不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第六十七話 決死の果て

フィンの紅眼は『闇の王』の姿のみを映していた。

 

人間性の闇は今なお追いかけてくる。それを彼は地面に散らばっている武器の破片を、愛槍の柄を使って器用に後方へと弾き飛ばす事で対処した。

 

接触するだけで恐ろしい威力で爆発する代物だが、それも肉体に直接、或いは武器を介して触れさえしなければ良い話だ。速度も遅く、幸いにしてこの場には様々なものが転がっている。これを利用しない手はなかった。

 

投げつけた武器の破片は全ての人間性の闇に命中。背後へ意識を割く必要がなくなったフィンはふっ、と息を吐き、一気に『闇の王』との距離を縮めた。

 

『ッ、ォヲオオッ!!』

 

穂先を向け突進してきたフィンに合わせる形で『闇の王』が剣を振るう。

 

穂先を真っ直ぐに向けた、肉薄には遠い距離。握った手から伸びる柄を半ばで両断するかに思われた『闇の王』の振るった刃は、しかし虚しく空を切った。

 

直前でフィンが槍を手中で回し、斬撃を躱したのだ。ぐるりと一回転した槍の先端は吸い込まれるように『闇の王』の頭部を直撃、刺突と偽った打撃が炸裂する。

 

それだけでは終わらない。身体を空中に預けたままのフィンはその体勢のまま、再び手中で槍を巧みに操る。ビュンッ!と風を裂いて振るわれた石突きが、今度はその顎を打ち抜いた。

 

『ガッッ!?』

 

一瞬の内に見舞われた二連撃に、『闇の王』が呻きを上げる。が、それだけだった。

 

(頭部への集中攻撃に加え、胴と胸には深手を負っている。だというのに、まだこれ程とは……!)

 

着地と同時に振り下ろされた刃を穂先で弾く。跳ね上がった『深淵』の飛沫を避けるべく身体ごと後退させるも、これに『闇の王』は剣を振るって追撃を仕掛けた。

 

不死人の肉体というものがどれ程の強度を誇るのかは知らないが、これは明らかに異常だ。自分たち上級冒険者を六人も同時に相手取って戦える目の前の怪物に、フィンは改めて戦慄する。

 

しかし、それに怖気づいて動きを止める事などあり得ない。どころか、愛槍を()るその動きは一層速く、そして精細さを増していった。

 

『ガァアア゛ア゛ァァアア゛ッッ!!』

 

「………ッ、……ッッ!!」

 

斜め上からの斬撃を、半身を捻って回避。同時に後ろ手で槍を左手に持ち替え、真横に振るった柄で腹部を打つ。即座に腕を引き穂先近くを手繰り寄せ、首を狙って突き出す。

 

必要な行動を、必要最低限の動きで。瞬きすら捨て去ったフィンは、真正面から『闇の王』と斬り結ぶ。

 

 

 

―――七十秒。

 

 

 

一呼吸の内に複数回の攻撃を繰り出すフィンの動きは常軌を逸していた。この戦闘における最適解を選び取り続ける彼の脳は、一瞬前の事さえも遠い過去のものへと変えてしまう。

 

瞳孔は開き切り、鼻からは血が垂れている。猛烈な負荷を脳と肉体に強いてはいるが、その甲斐もあり『闇の王』は徐々に押されている様子だ。

 

『グゥウッ!!』

 

ガイィンッ!!と、またしても弾かれる『闇の王』の凶剣。肉体ごとのけ反るかに思われたが、脚を踏ん張りこれを耐える。期せずして大上段の構えとなった『闇の王』は、力のままに思い切り振り降ろした。

 

「ッ!!」

 

フィンの判断は早い。防御も後退も反撃の暇を与えるだけだと踏んだ彼は、なんと『闇の王』の両脚の間をくぐり抜けたのだ。

 

小柄な体躯の小人族(パルゥム)にしか出来ない芸当。『闇の王』の振り下ろした刃は地面を爆散させ、『深淵』と瓦礫を盛大に巻き上げる。しかし肝心のフィンには当たらない、何しろ彼は『闇の王』の真後ろにいるのだから。

 

『ッッ!!』

 

フィンと『闇の王』が、ほぼ同時に動く。

 

首を穿ち絶つ軌道で放たれた黄金の穂先は、しかし命を奪うには至らなかった。『闇の王』は全力で回避したものの、首の横に深い裂傷を負う。噴出した血の量がそれを慮実に物語っていた。

 

『ギイィイッッ!?』

 

(ッ、()()!!)

 

頸動脈は絶った。それでも『闇の王』は動く。やはり確実に倒すためには首を切断するか、心臓を破壊する以外に方法はないと踏んだフィンは、振り向きざまに放たれた大振りの横薙ぎを回避しながら周囲に目をやる。

 

そこには仲間たちの姿があった。椿とティオナ、ベートとティオネ、そしてガレス。ボロボロになりながらも、自分と同じく諦めない者たちが、こちらへ向かって来ていた。

 

 

 

―――八十秒。

 

 

 

『ッガ、アッ、ァァアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!』

 

フィンの視線が外れたのを見抜いたのか、『闇の王』は雄叫びと共に右手に新たな武器を掴み取った。

 

『深淵』に濡れ、元の色を失った暗月のタリスマンだ。こちらへと向かうティオナたちを一網打尽にすべく、『闇の王』はそれを地に叩きつけた。

 

瞬間、乱立したのは無数の巨大な刃。最初の死者ニトに由来する奇跡『墓王の大剣舞』が、『闇の王』を中心にして全方位に猛威を振るった。

 

「くっ!」

 

その剣舞はフィンにも襲い掛かる。

 

自身の足元から出現した巨大な刃。それを槍で弾きどうにか回避するも、『闇の王』はこの隙を見逃さない。足元近くにいたフィンの腹部目掛け、強烈な蹴りが炸裂した。

 

「ぐぅ、ッッ!?」

 

今度は防御も間に合わない。ぐしゃり、という骨と内臓が潰れる嫌な感触を感じながら、彼の小さな身体は猛烈な速度で蹴り飛ばされてゆく。

 

「団長!?」

 

「っ、構うな!!」

 

途中で目が合ったティオネの口から叫びが迸る。不規則に乱立する巨大な刃を躱しながら進んでいた彼女たちの足が止まる事のないよう、フィンは全力で声を張り上げた。

 

「進めッ、この機を逃すなッッ!!」

 

血と共に吐き出される決意の声。全員が繋いだ攻撃で『闇の王』は確実に弱っている。この戦いが実を結ぶかどうかは、全員の力に懸かっている。

 

手足をもがれようと、首だけになっても喰らい付け。数十秒前のフィンの言葉を思い起こし、全員の身体がカッ、と熱くなる。

 

 

 

―――九十秒。

 

 

 

「言われなくても、そのつもりだッッ!!」

 

墓王の大剣舞の効力が切れる。

 

元の光景を取り戻した先にいるのは『闇の王』ただ一人。何の障害物もない荒野において、ベートが真っ先に辿り着いたのは言うまでもない。

 

折れた脚を筋肉で強引に固めた彼の速度に衰えはない。炎の尾を引き連れ、そのままの勢いで鞭のように鋭い蹴りを見舞った。

 

「ッラァッッ!!」

 

『闇の王』の肉体を覆う『深淵』さえも問題にしないベートの攻撃は非常に強力だ。しかし、それでも『闇の王』の命へは遠く届かなかった。

 

そんな『闇の王』が防御を固めればどうなるか。

 

「なっ……!?」

 

『………フゥゥ』

 

側頭を狙った炎蹴、しかしそれは『闇の王』が手にした『竜紋章の盾』により阻まれた。

 

奇しくも、ここまで『闇の王』を追い詰めた【ロキ・ファミリア】が、殺意の虜囚と成り果てた彼に、不死人としての戦い方を取り戻させたのだ。

 

『―――ヴゥンッ!!』

 

動きが止まったベートへと迫る凶剣。その胴を両断する勢いで振るった刃に、彼は獣の反射神経で反応した。

 

剣の側面を捉えた蹴りで辛うじて軌道を逸らすも、次の瞬間には右手の盾は消え去っていた。代わりに握られていたのは『メイス』。武骨な鉄の塊が、ベートの額を叩き割った。

 

「がッッ―――」

 

容赦のない一撃に、炎狼の身体が地に落ちる。

 

次に斬り込んだのはティオナだ。片刃の折れた大双牙(ウルガ)を大上段に構え、力の限りに振り下ろす。

 

「んにゃろぉーーーーーっ!!」

 

喰らえばひとたまりもない一撃。それ故に読みやすい。『闇の王』はそれまでの動きが嘘のように、ひらりと身体を横に逸らせるだけで躱してみせる。

 

瞠目するティオナを他所に、メイスを『竜骨の拳』に変える。すでに引ききられた拳が、吸い込まれるようにティオネの腹へと炸裂した。

 

「ぅぶ―――っっ!?」

 

「ティオナっ!?」

 

駆け付けたティオネからは彼女の顔は見えない。だがその口から吐き出され、撒き散らされた血の量に、奥歯がギシリと音を立てる。

 

「何してくれてんだッ、テメェッ!!」

 

己の片割れを殴られ激高するティオネ。せっかく拾い上げた直剣をも握り砕いて振るった拳も、やはり『闇の王』には届かない。

 

次に取り出したのは、この戦いで二度目となる暗月のタリスマン。それを見たティオネの脳内に、危険を知らせる警鐘が鳴り響いた。

 

「チィ―――!!」

 

決断は早かった。

 

腹を押さえて蹲るティオナをかき抱き、四肢に炎を宿したベートは極力威力を殺した蹴りで遠くへ飛ばす。そうして自身もまた後方へと大きく跳び退いた所で、『闇の王』は奇跡『神の怒り』を行使した。

 

物理的な攻撃力を備えた黒い衝撃波が発生する。それに全身を殴り付けられる感覚を味わいつつ、ティオネたちの身体は再び後方へと飛ばされてしまった。

 

「ぐう、うぅ―――――ッ!?」

 

そんな衝撃波に、椿は地面に太刀を突き立てどうにか耐える。

 

(これほど離れていても、この威力か……!?)

 

あと僅かでも近付いていたのなら、と戦慄する椿。

 

少しでも力を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな、暴嵐にも似た衝撃波。それがようやく治まった頃に彼女は目を開け、そして愕然とした。

 

下を向いた己の視界。そこに、『深淵』に濡れた両脚があったのだ。

 

(速、過ぎる―――!)

 

接近に気付く事もできなかった。あたかも首を差し出す形となってしまった椿を前に、『闇の王』の左腕は頭上へと上げられている。

 

不味い、死ぬ―――そう直感してしまったところに、老兵の声が飛んで来た。

 

「椿ィーーーーーッッ!!」

 

「ッ!?」

 

咄嗟に上げた顔。椿の視界に、ガレスの雄姿が映る。

 

屈んだ椿を飛び越え、武器を拾い上げたガレスがやって来た。右手に大斧、左手には大槌。使用者と同様にボロボロの武器が、『闇の王』へと叩きつけられる。

 

そして、砕かれた。

 

頭部を守るように構えられた『グレートソード』は壊れかけの大斧と大槌などはものともせず、返す刀で『闇の王』は特大の刃を振るう。

 

「ッ、ぬうっ!」

 

ブンッ!!という風切り音。全身の筋肉を総動員しての緊急回避。首を刎ねられる事態だけはどうにか回避したガレスであったが、『闇の王』の攻撃は終わらない。

 

グレートソードを振り抜くと同時に次の武器を展開、逆手にして取り出した『デーモンの槍』の歪な穂先が、ガレスの横腹に深々と突き刺さった。

 

「がっ、ぁガ―――ッッ!?」

 

肉が引き裂かれ、血が噴出する。更には付与された雷が体内で弾け、臓腑を焼かれるような激痛が全身を駆け巡った。

 

「ガレスッ!!」

 

硬直から立ち直った椿が立ち上がる。

 

『闇の王』はこちらを見ていない。今が好機と確信した椿は太刀を両手で握り締め、全霊を以て首を狙った斬撃を解き放った。

 

しかし―――パキィンッ、と。

 

「―――ッ!?」

 

『闇の王』が持ち上げた凶剣。刃を合わせただけの動作で、椿の太刀は呆気なく折られてしまった。

 

武器の強度が、肉体の質がまるで敵わない。非情なまでの力量差を見せつけられた椿はこれでもかという程に両目を見開き、愕然として時を止める。

 

『ハァア゛ッ!!』

 

『闇の王』はガレスを突き刺したままデーモンの槍を振るう。老兵の肉体を鉄球のように扱い、椿の身体へとぶち当てる。

 

互いの骨が砕ける音を耳にしながら、二人の身体は地面を転がってゆき、そして停止した。

 

『ォォ……ォォヲオオオォオオオオオオオオオオッッ!!』

 

技を忘れ、獣性を取り戻した『闇の王』の咆哮が木霊する。

 

それは正しく、勝利を確信した雄叫びであった。

 

 

 

―――百秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

度重なる戦闘により【ロキ・ファミリア】は瀕死も同然という有様。

 

腕を折られ、脚を折られ。肉を裂かれ、抉られ、焼かれていた。身に纏った戦装束は血に塗れていない所などない。

 

しかし、心までは折られてはいない。

 

「……寝ている暇なんてないぞ」

 

遠く吹き飛ばされたベートたちの耳を、フィンの声が静かに打つ。

 

全身から血の雫を落とす勇者は前だけを向き、立っていた。

 

「『闇の王』を、討つまでは」

 

 

 

―――百五秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ォォ、ォ………ッ』

 

雄叫びは細く小さくなり、兜の奥より血と『深淵』が滴り落ちる。

 

瀕死なのは『闇の王』も同じであった。胴を斜めに斬られ、胸を穿たれ、更には首にも深い裂傷を負っているのだ。いかに異常な肉体であっても、これらは決して無視できない程の深手である。

 

それでも動く。

 

敵はまだ死んではいない。確実に息の根を止めるべく『闇の王』は、左手に握られた『深淵』が蠢く凶剣を携え、倒れ伏すガレスと椿の元へと足を踏み出した。

 

『―――――ッ!!』

 

直後、『闇の王』の視界に特大の刃が映る。

 

咄嗟に動かした左腕、その凶剣で刃を受ける。弾ける火花と『深淵』、その奥に口元を真っ赤に汚したティオナの姿があった。

 

「負ける、もんかぁ……!!」

 

『ギッ、ァアア゛……ッ!!』

 

血走ったその瞳に映るのは決意の炎。『闇の王』という理不尽な存在などには決して屈しないという、強靭な覚悟の(あらわ)れだ。それがティオナに力を与え、瀕死の肉体を突き動かしたのだ。

 

そして、彼女も。

 

『ガッッ!?』

 

『闇の王』の右肩に深く突き刺さる直剣の刀身。剥き身の刃を握り締めたティオネが、鬼の形相で歯を食い縛る。

 

「こんなモン、屁でもねぇ……ッ!!」

 

右手に付着した『深淵』の飛沫を、根性のみで耐え抜く。アイズでさえも全身を強張らせた神々を呪う毒に、狂暴な蛇は真正面から向かい合っていた。

 

「押し返すぞ、ティオナッ!!」

 

「うんっ!!」

 

息を合わせた押し戻し。ティオナは大双牙(ウルガ)で、ティオネは回し蹴りで以て『闇の王』の身体を突き飛ばし、空いた距離を即座に詰めて追撃を仕掛ける。

 

ティオナの大双牙(ウルガ)は一撃必殺の斬撃。その攻撃の合間を縫うように放たれるティオネの徒手空拳の猛打に、『闇の王』の肉体は更なる傷を刻み込まれた。

 

『ヲォ、ォオ゛オ゛ァガアァッッ!?』

 

先程までのような技は出ない。出せるはずがない。勝利を確信した『闇の王』は、獣性と引き換えにそれを手放してしまったのだから。

 

双子のアマゾネスの雄姿に、ガレスと椿も立ち上がる。若者にだけ戦わせていては冒険者の沽券に関わるとばかりに、互いに頬を吊り上げた。

 

「……いけるか、椿」

 

「……ああ、無論だとも」

 

言い終えるや否や、二人は走り出す。

 

傷付いた身体とは言え、その動きは速かった。十分な助走をつけたガレスが、ティオネとティオナに向けて大声で言い放つ。

 

「どけぃっ!!」

 

「ッ!!」

 

その声に、迷う事なく左右へ跳ぶ二人。直後にガレスは『闇の王』へと肉薄し、全力の剛拳をその胸に叩き込んだ。

 

「むぅんッッ!!!」

 

『ガッ―――――ッッ!?』

 

鎧が割られ、胸骨を粉砕する感触。手首までめり込んだガレスの一撃は凄まじく、上半身を覆う鎧が全て砕け散った。

 

噴出する血と『深淵』。盛大にばら撒かれたそれらを低い位置で躱しつつ、半ばで折られた太刀を鞘に納めた椿が突貫する。

 

折られた刀身の長さと彼我の距離とを見極め、三度(みたび)となる神速の居合が解き放たれた。

 

「ハアァッ!!」

 

『………ッッ!!』

 

折られ、しかし鋭利な刃が『闇の王』の腹を真横に斬り裂く。零れた臓腑に確かな手応えを感じた椿は、更なる一斬を叩き込もうと顔を上げる。

 

『ゴッ、オッ、オオ゛ヲ゛ォオア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!』

 

「ッ!?」

 

しかし、なおも『闇の王』も動いた。

 

腹から内臓を振り撒きながら、椿の身体を背中から串刺しにせんと凶剣の切っ先を振り下ろす。

 

「椿ッ!?」

 

ティオネの声が飛んでくる。しかしここで飛び退けば『闇の王』に体勢を整え直す時間を与えると判断した椿は、背筋の戦慄きのみを頼りに全力で身体を反らせた。

 

(ただでは、終わらんッ!!)

 

直後、凶剣の切っ先が地面に突き刺さる。そして絶死の突きを回避した椿は太刀を逆手に構え直し、その折れた切っ先を『闇の王』の左足の甲へと突き刺した。

 

『グッ!?』

 

蹲り、太刀の柄を両手でしっかりと握り込む。地面に縫い付けたこの左足を決して離さぬよう、渾身の力で捕らえる。

 

『ガアァッ!!』

 

「させないよっ!!」

 

地面に突き刺した凶剣を引き抜き、今度こそ椿を仕留めんとする『闇の王』。しかし振り上げられたその刃を、ティオナの大双牙(ウルガ)が弾いた。

 

「このクソ野郎ォッ!!」

 

『ッ!?』

 

同時に、ティオネが投げつけた槍の穂先が『闇の王』の右腕を穿つ。二人の攻撃により両腕が左右に開いた『闇の王』の身体が僅かに硬直し、その隙を突いた二人が右腕、左腕をしっかりと掴む。

 

「ガレスッ、今の内に!!」

 

「やっちまえッ!!」

 

防御の構えも取れない『闇の王』。これ以上の好機はないと、二人はガレスに(とど)めを刺すよう促す。

 

しかし、ガレスはそうはしなかった。『闇の王』の背後に回ってその両肩を引っ掴み、自らも動きを止める鎖となったのだ。

 

「なっ……!?」

 

「はぁっ!?」

 

「ちょっ、何してるの!?」

 

「落ち、着けい……!」

 

予想外の行動に困惑する椿たち。それらの声を涼し気に受け流したガレスは、しかし血管の浮き上がった顔で歯を食い縛り、前を見た。

 

彼の見たもの、それは真っ赤に燃え上がる一匹の餓狼の姿。十分……否、十全の溜めを以て飛び出したベートはひと踏みごとに地面を爆散させながら、ガレスたちが(いまし)める『闇の王』の元へと突貫する。

 

 

 

―――百十五秒。

 

 

 

『オッ……ォォヲオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!』

 

己の身に迫る最大級の危機を直感したのか、『闇の王』の激しい抵抗が始まった。

 

鼓膜を破くような咆哮を全身に受けながら、ガレスたち四人は巨大な鎖となってその肉体をこの場に縫い留める。

 

 

 

―――百十六秒。

 

 

 

「死んでも離すでないぞォッ!!!」

 

「「「 おおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!! 」」」

 

『闇の王』の咆哮と、四人の気合いがぶつかり合う。

 

この場から離れようとする『闇の王』は藻掻き、全身から『深淵』をまき散らすも、()は少しも緩まない。

 

それもそのはず。その程度で綻びが生じるのなら、彼らはここまで抗ってはいないのだから。

 

 

 

―――百十七秒。

 

 

 

『ア゛ア゛ァッ、ァアア゛ガア゛ッッ!!ヲオオ゛オ゛オ゛ア゛ァアア゛ア゛ガガァアア゛ア゛ッッッ!!!』

 

藻掻き、足掻き、咆哮する。己のソウルより起死回生の一撃を繰り出す事さえも出来ぬほど、『闇の王』は暴れ狂う。

 

そして―――、

 

「るおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

炎狼が、喰らい付いた。

 

業火を伴った蹴撃、それは炎の刃となって『闇の王』の左胸を縦断する。

 

『ッガ………!』

 

傷口は瞬時に炭化し、上空にその欠片が舞い上がった。割られた肉体のその奥、命の鼓動を司る心臓が剥き出しとなる。

 

 

 

―――百十八秒。

 

 

 

それを引っ掴むベート。そんな彼の背に、小さな人影が跳び上がった。

 

黄金の槍を携えたフィンが、ベートとは真逆の静かな表情で呟きを零す。

 

「……終わりだ、『闇の王』」

 

 

 

―――百十九秒。

 

 

 

一際大きく燃え上がったベートの手が、心臓を握り潰す。

 

同時に、フィンの金槍が閃く。

 

直後、『闇の王』の首が宙を舞い―――そしてそのまま、地に落ちた。

 

 

 

―――百二十秒。

 

 

 

『―――――』

 

二分以内にケリを付けるという宣言。

 

その言葉通り、『闇の王』は刻限と同時に心臓を潰され、首を刎ねられたのであった。

 

 


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