未読の方は一〇〇話よりどうぞ~。(このアナウンスは一か月くらい残します)
「高い所にタオル、ねぇ……」
ジャイアントペンギンは胡散臭いものを見たように目を細め、舌の上で言葉を転がす。
なんだなんだ。信用してないってか? まぁ、ここまで特に旅の技能を発揮してきてはいないから、ジャイアントペンギンがそう思うのも無理はないが……。
「心外だな、できないと思うか?」
「いや、別にお前らのことを侮ってるわけじゃあないぞ? ただなあ……わたしはここに居ついて長いけど、一人ならともかく三人が寝られるような場所の心当たりはないぞ?」
ああ、そういうことね……。
「三人が寝るとなると、そこそこ開けた場所が必要だが……そういう場所って大抵床と地続きになってるからな。セルリアンなら簡単に登れるだろう。それだと意味ないよな」
「そうだな」
確かに、今回の目的は『もしも水族館内にセルリアンが入ってきても安全な寝床』であって、『座標が高くて面積が広い場所』ではない。そう考えると、条件はかなり絞られることになる。
ただし。
「だが、俺たちの目的は『安全な寝床を
俺は人差し指を立てながらさらに続ける。
「チーターなんかノリノリだと思いますよ?」
「黙らっしゃい」
人差し指で話の腰を折ったチベスナの額を打突する。
……続ける。
「寝床がないなら、作ればいいんだよ。タオルはそのためのものだ。ここまで言えば、ジャイアントペンギンなら分かるだろ?」
そう言ってジャイアントペンギンに視線を向けてみると、向こうの方もそれで理解が至ったらしい。やっぱ話が早いな……。
「そして、場所の見当も既にさっきの観光途中でついてる。さ、ついてこい」
「了解と思いますよー」
「お手並み拝見と行こうかねー」
大船に乗ったつもりでいたまえ。ふっふっふ。
そうして俺たちは、先ほど観光していた水族館の施設の一つ──セイウチ系の動物がたむろっていたと思われる『流氷のような足場を大量に用意した区画』へとやってきた。
が、この足場しか残っていないというのが肝で、水位の高い状態で『流氷のような足場になっている』ということは、水が抜けた今は水底(床)からみて『高い足場』になっているということに他ならない。
「ここか……なるほどね」
「チーターチーター。でもあそこ小っちゃくてとてもじゃないけど寝られないと思いますよ?」
もちろん、チベスナの言う通り足場自体はあくまで『足場』でしかないので、フレンズが寝るにはちょいと小さすぎる。ではどうするか……。
「ここで登場するのがタオルだ」
ずい、と俺は引っ張ってきたソリからタオルを取り出して見せる。
やってることはいつもの──木の枝の間にタオルをひっかけるアレと同じ。アレの要領で足場同士をタオルで繋げば、フレンズが三人寝ても余裕な広さの寝床になる、というわけだ。
もちろん、重みでタオルがずり落ちないようにする仕掛けは必要になるが──。
「重石になる荷物には事欠かないからな、俺達」
そのへんは、俺たちがもともと持ち合わせている荷物を使えば万事解決である。これで広々と寝ることができるぞ。
「なるほどな~」
少々頼りなくはあるが、少なくとも床で寝るよりはグッと安全度も高まるだろう。ジャイアントペンギンも特に理論の穴は見いだせなかったらしく、ただ感心しているだけだった。
……まぁ、成人男性とかだったら重石じゃ間に合わなかった可能性はあるが、俺達みんなヒト基準だと小柄だし。ジャイアントペンギンとかめっちゃ小さいからな。
「ただなぁ」
と、そこでジャイアントペンギンは残念そうに手をひらひらさせながら、
「わたし、あんまり寝相よくないんだよなぁ。そこんところは大丈夫かー?」
「あっ」
あっ、チベスナ……。
チベスナの芸術的寝相を計算に入れていなかったので、俺の作戦はボツになった。ジャイアントペンギンの寝相? そのちんまい身体ならどんだけ寝相が荒かろうと問題ないって。
くう……そういえばそうだった。こいつがいたんだよ。チベスナを安全に寝かせる為には、『成人男性ならダメだけど……』みたいな頼りない寝床じゃダメなんだった。
じゃあどうするか、だが……。
「やっぱソリの中で寝るしかないかぁ?」
考えに考え抜いた末、俺はそう結論を出すほかなかった。
流石に三人で寝るとなると狭いのだが、安全には変えられないしな……。というか、こういうときの緊急回避としてソリがあったりもするわけだしな。
ほかに見て回った場所といえば、クジラも通れそうな巨大チューブに大型魚類が大量に入れそうな巨大水槽……は、どっちも寝るのには適してなさそうだからなぁ……。巨大チューブはチベスナがまず間違いなく滑り落ちるし、巨大水槽はそもそもどっから入ればいいのか分からん。
「わたしは別にそれでもいいが」
「チベスナさんも気にしないと思いますよ」
「いややっぱ待ってくれ。もう少し考えさせてくれ」
だから、ここでもチベスナの寝相がネックなんだよ! あの場所に三人で寝たら、絶対チベスナの寝相が俺の鳩尾にねじ込まれる! 寝不足になるの間違いないからなるべく回避したい……!
………………。……!
と、必死に思考を回転させていたところ──俺の脳裏に、閃きが発生した。
そうだ……! なんで俺は今までこのことに思い至らなかったんだ? 最適解は最初からあったというのに……!
「地下港を使おう!」
俺は、二人にそう言った。
「地下港だと思いますよ? でもあそこは別に高い場所でもなんでも……」
「そう、そこが思考の落とし穴だったんだ。確かにあそこは扉とかもないから、一見するとセルリアンの接近を防ぐことができない。だがな……なら代わりに防ぐものを俺たちが用意すればいいんだよ!」
たとえば、タオル。
入口を隠すように垂らせばセルリアンの知能じゃそこから先に入り込むことはまずあるまい。
ほかにも入り口付近にソリを置いておけば、そこを乗り越えて地下に降りるような知能はやはりセルリアンには存在しない。
なんでこんな簡単なことにも思い至らなかったのか……。やはり灯台下暗しというヤツだろうか。上に位置するものを寝床にしようとばかり考えていたから、真逆の地下に目がいってなかった。
「ま、そこに落ち着くよなー」
と、そこでジャイアントペンギンが感心したようにそう言った。ん? なんか含みのある言い方だな? まるで最初から答えは分かり切ってたみたいな……。
「ジャイアントペンギン……。もしかして最初からこの結論に?」
「当然だろー。いくらお前が旅暮らしに慣れてるって言っても、ここはわたしの縄張りだぞ? 他の場所ならいざ知らず、此処に関してならわたしの方が詳しいに決まってるだろ」
そ、そりゃそうだった……。
「ただ、足場にタオルをかけて寝床にするアイデアは予想してなかったし、いい線行ってたと思うけどな。お前の相方の寝相がなければ……」
「しっけいな。チベスナさんの寝相はすばらしいと思いますよ。チーターのきょぎほうこくだと思いますよ」
「お前の語彙、たまにおかしくなるよな」
虚偽報告ってどこで覚えたんだよ。映画か?
「……ふう。こんなもんかな」
そうして、俺達はまたあの秘密基地然とした地下港へと戻ってきていた。
ソリを階段前に設置して、と……。これでセルリアンが地下へ入ってくることもあるまい。
「おー、お疲れさん」
セルリアン対策の支度を終えた俺が腰に手を当てて背筋を伸ばしていると、地下の方からジャイアントペンギンが顔を出してきた。
「そうやって見ると、けっこう人間くさい仕草だなー」
「これでも元は人間だし。……タオルの方は?」
チベスナとジャイアントペンギンには、タオルを床に敷き詰める役を任せておいたはずだが……。はて、もしやサボりか?
「チベスナがやってる。ちょっと煽てたらすごいやる気だったぞ」
「おい……」
そういうのはあまり感心しないぞ。アイツは純粋なヤツなんだ。
「ハハハ……悪い悪い。そう怖い顔するなよ。悪気があってやったわけじゃない」
ジャイアントペンギンはそう言って、
「……昼の話の、続きをしたかったからさ」
と、らしくもなくしおらしい表情を浮かべた。
昼の話……。転生のことか。それなら別にチベスナがいてもいいと思うが……。
「お前たちは、
…………そんな俺の呑気な気持ちは、次のジャイアントペンギンの一言で跡形もなく吹き飛ばされた。
「ジャパリマリン。廃棄したヤツらは……泣いてたよ。もっと色んなフレンズと、楽しい日々を過ごせたはずだったのにって。……無念そうだった。……ごめんって言われた。わたしは……何もできなかった」
……………………。何かおかしい。話がかみ合ってない気がする。
なんで俺にこんな話をする? ジャパリパークの職員のその後なんて、俺に分かるはずがない。それなのにこんなデリケートな領域の話を部外者にするか?
ジャイアントペンギンは感傷的な性格じゃない。往時のジャパリパークの話になるとちょっとセンチな気分になるようだが、それだけだ。コイツの言動の裏には、大抵何かしらの理屈がある。
転生について問い詰められたときもそうだった。コイツがこういう話をする時は、俺から何らかの情報を引き出したい時……。……! まさかコイツ……俺が
いや……そう考えれば辻褄が合う。合ってしまう。
思えば俺は『原作』の存在のことは言ってなかった。その前に話題が変わってたから……言いそびれていた。言った気になってた。
だから俺の前世がパークの従業員だと勘違いしたジャイアントペンギンは、俺から『従業員のその後』について聞きたがってるんだ。
誤算だった……。まさか、こんな誤解が発生しているなんて。
「ずっと、聞きたかったんだ。ジャパリパークを出て行ったあと……ちゃんと幸せになれたかって。今もヒトがどこで暮らしてるのか分からないが……。それだけは、聞きたかったんだ」
「幸せだったよ」
俺は、迷わず答えていた。
答えずには、いられなかった。
「お前たちを置いて行っておいて……って思うかもしれないが、それでも。俺たちは幸せだった。幸せに一生を過ごした。もちろんパークのことは心残りではあったけどな」
嘘だ。
当然ながら、嘘だ。俺にそんな記憶はないし、パークの従業員の気持ちなんて推し量ることしかできない。
だが…………ここで『分からない』と言うことで、何かいいことってあるか?
もしも俺が本当にパークの従業員だったなら、きっとこう言う。もし仮に従業員としての前世が悲しみに満ちた終わりだったとしても、一切の迷いもなく幸せだったと言うだろう。
嘘も方便。
俺はヒトの前世を持つフレンズだ。他のフレンズとは違って、純粋じゃあない。だが、純粋じゃないからこそ……こうやって、嘘を吐くこともできる。
コイツの心に残ったささくれを、癒してやることもできる。
「それはこのパークで過ごした、大切な思い出があったからだ。確かに終わりは無念だったが……それでも、残るものは確かにあったんだよ」
「………………そっか」
ジャイアントペンギンはそう言って、静かに天井を仰いだ。
まるで海底のような水族館の中から、明るい水面を見上げるように。
そしてもう一度だけ、『そっか』と呟いた。
それで、この話は終わりだった。
チーターの嘘をジャイアントペンギンが見抜けたかどうかは、ご想像にお任せします。