逆行ハリー、ぼくのかんがえたりそうのせかい   作:うどん屋のジョーカー

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★ナギニが分霊箱になったときの被害者は本来、バーサ・ジョーキンズですが、ここではフランク・ブライスと書いています。
三人称ハリー視点なので、作者インタビューで出た情報ではなく、ダンブルドアの推測の方を書きました。


リドルの日記

 その後、ハリーたち一行は漏れ鍋へ向かった。ハリーとウィーズリー一家はそこの暖炉から煙突飛行で帰り、グレンジャー一家はロンドンに出てバスで帰るらしい。

 お互いに別れるのが惜しくて、みんなは帰る方向へ足を向けずにその場にとどまって喋り始めた。

 ハーマイオニーは、ジニーに寮生活をする上で持って行った方がいいものを丁寧に教えていた。ウィーズリーおじさんとおばさんは、ロックハートの大量の重たい本に魔法をかけて運びやすくしてあげるとハーマイオニーのお父さんに提案していたし、ウィーズリー兄弟は母親の指示で、大量の荷物を煙突飛行で運ぶための整理をさせられている。そうして一人になっていたハリーのところに、ハーマイオニーの母親が近づいてきた。

「こんにちは、ハリー。今日は挨拶が遅くなってしまったわね」

 グレンジャー夫人は、見た目も声も大人になったハーマイオニーに瓜二つだった。外見の違いと言えば、髪の毛が黒いストレートなことくらいだ。

 ハリーが思わずその顔を見つめると、グレンジャー夫人は微笑んだ。笑い方まで大人のハーマイオニーにそっくりだ。ハリーの胸の鼓動が早くなっていく。

「ハリー、いつもハーマイオニーと仲良くしてくれてありがとう。うちの子は、前の――マグルの学校ではあまり周りに馴染めなかったの。もともと気の強い子だから、ホグワーツでも上手くやっていけるか心配だったけれど、あなたとロンのおかげでとても楽しそうだわ」

「それは……よかったです」

 ハリーが俯きがちに小さな声で応えると、グレンジャー夫人はくすりと笑って、ハリーの頭のてっぺんに触れるようなキスを落とした。ハリーの身体が一瞬にして熱くなる。

 勢いよく顔を上げると、ハーマイオニーの父親がやってきたところだった。

「そろそろ行こうか。ウィーズリーさんが荷物を軽くしてくれたんだ」

グレンジャー氏がハリーに気が付いて、爽やかな笑みを浮かべる。

「やあ、ハリー。あまり話せなかったけれど、我々はそろそろ発つよ」

 そう言って夫人の腰を抱いて、向こうにいるハーマイオニーを呼びだした。ハリーは自分がグレンジャー氏に苛立ち始めているのを感じて、小さく頭を振る。

「それじゃあまた、ホグワーツ特急で会いましょうね!」

 ハーマイオニーは大きく手を振って、両親と共に店を出て行った。たぶん汽車では会えないよ、とグレンジャー一家を見送りながら、心の中でハリーは答えた。

 隠れ穴に帰ると、荷物をロンの部屋に押し込んでから、ハリーはリドルの日記帳とインク瓶と羽ペンを持ってトイレに駆け込んだ。

 インク瓶を床の蹴飛ばさない位置に置き、蓋をあけて羽ペンの先を浸す。

 一度深呼吸をしてから、日記帳を開いた。

 そのとき、空から巨人が落ちてきたと思わせるほどの爆音が起きた。木造の家が震え、トイレの天井から細かい木屑が粉雪のように降ってくる。ハリーは手を止めた。

 もしかしたら、フレッドとジョージがダイアゴン横丁でこっそり仕入れていた花火を爆発させたのかもしれない。

 家中を走り回る音がした後、おばさんの悲鳴が聞こえた。

「屋根を吹き飛ばすなんて! 何を考えているの!」

「違うよ、ママ! 暴発したんだよ、わざとじゃないよ!」

 聞こえたのはやっぱりウィーズリーの双子の片割れの声だった。

「それが言い訳になると思っているんですか、フレッド! 暴発するようなものを、どうして持っているの! あなたたち、さっきダイアゴン横丁で何を買ったか見せてごらんなさい!」

「ママ、痛いよ、耳が取れちゃうよ」

「お母さんは心臓が落っこちるところでしたよ! ジョージ!」

 ハリーは苦笑した。

 昔はこの光景を純粋に楽しんで笑っていたが、今はおばさんの苦労も理解できた。

 ハリーの息子、ジェームズとアルバスも昔から喧嘩をしては家中を破壊していた。

 ジェームズは悪戯好きで、いつだって何か騒ぎを起こそうとしていた。アルバスは真面目な性格だったが、そのせいでよく二人の間には揉め事が起きた。フレッドたちがパーシーをからかうみたいに、ジェームズはアルバスをからかって遊ぶが、アルバスは真面目な上に負けん気が強い。

 そのせいで、冗談のつもりで仕掛けられても本気で怒って応対してしまうのだ。悪い事に、それがジェームズをますます面白い気分にさせていた。ハリーが何度もそのことをアルバスに話して、だからお兄ちゃんの挑発にのっちゃダメだと伝えても、今のところあまり意味をなしていない。

 一番ひどかったのは、ハリーが仕事から帰ると、家があったはずの場所が空地になっていたときだ。その中でジニーが大泣きしているリリーを抱きながら、ジェームズとアルバスを叱りつけていた。

 家はほとんど無傷の状態で、けれど二十メートルも離れた場所に、上下が引っくり返って転がっていた。

 ジニーの話では、アルバスが習ったばかりの浮遊呪文を家に対して使ったらしい。

「まだトロール相手に使った方がマシだったわね」

 ジニーがそう言って含みある目でハリーを見たので、目を逸らしながらもちゃんと訂正した。

「あれは僕じゃなくて君のお兄さんだからね」

 おばさんの怒鳴り声が小さくなっていくと、ハリーは再び日記帳に向かった。羽ペンにつけたインクは乾いてしまったので、またペン先をインクに浸す。

 数秒ほど何を書こうか迷った後、ハリーは一番最初のページにペン先をつけた。

――ハリー・ポッター。

 自分の名前を書き終えて、ハリーは待った。すると、文字が一瞬光った後、あとかたもなく消えてしまった。ハリーはゆっくり息を吸い込む。

 息を吐き出している途中で、文字が消えたページにインクの染みが浮き上がり始めた。それはだんだん形を作り、文字になっていく。

 現れた文章は随分と親しげな口調だった。

――それは、君の名前かな? ハリー。

 浮かび上がった文字が薄くなっていった。紙がまた白紙になると、ハリーは羽ペンをページに滑らせた。

――うん、そうだよ。君は誰なの?

 こうして、ハリーとリドルのやり取りが始まった。

 楽しい交換日記と言うより、腹の探り合いだな。ハリーは苦笑する。

 わざわざリドルの記憶を目覚めさせるのには、理由があった。

 「戻った」原因も知らず、いつ元に戻るかも見当もつかないが、一つ確かなのはハリーは再びヴォルデモートと戦わなければいけないということだ。

 ホグワーツの戦いが終わった後、一生分の厄介を味わったと思っていたが、まさかまたそれを一周する羽目になるなんて考えもしなかった。

 けれど、こうして前のときの知識がある今、同じ場所をなぞろうとは思わない。

 もし可能ならば、あのとき出来なかったことをやり直したい。それは、過去に戻った人間としては普通の感情だろう。

 失った命を、失った時間を、取り戻せるなら取り戻したいと、「戻って」来る前からずっと思っていたことだ。

 大切な家族に大切な友人、普通の少年としての青春時代を失わずに済むのなら、ハリーは今持っている全てを賭けて戦いたいと思っていた。

 今のハリーは、ヴォルデモートの倒し方をある程度知っている。もちろん、知識があったからと言ってヴォルデモートを簡単に倒せるわけではない。

 ダンブルドアが言っていたように、例え命が一つしかなくても、ヴォルデモートという闇の魔法使いはとても強力な存在だ。

 だが、ヴォルデモートの命を一つだけにすることは決して損ではない。

 今できることは分霊箱を集めて破壊しておくことだ。

 一つはこの日記帳。レイブンクローの髪飾りはホグワーツの必要の部屋にある。ゴーントの指輪はゴーントの家に。スリザリンのロケットはグリモールドプレイスにあり、ハッフルパフのカップはベラトリックス・レストレンジの金庫にある。

 最後の二つは、入手が困難だ。いずれにせよ、取りに行かなければならないが、今すぐは難しい。

 分霊箱は他にあと二つあったが、その一つである雌蛇のナギニはまだ分霊箱ではないはずだ。ヴォルデモートが肉体を完全に取り戻す前に、リドルの館の管理人をしていたフランクという老人を殺して、ナギニを使った分霊箱は完成した。

 最後の一つはハリー自身だ。これはもう考える必要もない。

 次に重大なのが、分霊箱の破壊方法だった。

 ハリーが知っているやり方は、バジリスクの牙で刺すか、そのバジリスクの毒の性質を吸収したグリフィンドールの剣で壊すか、悪霊の火を使って燃やすかの三つだ。

 悪霊の火をハリーは出すことが出来るし、上手くコントロールして消すことも出来る。

しかしあれを行うには、広いスペースと膨大な力が必要だった。やり方も知っていて、適応できる魔力もあるが、呪文を放つこの体がもつか分からない。

 強力な魔法を放てる条件として、先天的な魔力の量の他に後天的要素が揃うことも必要だった。杖の忠誠度、精神力、体力、肉体の強靭さだ。杖や精神力には全く問題ない。しかしだ。

 ハリーは自分の体を見下ろす。

 クィディッチをしているから、普通の子より鍛えられた肉体をしているだろうが、それでもまだまだ子供の体だ。大人の体力と肉体の強靭さに比べれば劣ってしまう。

 もし今の体で強力な呪文を放てば、その呪文が本来の威力を発揮しないうえ、数日寝込む可能性もある。また、強い魔力の放出をコントロールできる肉体の強さがなければ、魔法は暴走するし、最悪の場合、杖を持っている腕が千切れてしまうかもしれない。経験上、ハリーは自分に見合わない魔法を使おうとした魔法使いの末路をよく知っている。

 だから悪霊の火は却下だ。なるべく使わないほうがいい。

 となると、バジリスクに会わなければいけないのは確定となる。グリフィンドールの剣を手に入れても、結局バジリスクを剣で殺さないと意味がないのだから。

 そうなれば、グリフィンドールの剣を手に入れるのも手間だ。戦うことが変わらないなら、そのままバジリスクのところへ行った方がいい。

 バジリスクは秘密の部屋のその奥で眠っている。主人、つまりスリザリンの継承者が呼び出さないと目覚めない。

 しかしハリーは蛇語で入り口を開けることが出来ても、バジリスクを操ることが出来ない。パーセルタングを話せても、バジリスクはリドルの命令にしか従わないのだ。かつて、リドル本人がそう言っていた。

 その理由が、ハリーが本当のスリザリンの血筋じゃないからなのか、リドルが調教したからなのか、あるいはバジリスクとの相性が関係しているからなのかは分からないが、分からないからこそどうしようもなかった。

 たぶんバジリスクのねぐらは、あのスリザリンの像の口の中だろう。そこにいるバジリスクを引っ張り出すことはまず無理だ。像の口を強引に開けたとしても、毒蛇の巣穴に入っていくのは賢明な行為といえるだろうか。目を覚まさなくても、バジリスクの息にも毒は含まれている。

 仕方がないが、バジリスクの牙を手に入れるには本人から外に出てきてもらうしかない。

 だからリドルを呼び戻すのだ。彼に協力してもらう。

 ハリーはジニーのようにリドルに取り憑かれない自信があった。まずハリー自体が分霊箱だ。分霊箱に掛けられている呪いの影響は受けても、魂を吸われるようなことはないだろう。もしリドルがハリーの中に入り込んだとしても、彼の魂はハリーの中にとどまることが出来ない。それはホグワーツの五年生のとき、魔法省で一度ヴォルデモートに取り憑かれた出来事が実証している。

 リドルが殺しにかかってくる可能性もあるが、殺される可能性は低いだろう。

 ハリーにはリリーの護りがあるため、成人になるかダーズリーに家を追い出されるまではアバダ・ケダブラの呪いでは死なない。アバダ・ケダブラ以外の呪いなら、苦戦するかもしれないが今のハリーになら勝算がある。他にマグルの方法でならハリーは殺せたが、リドル自身その方法は考え付きもしないだろうし、ましてや赤ん坊の頃に自分を倒した「生き残った男の子」を、リドルに言わせれば凡庸なマグルのやり方で殺したがるわけがない。

 特別なことに異常なほど拘る。

 ハリーはそんなヴォルデモートの性格を熟知していたから、それを利用した交渉材料は用意してある。賢く合理的な男だから、自分に利があると分かればハリーに敵対せずに協力をしてくれるだろう。だが油断も出来ない。リドルの存在は、諸刃の剣だ。気をつけなければ、血を流すことになる。それも大量の。

 ハリーがトイレから出ると、ウィーズリーおじさんが目の前に立っていた。廊下の暗がりに立っている大きな体に、思わず、日記帳を突っ込んでいるポケットを抑える。まさかトイレの中のことを知られてしまったのかと緊張が走る。彼は魔法をかけられた道具に詳しいから、日記帳の禍々しい何かに勘付いてしまったのかもしれない。

「ハリー、大丈夫かね。腹の調子でも悪いのかい?」

 上からブルーの瞳に見つめられて、背筋が強張る。

「いいえ、大丈夫です」

 動揺する気持ちを抑え込んで、ハリーは落ち着いて答えた。

 するとウィーズリーおじさんは人の良さそうな笑みを浮かべた。

「モリーが、君が長い時間トイレに籠ってると心配しててね。余計なおせっかいだったね」

 ハリーの小さな頭に、おじさんの乾いてささくれた手が乗せられた。微塵も疑った様子はない。そうだ、ウィーズリー家の人柄を知っていれば、彼らがハリーを疑うような人間じゃないのは明らかだ。

 つい闇祓いをやっている癖で、何もかも深読みしてしまう。

 ハリーは小さく息を吐いて、おじさんに笑みを見せた。

「いいえ、そんなことないです……ありがとうございます」

 はにかんで紡いだ言葉に、おじさんは目を嬉しそうに細めて、ハリーの頭を撫でるのだった。


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