不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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お久しぶりです。

久々の投稿となりましたが、今年中の完結を目指して頑張ります。これからも、よろしくお願いします!


第六十二話 狂気と絆

突き進む不死人たち。

 

勢い付く彼らは止まらない。先陣を切ったバンホルトとヴァンガルの後に続き、襲い来る闇の騎士たちを相手に、互角以上の戦いぶりを演じて見せる。

 

このまま行けば……ふとそんな考えが一人の不死人の頭を過ぎった、その時。

 

 

 

青白い閃光が、その不死人の額を撃ち抜いた。

 

 

 

パッ、と宙を舞う少量の血。同時に身体から力が抜け落ち、駆けていた勢いのままに地面へと倒れ伏す。

 

「ッ、気を付けろ!!奥に魔術師が……!!」

 

仲間の死に警告の声を上げるのは別の不死人。しかし彼もまた、人垣の奥から放たれた魔術によって頭部を穿たれる。

 

「なっ、ぁ!?」

 

「うッ!!」

 

「カッ……」

 

次々と放たれる閃光の正体は『ソウルの矢』だ。数ある魔術の中でも最もありふれたそれは、しかし桁外れの威力と正確さを以て、悉く不死人たちを仕留めてゆく。

 

加えて、多くの闇の騎士たちによって魔術の行使者の姿は見えない。奥にいる術者を叩く事も出来ず、攻勢に進んでいた不死人たちは一転、押し返されるようにその勢いを失ってしまう。

 

「これは……!」

 

バッ!と、一人の闇の騎士が後ろを振り返る。

 

その視線の先には―――。

 

「私も前へ出る。魔術の心得のある者は共に来てくれ」

 

―――ローガンの杖を真っ直ぐに構える、グリッグスの姿があった。

 

彼の鋭い眼差しは戦場へ……否、その更に奥にいる魔術師(魔導士)へと向けられていた。

 

 

 

 

 

「【―――閉ざされる光、凍てつく大地―――】」

 

詠唱を紡ぐリヴェリア。その佇まいや雰囲気は、同じ【ロキ・ファミリア】の構成員であっても見た事のないものであった。

 

真っ直ぐに前方のみに定めた視線。動かない表情。そして、その足元から噴き上がる魔力の奔流。静謐(せいひつ)さすら感じさせる詠唱とは裏腹に、オラリオが誇る最強の魔導士には明らかに余裕がなかった。

 

(一瞬でも気を抜けば、持っていかれる……ッ!!)

 

滲んだ汗は即座に浮き上がり、消える。脳内の細胞が焼き切れそうなほどの魔力を伴って詠唱したのは、一体いつ以来だろうか。

 

ふと浮かび上がった疑問も、汗と共にかき消える。今の彼女の中にあるのは詠唱の完成のみであり、それを実現させるには、限界まで集中する事が必要不可欠。故にリヴェリアは杖を握るその指を未熟者のように白くしながら、一言一言に魔力を込める。

 

……が、それをみすみすと許すグリッグス()ではない。

 

「ッッ!!」

 

カッ、と、味方である不死人たちの人垣の隙間を突き抜けた青き閃光。

 

リヴェリアがその閃きを視認したと同時に、彼女の右肩に鋭い衝撃が走った。

 

「―――ッ!?」

 

魔術『ソウルの矢』がリヴェリアの肩を射抜き、貫通する。

 

高い魔力耐性を持つ布に見事に開けられた穴から鮮血を流しながらも、彼女は倒れる事はなかった。崩れかけた体勢を無理やり立て直し、乱れた魔力の流れを再度詠唱する事で立て直しを図る。

 

「フ、ゥッ……【―――終焉の前触れよ、白き雪よ―――】……!!」

 

激痛(痛み)に噴き出した汗を飛ばしながら、目の前を睨むリヴェリア。こちらを正確に捉えているであろうグリッグス()の姿を脳裏に描きながら、彼女はただ黙々と魔力を練り上げ続けた。

 

 

 

 

 

「ぬぅっ!おのれ、猪口才な!!」

 

不死人たちの勢力の最前線では、バンホルトが苛立ちを隠さずに声を荒らげていた。

 

現在、彼らはグリッグス率いる魔術使いたちの攻撃の脅威に晒されていた。後から合流したグリッグスは魔術を使える者を集めて最前列に並べ、その隣に強固な盾持ちを並べてじわじわと進攻している。

 

不死人たちの中で強力な遠距離攻撃の手段を持つ者は率先してグリッグスの標的となった。彼らは等しく頭部を穿たれて絶命、残されたバンホルトたちの中には相手を一撃で仕留めうる、遠距離からの攻撃手段を持つ者は皆無であった。

 

「ぬうぅうっ!!これが貴様らのやり方かぁっ、恥を知れぇいっっ!!」

 

「無駄に吠えるな、バンホルト。狙われるぞ」

 

ヴァンガルは身を屈めたままの体勢で、額の前で交差させた双剣越しに敵を観察しながら、隣で怒鳴るバンホルトの事を諫める。

 

絶えず降り注ぐ魔術の雨に、彼らは防戦一方となっていた。最前列の者たちは盾を対魔術用のものに切り替え、それがない者はとにかく頑丈な盾を取り出し、盾すらない者は己の武器を前方に構えて防御の体勢を取る。つい数分前までとは正反対にひっくり返された戦いの構図が、そこにはあった。

 

(とは言っても、このままでは埒が明かない)

 

ヴァンガルは殺到する魔術の嵐を凌ぎつつ、この局面を突破する糸口を探していた。しかし攻撃の手は激しく、下手に動けばこちらが全滅されかねない。

 

何か手は無いのか……じりじりと後退させられる不死人たちの集団の先頭に立つヴァンガルは、ここで足元に一人の闇の騎士が倒れている事に気が付いた。

 

「ぐ、ぅぅ……!」

 

その騎士は呻き声を漏らしており、まだ完全に死んではいない様子だ。しかし深手を負っているのか、すぐ目の前にいる不死人たちに斬りかかる事も出来ずにいた。

 

「……!」

 

それを見たヴァンガルの脳裏に奇策が浮かぶ。

 

否、それは策とも呼べぬ代物だ。上手く行けばこの局面を打破できるが、それは余りに危険な賭けとなるだろう。

 

が―――それでもやらなければ状況は変わらない。

 

(……もとより、一度死した身だ)

 

それならば、何を躊躇う事があろうか。

 

ヴァンガルは目の前で交差させていた双剣を解き……それを足元に横たわる闇の騎士の身体に、深く突き刺した。

 

「ガッ!?」

 

「なっ……貴公、何を!?」

 

突然のこの行動にバンホルトが目を剥く中、ヴァンガルは双剣を持ち上げる。必然、闇の騎士の身体は彼の前方に掲げられ、それはあたかも大盾のようであった。

 

「私が奴らの気を惹き付ける。後の事は任せた、バンホルト」

 

「ッ、待て!早まるでない!」

 

言うや否や、ヴァンガルは地を蹴り飛び出してゆく。意図を理解したバンホルトの制止の声を置き去りにし、鎧を纏った獣は猛然と魔術師たちの群れを目指した。

 

「オオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

迸る雄叫びは、正しく獣のそれだ。

 

魔術避けの為に掲げられた哀れな同胞の姿を目の当たりにした敵兵たちの間に動揺が走る。その身体が消えていないという事は、まだ生きているという事。闇の騎士たちにも存在する仲間意識を逆手に取ったヴァンガルのこの行動に、彼らは僅かに攻撃の手を緩める事となった。

 

「何をしているッ!!」

 

それを打ち破ったのはグリッグスの一喝。同時に放たれた魔術が闇の騎士の頭部を撃ち抜き、痛みに悶えていた身体から力が抜け落ちる。

 

「狼狽えるな!この程度の事で、我らの使命を忘れるなっ!!」

 

「は、はいっ!!」

 

その声に突き動かされ、再び魔術の嵐が吹き荒れる。標的をヴァンガルただ一人に定めての攻撃はすさまじく、激しい衝撃が彼の身体を突き抜けてゆく。

 

「ぐぅ、ぅおおおおおおおおおッッ!!」

 

しかし、死した直後の闇の騎士の身体はまだ完全に消えてはいない。それを頼みの綱としたヴァンガルは手足を裂く魔術など気にもかけずに、一気に敵陣へと到達した。

 

「ッ!!」

 

無謀としか言いようのない賭けに勝ったこの不死人に、グリッグスが信じられないという表情で目を剥く。が、即座に気を入れ替え直し、今度こそその息の根を止めんと杖を構えた。

 

が、それを遮ったのは、他でもない闇の騎士たちだ。

 

「っ、何を……!?」

 

「グリッグス殿、こちらへ!!」

 

「奴は我々が!!」

 

ただ一人で戦況を覆すほどの魔術を操るグリッグスを万が一にでも失わない為に、闇の騎士たちは彼の身の安全を最優先にして動いたのだ。

 

「……すまない、ここは任せる!」

 

「ハッ!!」

 

彼らはグリッグスを取り囲み素早くヴァンガルの前から逃し、入れ替わるようにして他の者たちがそれぞれの武器を振り上げる。

 

それに対し、ヴァンガルはその桁外れの膂力に任せ、両手の剣を存分に振り回す。

 

「逃さんッッ!!!」

 

「ぎゃっ!!」

 

「ぐあぁッ!?」

 

赤錆の浮いた直剣と曲剣にさほどの切れ味はない。それでも、その重さで振り下ろせば容易に肉は絶たれ、骨は砕かれる。暴力の化身と化したヴァンガルは大将首……つまりはグリッグスをこの手で討ち取らんと、殺到する闇の騎士たちを片端から斬り伏せてゆく。

 

が、それにも限度というものがある。

 

四方から放たれる魔術、そして剣や槍といった武器。直前に放たれたグリッグスの声に従い同士討ちをも辞さない彼らの攻撃は、確実に彼の体力を削ぎ落していった。

 

「ぐっ、ぬぅ……!!」

 

一人の敵を斬り飛ばしたところで、二人の敵に背後から斬り付けられる。

 

振り返り、まとめて首を刎ねたところを、今度は四人の魔術師から魔術を喰らう。

 

一瞬ごとに傷を増やしていくヴァンガルは血を吐きながら、それでも止まらない。この命は全て()の為に費やすと、この地に赴く時にそう決めたのだから。

 

「ぅぅ……ォォオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

斬る。斬る。斬る。

 

獣の咆哮を宿した斬撃を、命の続く限り放ち続ける。視界が赤くなり、黒く霞んでも。鼓膜を震わせる戦場の音が、脳内に響かなくなっても、なお。

 

そうして走り続けた彼の膝が、とうとう地に付いた。

 

辛うじて見えるのは鋭い槍の穂先。それを握る者の姿も、すでによく見えない。

 

(ここまでか……)

 

己の死を悟ったヴァンガル。その脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように蘇る。

 

フォローザ……物心ついた時から隣国との戦争を繰り返していた国に生まれ、自身もまた戦しか知らなかった。そんな男が首だけとなり、そして()と出会い、今こうして()の力となって戦ったのだ。

 

そして、今になって思えば、このような死に場所を望んでいたのかも知れない。

 

自軍からも恐れられた愚かな力ではあったが、それが少しでも役に立ったというのであれば……。

 

「ああ……悪くない」

 

そう呟き、兜の奥で密かに口角を吊り上げる。

 

グリッグスを討ち取れなかったという心残りはある。それでも、ある種の満足感にも似た感情を覚えたヴァンガルは、静かに瞳を閉じ―――。

 

 

 

「うおおぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

―――突如、彼の背後から凄まじい怒号が響き渡った。

 

「ぬぅぅんっ!!」

 

「がぁッ!?」

 

その声の主はヴァンガルを飛び越え、いざ穂先を突き出さんとしていた闇の騎士を、その蒼き大剣で両断した。

 

血飛沫を上げて倒れる敵兵の前に立つその男……バンホルトはすぐさま振り返り、力の抜けかけたヴァンガルの口元に自身のエスト瓶を突っ込む。

 

「さあ、早く飲め!!」

 

「む……っ」

 

途端に癒えてゆく傷口。エスト瓶の中身が少なく、そして深手ゆえに完治には程遠くとも、一先ず止血程度にはなる。

 

「誰でも良い!回復の奇跡を使える者は居らぬか!?」

 

バンホルトは身近な不死人にヴァンガルの傷を回復するよう指示を出す。すぐさま駆け付けて来た不死人たちは奇跡を行使し、その間彼は襲い来る闇の騎士たちとの戦闘の矢面に立った。

 

「死に急ぐでない、ヴァンガル殿!!」

 

敵と斬り結びつつ、自らも血に塗れた髭の偉丈夫は叫ぶ。

 

此度(こたび)の戦、まだまだ貴公の力が必要なのだ!我らがここで倒れる事などあってはならぬと心得られよ!!」

 

「ッ!!」

 

その言葉に、ハッと息を飲むヴァンガル。

 

そして粗方の傷が癒えた勇士は、両手の双剣を握り締め―――。

 

「……ああ」

 

―――再び、戦場に立つのであった。

 

 

 

 

 

ヴァンガルの特攻により、再び敵味方が入り乱れる戦場。

 

しかし、その戦場をひたすらに突き進む集団があった。

 

「ぐあぁっ!?」

 

「うッ!?」

 

連続する不死人たちの悲鳴と、風を切って放たれる魔術の発射音。それは着実に、リヴェリアのいる場所へと近付いてゆく。

 

「グリッグス殿を守れ!死守しろッ!」

 

グリッグスを中心に据えて移動する闇の騎士たち。彼らは得物を盾へと持ち替え、守りに徹している。単騎での機動性には大きく劣るが、その統率の取れた動きはさながら、堅牢な移動要塞のようである。

 

事実、近付こうとする不死人たちは悉くグリッグスの魔術の餌食となった。盾の隙間から放たれる魔術は直前まで動きが読めず、攻めあぐねた者から(まと)とされてしまう。

 

(このまま、彼女のもとへと向かう……!)

 

身を守られながら移動するグリッグスと、未だ詠唱を続けるリヴェリアとの距離は着実に詰まってゆく。

 

『闇の王』が臣下、最強の魔術師が彼女を射程圏内に収めるまで、もう僅かもなかった。

 

 

 

 

 

「ッ……【閉ざされる、光―――】!」

 

リヴェリアのまた、グリッグスの接近に勘付いていた。

 

しかし右肩を始めとする全身の傷が痛みを発し、上手く詠唱する事が出来ない。それもそのはずで、一度解れた魔力を練り直すだけでも至難の業なのだ。

 

(……心を乱すな、リヴェリア!!)

 

そう自らを奮い立たせるも、時間は残酷なまでに待ってはくれない。十全の魔力で魔法を放たなければならないと言うのに、その為の猶予すら碌に与えられないのだ。

 

それでもただ、ひたすらに魔力を練り上げ続けて、練り上げて、練り上げて……彼女の瞳に映ったもの。

 

それは闇の騎士たちに守られてこちらへ攻めてきた、グリッグスの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦況が傾いた。

 

それを肌で感じ取ったロイエス騎士たちは、しかし動けない。

 

絶えず襲い掛かる闇の騎士たち。それは死にかけの蟷螂(カマキリ)に群がる真っ黒な蟻のようで、もはや防御に徹する事さえも難しい。

 

このまま死を迎えるのか……そんな受け入れ難い残酷な事実に彼らの心が折れかけた、その時。

 

ロイエス騎士たちは見た。

 

彼らの脚を穿った魔術士の歩みを。その先にいる、リヴェリアの姿を。

 

『―――――ッ!!』

 

瞬間、彼らの胸の内に湧き上がる激しい感情の奔流。このままでは彼女が……古き混沌に囚われていた我らが王を解き放ってくれた、()()()の仲間が死んでしまうという確信。

 

それに突き動かされたロイエス騎士たちは、渾身の力で闇の騎士たちを払いのける。

 

瀕死の状態からの爆発的な抵抗に、たたらを踏んだ彼らが顔を上げた次の瞬間には―――ロイエス騎士たちはその勢いのまま、リヴェリアの元へと疾駆していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に、その時は来た。

 

「ッ!!」

 

焦燥感に彩られるリヴェリアの瞳が映すのは、グリッグスの姿。自身の周りを取り囲んでいた闇の騎士たちを四散させ、両者の間には誰一人として存在しない。

 

その距離、僅か10M。互いの世界の魔法(魔術)においても、一瞬で決着がつく間合いだ。

 

「よく粘った方だが、これで終わりだ」

 

(くっ―――!?)

 

冷酷に言い放つグリッグスが掲げる杖に青白いソウルが渦巻いてゆく。

 

放たんとする魔術は『ソウルの槍』。大魔術師ローガンが独自に編み出したこの魔術は、グウィンの雷に例えられる程の威力を誇る。そんなものを真正面から受けて無事でいられる者などいない。

 

魔法の詠唱に全てを注いでいるリヴェリアが生き残る為には、全てを投げ捨ててこれを躱すしかない。しかしそんな事をすれば練り上げた魔力は全て霧散し、これまでの努力が水泡に帰してしまう。仮にそうしたとして、即座の第二撃が襲い掛かるのは自明だ。

 

どう転んでも完全な()()

 

もはやこれまでと悟るリヴェリアは、しかし詠唱を中断しない。最後の瞬間まで足掻き続ける、冒険者としての生き様を捨て去りはしなかった。

 

「【―――凍てつく、大地】……ッ!」

 

己を貫くであろう魔術の高まりを真正面から睨みつける。その揺るがぬ意志に、グリッグスは僅かに目を伏せる。

 

「……悪く思わないでくれ。これも“王”の目指す理想の為だ」

 

そして、十分に高められた魔力を紡ぎ『ソウルの槍』を発動させようとした―――その時。

 

 

 

バッ!!と。

 

両者の間に割り込む、四つの人影が現れた。

 

 

 

「ッ!?」

 

その驚愕はリヴェリアか、それともグリッグスのものか。

 

現れた四人……敵味方が入り乱れる戦場を風のように駆け抜けてきたロイエス騎士たちは、満身創痍の身体でグリッグスの眼前へと立ちはだかる。

 

「くっ!」

 

突如の襲来にグリッグスは標的を彼らへと変更した。まだ詠唱に時間がかかるリヴェリアをひとまず捨て置き、『ソウルの槍』をロイエス騎士たちへ向けて撃ち放つ。

 

『ッッ!!』

 

貫通性の高いその魔術は、二人のロイエス騎士に当たった。しかし直前で対象を変えたためか、致命傷とはならなかった。一人目は脇腹を少なからず抉られたが、二人目は自身の武器を構える事で上手く衝撃を和らげる事に成功する。

 

かくして、リヴェリアの元へと集ったロイエス騎士たちは、彼女の身を守るような形でグリッグスと向き合う事となった。

 

(お前たち……!)

 

詠唱に専念しなければならないリヴェリアは言葉を発する事が出来ない。しかしロイエス騎士たちはそんな事は承知と言わんばかりに、無言の背中で雄弁に返答する。

 

 

 

 

 

―――我らは、もはや満足に動けぬ。

 

―――ならばせめて、貴公らの盾となろう。

 

―――我らに残された力の全てを、貴公らに捧げる。

 

―――だから、どうか……どうか。

 

 

 

 

 

勝利を掴め。

 

 

 

 

 

ロイエス騎士たちはそれぞれの得物を逆手に構え、地面に突き立てる。

 

直後、彼らの足元から凍てついた氷の大地の風が吹き荒ぶ。同時にロイエス騎士たちの身体が白銀に輝き―――次の瞬間には、巨大な氷壁がグリッグスの眼前に顕現した。

 

「これは……!?」

 

それは奥を見通せるほどに透き通っており、しかし城壁のような堅牢さを兼ね備えていた。

 

ロイエス騎士たちの精神をそのまま反映させたかのような氷壁は、かつてファーナムが彼らと共に古き混沌へと赴いた際に、灼けたロイエス騎士たちが現れる扉を塞いだものと同一のものだ。

 

それを盾として使う。魔法の詠唱を完成させる為だけにその身を捧げたロイエス騎士たちの行いは、正しく物語に謳われる騎士の最期のようであった。

 

(………っ!!)

 

堅牢な氷壁となって散った彼らの想いを受け取ったリヴェリアは、込み上げてくるものを抑えて眦を裂く。

 

今は悲しむ時でもなければ、感謝の言葉を述べる時でもない。それらは全てこの戦いに勝利した後にこそ言うべきなのだから。

 

だから。

 

彼女は心の中でのみ、誓う―――絶対に負けはしないと。

 

「【吹雪け、三度(みたび)の厳冬―――】!」

 

一方のグリッグスも引きはしない。我が身を犠牲に顕現させた氷壁を打ち破るべく、より高威力の『ソウルの結晶槍』を絶え間なく放ち続けている。

 

が、氷壁は彼の想像よりも更に堅牢であり、中々に破る事が出来ない。そしている内にもリヴェリアの詠唱は続き、いよいよ魔力の高まりが最大限にまで引き上げられようとしていた。

 

(不味いな、これは―――!)

 

ここへ来て初めて、グリッグスの額に焦燥の汗が滲む。

 

間もなく放たれるであろう魔法(魔術)は、間違いなくリヴェリアの全力を注いだ一撃だ。もう一刻の猶予もないこの状況下において、氷壁の破壊に固執するのは下策としか言えない。

 

(……ならばっ!)

 

『ソウルの結晶槍』を放つのを止めたグリッグスの動きが止まる。彼は精神を統一させるかの如く瞳を閉じ、より一層の魔力を込めた一撃を繰り出さんと意識を集中させる。

 

即ち、『白竜の息』。

 

それは狂気に飲まれたローガンが最後に生み出した、恐るべき白竜シースのブレスの再現。忌まわしくも誇らしいこの魔術で、氷壁ごとリヴェリアを打ち砕くというつもりだ。

 

(師よ。どうか、見ていて下さい……!!)

 

ローガンをも超える魔術師となれ。『闇の王』のその言葉を胸に、グリッグスは己の中で過去最大の威力を発揮できるという確信を得た。

 

そうして、その瞬間が訪れる。

 

「【―――我が名はアールヴ】!!」

 

詠唱が完成し、遂に魔法が発動する。

 

役目を終えたとばかりに砕け散った氷壁が降り注ぐ中、ハイエルフの王女は高らかに魔法名を口にした。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

途端、解き放たれる白銀の世界。

 

ありとあらゆるものを凍らせる純白の細氷が吹き荒れ、グリッグスを目掛けて一直線に猛進する。それを真正面から睨みつけた彼は、臆する事なく己の魔術を解放した。

 

全てを結晶の内に閉じ込める『白竜の息』。そんな狂気を孕んだ魔術は全てを飲み込む貪欲な蛇のように、地を這いながら極寒の嵐に向かって突き進んでゆく。

 

そして、激突。

 

信じられないような衝撃が二人の身体を駆け抜け、氷塊が、結晶が、互いを食い破らんと牙を突き立てる。

 

「くっ、う、ぁぁああああああああああああ!!」

 

「ぉお、おおぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」

 

リヴェリアとグリッグスは魔力をつぎ込み、一歩も引かぬ気迫を見せる。その衣服が結晶に蝕まれようと、肌が白く凍てつこうと、先に膝を突く事などあってはならないとばかりに咆哮する。

 

そんな拮抗の結末……僅かに結晶が競り勝った。

 

ガシャンッ!!と瓦解するリヴェリアの魔法。『白竜の息』の余波が彼女のもとへと這い寄り、その足首に噛み付いた。

 

「ぐッ―――!?」

 

膝を突くリヴェリア。咄嗟に杖を突きどうにか倒れる事は回避するも、すでに魔力は底を突きかけている。

 

無残に破壊された魔法と氷の残滓に視界を奪われつつも、グリッグスは彼女の現状を看破していた。すでに死に体も同然となった相手に勝利を確信した彼は、その顔に笑みを浮かばせようとして―――気が付いた。

 

(何故まだ、()()()()魔力を感じる?)

 

グリッグスの肌を刺す魔力の気配。それはリヴェリアが魔法を発動させる前と比較すると、ちょうど()()……否。もしかすると、それよりも僅かに多いくらいだろうか。

 

そこまで理解したグリッグスは、驚愕の視線をリヴェリアへと送った。正確には……彼女の後ろに立つ、もう一人の人物に向けてだ。

 

「【吹雪け、三度の厳冬―――我が名はアールヴ】!!」

 

その詠唱が耳に届いた瞬間、爆発的な魔力の渦が、周囲に漂う魔法と氷の残滓を吹き飛ばした。

 

グリッグスの瞳が映すのは、山吹色の長髪を風になびかせるエルフの少女、レフィーヤ・ウィリディス。彼女が纏う魔力の奔流は、ともすれば先ほどのリヴェリア以上のものかも知れない。

 

その事実に目を剥くグリッグスに、リヴェリアはふっ、と笑みを零した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は両軍の衝突直前にまで遡る。

 

『レフィーヤ、お前は私の後に魔法を発動させろ』

 

『え?何で……』

 

レフィーヤの疑問も尤もだった。これまでリヴェリアが力を温存させていたのは、彼女がグリッグスを討つ為なのだから。

 

だからこそ今まで攻撃魔法の全てを受け持っていたレフィーヤは、当然の疑問をぶつける。しかし返ってきたのは、彼女が予想もしない答えであった。

 

『奴は私たちが思っていた以上に強い。私一人の力では仕留めきれないどころか、下手をすればこちらが力負けしてしまう可能性もある』

 

『そ、そんな……!?』

 

『だからこそ、レフィーヤ……お前の力が必要だ』

 

リヴェリアの策はこうだった。

 

レフィーヤを自身の背に隠して同時に詠唱を開始。そしていつもより入念に詠唱する事で、レフィーヤの魔法【エルフ・リング】を相手に気取らせる事無く発動させる。()()()の魔法に疎いグリッグスが相手であれば、二人分の魔力が全てリヴェリア自身のものであると錯覚させられると踏んだのだ。

 

無論、懸念はある。これまで魔法を行使させてきたレフィーヤの負担が大きすぎるのだ。

 

【エルフ・リング】は詠唱、及び効果を完全把握した同胞(エルフ)の魔法のみ再現する事が出来るが、それには魔法二つ分の精神力(マインド)が必要とされる。リヴェリアのスキル【妖精王印(アールヴ・レギナ)】のおかげで魔力の消費は軽減されているが、それを差し引いたとして、体力的にも酷な話なのだが……。

 

『……分かりました。私、やります』

 

彼女は力強く頷いた。

 

そこには、これまでの弱気な少女の姿はない。自身が勝利の要だという重圧にも屈する事の無い、一人前の冒険者としての姿があった。

 

『私、絶対にやり遂げて見せます!!』

 

『……ああ。頼んだぞ、レフィーヤ』

 

もはや『大木の心』を説く必要もない。この戦場で、果たして一体何回、弟子の成長を痛感しただろうか。

 

こうしてリヴェリアは、何の憂いもなく詠唱に専念する事が出来た。

 

その時の彼女にとって、レフィーヤは弟子ではなく―――運命を共にする、心強い仲間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が停滞する。

 

リヴェリアの、グリッグスの、そして、レフィーヤの時間が。

 

(私が決着を付ける)

 

その誓いに、余分な感情な皆無であった。

 

“己の成すべき事を成す”……この大戦の直前に言い放ったファーナムの言葉が、ただ静かにレフィーヤの背を、そっと押していた。

 

そして少女は、告げる―――。

 

 

 

 

 

「【ウィン―――フィンブルヴェトル】ッ!!!」

 

 

 

 

 

―――この戦いの幕引きとなる魔法名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界を埋め尽くす白銀の世界。

 

それはまるで、一切の雑念を祓う救いのようで。

 

グリッグスは、握り締めていた杖から、そっと力を抜いた。

 

(師をも超える魔術師となる……その感情すらも、ある種の狂気だったのかも知れないな)

 

霞みゆく視界にある師弟の姿。その確かに感じられる絆に羨ましさを感じつつ、“王”の魔術師は―――。

 

 

 

(“王”よ、そして……ジークリンデ)

 

 

 

 

 

―――私は、一足先に……。

 

 


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