ロクでなし魔術講師と超電磁砲 作:RAILGUN
俺はあの後、グレン先生から逃げるようにして下校した。なにか引き止めようとした声が聞こえた気がしたが、無理やり聞かないフリをした。
ただでさえ、俺の精度の悪い予知が
本当に取り返しのつかないことになる。
「っても、どうすりゃいいんだよ」
正直、町のどこかに潜伏しているであろう『正義』をグレン先生と接触する前に暗殺できればいいのだが、俺にそんな技術はない。
ただ、使い勝手の悪い電気の能力があるのみ。
だから、家に帰るついでに魔術の触媒などを用意して備えてる訳だが、こんなもの通用するはずもない。
せめて
未来予知が邪魔してると考えるのが筋だが、ないものを嘆いてる暇はないのだ。雷撃しかないのなら雷撃だけでどうにかするしかない。
「ただいまー」
「「「おかえりー」」」
「……は?」
考え事をして家の扉を開けると帰ってきた返事は3つ。
リィエルは当然としてルミアとシスティはなぜいる?
「……ん。おかえり、ラクス」
「うん、ただいまってちがーう! なぜ、システィにルミアがここにいる!?」
「私はラクス君の彼女だよ?」
「ずっきゅーん、今が一番幸せだ」
心に『ショック・ボルト』。
しかし、システィ、てめぇはなぜだ?
大体、読めるけどもさ。
「私達って、ほら。仲が良いじゃない?」
「……至極当然のこと。システィが苺タルトをくれた。一緒に食べよう?」
「うん、リィエルが一人で食べていいよ……システィ、釣りやがったな。合鍵とか勝手に作ってないよな?」
キラキラした神を見るかのような目で見つめないでリィエル。自分の心がどれだけ汚いか自覚させられるからぁ!
「そんなグレン先生みたいなことをするわけないじゃない」
「分かった、分かった信じるよ。リィエルー、明日は鍵業者呼ぶから外で飯食おうなー」
「信じてないじゃない!?」
というか、ルミアさん。俺の鍵を見つめて一体、どうしたんですか?
「ね、ねぇ、ラクス君? 合鍵、貰ってもいい?」
「おう、いいぜ構わないぜ何本でも持っていけ」
「うん、ありがと」
ハイタッチするシスティとルミア。
うん、嵌められた。最近はルミアに良く遊ばれるなぁ。
あまりにあまりな俺だが惚れた弱みだろうか。なんでも許せてしまう。
「で、あれか。今日はリィエルのことで来たのか?」
「……ちょっと、察しが良すぎない?」
「予感がしてたんだよ」
「……」
お茶を用意して早速、本題を切り出した俺にシスティは怪訝な表情を浮かべる。タネと仕掛けを知ってるルミアはおでこに手を当てて困ったような様子だ。
なんでもいい……できれば、早々にこの家から離れてほしい。この家はいつか戦場になるから。
「なんだ。ご両親にリィエルの話をしたら気に入られたか?」
「その通りよ。なんかラクスのことは大層、信用してたようだけど男と屋根の下よりは居候って形で学友と一緒の方がいいだろうって……ラクス、私の両親になにしたの? 普通、あり得ないわよ」
「ずっと前に話す機会があってな。そんときに気があっただけだ」
主にルミアって最高だよな、とか。
天使が地上にいるぞ、なにごとだ!? 天界は今頃大騒ぎだ、とかだ。
あのひとは養父としてはどうかと思うが、友人として持つなら最高だ。
気が合うし、話も合うし、馬が合う。
「俺としてはどっちでも……よくはないけど。決めるのはリィエルだからな」
マスコットだし。平時なら癒しだし。
困ったときの錬金術だし。ちなみに俺は錬金術はできないが、錬チン術ならできる。まぁ、出力高すぎて爆発するけど。
しかし、今の状況でシスティーーー正確にはそのご両親かーーーの申し出はありがたい。
俺もそろそろ動かないといけない。一連の騒動のことも、俺のことも含めて。
「で、どうするよ。リィエル」
「……わたしはこのままでいい」
「……どうしてだ?」
リィエルはその眠そうな目を少しだけ開いた。
「どう言っていいか分からないけど、今のラクス……変……んー、砕けそう?」
「あ、やっぱりリィエルもそう思う?」
「……なっ!?」
ルミアはともかくこの天然は直感だけでそこまで見抜くのかよ。
システィは言わずもがな、そういうことには疎いのでハテナ顔だがそれでいい。お前は不器用だから、
「だから、わたしが側に居てあげる。この前のお返し」
研究所の一件のことだろう。
リィエルはリィエルなりに考えてどうしようかと悩んでいたのか。
「いや、俺はお前の側に居なかったろ?」
「ずっと心配してるのは分かってた。グレンも」
「ふふっ、ラクス君の負けだね。妬けちゃうけど」
「惨敗だな。俺の周りはいい女が多すぎて幸せだ……あっ、一番はルミアだぜ?」
「分かってるならよろしい」
こんな他愛のない話が俺を現実に引き止めてくれてる。
セラピーみたいなもんだろう。周りにこいつらがいてくれるだけで心が安らぐ。
言葉を交わすたびに毒が抜けてく。疲れが取れてく。
ーーーだからこそ、こんな日常を失いたくない。
詰み将棋だ。勝っても負けてもナニカを失う。
だったらせめても失うものが少ない方がいい。
俺はなにも失わないなんて器用な生き方はできないから。
「……ん、ラクス」
「さっすが、リィエル。気づいたな、囲まれてるわ。コレ。控えめに言って絶対絶命、はぁ。飽きねぇな」
「ちょ、ちょっとラクス? なにを言って?」
「ほら、なんつーか。俺ってば軍人さんみたいに勘は鋭くないけど、電気を操れるからレーダーみたいなもんがつかえるのよ。やったろ?」
「『アクティブ・レーダー』……」
「そうそう。理解が早くて助かるわ。そんな俺のレーダーが反応してるわけ。敵がきたぞー、って」
屋上に刃物持って立つとか間違っても友好的じゃないし。
4、5……7だな。この中に『正義』がいる。
アルベルトさんは丁度、オカルトサークルを相手取ってるわけか。
俺は青くなったルミアの頭に手を置いた。
「心配すんなって、お前のお客さんじゃないから」
「……そんな、ウソ」
「ウソじゃないよ。こりゃ……俺の客だな」
システィをこのタイミングで襲う意味ないし。
リィエルはそもそも理由がない。秘密はアルベルトさんとグレン先生が隠蔽してる。
おうおうおう、丁寧に人払いまでしちゃってまぁ。
「奴さんも本気ってわけか……システィとルミアを頼むぞ、リィエル」
「ちょ、待ちなさいよラクス! 私も闘えるわ!」
「膝が震えてるぞ、立てるかよ?」
「……こ、これは」
システィが弱いんじゃない。これが普通の反応だ。
次の行動を、生きるために起こす行動を考え始めてるリィエルと俺が異常なだけだ。
慣れと言ってしまえばそれだけだ。
俺は床下を思いっきりぶち抜いて、『ウーツ鋼』で拳骨の部分を覆ったグローブと足の甲に同じく『ウーツ鋼』を敷き詰めた靴に履き替える。
突然の音にシスティとルミアは驚くが、丁度いい。いつまでも呆然とされていては動けない。
「リィエル、机をどかして」
「ん」
緊急時だ。机を叩き割るのは大目にみる。
俺はそのままカーペットを引き剥がして、床にあった扉を開ける。出てきたのは地下へと繋がる階段だ。
「ラクス君、これ」
「おう、東洋の忍者屋敷みたいだろ」
「ラクスは最近、ずっとこれを作ってた」
「……また、抱え込んでたの?」
「いや。そんなことをすりゃ、愛想尽かされそうだからな。この展開は視えてなかった。切り札は多けりゃ切れるタイミングが多くなるってだけのことだ。たまたま当たった」
他にもたくさん用意したのだが、まさかこのタイミングで来るとはな。
半分くらいがおじゃんになった。くそ、人の嫌がることが好きな野郎だ。
「ねぇ、ラクス、ルミア。さっきから何を言ってるの……?」
そうだ。この展開に一番、置いてかれて理解できてないのはシスティだ。
「話は全員が生き残ってからだ」
「生き残るってーーー」
「そういう状況なんだよ、コレは。この階段は先生つーかアルフォネア教授の家の近くまで無断で繋がってる。出口はまだ作れてないが……リィエル、行き止まりになったら上を
「わたしが残る。ラクスじゃダメ」
「防衛戦じゃ俺の方が優れてる。階段を看破されて後ろからバッサリとかごめんだぞ」
「……納得できない」
「二人を抱えてグレン先生のとこに行くんだ。お前の方が早いし、それくらいなら俺も時間を稼げる……まぁ、はっ倒すつもりではいるんだが」
俺はようやく立てる状態になったシスティを階段下に放り込む。可愛い声が聞こえたが、状況が状況なだけに軽口を叩けない。
「ラクス君……」
「安心してくれ、コレは最後の戦いじゃない」
ぶっちゃけ、『正義』以外はカス。
俺にとっちゃ喧嘩にすらならないような奴らだ。
認めたくないが『正義』は強い。だから格が違いすぎて他の奴らの気配が霞んでるのだ。
「なんかもうイロイロとごめん。でも、頃合い見て俺も尻尾巻いて逃げっからさ。痛いのヤダし」
「……もうっ、いつになったら私に背中を預けてくれるの?」
「……ワリとすぐに」
「え……きゃっ」
俺はルミアをシスティと同じように階段の下に放り投げる。時間がない、許してほしい。
「リィエル、頼むぞ」
リィエルは言葉もなく、頷いてくれた。
去り際に腹を軽くーーーリィエルの価値観でーーー殴られ悶絶するが、それもこれも全て呑み込もう。
甲高い音がなる。二階の窓ガラスが割られたな。弁償してもらおう。
俺は心配そうに見てくるリィエルも階段の下に放り投げて扉を閉めた。
カーペットをかけて俺が上に立って、迎撃準備を終えた。
「さ、来いよ……ったく、人の日常を無音で壊しやがって。苛々するんだよ、クソ野郎共が。ミッドガルドから叩きだしてやる」
俺が啖呵を切ると同時に黒いローブを着て両手の煌めく銀の殺意を隠すことなく、左右から切りかかってきた。
俺は雷撃を放ちながら妙な感覚に襲われていた。
いつものように手足からではなく、体の中心ーーー脳から別のモノに擦り変わっていくような……。
なんだ、コレ。未来予知の副作用なのか。
膨大な意識に押しつぶされそうだ……こんなとこで躓いてる暇はないんだ。
ーーーライフ・アップ。
襲撃者はここに来て俺が精神魔法をかけることに妙な違和感を覚えたらしく一歩下がるが、すぐに攻撃を再開した。
ナイフによる突き、払い。
魔法による撹乱に補助。
オマケに銃器まで取り出して、俺の家はズタボロだ。
死ぬ覚悟は当然できているものと仮定しよう。
ーーー違う、その考えは俺のモノじゃーーー
問題は痛ぶる方法だ。
殺しはしない。ニコラとの約束があるからな。感謝しろよ、ウジ虫どもが。
だが、手足の一本や二本はなくても不自由だが生きてはいける。まぁ、俺の平穏を奪おうとしたんだその程度で済ますわけはないが。
くはっ、くはははっはははっ!!
オラ、鳴けよ。生きたきゃ俺を楽しませろよぉ!
お前らはそのための楽器だろうがっ!!
「くはっ、くはははははっ!! てめぇらそれでも暗殺者か!? つまんないな、弱いな、そらねじ切れちまうぞいいのかオイ! もっと俺を楽しませろよぉ!」
完全にハイになっていた。
さっきから自制が効かない。襲撃者の肩を外したり、四肢を動かなくしたり、床に埋めて頭を蹴り飛ばしたり。
完全に鬼畜というか自分でも吐き気を催す。
それでも最後の一線は超えてない。
だからなんだって話で、俺のやったことが肯定できるようになるわけもないが、自分に言い聞かせる。お前は無力化するために仕方なくと。
都合、六人こんな調子で丁寧にぶちのめした。
俺は力を制御するための『ギア』のようなものを落としていく。同時に心を支配していたナニカもすっかりナリを潜める。
ーーーそして、『正義』の名を借りた悪魔は何の冗談か死刑執行人のように二階の階段から静かに降りてきた。
「ジャティス=ロウファン……」
「やっぱり、自己紹介は要らないみたいだね。初めまして、ラクス・フォーミュラ。僕が今回のイベントを企画した主催者であり君の敵だ」
ねっとりしたような殺意が俺の体にまとわりついて離れない。やっぱり、こいつはさっきまでの格下共とはレベルが違う。
俺の最後の闘いを務める相手に足り得てしまう。
「やっぱりってのはどういうことだよ?」
「おやおや惚けるのかい? それとも本当に気づいてないだけかな? ま、どちらにせよ僕のやることはただ一つ。君、邪魔だから舞台袖に捌けていてはくれないか?」
「おいおい、誰もお前の脚本に乗った覚えはないぜ。むしろ、てめぇが邪魔だろう」
「わかってないなぁ……これは僕と! グレンの! 2年前の続きなんだよ! 正義を示すための聖戦さ! 僕が知らない間に黒子とモブが増えたようだけど、昔から『掃除』は得意なんだ」
だとしてもなぜ俺を最初に狙った?
俺の存在がそんなに不都合か?
「君がいるとね、ラクス・フォーミュラ。僕の脚本が9通りに拡散するんだよ。さすがに僕でもその数は処理しきれない」
「9……?」
また、どこかで聞いたことがある中途半端な数字だ。どこだ、思い出せ。
それが俺の根源に関わる鍵だ。
「だったら、君の動きを殺そうかと思ったのだけど。僕とは違う未来予知の形、捨てるには惜しい……どうだ、僕の手足になる気はないか?」
「断る……ルミアを殺そうとしてる野郎に手を貸すわけないだろうがッ!」
それが俺が見た最悪の形。
つまりは教会で何らかの障害によってルミアは命を奪われる。
歴史に名を残すことは確信していたので、道半ばに倒れることはないと思っていたが楽観をしていたみたいだ。
「はははははっ! そこまで視えてるとはね。さすがは僕とは違う未来予知……否、未来経験の持ち主だ!」
「未来……経験?」
どういうことだ。その単語。
まるで俺が未来に行ってきたみたいじゃーーー
「ああああっ!!?」
「わずかでも思い出そうとすれば、特定の電気信号が切欠になって増幅し身を喰い散らかす。繰り返す度に精度は限りなく高くなるけど、欠陥だね」
なんだよ、これ。頭が割れるみたいだ。
俺のは未来予知じゃなく、経験……くそっ、なるほどそういうことか。
電磁波ってのは転生前の世界じゃ情報のやりとりに使われていた万能ツールだ。
文明の発展を支えた電気。
携帯電話にネットワーク、無線通信を行うなら電磁波の存在は欠かせない。
俺の能力を知覚した瞬間にロウファンの残像のようなものが8つになる。
それがあり得る未来。俺が経験した未来であり過去であり現実。
9……そうだ。思い出した。俺の魂の容量だ。
ニコラは気づいていたのだろう。俺が9回目のやり直しをしてる馬鹿野郎ってことに。
膨大な記憶にわずかばかりの魂が宿っていたのか。
それは本来、俺の器に溜まるはずが同一人物のモノであるために器の拡張に繋がったんだと思う。
未来から過去に送る記憶の伝送。
それが俺の未来予知の正体。
ロウファンの言葉が引き金になり全てを思い出した。
命をかけて過去へと送るSOS。送信側も膨大な電力を要するし、受信側も相当な負荷がかかる。
そりゃ、ショートの一つや二つするわ。
8人の俺は理論的には不可能だがどうにかして時間を逆行し記憶を伝送する術を習得したのだ。
なるほど、精度が高くないのはそういう訳か。
だから些事には弱い。なぜならばそれらは未知だからだ。
ロウファンは俺にノートを投げつける。
「その研究書モドキを見て確信したよ。書き方があまりにも変だ。僕の未来予知も同じようなものだけど、君のは違和感があった。疑ってみた可能性の一つだけど僕は運がいいみたいだね。最初からアタリを引いた」
ルミアやシスティにもみられていない本物の研究書。
未来予知のことまで書いた正真正銘、俺の切り札リスト。
ロウファンは未だに視界の揺れる俺の頭を蹴り飛ばす。
「君が自制が効かないと思っているのは正しいよ。性格というのは環境によって形成される。計9人のうちの君の存在なんて僅かなものだろう」
確かに。
ここに至るまでに天才な俺は何人か存在した。
電撃は継承される。
最初の一人は微弱だが制御に長けた電撃を扱う俺。
それ以降はどんどんと電撃の威力が上がっていく反面、制御が効かなくなっていき、9代目の俺が最高の出力。
【超電磁砲】は俺にしか使えてない。
精神力に長けた5人目はその出力と制御のバランスを活かしルミアを守り抜いて、手を赤く染めて壊れた。
俺が先ほどまで襲撃者を嬲っていたのはその人格に引っ張られたってことか。
それに最近になって雷撃系以外の魔術が発動しにくくなってたのもそこらへんが原因だろう。
記憶を完全に取り戻した今、雷撃系以外の魔術は使えないと思った方がいいか。
「くははははっ」
「おや、直視できない現実を前に壊れたかい?」
「いいや、さすがは俺だわ。これが笑わずにはいられるかっての」
9人もいて一括して行動原理がルミアを愛してるからとか。
どんだけ惹き合ってんだよ羨ましいだろ妬ましいだろめっちゃ幸せ感じてるからな、この幸せを壊させないし、やらねぇよ!
「正義とかいう見えない偶像に縋ってるよりはマシかなと」
「……僕の正義を馬鹿にするなよ、カスが」
「はっ、ダセェ。が、自己回帰に付き合わせて悪かったな。こっからが俺の正念場だ。見せてみろよ、安っすい心情を披露して悦に浸る露出狂が」
「僕は……僕の! 僕だけの正義のために闘っている! 虫ケラ如きが馬鹿にしていい陳腐なものじゃないんだよォ!」
「なら、俺は愛の為に闘おう!」
俺とロウファンの口上が述べられた同時にクロスカウンターが俺に決まった。
はっ、まだまだだぜ。
勝てる未来はないが、わざわざ負けてやる道理もない。
その為の仕掛け云々だ。想い出は焼け焦げてしまうけど、これから作っていこう。そのために俺は脚を前に出すのだから。
「おぉぉぉぉロウファンンンンン!!!!」
【ラウザルク】を発動して、一瞬でも気を抜いたロウファンの顔面に右拳がクリーンヒット。
開幕戦は痛み分けか。まだまだ、これからだ。
俺は勝ちはできねぇけど、無理やりに負けに持ってくことならできんだよ。
魔術特性上、
「覚悟しろよ。ジャティス=ロウファン! 俺がお前の敵だ!」
◆
「いつだってラクス君は自分以外は蚊帳の外に出したがるんだよ」
「本当っ、ちょっと電気の扱いが上手いからって調子にのって」
「ラクスは……しなくてもいいことをして、傷ついてる」
脱出組はあるところまで来てリィエルが完全に錬金術(物理)で道を塞いでから、走りながらラクスについての文句の言い合いになっていた。
無論、事態は切迫しているので走るのを最優先だが袖にされた恨みは忘れるほど優しくはない。
もちろんだが、彼女達は巻き込みたくないというラクスの要らないお世話については好ましく思っているが、同時に舐めてるんじゃねーという怒りもあるわけだ。
「彼女……失格かなー」
「そ、そんなことはないわよ。ね、リィエル?」
「うん、ルミアはラクスの彼氏。ちゃんと躾けてあげて」
「リィエルってば、ラクスの隣にいるからだんだんと毒されてるわよね」
本来なら彼女であるのだが、尻に敷かれるとか押しに弱いところを見るになるほど、ラクスはどちらかと言えば攻略される側だ。つまりはヒロインであり、彼女だ。
というぶっ飛んだ思考はシスティの言う通りリィエルがラクスの隣にいて毒された証拠。言葉遣いが洒落を伴いながらふざけている。
「……弱気になってる場合じゃないよね」
実は、リィエルが道を塞ぐ前にルミアは一旦、踵を返そうとした。止めたのは他ならぬリィエルである。
彼氏なら彼女の言うことは信じろ。言葉にできなくてもリィエルの思いは伝わった。
ルミアは目の前を走る青髪の少女を見て思う。
小さな背中だ。その小さな背中に抱えたものはきっと私なんかじゃ計りきれないんだと。
隣を走る銀髪の少女を見て思う。
勇ましい目だ。友人として誇りに思う。
訳も分からず巻き込まれて一緒に逃げて、きっと一番の被害者はシスティだ。だって、何も関係ないのだから。
ただ、近くにいただけ。それだけなのに。
しかし、システィに言えばそれは否とはっきり断ずるだろう。
ルミアのことは自分のこと。ルミアの抱えるものは一緒に背負うのだと。
『……だから、バカラクスのことお願いできる?』
ルミアは既に託された。
そうだ。彼氏が彼女の言う事を信じなくてどうする。
彼には彼の戦場があり。私には私の戦場がある。
ルミアが決意を再び固めると同時にリィエルは行き止まりの天井をブチ抜いた。
ーーー結論から言えばである。
脱出に成功した3人は帰宅途中であったグレンを捕まえて、憲兵隊と共にラクスの家に向おうとした。
ラクスの家は閑静な住宅街だが、誰一人として近づこうとするものはなく不審がられていたために憲兵隊の対応は早かった。
人払いとはそういうものだ。流れに強制的に穴を空けるのだから長時間の隠蔽には向かない。
グレンがリィエルに人払いの破壊を頼んで、結界をこじ開けた刹那、ラクスの家から大きな音ともに煙が上がった。
消火活動のあとで発見された丸焦げになって原形を留めていない死体が6。
すぐにラクスの死体は無かったと断定された。
それならば、ラクスはどこに消えたか。
そこまで考えてグレンはある可能性に思い至る。
『正義ですか?』
なぜラクスはその名を知っていたのか。
同時にされた未来予知の話。つまりは招かれざる客の示唆だったのかと。
が、その可能性をグレンはすぐに否定した。
仮に『正義』が生きていたとしてもラクスは捕まるような男ではない。ラクスはグレンが知る限りで最も
決して拳を握って踏み止まるような人物ではないのだ。
むしろ、今まで逃げない選択を選んでいたことがイレギュラーだったのだ。
グレンは角が焦げたラクスの研究ノートをまるでラクス本人であるかのように抱くルミアを見て、どうしようもなく剥き出しになった柱を殴りつけた。
膝をつくルミアの隣にはリィエルとシスティもいるが、最もいるべき人間が居ないことがグレンを腹立たせた。
「彼女を泣かせたんだ。そうまでするならしっかりと覆せよ……バカ問題児」
グレンの呟きは崩れる柱によって揉み消された。