翌朝。
俺は若干の寝心地の悪さを感じて目を覚ました。
起きるとそこは(地下なので)真っ暗だったが──別にチベスナに腹を踏みつけられているというようなことはなかった。
ならば何故寝苦しいのか……? とまだよく回っていない頭を揺さぶりながら床に手を当てて──そこで気付いた。タオルがねぇじゃん。
昨日は硬い床の感触を緩和するために地面にたっぷりタオルを敷いて寝ていたのだが……それが何故かすっかりなくなっているのだ。
「どういうことだ……?」
不思議に思った俺は取り敢えず枕元に置いておいた時計を確認する。うん、午前六時前。あまり早い時間なら起こすのも悪いと思ったが、いつも通りの時間だしいいか。
「おーい、二人とも起きろー」
言いながら、俺は部屋の壁を手探りで伝い、入口近くにあった電灯のスイッチを入れた。パチチッと電灯が音を鳴らし、一拍空いて部屋中が一気に明るくなる。
「まぶし……」
「う゛う゛~~……?」
明暗の差に思わず呻いた俺の声をかき消すように低く唸ったのは──チベスナだ。見るとチベスナはやはりというべきか、タオルをごっそり抱えて眠っていた。
やっぱりか……お前のせいだと思ってたよ。まったく……、……ん? 待てよ? チベスナが原因にしては……抱えてるタオルの量が少なくないか? っていうかもっとタオルはあったはず……と思ってあたりを見渡してみると、部屋の隅の方に何故かタオルが山積みになっていることに気付いた。
何故……? いくらチベスナの寝相が絶望的でも、あの位置にタオルが移動してるのは意味不明すぎでしょ。
……。いや違う!よく見たらあれ、タオルの山
そういや、ジャイアントペンギンもジャイアントペンギンで寝相が悪いとか言っていたが……こういうことだったというわけか。それでもまぁ、チベスナよりはずっとマシ(俺にダメージを与えてこないので)だが。
まぁ、何はともあれ。
「お前ら起きろー! 朝だぞ! 出かけるぞー!」
今日も新しい朝が始まった。寝坊助が一人増えても、俺のやることは変わらないさ。
「むう~……」
「寝相が悪いとは聞いてたが、朝も弱いんだな……」
ジャイアントペンギンは起こすとあっさり目を覚ましたのだが……その後が長かった。昨日の知性の高さなどどこへやら、目を瞑ってはへの字口でこうやって唸っているのだった。
ちなみにチベスナは抱き抱えたタオルたちを引きはがす時に俺と大乱闘を繰り広げたため、今はすっかりお目覚めだ。ファック。
「ジャイアントペンギンの生態か何かか? 大変だな……」
「いや……」
『あの』ジャイアントペンギンがこうまでになるっていうんだから、ジャイアントペンギンという動物は大層寝る動物なのだろうと思い同情したのだが、ジャイアントペンギンはあっさりと否定の言葉を口にした。
大きな袖あまりの手で目を擦りながら、
「これは私個人の癖だな……。昔から朝が弱いんだ。昔夜更かししてたせいかもな~……」
と、なんとも脱力する回答。単純に朝が弱いのかよ……と思ったが、よく考えたらこれって凄くないか? 俺の知ってるフレンズって、睡眠に関しては皆動物時代の習性を踏襲してるんだよ。俺も含めてだが……。
そんな中でジャイアントペンギンは、『昔の習慣』が未だに生きてるのだから凄い。こんなところで文明的にならなくてもいいとは思うが。
「ジャイアントペンギンはだらしがないと思いますよ。チベスナさんはもうこんなにしゃっきり……」
「一人でしゃっきりできるようになったら尚いいんだけどな」
いつもいつも俺が起こさないと無限に寝てるからなコイツ……。そういえばコイツこそおかしくない? 仮にも野生動物のくせになんで寝起きが悪いかね……。やっぱこいつ、野生動物というよりペットかなんかくらいまで野生レベル落ちてるよな……。それでいいのか野生動物。
「チベスナさんは一人でもしゃっきりできると思いますよ! しっけいな!」
「お前さっき起こそうとした俺に蹴り入れてなかった?」
「無理やり起こそうとするチーターが悪いと思いますよ」
「おう、じゃあ今度から起こさないからな。起きなかったら置いてくぞ」
『チーター!?』と信じられないものを見たような顔をしたチベスナを『冗談真に受けるな』とあしらいつつ、俺はジャイアントペンギンの方へ向き直る。
「ジャイアントペンギンはなんなら顔洗うか? 水なら水筒があるぞ」
「ん~。大丈夫。なんだか眠気もさめてきたし」
俺がバッグから水筒を出すと、ジャイアントペンギンは目をこすりながらそう答えた。
本人の言う通り、言葉尻の方になるとすっとした眼差しも戻ってきていて、すっかり『覚醒』した趣である。こうなるまで二〇分くらいかかってたけどな……。
「ま、今日はこれから待ちに待った海水浴だ。気合入れていくぞー。ロッジ地帯でも海には行ったが、やっぱリゾートリゾートしてる『砂浜』は自然の『海辺』とは別格だからな~」
「チーター、なんでそんなノリノリなんだと思いますよ? 砂浜は確かに楽しみですけど、海は砂の城が流れるし乾くとべたべたすると思いますよ……」
俺が気を取り直して言うと、チベスナは怪訝な表情を浮かべた。夢がないなあ。
「そりゃ、普通の海辺はそうだろうな。だが海水浴場は違う! 乾いてべたべたする前に海水を洗い流せるシャワールームがあるし!」
まぁそのシャワールームが生きてるかどうかって問題はあるんだが、まぁ今までの経験だと七割の確率で大丈夫だろ。それに仮にダメでも、ここは水辺地方。どっかしらに真水で身体を洗える場所はあるはずだ。
「ふーん……。よく分からないけど、チーターが楽しそうなのでべつにいいと思いますよ」
「チベスナ、チベスナ。ヒトっていうのはな、海水浴をするのが好きな習性があるのさー。昔の連中もみーんな海って言うとテンション上がってたしな」
「ああ、なるほど! ヒトだった頃の習性というわけですね」
……フレンズから見たらそう見えるのかなぁ……。別にテンション上がってるわけじゃないんだけどもさ……。
「チーターはヒトとかチーターとか習性が多くてややこしいと思いますよ。減らしたらどうです?」
「とんでもない無茶言い出したなお前」
減らせるなら苦労しないんだよなぁ……。俺だって夜すぐに眠くなる習性とかすぐ疲れる習性とかなくしたいぞ。
……すぐ疲れるのは習性とはちょっと違うか?
「あははは。ま、自分のサガと上手く付き合うのも、フレンズとして過ごすなら大事だからな。減らすより上手くサポートしてやりーなー」
俺とチベスナが言い合っているのを横目に見ながら、ジャイアントペンギンが先導を始める。
……あ、道案内再開ってことね。
水族館を出て、十数分。
といってもフレンズの足で十数分なので、おそらく常人なら一時間以上はかかるくらいの距離だが──ともかくそのくらい歩くと、整備された施設然とした海岸線は徐々にごつごつとした岩で覆われるようになっていった。
岩の海岸線は進むごとに徐々に細かく小さく、そして白くなっていく。やがて俺がちょっと息も荒くなってきた頃になると海岸線は完全に、白砂の輪郭で覆われるようになった。
「着いたぞー、砂浜。後輩連中は……来てないみたいだな」
「綺麗な砂浜だなー……」
着いてみるとそこは、俺の予想以上に真っ白な砂浜だった。
日本のところどころ流木やなんかが転がっている、所帯染みた砂浜とはわけが違う。
サラサラでゴミひとつない広大なビーチ。エメラルドグリーンに輝く果てしない海。視界の端にはシャワールームを併設しているらしき海の家の廃墟があり、その奥には竜宮城のようなファンシーなデザインの建物がある。これはおそらく、最初に地図で確認したリゾートホテルだろう。
総じて──ただの砂浜じゃなく、完全に『リゾートビーチ』の様相を呈していた。このロケーションでワクワクしなかったら、文明人なんて嘘である。
「よし海だ! 泳ぐぞ!」
「チーター、お前泳げるのか〜?」
「まぁな」
あまり試したことはないが、今までにも水浴びとかで何度か深いところまで行ったことはあるし……。手先に関してもヒト相応に戻ってるわけだから、泳ぎのスキルもそう悪くはなってないだろう。
「チーター、泳ぐと思いますよ? やめといた方がいいのでは? 砂の城を作った方が……」
「お前さっきから砂の城めっちゃ推すな……。……ああ、そうか」
そういえば、チベスナは泳げないんだったな。俺一人で泳ぎだしたらチベスナは必然的に留守番ってことになるし、そりゃ俺が泳ぎに行こうとするのは見ていて面白くないわな。
だが! これまで旅をしてきた俺がそんな初歩的な配慮を怠っていると思ったか!
そう。答えはさっき既に確認しておいた。このビーチには──
パークからヒトが消えて久しいこの時代に食料が残ってるとは思えないが、海水浴グッズに関してはこれまでの傾向から見てもそこそこ残っているはず。
浮き輪なんかがあれば、チベスナだって一緒に泳ぐことができるからな。
「心配いらないぞチベスナ。海でも楽しく遊ぶためのグッズのアテはある!」
「おお、本当だと思いますよ!?」
「……あー。海の家ねー」
さすがジャイアントペンギン。話が早い。
「そういうことだ。あそこなら海水浴グッズがけっこうあるだろうからな。それを使えば──」
「あー、実はそれ、無理なんだよなー」
と、さっさと海の家に行こうと思いながら踏み出した俺の一歩は、ジャイアントペンギンのその一言であっさり止まった。
…………なんで??
当SSは健全なので、水着回に繋がるフラグは自動的に折れます。