「うわぁ……」
言葉にもなっていない呆けた呟きは、一体誰のものだったのだろうか。
四肢に業火を纏わせ戦場を疾駆するベートの姿に、ラウルたちの目は釘付けになっていた。自分たちがいる場所が危険地帯の真っ只中であるというのに襲われずにいるのは、突如として現れた炎の狼が、敵味方問わず注目を集めているからに他ならない。
そして、その隙を狙いすましたかのように、二人の不死人がラウルたちの視界に現れた。
「っ!?」
それ自体は別に驚く事ではない。ここで戦闘が始まってから、不死人など何人も見ているのだ。だからその驚愕、あるいは困惑の理由は別にある。
ぶわっ!と、瞬く間に広がった緑色の霧……呪術『猛毒の霧』を出現させたその不死人は、何とも珍妙な恰好をしていた。
異形の山羊の頭蓋とも言うべき仮面に、これまた奇怪な装束―――蝶、あるいは蛾を模したのであろうか―――を纏った男。更に右手には今にも朽ち果てそうなボロボロの刀という、身に纏うもの全てにおいて統一性がない。
ラウルたちはそう感じたが、ドラングレイグを旅した者ならば気が付いただろう。彼の装備が、相手を毒す事に重きを置いたものだという事に。
―――実体 嫌われもののニールが現界しました―――
「何だこいつ……うぶっ!?」
「く、糞団子っ、ごばぁ!?」
「ふははははは!まだまだ行くぞォ!!」
霧で相手の視界を奪い、更には毒投げナイフや糞団子―――生暖かい排泄物、要は大便。オラリオの冒険者ならば貴重なドロップアイテムだとしても拾わないであろう―――で敵を毒状態にし、駄目押しのように毒派生まで施した『人斬り』で襲い掛かる。いっそ闇の騎士たちが哀れに感じるほど
そんなニールと離れた場所で戦う不死人も、ラウルたちにとっては理解出来ない恰好をしていた。何しろ、腰蓑しか付けていないのだ。
衣服と呼べるものなど一糸も纏っていない。両の手に持った精緻な意匠が施された六角形の小盾……『聖壁の盾』のみを頼りに戦う姿は、見ようによっては狂人のそれだ。しかし彼は当然だと言わんばかりに、慣れた様子で戦闘に挑んでいる。
―――実体 不明が現界しました―――
「はぁあッ!!」
敵の懐に潜り込み、盾を使っての
その姿は正しく歴戦の戦士のそれだった―――まともな装備をしていれば、の話だが。
珍妙な装備に身を包んだニール。
防具どころか盾しか持っていない『不明』。
これまで積み重ねて来た冒険者としての常識を悉く覆すような彼らの恰好。それに似つかわしくないほどの実力を目の当たりにしたラウルたちは、先程までとは別の意味で空いた口が塞がらなかった。
「
「あっちの人なんて盾しか持ってないよ。それでも何か凄いけど……」
「……きっと不死人たちは、私たちとは価値観が色々違うのよ。うん、きっとそう」
クルスとナルヴィ、そしてアリシアが不死人の特殊性に打ちのめされる中、ラウルの口は、知らずの内に呻きを上げる。
「へ、変態っす……」
それは実に的を射ていた―――尤も、一部の不死人たちにとっては誉め言葉に過ぎないのだが。
戦場で赤くうねり狂うのはベートの足跡だ。彼が過ぎ去った場所は悉く焼け焦げ、消え残る炎が街灯のある夜道のようにはっきりと浮彫りになっていた。
そんな荒々しい進攻に、青き戦士は眉をひそめて不快げに唾を吐く。
「ちっ。何やってやがんだ、あいつらは」
毒づく相手は雑兵たち……ベートを掻っ攫っていった、あの闇の騎士たちだ。
俺に任せておけばこうはならなかっただろうに……胸中では苛立ちながらも、起きてしまった事は仕方がない。そう自分自身を納得させ、彼は己の足元へと視線を落とした。
「ぐ……ぬぅ……!」
そこにいたのは……倒れているのは、ガレスである。
得物である大戦斧はすでに砕かれていた。柄の半分のみを残した無残な姿が灰の大地に晒されており、持ち主たるガレスもまた、痛々しい姿で地面に突っ伏していた。
全身に刻まれた剣による傷。大小を合わせれば数十にも及ぶそれらからは、今も流血が続いている。血が固まりかけていた傷も無理に動いた―――傷を顧みずに戦った為であろう、開き、新たな血の筋を作っていた。
額から垂れた血で視界が悪くなる中、ガレスは横目で戦場を見やる。
その目に映るのはベートの進撃の跡。猛る狼が築いた炎の道である。
「……ッ!」
カッ、と、ガレスの瞳が見開かれた。
ガレスはその炎を知っていた。絶望的な窮地においてのみ顕現するベートの
「ふ、はは……あの小僧っ子が」
「あん?」
喧嘩っ早く生意気で、気性の荒いあの
ならば……ならば。
自分が寝ていて良い理由など、あるはずがない。
「ぬぅ……ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
「ッ!?」
変化は劇的だった。
今の今まで倒れていた老兵が突然起き上がったのだ。猛々しい咆哮を迸らせ、小さな体躯に似合わぬ筋肉を隆起させ、無手のままに青き戦士へと掴みかかる。
瀕死の敵が動いた事に驚きながらも、青き戦士は動いていた。地を蹴り後方へ。不意を突いての奇襲なのだろうが、逃れてしまえば意味はない。これを躱して次の一斬で決着だ、と考える。
が―――ガシィ!!と、ガレスの手が青き戦士の胸倉を鷲掴みにした。
「なぁっ……!?」
今度こそ、本物の驚愕に目を剥く。十分に距離はあったはずなのに、一体何故!?
その答えは『慢心』。死に体も同然と決めつけていたが故に取るべき距離を見誤り、捕まってしまったのだ。
そしてそれは、余りに致命的だった。
「捕らえたぞ……ッ!!」
ガレスはその髭面にニヤリと笑みを浮かべた。同時に、青き戦士の背筋を冷たい感覚が這い上って来る。
不味い。直感的にそう思ったのも束の間。
グンッ!!と、彼の視界が急激に加速した。不死人や闇の騎士たちの姿が、視界に映っては瞬時に消えてゆく。それはまるで一瞬で消え去る流れ星の如くだ。
ガレスは青き戦士の胸倉を掴んだまま走っていた。雑兵などには目もくれず一目散に……一直線に、灰の大地に散立する大岩へと向かっていた。
「ッ、テメェ!?」
「ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
相手の狙いを理解した時には、すでに身を
青き戦士の身体は、ガレスの全力を以て大岩へとぶち当てられてしまったのだ。
「……~~~~~~っっ!!」
凄まじい轟音と共に飛び散る、大小に砕けた岩石。人の背丈を優に超える大岩は見る影もなくなり、代わりにそこにあるのは、青き戦士の胸倉を掴んでいるドワーフの老兵の姿だ。
「まだまだぁッ!!」
「ッ!?」
今の一撃で脳が揺れ、視界も明転している青き戦士に、ガレスは攻撃の手を緩める愚行は犯さない。
胸倉を掴んだまま一本背負いの要領で腰を捻り、地面へと叩きつける。その威力は大岩に打ち付けられた時の比ではなく、地面には幾つもの亀裂が走り抜けていった。
「ぐふぅ……っ!!」
灰が舞い上がり、二人の姿を霧のように覆い隠す。それを払うかのように、ガレスが青き戦士を引き起こし、再び彼を地面に叩きつける。
衝撃は先ほど以上のものだった。身体が地面に半ば埋まるほどの剛力は肺の空気を全て追い出し、激しい苦痛を強いる。
そんな中、青き戦士は怒りの形相で反撃を仕掛けた。
「づッ……舐、めるなァ!!」
馬乗りにも似た状態からでは、下から繰り出せる攻撃など知れている。しかし青き戦士は不死人であり、その膂力はオラリオの一般的な冒険者のそれを優に超えている。
そんな力で振るわれた盾による殴打は、ガレスの顔面へと容赦なく叩き込まれた。
「うぐっ!?」
その一撃のみで鼻が潰れ、血が噴出した。近間ゆえに剣こそ振るえないが、青き戦士は代わりとばかりに何度も何度も盾でガレスを打ちのめす。
「放っ、せよ!この、くたばれッ!!」
「づッ!?ぬっ、ぐぅうッ!!」
響き渡る生々しい殴打音。
その度に尋常ではない量の血が舞い踊るも、胸倉を掴む力は少しも緩まない。緩めない。この手を放せばもう次はないという確信があるのか、ガレスは血塗れの顔で歯を食い縛り、懸命に耐えていた。
否―――耐えているだけではない。
ミシリ、と音を立てて身体を反らす。防具に包まれた素肌には、きっと凄まじい密度の筋肉が隆起しているに違いない。
その力を溜めたまま、ガレスは思い切り青き戦士の身体を強引に引き寄せる。そして―――。
「―――ぬうぅんッッ!!!」
ゴチャッッ!!と、炸裂する頭突き。
兜など不要なほどに固いドワーフの額が、青き戦士の額を叩き割った。
「が、ぁ―――――………?」
鉄杭の如く脳を突き抜ける衝撃。
打ち抜かれた額ではなく、後頭部に響く鈍痛のようなものを感じつつ、青き戦士の意識はかつての光景……ロードランでの日々を呼び起こしていた。
不死の使命なんざ知った事か、糞喰らえだ。そんな考えに至る程度には、彼の心は折れていた。
ロードラン。選ばれた不死たちの巡礼地。その祭祀場の片隅に、いつも青き戦士の姿はあった。崩れかけた瓦礫に腰かけ、陰気に笑っていた。
彼は何人も不死たちがやって来るのを見た。鴉に運ばれて来たり、どこからかふらりとやって来たり……ともかく何人も見てきた。
そして、そのほとんどが亡者になるのだ。
『残念だったな。お疲れさん』
嬉々として嘲笑う気はないが、かと言って同情する気もない。二言三言、言葉を交わした名前も知らない奴が勝手に旅立ち、勝手に亡者になった。ただそれだけだった。
だから、
『よう、あんた、よくきたな。新しい奴は、久しぶりだ』
鴉に運ばれてやって来たその男は、ボロしか身に着けていなかった。武器と呼べるのは粗末な棍棒で、盾に至っては無いよりマシという木の板ときた。錆の浮いた自分の盾の方がずっと上等に見える。
しかも亡者面。実際の年はどうであれ、生身の外見が老人か若造かも分からないその男は驚いたように青き戦士の方を見て、恐る恐るといった足取りで近付いてきた。
『ぁ……ぁ、ぅ……』
『あん?何だよ、知恵遅れか?』
思わず口にし、そして違うなと判断する。長く不死院にいたのだろう、喉の使い方、音の出し方を忘れているのだ。でなければ、ここまで来れる訳もない。
運だけで出られる程、不死院は甘くないのだ。
『ハッハ。ああいや、悪いな。咄嗟に口が滑っちまった』
『……ぁ、ぼ。ぼく……は………』
『いい、いい。あんたの名前なんざ興味ねぇ。それよりもだ、少し話し相手になってくれよ。最近誰も来ないもんで、退屈してたんだ』
ただの暇潰し、時間潰し。どうせこいつもすぐに亡者になるんだから、少しいつもより多めにお喋りに興じても構わないだろう。
かつての青き戦士はそんな事を考えながら、一方的に話を始めたのであった。
数日後か、数か月後か、数年後か、数十年後か。その男の見た目は幾分かまともになっていた。
不死街の胡散臭い商人から買ったのか、男は青き戦士と同じ手足の装備を付けていた。頭部は亡者兵の兜で、武器は小盾と直剣に変わっていた。裸同然よりはマシだが、それでも平凡に過ぎる見た目だ。
『ああ、えぇと……久しぶり』
『ちっ、んだよ。何か用か?』
青の戦士はこれ見よがしに顔を顰めるも、男は困ったような苦笑をするのみ。その顔は亡者面などではなく、荒事とは無縁とも思える造形をしていた。
『……上の方で鐘の音が聞こえたが、あれはあんたがやったのか?』
『……うん』
『ほう、そりゃすげぇ。その調子で、もう一つのヤバい方も頑張ってくれよ?ハハハハハ……』
口ではそう言いながらも、応援する気などさらさらない。すぐに亡者になると踏んでいた優男が、一つとは言え鐘を鳴らしたのだ。自分が鳴らせずに、諦めたあの鐘を。
だが、もう一つは危険度の桁が違う。
きっとそこでくたばるに違いないのだから。青き戦士は暗い笑い声で、男を送り出していった。
数日後か、数か月後か、数年後か、数十年後か。二つ目の鐘が鳴った。あの男が成し遂げたのだと、すぐに気が付いた。
それからしばらく後、青き戦士は身動き一つせずに座り続けていた。祭祀場の奥には何やら変な奴が現れるわ、そのイビキはデカいし口は匂うわで散々な思いもしたが、それ以上にあの男の姿が脳裏から離れなかった。
『……やりやがったんだなぁ』
久しく震わせていなかった喉から出て来た呟きで、ようやく青き戦士は腰を上げた。長く座っていたために岩場の苔がチェインメイルを侵食しかけていたが、それを鎖を断ち切るかのように引き剥がす。
『……結構快適な場所だったのになぁ』
奥にいる変な奴のイビキはまだ続いている。口から漂う悪臭はここまで匂って来ている。それが立ち上がる理由だと自身を強引に納得させ、彼は祭祀場の足元に広がる巨大な空間……小ロンド遺跡へと続く階段を下りていった。
『ハァ……俺も、少しだけ頑張ってみるかなぁ……』
(まぁ、頑張ったところで結果は見えていたけどよ)
こんな風に、とダークレイスの冷たい刃の輝きに目を焼かれつつ、青き戦士は自嘲する。
記憶の限りでは最後に見た時は水浸しだったが、これもきっとあの男がやったのだろう、水は抜けていた。遺跡に巣食う亡霊共を退けながらどうにかここまで来たが、よもやこんな奴らが居ようとは。
終わりだった。こんな奴らに勝てる訳がない。やはりあのまま動かず、朽ち果てるのを待っていれば良かったんだ。
いよいよ冷たい刃が迫り来る。最期に見るのがダークレイスの面とはな、と思いながらも彼はそれを受け入れ、観念したように目を閉じた―――その時。
ドッ!と、突然ダークレイスの胸に大剣の切っ先が生えた。
『……あぁ?』
驚いた青き戦士の目が僅かに見開かれる。
ぐらりと斜めに崩れ落ちたダークレイス。その背後に立っていたのは……随分と前に話したきりの、あの男だった。
彼の姿はまたしても変わっていた。
安っぽい装備はどこにも見えず、まるでどこぞの国にでもいる位の高い騎士のような防具に身を包んでいる。意匠が美しいブルーシールドと片手でクレイモアを携えた姿など、自分とは比べようもない程に強者の風格に満ちていた。
『……ちっ』
思わず舌打ちを落とす。
青き戦士は男に助けられた後、瓦礫の上に腰を落としていた。乾く事の無い濡れそぼった瓦礫はそこかしこに散在しており、しかし男の方は立ったままだ。
『……また会うとはな』
『ああ。私も思ってもみなかった』
返って来たのは固い口調の声だった。
以前までの頼りなさげな優男の口調ではない。騎士姿の見た目に違わぬ話し方はより一層男の存在感を高め、ある種の威厳すら漂わせている。
実際そうなのだろう。不意打ちとは言えダークレイスを一撃で仕留める事が出来る者が、一体どれだけいるだろうか。男が以前までの口調や雰囲気まで変えてしまう程の修羅場をくぐって来た事を、青き戦士はそれとなく察した。
『……また鐘が鳴った。あんたの仕業だろ』
『ああ』
『やっぱりな。なら、こんな所で何をしてたんだよ。俺みたいな身の程知らずの馬鹿を相手にソウル稼ぎか?』
すっかり沁みついてしまった陰気な笑い声を上げる青き戦士。しかし男からの返答はなく、遺跡の中には空しく音が木霊するのみである。
『ハハハハ……ハァ。ところで俺が言えた事じゃあないが、あんた、使命とやらは良いのか?こんな所で時間潰しなんざ……』
『あれは偽りだった』
続けて出た言葉を遮り、男はそう断言した。
取り付く島もない、有無を言わせぬ口調に思わず口を閉じたのは青き戦士だ。驚いたような視線の先には、微動だにせずこちらに背を向けている男の姿がある。
『呪いを根絶させる手段はない。全てはあの神、グウィンの策謀に過ぎなかった。
唐突に知らされた真相に、青き戦士は困惑してしまう。これまで語られて来た伝説や伝承が否定されたのだから、当然と言えば当然であろう。
しかし、絶望という感情はなかった。不死の呪いを解く方法がないと言うのは驚愕だったが、すでに心折れた彼にとってはどうでも良い事だったのかも知れない。
故に、へぇ、という言葉だけで片付けた。
『しっかし、それなら本格的にやる事がなくなっちまったなぁ。散々失った挙句に、目指していたものすら取り上げられちまうとは……ハハ、俺もあんたも不死人生積んじまったか?』
まぁ、俺はとっくに諦めてるけどな。
そう付け加えて再び笑い声を上げる青き戦士に対し、男は口を開いた。
『目的ならある』
『……何だって?』
『あらゆる時代、あらゆる世界にいる神共を見つけ出し、殺し尽くす。邪魔する者も全て殺す』
ひと息でそこまで言い切り、男は振り返る。
必然、彼は青き戦士を見下ろす形となる。苦笑していたあの時の顔は兜によって隠され、その中でどのような表情を浮かべているのかは分からない。
祭祀場で会話する時にはすっかり馴染みとなった構図で、しかしどこか、決定的な違いを見せつけながら、男は語りかける。
『だが、私一人の力では限度がある。必ずどこかで
そして、スッ、と手を差し伸べる。
騎士然とした手甲を、青き戦士へと差し伸べる。
『力を借りたい。共に来てくれるのならば心強い』
全く感情のこもっていないようにも聞こえる言葉。しかし青き戦士にとってそれは、ひどく心に響いた。心折れた自分に居場所はない。朽ち果てる瞬間を待つのみだったこの身に、よもや必要だと言われる日が来ようとは思ってもいなかった彼は、目を瞬かせる。
彼は頭をガシガシと掻き、無精髭を撫で、再び頭を掻く。
そして、ふぅ、と息を吐いた。
『……良いぜ。どうせ暇してたんだ』
付き合ってやるよ。
短くそう言って、青き戦士は男の……“王”の臣下となったのだ。
それから幾つもの時間が流れた。
数十年、数百年、或いはもっと……ともかく気の遠くなるような膨大な時間が過ぎ、“王”は戦力を増やしていった。
いつの間にやら彼らは『神殺しの旅団』と自称するまでに巨大化していた。あらゆる世界に存在する神々を滅する者たち。これ以上に相応しい名は無いだろう。
そんな中にあって、青き戦士の心にも変化が訪れる。
やさぐれ、捻くれた態度は消え失せていた。多くの不死人を纏め上げる“王”の姿に当てられたのか、言葉遣いまでも変わっていった。少なくとも“王”の前では。
『あいつは……“王”は、こんな俺を必要だと言ってくれた。なら応えなきゃいけないだろう』
不死人たちからの疎ましげな視線は未だ絶えない。心折れ、座っていただけの不死人が、たった五人しかいない側近の座についているのだから、不満が出るのも仕方のない事だろう。
だが、そんな事にいちいちかかずらっている暇などないのだ。
ふざけるな、と喚く暇があるなら“王”の為に行動する。側近として相応しい働きを見せる事こそが今の俺の使命だと、青き戦士は固く心に誓った。
故に―――故に。
(……こんな所で、終われない)
「―――――ッッがあぁ!!!」
「ッ!?」
深い水の底から急浮上するかのように、飛びかけた青き戦士の意識が戻る。頭蓋骨を陥没させるつもりで頭突きを見舞ったガレスは、その覚醒に驚愕を露わにした。
実際、彼の額は割れていた。深く切れた額、そして鼻と口から血をまき散らしながら、それでもまだ起き上がってきたのだ。
驚愕によって生まれた一瞬の隙を突いた青き戦士は盾を放り投げ、空いた左腕でガレスに組み付く。
背中の布地を鷲掴み、決して離さぬよう身体を引き寄せ―――そして右手の剣で、深々とガレスの背中を貫いた。
「ぬ、ぐぅっ……」
と、くぐもった呻きが漏れる。
それはガレスのもの、そして―――。
「貴、様……!」
「ハッ……ざまぁ見やがれ」
―――青き戦士のものだった。
身体が密着した状態で相手の背に思い切り剣を突き立てれば、当然自分にも刃は届く。それでもガレスを確実に殺す為、青き戦士は自身が傷を負う事さえも厭わなかったのだ。
両者の口元からは鮮血が溢れ出し、ぼたぼたと地面を血で彩る。剣で穿たれた傷からは、それ以上に多くの血が流れている。双方が共に重傷を負っていた。
「俺は、“王”の臣下だ」
血塗れの顔に笑みを浮かべ、青き戦士は剣を握る手に力を込める。
貫通した互いの鎧を無視し、ぐぐぐっ……と、力任せに真横へと斬り裂いてゆく。
「ぐぅ、ぉおお……ッ!?」
「“王”の為にこの命を使う、そう誓ったんだ。だからよぉ……」
剣が動くたびに互いの命が削られてゆく。不死人の捨て身の攻撃という悪夢のような現実を前に、ガレスはただ呻くばかり。
そして、遂に。
「―――こんな所で、終われるかってんだッッ!!」
文字通り、命を賭した剣が振るわれた。
ガレスの胴が盛大に斬り裂かれる。背中から鳩尾までを貫通し、あろう事か、そこから身体を真横に半ば切断されてしまった。尋常ではない、それこそ全身の血液が噴き出したのではないかと言うほどの、凄まじい大出血が起こった。
青き戦士の腹部にも深い裂傷が刻まれたが、その顔に浮かんでいるのは勝利を確信した者のそれだ。不死人と、
その事実を証明するかのように、ずるり、とガレスの腹から赤黒い何かが零れ落ちる。命を支える重要な臓器が、真っ赤に染まった灰の大地へと引き寄せられてゆく。
しかし……彼こそは【ロキ・ファミリア】最古参の一人にして第一級冒険者。オラリオで一、二を争う『力』と『耐久』の持ち主、ガレス・ランドロックだ。
大破した
「……
ガッ!!と、ガレスの手が青き戦士の剣を掴む。
「っ!?」
「これでもう、剣は振るえまい……!」
信じられないといった様子で目を見開く青き戦士に対し、ガレスは僅かに口角を吊り上げた。同時に、自壊せんばかりに握り固められた右拳を持ち上げ、ゆっくりと振りかぶる。
老兵は猛々しく笑い、残された力の全てをこの一撃に捧げた。
「終いじゃぁぁあああああああああああああああああっっ!!!」
顔面目掛けて迫り来る巨拳。
逃れようもない一撃を前に、青き戦士は胸中で静かに呟く。
(ああ……“王”よ、申し訳―――――……)
そんな感情を最後に。
青き戦士の意識は……深い闇の底へと消えていった。
~今回登場した不死人~
嫌われもののニール イチゴリラ様
不明 かまややた様
以上のお二人です。本当にありがとうございました。
ダンまち3期、始まりましたね。
ウィーネがひたすら可愛かったです。そして紐神様ことヘスティアは今回もお胸からの登場でしたが(笑)。
WEB予告の戦闘シーンも気合いが入ってましたし、次回も見逃せません。楽しみです。