不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第六十三話 大罪を背負った娘

『大樹のうつろ』より下った場所に存在する『灰の湖』。

 

その名の通り、灰で出来た砂浜の上に、一つの死体が転がっている。

 

物言わぬ骸と化した、亡者の……かつて父であったものの傍らに、ジークリンデは立ち尽くしていた。その背後には道中で出会った、騎士甲冑姿の不死人の姿がある。

 

彼がこの場所へとやって来た時には、すでに全てが終わっていた。素顔の見えない兜の奥で、ジークリンデは静かに涙を流していたのだ。

 

『ああ、お父様……お父様……』

 

自らの手で父を殺めた少女の背を、不死人はしばらく黙ったまま見つめていた。

 

やがて踵を返し、その場を立ち去ろうと歩き出した不死人であったが、ふと手元にある()()へと目を落とす。

 

それは『楔石の原盤』。武器、武装を最上のものへと強化する為には必須の材料であり、同時にそう易々と手に入れられるものでもない。

 

それほど貴重な代物を、ジークリンデは彼に手渡したのだ。もう自分たちには不要なものだと、そう言って。

 

『………』

 

不死人は歩みを止め、振り返る。

 

そして、父の亡骸の前で涙を流し続けるジークリンデへと向けて、口を開いた。

 

『……お前の手で逝けて、ジークマイヤーは幸せだったと思う』

 

『―――ッッ!!』

 

瞬間、ジークリンデはバッ!と振り返り、激情を宿した視線を不死人へと向けた。

 

『何を言って―――!?』

 

『私のような名も無き者の手によって殺されるよりも、遥かに』

 

『………っ』

 

淡々とした、しかし真にそう思っている事が分かる口調で話す不死人。その言葉にジークリンデは押し黙る。

 

『私にはもはや不要だが、死とはある種の救いでもある。お前は辛いだろうが、自分の娘の手からそれを受け取ったのだ。きっと……彼は感謝しているだろう』

 

『……そう、ですか』

 

不死人が言わんとしている事を理解しつつも、ジークリンデは俯きながら小さな声でそう呟いた。

 

覚悟はしていた。父が亡者となった場合、自分の手で終わらせるのだと。しかしそれは想像以上に辛く、堪えるものだった。

 

自分を殺そうとしてくる父の似姿。その身体を切り裂く自身の剣の感触。今まで倒してきた亡者や異形のそれと違い、生涯忘れる事など出来ない記憶をジークリンデの脳裏に刻み込んだ。

 

そんな“親殺し”という大罪に押し潰されそうになっていた彼女を、不死人の言葉が救ったのだ。

 

『故郷に帰ると言っていたな』

 

『……はい』

 

『そこで、彼の後を追うつもりか』

 

『………』

 

無言の返答を得た不死人は、数秒の間を置いて再び口を開いた。

 

『行くあてがないのなら、()()()と共に来ると良い』

 

『え……?』

 

『きっと、何かが変わるはずだ』

 

詳細は語らず、そう言って不死人は今度こそ踵を返した。

 

一人残されたジークリンデ。彼女は不死人の後ろ姿が見えなくなるまで、立ち尽くしたままその背を見送った。

 

後に残ったのはジークマイヤーの亡骸と、不死人の残した言葉だけ。彼女は灰の砂浜に座り込み、ぼんやりとした頭で彼の言葉を脳内で反芻させ続けた。

 

やがて彼女は立ち上がり、灰の砂浜に穴を掘り始める。時間という概念があまり意味を成さない不死人だが、その時間はジークリンデにとって妙に長く感じられた。

 

掘り終えた穴……簡易な墓穴(はかあな)に父の亡骸を横たえ、再び灰の砂を被せ直す。

 

徐々に隠れてゆくカタリナの甲冑には、古い傷と真新しい傷とが混在していた。後者は父がこの地に来てから出来たものに違いなく、それだけ多くの旅路を歩んできた証でもある。

 

そしてその場には―――恐らくは、あの不死人も居たのだろう。

 

完全に姿が見えなくなった頃には、すでに先ほどまでと同じ光景が広がっていた。僅かに盛り上がった灰の砂さえなければ、そこに遺体が埋まっているなど誰も分かりはしないだろう。

 

故に、ジークリンデは墓標を立てた。

 

父が振るっていた大剣ツヴァイヘンダーを灰の砂浜に突き刺し、ピアスシールドはそのすぐ下に。誇り高きカタリナの戦士にとって、これ以上の墓標は無い。

 

『……行ってきます、お父様』

 

埋葬を終えたジークリンデは、父の墓標に最後の挨拶をする。

 

彼が、あの不死人が為そうとしている事はまだ分からないが、きっとこの場所にはもう戻って来ないだろうと、そう思ったから。

 

別れの挨拶を終えた彼女は、まだ少しぼんやりとした足取りで地上へと歩き出す。

 

しかし、少なくとも……父の後を追おうとしていた娘の姿は、もうそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現れる不死人たちを悉く斬り伏せ、ジークリンデは剣戟の鳴り止まぬ戦場を駆けていた。

 

戦況は拮抗している様子だが、それももうすぐ覆る。“王”が見抜いた強者と思しき者たちはすでに自分たちが対処に回り、それももう終えている頃だろうから。

 

(グリッグスさんたちの方は、もう終わった頃でしょうか?)

 

周囲に散開する同胞たちを見回しつつ、そんな事を考えていたジークリンデであったが……その視界の端で、突如として巨大な爆発が起こった。

 

「っ!?」

 

大気を振るわせたそれは、正確には爆発ではなかった。その正体は、二つの巨大な質量がぶつかり合った事による巨大な拮抗の音色であった。

 

一体何が……!?と警戒する彼女の鼓膜に突き刺さったのは、数秒後に発生した轟音。

 

今度ははっきりと視認できる程に巨大な()()が現れ、その大きさは戦闘の最中にあった者たちさえも呆けてしまう程のものだった。

 

時が止まった戦場に冷気が降りる。ジークリンデもまた同様に、その氷塊に目を奪われていた。

 

そんな彼女の足元に、ふっ……と、空から何かが振ってきた。

 

「?」

 

それは帽子だった。

 

通常のものとは異なる、黒く染められた、魔術師の帽子だった。

 

「………ぁ」

 

兜の奥でジークリンデの目が見開かれる。

 

結晶ではなく氷塊。爆発の起こった場所。そして、その直前の出来事。

 

想定し得る限り、最も可能性の高い事態が彼女の脳裏に流れ込む。

 

「………」

 

時間が止まったようだった。

 

だって、この胸騒ぎが本物だったのならば、それは……と、そこで。

 

「―――ッ!!」

 

ガイィンッッ!!と、反射的に構えた盾に衝撃が走った。

 

すでに彼方へと飛んでいったのは壊れかけた大剣。それを投げつけた人物は、盛大に舌打ちを打ってこちらへと急接近していた。

 

「チィッ!防ぎやがった!!」

 

「何やってんさーっ、ティオネー!?」

 

「うるせぇ!!黙ってろ馬鹿ティオナ!!」

 

場違いな口喧嘩をしながらやって来たアマゾネスの姉妹、ティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒリュテ。彼女たちは赤い吐息を置き去りにしながら、ジークリンデの元へと矢のように接近する。

 

二人を視界に収めたジークリンデは無言で構えを解き、その姿を見据え―――、

 

 

 

ダンッッ!!と、地を蹴った。

 

 

 

「「 ッッ!! 」」

 

並んだ二人をまとめて両断する勢いで放たれた大薙ぎの一撃をティオナは跳躍で、ティオネは身体を反らせる事により回避する。

 

ザザッ!と地面を削り急停止した二人は素早く振り返り、大剣を振り抜いたままの格好で佇むジークリンデを睨みつける。

 

「……安心して下さい」

 

不意に呟くジークリンデ。

 

それは二人に向けられたものではなく、ここにはいない……否、もうすでにこの戦場にはいない()()へと向けられたものだ。

 

戦闘が始まってから感じた、一際大きな三つの戦いの余波。一つ目は離れていても分かる凄まじい轟音、二つ目は目を焼くほどの火柱。そして三つ目は、今しがた目撃した巨大な氷塊―――その数は、共に走り出した()()の数と同じなのだ。

 

全てを悟ったジークリンデは振り返り、大剣の切っ先をティオネとティオナへと向ける。

 

「……皆さんの分まで、私が倒しますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何を考えているんだい?』

 

そう言いながら、グリッグスはジークリンデの隣に座り込んだ。

 

場所は無数に散らばる世界の内の一つで、“王”がその世界の神を殺した直後の事だった。戦いの余韻が冷めやらぬのか、まだ数十人ばかりだった同胞、闇の騎士たちが勝利の雄叫びを上げている。

 

“王”は次の世界を探しに行っており、その間の僅かな休息を取っていた時、ジークリンデはグリッグスに話しかけられたのだ。身体の所々を戦いで汚した彼は、それ以上に鎧に傷を付けた彼女の事を心配している様子だった。

 

『何を、とは……?』

 

『共に行動してからそれなりに経つが、どうにも君は、自身の事をないがしろにしているように感じてね』

 

『ないがしろに……ですか』

 

グリッグスがそう感じた理由は、ジークリンデの戦い方にあった。

 

死をも恐れぬと言えば聞こえは良いが、その実、彼女は自分がどうなろうと構わなかったのだ。父を殺したという罪の意識は確実に彼女を(さいな)み、それが無茶な戦い方をする原因になっていた。

 

『……そうですね。でも、それで良いんです。私にはもう戦い続ける事くらいしか、生きていく意味がないので……』

 

『………』

 

自嘲するようなジークリンデの言葉を、グリッグスは静かに聞いていた。

 

そして彼は視線を前へと向け、ぽつりと話し始めた。

 

『私には師がいた』

 

『?』

 

『いや。正確には、私が勝手に師と崇めていただけなのだろうが……』

 

それは彼自身の話だった。

 

大魔術師ローガンとの出会いと、ロードランでの出来事。そしてその最期。全てを語ったグリッグスはローガンの遺した杖を取り出し、それを掌でなぞりながら、再びジークリンデに語りかける。

 

『私は、師の介錯を“王”にさせてしまった。私にもっと力があればと考えるのは傲慢以外の何ものでもないが、それでもと考えてしまう事はある』

 

『……“王”から聞いたのですね、私の事を』

 

『……ああ』

 

グリッグスが話しかけてきた理由、そして言わんとしている事を察したジークリンデは、しかし未だ虚ろ気だった。

 

大切な人を殺してしまった者の気持ちは当人にしか理解出来ない。いくら慰めの言葉を投げ掛けられようとも、決して罪の意識が取り払われる事はない。

 

だが……グリッグスが次に語ったのは、そんなありきたりな言葉などではなかった。

 

『私たちはすでに“王”の為に戦うと決めた者たちだ。君もここまで来たのなら、いい加減覚悟を決めろ』

 

『……え?』

 

予想だにしなかったその言葉に、ジークリンデの視線がグリッグスにぶつかる。

 

兜の奥にある眼差しを正面から受け止めたグリッグスは、真摯に己の言葉を紡ぐ。

 

『共に戦う覚悟がないのなら今すぐ去れ。だが共に戦うのと言うのなら、私たちは仲間だ。君が抱く罪の意識もいつか乗り越えられる日が来るまで私が、私たちが共に居よう』

 

『……っ!』

 

仲間。故郷を離れて久しく聞いていなかった言葉は、ジークリンデの心を強く揺さぶった。

 

これほど行動を共にして今まで気が付かなかったその存在を意識した彼女の目に、確かな気力の色が宿る。

 

『………はい』

 

口元に微笑を浮かべたジークリンデは立ち上がり、兜を取る。

 

素顔を晒した彼女の笑みを見たグリッグスもまた、安堵したように微笑んだ。

 

『ありがとうございます……グリッグスさん』

 

『良いんだ、仲間なら当然だろう』

 

その時、遠くの方から声が聞こえて来た。

 

ラレンティウスが呼ぶ声に応え、二人は並んで歩き出す。ソラールと青き戦士、同胞たち。そして次の世界を定めた“王”の待つ場所へ。

 

―――仲間たちの待つ場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴキィィンッッ!!と響き渡る重厚な金属音。

 

「こんのぉーーーっ!!」

 

「……ッ!」

 

バスタードソードと大双牙(ウルガ)がぶつかり合い、激しい火花が散る。両手持ちで振るったティオナに対してジークリンデは右手一本だが、どうやら両者の力は拮抗しているようだ。

 

そう、拮抗しているのだ。

 

(力が増している?)

 

ジークリンデはその手応えに違和感を覚えた。先程の戦いではティオナは受ける事は出来ても、ここまで持ち堪える事はなかったからだ。

 

何か絡繰りがあると踏んだジークリンデはそれを突き止めようとするが、ティオネの追撃がその思考を中断させた。

 

「ッらあァ!!」

 

ティオナの背後、ジークリンデからは死角となる場所から飛び出したティオネの右拳が突き上がる。岩をも容易く打ち砕く剛拳が顔面に迫るが、彼女はこれを身体ごと回転させる事で迎えた。

 

「うあぁっ!?」

 

「くっ!?」

 

その勢いでティオナを吹き飛ばし、同時にティオネの身体を左手に構えた盾の(ふち)で殴り飛ばす。ヂッ!と掠った右拳の衝撃にジークリンデは目を見開き、反射的に二人から距離を取った。

 

(彼女も……!)

 

ぞり、と兜をなぞれば、拳が掠った箇所だけが僅かに抉れている。もしもまともに受けていれば、これだけでは済まなかったに違いない。

 

「……成程。()()が力の絡繰りですか」

 

先程までの二人ではないと理解したジークリンデの目がすっ、と細まる。

 

()()とは、二人の口から洩れる赤い吐息だ。

 

ティオネのスキルである【憤化招乱(バーサーク)】と【大反攻(バックドラフト)】。そしてティオナの【狂化招乱(バーサーク)】と【大熱闘(インテンスヒート)】。それらが合わさり、今の二人の力は過去最大にまで引き上げられている。

 

が、無償で得られる強大な力などありはしない。

 

(『赤い涙石の指輪』と似たようなものでしょう。なら、今の彼女たちは瀕死のはず)

 

気は抜けない、しかし決定打を与えれば勝てる。ジークリンデは今度こそ二人の息の根を止めんと、大剣を握る手に力を込めた。

 

時を同じくして、ティオネとティオナの二人はと言うと……。

 

「クソがッッ!!あと一歩だったってのにッ!!」

 

「あー、もー。ティオネったらうるさいー」

 

「黙ってろ馬鹿ティオナ!!」

 

怒り狂うティオネと、彼女らしく呑気な調子で不満を垂れるティオナ。

 

そんないつも通りの様子が神経を逆撫でし、ティオネは今にも爆発しそうなほどの激情を蓄積させ続けている。

 

「次こそぶっ殺すッ……!」

 

「でも、また同じようにやっても意味ないと思うよ?あの人、すっごく強いし」

 

「あァ!?ならテメェは何か手があるってのかよ!!」

 

「え?んー……」

 

今にも噛み付きそうな姉を、妹はうんざりした様子で見やる。同時に何か策はないかと考えを巡らせるが、自分はそれほど頭が良くない事を自覚しているティオナは即答する事が出来ない。

 

だから、最もやりやすい方法を提案した。

 

「じゃあ、あたしがティオネに合わせるよ」

 

「……はぁ?」

 

「だからさ、ティオネは好きに戦って?その方が多分やりやすいし」

 

一気に毒気を抜かれたティオネは間抜けな声を漏らしてしまう。

 

……そうだ、こいつは昔からそうだった。能天気な風に見えて、自分よりもよっぽど周りが見えている。怒りに我を忘れる事などなくて、決して離れる事のない月と太陽のように、生まれた時から常に自分と共に居た。

 

だから、こんな事まで言えるのだ。

 

「……くそっ」

 

「え?何か言った?」

 

「……うっせぇ」

 

ふぅ、と息を吐き、腹に溜まった熱を放出させる。そうして冷静になった頭で目の前の敵を見据えたティオネは、ティオナに言葉を放り投げた。

 

「頼んだわよ、ティオナ」

 

「うん!任せて!」

 

何の不安も感じさせない声を受け、ティオネは再び走り出した。

 

徒手空拳のままジークリンデに肉薄し、拳を見舞う。スキルによって大幅に強化された膂力は並み外れており、そのどれもが必殺に相当する。

 

「おおぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」

 

「ッ、……ッ!!」

 

が、動きは単純。故に軌道は予測しやすく、ジークリンデはティオネの攻撃を正確に防いでいる。繰り出される拳には盾を、放たれる蹴りは大剣の腹で受け、致命の一撃には届かせなかった。

 

もちろん油断は出来ない。何せ敵は、彼女一人ではないのだから。

 

「だあぁぁああーーーーーっっ!!」

 

と、大きな掛け声と共に現れたのはティオナだ。

 

つい先程と全く同じ、立ち位置が入れ替わっただけの単純な奇襲攻撃を察知したジークリンデはピアスシールドを突き出してティオネを牽制。同時に頭上から迫るティオネの攻撃を、バスタードソードで迎え撃とうとする。

 

しかし……。

 

「―――なんちゃって!」

 

「なっ……!?」

 

その大剣は空を切った。

 

刃同士がぶつかる直前、曲芸さながらの動きで身体を回転させ大双牙(ウルガ)を引いたのだ。ティオナはそのままジークリンデの背後に着地し、一方で力いっぱい大剣を振るった彼女は、勢いのままに前のめりとなってしまう。

 

その隙をティオネは見逃さない。

 

「掴んだッ!!」

 

「! しまっ―――」

 

ガシィッ!と、盾を突き出した左腕を取られる。そのまま背負い投げの要領で、ジークリンデを思い切り地面へと叩きつけた。

 

「かはッ!?」

 

仰向けに倒れたジークリンデの上に跨るティオネ。圧倒的優位な体勢を掴み取り、このまま決着かに思われたが―――次の瞬間、目の前が白く染まった。

 

「っ―――ッッ!?」

 

気が付けば遠く飛ばされており、おまけに全身には強く叩かれたような痛みが走っているではないか。視界の端にはティオナが目を見開き、驚愕の表情をこちらに向けている。

 

奇跡『放つフォース』であった。地面に倒れたと同時にタリスマンを取り出したジークリンデが咄嗟に放ったこの奇跡により、再び戦局は分からなくなる。

 

「ティオネ!?」

 

「私に構うな!!」

 

吹き飛ばされながらも鋭く言い放つティオネ。その声に押されたティオナは視線を戻し、体勢を立て直したジークリンデと刃を交えた。

 

「フッ!!」

 

「うっ!?こ、のぉーーーっ!!」

 

ひと息の内に幾つも見舞われる斬撃。どちらも重量級に分類される武器だが、互いにそれを自分の手足のように巧みに操っている。

 

しかし、真正面からの打ち合いではジークリンデに僅かに軍配が上がる。バスタードソードと大双牙(ウルガ)では重量は大きく違い、その分前者の方が取り回しが速いのだ。

 

(やはり、単純な膂力ではティオネ(あの人)の方が強い)

 

打ち合いの最中で姉妹の腕力の差を見抜いたジークリンデは、先にティオナから始末するつもりのようだ。今の二人に協力されると厄介であると踏み、更に斬り結ぶ速度を上げてゆく。

 

「ぐっ!―――っつぅ!?」

 

嵐のように迫る斬撃が、次第にティオナの身体に傷を付けてゆく。肩や脇腹、太腿、致命的なものは辛うじて防いではいるものの、この状況が果たしていつまで保つ事か。

 

一方、盛大な土埃を上げて墜落したティオネ。彼女は全身の痛みも無視して立ち上がり、ぺっ、と唾を吐き捨てた。

 

「ンのアマァ……!!」

 

ラウルなどの気の弱い者が見れば、粗相をしかねない危険な表情を浮かべる。そんな彼女の背に迫るは、幾人かの闇の騎士たちであった。

 

「殺せ、殺せぇ!!」

 

「“王”の敵だ!!」

 

各々が武器を振り上げ、一斉に飛び掛かる。奇襲に成功したとほくそ笑んだ闇の騎士たちであったが―――その内の一人の意識が、瞬時に黒く染まった。

 

「げべぇ……?」

 

その者の顔面にめり込んでいるのは、ティオネの肘鉄。粉砕された髑髏の面の隙間から赤黒い液体が噴き出し、宙を舞っている。

 

「殺せだの何だの……」

 

どす黒い感情を剥き出しにした狂戦士(アマゾネス)は顔面を潰された闇の騎士の腕を引っ掴み、そして―――。

 

「ぎゃあぎゃあ喧しいんだよッ、この白蟻どもがぁッッ!!!」

 

フルスイング。

 

力に任せた大振りはその場にいた全員を巻き込み、悲鳴すらも残せずに戦場の遥か彼方にまで叩き飛ばされていった。後には、彼らが取り零してしまったいくつかの武器だけが残った。

 

「……あん?」

 

苛立ちに任せて頬をぐい、と拭ったティオネは、その時何かに気が付いた。

 

彼女の視線は足元へと向いており―――。

 

 

 

 

 

「うっ、おおりゃぁぁあああああああっ!!」

 

ジークリンデの猛攻にティオナは未だ耐えていた。

 

スキルによって強化された今の身体でなければ、とっくにやられていた。しかしそれも時間の問題。時が進むごとにティオナの身体には傷が重ねられてゆき、その分だけ劣勢に傾いてゆくのだから。

 

「くっ、ううぅう!?」

 

血が流れ、動きが鈍くなる。もうこれ以上は……と焦りが募り始めた、その時だった。

 

風を切って飛んできた短剣。それはジークリンデの兜に命中し、甲高い金属音を響かせる。

 

「ッ!?」

 

「ティオナ!!」

 

ジークリンデがよろめくのと、ティオネの声が耳を打ったのは同時であった。見れば彼女の右手には大剣―――クレイモアだ―――を携えているではないか。

 

自分たちが持つ本来の得物ではない、この戦場で手に入れた武器を真横に振りかぶったティオネは、地を蹴りながら大声で言い放つ。

 

「伏せろッ!!」

 

「うわぁっ!?」

 

その声に、ティオナは咄嗟に身を屈めた。振り抜かれた大剣は彼女の頭上すれすれの所を通過し、その先にいるジークリンデへと一直線に突き刺さる。

 

「ぐッ―――ううっっ!!」

 

直前でバスタードソードを滑り込ませる事に成功するも十分な体勢でなかった為か、彼女は地面に二本の線を削りながら大きく後退させられる。そしてこの機を逃してなるものかと、ティオネもまた即座に追いすがった。

 

「ちょっ、ティオネ!?」

 

またぞろ姉の悪い癖が出てしまったか、と焦るティオナ。しかし、そうではない。

 

「来なさい、ティオナ!!」

 

「!」

 

「あんたが私に合わせるなら、私もあんたに合わせる!!二人でやるわよ!!」

 

「っ―――うん!!」

 

滅多にない事……あのティオネが自分に合わせて戦うなど思いもしなかったティオナは、身体の痛みも忘れて満面の笑顔を浮かべた。そして刃こぼれだらけとなった大双牙(ウルガ)を手に、追従するように姉の背を追う。

 

性格も何もかもが正反対なアマゾネスの双子の、共闘(コンビネーションプレイ)が始まった。

 

「ッ、だから……何だって言うんですか!!」

 

ザッッ!!と強引に勢いを殺したジークリンデが吠える。

 

二対一は確かに不利だが、一人ずつ確実に相手をすれば問題はない。彼女は手始めにティオネをこの場から離し、その隙にティオナを仕留める事に決めた。

 

盾を消し去り、構えるはタリスマン。『放つフォース』を撃ち、白い光の束が肉薄するティオネを叩く―――直前。

 

彼女は手にした大剣を地面に突き刺し、タンッ!と軽やかに宙へと逃れた。

 

「二度も同じ手なんざ喰うか!!」

 

典型的な猪突猛進型だと思い込んでいた敵の予想外の動きに驚愕するジークリンデ。『放つフォース』は地面に突き刺さった大剣のみを破壊し、後方にいたティオナには全く影響を与えない。

 

上空より迫るティオネに対し、咄嗟にバスタードソードの切っ先を突き付ける。身体を反らして逃れようと、その先を読み取って両断せんとしたジークリンデだったが、ここでも彼女の思い通りにはならなかった。

 

接触する瞬間、ティオネが腰から一振りの短剣を抜き去ったのだ。そしてバスタードソードの刃を避けるのでなく、手にした短剣で刃を合わせながらジークリンデに肉薄する。

 

「なっ!?」

 

全く予想外の動きに身を固まらせる彼女の肩に着地したティオネがドンッ!と強く蹴りつける。肩で弾けた衝撃に身体を押し出されたジークリンデを迎えたのは、大双牙(ウルガ)による渾身の一撃だった。

 

「さっきのぉ、お返しぃっ!!」

 

「くあぁッ!!」

 

地を削り放たれた大双牙(ウルガ)の一撃が、今度こそ決まった。それは鎧に一直線の傷を付け、そこから少なくない量の血が噴き出す。

 

更に、追撃のティオネの回し蹴り。兜を歪ませるほどの蹴りはジークリンデの脳を揺らし、一瞬地面の行方を見失ってしまう。

 

が、それさえも踏み止まった彼女は、自身の中で戦法を変更させた。

 

(一対一に持ち込むのは無理……ならっ!!)

 

瞬間、がばっ!とティオネの方を振り向く。倒れはしないまでも怯みはするだろうと踏み、拳を振りかぶっていたティオネは瞠目した。

 

ジークリンデはすでに大剣を振りかぶっている。ティオネにあるのは短剣のみ。渾身の一撃で振るわれる大剣を防ぐ手立ては彼女にはない―――この瞬間までは。

 

「ティオネ!!」

 

「ッ!!」

 

己を呼ぶ声と共に飛んで来たのは、ボロボロの大双牙(ウルガ)だった。

 

短剣を投げ捨てたティオネはLv.5の反射神経でそれを掴み取り、すんでの所で大剣の一撃を防ぐ事に成功する。先にティオネを倒そうという目論みを崩されたジークリンデの顔が、苛立ちと焦燥の色で歪む。

 

「ぐうぅ―――ッらあぁ!!」

 

「ッく!!」

 

拳に体重を乗せかけていた不利な姿勢から無理やり押し返し、がむしゃらに大双牙(ウルガ)を振り回す。本来の持ち主ではないティオネの乱暴な扱いに大双牙(ウルガ)は振るわれるたびに刀身が軋み、欠け、悲鳴を上げ続けている。

 

しかし、それはジークリンデも同じ事だ。これまでの戦闘で酷使し続けたバスタードソードの刀身は刃こぼれし始め、ピアスシールドもまた罅が生じてきている。繰り広げられる打ち合いに限界が来ているのは、もはや明白であった。

 

そして、遂に―――バスタードソードの刀身が、根本から砕けた。

 

「「 !! 」」

 

同時に大双牙(ウルガ)が宙を舞う。その二つある刀身の内、片方は真っ二つに折れていた。

 

これでお互いに武器はない……という訳ではない。少なくともジークリンデの手にはまだ、ピアスシールドがある。

 

「はあぁッッ!!」

 

正しく渾身。二人は無理でも、せめて目の前にいるこの敵だけはここで自分が倒すと、そんな覚悟を込めた鋭い一撃。

 

確実に仕留めるつもりで放たれた一突きは、吸い込まれるようにティオネの顔面へと迫り―――。

 

 

 

ガギンッッ!!と、ティオネの歯がそれを止めた。

 

 

 

「………なっ」

 

本日最大の衝撃がジークリンデを襲った。

 

なんと繰り出された一撃をティオネは歯で、文字通り食い止めたのだ。思い切り牙を剥き、血走った目玉でこちらを睨みつけるその様相は、まさに獣そのものだ。

 

一歩間違えれば即死の危険極まる狂行に、流石のジークリンデも信じられないとばかりに声を漏らす。

 

「ばっ、馬鹿ですか、貴女は……!?」

 

「……舐めんな(はへんは)

 

驚き、動揺しているジークリンデの思考を引き戻したのは、左手に伝わった衝撃だった。

 

「えいさぁああーーーっ!!」

 

宙を舞った大双牙(ウルガ)を掴み取ったティオナが、ピアスシールドの先端部分を断ち切ったのだ。罅が生じていたせいもあり、その際の衝撃で盾は粉々に砕け散ってしまう。

 

呆然としていたジークリンデに、ティオネは金属片を吐き捨てながら問いかける。

 

「ぺっ……もう武器は打ち止めか?」

 

「―――ッ!!」

 

折られたバスタードソード。砕かれたピアスシールド。残るはタリスマンのみ。

 

すぐ目の前には二人の敵。奇跡を使おうと確実に躱される。予感ではなく、確信。

 

あらゆる思考がジークリンデの敗北に繋がる。しかし、それでも、彼女は諦める事など出来ない。

 

彼女にも―――仲間がいるのだから。

 

「うぅ……ぁぁあああああああぁぁぁああああああああああああああっっっ!!!」

 

選んだのは癇癪を起こした、子供のような反撃だった。

 

カタリナの騎士であった彼女が振るう拳は、単純に力任せのもの。生粋の戦士であるアマゾネスの双子が振るう拳に比べ、それはあまりに拙い。

 

この時すでに、勝負は決したのだ。

 

「ティオナぁ!!」

 

「うん、ティオネ!!」

 

二人は互いの名を呼び合い、拳を引いた。

 

それは鏡合わせのようにぴったりと息の合ったものであり―――次の瞬間には、二つの拳が繰り出されていた。

 

弾ける衝撃。

 

宙を舞うジークリンデの身体。

 

やがて地面に落下し、砕かれた兜と鎧の欠片をまき散らしながら、ごろごろと転がってゆく。

 

(みん、な………)

 

朦朧とする意識の中、彼女は瞼の裏に仲間の姿を思い浮かべた。

 

多くの同胞たちに、青き戦士、ラレンティウス。ソラールと、“王”の姿。

 

そして最後に浮かんできたのは、グリッグスの姿であった。

 

(グリッグス……さん………)

 

真に己を導いてくれた魔術師の笑みを幻視しながら―――ジークリンデは、意識を手放した。

 

 




前話で遅くならない内に投稿したいと言っておきながら、2ヵ月近くもかかってしまいました。

次回の更新もいつ頃になるかは分かりませんが、頑張って行きたいと思います。今後もよろしくお願いします!





……あとゴブスレ×ブラボの話って、需要あるのかしら?

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