プロサバイバーぐだ子の人理修復(仮)   作:くりむぞー

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所長はこの先生き残れるのか。


ノータイムノーシューティング

「さて、どうしたもんかな……」

 

 殺気と噎せ返るほどの魔力に満ちた大空洞にて最終になりそうでならない決戦が開始され、マシュとエミヤ、クー・フーリンがこれまでの道程で短い間だが磨いた連携を、何やら思惑を抱えている漆黒に染まりしアーサー王相手に見せる。

 ……そんな中で私は、非戦闘員たる所長とシルバを安全な位置へと退避させつつ、この戦いの先にある展開に関してこの場にいる誰よりも思考を加速させていた。

 

 先の発言により、セイバーもまた事件の被害者であることが判明したわけであるが、一番気になるのは彼女が述べていた監視の存在である。

 彼女の態度からして、直接黒幕と対面し結託して騒動を起こすに至ったわけではないとの評価を一時的に下せるものの、逆に考えれば相手は間接的にでもサーヴァントにある程度干渉可能であると言えてしまう。

 であれば、把握して置かなければならないのがその度合いだ。完全な支配下に置くのだとしたら、今頃は出会って即座に宝具解放ということもあり得たかもしれない。……が、それがなかったということは、セイバー自体にそれを防ぐだけの力があったか、あるいは元々干渉のレベルは低いのか、もしくは黒幕自体が手を抜いていることになるが。

 また、恐れているのは自陣営のサーヴァントに対してその力が有効であるかということだ。影響があるのだとしたら、迂闊に戦力を増やすことも出来なければ攻撃することも叶わなくなってしまうだろう。現実になってしまえば、ここに来て最大のピンチだと言える。

 ……流石に無効だと藁にも縋るように考えたいが、どちらとも判断できる材料がなければ試す余裕さえもない。実行に移される前に阻止する、この方法しかどう頭を回転させても思い付きようがなかった。

 

「――そらどうした、その盾は飾りではないだろうに」

 

「くっ……!!」

 

 現在のところ戦闘は、アーサー王がマシュを初対面にも関わらず、長年の宿敵を相手するが如く重点的に狙っている様子だ。盾を物ともしない圧倒的な力は、王として民を屈服させようとしている表れのようにも思える。

 ……そこに、エミヤが弓兵らしかぬ動作で割って入り、磨かれた剣技にて見事かつ器用に受け流しながら押し返そうとする。投影によって作られた陰陽的な印を持つ双剣は打ち合いを繰り広げては砕け散るが、手品のようにして再度彼の手に出現し暴力的な聖剣を逃がさんと頑なな意地を見せる。

 

「相変わらず手強いな、貴様は……」

 

「それはお互い様だろうにッ!!」

 

 因縁が深く尚且つ太刀筋を勝手知ったる故なのか、あの伝説的なエクスカリバーによくもまあ対抗出来ているのものだと素直に感心をする。

 普通なら剣の名を聞いただけでも畏れ多いのであるが、彼には一切それがなくむしろ愛着を抱いているようにも思えた。もしや、劣化品になろうともエクスカリバーを投影した経験があるとでも言うのだろうか。カルデアに無事帰還出来たら、戦略的な観点より投影の限度についてもっと詳しく把握せねばなるまい。

 

 ……まあ、今はそれとして目先のことを考えるのに私は集中しなければ。

 問題は増える一方で危機感だけが募っていくが、一つ一つの問題を解決していくほか遣り様がないのはもう十分にわかっている。

 とりあえず、確証のない不安要素はこの際考えないようにして、セイバー戦をどのように乗り切るのが正解なのかだけに知恵を絞る。

 長期戦も耐久戦もしている余裕はない……よって、短期決戦に持ち込む以外に道はない。鍵になるのは果たして何であるというのか。

 

 ――答えを知る方法はただ一つのみ。このような袋小路的状況を何度も打ち破ってきた行為である……そう、心理学だ。

 

(操られているわけでもない状況でアーサー王はこちらを、正確にはマシュを試そうとしている……あと、一瞥しただけで『面白い』と述べたのは何故なのか?)

 

 深く考える必要はない、答えは既に出ているようなものだ。

 恐らく奴は理論とか仮説を全部抜きにして、独特な感性……強いて言うのであれば直感的に物事を理解していると思われる。超理解とも言うやつだ。

 きっと、私がアーチャーを経由し所長にわざわざ裏付けを取った事実も、経験から何となくで察した事も全てひっくるめて把握しているのだろう。ましてや、マシュが宝具をまだ使えない状態にあるのも筒抜けに違いない。

 それらを含めた上で攻撃を仕掛けてくる思惑……冷酷な表情に隠れた少しの良心。――そうか、セイバーもまた速やかな決着がお望みということか。受けて立とう。

 

「埒が明かんな、どれ……試してやろう」

 

「!? ――来るぞマスター、指示を頼むっ!」

 

 ……と、ここでタイミング良く、アーチャーと膠着状態に陥ったことを良しとしなかったセイバーが痺れを切らし、反転した極光を聖剣へと集中させる。魔力のみならず刀身の長さをこちらの予想を超える勢いで増大させ、風は逆巻いて一つの暴風域が目の前で形成されようとしていた。

 

「……なら、アーチャーは後退、マシュは宝具発動の用意を」

 

「でも、私――」

 

 宝具を発動したことがないという枷が未だにマシュを縛りつける。

 ならば、憂いを力尽くで払拭させるのみだ。そうしなければ待ち受けているの確定的な死だけであり、誰も守れなければ救われることもないのである。

 

「……マシュ・キリエライト!」

 

 喝を入れるべく大声を上げると、彼女の肩がびくりと震えこちらを向く。だが、前を向けと睨み私は言葉を続ける。荒療治となるが形振り構っている余裕はない。

 

「その盾は何の為にあるッ! 己を守るためだけか、己を犠牲にしてでも背後に立つ者を守るためかッ!!」

 

「……ッ」

 

「――どちらでもないだろうがッ! 自分も周りも守ってこその盾……絶対的な守護、あらゆる災厄をその盾で跳ね除けるイメージを強く持てッ!!」

 

「イメージ……」

 

 最終的にすべてを解決するのは心の強さだ。折れない精神を持っていた方が何時の時も戦いの最後には立っているものである。

 ――さあ、付け焼き刃でもいい……覚悟を形にして迫る脅威を防ぎ切ってみせるんだ。君なら出来るはずだ。

 

「はい、やってみますっ!!」

 

 期待に答えてみせると言わんばかりのガッツが返され、彼女の顔に気合が入り強気な表情となった。

 ……それを待ち望んでいたのかアーサー王の顔にも邪悪だが笑みが生まれ、収束された闇が渦を巻いて放たれる。

 

「受けるがいい……約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)――!!」

 

「あああああああああああああああああっ!!」

 

 光を全て飲み込まんとする一撃が、私達を殺しにかかる。

 しかし、マシュは絶対に直撃させてなるものかと己を叫びとともに奮い立たせ、盾を握る手に全身全霊の祈りを込めた。

 ――刹那、その祈りに呼応してか盾が輝き、紋様が大きく浮き出て何処までも暗き闇と衝突する。垣間見えるは至ったこともない遥かなる城壁で、暖かな光彩にて大空洞内を一瞬照らしてみせた。……チャンスとしては今がベストタイミングか。

 

「――キャスター!」

 

「おうよッ!」

 

 宝具を放った反動が残っているセイバーを対象に、後方支援とバーサーカーへの警戒に当たってもらっていたクー・フーリンが詠唱を行う。

 発動するのは彼のキャスター……導き手であるドルイドとしての宝具であり、バーサーカー相手にその片鱗を示した炎を纏いし木々の巨人の檻。

 その全貌がセイバーの足元より現れ、バランスを崩しながらも逃げ惑う彼女を巨体に似合わぬ速さで掴むと、胴体部分へと容赦なく放り込んで収監してしまった。囚われたセイバーは全く身動きが出来ぬまま、為す術もなく倒壊と灼熱の儀式による拷問に巻き込まれ、その際の衝撃による風圧が私達の髪を引っ張るように大きく揺らした。

 

 ……視界を遮っていた煙が晴れ、鎧による防御が綻んでいるセイバーの姿が現れるが、剣を支えにしている辺り満身創痍であるようだった。

 

「守る力の勝利、か……成程、穢れなきあの者が託すだけのことはある」

 

 そして彼女は王ではなく少女らしい朗らかな笑みを僅かに浮かべた後、自虐にも思える言葉をつらつらと語って運命は一人だけでは変えられないという言葉を残した。

 ランサーの時と同様に、消滅を示す金色の粒子が彼女より発生し始める。

 

「どういう意味だ、てめえ……何を知っている」

 

「いずれ、貴方も知ることだ。アイルランドの光の御子よ。……聖杯を巡る戦いの物語(グランドオーダー)は、まだ始まったばかりなのだからな」

 

「――!?」

 

 特異点Fの異常を解決したところで世界の終わりはやはり止められないというわけか。

 それに聖杯を巡るときた……つまり、私はこれから赴く先々の特異点で聖杯を確保するために奔走しなければならないようだ。しかも、今回以上に英霊が敵味方入り交じる感じになると思われ、戦争ではなく大戦と認識したほうが良さそうである。

 

「奇妙なものだな――よもや、この聖剣が討ち滅ぼすべき存在の……いや、だからこそなのか」

 

 視線が私の左腕に注がれているのがわかるが、あんまりジロジロと見られるのはいい心地がしない。

 というか、私を討伐対象として認識するのは悪いが勘弁していただけませんかね。生まれてこの方、この腕の元の持ち主も私も人類の害敵になった覚えはないんだから。

 

「……フン、本当にそうであるかどうか見極めてやりたいところだが、どうやら時間のようだな」

 

「ん……? げぇっ、オレも消えかかってるじゃねえか!? ……くそっ、アーチャー!! オレが嬢ちゃんにそっちで呼ばれるまで絶対死なせるんじゃねえぞ!!」

 

「ああ、言われなくともそうするさ」

 

 無傷だったキャスターが消えるということは、この分だとバーサーカーも消滅したと見ていいかもしれない。……となると、残る敵である黒幕の存在だけを考えればよいわけだが、嫌な予感がさっきから頭を刺激して興奮が冷めないでいる。

 ここからが本当に本当の本番で、私の出番か。

 

「――冠位指定(グランドオーダー)、何故あのサーヴァントがその呼称を……?」

 

「今はそんな事どうだっていい。一先ず、セイバーが所持していた聖杯の回収が先決だ」

 

 実際は、想像していたような聖杯の形などしていない水晶体のようなものなのだが、桁違いの魔力を有していることは触れなくとも見ただけで理解できた。こんな物がゴロゴロとまだ転がっているのだとしたら、そりゃ騒動や異変は当然起きるだろうな。

 ……しかし、セイバーが持っててあんな闇堕ち騎士になっていたのなら、普通に手で掴んで回収とかしないほうがいいのではないだろうか。

 こう、マジックアーム的なものがあれば大丈夫そうなのだが持ってないし、エミヤに頼んで投影でもしてもらおうか。おーい、アーチャーこっちに―――

 

 

 彼を手招きして呼ぼうと声を上げかけた時……パチ、パチ、パチと勿体ぶった耳障りな拍手の音が空間に響いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 音のする方向はセイバーが初めて視認された時に居た段差の上であり、そこには誰もいなかったはずが気付けば何者かが姿を現していた。

 

「……いやいや、まさか君達がここまでやるとはね」

 

「お前は――」

 

 再び顔を上げた先にいたのは、完全に思い描いていた通りの顔であった。

 緑のスーツに、緑の帽子、かの猛獣のように髪を長く伸ばしていて、特徴的な低い声色。

 もし黒幕でないとしたのならば、全身はボロボロで疲れたような声を出していてもいいはずなのに、そいつは一切の深手を負っておらず、不気味なほどに落ち着き払った声を発していた。

 

 

 ――アレ(・・)()だ。

 

 

 そうだと認識した瞬間には、私は撃つと決めていた拳銃をホルスターより取り出して全弾目標に向けて発砲していた。ただの鉛弾ではない、当たれば通常の何倍もの痛みが襲う加工が施しているシロモノだ。本来は常人に対して使用するものではないのは、使う私が一番に理解している。

 何発かは距離の問題で外れてしまったが、それでも当たった幾つかは急所を捉えた。心臓、腹部、そして予想外だが股間。

 ……卒倒は免れないはずだろうが、相手は血も噴き出してなお立っていた。痩せ我慢をしている可能性もあるので、弾丸を高速で再装填して同じ動きで同じように狙撃する。

 今度は脳天を見事に直撃したので倒れたようだが、絶対起き上がってくるでしょうね。私にはわかる。

 

『……な、何の音だいッ!? 銃声、銃声だよね今の!?』

 

「そうだよ、レフ教授がこちらが予想していた通りに出てきて、『私が黒幕です』ってオーラをバリバリに出してたから、ついカッとなってやっちゃった」

 

『うん、ダイジェストでわかる状況解説ありがとう』

 

 いやー、学園で予想立てて黒幕候補に上げておいて正解でしたわ。

 所長には最初そんな馬鹿なことあり得るはずないって全否定されかかったけどさ、やっぱり被害者なら真っ先に合流なり何なりアクションを起こすはずなのよね。……仮にレイシフトに巻き込まれてないのだとしたら、管制室で今頃倒れてるところ発見されているはず。でも遺体すら発見されなかったということはそういうことなんだよね。

 ――まったく、不意打ちを狙いに来るぐらいの名演技をしようとは思わなかったんでしょうか。私なら大空洞の入口から如何にも苦労して探しましたと登場するけど、いやはや前から堂々とか草生えますよ本当に。

 

 疑惑の目を向けさせなければ、無防備にレフ教授の近くまで駆け寄っていたであろう所長も冷ややかな目を向ける始末だ。

 おい、そろそろ起きあがってこいやレフ教授よ。でないと次から君のことを屑野郎とか大根役者って呼ぶぞ皆で。

 

「――クズは貴様だろうがッ!! 一般人のマスター候補だからと善意で見逃してやったというのにッ!!」

 

 出会った時の優しそうな紳士の面影は何処へ消えたのやら、レフ・ライノールの顔は必死の形相となってこちらを睨んできていた。

 ……うっわ、血はダラダラ垂れていたようなのに風穴開けた場所がもう綺麗に塞がってやがる。魔術師であってもあんな治りが早いとかはないでしょ。

 

「何が善意だ大根役者。そうやって人を見下してるからしっぺ返しを喰らったんだろうが」

 

「言わせておけば貴様ァ……一体何時から、私の事を疑っていたァ!!」

 

 はっ、割と最初からに決まってんだろう。

 貴様がカルデア内にも特異点Fにも見当たらない事実が上がれば、容疑者リスト上位にはランクインしていた。だが、状況証拠だけで判断するのはオツムが悪いことなので、可能性の一つとして考慮していたわけだが……三文芝居もなしでご登場とは自白以外の何物でもない。

 

「……それだけで犯人とは、些か憶測が過ぎるのではないかねェ?」

 

「ああ、そうだな。一番に引っかかったのは、マスター候補とカルデアのスタッフ全員を狙った残忍性と、アンタに抱いていた第一印象が全く一致しなかったことだからな。そのせいで犯人ではないという思いは私も捨て切れずにいた」

 

「だけど、それすらも貴方が自分で捨て去ってしまった……」

 

 現した本性に加えて、化け物じみた回復力。ロマニから前もって伝えられたパーソナルデータの異常のなさと現在との不一致。自らが創造したものの破壊。

 それらを判断材料に含めれば、ある一つの答えが出てきてしまうのである。

 

「レフ・ライノール……お前は『レフ教授』という人間の皮を被った別人。いや、言い方を変えよう」

 

「………」

 

 全くの別人が成り代わるにしてはスパンが短すぎる。模倣が得意な存在だとしても誰にも感知されずにいられる確率は低いだろう。神話生物なら尚更だ。ということは―――

 

「――さてはオメー、『多重人格(・・・・)』だな?」

 

 レフ教授が元より破壊衝動にも似た爆弾を内に秘めていたということだ。きっかけはよくわからないが、カルデアにおける何らかの研究が原因……というところかな?

 ……どうやら図星だったようで、レフ教授ではない『何か』は高笑いにて今の答えを肯定し、不穏なキーワードをつらつらと私達に聞かせてみせた。

 

「そこまで把握されているとは笑うしかないなァ……ならば、特別に名乗ってやろう。私の名は……『レフ・ライノール・フラウロス』。貴様たち人類を処理するために遣わされ、貴様達の知るレフ・ライノールを乗っ取った、2015年担当者だ。――聞こえているんだろう、Dr.ロマニ。カルデアは既に用済みになった。お前達人類は未来ではなく、この時点でとうに滅んでいる」

 

『どういうことだレフ!?』

 

「未来は既にないということだ。全ては焼却され人類は絶滅した……カルデアは守られているだろうが、外界と同じくこの冬木のような末路を迎えるのも時間の問題だ」

 

 カルデアは今まさに、クローズドサークルと化している訳か。

 さらりと冬木の異常を引き起こした張本人だということも暴露したようだが、2015年担当ということは別の時代にも担当者はいるということか。お前みたいのがまだウヨウヨいるのかよ。えーっと、西暦だけで約2000人以上とか? 紀元前も含めたらストレスマッハ確定じゃん。

 つまり、レフもどきを倒したところで元通りとはそうは問屋が卸さないってわけで、事態の解決は気が遠くなるほど先になることがわかる。

 

「もはや、誰もこの偉業を止めることはできない。何故ならば――これは『人類史による、人類の否定』だからだ。自らの無能さに、自らの無価値ゆえに――『我が王の寵愛』を失ったが故に、貴様達は跡形もなく惨めに終わるのだァ!!」

 

 そう言ってレフ・ライノール・フラウロスは、こちらが回収し損ねていた水晶体の聖杯を手を突き伸ばしただけで手繰り寄せてみせると、その魔力を使って実現したのか背後に楕円形にも見える空間の裂け目を作り出した。

 

「逃げるつもりかてめぇ!」

 

「――いいや、違うな人狼の娘よ。これは、見せしめというものだ」

 

「見せしめ……?」

 

 空間が完全に開いたところには爆破の被害が未だに残る管制室が見え、赤く染まりきったカルデアスが無機質に設置されている。それも間近で、まるで目と鼻の先にあるようにも思える距離だった。

 やろうとしていることは見せしめという名の処刑であることは明白だったが、カルデアスがそれと何の関係があるというのか。

 

「その分だと既に自分が死んでいることを自覚しているようだな、オルガマリー・アニムスフィア」

 

「だったら何よっ!!」

 

 とても長年のパートナーだったとは思えない関係の拗れように止めを刺すように、彼は慈悲だと言って聖杯を天に向かってかざした。

 

「――なに、今の君はカルデアに戻れない身体だからな。この私が特別に戻してあげよう(・・・・・・・)と言っているんだ」

 

「えっ?」

 

「……ッ、不味い!」

 

 アーチャーの解析結果より、カルデアスは高密度の情報体であり人間が触れれば分子レベルまで分解されてしまうらしいことがわかった時にはもう遅かった。

 所長の身体は勝手に宙に浮き、見えない糸か縄で無理矢理引っ張られるようにしてカルデアスへ一直線のコースを辿っていた。

 このまま放置すれば、彼の言うようにカルデアに帰れたとしても彼女は無限の地獄を味わう羽目になり、私達はレイシフトをする度にその光景を目に焼き付けることになる。

 ……どうする、跳躍してしがみついてでも阻止するか? 逆にこちらから縄を彼女に括り付けるのはどうだ?――駄目だ、縄を切断すればいいとか繋げばいいとか単純な話ではないだろうし、どのぐらいの力で引き寄せられてるのかが一切わからない。

 

「いや――そんな、嫌よ、助けて……誰か助けて!」

 

「所長っ!」

 

 死してなお生きていたいという悲痛な叫びが届く。

 されど、やれることなど殆ど無く、黙って虚空に手を伸ばすぐらいの慰めしか出来ることはないと言えた。

 

「……くそっ!」

 

 今すぐにでも駆け出して助けてやりたいというのに、どうしてこうも無力なのかを思い知らされる。

 こんな事になるなら、もっと前から死を阻止出来ていればよかったのかもしれない。……が、嘆いたところで後の祭りであり、彼女がカルデアスに接触するまで猶予はもう残されてはいなかった。

 ――いっその事、この手で楽にしてあげた方がまだ彼女の死を尊重することに繋がるだろう。勿論、その咎は私が引き受けたっていい。

 時代を敵に回すというのなら、そのぐらい背負うぐらいが丁度良いだろう。

 

「さあ、しかと目に焼き付けろッ! いずれ貴様等が辿る末路の果てを!!」

 

「……る」

 

「ああァ? 何か言ったか貴様、聞こえんなぁ?」

 

 ……聞こえなかったのか、私は断ると言ったんだ。

 レフを撃ってお役御免となった日本警察が採用している拳銃――ではなく、腰の後ろに装備しておいた銃身の先がマニピュレーターのように枝分かれした銃を構え、その照準を『オルガマリー・アニムスフィア』へ定める。

 

「――恨むなら私だけを恨んで消えてくれ、所長」

 

「ちょ、ちょっと待って、貴女どうし……て………」

 

「先輩っ!?」

 

 抵抗の声を問答無用で聞き流した上でトリガーを引き、銃口に該当する先からは激しく火花を散らした電流が迸る。

 外しようがない光線にも似たその一撃は誰にも阻止されることなく所長の胸に吸い込まれ、彼女はカルデアスに取り込まれるよりも早く、現世にしがみついたその存在を粒子状に崩壊させた。……あっけない最後だったが胸に残るものは大きく、高ぶる思いから握る拳からは血液がだらりと垂れた。

 

 私が仕出かしたことに対し嘲笑う男の声が大空洞を揺らし、特異点の崩壊が始まる。

 

 

「この特異点も限界か、まあいい。貴様らが何をしようとも結末は変わらん……その事を永遠と悔やみながら此処で死ぬのを待つといい」

 

「………」

 

 レフは最後まで態度を崩さぬまま別の空間の裂け目を創造し、そこに飛び込んで消えていった。

 

「マスター……」

 

「今は、何も言わないで」

 

 残された私達は暗い顔で一箇所に固まり、緊急脱出が可能かどうかを優先してロマニに問い詰める。

 計算では崩壊のほうが先となり、カルデアに帰還できるかどうかはギリギリだそうだが、成功することの方にチップを賭けるしかない。

 

『皆、意識を強く持って、手を繋ぐんだ―――そうすれば、きっと………』

 

 

 彼の指示に従って意識を保つと、崩壊の最中で全員の生存とカルデアへの帰還を強く願った。




カルデアスダイブ阻止(ただし、主人公が撃ち殺すというEND

だが、勘の良い皆さんならおわかりですよね(目逸らし


次回、カルデア要塞化計画、始動。とりあえずサーヴァント召喚したい(大量に

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