスクを考えないはずはない。

 だから海水浴グッズも廃棄されてるってことなんだな。‪この分だと浮き輪もなさそうだな‪……‬。そこまで徹底しなくてもいいのに。

 

「で、結局どうするんだと思いますよ? 海行くんです? 行かないんです?」

 

 そこでチベスナが声を上げた。

 見るとチベスナは海の家に行くのか行かないのかで微妙な態勢となっており、なんかとてもやりづらそうだった。顔も心なしか、土壇場で方針が揺れる俺たちに迷惑そうにしている。

 

「すまんすまん。だがそうだな‪……‬チベスナのための浮き輪がないとなると、海には入れんし。ここは波打ち際で遊ぶとするかあ‪……‬。なあジャイアントペンギン、廃棄されたのは補助遊泳具だけで、他の海水浴グッズは健在なんだよな?」

「ん? まあ‪……‬。そうだがそれがどうかしたのか?」

「なあに‪……‬ちょっとな」

 

 それさえ聞ければ十二分。

 少々予定とは違うが‪……‬せっかくのリゾートビーチ、余すところなく楽しませてもらうぞ。

 

の の の の の の

 

みずべちほー

 

一〇八話:照りつける日差しの楽園

 

の の の の の の

 

「で、何をどうするんだー?」

 

 眼前の海の家へと入る最中。

 隣を歩くジャイアントペンギンが、窺うように俺の顔を見上げてきた。ふん、お前なら既に若干察しはついてるだろ。水辺地方はお前のホームだし。

 

「ビーチの魅力は海の中だけじゃないからな」

 

 俺はジャイアントペンギンを一瞥したあと、前を見据えながらそう答えた。

 そして海の家に入りながら、

 

「浜辺だけでも、十分楽しめる。たとえばほら──やっぱり。シャベルだ。こういうのは残してたみたいだな」

 

 そう言いながら、俺は商品棚に入れてあったシャベルを取り出す。

 まぁチベスナは穴を掘るのが得意だから、こんなのは意味のないものでしかないが……。大事なのは、『ビーチで遊ぶために必要な道具が置いてある』ということだ。

 

「ほら、見てみろよ」

 

 言いながら、俺は海の家の中を手で指し示す。

 店内(?)は──長い間ビーチに放置されていたせいか、全体的にくたびれた様相を呈していた。床はほぼ砂で埋め尽くされ、店内の調度品もけっこうボロボロである。

 左手には座敷があり、おそらくそこで座って食事ができたのだろう。奥の方には厨房めいたスペースへの入り口があるが──ま、あっちには特に何もないだろうな。

 そして右手にあるのが商品棚。南国風のデザインのそこは、往時であればちょっとした土産物店レベルの品揃えだっただろうと思うくらい広々としていた。

 ジャイアントペンギンの話の通り、泳ぎの道具が陳列されていただろう一角は丸ごと商品が抜き取られてからっぽになっていたが、他はぼちぼち、といった具合に揃えられている。

 ビーチボールにサングラス、麦わら帽子にサンオイル(使えるのか?)はまだ序の口。そのさらに奥にあるレンタル用品置き場らしきところにはビーチバレー用と思しきネットやポール、ビーチパラソルにビーチチェアまで完備されていた。

 

「また色々あると思いますよ。チーター、これ流石にソリに入りきらないんじゃないです?」

「持ってくつもりなんかねぇよ」

 

 ビーチで使える品をソリで持って行ってどうするというのだ。麦わら帽子とかは使えるかもしれんが……。何にせよかさばる。ソリの容量にはまだ余裕があるが、無駄なものを持っていくのもな。

 

「ただ、別にソリへ持っていかなくても此処で十分遊べはするだろ。こっちの方とか……」

「これは何だと思いますよ?」

 

 ……俺が説明しようとした矢先、チベスナはそれを完全に無視してビーチボールの方に手を伸ばしていた。

 空気の入っていないビーチボールは、見た感じではただのパックみたいなので、チベスナが興味を示すのも無理はないのだが……。

 

「……、ビーチボールだよ。中に空気を入れて膨らませるんだ」

 

 まぁチベスナのマイペースは今に始まったことじゃないので、俺は特に拘泥せず説明してやる。

 

「膨らませたボールを落とさないようにやりとりして、落とした方が負けー、とかな。そういう遊びもあったりする」

「おお! 流石チーター、元ヒトだけあってヒトの遊びに詳しいと思いますよ。他には他には?」

「……チベスナ、一応言っておくけどあんま外で俺のことヒト呼ばわりすんのやめろよ」

 

 他のフレンズに聞かれたら面倒くさいからな。

 

「えー、なんでですか? まぁ別にいいと思いますけど……」

「や、チーター今のはベストタイミングだったぞ。もうちょっと遅かったらまさしく『面倒なこと』になってた」

 

 と、ジャイアントペンギンが唇を尖らせるチベスナの脇で言う。

 怪訝に思って耳と鼻に意識を集中させてみると──なるほど、海風でちょっと分かりづらいが。

 

「おーい! 先輩ー! それにチーターとチベスナも。遊びに来たぞー!」

 

 遠くの方から、未来のPPPの面々がやってきた。

 

の の の の の の

 

 燦燦と照り付ける太陽――。

 

 その下で、きゃっきゃと少女たちの笑い声が響いていた。

 

「行くと思いますよ! てやーっ!」

「あっチベスナ! ボールが変な方向に飛んで行ったぞ!?」

 

 ビーチボールをあらぬ方向に飛ばすチベスナに、それに対応するコウテイ。周りではジェーンとイワビーがけらけらとそれを笑っており、フルルは脇でジャパリまんを食している。

 ジャイアントペンギンは……ああ、連中が騒いでるのを横目にビーチボールを回収してるのか。なるほど、他の連中は気づかないから、『あれ!? そういえばビーチボール!』ってなったときにジャイアントペンギンが何食わぬ顔で『これのことか~?』ってやるわけか……。

 ああいう細かな気配りが、ジャイアントペンギンの底知れなさに繋がってるのかもしれないなー……。

 

「……チーター、さっきからそこで何してると思いますよ? 一緒にこっちで遊ばないんですか?」

 

 と、そこでチベスナが俺の方へとやってきた。

 

「あん? 俺はただ──ビーチを満喫してるのさ……」

 

 言いながら、俺はそう言ってビーチチェアに再び体重を預けた。

 夏の厳しい日差しは、ビーチパラソルが遮ってくれる。さらに俺自身もサングラスをかけているので、もはや完全に殺人的な照り付けは防がれていた。

 というか、根本的にこのくらいの日差しは経験済みだからね。砂漠地方に比べれば全然甘い甘い。……そんなこと言うと、なんでわざわざビーチパラソルやサングラスで日差し対策してんだって話になるが。まぁその辺は気分だ気分。なんかこうしてるとバカンス感出るじゃないか。

 あー、これでトロピカルジュースでもあれば完璧だったんだがなー……。ま、ないものねだりはしても仕方がないので諦めるが。

 

「お昼寝したいんです? 昼行性のチーターが珍しいと思いますよ」

「風情も何もあったもんじゃねぇなお前は!!」

 

 あんまりにもな解釈をしてくるチベスナに、俺はサングラスを外しながら勢いよく上体を起こす。

 こいつなぁ……! 俺はなぁ……! ビーチを文明的にだなぁ……!!

 

「おー、チーターはこういう遊びをしてるんだ。邪魔してやるなよチベスナー」

「これが遊びなんです?」

「そーだそーだ。差し詰め『リゾート満喫ごっこ』ってとこかねー」

「そういう言われ方をすると寛ぎづらくなるからやめろよ……」

 

 確かにもう既にジャパリパークは遺棄されてるわけだから、そんな場所でビーチを満喫も何もあったもんじゃないのは分かってんだけどさ……。

 ともあれ、ジャイアントペンギンの夢も希望もないコメントによってケチがついてしまった俺は、サングラスをその場に置いて立ち上がる。そろそろチベスナの相手もしてやらんとだしな。

 

「でもなービーチバレーはなー」

 

 首を回しながら、俺は正直それでも乗り気にはなれなかった。

 

「何でそんないやいやだと思いますよ? 見てませんでした? けっこう楽しいと思いますよ」

「理由は二つ」

 

 俺は人差し指と中指を立て、

 

「一つは、俺が速すぎること。足場が砂じゃあ普段の速さは出せないとはいえ、コートの中っていう狭い空間じゃ問題外だ。多分、俺一人対お前ら全員でも俺が勝つ。結果が見えてちゃ面白くないだろう?」

 

 フレンズの身体能力ってのは馬鹿にならないからな。まぁビーチボールを割らないように注意してってなると、精密性の問題で人間よりも難易度は若干上がる気がするが、俺はそこのところの力加減もまぁ得意な方だし。

 その上一たび高速移動モードになったら、たとえフレンズが本気でビーチボールを叩こうが止まったような速さになるわけで、そんな条件で俺が負けるわけがなかろう。

 

 俺は中指を折り曲げ、残った人差し指を自分に突き付け、

 

「あと、暑い」

 

 と、シンプルな答えを告げた。

 そう、暑いのだ。

 砂漠ほどではないにしても、それでも暑いもんは暑い。快晴の下で俺が本気で動き回れば、ゲームが終わった後にはバテバテのフレンズが砂浜に転がっているのは想像に難くない。そりゃー乗り気にもなれないというものである。だって疲れるんだもん。

 

 それに対し、チベスナの返答もシンプルだった。

 

「……なるほど。うぷぷ。つまりチーター、チベスナさんに負けるのが怖いんですね?」

「…………ほう?」

 

 見え透いてるが、ここはその煽りに乗ってやろうじゃあないか。

 

「言ったなチベスナ。もし俺が勝ったら、お前罰ゲームだからな」

「望むところだと思いますよ。その言葉、そっくりそのまま返すと思いますよ!

 

の の の の の の

 

「ち、チーター、チベスナ、けけけ喧嘩はよくないぞ……! お、落ち着いてだな……!」

「あー、コウテイ。アイツらはこれでいいんだよ。アレで本人たちは楽しんでるからなー」

 

 …………まぁ、これはこれで楽しいのは事実だけども。


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