ロクでなし魔術講師と超電磁砲 作:RAILGUN
◇
魔術競技祭当日。
俺は例年とは違い朝から元気に登校していた。
なぜに休日に制服の袖を通さなきゃいけないんだろう。
まぁ、それはエリート組にはカンケーないようで、他のクラスは熱血万歳なわけだが。
はぁ、若いっていいな。
「というわけでグレン先生。俺たちが予想を裏切って優勝を射程圏内に入れてるわけですが……なぜにそんなに痩せこけてるんですか?」
しかも咥えてるのって校庭に生えてるシロッテの木の枝だよな。
アルザーノ魔術学院は無人島か。一人だけサバイバル生活をしてる人がいるんですけども。
「金がなくてな」
「磨ったんですか?」
「……お給金が少ないのがいけないと思うんだよ、俺はね」
「……肝臓って1/3あれば無限に再生するらしいですよ?」
「臓器売買に手を染めろと!?」
「背に腹は変えられませんけど、肝臓を金には変えられるんですよ」
「上手いこと言ってんじゃねぇ。同情するなら飯をくれ」
「先生に分けるほど同情も飯も余ってないぜ☆」
「慈悲とかないの、お前!?」
「関係ないね!」
どうせ昼になれば深刻な食糧不足(グレン先生のみ)は解消されるから。システィの荷物、今日多かったもん。
味付けはシスティの愛なんだろうか、それが問題だ。
つかすげぇな。うちのクラス。
大躍進じゃん。実況もまさかのII組かー、って意外性を強調してるし。
しかも女王陛下の前だし。祭前は後ろ髪引く思いだった要因が今は追い風となってる。
だから、さ。
「そんな緊張することないでしょ?」
「ううん、緊張はしてないけど。負けたときのことを考えたら震えが止まらなくて」
「それを緊張って言うんだよ」
「そ、そうかな? あはは」
システィはグレン先生からルミアのメンタルが如何に優れているかを説明してもらったみたいだ。
二人して俺にどうにかしろって目線で訴えてくる。
うん、ルミアは変な緊張に弱いな。
本番にいつもどおりのことをいつもどおりにやれば、勝てないわけがないのに。
「不安か?」
「ちょっと」
遠慮してるのか本当なのかルミアのメンタルが強いのでどっちかはわからない。
「不安を隠すな。それは大事なもんだ。みんな目を逸らすことはできても直視はできない。不安を乗りこなせ。それが険しい道ってやつの歩き方その一だ」
「……もう、ラクス君には元気づけられてもらってばっかだなぁ」
やだなぁ、ルミアさんにはこの前看病してもらった恩がありますから。
おあいこってわけじゃないけど、今ので元気が出てくれたならよかった。実を言うと受け売りだったりする。
すると、ルミアはよしっと意気込んで俺の手を両手で握りしめた。
……正直にいいます。柔らかいです。役得です。
「険しい道の歩き方、やってみるから見ててね!」
「……あ、あぁ。応援してるから決めてこい」
惚けた。天使すぎて俺まで昇天しかけた。
あ、鼻から愛が……ふきふき。
「うんっ! 行ってきます!」
「……行ってらっしゃい。気をつけて」
……勝てなくてもいい、無事に帰ってくるんだぞ?
という俺の心配も杞憂で。
ジャイロとかいうやばいジョーカーもいたが、それを上回るメンタルでルミアは攻略。精神防御はII組は一位だ。
それなりに堪えたようだが、顔色は悪くない。
やっぱり大天使ルミアは格が違ったぜ。
俺は試合場の真ん中でグレン先生も含めクラスで笑いあってる皆を見て加わろうとした。
試合場に駆け足で上がり、ふと観覧席に目が行った。
女王陛下とアルフォネア教授。それにメイドの人がいる。メイドなんて初めてみた。さすがは女王陛下だ。
━━━メイドが俺を見て舌なめずりをした。
厳密に言えば俺じゃなかったのかもしれない。
ルミアだろうか、グレン先生だろうか。
どっちでもいい。試合場を見ておおよそ女王陛下のお付きがするような表情ではない顔で見下すメイドに背筋から凍りついた。
あれは人ができる表情じゃない。
得体のしれないものをごちゃ混ぜにして煮込んで凝縮した悪魔のそれ。
そして━━━
『帝国騎士団に剣を突きつけられるルミア=ティンジェル』
『顔に傷をつけた騎士に立ち向かうグレン=レーダス』
『試合場に展開される結界』
『リィエル=レイフォードとアルベルト=フレイザーは女王陛下のメイドを挟み撃ちにする』
『女王陛下の首飾りが破壊される』
「あ……うぐっ!?」
まただ。テロのときと一緒。
肝心な結末を見せない不確定の未来が写った。
なんだ、これは。またルミアを狙っているのか。
しかも今度は王国が。
訳がわからない。異能者をそこまで排斥したいのか。
でも、ルミアと女王陛下は……。
いや、俺の常識がどこまでも通用する訳じゃない。
とりあえずグレン先生が健在の今、ルミアの身の安全は保証されている。
グレン先生はふざけてはいるがスイッチがはいると滅法強い。おまけに今回はアルフォネア教授もいることだし。
テロのときよりは楽観できる。でも、ルミアに対していつもより気を配ろう。
事が起きてからじゃ、俺は役に立てないから。
◆
魔術競技祭昼休み。
グレンがルミアに変身してシスティと一悶着あったり、その際に食べたサンドウィッチが実はラクスの分もあったりと濃い時間が過ぎていく。
そんな中でラクスは森の中を歩いていた。
なんてことはない。
システィにゲルブロ制裁されたグレンを追って早10分。
着地……訂正、不時着点であろう場所は見つけたが、グレンの姿はない。
ラクスは代わりといっては難があるが、割とビッグな人を見つけた。
「それでルミアはそんなことを……」
「優しいっすからね。美徳です」
アリシア7世。
アルザーノ帝国の女王だ。
つい先ほどまで愛娘と束の間の再会をしたが、ルミアは今更、娘と名乗り出ることもなく別れた。
悲しい話だ。
周囲の状況を把握し理解できる力が人並み以上にあるルミアだからこそ取った手段だろう。
傷心のアリシアと偶然に出会ったラクスはもちろん、無視することはできずにこういった構図となった。
「ラクスはこれから競技に参加するのですか?」
「えぇ、ルミアと一緒に『闘乱戦』に」
「……」
「いやね、アリシアさん。そんな可哀想な子を見る目で見ないで!?」
「ごめんなさい……ルミアは攻勢魔法は得意ではないとグレンから聞いていましたので」
謝り方にも気品しかない。
しかし相手は女王陛下。騎士団の連中が見たらラクスの首は即行で飛ぶ。それだけ女王陛下の謝罪は重い。
「俺も最初は反対したんですけどね……芯が通ってますから。押し切られました」
「見かけによらず強情なところがありますからねぇ、ルミアってば。迷惑をかけてませんか?」
「それこそないです。ルミアはクラスの陽だまりみたいなやつです。アリシアさんが帝国の陽だまりであるようにね?」
「あらまぁ、お上手ね」
「本心ですよ。ルミアのおかげで留年回避できましたし」
「……元気をだしてください」
「ありがとうございます」
そんな感じでたわいもない話をしていた。
学院生が女王陛下を案内してるように見えたのか街中でも大して目立ちはしなかった。
「それではこのあたりで……競技、頑張ってください」
「ありがとうございます。飽きさせませんから、見ててください!」
事実、種はたくさんある。
これまで練習してきたモノを久しぶりに魅せる時だ。
たまたま巡りあった女王陛下に期待されては応えないわけにはいかないだろう。
ラクスはいつもよりちょっとだけ意気込んでいる。
「ルミアのこと━━━」
女王陛下がラクスになにかを告げようとした時だ。
王国騎士団の正装を羽織った者たちがラクスとアリシアを取り囲んだ。
ハプニングでも、ドッキリでもない。彼らの目は本気だ。
「女王陛下、御無礼失礼いたします。緊急を要するため、直ちに同行願いたい」
「なにごとですか?」
「いまここではなんとも言えません」
アリシアの目に合わせようともせず、淡々と答える騎士。
ラクスはアリシアを庇うように前に出た。
「騎士さんよ、それはいくらなんでもないんじゃないですか?」
「学院生には関係ないことだ。下がっていろ」
「そうは言いましてもねぇ……正気を疑う奴らにハイどうぞって下がるわけにもいかんでしょ」
「うるさい、下がっていろ!」
「ぐっ!?」
「ラクス!」
ラクスは騎士の携える剣の柄で腹を殴られる。
不意の一撃で急所に入ったもので息が吸いにくくなる。
アリシアは駆けよろうとするが、それを剣で遮られる。
「罪もない一般人に手をあげるなど言語道断。騎士の誇りはどこにいきましたか?」
「私の誇りなど女王陛下のお命に比べれば軽いもの。どうか、どうか。陛下、ご同行をお願いします」
「誰の指示ですか?」
「騎士団長ゼーロス=ドラグハートから」
「……そうですか、分かりました」
「ありがとうございます」
ラクスは酸素が足りない頭で必死に考える。
今の話を聞くならば間違いなく、アリシアの命が危機に晒されている。
自分はどうすればいい? 下手に動き回って、場を荒らすことだけは愚策だ。
しかし、考えてる時間は多くなかった。
騎士がアリシアを連れて、立ち去ろうとする。
「ア、アリシアさんっ……」
「貴様、陛下の名を軽々しく……ッ!」
「良いのです。私が許しました……ラクス、ルミアを頼みます」
アリシアはこの状況に関わらず冷静沈着だ。
しかし、今の願いに込められた想いをしっかりとラクスは受け取った。
ならば、ラクスはこう答えるしかないだろう。
「委細承知、任せてください」
ラクスの言葉に嬉しそうにアリシアは答えて、騎士達と共に学院の方へと向かった。
残されたラクスは近くの椅子になんとか腰掛け、服の埃を払う。
そうだ。まずは━━━
「ルミアだな」
ラクスは彼の持つ魔術の中でも十八番である電磁波レーダーを起動した。
◇
電磁波レーダーでルミアを捕捉するとなんと絶賛、剣を向けられていた。しかも、割と近くで。
「《ラウザルク》!」
この距離ならまだ間に合う。
なぜかグレン先生が気絶させられたけど、これなら……!
「ルミア!」
「ラクス君!」
騎士団の連中がルミアの手を乱暴に掴み上げて、連れて行こうとしてた。
「なんだ貴様は。邪魔だ、この者は女王陛下暗殺を企てた者だ。処刑する」
「は?」
「抵抗、妨害するなら貴様も同罪だ」
「面白い遺言だな」
「なっ━━━」
「ラクス君!」
「くっ!?」
俺は騎士団のやつの鼻っ柱をぶっ飛ばそうとしたのを間一髪で止めた。
代わりに騎士団の2名に首元に剣を押し当てられた。
「やめてください! 私は素直に投降したはずです」
「てめぇ、ルミアァ! またそれかァ!」
暴れる俺を騎士団が押さえる。
邪魔だこいつら……。
暗い顔をしたルミアが近寄ってくる。
「ゴメンね、ラクス君。でも、私が大人しくすれば済むことだから」
「ざけんな、おい! 生きる覚悟を決めたんじゃなかったのか!?」
「ふふふ、そうだね。でも、私はやっぱりこういう運命なんだよ。だからね━━━」
ルミアは騎士団には聞こえないように耳元で囁いた。
「━━━━━━」
「おまっ━━━」
「《雷精の紫電よ》」
「あぐっ!?」
俺はルミアの【ショック・ボルト】を受けて沈んだ。
あぁ、そうかそうかよ。ルミア。
そういうことならしょうがない俺も本気出すしかないよなぁ。
ルミアがこの場所を離れてからしばらくしてグレン先生が意識を取り戻したが、俺に注意を割く間もなく行ってしまった。
「おい、しょっと」
知っての通り、俺に雷撃は効かない。
俺はルミアに助けられたのだ。
この機を逃すバカはいない。ゆっくりと情報収集を始めよう。
電磁波レーダーでルミアを再捕捉したが、ひとまずは安心した。グレン先生が近くにいるみたいだ。
とりあえず暇そうにしてる騎士を不意打ちして軽くボコって情報を吐かせた。私怨とかない。ないったらない。
所詮は警らの下っ端だったので大した情報はなかったが、現在ルミアとグレン先生は騎士団から指名手配をかけられてるらしい。
ほんと話題に事欠かないなぁ。
いや、ルミアの意思じゃないのでしょうがないが、なんだ。ルミアは不幸の星の下に生まれたのか。
「さ、行きますかっ!」
とりあえずはグレン先生に指示を仰ぐ。
味方は多い方がいいだろう……って、おい。
屋根からグレン先生とルミアを捕捉したが、珍妙な客に絡まれてるみたいだった。
控え目にいってグレン先生とルミアは絶対絶命だ。
祭りをほったらかしにした俺だが、その判断は間違えてはなかったか。
グレンに襲いかかろうとしてるのは宮廷魔道士だ。
訳あって面識のある2人。
リィエル=レイフォードにアルベルト=フレイザー。
出張ってくるのが宮廷魔道士とはいよいよきな臭くなってきた。
とりあえず【ウェポン・エンチャント】。
「《この拳に光在れ》」
リィエルがグレンに向かって剣を向けてアルベルトさんが狙撃の体勢に移る。
今のグレン先生の立ち位地からではルミアを守りながらの回避は無理だし、この距離からも通常では間に合わない。
「《ラウザルク》」
というわけで今こそ誓いを破る時。
ON、OFFを無視したやり方で屋根の上から一気に空中に浮かぶリィエルの隣に踊りでる。
「ッ!?」
「そらっ!」
剣で防御体勢をとるリィエルだが、それは甘い。
俺は思いっきり剣の上から後ろ回し蹴りをぶち込んだ。
剣は砕けリィエルは民家にめり込んだ。恐るべき耐久性だ。全力でやって正解だった。
ま、【ラウザルク】に【ウェポン・エンチャント】。当然の結果だろ。
だが、安心するのはまだ早い。
この場で一番危険なのは間違いなくアルベルトさんだ。
どういうわけで敵対してるのかは知らないが、仕事と割り切った彼は友人だろうが敵だろうが一緒だろう。
傍目で初動に遅れているグレン先生とルミアを見て焦燥にかられるが、意識を割いてる暇はない。
指を向けるアルベルトさんに向かって全力加速。
その魔術式は【ライトニング・ピアス】。アルベルトさんの得意魔術であり俺に最も相性が悪い魔術だ。
「冷静になれ、ラクス・フォーミュラ」
ガクンと俺は止まり、拳がアルベルトさんの顔面すれすれで止まった。
アルベルトさんの言葉はなんつーか。下手な魔術よりも効果がある。
貫禄つーか。なんつーか。意外と教師に向いてんじゃねーの?
俺はそのあとアルベルトさんに経緯を説明され、激しく後悔した。
◇
「そういうわけだが、ラクス。1人でいけるか」
無理に決まってるだろバカヤロー。
『闘乱戦』最初から1人とか死ぬわ。狙い撃ち。
グレン先生の指示は簡単で、グレン先生がいない状況で優勝すること。
なんでも優勝すればアリシアさんと対面できるのでその機会を活かして事態を収束させるらしい。
ただし、ルミアは指名手配中なので参加不可。
七面倒な理由から代替えも用意できない。
しかしだ。
俺が勝たないとグレン先生とルミアは指名手配され、限界が来て……処刑される。
「気後れする必要はないだろう? 学生同士の打ち合いでお前が負ける道理があるのか?」
「……ちょっとまて、アルベルト。お前、どうしてラクスと面識がある?」
「知らんのか? ラクス・フォーミュラは過去に軍へ多大な貢献をしている。ラクスがもたらした恩恵は強行突入時の隊員死亡率を80%も落とした」
「80%!? どういうことだ」
まぁ、そういうことだ。偶然だよ、偶然の産物。
そのおかげでしばらくは遊んで暮らせる。
「その話はまたいつかしようグレン先生」
「ちっ……忘れるなよ」
「そっちは死ぬなよ」
「当たり前だ。今月のお給金もハーなんとか先生の給料3ヶ月分もまだもらってねぇ」
「ブレないねぇ」
しかしそれでこそグレン=レーダス先生。
俺も気合を入れなきゃな。
「そのっ、ラクス君。ごめんね。あんなに一緒に闘うって言ったのに……」
「お前のせいじゃないだろう? 気負うなよ、ルミアは『精神防御』で活躍したから後はボーナスステージだ」
「それでも、私はあなたの隣で闘いたかった」
そっか……。
深く考えすぎってわけじゃないな。俺もルミアの立場だったらそう思う。
俺はそんな立場にかける上手い言葉は持ってない。
「俺もだ。ルミアと一緒ならもっともっと高く翔べる。けど、今回はおあずけっぽいな。なに、生きてりゃまた魔術競技祭なんてできる。その時には背中を預けてもいいか?」
「……うん、こちらこそ私の背中をお願いするね。それじゃラクス君、膝をついて」
「は、はい?」
俺は言われるがまま膝をつく。
なんか気恥ずかしいな。グレン先生、ニヤニヤすんな。
アルベルトさんは空気読んでリィエルの頭を掴んで顔をそらしてるぞ。
つか、なにやんのさルミアさん。
「アクシデントとか、不慮の事故で怪我をしないように今から幸運を渡すね」
「幸運? なんだそりゃ」
「絶対に帰ってこれるようにする約束だよ……チュッ」
頬にキスをされた。
して頂いた。
「ラクス君がいつも言う天使のキスだよ……嫌だった?」
「あ、あのっ、嫌じゃないです……ありがとう、帰ってきます。グレン先生もルミアも気をつけて……」
……
「おい、ラクス。顔が真っ赤だぞー!」
「グレン先生、ルミアをよろしくお願い申し上げます」
「お、おう。なんか気持ち悪いな、まぁ。任せられた」
「死んだら殺す」
「……目がガチだぞ」
「ガチで言ってますから……それじゃ、また逢いましょう」
俺はルミアの顔を直視することをできずに『ラウザルク』を一瞬だけ使って、学院の方に向かった。
今の俺は無敵だ。
望まれれば月さえも割ってみせよう。
太陽を落としてみせよう。
宇宙を創造してみせよう。
「いやっふふふうぅぅうぅうう!!!!」
比喩、誇張は一切ない。
宣言しよう。
今のラクス・フォーミュラは最強だぞ!!!