ロクでなし魔術講師と超電磁砲   作:RAILGUN

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RAIL 2

 ―――その日は唐突に訪れた。

 

 朝気持ちよく目覚めて、補講日だということもあっていつもより気が滅入りながらも登校準備をする。

 守衛さんに挨拶をして階段登っていく。2年のそれもII組しかいない寂しげな校舎はちょっとだけ不気味に感じたので早足でだ。

 教室に入って目に入る特徴的な金髪と銀髪のクラスメイト。

 

「おっす、おはよー」

「おはよう、ラクス君」

「おはようラクス。いつもより二割り増しで覇気がないわよ?」

「そりゃ、補講日っていえば家で寝るもんだろ?」

「自習よ、じ・しゅ・う」

「真面目かぁ?」

「少なくともあなたよりはね」

「それな。わかる」

「はははっ」

 

 こんな感じで他にもカッシュやリンと話をして授業開始前にトイレに行った。

 レーダス先生の授業中に抜け出すとか考えられないからな。

 用を足して手を洗う。ハンカチで手を拭いて対面する鏡に写る自分の顔を見たときだ。

 

 また、電撃が走った。

 

『校舎を貫く紫電の閃光』

『血を流し魔方陣に横たわるグレン・レーダス』

『廊下を埋め尽くす無限の骸達』

『剣を6本浮遊させる男とヘッドバンドを巻いた男』

 

 そして―――

 

『ルミアを拘束し自らを人間爆弾だと語るヒューイ・ルイセン』

 

「ああっ!?」

 

 金属バットで頭を殴られたような痛みに思わず膝をつく。

 

「くそったれ、一体なんなんだよ今のは!?」

 

 洗面台を支えにしてなんとか立ち上がる。

 今までは軽い直感に近しいもので、さっきのような鮮明なビジョンが見えたのは初めてだ。

 なにかトリガーのようなものがあるのか、もしくは―――

 

「訳がわからねぇ」

 

 が、今のビジョンが事実起こり得るものだとするのであれば、俺にできることは……

 

「何もねぇな」

 

 テロリストっぽい人達に一介の高校生が挑むとか殺してくださいお願いしますと言っているようなものだ。

 それに、今の光景は俺の作り出した白昼夢の可能性の方が大きい。

 結局、突飛なことが起きる確率なんて極めて低いものだ。

 

「確認だけ……あぁ、確認だけしよう。まずは警備室だ。なんかあればあそこに話がいくだろ」

 

 息を殺して、存在を殺して。誰も気がつかないようにと最小の動きで最速を。

 ()()()()()廊下を歩き続ける。

 

「……くそっ」

 

 こんな状況では悪態しかつくことができない。

 冷や汗がずっと止まらない。

 起きるかどうかもわからないことになんでこんなに神経質になってるんだと頭ではわかっている。

 

 しかしだ。今日は幸運なことに先生達は遠くに催しがあるとかで出かけている。

 そう、あのアルフォネア教授もだ。

 俺がテロリストであるならば、実行するのは間違いなく今日。

 

「はっ、さすがは天下の魔術学院。警備ザルすぎでしょ!」

 

 そしてあのビジョンが正しかったと知る。

 俺が隠れる壁の向こうで喋る二人組の男。

 隠れる前に見えた横たわる男性は警備員の人だ。

 傷の程度はわからなかったけど、あの様子ではもう……。

 

「早くどっかに行ってくれよ……」

 

 それからテロリストはどーでもいい話を続けて、最後にヘッドバンドをつけた男が警備員さんを足蹴にして校舎の方に歩いて行った。

 

「いないな……よし」

 

 念入りに電磁波をあたりに放出して安全領域を確認する。

 同時に警備員さんの脈を測って……!?

 

「大丈夫だ。まだ、息はある!」

 

 傷口は一つ、右の肺に開く穴だけ。

 テロリストは強力な貫通系の魔法が使えるようだ。

 

『校舎を貫く紫電の閃光』

 

「そうか、そういうことか。なるほど」

 

 俺にできる応急処置は体にできたトンネルをどうにか塞ぐこと。

 ライフ・アップで肉体を急造して峠は超えさせるしかない。

 

「《彼の者に安らぎを》」

 

 レーダス先生の授業を受ける前の俺ではできなかったであろう【ライフ・アップ】の一小節詠唱。

 みるみるうちに警備員さんの傷が塞がっていく。

 紫電の閃光とやらは致命傷足り得るが傷の大きさが小さいらしい。

 射程を長めにして本来なら頭部を狙った一撃必殺の魔術なのかもしれない。

 

 と、そこまで考えてテロリストが使った魔術に心あたりがあった。

 

 軍用魔術だ。

 

 あの魔術はあまりにも殺しに特化し過ぎている。

 ヘッドバンドの男がこの状況を楽しんで慢心していることが救いか。

 この状況は思ったよりも不味いらしい。

 

「うぅ……学生か」

 

 そこで警備員さんが呻きながら意識を取り戻した。

 

「とりあえず、傷の手当てはしました。今の状況を把握されてますか?」

「傷の手当てを……ありがとう。今の状況だったね。あの二人組はなんらかの手段で学園のセキュリティを突破し、改竄。今は出るのは自由だが、入ることはとても難しくなっている」

 

 思ったよりどころじゃない。最悪だ。

 学院のセキュリティが突破されることはしょうがないとして改竄まで行うとか、相手にはこと特定の分野には滅法強い相手がいるみたいだ。

 出ることしかできない一方通行のゲート。

 

 嫌な汗が背中で流れるのを感じる。そうだ。

 

 そこをくぐれば、俺は助かる。

 

 代償はあまりに大きく、かけがえのないモノばかり。

 あぁ、きっとそうだ。こうやって考えるあたりで答えは出てるんだ。

 けど、足が動かない。前にでない。進むことができない。

 

「くっ……警備の応援を呼ぼうにもこの状況じゃ……」

 

 警備員さんが辛そうな声を出した。

 

 本当に泣きそうだ。実際はもう泣いてるのかもしれない。

 汗か涙か唾液か。流れてるものの判断ができないくらいに俺は逃げ出したかった。

 

「やるしかねぇよなぁ……」

 

 何を?

 

 クラスメイトの救出。

 

 どうやって?

 

 電気の能力を体が焼きつくまで使う。

 

 できるのか?

 

 やらないといけない。

 

 どうして、俺が?

 

 そこに居たからだ。誰でもハマるポジションにたまたま俺が居ただけのこと。

 特別な意味なんてない。もとめちゃいけない。

 今から俺がするのは正義の味方が行う救済じゃない。

 他の誰でもできることを俺がやるだけの作業だ。

 

「警備員さん、外に出たら応援をすぐに呼んでください」

「君、一体何をするつもりだ!?」

 

 警備員さんを台車に乗せて校門にむけて力任せに思いっきり押した。

 台車を通る瞬間に魔術は起動しなかったものの、慌てた警備員さんがどうにか体を起こして俺を呼んで門に触れそうになったとき起動した。

 一方通行の魔術だ。解除は無理。その魔法陣は驚くほどに完成されていた。

 構成、系統、系譜、術式の一切不明。

 でも、積み重ねられた何かが俺に感動という感想を与えた。

 

「まじで何やってんだよ」

 

 見覚えのある魔法陣に悪態をつきたくなる。

 

 泣きそうになる心に喝を入れて警備員さんに挨拶。

 俺は駆け足で校舎に向かった。

 

 ◇

 

「《この拳に光在れ!》」

 

 校舎内はゴーレムであふれかえっていた。

 どれも俊敏性が高くひと昔前のゾンビ映画を見習って欲しいものだ。

 一つずつ丁寧に相手をする時間も体力もないので進行を邪魔する奴を限定に破壊ではなく除去を目的とし対処をしている。

 

「《大いなる風よ!》」

 

 めんどくさいので前方のゴーレムをまとめて吹き飛ばす。

 もう少しで2年の教室だ。

 あと少しで―――

 

「ラクス君!?」

「ルミア!?」

 

 2年の教室に行くまでの最後の階段で俺はルミアと遭遇した。

 しかも剣を携えたテロリスト付きで。

 

「ほう、一介の学生にしてはやるようだな。ゴーレムへの対処も正解だ。存外に魔術学院というのは馬鹿にできないようだ」

「だったら荷物まとめてさっさと失せな。ここはお前みたいな血生臭い奴がいる場所じゃねぇし、ルミアはお前が触れていいような奴じゃない」

「口が達者じゃないか、学院生」

「うちのお姫様は指名料が高くつくぜ、迷惑客(クレーマー)

 

 ジリジリと俺は距離を詰める。

 俺が使える最強の身体能力付加魔術でルミアを救出してあの剣男を殴りとばす。

 ルミアのことだ。大方、クラスメイトを庇って人質にでもなったのだろう。

 

「だめ、逃げて! ラクス君!」

「そりゃ、できねぇ相談だ。なにせもう覚悟は決めたんだ。俺が勝手に救ってやるからお前はそこで勝手に救われとけ」

「威勢のいい学院生だ。だが、子供が覚悟を決めたところで何ができる?」

「それを今から見せるんだよ」

「私が人質になれば他に人には手を出さないと約束しましたよね!?」

「残念だが、身を守るときは別だよ。王女殿下」

 

 王女殿下? ルミアはハッとした表情で俺の顔を見た。

 王女殿下といえば既に他界なさってるはずだ。それが王国の発表であり、真実。

 だが、テロリストがこんなところで変な冗談をつくとも思えない。

 

 ―――女王陛下は綺麗な金髪だった。

 

 あぁ、くそ、そういうことかよクソッタレ。

 

「細かいことは後だ、目をつぶっとけルミア!」

「時間がない。すぐに終わらせる」

 

 

 ◆

 

 

 先に動いたのはラクスだった。

 最初の思惑通り、彼の持つ身体能力付加魔術を最速で起動した。

 

「《ラウザルク!!》」

 

 これはラクスの記憶の一端に宿る優しい王様の術。

 制限付きで身体能力を爆発的に増加させる単純明解な術。

 

 それは15段ある階段を一息で詰めて警戒していた武人の虚を突くくらいは容易の術。

 

「なっ!?」

 

 しかしテロリスト━━━レイクもまた訓練された兵士であった。歴戦の勘が警鐘を鳴らす己の感覚を信じ遠隔の剣を自身の最大同時展開できる6本を出し、ラクスの迎撃を行う。

 ラクスは当然のようにそれに反応する。

 ルミアを左手に抱えながら驚くべき反応速度で右手を使い剣を弾く。

 

「《大いなる風よ!》」

 

 ラクスはルミアを抱えたままでは危険と判断して下の踊り場に魔法を使って下ろした。

 

「随分と余裕だな魔術学院生!」

「ああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 ラクスに返答する余裕などない。

 【ラウザルク】の制限時間は30秒。ラクスの備わっていた電気の力を魔術のように見せかけてはいるが、現実は魔術より使い勝手が悪い。

 ラクスの電気の能力はONかOFF。

 最大出力を出すか、電源を落とすかだ。

 今はどうにか放電し続け凌いでいるが、30秒もそんな無理をすれば体中の筋肉や骨が焼け付く。

 かの王様が使ったように何度も使える代物じゃない。

 残り15秒。

 この間にラクスは目の前のテロリストを戦闘不能にしなければいけない。

 

「《猛き雷帝よ》」

 

 6本の剣を操りながらレイクは軍用魔術【ライトニング・ピアス】を発動した。

 正面に数瞬で迫る殺意。ラクスはそれを左手を翳すことで跳ね除けた。

 

「なに!?」

「俺に電気で喧嘩売るなんざ、10年早ぇ!」

 

 ラクスは距離をとるレイクに迫る。

 剣を剣で壊し、拳で破壊する。

 全ては力とスピード任せの一撃。

 3本破壊できたのは奇跡だ。

 

「届けぇ!」

「くっ!?」

 

 レイクはラクスのことを一介の学院生ではなく、雷の化け物として対処した。

 限界が近いのか辺りが見えていないラクスの裏を突くのは簡単で()()()()()()()()

 その先にいるには当然―――ルミアだ。

 

 レイクはルミアを片腕で拘束して今もなお、踊り場と階段を驚異的な速度で破壊し続けるラクスへの盾とする。

 

「ああがあああぁぁぁあ!!」

 

 既にラクスの理性と呼べるものは消し飛びかけていた。

 術の反動が今もなお、蝕んでいるのだ。

 全身を回る熱い泥が脳をも掴む。

 脱水症状一歩手前。視界は定まらずに音は絶たれた。

 それでも、おおよそ敵と呼べる何かと戦っていたことだけを覚えていた。ならば、突き進むのみだ。

 階段を飛び降りて不可解な動作をする敵に反応した。

 

「ラクス君!」

 

 そしてラクスはわずかな瞬間で距離を詰めて右手を突き出した。

 

 

 ◇

 

 

 まどろっこしい話は飛ばそう。

 俺は負けた。体の感覚があまりなく、背中のひんやり具合で床に寝そべってると分かる。

 もちろんテロリストに喧嘩を売ってそれで済むわけがない。今も感覚の薄れた左手で腹圧で臓物が出ないように、出血を止めるように押さえている。

 【ライフ・アップ】なんてできない。マナの問題じゃなく集中力の問題だ。

 今やれば確実に失敗する。それがどんな失敗か分からない以上は現状維持が一番だ。

 

 俺の右手はあの時にテロリストではなく、ルミアを捉えかけた。

 あの時にルミアが俺の名前を呼ばなかったらどうなっていただろうか。考えるだけでゾッとした。

 けど、俺の右手はルミアの寸前で止まった。無理に止めた雷撃が行き場をなくし、放電。戦果はテロリストの頬を切るのみだった。

 それでタイムオーバー。時間いっぱい。試合終了。

 俺はテロリストの剣を腹部に受けてそのまま倒れた。

 ルミアの泣き顔がまだ思い出せる。

 

「かふっ!? ったく、やることなすこと全部無駄だな」

 

 だんだんと腹が立ってきた。

 ルミアは前から精神的に強すぎた。

 システィとは違う曲がらない芯があった。

 まさか、それが死ぬ覚悟だったとはな。

 本当に腹が立ってきた。

 

「こっちがせっかく動いてやってるのに当の本人は死ぬ覚悟だと……ふざけんな」

 

 ルミア大先生にはいつもお世話になってるがそれでも許せないものがある。

 一度ガツンといわねぇと気が済まない。

 

 そこまで考えて俺はようやく前向きになっていた事に気付いた。

 やる前はあーだこーだ考えていたが、やってみると案外怒りの力ってのは馬鹿にできないものらしい。

 

 ふーっと一息ついて喉に溜まった血を吐き出す。

 そしたら校舎内に響く爆音と瓦礫が崩れるような音が聞こえた。

 おまけに廊下をうろつくゴーレムも慌ただしくなってきた。

 いつまでも踊り場で寝てるわけにもいかないようだ。

 電磁波で簡易レーダーを作ると役者が揃ったのがわかった。

 

「重役出勤かよロクでなし魔術講師」

 

 レーダス先生はあの剣のテロリストと戦っている。

 そして何故か、システィもその戦場に向かっている。

 離れた塔にルミアはいた。近くにいるのは恐らくヒューイ先生。

 システィにはきっと何か秘策があるのだろう。なによりクラスメイトが無事で安心した。

 

 ズタズタに裂かれた筋肉に無理やり力をいれた。

 血が流れている。下半身が吹き飛びそうだ。

 いつもなら気楽に行ける距離なのに今は無限の彼方にあるように感じる。

 あちらに着く頃にはどれだけ筋肉が使い物にならなくなってるだろうか?

 

「覚悟決めたんだろ、ラクス・フォーミュラ!」

 

 男に二言はない。

 前に進む足が残ってる。やるべきことがある。

 ならば俺は足を進めるだけだ。

 




レイク微強化。
ラクスのちゃっかり改変魔術。

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