不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第五十八話 ”火”

 

ソウルの粒子へと還ってゆく青き戦士の肉体。

 

敵とは言え、その最期は見事の一言に尽きる。これまで戦ってきた者たちの中でも間違いなく一番の強敵だった男の亡骸を見下ろしつつ―――ガレスはどさり、と倒れ込んだ。

 

「ぐ………」

 

受けた傷は深い。損壊とさえ言える。

 

半ば両断された腹部からは血が止まらず、臓器までもが流れ出ている。大量の失血により熱を失いゆく身体は、このままでは数分はおろか数十秒も経たずに死んでしまうに違いない。

 

手持ちの回復薬(ポーション)はすでに尽きている。あったとしても指一本動かせないこの状況では、何の役にも立たないだろう。

 

(ここまでか……)

 

薄れゆく意識の中、ガレスはこちらへ駆けてくる人影を見た。敵か味方かも分からないが、手にしている武器のおおよその大きさからして、恐らくは剣の類だろうか。

 

であればきっとあれは敵で、止めを刺すつもりなのだろう。待ち受けているであろう運命を前に、老兵はもはやこれまでと腹を決める。

 

(……後は、任せたぞ……フィン)

 

心の中であの小さな勇者の姿を浮かべつつ、ガレスは静かに瞳を閉じ―――、

 

 

 

彼の身体を、鋭い一太刀が通り抜けた。

 

 

 

「………?」

 

が、不思議な事に痛みはない。

 

ガレスはまだ生きていた。それどころか腹の傷を起点として、彼の身体に暖かなものが湧き上がってくるではないか。

 

何が……と頭に疑問符を浮かべているところに、涼やかな女性の声が降ってくる。

 

「……間に合いました」

 

声の主はガレスの傍らに跪くと、溢れ出た臓器をその手で押し戻し、傷口へとあてがう。何とも形容のし難い痛みも束の間、彼女は血に濡れたもう片方の手に『竜の聖鈴』を握り、リィン、と澄んだ音色を奏でた。

 

「……何、じゃ……!?」

 

戸惑いの色を隠せない声がガレスの喉からせり上がった。

 

その音色が響き渡った途端、みるみる内に傷口が塞がってゆくではないか。時間を巻き戻すが如きその速度は、回復薬(ポーション)よりも何倍も効果のある万能薬(エリクサー)であっても実現し得ないものだ。

 

「どうか動かないで。今は傷の回復に専念を」

 

語りかけてくる女性、ガレスの傷を治す者は純白のフードを揺らし、静かに安静を促した。

 

「貴方の傷は、(わたくし)が癒します」

 

 

 

―――実体 リンデルトのラトーナが現界しました―――

 

 

 

ラトーナはすぐそばに置いていた曲剣『エス・ロイエス』を腰へと戻し、再び聖鈴を鳴らす。

 

斬り付けた対象の傷を癒すという特異な性質の曲剣。優しき心を持つ闇の使徒、沈黙のアルシュナのソウルより生み出された武器を振るったラトーナは、溢れる光の中で申し訳なさそうに口を開いた。

 

「驚かせるような真似をして申し訳ありません。しかし急を要する状態でしたので、エス・ロイエス(これ)を使わせて頂きました」

 

「……いや、気にするな。おかげで助かったわい……」

 

一度の『大回復』では全快しないような大怪我も、二度三度と行使すれば話は別だ。それほどまでに奇跡を行使しなければならぬ程の傷も、今や見事に塞がりかけている。

 

オラリオ最高の治療師(ヒーラー)である【戦場の聖女(デア・セイント)】、アミッド・テアサナーレにも引けを取らない癒しの術もさることながら、ガレスは彼女の持つ曲剣、エス・ロイエスにこそ驚嘆を覚えていた。

 

(椿が見れば、目玉が飛び出るじゃろうな)

 

どころか、オラリオ中の鍛冶師(スミス)の顎が落ちかねない規格外の武器だ。炎や雷を放つ魔剣は数あれど、斬り付けた対象を癒す剣など聞いた事もない。

 

椿の片方しかない目が零れんばかりに開かれるのを想像し、ガレスの口元にもようやく柔らかい笑みが戻って来た。

 

が、いつまでも寝てはいられない。ここは未だ戦場であり、幹部勢の一人を倒しただけで、まだ戦いは続いているのだから。

 

「ぐっ……!」

 

傷も完治しない内に動こうとするガレス。

 

その動きをそっ、と手で制するのは、彼の治療をしている最中のラトーナだ。

 

「動いてはいけません」

 

「そうも言っておれぬだろう、まだ敵はっ……!」

 

「……ええ。確かにその通りです」

 

ラトーナはガレスの言を否定しない。その上で、心配はいらないと諭すような口調で告げる。

 

「だからこそ、()()がいるのです」

 

「なに……?」

 

その言葉に今更ながらガレスは理解した。

 

何故こうしている今も自分たちが無事なのか。凄まじい治癒の力を行使する一方、戦う術を持っていないであろうラトーナが、何故ここまで来る事が出来たのかを。

 

その答えは、二人から数十M離れた戦場にあった。

 

全身を白い金属鎧……ハイデ装備で固め、堅牢な『ハイデの騎士の鉄仮面』により素顔を隠しているその不死人は、左手に握られた『ハイデの騎士の直剣』で防御と牽制を行い、右手の『ハイデの槍』にて反撃を見舞っている。

 

低い姿勢から放たれた槍の一閃。それは闇の騎士の腹部を貫き、得物を振りかぶった姿勢のまま相手の動きを止めた。

 

「がふっ……!」

 

「ッ!」

 

ごぼり、と血を吐いた闇の騎士。その背後から飛び出してくる一つの影。

 

不死人はその動きを見逃さず、手首の動きでソウルへと還ってゆく敵の亡骸を引き寄せ、それを即席の盾とする。瞬間、大剣による一斬が振るわれるも、手中の()によって事なきを得た。

 

「ぐっ、こいつ……!?」

 

低く呻いた大剣持ちの闇の騎士はすぐ目の前。しかし不死人は深追いせずに亡骸をドンッ、と押し付け、地を転がりながらその場から離脱する。

 

そこに槍と大斧、そして数本の矢が突き刺さるのは、ほぼ同時だった。

 

「おのれ、ちょこまかと!!」

 

「逃がすなッ!!」

 

「………」

 

敵の罵声も怒鳴り声も、彼の無言……即ち“集中”を破るには至らない。数では圧倒的に不利でも、未だ優勢に立ち回っているのはこちらなのだから。

 

その動きは身軽にして的確。時には襲い来る闇の騎士たちの僅かな隙間を縫うようにして走り抜け、振り返りざまに放つ雷を帯びた斬撃、或いは刺突にて、確実に敵の数を減らしていった。

 

その一方で。

 

少し離れた場所ではこことは正反対に、豪快な戦いが繰り広げられている。

 

「ハァッハハハハハハハハハハァ!!」

 

(たが)の外れたような哄笑と共に『大竜牙』を振るうのは、ハベル装備に身を包んだ不死人。『ハベルの大盾』を背にし、堅牢な鎧に防御を預けて、単身敵だらけの戦場に身を投じている。

 

そこに相手を翻弄するような素早さはない。通常ならば即座に袋叩きにされてもおかしくはないのだが―――この状況において被害を被っているのは、闇の騎士たちの方だった。

 

「何だこいつ、全然止まらんぞ!!」

 

「近距離は無理だ、呪術でも魔術でも使って殺せぇ!?」

 

超重量の武器を手に思うさま暴れ回る姿は、まるで暴れ牛のよう。

 

生半な攻撃も矢も受け付けない鎧を纏った恐るべき戦牛は、周囲に味方がいないが故に、存分に力を発揮する事が出来るのだ。

 

「クソッ、一旦引いて―――げっっっ!?」

 

「弱腰になってんじゃねぇよッ!!」

 

一時距離を置こうと提案した闇の騎士の頭を、大竜牙が叩き潰す。

 

胴に頭部を埋めた亡骸がぴゅうっ、と血飛沫を上げるが、不死人はそれを確認する事なく呪術の火を取り出した。そして何の躊躇もなく、無慈悲にも特大の火球を撃ち放った。

 

「なっ……ぎゃぁぁああああああああああああああっっ!?」

 

着弾するや否や、大爆発。周囲を火の海に変えた呪術『封じられた太陽』に焼かれる敵の姿を前に、不死人はその哄笑を更に高めてゆく。

 

「燃えろ燃えろォ!!ハァッッハハハハハハハハハハアァッッ!!!」

 

 

 

―――実体 ハイデの騎士ルードルトが現界しました―――

 

―――実体 一人古城のフォレストが現界しました―――

 

 

 

「……凄まじいのう」

 

「……ええ。本当に、もう……」

 

心強い二人の不死人、これまでラトーナの護衛として共に来てくれたルードルトとフォレストの戦いざまを見て、ガレスは呆然と―――柄にもなく、だ―――呟いた。

 

片や熟練の動きで敵を翻弄するルードルト。片や圧倒的な暴力の嵐で暴れ回るフォレスト。不死人の真骨頂ここに在りという姿を体現する二人のおかげで、闇の騎士たちをここに近づけさせてはいないのだが……。

 

()()()の奴は、どうも正気か疑わしいのじゃが……」

 

「さっきまではああではなかったのですが、どうも昂ってしまったようですね……」

 

ガレスとラトーナの視線の先で広がる地獄絵図―――火の海の中で哄笑し、敵を叩き潰しているフォレストの姿は、控えめに言っても過激に過ぎる。自分たちを守ってくれている相手に対してこのような感情を抱くのは非常に心苦しいが……正直、積極的に近付きたいタイプではない。

 

と、ここで。

 

心中で意見を合致させていた二人に、近付いてくる者がいた。

 

「ガレス!?」

 

「っ! その声、椿か!?」

 

現れたのは椿であった。戦いの中で壊れたのか、戦闘衣(バトル・クロス)はすでにボロ切れ同然となっている。肩当てと手甲も一部破損しており、ほとんど袴にさらし一枚となった姿が、ここまでの激しい戦闘を物語っていた。

 

声に反応してどうにか顔だけを上げたガレスに、椿は細かな傷の浮かぶ顔に不敵な笑みを描く。

 

「お互い、なかなか手酷くやられたようだな。そっちのほうが重傷のようではあるが……」

 

「ふん、言いよるわい。ところでお主、後方にいたはずではなかったか?」

 

「ああ、戦況が変わってな。手前も出る事にしたまでよ」

 

さも当然という風に言い切った椿に、ガレスは嘆息しつつも仕方ないと諦めた。椿もLv.5の冒険者だ。ここまで敵味方入り乱れてしまった以上、敵の首魁を叩くための増援は多いに越した事はない。

 

再開に束の間の喜びを共有していた椿とガレスであったが、そこへラトーナの声が飛んできた。

 

「ああ、貴女も傷を負っていますね。動かないで、いま治療いたします」

 

「む?」

 

腕組みしていた椿が見下ろせば、そこには左手で聖鈴を……そして右手にエス・ロイエスを構えた、ラトーナの姿が。

 

「動かないで下さい。とりあえず、急ぎエス・ロイエス(これ)で手当てを……」

 

「ッ! ちょっと待て、早まるな―――!?」

 

直後、ガレスはラトーナに何かを言おうとしたのだが、時すでに遅し。

 

エス・ロイエスが振るわれた後……椿がもの凄い勢いでラトーナに詰め寄り、彼女が押し倒された事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……げほっ……」

 

小さな、しかし深刻さを滲ませた咳が落ちる。

 

咳を発した少女、アイズは喉奥からせり上がってくる血の味に顔を顰めたが、決して毒づいたりはしない。生来の気質という事もあるが、()()()に広がる光景を前にすれば、そんな気も起きなくなるからだ。

 

『ァ゛ァ゛ァアァァ………』

 

幽鬼のようなその姿を晒すのは、変貌した『闇の王』。左手に握られた得物【神殺しの直剣】を乱雑に振り下ろした格好のまま、『深淵』と瓦礫の中で佇んでいる。

 

そう、『深淵』と瓦礫の中だ。

 

『闇の王』の狂刃が振り下ろされる寸前、アイズはこれまでの人生の中で最も早く決断を下した。(ほど)けた『風』を練り直して愛剣《デスペレート》の刀身、その一点に集中させたのだ。

 

結果、剣と剣がぶち当たった瞬間にアイズの身体は後方へと吹き飛ばされた。受け身も何もかもを置き去りにした緊急離脱であったが、結果として彼女の判断は吉と出た。

 

少しでも躊躇していれば、きっとその身体は泥のようにぐちゃぐちゃになっていたに違いない。それが誇張でも何でもないのは、この光景が雄弁に証明してくれている。

 

……しかし、事態は依然として深刻だ。

 

「くっ……!」

 

アイズは痛苦に彩られた顔で、己の肩を見やる。

 

『深淵』の一滴が付着した箇所だ。たったそれだけだと言うのに、全身を言い様のない感覚が這いずり回っている。

 

鈍痛、疼痛、激痛。

 

悪寒、あるいは灼熱感。

 

果ては憎悪や怨嗟の念といった、およそ人が感じ取れるであろう負の感情を一緒くたにしたような不快感が少女の身体を蝕んでいる。それはまるで、『闇の王』の意思そのものであるかのようで―――。

 

「………っ」

 

そこまで考え至って、アイズは頭を振った。今はそんな事を考えている場合ではない、如何にしてこの状況に対処するか。それだけに集中すべきだ、と気持ちを切り替える。

 

……防御も絶対ではない、一滴でもあの『深淵』を受ける事は危険だ。

 

……隙を見ての反撃もリスクが大きすぎる。反撃を喰らっては、そこでお終いだ。

 

……だとすれば、出来る事は限られる。

 

数瞬の思考で、アイズはタンッ!とその場から大きく跳躍する。『闇の王』もそれに気が付き、大きく腰を落として勢いを溜め、轟音と共に少女の後を追う。

 

『―――ガァァァアアアァアアァァァアアアァァアアアアアアッッ!!!』

 

「ッ!」

 

思惑通り、『闇の王』は食いついた。

 

アイズの選んだ行動は“時間稼ぎ”だ。ファーナムの命が先に尽きてしまう懸念はあるが、それでもこの一手を選ばざるを得なかった。少しでも『闇の王』の注意を引きつけ、彼から遠ざける事だけが最善の策に他ならないのだから。

 

(みんな……!)

 

己の無力に歯噛みしつつ、アイズは胸の中で仲間を想う。

 

『闇の王』は全員でかからなければ倒せない……そう悟ってしまったが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラレンティウスは大沼出身の呪術師である。

 

呪術とは火を熾し、利用する、原初の命の業。故に呪術師は自然と共にあろうとし、文明人とは相容れない存在になりがちだ。

 

『だから、大抵、呪術師は嫌われ者だ。まあ、俺は人嫌いだから、ちょうど良かったさ。不死になっても、何も変わらなかったしな。ハハハハッ』

 

そう自称するラレンティウスは、しかしどうも割り切れていないようだった。

 

最下層にて、巨大な包丁を手にした巨漢の亡者に生きたまま調理されるところを助けて貰った彼は、その不死人、かつての『闇の王』と親しげに話す仲になっていたのだから。

 

それでも呪術、火に対する憧憬は変わらない。

 

原初の呪術に触れる機会に恵まれれば、一も二もなく飛びついた事だろう。もっとも、それはかつての『闇の王』によって妨げられてしまったが。

 

『……そうか。俺の勘違いか……いや、あんたがそう言うんだ、そうなんだろう。忘れてくれ……』

 

すぐ目の前にぶら下がっていた原初の呪術。

 

それを無理やりにでも奪おうとしなかったあたり、やはり彼は“異端”などではなく……そして、人嫌いでもなかったのだろう。

 

 

 

 

 

場面は変わり、現在。

 

戦場を猛然と突き進む炎の柱に、ラレンティウスは目を輝かせていた。

 

「おいおい……おいおいおいっ!なんだよあれ!?すげぇ“火”だ!!」

 

後方支援……というにはあまりに苛烈な呪術の行使を中断していたラレンティウスは、その光景に目を釘付けにされる。

 

炎の柱の正体はベートだ。四肢に劫火を纏った狼は咆哮を迸らせ、前へ前へと進み続けている。これ以上進ませまいと押し寄せる闇の騎士たちを悉く灰塵に帰し、そればかりか味方の不死人たちも寄せ付けないその火力は、さながら『混沌の呪術』のようですらある。

 

「ラ、ラレンティウス殿!奴がこちらへ迫ってきます、一刻も早く撤退を……!」

 

「いや、良い!俺が相手をする!!」

 

共回りを務めていた闇の騎士の進言にも耳を貸さず、ラレンティウスはその手に呪術の火を灯す。

 

先ほどまでの気乗りしない表情は消え去り、今や満面の喜色を浮かべていた。自分の知らない“火”を前に、呪術師の本能を痛く刺激されたのだ。

 

「あんたらは他の奴らを手伝いに行け!ここは俺に任せてくれ!!」

 

言うが早いが、地を蹴り一目散にベートの元へと走り出す。そうしている間にも彼の手の中にある呪術の火は高まり、待ちきれないとばかりに爛々と輝きを増していく。

 

「来い、こっちだっ!!」

 

果たして、その声はベートの元へ届いた。

 

ともすれば挑発にも聞こえるその声音は、文字通り炎を纏ったベートを刺激する恰好の燃料となる。視線だけで射殺せそうな眼差しでラレンティウスの姿を捉えたベートは、牙を剥き出しにして吠えた。

 

「……るおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

轟ッ!!と、踏み込んだ地面が爆散し、瞬時に灰となった。

 

正しく火球と化したベートが目指すのは、ボロ布に身を包んだ男。闇の騎士たちよりも遥かにみすぼらしい恰好だが、その男が雑兵とは一線を画す実力者である事を、獣じみた本能が忠告してくる。

 

それを理解した上で、ベートは上等とばかりに眦を裂く。

 

(ぶち殺してやる!!)

 

好戦的な狼人(ウェアウルフ)はその程度でビビらない。そんな事で弱腰になるような軟弱者―――雑魚ではない。

 

彼の主な戦闘スタイルである蹴撃。その利き足に劫火を溜め、一蹴の元に命を刈り取らんとベートは肉薄の瞬間に高く跳躍し、渾身の踵落としを振りかざした。

 

「消し飛べッ!!」

 

目前に迫る炎の槌。掠っただけで消し炭になりかねないその攻撃を、ラレンティウスは避けようとはしなかった。

 

「良いぜ、来いよっ!!」

 

代わりに振るうのは呪術の火を宿した右手。踵落としが炸裂する瞬間を見極め、『火球』の頂点となる呪術、『大火球』を放つ。

 

瞬間、大爆発。

 

ベートとラレンティウスの間に、一際大きな火柱が巻き起こった。

 

「ぐっ―――ッッ!?」

 

ボッ!!と火柱を突き破って現れたベート。

 

それは背中から現れ、爆発の勢いで跳ね飛ばされた事を意味している。それほどまでにラレンティウスの呪術は凄まじかったのだ。

 

「ぐぉ、ぉお……すげぇな、あんたの“火”は」

 

完全に勢いを相殺したかに思われたラレンティウス。しかし彼も無傷という訳にはいかなかった。

 

炎や毒といった自然の脅威に強い装備を全身に纏っていながら、その顔には痛々しい火傷が刻まれている。それでも彼は嬉しそうな笑みを絶やす事なく、そればかりか更に興味が湧いたとばかりに話しかけて来た。

 

「俺はラレンティウス。今は“王”の側近をしている呪術師だ。あんたの名前は?」

 

「舐めてんのか、テメェ」

 

名前を聞かれたベートは青筋をたて、怒りを露わにする。

 

彼もまた、その身体に火傷を負っていた。己のものではない炎によって出来た火傷―――『傷』を、四肢に纏った炎が舐めとり、更に火力を増してゆく。

 

損傷吸収(ダメージドレイン)』。

 

傷を負う度に火力が膨れ上がる、ベートの魔法の真骨頂。呪術にはない特性を目の当たりにしたラレンティウスは驚き、そして嬉しそうに口の端を吊り上げた。

 

「すげぇ、すげぇよあんた。今までも“火”を使う奴らを色々と見てきたが、あんたはその中でもとびきりだ」

 

純粋な賛辞の言葉も、ベートにとっては挑発にしか取れない。一刻も早くその減らず口を黙らせてやろうと腰を落とし、次なる攻撃の構えを取る。

 

「もっと見せてくれ、あんたの“火”を!!」

 

「ほざけッ!!」

 

轟ッ!!と、再び地面が爆散する。

 

今度は上ではなく、前へ。地面すれすれを滑空するかの如く迫る炎狼に対し、ラレンティウスもまた再度、呪術の火を振るう。

 

下から巻き上げるように生み出したのは『なぎ払う混沌の炎』。イザリスの魔女とその娘たちを飲み込んだ混沌の炎の業が、ベートに牙を剥く。

 

「ッ!? ちィ!!」

 

盛大な舌打ちを鳴らし、ベートは回避行動を取った。ぶち当たる直前で地面を抉り強引に進路を変えるも、中空に漂う溶岩に僅かに右腕が掠ってしまう。

 

ヘドロのように絡みつく溶岩はすぐに消えた。しかし超高温に触れた手甲は蒸発し、その下にある肌に深刻な火傷を負わせる。

 

「クソッたれ!!」

 

悪態を吐くも、その程度で済んだのはベートだからこそだ。己の劫火を纏う彼以外が触れれば、瞬時に腕が炭となり、砕け散ってしまうのだから。

 

ラレンティウスの攻撃はそれだけではない。

 

流れるように両手を天に掲げ、それを地面に叩きつける。次の瞬間には彼を起点として、幾つもの火柱が……『混沌の嵐』が顕現した。

 

「―――――ッ!?」

 

視界を埋め尽くす劫火……否、()()

 

全てを飲み込む混沌の炎に巻かれ、ベートの姿が赫くかき消されてゆく。

 

(ありがとうな、“王”)

 

その中でラレンティウスは―――密かに“王”への感謝を述べた。

 

 





~今回登場した不死人~


リンデルトのラトーナ 甲乙様

ハイデの騎士ルードルト タナト様

一人古城のフォレスト 大日小進様


以上の皆さまです。本当にありがとうございました。

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