不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第六十四話 彼の”罪”、彼の決意

「さ、早く団長のところに行くわよ!」

 

「うん!……って、大双牙(ウルガ)折れてるーっ!?これどうすんのさティオネーっ!?」

 

「うるっさいわね!今までも何度も壊れてるでしょうが!!今更喚くな!」

 

「うぎぎぎっ……帰ったら絶対弁償してもらうからねーっ!?」

 

「誰がするか!」

 

ジークリンデを撃破したティオネ、ティオナは新たな目標へと向かって走り出す。

 

時を同じくして、傷を癒したガレスと椿も、また。

 

身体から噴き上がる猛火を置き去りにベートは戦場を駆け、リヴェリアとレフィーヤもまた、目指すべき場所を定める。

 

そして、フィンは―――。

 

 

 

 

 

不壊金属(デュランダル)の銀槍《スピア・ローラン》を弾き飛ばされ、全身に幾つもの傷を刻んだフィンは、しかし未だ倒れてはいなかった。

 

愛槍《フォルティア・スピア》を油断なく構える姿に隙はなく、その穂先は前へと向けられている。額から出血により赤く歪んだ視界で睨みつける先にあるのは、壁のように立ちはだかるソラールだ。

 

二人は一進一退の攻防を演じてきた。フィンの槍撃をソラールの剣が往なし、返された刃を紙一重で躱し、そして反撃……並みの冒険者であれば目にも追えぬ、他者の介入すらも許さない戦闘は、まさに強者同士の殺し合いという言葉が相応しい。

 

が、それも終わりが近い。

 

劣勢は、フィンの方であった。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

心は折れていない。負けを認める気もない。しかしソラールの言葉通り、それだけで勝ちをもぎ取れるほど現実は甘くはなかった。

 

浅い呼吸を繰り返し、暴れる肺を強引に抑える。気を抜けば倒れ込んでしまいそうになる両脚に力を入れ、踏ん張る。

 

それが、()()フィンに出来る精一杯の事であった。

 

「……もう良いだろう」

 

「ハッ……ハッ………何が、だい?」

 

静かに語りかけるソラールに、フィンは口の端を僅かに吊り上げながら返す。虚勢とも取れるその返答にソラールは兜の奥で瞳を細め、そして諭すように口を開いた。

 

「【勇者(ブレイバー)】……いや、フィン。貴公はよく戦った、だがこれ以上は無意味だ。“王”が()()()()()以上、全てが無意味なのだ」

 

意味深な言葉を吐き出すソラール。

 

彼は……彼だけは理解していた。

 

“王”が奇跡を行使するという、その真の意味を。

 

そして……彼自身が抱く、途方もない“罪”を。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、かつて神殺しをおこなった世界での事。

 

そこでの戦いはかつてない程に苛烈だった。敵味方が地を埋め尽くし、天馬に跨った無数の騎兵が空を覆う。目を焼く雷光が絶え間なく降り注ぎ、その様相は終末戦争(ラグナロク)という以外に形容がつかない。

 

そんな大戦の終局で、『闇の王』は神との一騎打ちに挑んでいた。

 

理不尽としか言えない規模の攻撃。一瞬の内に放たれる無数の必殺は、『闇の王』の身体を確実に切り刻んでゆく。

 

そして死の間際、彼は“奇跡”を行使した。

 

自らに重く課した戒めを破り、『闇の王』は辛くも勝利を手にしたのだ。

 

だが、代償はあった。

 

『がっ、あっ……ぁああがが、がぁア―――――ッッ!!?』

 

『神殺しの直剣』で穿ち貫いた神の胸。泥のように崩れ去るその肉体と似たような淀み……『深淵』が、彼の身体を侵食し始めたのだ。

 

『ッ、“王”!?』

 

激戦を駆け抜けたソラールが追い付いた頃には全てが終わっていた。

 

しかし、『闇の王』がもがき苦しむその姿を目にして、瞬時に事の重大さに気が付いた。

 

『がァ、ァァあああアアァアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!』

 

『深淵』は『神殺しの直剣』から溢れ出しており、既に左手を覆っている。根源を絶たねばとソラールはその手に掴みかかり、強引に引き剥がそうとした。

 

『ぐっ、う!?』

 

瞬間、ソラールの身体にも『深淵』が這い上がる。

 

二人を諸共に取り込もうとする『深淵』に鋼の心で抗い、同時にソラールは『闇の王』に自我を取り戻させるべく声を荒らげた。

 

『飲まれるな、“王”よ!!貴公には為すべき事があるのだろうッ!!』

 

『ギッ、ギぎぃィィイ゛イ゛イ゛……ッ!!!』

 

『思い出せっ、俺たちを!!貴公の仲間をっ!!……()()の事をッ!!』

 

『ギィィ……イ゛イ゛ッ―――――ア゛ア゛ァッッ!!!』

 

果たして、その声は届いたのか。

 

『深淵』が『闇の王』の身体を取り込まんとした寸前、パァン!!と、『深淵』は飛沫となって霧散した。

 

『ぐっ!?』

 

その衝撃に弾き飛ばされるソラール。

 

彼はごろごろと地面を転がるも、どうにか手を付いて身体を起こした。視線の先には荒々しく息を吐く『闇の王』の姿があった。

 

『はぁッ、はぁッ、はぁッ………!?』

 

『ッ……“王”……!』

 

『はぁッ、はッ……はぁ………ソラール、か………?』

 

酷く呼吸が乱れているものの、『闇の王』は再び自我を取り戻した。その事に安堵するソアラールであったが、次に放たれた言葉が彼の心を凍り付かせる。

 

『助かった……お前が居なければ、危うくこの神に殺されるところだった……』

 

『………なに?』

 

兜の奥で瞠目するソラール。何と『闇の王』は、自身の身に起きた事に気が付いてもいなかったのだ。

 

『何も、覚えていないのか……?』

 

『?……何がだ』

 

ソラールの動揺を訝しむ『闇の王』であったが、そんな事などは些事とばかりに『神殺しの直剣』を鞘に仕舞い、未だふらつく足取りでその場を離れてゆく。

 

『私は、次の世界を探す……お前は生き残った者たちを集め、次に備えよ』

 

『っ、待て!“王”よ!』

 

ソラールの制止に耳も貸さず、『闇の王』はそのまま姿をくらませてしまった。

 

遠く離れた戦場から勝鬨(かちどき)の声が響き渡る。無数の同胞たちの歓喜に染まった雄叫びを背に、ソラールは一人、荒れ果てた景色の中で動けずにいた。

 

そして、漠然と理解した……『闇の王』が次に“奇跡”を行使した時こそが、本当の意味での『終わり』なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『次の世界を見つけた』

 

『闇の王』が定めた次なる神殺し。その決定は絶対であり、異を唱える者など皆無であった。

 

その後はいつもの通り。他世界に散らばる同胞たちにこの事を伝え、神殺しに備えさせる。青き戦士、ラレンティウス、グリッグス、ジークリンデ。そしてソラールの計五名は与えられたその任を全うすべく、それぞれが行動を開始する。

 

……常であれば、そのはずであった。

 

『……“王”よ』

 

『何だ』

 

他の者たちが去った後に、一人ソラールはその場に残っていた。彼が視線を向ける先には、篝火の前で座り込んでいる『闇の王』の姿がある。

 

ソラールは何も語らぬその背に、自らの思いをぶつけた。

 

『あの剣は、危険だ。深淵に濡れ、ソウルそのものを消滅させる……これ以上使い続ければ、いつか取り返しのつかない事になるぞ』

 

『……何を言うかと思えば、今更そのような事か』

 

『闇の王』の腰に下げられた『神殺しの直剣』。その危険性を説くソラールの言葉を、彼はにべもなく一蹴した。

 

そしておもむろに立ち上がり、振り返る。

 

互いに兜に覆われた顔を見据え、視線のみが交差する。

 

物音一つ、呼吸音すら感じられない闇の中で向き合う二人。やがて沈黙を破り―――声を発したのは『闇の王』であった。

 

『……少し、付き合え』

 

『……?』

 

兜の奥で怪訝そうな表情を浮かべるソラールの返答も聞かず、『闇の王』は篝火へと手をかざす。それは別の場所へと転移する為の行動であり、つまりは今から行く場所に付いて来いという事だ。

 

行き先に心当たりはない。『闇の王』は神殺しを開始してからというもの、この場所か戦場のどちらかしか足を運んでいなかったからだ。

 

漠然とした疑問を胸に、ソラールは『闇の王』の傍らに立つ。

 

次の瞬間には篝火が大きく燃え盛り、二人の姿を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

まず目に入って来たのは、一面に広がる草原である。

 

腰の辺りまで伸び、人の手が加えられている形跡はない。しかしよくよく目を凝らしてみれば、伸び放題となった草むらの中には朽ちかけた人工物らしきものが見て取れる。

 

ぼろぼろの木材の欠片。鍬や鎌などの、鉄部分のみを残した農具の残骸。そして襤褸(ぼろ)切れ……これは恐らく衣服の類だろう。これらの事からソラールは、この場所がかなり前には一つの村であったのだろうと当たりを付けた。

 

何よりそう思った最大の根拠は、今も微かに感じられる……灰と骨の匂いである。

 

『こっちだ』

 

『闇の王』に言われるがままに付いてゆくソラール。

 

先頭を歩く彼は鬱蒼とした草むらを確かな足取りで進んでゆく。まるで目指すべき場所が見えているかのように。

 

そうして歩く事、数分……二人は目的の場所へとやって来た。

 

『ここは……?』

 

『ああ、()()の墓だ』

 

そこにはたった一つだけ建てられた、簡素な墓石があった。

 

長く自然に晒されていたのか、そこに刻まれた名前は掠れている。それだけではなく表面は苔むし、飛ばされてきた枯草もいくつか絡みついていた。

 

『闇の王』はそれらを慎重に取り除き、綺麗にしてゆく。

 

『……お前と初めて出会った時、彼女の事を話したな』

 

『……ああ。亡くなった彼女の為にも、不死の呪いを根絶させると……』

 

『だが、それはまやかしだった。不死の呪いはなくならず、呪われ人が消える事はない』

 

『闇の王』は手を止めず、淡々と会話を続ける。

 

『だから私は神殺しを行う事にした。神によって殺された彼女の死を無意味なものにしない為、そして未だ神々の玩具にされているであろう、他世界の人の子らを救う為―――そんな()()で、(みな)を扇動した』

 

『なっ……!?』

 

その発言に、ソラールは瞠目した。

 

他世界の人の子らを神々の呪縛から解き放つ。それが『闇の王』率いる神殺しの旅団が掲げる唯一の使命である。

 

数多の同胞たちはその言葉の元に集い、今日まで神殺しを行ってきた。己の運命はどうしようもなく終わっていようとも、せめて他の世界に暮らす人の子らだけは、神々の魔の手から救うのだと。

 

しかし、その使命を『闇の王』は建前だと言った。

 

自分たちが行ってきた神殺しが根幹から覆される発言であったが……ソラールが驚愕したのは、そこではない。

 

『……何故、それを俺に……?』

 

『お前はとうに勘付いていただろう、ソラール。私のこの行いが、単なる八つ当たりでしかないのだと』

 

ソラールが驚愕したのは、それを打ち明けたという事実である。

 

二人は不死の巡礼を全うしようとしていた頃からの付き合いだ。互いに語り合い、己の胸の内を明かし合った仲だ。その中で、()()が『闇の王』の中でどれほど大きな存在であったのか、ソラールは他の誰よりも理解しているつもりだった。

 

故にこそ、彼は『闇の王』が行う神殺しの真意に、密かに疑問を抱いていたのだ。

 

何の関係もない他世界の神々までも殺して、一体何がしたいのかと。

 

『奴を……グウィンを殺したところで、不死の呪いは消えなかった。不死の呪いを根絶させるという目的は砕かれた。彼女の死を無意味なものにしないという願いは……打ち砕かれた』

 

『………っ』

 

『だから私は(すが)った。神々を殺し尽くす事で……この『神殺しの直剣』で、あらゆる世界から神という概念そのものを根絶させる事で、彼女の死が決して無意味なものではなかった事に出来るのだと……そう信じたかった』

 

腰に下げられた『神殺しの直剣』に手をやりつつ『闇の王』が心中を吐露させるのを、ソラールはただ黙って聞く事しかできない。

 

彼の口から語られる神殺しの真実は確かに八つ当たりで、どうしようもなく破滅的であり……そして、救いようがなかった。

 

『……本当は分かっていたんだ。彼女を殺したのは神などではなく、この私なのだと。不死の呪いが刻まれた時点で姿を消していれば、彼女も死ぬ事はなかった。彼女の両親も、村人たちも、私に殺される事などなかったのだ』

 

物心ついた頃には既に一人。

 

身寄りのない少年を、彼女は優しく迎え入れてくれた。

 

村の人々も次第に心を開き、気が付けば良き隣人となっていた。

 

それを、『闇の王』は自ら壊した。

 

知ってしまったその『温もり』は手放し難く、故に何もかもを壊してしまった。

 

そんな己の罪を、醜くも神のせいにした。

 

……そう語る『闇の王』の告白を、ソラールはやはり黙って聞く事しか出来ないでいた。

 

『ソラールよ、私は間違っているだろうか』

 

『………っ!』

 

『神という概念そのものを滅ぼそうという私の考えは……間違っているのだろうか』

 

振り返った『闇の王』からの問いが、ソラールに突き付けられる。

 

何が、などと言えるはずもなかった。

 

己の罪を神のせいにし、あまつさえ他世界の神々までも殺すという所業。人の世が始まって以来の大悪行を成す『闇の王』の行いは、明らかに間違っているものだ。

 

しかし、それをソラールは口には出来ない。

 

自らも神殺しの片棒を担いでいたから……ではない。

 

それは今、目の前にいる『闇の王』が、あまりにも儚い存在であろうように思えたからだ。

 

『……俺には、貴公の問いに答えられる言葉を持ち合わせていない』

 

絞り出すようにそう前置いて、そして―――

 

 

 

『だが、俺だけは―――何があろうと、貴公の味方でいよう』

 

 

 

―――そう、言葉を濁した。

 

『あぁ………ありがとう』

 

『闇の王』から告げられた感謝の言葉を前に、ソラールは思い知らされる。己が今、どれほどの大罪を犯したのかと。

 

友の凶行を止められる最初にして最後の好機をみすみす逃し、無数に広がる他世界を危険に晒した。これより先に流れる暴虐と血の惨劇は、きっと今までの比にならない程のものになるだろう。

 

いっその事、この場で彼を……そんな思いが脳裏を掠めるも、やはりソラールは動けなかった。もはや『闇の王』を止める資格など、自身にはないのだと悟ってしまったが故に。

 

嵐のような後悔の念に駆られているソラールの胸中など知る由もない『闇の王』は、苔や枯草を払い終えた墓石に、己のソウルより取り出した花を手向けた。

 

『………それは?』

 

『ああ、彼女が好きだった花だ。名前は分からないが』

 

どうにか絞り出したソラールの言葉を受け止めた『闇の王』が呟く。

 

墓石の前に静かに供えられたそれは、たった一輪の紫蘭の花であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これがソラールの“罪”。

 

友の凶行を止める事も出来ず、取り返しのつかない過ちを犯してしまった、愚かな不死人が抱く罪。

 

しかし、それを嘆いたりはしない。否、その権利すらも今のソラールにはない。

 

共に在り続けると誓ったのだ。ならば、最期までそれを貫くのみである。例えどんな結末が待っていようとも。

 

が……その結末を前に、抗う者が彼の目の前にはいる。

 

「ハッ……ハッ……無意味、か……」

 

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

 

矮小な種族である小人族(パルゥム)として生を受けながらも、落ちぶれた一族の再興を掲げる彼は、決して折れる事の無い火の輝きを宿した目でソラールを見据える。

 

「ハッ……ハッ……ハァッ……それは、君が決める事じゃない」

 

「なに?」

 

血に塗れた身体、そして顔で、フィンはソラールに不敵な笑みを向ける。

 

小人族(パルゥム)であるという以前に、両者の力の差は歴然だ。今も肩で息をしているフィンに対し、多少の傷を負っているとはいえ、ソラールはまだまだ戦闘に支障はない。彼がその気になれば一瞬の内に勝負を決める事だって出来るだろう。

 

にも拘わらず、フィンは不敵な笑みを崩さない。

 

それは単純な力の差ではなく……己が賭けているものに対する、自負心によるものなのだろう。

 

「君にも色々と事情があるのだろうけど……そんな事、今は関係ない」

 

ザリッ、と、フィンが腰を落とした。

 

槍の構えを解き、代わりにその穂先を己の額に押し当てる。槍を握るその左手は、まるで覚悟の証であるかの如く、揺るぎがない。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」

 

直後、フィンの左手が鮮血の魔力光を帯びる。

 

そして―――

 

 

 

「【ヘル・フィネガス】」

 

 

 

発生した魔力光はそのまま体内に侵入し、魔法名―――超短文詠唱の最後の引金(トリガー)を告げると同時に、彼の美しい碧眼が鮮血の色に染まった。

 

狂猛の魔槍(ヘル・フィネガス)。フィンが持つ戦意高揚の『魔法』。

 

身体能力を向上させる代わりに、まともな判断力を失う―――この『魔法』を使ったという事は即ち、この場でソラールを倒すという事以外の全てを切り捨てたという、覚悟の表れに他ならない。

 

小さき英雄、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナは金の長槍《フォルティア・スピア》を構え直す。

 

大気を震わせる雄叫びはない。好戦欲に駆られた表情も浮かべない。

 

ただあるのは、この瞬間に己の全てを懸けるという勇鉄の覚悟のみだ。

 

「そうか……やはりお前たちは、最期まで足掻くのだな」

 

この期に及んでも勝機を掴み取りにくるフィンの姿に、ソラールは眩しいものを見るかのような眼差しを送る。

 

そして彼もまた、フィンに応えるように、己の全てを懸けた一撃を放つべく動き出す。

 

『太陽の直剣』を鞘に戻し、取り出すは『太陽のタリスマン』。彼の自作であり、特別な力は何一つとして込められてはいない。

 

そのタリスマンを頭上に掲げた瞬間、凄まじい雷光がソラールの手元に出現する。それは自然の摂理に反し、まるで長槍のように姿を形作っていった。

 

『雷の槍』。その名の通り雷を槍状にして飛ばすというこの“奇跡”は、かつてロードランを旅した者たちにとって左程珍しいものではない。威力に関して言えば、それよりも上位の“奇跡”もいくつかある。

 

が、ソラールが行使した『雷の槍』は違っていた。

 

出現した雷は膨張し、それは留まる所を知らない。すでに槍という規格には収まらない程にまで膨らみ……気が付けば、フィンの紅眼を灼かんばかりの大雷となっていた。

 

その輝きは、正しく『太陽』。

 

長さ、推定50M以上。太さは巨木の幹ほど。神話に登場する世界樹を切り倒し、真横にすれば丁度このような姿になるのだろうか。

 

それほどに巨大だった雷の束は、ソラールが右手を握ると同時に小さくなってゆく。

 

否、圧縮されているのだ。失明しかねない程の光量は次第に収まり、数秒後には彼の手にはっきりとした形の雷槍が握られていた。

 

身の丈を優に二倍は超える巨大な雷槍。穂は肉厚かつ横幅があり、全長のおよそ半分を占めている。まるで大剣の刃のようなそれは、剣と槍の両方の性質を併せ持つようにも見える。

 

細かな意匠はなく、ただ淡く発光する巨大な剣槍―――ソラールが手元に出現させたのは、そのような形をした『雷の槍』であった。

 

「この一投に全てを乗せよう」

 

ぐぐぐ……っ、と半身を引き、投擲の構えを見せるソラールは静かに呟いた。

 

狙うは、小さな英傑。瞳を鮮血色に染めたフィンは、それに応えるように腰を落とし、疾走の構えを取る。ソラールの全力の一投に、彼もまた全力で応えるつもりなのだ。

 

そして……時は来た。

 

ビキィッ!!と、踏み締められたソラールの足が地を砕く。

 

直後、彼の右腕がかき消え『雷の槍』―――否、『轟雷の剣槍』が、フィン目掛けて射出された。

 

「―――――ッッッ!!!!」

 

放たれたと同時に、神速の反射神経で動くフィン。

 

弾丸さながらの速度で地を蹴り、突き出した金の長槍の穂先は、真っすぐに剣槍の穂先に合わされる。

 

そして、激突。

 

瞬間―――全てが白く染まった。

 

「ッッ―――~~~~~~~~ッッッ!!!!」

 

音も、大気も、時すらも。その衝突の前に霧散する。

 

槍を通じてフィンの身体を轟雷が駆け抜ける。血液、筋肉、骨、臓腑を焼く。

 

幾つもの雷がフィンの身体を貫く。貫いては新たな雷が突き刺さる。

 

刹那にも満たない拮抗の末―――その小さな身体は、宙を舞った。

 

「――――――――――」

 

飛散した血液は瞬時に焼き尽くされ、錆色の霧へと変わる。

 

全身を灼かれた小さき英傑の鼓動は、動きを止める。それを見定めたソラールの双眸が、僅かに細められた。

 

勝敗は決した―――かに、思われた。

 

「―――――ッッ!!!」

 

ドクンッ、と鼓動が蘇る。

 

ギンッ!!と、紅眼がソラールを射抜く。

 

宙を舞う小さな英傑は全身の力を総動員し、空中で体勢を立て直した。

 

瞠目するソラールを尻目に、フィンが取るは投擲の構え。半身を思い切り反らせ、渾身を一投に備えるその姿は、奇しくも直前のソラールに似ていた。

 

「言ったはずだよ、ソラール」

 

投擲の直前、フィンは口の端を僅かに緩め、そして言い放った。

 

 

 

冒険者(ぼく)たちは―――諦めが悪いんだ」

 

 

 

放たれるは黄金の輝き、勇者の一投。

 

投槍魔法『ティル・ナ・ノーグ』。己の全てを魔法威力に注ぎ込み放たれる、フィンの正真正銘の切り札である。

 

「―――――ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

迸る雄叫び。この瞬間まで封じ込めていたかのような猛々しい声が木霊する。

 

焼け焦げた大気に風穴を開け、ソラール目掛けて放たれた勇者の一投。そこに込められた想い以外の一切を打ち払う黄金の輝きに、ソラールは目を奪われていた。

 

(ああ、そうか……)

 

回避も防御も、彼の頭からは抜け落ちている。

 

その身に迫るフィンの一投は、それほどまでに眩しかった。

 

(これが………諦めない者たちの、力か)

 

待ち受けているであろう悲惨な運命を受け入れてしまった自分。

 

その運命を否定し、最期まで抗おうとする者たち。

 

未だ出会った事はないが、運命の女神というものが居るのであれば、どちらに微笑むのかは明確だ。

 

それほどまでに眩い輝きを……『太陽』を、ソラールは見たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地に積もった灰は全て払われていた。

 

剥き出しの岩の地面には至る所に亀裂が走り、この場で行われた戦闘の激しさを物語っている。

 

地に倒れている者は一人。地に立っている者も、一人。

 

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナは、ソラールとの戦いに勝利したのだ。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……!!」

 

とは言え、消耗は激しい。幾つも傷を重ねた上に、高出力の雷をその身に浴びたのだ。屈強な不死人とて絶死に値する攻撃を耐え凌ぐ事が出来たのは、一重に彼が持つ不屈の精神の賜物に他ならない。

 

おぼつかない足取りでソラールに近付くフィン。彼は仰向けで倒れており、その右肩には金の長槍《フォルティア・スピア》が深く突き刺さっている。

 

「………何故、急所を外した」

 

「……そう、だね」

 

槍を握り、そのまま引き抜くフィン。

 

強引に引き抜かれた為に少なからず出血するソラールであったが、彼自身も全く気にも留めていない様子だ。

 

「……見せつけてやるため、かな」

 

「………何をだ」

 

「……僕たち、抗う者の力を……ね」

 

「………そうか」

 

短い会話を交わしたフィンとソラール。その直後、戦場より声が聞こえてくる。

 

ガレスと椿。ベート、リヴェリアにレフィーヤ。そしてティオネとティオナ。それぞれが激戦を終え、フィンの元へと集おうとしているのだ。

 

彼らの声に応えるように、フィンは槍を唸らせる。

 

そしてソラールに背を向け、最後にこう締めくくった。

 

「僕たちは絶対に諦めない……この先に何があろうと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何があろうと、絶対に諦めない……か)

 

一人残されたソラールは、脳内でフィンの言葉を反芻させる。

 

『闇の王』の凶行を止める事が出来ず、共にどこまでも堕ちてゆこうと決めていた彼にとって、その言葉は余りに眩しいものであった。

 

(ああ……眩しいな)

 

勇ましく走り出した八つの背を見送ったソラール。その兜に覆われた顔に、薄い笑みが浮かび上がる。

 

(貴公たちならば、或いは………)

 

 

 

―――――俺に出来なかった事を―――――。

 

 

 

そんな小さな希望を抱き、ソラールは。

 

微かに笑い声を上げるのだった。

 

 




エルデンリングの新トレーラーが発表されましたね。

騎乗やらオープンワールドやらの新要素がてんこ盛りのようで興奮がやばかったです。PS5を持っていないので、PS4でも発売するというのは嬉しい限りです。

トレーラーにも出た狼騎士やら、義手の女剣士やら、アリアンデルの器を頭に乗っけたスモウっぽい奴やら……早く会いたいですね。

そして海外ではあの壺人間が密かに人気を集めているようです(笑)。

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