ロクでなし魔術講師と超電磁砲 作:RAILGUN
久しぶりの更新です。
つい先日ファンタジア文庫大感謝祭行ってきたんですけどロクアカ人気ですね。サイン本すぐに売れ切れてました。
かくいう私もサイン会応募も漏れて踏んだり蹴ったり。ただB2タペは手に入れたぜ……尊い。
本日中にもう一度更新します。お楽しみに!
RAIL 1
どのくらい歩いただろうか。
手元には時間が分かるような物はなく、ただひたすらに飽きてきた。
俺はとうとうその場に座り込んだ。元々、景色も変わらないような一本道。眠気は無くとも意識が飛びかける。
実はついさっきまで意識が飛んでた。
気がついたらかなり進んでる感じがしたので無意識にも関わらず歩き続ける俺の体は根からの働き者なのかもしれない。
「はぁ……くそ、貧乏くじを引いた記憶を失う前の俺、くたばれ」
過去の俺に悪態をつきながら俺は歩き始めた。
ついでに全力疾走。で、またまたあることに気がついた。
「息切れつーか、疲れないな」
結構な量を歩いたはずだ。走ったはずだ。
しかし眠気も疲れも痛みもない。
導き出される答えは一つだろう。
「え、俺って死んだの?」
それは厳しい。
霊体だから何も感じないのは便利かもしれないけど、こっちはついさっき産まれたみたいな感覚なんですよ。
何もしてないのに既にゲームオーバーとか斬新すぎてキレそう。
「はぁ、道案内してくれる人とかいないのかよ」
『欲しい?』
「は!?」
気味の悪い空間に響く、どこか楽しそうな弾むような声。俺はようやく暇つぶしの相手が来たと思ってテンションが上がって来た。
『で、どうなの。いるのかな? いらないのかな?』
「いる! いります! まじで孤独死しそうなので助けて!」
『うん、覗いて正解だったわね。もー、人が意識の海を気持ちよく漂ってたら波打ち際で見知った顔が遊んでるんだもの。あせっちゃったわ』
「見知った顔……? じゃ、俺とアンタは知り合いなのか?」
『あれ、記憶失ってる? ふーん、あっ、そうかそうか。だよねー、まぁいいか。ともかく話はそこを抜けてからよ。そんな不安定なところにいたら文字通り攫われちゃうから』
意識の海とかよくわからん単語を話す人だが、どうやら顔見知りさんが居たようで安心した。
ともかく、口ぶりからするに声からして女性の彼女はこのつまらないマラソンの終わらせ方を知ってるみたいだ。
『じゃ、目を閉じて。その道は虚構のもの。あなたをそこに繋ぎとめてる空想に過ぎないわ』
俺は言われるがままに目を閉じる。
不安はあるが、この声を聞いてるとどこか安心する。
……あと、ドジらないか心配になるのは何故だろうか?
『踏み出すのよその空間から。イメージしなくても手を伸ばせば私が引っ張ってあげるから、安心して』
目を閉じたまま一歩を踏み出す。ついでに手を伸ばした。今までと変わらない動作だが結果は違った。
俺を襲う浮遊感。そう、俺は———
浮いていた。
というか絶賛、落下中だった。
「のぉぉぉぉおおおお!!?」
『はい、騒がない。次に目が覚めたらそこが天国だから』
「ふざけんな! 殺す気かてめぇ!?」
『もう半分死んでるからセーフ……あれ、アウト?』
くそっ、他人事だからって楽しそうに。
俺は落下するなかでどうにか姿勢を整えて、下から風圧に顔を腕で覆う。
永遠に着地しない落下で俺はどうしようかと思案する。
謎の声の言う通りならきっとこの状態も意味はない。
俺がまだこの空間に繋ぎ止めらてるのが証拠だ。
そこで俺は考えるのをやめた。
短い付き合いだがこの体のことは分かっている。
ごちゃごちゃ考えてるのは性分じゃない。
『うん、それでこそ———』
謎の声が何かを言ったが風で聞こえない。
加速し続ける体をさらに加速させる。
手を伸ばせ。
声の主はきっとポンコツだが嘘は言わない。
ならばきっと引き上げてくれるはずだ。
なぁ、そうだろ———
「ニコラ!」
この永久に続く道を終わらせよう。
僅かだが記憶を取り戻した。全てではなくてもどかしいが、今はこれで十二分だ。
さぁ、虚構を打ち破れ。頸木を外せ!
俺は目を閉じて思いっきり手を伸ばした。
「土壇場で私の名前を思い出してくれて嬉しいよ。久しぶりだね、おとーさん」
手がしっかりと握られたのを感じて、目を開けば草原の中で涙を零しながら笑う家族と再会した。
◆
さて、アルザーノ魔術学院二年II組の教室では。
「まぁまぁ、気を落とさないでシスティ」
「でもー」
和気藹々とした一角でルミアとシスティは遺跡調査の
なんのことはない。階梯が低いとか生意気とか学年次が低いからとかetc……。
あれこれ難癖つけられて学院の魔術師が指揮をとる魔術遺跡調査隊のメンバー選考から漏れたのである。
ちなみにリィエルは階梯の話になった辺りで寝た。
「……ふぅ、やぁ諸君!! おはよう」
そんなこんなで予鈴が鳴ると同時にいつもの100倍くらいはマトモそうなグレンが入室してきた。
システィは正直に言って嫌な予感しかしなかった。
曰く———タウム天文神殿に行くぞ、先着8名!
曰く———実は先生ってば提出用の論文書いてなくて免職されるかもてへっ……ってのは噂だから! 信じて。トラスト・ミー!
曰く———っしゃ! そんなわけで9人目はお前だ白猫!
である。
ルミアは入院中のラクスのことが気がかりであったが、グレンのどうしようもない八方ふさがりな状況に持ち前の優しさと無意識な慈悲によって真っ先に志願した。
それに、だ。
「……ずっと、うじうじしてたら怒られちゃいそうだし」
グレンはようやく調子を取り戻してきたルミアに一安心。正直、精神状況によってはプロの法医師並みの技量を持っていようがメンバーから外れてもらう選択肢もあったわけだ。
「んなわけで、綿密な計画を立てるのは後日! 俺の給料の———じゃなくて、諸君の魔導に光在れ!」
「それっぽいこと言っても誤魔化せませんからね?」
「はっはー、なんのことかサパーリ。期待してるぞ、白猫?」
「な、なんですか、急に……ま、まぁ、先生がどうしてもっていうなら———」
果てしなくめんどくさいシスティに、クラス一丸となって同じ感想を抱く。
一人欠けても、いつも通りの光景だ。
ルミアはほんのすこしだけ違和感を覚えたが流すことにした。なにせ、グレンの授業である。
聞き流すのは宝石をドブに捨てるようなもの。
ルミア自身、頓着はしないがそのくらい重要だということだ。
特殊な措置をされたリストバンドでペンの汚れを除去する優れものだ。
使い勝手は悪くない。というか週末の面倒な洗濯が減ったので大助かりである。
(———今日も一日、よろしくね)
リストバンドを握れば、繋がりを感じれる。
ルミアは今日も前を向いて歩いて行く。
◇
「だから結局、何が言いたいんだ?」
中途半端に記憶を取り戻した俺は目の前にいる死んだはずの家族に対して疑問を投げかけた。
「あなたは意識の海に溶ける寸前ってわけ」
「なるほど、さっぱりわからん」
「だよねー、知ってた」
専門用語が謎すぎる。
どうやら俺はオカルティックな知識が豊富だったらしい。話を聞けば魔術を使えるとも。
なんじゃ、そりゃ。絵本の話でもしてるのだろうか?
俺の肉体は此処以外のどこかの場所にあるそうで今の俺は精神と魂のみの存在らしい。エーテル体だとかアストラル体だとか言ってたな。
「ま、分からなくてもいいわ。要はこのままじゃ消えちゃうぞ? ってこと」
「へぇ、ふーん……って、は!?」
衝撃の事実……でないにしろ、現状で最も状況を理解しているニコラがそう言うのならばそうなるんだろう。
すこしばかり肝が冷えた。
「というか俺が意識の海とやらに溶けるとして、なんでニコラは平気そうなんだよ」
「秘密ー。でも、自我を強く持てば案外行けるんじゃない?」
「いや、そりゃお前だけだろ。他の奴とかいないし」
改めて実は規格外のポンコツニコラちゃんに驚かされた。あんなことを経験した———ん? あんなことってなんだ?
「あ、なにか思い出そうとしても無駄よ。
「……そうだな」
確かに言う通りだな。
ニコラという人物は分かっても彼女との出会いと過ごした日々は思い出せずに、別れと『おとーさん』と呼ばれていることだけが思い出せる。
「けどよぉ、妙に靄がかかる場所があるんだ」
「自分の名前でしょ?」
「おいおい、ニコラさんや。優秀すぎやしませんかねぇ?」
「……それが私の
「ロール? どういうことだ?」
「まぁ、詳しい話は紅茶でも飲みながら———えいっ」
ニコラが指を鳴らすと煙と共に草原の丘の上に家が現れた。
すげぇな。なんでもありかよ。
聞けばこの草原もニコラがデザインしたものらしい。本来はもっと別の姿をしてるとか。
「お邪魔しまーす」
「おかえりなさい。あ・な・た。ご飯にする? お風呂にする? それとも?」
くふっ、と小悪魔的に笑うニコラを見て俺は———
「風呂でニコラの入った飯を頂くわ。一緒に入るか?」
「へっ? え、ちょっ、ちょっ!」
「記憶ないけど、きっと昔は一緒に入ったんだろー、遠慮するなって」
「遠慮するわ! 昔の話するの禁止ー!」
「叩くな、叩くな。はっはっはー」
性的な感情とかは一切湧かずに、むしろいじり倒してやろうという気になった。
バカめ、ベースがポンコツなのに無理をするからそうなんだよ。
「まぁ、実際は風呂も飯も要らないよ。きっと、長居は良くないんだろ?」
「それくらいは変わらないけど、そうね。無闇な長居は無用ね。ニコラ悲しい」
「ほら早く飲み物。俺は客だぞ」
「無視!? その上、圧倒的亭主関白クズ発言! お母さんはそんな風に育てた覚えはありません!」
「亭主じゃねぇし、育てられた記憶もねぇ」
「記憶ないの知ってるー。可哀想にねー、クスクス」
「……ほぉ?」
「……へぇ?」
両手を組んで額を当ててガチンコファイト一歩手前。
そういやこんなことをやってたような気がする。確か『有刺鉄線爆発マッチ』とかいう不穏な銘をうってた覚えが。
しばらくして睨み合いに疲れた俺らは椅子に大きな音を立てて座り込んだ。茶の用意をするのは俺だ。
「はい、どうぞ」
「あーありがとー」
ずずっとお茶を啜る。うん、美味い。
こうさ。ゆっくりとしながらまったりとするのって最高だよな。そんなことしてる場合じゃないけど。
「んじゃ、どうぞ」
「……その前にあなたは覚悟できてる? これからする話はあなたの根幹に関わる話。記憶が無くて実感が湧かないと思うけど、優しい世界の話なんてできないわ」
「はぁ?」
何を言ってるんだコイツは。
どこかおかしくなっちまったのか?
「……そう、それじゃーーー」
「
「もう、まったくあなたはいつもそうなのね。いいわ、話をしましょう。あーあ、覚悟したけど無駄になっちゃった」
そりゃ残念なことに、ご愁傷様。
んで、ニコラは瞳に覚悟と慈愛を宿し口を開いた。
「あなたの謎解きをしましょう」
ニコラは言った。
謎解き。響きはとてもいいが、いかんせん
それでは
「大丈夫よ。おのずと思い出すはず。神様は人の前に平等ではないけれども、あなたは例外なのよ。ラクス」
「例外?」
「そう、それもこれも
言ってることが無茶苦茶だ。
思い出せないとか思い出せるとか、どういうことなんだ。ニコラはハードディスクは別売りだとか言ってなかったか?
いや、けど……。
「ご都合主義って言葉は便利よね」
「どうした、急に」
「ほら、謎解きだから一番最初にはっきりさせとこうかと思って」
「なにをさ」
「———
俺は息苦しさを感じてようやく自分が知らずの内に呼吸を止めていたことに気づく。
他愛のない言葉であるはずが、俺には深く鋭く突き刺さる。底なし沼のように沈んで行きそうになる。
そうだ。この感覚は間違いない。
ニコラの言葉の意味をようやく理解した。
これは俺に隠された最後の真実を明かす謎解きだ。
名前を思い出せなくても、魂に刻まれた震えが告げている。これが最後の領域だと。
「神様ってやつじゃないか?」
「そう。その通り。じゃ、その神様の名前は? そも、世界を管理するのに一柱で足りるのか? 複数で管理している可能性は?」
「全知全能なんだろ? 世界
「……やっぱりね」
なにがやっぱりなんだろうか?
たかが世界だ。神様なら管理してしまうだろうに。
変なことを言っただろうか?
「全知全能のパラドクスを聞いたことは?」
「ある」
神様は全知全能。
壊れない石ころを作れるし。全てを壊す鎚も生み出せる。
ならばその両者をぶつけてみればどうか。
結果がどう転ぶにせよ神様の全知全能を否定することなるわけだ。
「そのパラドクスが存在するせいで神様の神格って言うのはだいぶ格落ちしてるのよね。世界は矛盾を嫌う。必ず一つの事象へと集結する。それは神様であっても強いられる絶対のルール。神様だからこそ、自己否定はできない」
「自分で作った世界に縛られてるのか?」
「半分正解。ルールが神様を縛ってるじゃなくて神様がルールを縛ってるの。もっと細く言うと守ってるのよ。その気になれば既存の法則なんてぐちゃぐちゃにできるんじゃない?」
「……」
で、結局のところ。ニコラはなにが言いたいんだろうか。神様とか突拍子もないこと言われてその……なんつーか、困る。
「そう難しそうな顔をしないの。幸せ逃げちゃうぞー」
「うっせぇ、余計なお世話だ」
「んじゃ、お待ちかねの本題。さて、この世界の神様はだーれだ?」
「知るか、タコ」
「ちょ、ちょっと!? 真面目に言ってるんだけど!? 私、頑張ってるんだけど!?」
「だって、マジでしらねぇし。興味もねぇ」
俺に関係ないのならどーでもいい。
面倒ごとは俺の知らないところで勝手にやってくれ。巻き込まないで欲しい。俺はそんなスタンスだ。
「はい! わかりました! 答えはいませんでした!」
「ふーん、そーなんだー」
「うがー!!」
「どうどうニコラ」
こういうのは神の不在というのだったな。
別にそんなことはどーでもいい。小説とかじゃよくある話だろう。ただでさえ、邪神が降臨しちまう世界なんだし。
問題はそこじゃない。
「んじゃ、誰がどうやって管理してるんだよ。つか、そもそも管理ってなんだよ」
「現在の世界の運営は前の神様が行った行為の慣性が続いてるわ」
「慣性? それじゃいつか止まるのか?」
「えぇ、近い内に必ず。宇宙は虹彩を失い、地球は灰色となり……人は土に還る」
「ッ!?」
俺は得体の知れない嫌悪感を感じてニコラから距離を取る。
そうだ。俺の知るニコラは神だのどーのと語る奴じゃない。たとえ、それが俺の為だとしてもその知識はどこから引っ張ってきたというのだ。
「ニコラ、誰に何を吹き込まれた? 俺は俺のことがわからない……けど、することはただ一つだって体が教えてくれる」
「さっすが、おとーさん。気配り上手は点数高いよ? あっ、吹き込まれたというより同化しちゃったのよねー、人気者は辛い」
「……誰と?」
「話の流れでわかるでしょう。あなたには必要最低限の情報しかあげてないんだから」
そうと分かっていても口にすることで認めてしまうようで出来なかった。俺の予想はきっと当たってる。最悪な部類だ。
ニコラの目の色が金色へと変わり、纏う雰囲気も人のソレではなくなる。相対するだけで身体中の毛穴が開いて汗が止まらない。
暴風雨に挑む蟻で済めば可愛い方だろう。
神が———顕現した。
「まずは粗雑な対応を詫びよう。すまないな、力なき故こうして降ろしてもらう他に手段はなかった。改めて2度目ましてだ、雷撃の人よ」
もちろん、俺はこんなやつを知らない。
記憶を失う前の俺はこんなヤベーやつと知り合いだったのかよ、ふざけんな。おかげでいい迷惑だっての。
「と言っても、度重なる旅路の果てを繰り返した貴君は私との出会いを擦れて、忘却してしまったようだったが」
「……どういうことだよ」
「進撃のキッカケを与えられるのを是とするか? そうではないはずだ。私の目に狂いはない」
「大した自信だな。買いかぶりにもほどがある」
俺はようやく慣れて来た呼吸に合わせて存在の質量がアホみたいにでかい神様とやらに睨みを利かせる。
つか降ろしてもらうとか、ニコラには巫女さんの才能でもあったのかよ。
「ニコラを返してくれよ。よく仕組みはわかんないけど、あんたみたいな
「私をそう形容するとは存外に慧眼だな。魔術に触れて本質を見抜く術を知ったか。しかし、その申し出は棄却する」
「どうして!?」
怒りに身を任せてはいけない。
なにせ目の前に居る神様は目を合わせただけで呼吸をも止めてくるかもと思わせる圧力がある。
そうなれば、もう何もできない。
「ニコラ・アヴェーンとの契約であるからだ。私は矮小ながらも神の一端として役目を果たすと誓った。あの願い、実に輝くものであった。幾星霜の時を経ても人の輝きは目に止まる」
「ニコラが望んだってのかよ……」
「そうだ。私は願いを叶えた。なればこそ、ここで対価を遂行しなれば不義理というものだ」
俺はニコラがそうまでして叶えたかった願いに皆目、見当もつかない。
自分の体を明け渡してまで、そうまでして叶えたかった願いがあったのかよ。
らしくねぇ。全然らしくねぇよ。
お前はいつでも飄々としてて何処か抜けていて、そんでもって最後には綺麗サッパリ片付けちまうような……俺の憧れだったんだから。
「馬鹿野郎が……」
俺はどうしようもなく呟くことしかできなかった。
◆
『タウムの天文神殿』にグレン一行が出発してから少し経ってからのこと、ラクスが眠る病室に二人の影があった。
宮廷魔道師団所属『星』のアルベルト。
王室親衛総隊長『双紫電』のゼーロス。
競技祭の一件から繋がりを持ち、今もこうして所属は違えど目的を共にしている。
「公務がひと段落ついたところで耳を傾ければ、この少年。また面倒に巻き込まれてると聞いた」
「フォーミュラの場合は巻き込まれてるというより首を突っ込んでいる、という方が正しいだろう」
ゼーロスは現女王陛下の護衛の任を休息のために一次的に解かれていた。
戦士には休息も必要だ。必要な時に必要以上の力を要求されるために公私の区別をつけるゼーロスにとって安息日を誰かの見舞いに使うことはそれなりに稀なことだった。
ㅤ稀な時間を無駄に使う馬鹿はいない。ゼーロスは口を開いた。
「さて、だ。『星』よ。この少年———ラクスは何者だ?」
「……脈絡がないな。それに、だ。そう言った類いは本人に直接聞くのが筋だろう?」
「言って答えればこんな真似はしない……そうだな、端的に言おう。できることならば私はラクスに力を貸したいと思う。王室親衛総隊長としてではなく、友人であるゼーロス=ドラグハートとして」
「無駄だ」
「滑らしたな『星』」
「……ちっ」
ㅤアルベルトが無駄だと答えたという多少なりともラクスの出自を抑えているということに他ならない。
ㅤ都合が悪いとは言えないが良いとも言い切れない状況にアルベルトは隠すことなく舌打ちをした。
「そう苛立ってくれるな。無理強いはせん」
「どうだかな」
「嫌われたものだ」
ㅤやれやれと芝居がかったように手を上げるゼーロス。
ㅤアルベルトは一人思案した。
(一学生が保有していい人脈を超えているな)
ㅤゼーロスにそこまで入れ込まさせるラクスの人柄は大したものだ。もちろん交友関係に文句はつけるつもりはない。
ㅤただ、少しばかりメンツが問題である。事と次第によってはラクスを巡った戦争まではいかなくとも闘争は起きるかもしれない。
ㅤそして更に問題なのは本人が自らの価値を理解していないところにある。
ㅤむしろ、自ら価値を貶めているようにも感じる。こればかりは本人の生きようなのでどうしようもないが、どうにかならないだろうか。
ㅤそうアルベルトは思う。
「……そろそろ、か」
アルベルトは一度、考えを区切り呟いた。
ラクス・フォーミュラには目覚めてもらわないと困るのだ。特務分室の人手が足りない昨今の現状で元王女に何人も護衛を割くわけにいかない。
いかにエースと言えども護衛がリィエルだけでは心許ない。リィエルは兵士だ。指揮官がいなくては強力な大砲もあらぬ方向へと向けられる。
精神的な成長を遂げて昔に比べるのも烏滸がましくなるくらいに強くはなったが、それでも発展途上。
いい意味では純粋。悪い意味では馬鹿。そこが美点でもあるのだが。ラクスが入れば全て解決する。
ラクスは弱者だ。恐怖を隠し、拳を握ることで誤魔化した者。在り方は脆いがただ一点、ルミアの為となれば修羅にでも神にでも悪魔にでもなる可能性の塊。
どうなるかは賽を投げなければわからない。
どう転ぶにせよこの状況は芳しくない。
アルベルトは時事を見て、アルザーノ魔術学院に落ち着いて腰を下ろすことができるのも僅かだと悟っている。
ならば叩き起こしてでもルミアの護衛に戻さなければ危うい。
「フレイザーさん、準備が出来ました」
「そうか、入室を許可する」
「おい『星』。何を考えている?」
「要らぬ詮索はするな。出るぞ」
ゼーロスを冷たく切り捨て部下によって連行されてきた罪人に全てを任せる。
これがアルベルトの出来る最高の手段であり切り札だ。
逆にだ。これで目覚めないのなら元王女に明日は保証されない。
アルベルトはそこまで考えて———
「……ふっ。貴様はそこまで臆病には成り切れないだろう」
入室した罪人を傍目で送り、ここまでお膳立てする必要もなかったかと自重気味に呟いた。