ロクでなし魔術講師と超電磁砲   作:RAILGUN

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RAIL AFTER 1

 目を覚ませばそこは暗闇だった。

 なんでこんなところにいるのだろうか。俺はそこまで度が過ぎた酔っ払いだったのか。

 俺が立つ細い道は道と呼ぶにはあまりに狭すぎる。

 反対側から誰かが来たら先に進むことはできなくなるくらい狭い。

 そして俺は気付いた。

 何も思い出せない。

 全て、何もかも。名前もだ。

 大切にしていた……ような気がする。

 覚えてない今では判断のしようがないが、とても大切なものだったと思う。

 こうやって触れようとするだけで心が暖かくなる。

 

「進むか……」

 

 記憶を失う前の俺ならこうしていたのだろうか。

 分からないが止まっていても答えは見つからない。

 なら進もう。本当は逃げたくなるくらいどうしようもない俺だが後ろの道はない。

 ご丁寧に退路まで絶って、俺を進まそうとするわけだ。

 

 本当に……どうしようもない。

 

 ◆

 

 『正義』の起こした騒動から一週間の月日が経とうとしていた。

 しかし、ラクス・フォーミュラは目覚めない。

 外傷は完全に癒され、主治医も完璧な手術を行なった。

 それでも尚、目覚めない。

 

「……ラクス君、こんなに傷ついてたんだね。知らなかったよ」

 

 ルミアはラクスの上半身の汗を拭きながら話しかける。

 こうしてるとふと目を覚まして、飄々と言葉を返してくれる感じがするのだ。

 そんな様子のルミアを見てシスティは壁に寄りかかるグレンを見る。

 グレンは目を閉じたままで何かを考えているようだった。

 

 ━━━精神が目覚めを拒絶してる……か。

 

 数日前にセリカが病室に訪れ、魔術的な切り口で診断した。それしか考えられないと。

 理由はラクスの内にのみ存在するものだ。目覚めはラクス次第。

 精神的な理由を解決しない限りラクスは一生、目覚めることはない。

 グレンはすることがない歯痒さに自然と組む腕に力が入る。元はと言えばグレンの蒔いた種だ。

 過去の因縁に生徒を巻き込み、一度は死へと追いやった。

 

「先生……」

 

 システィがグレンの腕を無理やり解く。

 爪が食い込んでシャツの上から出血していた。

 

「《救いの御手よ》」

「わりぃ、白猫」

「いえ……」

 

 無理をしているのはグレンだけではない。

 土壇場で逃げることを拒絶したシスティだが彼女もロウファンに闘うことなく敗北している。

 誰しもがありもしないIFを想像しては傷つく。

 二年II組の生徒は記憶消去が施された。あれだけの光景だ。残せば心に残る。

 

 それに、だ。

 

 グレンはラクスの()()()()の上半身を見て、目を伏せる。

 切り傷、刺し傷、火傷、裂傷。

 わずかな期間であれだけの傷を負うなんて特務分室時代でも考えられなかった。

 遠征学修の際に常にパーカーを羽織っていたのはその傷を晒し、周りを不快にさせない配慮だった。

 事前にラクスはグレンに了承を得ていたし、グレンもそれに合わせてそれとなく知らないフリをしていたわけだ。

 だからこそ、ルミアに知られるわけにはいかなかった。

 大半がルミアが原因で起きた騒動の傷だ。見れば悲しむ。分かりきっていたことだ。

 それがちっぽけな男の意地。

 ラクスが霊障で倒れたときの処置も服を脱がさないといけない範囲の手前で止めたのもそれが理由である。

 

『誰も知らなきゃ、それが真実だと思うんですよ』

 

 確かにそうだ。グレンもそういう気持ちになったことはある。

 特務分室時代に正義の味方の夢を折られ、それでも足掻いていたとき、自分はどうしてこんなことをしてるのかと疑問に思ったことがあった。

 それが先の解答だ。

 一般人の知らない間で極悪非道が行われても日の目を見る前に自分達が始末すれば世の中は平和で流れる。

 誰も知らなきゃ、それが真実。なるほど、言い得て妙だ。だが━━━

 

「その真実も霞んでるじゃねぇか」

「先生?」

「……気にするな。大きめの独り言だ。さ、行くぞ。明日も学校だ……ルミア、まだ残るのか?」

「はい……暗くなる前には帰りますから心配しないでください。システィも先に帰っていいよ」

「私も━━━」

 

 残ると言いかけて。

 

「おう、それじゃ学校でな」

「さようなら、先生」

「ちょっと、先生!?」

 

 システィの腕を引っ張りグレンは病室から退出した。

 

「今は一人にしてやれ。整理する時間ってのが必要なんだよ、ルミアにも白猫にもだ」

「……私、不安なんです。ルミアがこのまま塞ぎ込んじゃったらどうしようって」

「白猫……」

「先生、どうしよう!? きっと、ルミアが塞ぎ込んじゃったら私のせいだ! 私がもっとレオスのことに気付けてたら。ラクスのことを見抜けてたら! どうしよう、私のせいだ……」

「それは……」

 

 自分の胸で泣くシスティを見て不用意に違うだなんて無責任なことは言えない。

 グレンはシスティが泣き止むまで胸を貸すことしかできなかった。

 

 一方、病室では。

 

「グレン先生が気を使ってくれたみたいだよ。私、そんなに辛そうに見えるかな……?」

 

 ラクスの前髪を整えて手を握る。

 確かにその姿は献身的な聖母だ。何も知らない人であるならば間違いなく天使と呼ぶだろう。

 が、同時に。

 ラクスならばこう言うであろう。

 どうかしたのか?と。

 ルミアはとても我慢強く忍耐力が優れている。

 だから太陽に少しでも陰りがあれば見逃してはいけない。それが隠しきれなかったSOSなのだから。

 

「……最近はね。グレン先生が改変呪文の集中講義を始めたんだよ。みんな、悩みながら自分だけの魔術を完成させるのが課題でね。システィはもうできてるみたいだけど、私はセンスがないから……どうしよう?」

 

 問いかけるが当然、答えは返ってこない。

 しかし、虚しくなることはない。

 主治医が言っていた。話しかけ続けることが唯一にして最も効果的な治療法だと。

 ならば、話しかけ続けよう。いつか目を覚ますと信じて。

 それが例え、一週間でも一ヶ月でも一年でも十年でも。

 

 ━━━死ぬまでも。

 

「そんなの嫌だなぁ……」

 

 テーマパークに行くと約束したじゃないか。

 ずっと隣で笑ってくれと言ったあなたが目を閉じていてどうするんだ。

 私を泣かせてどうするんだ……ばか。

 

「お願い……早く目を覚ましてよぉ。もう、置いていかれるのは嫌だよぅ……ぐすっ……怖いの……寒いよぉ、ラクス君」

 

 ラクス・フォーミュラは目覚めない。




少なめですいません。次回から原作6巻の内容に入っていきます。全ての片をつけていきます。
書いてて辛いなぁ。ルミア大天使泣かせ続きですいません。

しかし、約束しましょう。物語とはハッピーエンドで締めくくられるものであると。

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