フィンが高らかな宣言を言い放つ、その少し前。合流を果たした彼らは一丸となり、『闇の王』と戦っているであろうファーナムとアイズの元へと急いでいた。
二人の身を案ずる気持ちは勿論ある。しかしそれと同じくらいに、或いはそれ以上に、これ以上二人に後れを取ってはなるものかと、昂る心のままに地を蹴っていた。
そんな好戦的な意欲に駆られていた彼らだが、
折られ、砕かれた無数の武器。もう一つの合戦場があったのかと錯覚するほどに散りばめられたそれらが、無惨な姿で横たわっていたのだ。
その中心に、彼はいた。
折られ、砕かれた無数の武器たちの主―――ファーナムは、巨大な十字槍に腹部を貫かれた状態で、血だまりの中に倒れていた。
「―――ファーナムッ!!」
焦燥に染まった声で彼の名を叫び、フィンは弾かれたかのようにそばへと駆け寄った。一瞬遅れたガレスたちもファーナムの姿に目を剥き、即座にフィンの後を追う。
「嘘、ファーナム!?」
「ファーナムさんっ!?」
ティオナとレフィーヤの悲痛な声が響くも、ファーナムは何の反応も示さない。四肢を地面に投げ出し、十字槍を突き立てられたその姿は、誰がどう見ても死体そのものであった。
「……クソッ……!」
すでに手遅れ。
言葉にせずとも、ティオネの漏らした呟きの意味を誰もが理解していた。
腹部の傷だけではない。腕や脚にも幾つも傷を刻み、そのどれもが深い。人の形を保っている事が奇跡のような有様に、ベートですら息を忘れて立ち尽くしている。
その中で最も早く決断を下したのは、やはりフィンであった。
「リヴェリアはファーナムの治療に当たれ。レフィーヤは万一に備えて彼女の護衛を」
「ああ、分かった」
短い会話を終えたリヴェリアはファーナムの傍らで膝を折ると、すぐさま治療を始めた。
腹部を除き、最も深刻であろう胴に刻まれた傷に手をかざす。未だ流れる血を止めようと、魔力による治癒の光が淡く輝いている。
「ファーナムはまだ死んでいない」
フィンのその言葉に、レフィーヤたち若き冒険者がハッと顔を上げる。
「彼は不死人だ。僕たちとは違い、死ねばその身体は光の粒となって消えているだろう」
「っ!」
それは今までの戦いで得た不死人たちに関する知識の一つであった。その通り、本当に死んでしまったのであれば、ファーナムの身体がこうして形を残しているはずがない。
まだ生きている。その確証を得た彼らの瞳に、確かな希望の光が灯った。
「僕たちは僕たちのすべき事をする。やる事は何も変わってはいない」
フィンの下した判断はいっそ冷酷なまでに最適解であり、故に若き冒険者たちの心からは動揺、戸惑いの一切が断ち切られる。そして古くからの付き合いであるガレスと椿は、彼のその毅然とした態度に口の端を吊り上げた。
傷を完治させた自分たちと違いボロボロの姿であっても、やはりフィン・ディムナは【
「それじゃあ頼んだよ、二人とも」
「は、はい!」
「ああ、お前たちもな」
そうしてフィンたちは再び『闇の王』を目指し、武器の骸が散乱する大地を駆けていった。
後に残されたリヴェリアとレフィーヤは与えられた自らの役割を全うすべく、倒れたファーナムの傍らに付き添う。
「リヴェリア様……ファーナムさんは、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「……分からない。ここまでの傷を負ってまだ生きている事自体、私たちからしてみればありえない事だ」
ファーナムの身を案ずるレフィーヤからの問いに、リヴェリアは答えられなかった。
傷はどれも深く、骨や筋肉、内臓もめちゃくちゃになっている。腹部の十字槍による傷口などは周囲が炭化しており、一滴の血すらも流れていない程だ。
それでも死んでいない……否、死ねない。
不死の呪いという理不尽なものに人生を狂わされた不死人たるファーナム。彼が今まで歩んできた道のりは、リヴェリアにも想像がつかない程の過酷なものであったに違いない。
しかし、それでも分かる事はある。
(ファーナムは、たった一人で『闇の王』と戦った……これ程の傷を負ってまで)
自身と同じ異分子が、オラリオに災厄をもたらす事を許容できない。
共に過ごした時間は短くとも、ファーナムであれば迷わずそうする。彼の示した勇気にリヴェリアは一人静かに敬意を表し、必ず癒す、助けるのだと固く心に誓う。
「……死なせない。絶対に死なせないぞ、ファーナム……っ!」
だから、帰ってこい。
彼女がかざした手から溢れる光が、未だ目覚めぬファーナムの帰還を静かに待っていた。
「速攻でケリをつける。電撃戦だ」
ひりつくような空気の中、フィンの言葉に全員が武器を構え直す。
彼らが目指すは勝利のみ。欲するのは敵の首級ただ一つ。
この戦いに終止符を打つべく―――『闇の王』を討つ。
「……行くぞっ!!」
覇気の込められた合図の元、全員が一斉に走り出した。
一丸となり向かってくる、オラリオが誇る上級冒険者たち。それに対して『闇の王』は、右腕のみで支えていた巨大な岩盤に指を喰い込ませ、軽々と持ち上げてみせる。
『オォ゛―――ォアア゛ッッ!!!』
それを投擲。
超重量の塊がそれに見合わぬ速度で迫る。その光景にティオナたちが瞠目する中、フィンは彼の名を叫ぶ。
「ガレスッ!!」
「分かっておるっ!!」
阿吽の呼吸とはまさにこの事。フィンの言わんとしている事をつぶさに察したガレスは一人前へと躍り出ると、地面を踏み締めて大きく跳躍した。
「ふんッ!!」
跳躍と同時に引き絞られた右拳は
轟音を響かせ四散する巨大な岩盤。第一撃を打ち砕いたガレスは、しかしその双眸を驚愕に見開く。
(―――速い!?)
100Mは先にいたはずの『闇の王』が、すでに眼前にまで迫っていたのだ。打ち砕いた岩盤が一瞬視界を塞ぎ、ガレスはその接近に気付くのが遅れてしまう。
『深淵』を用いた高速移動からの跳躍。身動きの取れない空中でガレスは『闇の王』と相対する形となった。左手の剣はとうに振り上げられ、次の瞬間にもその狂刃がガレスの身体を両断せんとしている。
が、それよりも速くフィンが動いた。
「はあぁあッ!!」
反らした身体を全力で引き戻し、撃ち出される金の長槍。『竜狩りの大弓』さながらの速度で放たれたフィンの愛槍が、『闇の王』の直剣の腹を横から叩く。
『ッ!!』
十全の体勢は崩された。突然の衝撃に『闇の王』は一瞬、意識からガレスの存在が抜け落ちる。
その隙を見逃さないドワーフの老兵は、頭上を漂っていた一抱えもある岩を引っ掴み、それを目の前の兜へと思い切り叩きつけた。
「ぬぅうんッ!!」
『ガッ―――!?』
再びの轟音と共に、『闇の王』の身体は
―――十秒。
最初に斬り込んだのはティオネだった。無手だったはずの彼女の手には穂先こそ折られたものの、刃は残った『ハルバード』が握られている。
辺りに散らばる武器の数々は、どれも全壊している訳ではない。接近の最中に拾い上げたハルバードを水平に振りかぶり、ありったけの力で『闇の王』の首を狙う。
「おらァッ!!」
『ッ、ィア゛ァッ!!』
起き上がりの隙を突いた奇襲。しかし『闇の王』はティオネの攻撃に合わせるように左腕を振るい、ハルバードの柄を両断した。
「チィ!」
盛大に舌打ちしたティオネは即座に切り替え、軸足を地面に突き刺す。そして回し蹴りを見舞うべく、乱れる黒髪の隙間から獰猛な眼光を走らせた。
「ちょっ、ティオネ!?直接触っちゃ駄目だって―――!」
「うっせぇ!
短気な姉の性質をよく知るティオナが慌てて制止の声を上げるも、彼女の予想していた通りにはならなかった。
ティオネの踵がハルバードの斧部分を横から掠め取ったのだ。それを自身の踵と『闇の王』の頭部の間に挟む事で盾のように扱い、一切の躊躇いのない回し蹴りが炸裂する。
「沈めッ!!」
パァンッ!!と破裂音にも似た衝撃が発生し、『闇の王』の視界が揺らいだ。
体勢こそ崩したものの、その身体は倒れず、代わりに兜の奥より咆哮が上がる。
『グゥ、ァアア゛ア゛ガアァァアア―――ア゛ッ!?』
が、それは半ばで途絶えた。
ティオネと入れ替わりに現れたベートが、炎を纏った拳で殴りつけたのだ。回し蹴りに次ぐ拳は『闇の王』の脳を更に揺らし、反撃に割く思考を削り取る。
「耳障りなんだよ、テメェの声はァ!!」
続けざまに振るわれた拳が狙うは、またしても頭部。
彼らの攻撃は全てそこに集中していた。最重要器官である脳を狙い、反撃に割くだけの思考すらも奪い去る。短期決着を狙う彼らは、その為の最善策を打ち合わせもなく実行していた。
「くたばりやがれえぇぇえええええええええええ!!」
拳、拳、そして蹴り。曲芸じみた動きで放たれる炎撃は留まるところを知らない。
この猛攻の前には『闇の王』の身体を覆う『深淵』も意味を成さない。四肢に宿した業火に触れた瞬間にそれらは焼き払われ、無意味な灰となって宙へと巻き上げられてゆく。
『ギッ、ギィィイ゛イ゛……ッッ!?』
永遠に続くかに思われた餓狼の暴力は、しかし突如として終わりを迎えた。
最後に放たれた
鍛冶師ゆえに鎧の構造は熟知している。椿は装甲の薄い箇所、すなわち膝の裏側を狙って太刀を閃かせ、神速の居合を抜き放ったのだ。
「今だ、ティオナ!!」
『闇の王』の背後から離脱しつつ、椿が合図を送る。そしてベートの残した炎の尾を突き破り、片刃の砕けた
「ぶちかませッ!!」
「
『ッ!!』
寸前で顔を上げるも、遅い。
『ッッ―――――ッガァ゛ッッ!?』
吹き飛ばされる身体。決して浅くない傷が刻み込まれ、『深淵』と共に真っ赤な鮮血が振り撒かれる。
全員が決死の思いで繋ぎ、遂に掴み取った“一撃目”であった。
―――二十秒。
「良いパスだ、ティオナ」
“二撃目”を飾ったのは、槍の一突きだった。
飛んで来た『闇の王』の背後へと回り込んでいたフィンが突き出した穂先は、その心臓を狙っていた。しかし『闇の王』が直前で身体を捻った事により、心臓からずれた位置を貫く結果となってしまう。
『ギッ……ァア゛ッッ!!』
「ッ、ふっ!!」
身体から穂先を生やした状態のまま『闇の王』はグリンと首を回し、がむしゃらに左腕を振るう。その斬撃をすんでの所で回避したフィンは、大魚を吊り上げるかのように槍をしならせ、そして地面へと叩きつけた。
「おおぉぉおおおおおおおおッ!!」
『ガァァア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!』
槍を引き抜き、起き上がりを待たず仕掛けるフィン。そうはさせじと立ち上がる『闇の王』。
腕を振るう度に振り撒かれる『深淵』を躱し、時には振るう柄で弾き、フィンは『闇の王』との接近戦にもつれ込んだ。
一手でも間違えれば死ぬ。そのような局面でこそ光る、これまで培ってきた経験の全てをつぎ込み、一瞬の内に幾つもの槍筋を閃かせる。
『闇の王』が剣を振るう。フィンは柄でそれを弾き、翻した穂先で傷を刻む。『深淵』に侵され、殺意以外が抜け落ちた『闇の王』は、戦意高揚の魔法をその身に宿してなお冷静さを手放さなかったフィンを前に、確かに押されていた。
「今じゃ、押し切るぞ!!」
この好機を逃してはなるものかと、ガレスたちが一丸となって押し寄せる。
フィン一人にここまで押されては、『闇の王』に彼らの進撃を止める手立てはない。辛うじてこの場から離脱しようが、先程の見事な連携の餌食となる事は目に見えている。
そのような思考など出来ずとも、しかし『闇の王』は、幾星霜もの時を神々との戦いに捧げてきた圧倒的強者だ。
故にこそ、このような局面でどう動くべきかは骨の髄、ソウルの奥底にまで染みついていた。
『オッ……ォォオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッ!!!』
穂先が上を向いたフィンはすぐさま立て直そうとするが、そこで彼の瞳がこれでもかと見開かれた。
その視線の先にあるのは、黒く淀んだ炎。『闇の王』の右手から湧き上がるようにして現れた、『深淵』に侵された『呪術の火』である。
「ッ、総員散開!!」
「 ッ!? 」
親指が訴える疼痛に促されるままに放たれたフィンの命令に、一瞬だけガレスたちの脚が止まった。その一瞬の内に、『闇の王』はその呪術を解き放つ。
『ィィイ゛ア゛ア゛ア゛アアァ゛ァアアア゛ア゛ア゛ッッ!!!』
地面に叩きつけられた右手から黒い炎が弾け、それは地を這う無数の蛇のように四方へと伸びてゆく。
刹那に満たぬ時が終わり、現れるは黒く染まった無数の火柱。一つ一つが大木のようなそれらはかつて古竜を、そして世界を焼き尽くした、混沌の魔女の手により行使された呪術である。
『炎の大嵐』。
ただでさえ凶悪な呪術は『闇の王』が纏う『深淵』によって更に強化されていた。規模も威力もかつてとは比べ物にならない業火の大嵐が、フィンたちに襲い掛かる。
「ぬぅっ!?」
「うわぁっ!?」
不規則に噴き上がる極太の黒炎はまるで予測が出来ない。
彼らはその身を
「皆、無事か!?」
「何とか、な!」
フィンの声に返ってきたのは椿の声だ。
ガレスを始めとした全員も無事であるようだが、しかしフィンの親指の疼痛は治まらない。そして『闇の王』は、すでに次の行動に移っていた。
呪術の火をかき消したその右手に現れたのは、節くれだった古木の杖だった。
深淵の主のソウルから生み出されたその杖の名は『マヌスの大杖』。今や元となったその杖の持ち主と同等、或いはそれ以上に『深淵』に浸した『闇の王』は、淀みなく『魔術』を行使する。
『追う者たち』。
それは『闇の王』の掲げる杖より出でた。十や二十ではない、正しく無数の人間性の闇が、幽鬼の如く殺到する。
「ッ、避けろ!!」
絶叫にも似たフィンの声と、人間性の闇が牙を剥くのは同時だった。
被弾した地面が抉れ、砕かれた武器が跡形も無く粉砕される。仮そめの意志を与えられた彼らは人への羨望、あるいは愛の赴くまま、どこまでも追跡し続ける。
「何これ、何これぇーっ!?」
「絶対に喰らうでないぞ!!」
ダンジョン上層に現れる『ウォーシャドウ』にも似た人間性の闇を前に逃げ惑うティオナたち。見た目はどうあれ、被弾した際の威力は先の通りだ。
「ちぃっ、クソったれが!!」
「こんなモン!!」
しかし、ただ逃げ惑う事を良しとしない者たちがいた。しつこく追い続ける人間性の闇を迎え撃つ形でベートは足刀を、ティオネは拳を繰り出す。
「ッ、よせ!?」
フィンの制止の声も空しく、二人の攻撃が人間性の闇にぶち当たる。直後、暗い光が爆ぜ……ベートの右脚とティオネの左腕が、あらぬ方向へとねじ曲がった。
―――四十秒。
「ッッ!!」
「ぐぁ―――っ!?」
Lv.5の肉体がいとも容易く破壊される。【ロキ・ファミリア】きっての肉弾戦を得意とする二人がやられる光景をまざまざと見せつけられ、その場の全員が目を剥いた。
手足を折られるだけに留まらず、倒れ込んでしまうベートとティオネ。そこへ追い打ちをかけるのは人間性の闇と、再び呪術の火を手にした『闇の王』だ。
放たれる呪術は黒く染まった『大火球』。人一人を飲み込んで余りある特大の火の玉が、二人を焼き付くさんと飛来する。
「させんっ!!」
が、直撃まで残り10Mといったところで、ガレスが割り込んだ。拾い上げた半壊武器を両手に持って現れた彼は、その身体に似合わぬ速力を以て人間性の闇を打ち払う。
「ぐっ、ぬぅ……!?」
触れると同時に、人間性の闇は大きな衝撃を残して霧散した。受け流す暇などあろうはずもない。武器を振るったガレスの両腕の骨にはヒビが入り、鋭い痛みが駆け抜ける。
それを些末事と断じたガレスは、眼前に迫った大火球のその身を晒す。腰を落とし両腕を広げ、背後のベートとティオネを守る盾となったのだ。
「ぐぅ、ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」
黒い炎が視界を奪い、業火の熱が全身を焼く。辛うじて形を保っていた鎧は瞬時に蒸発、残された己の肉体のみで、ガレスは黒い大火球と真正面からぶつかり合う。
皮膚が、筋肉が、骨が、その奥の内臓が一気に炙られる。
それでもガレスは黒炎を受け止める事を止めず―――拮抗から数秒後、大爆発が起こった。
「ガレスっ!?」
宙を舞うガレスの身体からは焼け落ちた皮膚が煤となって黒い軌跡を描き、後方の二人よりも更に遠くへと吹き飛ばされてゆく。
誰よりも堅牢な老兵のその姿に、ティオナの悲痛に叫びが木霊する。椿が絶句する。誰もが時を止める中、フィンただ一人だけが……誰よりも速く動いた。
「―――戦えッ!!」
そう言い放つや否や、襲い掛かる人間性の闇の群れへと向きを変えるフィン。
逃げ回り、機を窺うだけでは勝てない。リスクを冒してこそ『闇の王』へと刃が届くのだと、
「手足をもがれようと、首だけになっても喰らい付け!!その程度の事も出来ずに、何が冒険者だ!!」
身を挺して黒炎を受け止めたガレス。その行いに見合うだけの覚悟を見せろと、防戦一方のこの状況を覆せと、発破をかける。
人間性の闇の群れ。その僅かな隙間を縫うようにして、フィンはこれを突破した。小さな体躯を以てしても至難の業である芸当をやってのけた彼は、一人『闇の王』へと猛然と走り出した。
「……うんっ!!」
こうまで言われて黙っているような面子ではない。ティオナは逃げの姿勢から急停止し、腰巻を翻して人間性の闇を睨みつける。
フィンのような芸当は出来ないが、幸いにして動きはそれほど速くない。ぶつかるギリギリの所まで十分に引き付け、その直前に大きく跳躍する事で攻撃を回避してみせた。
「やーいっ、のろまー!」
それでも人間性の闇はどこまでも追いかける。上空へ逃れたティオナを逃がすまいと、弧を描いて追いすがる……はずだった。
ティオナと人間性の闇、その間を椿が通り過ぎたのだ。彼女のすぐ背後には別の人間性の闇が追尾しており―――次の瞬間、凄まじい衝撃が発生した。
「うわあぁぁ、っとおぉっ!?」
「っくぅ!!」
人間性の闇同士をぶつける事による相打ち。椿の狙いはそれだった。
爆風にも似たその衝撃に吹き飛ばされるティオナと椿であったが、それだけだ。地面に叩きつけられる事もなく上手く受け身を取り、起き上がるや否や、フィンの後を追って共に走り出す。
「はっはっは!上手くいったな、ティオナ・ヒリュテよ!」
「もう、やるなら先に言ってよぉー!すっごいビックリしたんだからねー!?」
「すまんすまん、次からは気を付けよう!」
軽口を交わし合う二人に、先程までの動揺は微塵もない。やるべき事を見失うなというフィンの言葉と、あの程度でガレスがやられる訳がないという絶対の自信、その二つが彼女たちの背中を後押ししているのだ。
そして、ベートとティオネも。
「「 クッソッ……ったれがァッッ!!! 」」
盛大な悪態は自分自身へ向けられたもの。
自らの軽率な行いが招いたガレスの負傷、その事実は決して消えない。故に結果で汚名を返上しようと躍起になり、折れた脚を動かし、砕けた腕をぶら下げて、立ち上がる。
「アイツは俺がぶち殺すッ、邪魔すんじゃねぇぞ馬鹿アマゾネス!!」
「ざっけんな!!テメェこそすっ込んでろクソ狼!!」
仲はどうあれ、目的は同じ。これ以上ない程に闘志を燃え滾らせ、二人は地面を爆散させて駆け出した。
「……全く、どうしようもない馬鹿者どもじゃのう……」
後に残されたのはガレス一人。彼は地面に仰向けで転がり、虚空を見つめながら呆れ顔を浮かべていた。
上半身をまんべんなく焼かれたものの、驚いた事に瀕死ではなかった。重傷である事に違いはないが、それを言ってしまえばこの場にいる全員がそうだ。
故に、いつまでも寝ている訳にはいかない。
「んぐっ、ぬうぅ……!」
巨岩の如き肉体が、ゆっくりと起き上がる。
身体の調子を確かめるようにゴキリと肩を鳴らしたガレスは、不敵に笑った。
「さて……事が済んだ暁には、あの二人に拳骨でもくれてやるか」
不屈の冒険者たちは、なおも『闇の王』に挑む。
戦闘開始からすでに六十秒が経過。
フィンの宣言した『二分』という刻限まで―――残り、六十秒。