ロクでなし魔術講師と超電磁砲 作:RAILGUN
ㅤ◇
ㅤ星々の輝きを放つ海のような空間で俺とヤツは相対していた。
ㅤ地に足をつける俺と宙に浮くヤツ。見下されるような視線のその実何も思っていない虚無の瞳。
ㅤ対照的に見えても明らかに劣っているのは俺だ。
ㅤ全てを俯瞰するかのような悠然とした佇まい。
ㅤ何事が起きても数瞬すら用いる必要なく片付ける余裕。
ㅤヤツにその気がなくても経験してきた物量が俺に語り掛ける、なんて生易しいものじゃなく殴りつけてくる。
ㅤ俺はそれでも声を出す。ニコラを返せと。
「……死の狭間にいる影響か記憶が飛んでいるのか?ㅤ契約だと伝えたはずだが?」
「記憶はしっかりある。だが、契約だのどーだのと俺には関係ないな。ニコラを返せ。死後まで彼女を縛り付けるな」
「ならば差し出せ。この器に代わる器を」
ㅤ神と名乗るヤツの口元がわずかに綻んだ。
ㅤニコラに代わる神の魂を受けとめる器。
ㅤそれがヤツの狙いだろう。看破するのに時間は掛からなかった。
ㅤこの場に条件を満たすのは俺だけだ。恐らく神の魂さえも受け止めきれるだろう。そういうように造られたはずだ。それに加えて
ㅤだが、指を咥えて状況に流されるのはきっと俺の性質じゃない。
「拳を握るか?」
「……」
ㅤその決意はあっさりと神に見抜かれ、抜きかけた刀の柄を抑えられた気分だ。
ㅤ実力差は歴然。拳を握っても勝てはしない。
ㅤ
「人、それを盲目と呼ぶ」
「うっせぇよ。男に拳を握らなきゃいけない時があるんだ。負けると分かっていても……それが今なんだろうよ」
「勇敢だが建設的な判断とは呼べず。だがしかし、それが人の輝く瞬間でもある。よい、よいぞ」
ㅤ気圧される。神の太陽のような黄金の髪が揺れて、腕を抱き止めるかのように左右に広げる姿に。
ㅤ
「止まるな、立ち上がれ、前に進め、足掻け、生き抜いてみせよ。人の僅かな一生で煌めくその一瞬は神の目にとまる光を放つということを忘れるな……できれば、この身に届くかもしれんぞ?」
「……あ……くっ……はぁ……ぁぁぁぁああああ!!!!」
ㅤ震えを誤魔化して走り出した俺に神の右手が前に出される。気弾とかマジカルな力とかじゃない。
ㅤ犬猫にやるような『待て』のサイン。俺はそれだけで膝を屈した。勝てない負けるの次元じゃない。
ㅤ立ってる土俵が違う。俺がライトミドル級だとしたらヤツはなんだ。スペース級か?ㅤゴッド級か?
ㅤ既存の枠に当てはめてるのが間違いなのだろう。ヤツはそういう存在なんだ。
「……なんでどうして……今なんだよ。転生させたやつの体を乗っ取る神とか聞いたことねぇぞ。ふざけんなよ」
「……ふむ、どうやら貴君は『神様転生』の意味を履き違えているようだ」
「な……に?」
神様転生の意味?
神様に転生させてもらって異世界でわーいやったーじゃないのか?
原因はなんでもいいがトラックに轢かれたとか通り魔に殺されたとかそんなもんだろうさ。
「受動的に捉えては本質を見失う。能動的に捉え見つめ返せば自ずと答えは見えて来るだろう。私が言う神様転生とは……魔道の極致———『神域』に至るための儀式を指す」
「『神域』だぁ?」
「神様による転生ではなく貴君が神様となるのだ」
「はぁ!?」
訳わかんねぇよ。なんじゃそりゃ。
確かにそりゃ受動じゃなく能動的だが。
「人の身を捨て神へと転生する魔儀。それが神様転生。貴君が世界を動かす主となるのだよ」
絶句だ。
それからも神は懇切丁寧に講義をかましてくれたが、話を纏めると簡単だ。
俺は神になる資格をなんらかの事情で得た。
だが資格だけでは神に至ることはできずに形を失う。
そこに目をつけたクソ神が現在進行形で儀式を行い俺を神に祭り上げると。ざけんじゃねぇ。
「ニコラが縛り付けられたのは」
「行使された儀式のせいであろう」
「
「行使された儀式のせいであろう」
「———殺す」
「良い目だ」
怒りに呼応して雷撃が迸る。
呼び名などどうでもいい。これは俺の雷だ。
破邪の聖槍の具現。原理、理屈は一切不明だが記憶が戻りかけてる。
口をついて出た
だが、その名を持つ子が汚されたという事実があると分かった瞬間に漲る力が具現した。
身勝手なクソ儀式に巻き込まれた怒り。
なによりそれは俺を強化し祭り上げるためにときた。
情けねぇ自分に1番腹がたつ。
さっきの圧倒的な存在感は大分薄れてる。
奴が萎縮した訳じゃないだろう。俺が
「良い……良いぞ……ッ! 至れ『神域』に雷撃の子よ!」
「くそぉぉぉぉぉぉおおお!!!!」
届かない。
あと数歩及ばない。
だが『加速』すれば届き———殺せる。
———『■■■君!』
ウルセェ、ジャマダ。
研ぎ澄ませた殺意を刃に乗せて太陽を振り払う。
クソ神のいう通りになるのは癪だが良いぜ、なってやるよ神様に。代償にあのスカシ顔を変形させてやる。
俺の腕に乗った雷撃は槍となり神と切り結ぶ。
手刀で裁く奴の動きは卓越された武人のように鋭く太古の鬼人のように豪快だ。
卓越された武人なんて知らない。太古の鬼人なんて知らない。
けど知識が流れてくる。あぁ、これは戻れない。
『加速』する。何人よりも速く。
「良い、良い、良い!」
「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇ!!!」
『加速』する。誰よりも先へ。
———『■ク■君!』
取り戻しかけている記憶に宿る太陽は必死に何かを伝えて来る。
ジャマダ、オマエモ、ダマレ。
『加速』する。全てを置き去りにして。
「私の悲願がようやく叶う。この願い背水の陣でこそ叶うものであったか!」
「■■■■■■■■■■———!」
声にならない声で唸りを上げる。
空間が悲鳴をあげてる。
ニコラに憑依する神も限界だ。大海のようなエネルギーがあろうと出力は蛇口なのだ。無理すれば壊れるのは明白。
俺は腕がガラスが割れるようにひび割れてるのに気付き、奴はニコラの顔にひびを入れていた。
互いに限界。だが、俺のステージを一つ上げるだけで戦況はひっくり返り元に戻ることはなくなる。
同時に俺は人の身を捨てることになるだろう。
が、この魔儀の術者が居なくなればニコラや太陽の光が陰ることはなくなる。
それはとても甘美な報酬でなにより報われている。
『ラク■君!』
イラナイ、ソノナハ、イラナイ。
『加速』する。領域の手前、人では超えられない線引きを資格と覚悟を以ってして踏破する———ッ!
『ラクス君!』
そうして俺は奴の手刀を跳ね上げて無防備となったニコラの首に槍を突き出した。
◆
ラクス・フォーミュラは目を覚ます。
試験は終了。精神を捉えていた牢獄を破壊したのだから目覚めない理由はない。
錆びついた体に喝を入れて起こす。すると目に入った病室に居るラクスにとって予想外の人物。
「ヒューイ先生!?」
「おや、目が覚めましたか。まだ熱い口上とか述べてないのに……少しばかり残念ですね。あと、もう私は先生ではなく犯罪者なのですが」
「なんつーかツッコミどころ満載っすけど先生はいつまでも俺の先生ですよ……あと、タガが外れるとぶっ飛ぶタイプだったんですね」
「えぇ、獄中生活も悪くない」
アルベルトの切り札とはヒューイ=ルイセンとの面会だった。ただし通常とは仕様は異なり面会をしに来るのは犯罪者側だ。
アルベルトが惜しげも無く権力を振りかざしてようやくこぎつけたものだ。
実はゼーロスはこのことでラクスの事情を嗅ぎつけ密かに協力したのは闇に隠された事実。
ゼーロスとアルベルトは病室の外で待機している。まさかヒューイを置いて数分と経たずに
「……ラクス君、君が夢の中で何を経験してきたかわかりません。ですが長い眠りから覚めたとは思えないほどに精悍な顔つきです。よほど良い経験してきたのでしょうね」
「まぁ……ソコソコにスリリングでしたけど……得難いものでした」
『意識の海に軽く溶けてきたぜ☆』とは言えまい。
ラクスは誤魔化すことを選んだ。
「さて、この局面で君が目覚めるということは何か良くないことが起きるのでしょうね」
「人を死神みたいに言わないでくださいよ!?」
「!?」
「だから、そのこいつ気づいてなかったかって目をやめて!?」
事実なのだから仕方がない。
ラクスはおもむろにベッドを立つ。
「ヒューイ先生……コーヒーのことなんですけど」
「……あの約束をまだ覚えていたのですね」
「忘れないっすよ。大事な約束です」
「えぇ、お気持ちは嬉しいですが君にはもうそのコーヒーを作るべき人が居る。そしてその人は危険な目にあっている……違いますか?」
「……」
ラクスは無言の肯首で応えた。
ヒューイとの面会もそう易々と行えるものじゃない。
ラクスはすでに何回も面会申請を行なっているのだ。結果は事件後に初めて顔を合わせたというこの状況が示している。つまりこの機を逃せばチャンスは巡ってこないかもしれない。
無論、それはヒューイも分かっていた。
だがしかしラクスにはやるべきことが別にある。
ヒューイはそれをしっかりと汲み取り、かつてのように生徒を送り出す。
「ならば行きなさい。行って全てを掴み取りなさい」
ヒューイには実際何が起きてるかさっぱりだった。だが己の直感が告げている。生徒が覚悟を決めたのだと。
「決めたのなら最後までやり通しなさい。無茶をしなさい。男の子なんですから誰かを護るために力を使いなさい……さぁ、行きなさい。君が至るべき場所はきっとそこにある」
「ヒューイ先生……行ってきます。それとお世話になりました!」
「こちらこそ」
ヒューイがラクスの最敬礼ににこやかに答えるとラクスは顔を腕で拭って、数瞬。雷となって病室から姿を消した。
開いた窓から入る風でカーテンが揺れる。
ヒューイは病室の椅子に腰掛けながらシミのない天井を見つめた。
「巣立ちの時期はどうも涙脆くなる」
それは教え子の成長か。はたまた罪に浸ったこの身を先生と仰いでくれる喜びか。
どちらにせよヒューイの頬に伝う涙は罪人とは思えないほどに透き通っていた。
◆
星の輝きを放つ海のような空間。
意識の海。人の死後、誰しもが通る海で名もなき神とニコラは漂っていた。
「振られちゃったねー神様。望み薄だったけど、まぁラクスだし。惚れ直したっ!」
「呑気な事だ。おかげでこちらは奴が死ぬまでお預けをくらった」
「あっ、口調が砕けた。そっちの方が私好きだなー」
「……尊敬に値するラクス・フォーミュラ」
快活なニコラと対照的に疲れた様子の名もなき神。
降ろされた神は憑依したニコラの体から湧き出て権威をスケールダウンし実像を得ていた。
———結局、あの雷撃の槍が首を飛ばすことはなかった。
「うーん、やっぱりルミアちゃんは正妻だね。記憶がないのに体が覚えてる慈愛で暴走止めちゃうんだもん。おとぎ話みたいに。おかーさん安心」
「それは現世に居た時も言っただろう。にも関わらずたまたま捕まえた神にもう一度合わせてと魂を輝かせて来たのはどこのどいつだ。長い歴史を重ねてこれほど後悔したことはない」
「あれ、私ってば超偉大?」
「超不遜だ」
出会いは偶然。だが引き合うのは偶然じゃなく。
その特異性故にか意識の海に溶けずに漂うニコラとラクスを求める神が出会ったのは奇跡ではなく必然。
覗いた万華鏡に面白いモノがあったわけだから暇をしていた神は手を貸した。
「そう言えば、なんだかんだ言っておとーさんの権利は剥奪してないし、神気もそれとなく譲渡してるし……ツンデレ? キャラ合ってないよ?」
「現世は危険が多い。在り方を自覚し己を見つめ直そうと運命力が足りないあのままではいずれ死に至る。機が熟してないままで強制転生などさせては水の泡だ」
「あーそうかぁ。おとーさんってばそこらへん弱いもんねー。単純に運が悪い? うーんなんか違うなぁ」
「アレは単に周りの運命力が強すぎるだけだ。幅寄せを食らってるだけでラクス・フォーミュラは普通に生きる分には何ら不自由はないだろう」
ニコラは納得ーと得心がいった様に頷いた。
と同時に神様も可愛いところあるじゃんと勝手に納得をした。逆にこういう時のニコラの表情は名もなき神は苦手である。
「おとーさんも大変だぁ」
「茨の道だな。実に見応えがある英雄譚だ」
「うわっ、性格悪っ!」
「人の感性で神を計るな。経た年月が違う」
それもそうかとさっぱり切り捨てるニコラ。ここら辺が神と上手く付き合うコツ。
感性が違うのだからどちらかが折れないとまともに会話が成立しないのだ。
「これからもラクス・フォーミュラは茨の道を進むだろう。自身の出自と異なる
「そこらへんは大丈夫でしょ。ルミアちゃんいるし」
「……それもそうか。これ以上口を挟むのも無粋であるな」
「で、神様。まだ退屈?」
「まだ語らせるか……あぁ、そうだな。これから先にラクス・フォーミュラが神に至るまでのわずかな時間さえ惜しい」
ニコラの願いが再会だとするならば神の願いは終焉。
終わりなき世界を運行するために果てのない体を得て、すでに出自は灰色の記憶となった。
たとえ僅かな時間でもこれ以上時間を食うことは苛立ちを覚えるには十分だった。
「の割には嬉しそう。なに出会うべくして出会った宿命の強敵に口角がつり上がっちゃう? ちゃう?」
「喧しいぞニコラ・アヴェーン。私が嬉しいのは人の輝きは不滅だということを示したからだ。太古より争い、奪い、憎しみ合い、殺し合い———」
それでも諦めずに発展したその輝きは真なるもの。
人は100年を耐えきれないがそのわずかに生きる刹那でこそ輝いての人だ。
変わらない。が、それでいい。それこそが名もなき神が強制された宿命の中でも愛した世界だ。
「えっと、確か『脚本が用意されても俺はそれを読む気はないしなぞる気もない。何故かって聞かれればそれは簡単だ。俺達は既に自分だけの脚本を持っている。押し付けがましい近所の
関わりたくないので、全力でハブってやる。ざまぁみろ、バカめ。俺達は自分の未来を掴み取れる。道案内は不要だ。お前のそれは地獄行き。退屈はしなさそうだが、愛がない。故に不要だ』だっけ、痺れたなぁ」
「癪に触る無駄に渋い声をするな」
「ヤダァ」
「……」
名もなき神は久しぶりに殺意を覚えたが当のニコラはどこ吹く風。やはり大物は身構えが違うのだ。肝が据わってる。
ニコラは雷撃の槍が首に迫ったときのことを思い出していた。怒りに囚われ正気を失っていたラクスは何かを思い出したかのように急に持ち直した。
きっとラクスは神になってから後悔する
そんな状況に歯噛みしていたニコラにとっては吉報だが意味が分からなかった。
が、心当たりはあった。間違いなくルミア=ティンジェルであると。
「ちょっぴり羨ましいかな」
ニコラはブンブンと想いを断ち切るように首を振った。
「心残りがあるのか?」
「ないと言ったら嘘になるかな。ないわけないじゃん」
「……」
「でも、私はもう十分に救われたからいいの」
ニコラは意識の海を神に背を向けながら歩く。
「そりゃ生きてるときは大変だったし、挙げ句の果てにはそれは神様が仕組んだ出来レースの弊害なんて知っちゃたしもう最悪ーって感じだったけどさ」
ニコラは腰あたりで組んだ手をそのままに振り返る。
「おとーさんに会えた。想いは通じなくてもその事実があっただけで私は幸せなの。まぁ、ルミアちゃんから寝取りたい邪な想いはあれど今は良き乙女として身を引きましょう……かぁー、私はなんていい女!」
ニコラは海に散らばる星々と同じような心を奪われる笑顔で言った。
神は一瞬だけ言葉をなくし、心の中で思う。
(そうか。それもまた……一興か)
「私に死者蘇生の法はなせん」
「頼まないよ。そんなこと。けど、体が溶けるまで退屈だなー」
「……だが、暇人の相手くらいはできよう」
「———はっ!? え、何言ってんの神様! 管理とか色々あるでしょ?」
「ない。その力も失われた」
「あっ、そうだった」
神であろうが衰退はする。失っていく能力を前に世界の破滅を危惧したからこそラクスを祭り上げたのだ。この呪われた身を全快で引き継ぐように。
幸いにも慣性で管理される世界にまだまだ猶予はある。
ならばラクス・フォーミュラが死んで神へとの強制転生するまでの期間、このポンコツ快活姫といれば少しは気が紛れるだろうと思ったわけだ。
「退屈させるなよニコラ・アヴェーン」
「ふっ、望むところよ。神だろうが、竜だろうがラスボスだろうが引っ張りまわしてやるわ!」
神とニコラは死後の世界で歩み始める。
彼女達の物語もまた、終わらない。
「あっ、ところでなーちゃんって呼んでいい? 名無しの神だから、なーちゃん!」
「……好きに呼ぶといい」
前途多難の旅路に神、否、なーちゃんは顔をしかめつつも楽しんでいた。ついでに願わくばこの少女に祝福あれと。