ロクでなし魔術講師と超電磁砲   作:RAILGUN

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RAIL 3

 ……夢を見た。

 

 風車の回る広大な草原で俺は牛や馬と一緒に走り回る。

 羊の毛刈りなんてコツを覚えるまでに時間がかかって手は傷だらけだ。

 うっかり出荷用の家畜に名前を付けちまって、別れる時には柄にもなく泣いてしまって。

 そんな俺の隣には絹のような金髪で花が咲くように微笑むルミアが居てくれる。

 家から出て来たのはルミアによく似た金髪の男の子と女の子。

 勢いよくルミアに抱きついて青空の下に転がる。

 俺はいつものように机と椅子を用意して麦茶を淹れるんだ。

 

「泣いてるのラクス君?」

「……雑草が目に入ったんだ、気にしないでくれ」

 

 底を突き抜けて優しいルミアの左薬指にはめられた指輪が、俺に彼女とどうなったかを教えてくれる。

 さっ、午後からは月一の畜舎の清掃だ。休憩するぞー。

 

「ほらっ、ルミアの膝は俺のもんだ。どけぇい!」

「いい歳して大人気ねぇぞ、オヤジ!」

「パパ、優しくない」

「ラクス君? この子達の言う通りだよ? お願いだから、ねっ?」

 

 ニュアンス的には夜に俺が満足するまで膝枕ということだろう。お掃除にやる気しか出ない。ラクス・フォーミュラ、頑張ります!

 

 ーーー景色が変わるのは一瞬だった。

 

 地獄と言われれば俺はそう認識するだろうよ。

 枯れ果てる、燃え落ち、腐れ広がる。

 緑の住処は紅い墓場になった。

 色づいていた世界は無色になる。

 

 ルミアはガキ供の手を繋いで炎の中心に居た。

 俺を呼ぶ声が聞こえる。

 届け、届け、届けーーー届けぇ!

 身体が動かしても一向に距離は縮まらない。

 俺は右腕を伸ばして、ルミアは俺に気づいてくれた。

 

「ラクス君!」

「ルミア!」

 

 あと少し。

 俺は分かっていた。この手が届くことはないと。

 この届きそうで届かない距離が俺の力不足の表れ。

 それでも俺は手を伸ばす。都合の良い展開はなく、祈れば力が与えられるわけもないのは知ってる。

 それでも諦めきれるわけがないじゃないか。

 好きな女のために身体一つを張れない男なんていないのだから。

 

 そして俺とルミアの間に炎の壁が現れ、どうしようもなく目を覚ました。

 

「気がついたか」

「アルベルトさん……」

 

 見覚えのある天井だ。

 そっか、俺はロウファンにフルボッコにされて間一髪ってところをアルベルトさんに救われたわけだ。

 ほんと、頭がどんどん上がらなくなってく。

 

 ……なるほど、右の第一から第六までの肋骨が骨折。左もだいたいそんな感じでオマケで罅がはいってる。

 右腕も【超電磁砲】を使ってもないのに包帯がぐるぐる巻き。

 漫画とかなら絶好調とか言って、自己退院の皮を被った脱走をするのだろうが……動けないなぁ、コレは。

 

「グレンにはこれから連絡を入れる。伝えておくべきことはあるか?」

「……連絡は入れないでください。その方が都合がいい」

「なに?」

「ラクス・フォーミュラは死んだ。予め、計算の項に入っていないのならロウファンの未来予知を越えられるはずです」

「やはり、あの天使はあいつのモノだったか……しかし、ロウファンの未来予知がその程度の小細工で誤魔化せるとは思えん」

「誤魔化せるんですよ。俺なら」

 

 俺が生きていたとしても、あいつにはそれが伝わらない。

 ヤツの能力は膨大な処理能力を用いた算数だ。

 周囲の取り巻く因子を数式化して答えを算出する。複数回シミュレートを繰り返せば、確かにロウファンにとって、文字通りの不測の事態は起こり得ない。

 だが、俺は既にその計算から除外されている。

 既にないものとして消去されたからだ。路傍の石ころを気にするようなやつじゃない。グレン先生に意識が割かれてるからこそ誤魔化せる。

 

「……話を詳しく聞かせろ」

 

 俺は万が一のことを考えて未来予知のことを伏せた。

 アルベルトさんは一番重要な場所を隠して説明を行なったので要領を得ない顔をしているが、結局はグレン先生に連絡を入れるか入れないのか些細な話だ。

 

「その作戦をグレンが聞けばなぜ容認したのかと殴られそうだな」

「すんません迷惑かけますね。でも、どうあっても結末は訪れる。なんの冗談か、アルベルトさんもグレン先生もそこには()()()()()()()()……どうしようもない力が働いてるような気がするんですよ。世界がルミアを殺したがってる」

「……フォーミュラ。前から感じていたがお前の視点はどこか遠くにあるように感じる。なにを隠している? 話せ。味方に隠し事をするような者に背中を預けることも預かることもできん」

 

 だろうね。

 俺が呑気に寝てる間に魔導戦は終わってしまったようだし。グレン先生は打倒正義に向けて準備中ってわけか。

 どうせ、時間を持て余してるんだ。ならアルベルトさんの信頼を勝ち取る有意義なことに割こう。

 

「神様に魅入られちまったんすよ、俺」

「……貴様、正気か?」

 

 ま、最初の爆弾としてはこんなもんか。

 そっから俺は昔に神とあってとかー大事な部分を隠蔽してアルベルトさんに話した。嘘は言っていない。

 だから見抜かれるとかいう俺にとってマイナスな状況にはなり得ない。だが、アルベルトさんのことだーーー

 

「それが全部というわけではなさそうだが……よかろう。貴様の根源に触れた以上、こちらも一定以上の協力をする……一人で無理はするなよ。その体は既にお前のものだけというわけではなかろう」

 

 違和感には当然、気づくと思った。

 ボロが出るかもしれない説明を重ねないといけないと危惧していたが器量の大きいところを見せてもらった。

 アルベルトさんと意見交換を続ければ、どうやらレオスは既に他界していたようだ。

 天使の塵(エンジェル・ダスト)……なんか強そうな技を放てそうな麻薬の副作用らしい。

 それと俺宛の結婚式の招待状も来ていた。なんとともまぁ、性格の悪いことで。

 

 ーーーあ? ちょっと待て。

 

「アルベルトさん! 結婚式はいつから!?」

「今日の午後からだが、それがどうした?」

 

 くそッ、なにを勘違いしてるんだよ!?

 どんだけ俺は寝ていたんだ!?

 ()()()()()()()()()()()()

 これは物語のトリガーだ。既に物語は佳境に入っている。

 

「……なに?」

 

 アルベルトさんにも連絡が来たようだ。

 魔道具で連絡を取る表情は芳しくない。

 ……くそっ、こりゃしばらく超激筋肉痛待った無しだぞ。

 

 ーーースイッチを入れろ。

 

 記憶を引き継いだ俺ならそれくらいはできるはずだ。

 全身の神経に微細な電気を流せ。自分の体を操れ。

 俺が雷系の魔術以外に適性がないのは既に魔力容量が占有されているからと感じることができている。

 バッググランドで稼働し続ける魔術のような異能が俺の魔術行使を阻害しているわけだ。

 ならば、その待機状態の異能を少しだけ流れ出させる。

 これがギアを上げてくこと……1速だ。

 

「……ッ!? ぉおおっ!」

「なにをしている。まだ立てる状態ではないだろう」

「座ってる状況でもないでしょうよ」

「……まさか、脳から出されている電気信号を自らが作って騙しているのか?」

「理解早すぎでしょ……ま、とりあえず行きましょうか。街中で天使の贈り物が暴れてるんでしょ?」

「……すぐに終わらせる。それまでに死ぬなよ」

「お互いにですね」

 

 掛けてある上着を手にとって俺は気合を入れ直す。

 準備していた仕掛けは自宅で灰になってしまったが、小細工は不要。

 結末を覆す方法とやり方は既に分かっているのだから。

 死地へさらなる死地へ。

 なんというか、物語の英雄みたいでガラじゃないんだが。恥ずかしがってる場合じゃない。

 それにほら。ルミアだけの英雄ってんなら悪くない。

 俺は外に停めてあった馬車の馬を無理やり借りて教会に駆け出した。

 書き置きには『すいませんお借りします。帝国宮廷魔導師団アルベルト=フレイザー』。

 アルベルトさんは無言で指を構えたが、二頭引っ張ってきたのでセーフ。家畜よりも人命だ。そんなこんなで俺とアルベルトさんは真反対に駆け出したというわけだ。

 病院から教会まではそう時間は掛からなかった。

 教会の外には予定通りに学院の正装に身を包んだグレン先生が居た。

 

「……やっぱり生きてやがったな」

「地獄はうるさくてね。帰ってきました」

 

 俺は馬を降りて、いつでも掛け出せるように外に停めておく。

 これはグレン先生とシスティの逃走用だ。

 

「……なぁ、ラクス。ここまで読んでたのか?」

「えぇ、視えてました」

「……覆せるのかよ?」

「覆してみせますよ。終わればしばらくは休養します」

「そうかよ……問題児が一人減って、先生は大助かりだ」

 

 なーに、寂しい顔してんだよ。

 まだ、なんにも終わってないでしょうよ。

 一生の別れってわけじゃないんですよ。

 

「俺はルミアを先生はシスティを……お互いにお姫様を救って乾杯でもしましょう」

「……任せてもいいんだな?」

「あったりまえですよ。これでもルミアの彼氏ですからね」

「その言葉を忘れるなよ。お前はクラスの奴らにも俺にも心配をさせすぎだ。よって、説教と罰が待ってるからな! 全部終わったら馬車のようにコキ使ってやる」

「うへぇ、それは困るなぁ」

 

 俺とグレン先生は拳の裏をコツンと合わせる。

 目を合わせる必要はない。

 やる事は決まってる。

 

 教会の扉を蹴っ飛ばして啖呵を切る。

 

「「その婚約、異議ありだボケぇぇぇぇぇ!!!」」

 

 ◆

 

 ルミア=ティンジェルは激怒していた。

 教会に甲高い音が響く。

 呆気にとられるクラス一同だが、グレンはご愁傷様だなと小言で漏らしシスティを攫っていった。

 

「どこに行ってたの! ちゃんと尻尾巻いて逃げるって言ったよね!」

「予想外に奴さんが強くて……実は目を覚ましたのもついさっきで、病院を抜け出した……とか言ったら怒る?」

「なっ……!? 本当におバカさん!」

 

 今度はグーでラクスの胸を叩く。

 グレンとの修行の成果は着実に出ているようでラクスはうめき声をあげた。

 

「本当に心配したんだからね……バカ」

「悪いな……未来を変えるにはこれしか方法がなかったんだわ」

「え……?」

 

 ラクスは涙を浮かべるルミアの目元を拭い。口元を歪に歪めたクライトスに向き合う。

 

「やはり、君は此処に来た。素晴らしい……君はグレンと僕の聖戦を彩る最高級のスパイスだ」

「そこまで本性出てるなら変装を解けよ。元帝国宮廷魔導師団特務分室No.11『正義』のジャティス=ロウファン」

 

 クライトス、否、ロウファンは指を鳴らすとシルクハットにコートを着込んだ紳士然とした姿に戻った。

 ラクスはポケットから『ペネトレイター』と呼ばれるグレンも愛用するリボルバーを取り出し構えた。

 弾丸はラクス謹製の特別仕様。

 

「ラクス君、ダメ! そんなことしたら()()()これなくなっちゃうよ!?」

 

 ルミアは目に殺意を宿すラクスを見てリボルバーを持つ手を抑え込もうとするがビクともしない。

 まるで鋼鉄の柱を相手にしているようだとルミアは感じた。

 

「分かってるさ。だけど、譲れない。俺はその選択肢を選ぶ可能性も飲み込んだ。後には引けないんだよ、ルミア」

「そうさ、君の能力も興味深いけど今はグレンの方が優先だ。さぁ、僕が仕込んだ最高級のスパイスよ芳醇の時だ。美しく散るといい」

「はっ、ごめんだね! リィエル、避難を!」

「ん」

 

 ロウファンは擬似霊素粒子(パラ・エテリオン)を撒き天使を具現化させる。

 人工精霊(タルパ)の出現にラクスは一瞬だけ気圧されるが照準を定めて引き金を引く。

 銃口からは硝煙と同時に()()()()()が放たれ天使を粉砕する。

 

「くはっ、くはははは。そうこなくちゃね!」

 

 弾丸に【ライトニング・ピアス】を仕込んだものだ。

 原料は魔石にヒューイから譲り受けた最後の触媒だ。

 弾丸を放つ際に銃身に生じる熱を遮断することで耐久性の問題をクリアしている。

 前回の時のようにグローブとブーツはない。

 無いなら無いで工夫するしかないのだ。

 一方、クラスのメンバーはリィエルの誘導で教会の端に移動したが事態は飲み込めていない。

 なにせシスティの婚約者で学院の先生であった人物が全く別の誰かであり同級生と殺し合いをしているのだ。

 

「君が自ら死地に飛び込んで来てくれたからね。泳がせた甲斐がある」

「黙れよ!」

 

 天使は黒の暴風により消し飛ばされるがロウファンは涼しい顔をしたままだ。

 

「ーーーあぁ、安心したよ。おかげで余計な手間が省けた。僕も無抵抗の少女を殺すのは心が痛むからね」

「ッ!! 黙れ黙れ黙れっ、クソがぁ!!!」

 

 突如、激昂したラクスにロウファンは冷静に対処し拳闘の勝負となるが、土台が違う。

 技量の違いは目に見えて明らかだ。ラクスは都合7度の撃ち合いで壁まで吹き飛ばされた。

 

「ラクス君!」

「だめ、ルミア」

「どうして!?」

「わたしの側を離れればすぐに殺される……ずっとこっちを狙ってるから」

「そ、そんなっ」

 

 ラクスの側に駆けよろうとするルミアをリィエルが止める。

 リィエルの言葉を肯定するようにロウファンは天使を創造、ルミア達へと差し向ける。

 リィエルはすぐさま大剣を構えるが、襲いかかる寸前で黒の嵐に天使は呑み込まれた。

 

「ラクス君……」

「怪我はないか……安心しろ、すぐに終わらせるから」

「……また、何かを隠してる。分かるよ」

「……今は関係ないだろ」

「おやおや、言ってなかったのかい? 罪な男だな、僕達のスパイスは」

「黙れと言ったはずだ」

「いいや、黙らない。その方が面白そうだ。ルミア=ティンジェル、その男、ラクス・フォーミュラはねーーー」

「黙れっ!」

 

 ラクスがロウファンの口を閉ざそうと動くが遅い。

 二の句を告げさせまいとする行動を嘲笑うかのようにロウファンが次の一句を口に出す方が速かった。

 

「ーーー君の死を覆そうとしているのだよ」

 

 ルミアは心臓を掴まれたような息苦しさで膝をついた。


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