ロクでなし魔術講師と超電磁砲   作:RAILGUN

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RAIL 4

 遠泳して死にかけたそんな日の夜。

 旅籠は昨日とは打って変わって静寂に包まれていた。

 みんな昼間のビーチバレーで疲れたんだろうな。

 俺は旅籠の中央広間で水を飲みながら背筋を伸ばした。

 こういう時は決まって誰かの部屋に集まって恋バナするのが基本だろうに。お約束がわからん奴らだ。

 まぁ、ぶっちゃけ俺も眠いので人のことは言えないが。

 今しがた、グレン先生が旅籠から出て行くのを見た。

 外で気持ちよく酔って寝る算段なのだろうか。

 くっ、大人っていいなぁ!

 つーか、あれじゃね。今、女子部屋行けばいいんじゃね? 昨日の突撃は無駄だったんじゃね?

 しかしなぁ。カッシュとか男メンツが揃ってくたばってる以上、女子連中も同様とみるべきだ。

 肉体的っていうよりは魔力的に。システィとかテレサは特に頑張ってた。

 はずだ。なのに……

 

「ちょっと、ルミア。バレたら……」

「大丈夫、大丈夫。ほら、リィエルも」

「ん……」

 

 システィは元気だなぁ。無尽蔵の魔力でもあんのか。

 つか、ルミアが一番ワルぽかったぞ。麻薬の売人ばりのゴリ押しだ。

 俺はニュース雑誌を大きく広げてバレないように顔を隠した。

 三人が行ったのをチラッと見で確認しつつ思う。

 

「隠れる必要あったか?」

 

 反射的にやってしまったが、やっぱり必要なかったと思う。

 いやでも、ルミアのことだから気付けば無理して誘ってきたかもしれないな。そういう意味じゃ俺の判断は良かったのだろう。

 三人娘の夜の女子会に男が紛れるとかどんなクソゲーだよ。俺ならディスクをへし折るわ。

 

 グレン先生、ルミア、システィにリィエル。

 以上の4名が旅籠を出た以上、俺も飛び出さなくてはいけないような気がしてきた。

 折角の旅行だ。いろんなところに顔を出してみたい。

 やばい、知識欲が刺激されてきた。

 

「さ、行くか」

 

 気付けば俺は最低限の防寒具を着て、水筒を片手に旅籠を飛び出していた。

 夜のサイネリア島観光街は、昼間よりも隆盛なものだった。オイル式のランプが道を照らして、エキゾチックな趣きを演出している。

 俺は露店に売られてた揚げジャガを食べながら、歩く。

 たまには一人で冒険してみるのも悪くない。

 旅行に来て、本当に良かった。この外観を見れただけで充分な手土産になる。

 つっても、孤児院にいる一部のクソガキは口じゃなくて金を出せと言うのは目に見えてるので、気をひくようなそれっぽい土産をいくつか購入。

 爺用にホットワインでも購入してくか。

 

「お土産用ならこれがいいんじゃないかしら?」

 

 俺がビンテージ調のそれっぽい店で悩んでいたら、不意に女性がアドバイスをしてくれた。

 つか、ニコラだった。

 

「うるせぇ、遊んでる暇があったらさっさと成仏しろ」

「ひどーい、実は嬉しいくせにー」

「……寄るな、触るな、胸を押しつけんな!?」

「良いではないかー、良いではないかー」

 

 時代劇の悪漢のようなことを言ってくれるな。襲われてるのは俺だ。普通は立場、逆だよなぁ!?

 とりあえず店主に中指立てられる前にニコラおすすめのホットワインを購入。店を出る。

 

「ねぇねぇ、久しぶりのニコラちゃんの感想は?」

「眠い」

「私を見てない!?」

 

 こっちは遠泳で疲れるてるんじゃ。

 まぁ、話くらいは聞いてやるけどさ。

 

「金は?」

「ないよー」

「……外は冷えるから、何処かで飯を食べるぞ。幽霊って飯食えるのか?」

「他は知らないけど、私は食べれるよ!」

「そっか、じゃ。いくぞ」

「うん!」

「って、腕組むな!? 歩きにくい!」

 

 昔から押しが強いニコラに俺が勝てるはずもなく。

 観光街でいちゃつくカップルにジョブチェンジしてしまった。

 とりあえず、適当な店に入りジュースと野菜セットを二つずつ頼む。

 

「あ、私はホットワインで」

「ちょっと待て。ニコラは酔いやすいとか無いよな?」

「むしろ強い方だと思うけど? どうして?」

「いいや、それならいいんだ」

 

 思い出されるのはルミアの泥酔状態。

 それにシスティみたいに暴れられたら困る。

 こっちは旅行中なのだ。下手な問題を起こして、帰れとか洒落にならない。

 俺とニコラはワインとジュース---お米のやつじゃない---で乾杯した。

 

「んで、どうして幽霊なんかになっちまったんだ?」

 

 俺は眠気で若干に回らない頭で本題を切り出した。

 

「ん? 未練があるからよ」

「その未練ってのがなんなのかを聞いてる」

「んー、それを聞いたらきっとラクスは私は手伝っちゃうよ。だから、言わない」

「はぁ? なんだ、そりゃ。俺が問答無用で手伝う便利な奴だと思ってんのか?」

「思ってるよ。ラクスは家族のためなら体を張れる……ルミアちゃんもそうやってタラし込んだんでしょ?」

「タラし込んでねぇ!? つか、なんでルミアを知ってんだよ」

 

 なんてことを言うんだ。

 ルミアをタラし込むとかそんな恐れ多羨ましいことできるか。いい加減にしろ。

 

「この前に競技祭を見に行ったからに決まってるじゃない」

「この幽霊、自由すぎない!?」

 

 普通は土地に縛られたりーとか、未練の原因となるものからは離れられないんじゃないだろうか?

 

「少しだけ魔術を勉強したから分かるけど普通は無理なんじゃない? 私は特別よ。特別」

「へぇー、ニコラさんまじすげぇわー」

「棒読みって意外とイラっとするわね」

「どうどう」

「私は馬かー!」

「お客様、店内ではお静かに」

「ラクスが原因でしょうが!」

 

 ふぅ、ようやく化けの皮を剥がせたようでなにより。

 そら、店内でニコラを狙ってる男供よ、こいつはこういう奴だ諦めろって……ドジっ子属性萌えか、こいつら。

 背中を刺す視線が更に刺々しいものになった。

 

「それに……今回は私が来たってよりはあなたが来たんじゃない」

「……そうだったな」

 

 白金魔導研究所。

 今は綺麗な最先端の研究所っぽいところになってパンフに載ってた。

 

「……」

「……ごくごく」

 

 無言の空白に耐えきれなくなって俺はジュースを飲み干した。とりあえず、店員さんにコーヒーを頼んむ。

 

「ねぇ、ラクス。白金魔導研究所に見学に来るんだよね?」

「あぁ、それが今回の目的だからな」

「ダメ。腹痛でも、サボりでも、太陽が落ちたとかでもいいから研究所に来ちゃダメ」

 

 なんだよ急に。

 研究所にはなにか都合の悪いことでもあるのか?

 にしてはニコラの鬼気迫る感じに違和感を感じる。

 

「理由は?」

「……言えない」

 

 だよなぁ。

 つーことはだ。これはニコラの未練と関連があると見ていいだろう。

 さっき、言えないとか言ってたし。

 俺としては知り合いってか……まぁ、それなりに仲が良かった奴が死にきれなくて現世をフヨフヨしてるんなら手を差し伸べてやりたい。

 多少のことは我慢して手伝ってやりたい。

 

「ラクス……研究所に行くならあなたは地獄を聞くことになる」

「おいおい、大袈裟だ……なってことじゃないんだよな?」

「うん」

 

 ニコラはそれきり黙してしまった。

 こいつが言った地獄。それは間違いなく俺を苦しめるだろう。

 大袈裟じゃなく、比喩でもなく、ニコラが見て感じたものが俺にとって地獄と形容できるものであるならば、それは俺に悪夢を、容赦のない現実を叩きつけてくるだろう。

 しかし、それだけのことで俺が退がるとでも思っているのだろうか?

 

「明日は白金魔導研究所に行く。旅のしおりにも書いてあるんだ」

「……そう。それじゃ、私は止められないね」

「おう、学校が決めたことだからな。しょうがない」

 

 俺の言葉にニコラは力なく笑った。

 

「もう、全く。ラクスはそうやっていつも無理をするんだから……私は心配だよ」

「奇遇だな。俺もニコラにはいつもそう思ってたよ」

 

 俺とニコラは顔を見合わせてくすりと笑った。

 そうだ。俺もニコラも芯の部分はよく似ている。

 だから、ニコラが話せないって言ったこともしょうがないと感じているし、聞き出すことは既に諦めている。

 地獄を聞く、ってのは流石に意味深だが聞いてもニコラは教えてくれないだろう。

 それでも知りたいなら自分から首を突っ込むしかない。

 俺もニコラに対してそうしてきたし、逆もまた然りだ。

 

「金は置いて行くから、気をつけて帰れよ」

「えー、女の子を家まで送ってくのが常識でしょ?」

「幽霊が何を言ってんだ……つーか、家はないだろ?」

「そうでした、てへっ」

 

 なにが、てへっだ。こいつ。

 俺はニコラの頭をポンポンと昔みたいに撫でて店を出た。大分、時間を食った。

 グレン先生が部屋に帰って来るまでに帰らないとな。

 俺は旅籠に急いで帰る為に【身体強化】と【磁気操作】を使って屋根の上を走った。

 店の中で熱くなった体を冷やすにはちょうどいい風だ。

 

 ◇

 

 そして次の日。

 俺は珍妙というか、世の中は複雑怪奇だなと思える事態に遭遇していた。

 

 リィエルがルミアとシスティを拒絶した。

 これにはクラス中が何事だと騒いだ。

 そりゃ、学園きっての仲良し三人組だ。手を差し伸べたルミアに触らないでというリィエルとかとうとう毒キノコでも食したのかと疑ったね。

 リィエルに訳を聞こうとしてグイッと引っ張られる襟首。

 顔を向けるとグレン先生がすまなそうに顔を顰めていた。

 

「……なんつーか、今のあいつの近くにお前が居るのはまずいんだよ」

「原因はあんたかよ」

「あぁ、気付かない内に針でパンパンに膨れた風船を突いてたみたいだ」

「それなんてチキンレース?」

 

 こと、リィエルに限っては不発弾に蹴りを入れてるようなものだろう。

 そりゃ、仲良し三人組の間にも亀裂が入る。

 あいつにとっては全てが未経験なのだ。グレン先生がなにを言ったのか、したのかは知らないがその感情をどうしようかと持て余してる。

 その気持ちをどう扱えばいいのか分からないのだ。

 剣のように粗雑に扱えば壊れるが、リィエルは剣の振り方しかしらない。

 迷うことは大事なことだ。結末がどうであれ、悩んだ軌跡が糧になる。

 俺とグレン先生は見守るしかないのだ。

 これはリィエルにとっての初めての試練。ここでつまずいているようでは先に進めない。

 

「ま、暖かく見守っていこうってことで……面倒ごとはごめんだし!」

「先生、言葉の割にはめっちゃリィエルのこと心配してるよね」

「そんなことねーよ……ただ、あいつにはこっちの方が似合ってると思ってってあーーー!」

 

 途端に叫び出す先生。大丈夫、本音はしっかりと伝わったから。

 

「つーわけで先生。なんか声が聞こえないですか? そろそろ目的地ですよね?」

「そうだな。そろそろ着くはずだが……おい、ラクス顔色悪いぞ? 真っ青だ。そんな荷物が多かったのか?」

「いや、なんつーか。こりゃ、体の芯から冷えていく感じで」

 

 背筋というか頭から背中に向けて一本の氷塊を刺されてるみたいだ。

 気持ち悪い。なんだ、これ?

 

『あははははは!!』

『こっちだよ、こっち!』

『おにぃちゃん! 遊ぼ!』

 

『『『さぁ、一緒に来て?』』』

 

「ッ!??」

「おい、ラクス!? どうした!?」

 

 意識が持ってかれそうになる。

 意味不明だ。

 どっからともなく頭に響く声。レーダーで観測を試みるも敵影なし。

 寒い、痛い、辛い、消えそうになる、吸い込まれそうだ。

 訳もなく湧き上がる嫌悪感。俺はとうとう、膝をついた。

 これがニコラが言っていた地獄を聞く(・・)ということか。

 

「お前、もしかして……霊障か!?」

「さ……すが、グレン先生だぜっ……」

「いくら合成獣の研究をしてるからって感受性が強いにも程があるぞ」

「ちがっ……獣じゃなくて、人の……人の声がきこえるッ!」

「なに?」

 

 頭が痛い。

 これは俺が異能者だからだろうか。

 無意識に広げられた無駄に鋭い探知網が何かを拾っているのか?

 意図的に狭めても症状は治らない。

 くそっ、どうする。

 

「ラクス君、とりあえずお水を」

「ルミッ、アか? ありがとっ」

 

 俺はルミアがくれた水筒を溢れることをいとわずにがぶ飲みする。

 ちょっとは楽になった。気がする。

 それでも、まだ。気持ち悪い。

 

「ようこそ、アルザーノ魔術学園の皆さん……おや、急病人かな? 人を手配しましょう」

「あんたがバークスさんか? うちの生徒が強い霊障持ちだったみたいでな。霊草と洗礼詠唱された部屋はあるか?」

「えぇ、職員の中にも時折、体調を崩す者もいますからな。すぐに」

「助かる。生徒達の受け入れといい迷惑をかけるな」

「いやいや、若い生徒さん達はこれからの帝国の未来を担う方々だ。そんな人達の血となり糧となるならば、喜んで引き受けましょう」

「あんたが人格者で助かった」

 

 グレン先生と偉いおじさんっぽい人が話している。

 内容は俺の手当てとか処置のことだろう。

 あ……そうか、思い出したぞ。

 あのおじさんはニコラの葬式の時に居た。

 

「おや、どこかで……あぁ、ニコラの友人の」

 

 そうだ。バークス=ブラウモン。

 あん時のおじさんだ。

 けど、どうして気付かなかったんだよ、俺。

 ニコラのことを口に出した瞬間にわずかに漏れる狂気。

 対面する俺にしかわからないであろう、わずかなものだ。

 俺を心配するフリをしながら傍目でずっとルミアを見ている。

 間違いない、こいつはーーー

 

 敵だ。

 

 ◆

 

 ラクスが気を失うのはバークスとグレンがトントン拍子に話を進めている最中であった。

 ルミアを除いたクラスの皆はラクスを心配しながらも、疲れもあってか研究所のホールで休憩している。

 グレンは失神する前のラクスを思い出して、違和感を拭い去れなかった。

 ラクスはなぜか、地面に向かって倒れるまえにバークスが怯えるくらいの形相で睨みつけたのだ。

 それに人の声が聞こえると言ったラクスの言葉は気になる。が、こんな山中だ。浮遊する霊は多かれ少なかれいるだろう。

 ともかく、ラクスが強い霊障を持つことは間違いない。

 グレンはラクスの体を触って状態を確認する。

 

「随分と深刻だな」

「先生、ラクス君は大丈夫なんでしょうか?」

 

 ルミアがラクスの手を取りながらグレンに問う。

 そこでルミアはラクスの関節が異常に硬いことに気付く。

 

「心配すんな。全身がかなり強く硬直してるが、これなら俺でも処置できる。あとは然るべき場所で休ませとけばケロッと起き上がるさ」

 

 グレンは出力をかなり落とした【ショック・ボルト】でラクスの治療を始めた。

 ビリビリと指先で腕の皮膚を撫でていくグレン。

 時折、過敏に反応するラクスにルミアは顔をしかめるが目をそらすことはしなかった。

 

「はっ、なるほど。反応が少し弱いと思ったら……ラクスは電撃が効かないのか」

「それって……」

「異能者ゆえの祝福だな。時と場合によっちゃ呪いにもなんのかよ。めんどくせぇ」

 

 そうして処置を軽い【身体強化】によるマッサージに切り替えて右腕と左腕を処置し終えた頃だ。

 グレンは思いついたかのようにルミアに告げた。

 

「下肢の筋肉緊張を緩和してみろ。できるな?」

「えぇ!? そんなこと私がしていいんでしょうか?」

「俺はできない奴にやらせねーよ。こういう実際に人体に施術をするときに必要なのは技術よりも思いきりの良さだ。経験を積めばどうとでもなるが、大抵は経験を積む必要がないからな。そこらへんは疎かになる」

 

 そこでルミアという人選なわけだ。

 グレンは白猫でもいいかと考えていたのだが、治療するのがラクスであるならばこちらの方が都合がいい。

 

「万が一に失敗してもご褒美ですとか言いそうだからな、こいつ」

「どういう意味ですか?」

「分からなくていい。頼むからそのままでいてくれ」

 

 きょとんとするルミアだが、すぐに気持ちを切り替えラクスの治療を始めた。

 施術する箇所とコツはその都度にグレンが教え、ルミアは臆することなくグレンの指示を実行する。

 指を筋肉の間に差し込むような、普通の人であれば躊躇する行為もだ。

 

(この度胸、さすがとしか言えないな)

 

 グレンは心の内でルミアを素直に賞賛する。

 心の内で言うことが素直なのかはさておき、ルミアの治療は大きなミスなく終了した。

 あとは背中などの服を脱がさないといけない場所のみだ。

 ルミアはそこも治療する気でいたが、グレンは待ったをかけた。

 

「ほら、ルミア。実習は終了だ。お前は先に行ってクラスのやつらにもう少し待っとけって伝えといてくれ」

「で、でも、まだ治療は」

「いいーんだよ。細かいことは。ラクスならそのうちにケロッと見学に混ざるさ。俺が保証する」

 

 ルミアは中途半端な結末に納得がいかない様子だが、グレンのどうしてもという言葉に渋々、頷いた。

 

「ラクス君のことよろしくお願いします」

「クソ生意気だが言われなくても、こいつは俺の生徒だ。クソ生意気だけどな」

「ふふっ」

「……ほらっ、さっさと行けっての」

 

 グレンはどうもルミアの優しい微笑みが苦手だ。

 それは悪い意味ではなく、単に見透かされてることに対しての気恥ずかしさのようなものであるのだが、認めるグレンではない。

 故にこうして早々に追っ払うのが吉なのだ。

 ルミアが研究所内に入ったのを確認すると同時に洗礼詠唱済みの部屋の手配が完了したようで職員が駆け寄ってきた。

 グレンは案内役の職員に誘導されるままにラクスを背負い着いて行く。

 

「ったく、つい最近までニートだった俺に肉体労働を強いるなよ」

 

 ぐーすか眠りこけるラクスに若干の憤りを感じて落としてやろうかと思うグレンであったが、そこまでは鬼じゃない。

 ただ、部屋に到着するなりベッドにラクスを放り投げるくらいには畜生だった。

 

「ま、お前のメンツは守ってやったんだ。感謝しとけ」

 

 言うまでもなく、先ほどの不自然なまでの拒絶である。

 これには訳あってグレンしか知らないラクスの秘密が関係している。

 大したことはない。男のちっちゃくて譲れない意地だ。

 グレンは面倒くさいと感じながらもラクスの抱いた思いには少なからず共感する部分があったのでこうしてフォローをしている。

 

 グレンはそうやって愚痴りながらも滞りなく全身の治療を終えて、II組の元へと戻った。

 

 ◇

 

 見渡す限りの赤いようで黒い沼のような場所に俺は立っていた。

 常識ではありえない事態に俺は夢だと悟った。

 しかし、どうやって目を覚ませばいいのだろうか。検討もつかないので、とりあえずはこの気味の悪い沼を歩いてみることにした。

 ぴちゃ、ぴちゃ。

 自分以外の音のない世界はこれほどまでに不気味に感じるのか。

 

『ねぇ、お兄ちゃん。遊ぼ』

「うるさい……」

 

 不意に頭に響く声に心をかき乱される。

 あぁ、確かにコレは現実の続きで地獄だ。

 

「……あ?」

 

 現実ってなんだ?

 というかなんで俺はこんな場所にいる?

 どうして、どうやって、なぜ?

 そしてなによりもーーー

 

「そういえば俺は……誰だ?」

 

 わからない。ワカrなあい。

 どうしている。んアイが? あ。!?

 んnー、sりーnが大りない……。

 

「うあぁぁぁぁっっぁあああああ!!!」

 

 頭を掻き毟る俺の頬を誰かが勢いよく叩いた感覚と共に視界は反転した。

 

「……手荒い目覚ましだな」

「おかげで気持ちよく目覚めたでしょ?」

 

 なぜ、ここにニコラがなんて聞く必要はない。

 ただ、あれで気持ちよく目覚めたというなら常識の欠如は疑いようがないだろう。

 確認しよう。

 俺は……俺はラクス・フォーミュラだ。

 アルザーノ魔術学園に通う二年生。

 電撃の異能を使うことができる。

 理由はおそらく神様転生ってやつをしたから。

 それは俺がラクス・フォーミュラではなく、『●●●●●』であった時の記憶。

 

「ちゃんと自我はある? なにも置いてきてないわよね?」

「……あぁ、しっかりと持ってる。お仲間にはちゃんと教育をしておけよ」

「本当にごめんなさい……彼らは無邪気だからようやく声が届いた人が来て、舞い上がっちゃったのよ」

 

 無邪気だからこそ感じる恐怖だったのか、アレは?

 にしては、言葉の節々に込められた嫌な感じは説明がつかないと思うんだが……?

 

「来るなって言った意味は分かったわね?」

「来たら最後だからだな」

「そう。ここ、白金魔導研究所には私を含めた異能者達……計128人の魂が未だに成仏できずに留まっているわ」

「128!?」

 

 そりゃ、ちょっとしたパワースポットとか幽霊スポットになる数だろう。そりゃ、俺のレーダーも過敏に反応する。

 霊的な力が強すぎるんだ。けど、そんな状態が放置されてるとはとても思えない。

 

「言っておくけど、この惨状を感知できるのはラクスみたいな感知系だけよ。普段はちゃんと私が手綱を握ってるんだから」

 

 プンスカと怒るニコラ。

 なるほど、犬の散歩中に急に暴れだして制御が効かない状況だったのか……って、おーい。

 巻き込まれた方は堪ったもんじゃないぞ。

 

「……んっ!?」

 

 俺が考えているとニコラが急に顔を抑えて苦悶の声をあげた。

 

「おい、どうした?」

「な……なんでもないわ。とにかく、また後で来るから。ルミアちゃんと一緒に表向きの研究を楽しみなさいな」

「ちょっと、どうしたいきなり!?」

 

 ニコラは俺の話を聞かずに体の中心から消えるように去ってしまった。

 体調が悪そうだったが、本当にどうしたのだろうか。

 しかし、あいつは答えずに行ってしまったのでモヤモヤしている感覚だけが残る。

 ふーん。

 

「戻るか……」

 

 迷惑をかけてしまった。

 グレン先生とかはこれみよがしに煽ってくるに違いない。

 研究所内を散策しながら展示されている様々な作品を見ていく。確かに表向きは真っ当な魔導研究所だ。

 かくいう俺もその完成度に心を惹かれ、躍っている。

 俺が評するのも失礼だが、ブラウモンの才能は間違いなく一級品だろう。

 

「ーーー犠牲者の問題は解決したとして」

「ほう、あの絶対不可能の烙印を押された計画に挑みますか?」

「あ、いや、そうではなくただの興味本位で」

 

 魔術学園御一行を見つけたらシスティとブラウモンがなにやら話あっていた。

 近くにはルミアとグレン先生がいる。リィエルは……うん、端っこでボーッとしてるね。

 まだ、先生が助言してないことを見るに解決には至ってないみたいだ。これはシスティとグレン先生の時のように荒療治が必要かもしれないな。

 システィとブラウモンは『Project:Revive Life』について意見を交わしてるようだった。

 ひと昔前に流行った埃がついた計画だが、俺は鮮明に覚えている。なにせ、死者蘇生の法だからな。

 俺の出自に関しては興味はないが、研究に関してなにかプラスがあればと思って個人的に調べていた時がある。

 結局はどれもこれも実現不可だと諦めた文献しかなかったし、俺もそこで熱意が薄れた。

 死者蘇生の法なんてポピュラーな話題は別にそれじゃなくても多くあるものだ。要は神様の御業の再現。

 意識の海に手を突っ込んで、第8世界とやらに干渉して、自然を操れるなら死者蘇生の法はなる。

 まぁ、無理なんですけね!

 それはやっぱりモノホンの神様しかできない。

 そうだなぁ……噛み砕いて言うなら手の数が足りないってところかな。

 複雑な術式を同時に100個展開して調整するようなものだ。物理的に不可能なのは明白だろう。

 東洋には儀式的に転生を行なった化け物もいるそうだが、次元が違うのでNG。たいざんふくんさいって美味しいらしいね。

 

 システィ達の話題は結局、固有魔術かルーン語以外の言語を使用することで解決したみたいだ。

 固有魔術って便利な言葉だよねぇ。

 

 それにしても側から見てるとブラウモンのルミアを見る冷たい目線ってやつが気にくわないな。

 ルミア自身もそれは薄々に気づいているだろう。

 俺はブラウモンのやつが急に色目を使いだしそうだったので庇うようにルミアの前に出る。

 

「ら、ラクス君!」

「よっす。心配かけたな」

「あっれー、義理堅いで有名なラクスは先生にお礼の一つっていうか具体的には感謝の金一封とかは用意してないのかなぁ?」

「生徒に金銭要求するなよロクでなしで有名なグレン先生」

「あ?」

「お?」

 

 額をぶつけ啖呵をきる俺と先生。

 そしてシスティが振り下ろす弱めのゲルブロ。

 

「「いでっ!?」」

 

 ここまでがテンプレってやつだ。

 

「二人とも、所長さんの前なんだから! 栄えある魔術学園の生徒としてこれ以上の失態は許容できかねるわ」

「うわ、出た白猫のリーダー気質」

「システィ先輩、こんちゃす!」

「二人して喧嘩売ってるの!? 相変わらず仲がよろしいことで!」

 

 やめろ、グレンルートに突入したとか言うな気色悪い。

 

「すいませんねぇ、到着早々迷惑をおかけしました」

「いえいえ……それにしても、大きくなられた」

「……ん? なんだラクスは所長さんと知り合いだったのか」

「はい、昔に少しだけ」

 

 きっとブラウモンは既に俺の素性を理解しただろう。

 目つきが他の人に向けるものとは一線を画している。

 俺とブラウモンは旧知の親友のように握手して抱き合う。

 

「ルミアに手ぇ、出してみろ……殺すぞ」

「ならばその矮小な身で精々守ってみろ、ガキが」

 

 互いに耳元で呪い殺すように囁く。

 それがあんたの本性ってわけか……なら、遠慮は要らないな。

 それに俺の覚悟も今、決まったところだ。

 大切な選択だと思う。

 リィエルが不安定なこの時期にこの選択をすること。

 ゲームでいうならルート分岐の選択肢だろう。

 ここで残留すればリィエルルートに、離れればまたどこかのルートに。

 そんな感じがする。なんとなくだが。

 もしかしたら弱い未来予知でも働いてるのかもしれない。

 

 ……ゲーム感覚はここまでだ。

 俺が観測してる世界は原子の羅列だ。電子じゃない。

 意識を切り替えろ。

 万人に都合のいい夢物語などない。

 後悔はするだろう。

 ならばせめて、己の後悔が少しでも軽い方を選ぼう。

 大切なものは最後まで抱えていよう。

 取りこぼすなんて死にきれない。

 

 俺は今だにルミアをチラチラと見ているブラウモンを時折睨みつけながら施設見学をしていった。

 

「あの、ラクス君?」

「ん? どうした?」

 

 施設見学を終えて、ホールで休憩しているときにルミアが話しかけてきた。

 過酷な道を来たということは戻らないといけないのだ。

 だから、みんな休んでるというのに……ったく、底なしの優しさだ。

 

「バークスさんとなにかあったの?」

「……いや、あいつと直接的にはなにも」

「間接的にはあったんだね。聞いてもいい?」

 

 返答の仕方をまずったな。

 ルミアのことだ。こうなることは予測できただろうに。

 こんな私用にルミアを巻き込むわけにはいかないからな……はぐらかすか。

 

「その前にルミアはどう感じた? バークス=ブラウモンという人物を」

「……ちょっと、怖いかな。目がね? 私を見る目がちょっとだけ冷たく感じるの」

 

 全くもってその通りだろう。

 しかしなぁ、自分をそういう風に見る相手に対しても優しいとかただの天使やんけ。

 

「それにね。今のラクス君もそんな目をしてる。バークスさんみたいに特定の誰かじゃなくて、もっと大きな相手に対してかな? だから、心配になって声をかけたの」

「……ははっ」

 

 俺は思わず顔を覆った。

 そうか。目先のことを追い求めるあまりに手元が見えていなかったのか。しかも、指摘が的確。

 本当っ、ルミアには頭が上がらないなぁ。

 きっとここでルミアが声をかけてくれなかったら、闇落ちでもしてたんじゃないだろうか?

 だから、こそ。

 こんな優しい子を巻き込むわけにはいかないだろうが、ラクス・フォーミュラ?

 

 俺はぐっと握りこぶしを作って、自分に気合を入れ直す。

 大丈夫だ。ルミアが教えてくれたことを忘れない限り、俺は帰ってこれる。

 

「ありがとうな。どう? 少しはマシになった?」

 

 できるだけのイケメンスマイルを浮かべてみる。

 するとルミアは俺の顔をグニグニと弄り始めた。

 

「うん、顔色は悪いけど……いつもの優しいラクス君だね」

「おっと、カッコ良すぎて惚れちゃいけないぜ?」

「そんな今更だよ」

 

 ……え?

 

「……あっ」

 

 どうやらルミアも言葉の意味に気付いたみたいだ。

 やめてくれよなぁ、ちょっと脈ありみたいに見せるの。

 

「そ、そのっ、今のは言葉のあやで! でもっ、すごくカッコ良いのは本当だよっ!?」

「おう、分かったから落ち着いてくれ」

「あ……あぅ」

 

 男ってのは勘違いしやすいの!

 ルミアみたいに絶世の美少女だったら気分の高揚も普通じゃない。

 

「……ルミア、これを先生に後で渡してくれないか?」

「手紙? ちょっと待って。どこに行く気なの?」

 

 そうだよなぁ、明らかに俺は失踪しますって言ってるようなモンだもんなぁ。

 ルミアに掴まれた右手首が結構、痛い。

 引き止めようとしてくれてんだ。こんな俺を。

 

「私も行く」

「ダメだ。認められない」

 

 予想より斜め上の回答だったが、即答できた。

 

「あなたの隣で一緒に闘いたいって思ったの」

「まだ、その時じゃない」

「それじゃ、いつラクス君の言う時は訪れるの?」

「それは……」

「いつも私を見ててくれて、守ってくれる。嬉しいよ、本当に。でも、待ってるだけじゃ苦しいよ」

 

 分かるよ、俺も。

 ずっと昔の俺はそうだった。

 周りがどれだけ恵まれるかも気付かずに与えられてるだけの豚だった。

 愚かな俺は失って初めて気付いたんだ。

 家族を失う喪失感の辛さに。

 きっとルミアも同じだ。

 周りの誰かが知らない内に消えて行くことが怖いんだ。

 

「なら約束をしよう」

「約束?」

「あぁ、俺が絶対に帰ってくるようにする約束だ。そうだなぁ……流星は好きか? 流星を見せるよ、約束する」

「そんなの……」

「東方じゃ流れる流星に願いを伝えると叶うっていうジンクスがあってな。願わくはどうかってやつだな」

「違う、そうじゃないの。私は、ラクス君にどこにも行って欲しくないの……傷ついて……欲しくないの」

「じゃあ、それを流星に願ってくれないか? 俺はルミアが知ってる通り、わがままで勝手にどっか行っちまうような不幸者だ」

 

 身勝手だ。言ってる自分が一番のクズだとはっきり分かってる。

 ルミアの優しさに甘えて、つけあがって、利用してる。

 

「そんな俺がこうして旅行できてるのは、ルミア=ティンジェルさん、あなたのおかげです。あなたが居たから、俺は地に足をつけていられる」

「ラクス君……それは私もだよ。あなたが、ラクス・フォーミュラが居たから私はこうしてお喋りできてるの……気持ちを改める気は無いんだね?」

「あぁ」

 

 よかった。どうやらルミアは無理やりに納得してくれたみたいだ。

 ごめんな。それでも、やらないといけないことが俺にはあるんだ。

 

「うん、じゃあ約束をしよう。きっと綺麗な流星を見せてくれるんだよね?」

「約束する。流星も見せるし、絶対に帰ってくる」

「絶対に……帰ってきてね?」

 

 俺は短く『おう』と答えてルミアに手紙を渡した。

 

「確かに受け取りました……帰ってきたら、お説教だからね?」

「帰りに湿布を買って帰ってくる」

「うん、それだけ余裕があれば安心かな」

 

 あぁ、任せてくれ。全てをどうにかして丸く収める。

 この笑顔を守りたいってのはカッコつけ過ぎだけどさ。

 不思議と力が湧いてくるんだよな。

 絶対に帰ってこなきゃな。どこかで野垂れ死ぬなんて俺の末路として相応しくねぇ。

 死ぬ時はベッドの上で綺麗な奥さんと子供に囲まれて笑って死ぬって決めてんだ。

 そんな壮絶な死に方は御断りだ。

 

 俺は先生に気付かれないように研究所を後にした。

 

 ◆

 

 グレン=レーダスは憤慨していた。

 

「ラクスのやろう……絶対にぶっ飛ばしてやる」

 

 旅籠の部屋。ラクスが消えた部屋でグレンは手紙を握りしめていた。

 内容を要約すると失踪します、心配しないでください、バークスには気をつけてください。

 以上の3点だ。

 だが、内容はどうでもいい。昼間のラクスの様子からなにかしらのアクションを起こすことぐらいはグレンはお見通しだった。

 許せないのはただ一つ。

 

『私、ラクス君を止められませんでした……なんだか、自信、無くしちゃうなぁ』

 

 手紙を渡してきたルミアは笑いながら泣いていた。

 

「違うだろうがよ。えぇ、ラクス? お前はルミアの笑顔が好きで体を張ったんじゃねぇのか。本末転倒だろうが、それじゃ」

 

 グレンは手紙を丸めてゴミ箱に投げ入れた。

 試しに【アキュレイト・スコープ】で旅籠の周囲を見回すもラクスの姿はなし。

 完全に手詰まりだ。

 グレンはベッドに倒れこみ一息つく。

 仕方がないので今はラクスの問題は後回しだ。良くないことはよく続けて起きるもの。

 グレンは次なる問題に頭を抱えた。

 

「リィエルだな……」

 

 グレンは盛大にため息をついて、ベッドから起き上がった。

 この高級ベッドもあまり使うことなく、旅行が終わりそうである。

 仕方がないか、そう諦めてグレンは部屋を出た。

 

 ーーーこれは、リィエルがグレンを刺し貫く、ほんの一時間前の話である。




【IF】リィエルルート条件
 ◇グレンとの口論のあとに接触、もしくは研究所内で行動を共にする。

 ◇バークスに対して二重スパイとして協力を行う。

 ◇リィエルに真正面から挑み、敗北する。

 一番最後が難易度極高。
 敗北することでリィエルの罪悪感を利用し、話を聞かせて諭します。
 名誉も矜持も捨てた上で試合に負けて勝負に勝つことがリィエルルートの条件です。

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