不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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今回少し長めです。PS5でデモンズリメイクが出ると知ってテンション上がったせいですかね?

内容もようやく変化を付けられそうです。まだもう少し続きますので、どうかお付き合い下さい。それではどうぞ。


第五十二話 憎悪より生まれし炎

「不死人よ」

 

何故そこまで神々を憎み、あらゆる世界からその存在を消し去ろうとするのか。ファーナムの怒気のこもった詰問に対し『闇の王』は、問いを投げ返す形で口を開いた。

 

「お前にはかつて、自分が人であった頃の記憶は残っているか」

 

「……人であった頃の、記憶だと?」

 

思ってもいなかったその言葉に、ファーナムの口が閉ざされる。

 

何故そんな事を聞くのか、その質問に一体何の意味があるのか。確信を持つ事は出来ないが、どうやらそこに『闇の王』にとっての重要な何かがあるのだろうと、そのように推測する。

 

(その記憶とやらに、神を憎むに至った原因があるのか?)

 

兜の奥で眉間のしわを深めつつ、『闇の王』の言葉の意味を探ろうとする。しかし、いくら考えども一向に答えは出ない。

 

それもそのはず。ファーナムは自身の“人であった頃の記憶”を喪失している。彼にとって最古の記憶は、雨と泥に塗れて森の中を歩き続けていたあの時の光景だけなのだから。

 

「どうした、答えられないか」

 

「っ」

 

故に、発するべき言葉すら見つからない。

 

催促するような『闇の王』の言葉を突き付けられても、ファーナムには沈黙以外の答えを持ち合わせていなかった。

 

「……そうか。お前もまた、人であった頃の記憶を失った者か」

 

『闇の王』の声は暗く、どこかこちらを(あざけ)っているようにも聞こえる。

 

その様子に言い様のない危機感を覚えたファーナムが、手中に新たな武器を出現させようとした―――その時。

 

 

 

気が付けば、すぐ目の前には『闇の王』が立っていた。

 

 

 

「っ!?」

 

振りかざしたその手に握られているのは大竜牙ではない。鋭利さとは全く無縁のように思える、刀身にびっしりと鋭い突起物が施された『トゲの直剣』だ。

 

『闇の王』の時代において悪名を轟かせたとある闇霊(ダークレイス)の得物を視界に収めたファーナムは、反射的にソウルより取り出した『蛮族の直剣』を手に防御の構えを取る。

 

しかし、その刀身は呆気なく斬り砕かれた。

 

それだけに留まらず、トゲの生えた刃はファーナムの右肩を抉る。

 

「~~~~~ッッ!!」

 

ヂャリリッ!と、まるでノコギリで切り裂かれたかのような痛みに歯を食い縛る彼に『闇の王』の追撃が炸裂する。襲い掛かって来たのは槍でも斧でもない、単純な蹴りだった。

 

強固な鉄板で守られていない下腹部へと吸い込まれた一撃は強烈の一言に尽き、勢いのままに蹴り飛ばされたファーナムは吐血しながら灰の地面を転がってゆく。

 

「っぁ、がァ……ッ!?」

 

気道が血で塞がったのか、呼吸すらままならない。視界の端で光がチカチカ弾けて何も見えない。

 

そんな中で、ファーナムは確かにその声を聞いた。

 

「そんな者に、私の抱く憎悪を理解できるはずがない」

 

酷く冷たいその声に、『闇の王』が纏っていた空気が一変した事を悟る。ならば、これまでのような()()()()()()戦いではなく、いよいよ仕留めにかかってくるはずだ。

 

無論、むざむざと殺される訳にはいかない。身体が悲鳴を上げるのを無視し、彼は立ち上がると同時に走り出す。

 

間合いが3M(メドル)を切った直後、ファーナムはソウルより『ウィングドスピア』を掴み取り、鋭い刺突を繰り出した。『闇の王』の眉間を穿つ軌道で放たれた攻撃は、しかし僅かに首を傾けただけで躱されてしまう。

 

「ふッ!!」

 

が、これは想定の内だ。回避行動を先読みしていた彼は一歩踏み込み、左手に出現させた『引き合う石の剣』を力強く振るう。

 

そのままでは当たるはずもないが、この直剣は他のものにはない“引き合う”という特性がある。クズ底の奥深くでのみ採れる奇石で造られ、刀身がいくつにも割れたそれは強い磁力のようなものを帯びているのだ。

 

結果、刀身はまるで鞭のようにしなり、元の数倍の長さを獲得。鋭利な刃を備えた石鞭と化した直剣は、迷う事なく『闇の王』の首元へと迫ってゆく―――が。

 

「ッ!?」

 

―――突如として、その軌道がブレた。

 

剣の先端は『闇の王』の首を掠りもせず、それどころか伸びた刀身は()()()()に巻き付き失速している。

 

その正体は『闇の王』の手にしていたトゲの直剣だ。ファーナムが振るった後にその軌道を見極め、回避するまでもなく攻撃を無力化してしまったのだ。

 

クソッ、と毒づく暇も与えられない。

 

『闇の王』は引き合う石の直剣が絡みついたトゲの直剣を振るってファーナムの手から引き剥がす。そして今度はこちらの番だとばかりに左手に掴み取った『ウォーピック』を真横に振りかぶり―――ファーナムの右脚へ、深々と突き立てた。

 

「ぐぁっ―――ぁぁあああああああああああっっ!?」

 

太腿に突き刺さったウォーピック。その激痛は瞬時に体内を駆け巡り、凄まじい電撃となって脳を焼く。

 

本能に任せて絶叫するファーナムを見下ろす『闇の王』は無言のまま彼の首を掴み、自身の目線の高さへと彼を無理やり立たせた。

 

「そうだ、理解できる訳がないのだ。人であった頃の記憶を失ったお前などに」

 

「が、はっ……!?」

 

左手一本でファーナムを締め上げる『闇の王』。その膂力に為す(すべ)もない彼の脇腹に、新たな痛みが生じた。

 

ドッ、という衝撃と共に突き刺さっていたのは、あの凶悪な姿をしたトゲの直剣だった。剣から鋭利さを廃し、苦痛を与える突起に覆われた刀身がファーナムの皮膚を、そして肉を引き裂いてゆく。

 

「づッ、ぅぅうぐっ………ッ!!」

 

刺さっているのは先端のみだが、『闇の王』はゆっくりと、いたぶるように傷口を抉る。ファーナムは手の平がズタズタになるのも厭わずに刀身を掴んで引き抜こうとするが、やはり膂力では敵わない。

 

「……いいや、誰にも理解などされないだろう。これは私が、ただ彼女の為にしている事なのだからな」

 

ファーナムの呻吟の声など聞こえていないのか、『闇の王』は独白にも思える呟きを落とした。

 

そのせいか、首を絞める力が僅かに弱まった。その隙を見逃さずにファーナムは刀身から手を離すとありったけの力で拳を握り、自身を拘束する左腕を殴りつける。

 

奇跡的にもそれが功を奏した。拘束から脱した彼はなりふり構わずウィングドスピアを振り回すと、『闇の王』はその攻撃を後ろに跳んでひらりと躱す。

 

両者の間に、再び3Mほどの距離が生まれた。

 

「はッ、はッ、はッ……っぐ、うッ……!」

 

地面に両膝を付いたまま、太腿に突き刺さったウォーピックを引き抜く。

 

脇腹からの出血と同様、まだこれほどあったのかと驚くほどの血が噴き出すが、いちいち気にしてはいられないファーナムは即座にエスト瓶を呷り、ついにこれを飲み干した。

 

(これで、エスト瓶は尽きた……)

 

肩、腹、左の手の平、そして右脚の傷は癒えたが、残る回復手段は雫石のみ。それだって手持ちは残り少ない。エスト瓶に比べて回復する力も弱く時間もかかる雫石を使うには、今まで以上に状況を見極める必要がある。

 

窮地ではあるが、しかし絶望的ではない。少なくともファーナムは、『闇の王』についての情報を一つ得られたのだから。

 

(今、奴は確かに“彼女”という言葉を口にした)

 

『闇の王』の零した呟き。それを加えて、先程の問いの意味するところを推理する。

 

 

 

―――お前にはかつて、自分が人であった頃の記憶は残っているか―――

 

―――理解できる訳がないのだ。人であった頃の記憶を失ったお前如きに―――

 

―――これは私が、ただ彼女の為にしている事なのだからな―――

 

 

 

(ここまで神を憎む理由、そして“彼女の為”というあの言葉。確証はないが、もしかすると奴は、神に“彼女”とやらを傷つけられた……否、殺されたのか……?)

 

ファーナムはロードランにいた神々の事を知らない。

 

彼が知り得る昔の話と言えば、せいぜいがシャラゴア……美しい毛並みをした、あの奇妙な猫が語った事だけだ。それに彼女の話には『闇の王』のいた時代に神々が何をしたのか、などは一片たりとも出てきていない。

 

故に憶測でしかないが、どこか確信にも似た感覚を覚えていた。

 

『闇の王』の神殺しに対する並々ならぬ執念の根幹。そこには“彼女”なる存在があるのだという事を。

 

「……喋り過ぎたな」

 

「!」

 

その声に、ファーナムの思考が現実へと引き戻される。

 

『闇の王』は殴りつけられた左腕など意に介していない―――事実、何の痛痒も感じてはいないだろう―――様子で口を開き、そして一歩前へと出る。

 

「終いだ。ここでお前を殺し、神殺しを再開するとしよう」

 

ファーナムの血に濡れたトゲの直剣を適当に放り投げた『闇の王』は、腰に下げていた剣へと手を伸ばす。『穢れた精霊』を一突きで泥のようなものへと変貌させた、あの不吉極まる直剣だ。

 

(不味い……!)

 

あれを抜かせてはならない、と本能が警鐘を鳴らす。そうしている間にも『闇の王』はゆっくりとこちらへと近付いてきている。

 

(……やるしかない、か)

 

そして、ファーナムは腹を決めた。

 

これからしようとしている行為が吉と出るか凶と出るかは、正直に言えば賭けだ。よしんば上手くいったとして、その好機をものにできるかはファーナムがこれまで培ってきた戦闘経験次第だ。

 

それでも試すだけの価値はあると自身に言い聞かせ、静かに息を吐く。

 

すぐ目の前にまで迫った『闇の王』がいよいよ剣に手をかけ、ついにそれが抜き放たれる……その直前で、ファーナムが言葉を滑り込ませた。

 

「……それが“彼女”の為になるとでも思っているのか?」

 

ぴたり、と『闇の王』の歩みが止まる。

 

否。呼吸すらも止まったかのように、『闇の王』は微動だにしない。代わりに注がれる視線はこれまで以上に冷たさを帯び、そしてどす黒いもの―――即ち“憎悪”を含んだものへと変貌していった。

 

「……何だと」

 

「神殺し。それが“彼女”の為になるのかと、そう言ったのだ」

 

歩みを止めた『闇の王』に臆する事無なく言い放つファーナム。右手に握られたままのウィングドスピアを消し去り、不穏な空気の中でゆらりと立ち上がる。

 

兜の奥から真っすぐに前を睨みつけ、彼は更に言葉を続けた。

 

「“彼女”とやらを傷つけられたのか、あるいは殺されたのか。それは俺には分からない。だがこれだけは言える、『闇の王』。お前は間違っている」

 

「黙れ」

 

拒絶の言葉を突き付けられても、ファーナムは退かない。

 

「この世界だけじゃない。他にも無数にある世界の神々を殺したところで“彼女”は帰ってこない」

 

「……黙れ……」

 

「こんな事が“彼女”の為になるとでも?血と悲鳴に彩られた世界を築き続けて“彼女”が喜ぶとでも、本気で思っているのか?」

 

「………黙、れ……ッ!」

 

ぶるぶると肩を震わせる『闇の王』。

 

その反応にもう一押しだと悟るファーナム。

 

そしてついに、彼は決定的な言葉を突き付けた。

 

 

 

「分からないのなら言ってやる、『闇の王』……“彼女”は決して、このような悲劇は望まない」

 

 

 

瞬間。

 

『闇の王』の中で何かが弾け―――それは内より解き放たれた。

 

 

 

(だぁま)れぇぇえええええええええええええええええッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一番やりづらい敵とはなんだ?

 

『遠征』へと赴く数日前。フィンがロキとファーナム、そしてレフィーヤを含めた幹部勢を集めた会議の中で、ふとこんな話題が上がった。

 

未開拓領域への進攻(アタック)をするに当たり、出現するモンスターへの対策は必要不可欠である。例えば火炎の息を吐く『ヘルハウンド』を相手にするならば、その攻撃から身を守る『サラマンダー・ウール』を装備する、と言った具合だ―――尤も、【ロキ・ファミリア】にとってその程度のモンスターなど問題にもならないが―――。

 

「やはり厄介なのは『ペルーダ』の毒針か。解毒剤も数が限られている以上、集団で襲い掛かられては他の団員たちの命に関わる」

 

「ハッ、んなモン躱せば良いだけだろうが」

 

「ちょっとー、皆がベートみたいに動ける訳じゃないんだからね!」

 

「これ、止めんか。話が脱線する」

 

リヴェリアの言を一蹴するベート。それに苦言を呈したティオナはべーっ、と舌を出し、血気盛んな狼人(ウェアウルフ)の青年は、あァ?と剣呑な視線を送った。

 

そんなやりとりを諫めつつ、次いでガレスが口を開く。

 

「深層ならやはり竜種じゃのう。あの階層まで来ると『強竜(カドモス)』とまではいかぬとて、一匹一匹の力も桁外れじゃ」

 

「そ、そんなに強いんですか。その、深層の竜って」

 

「あぁ、レフィーヤは52層から下は行った事ないんだっけ?本当に気を抜けないから覚悟しといた方が良いわよ」

 

あのガレスですら警戒する深層の竜種に戦慄するレフィーヤに、冗談すら言わずに忠告するティオネ。

 

そんな顔を青ざめさせたレフィーヤの背後に忍び寄ったロキが彼女の胸を鷲掴みにし、いつもの通りに背負い投げをかまされる光景に一同はげんなりしながらも、会議は続いた。

 

()ったたた……っと、アイズたんは何か意見とか無いん?」

 

「うん……私は、特には」

 

「そっかー。んじゃ、ファーナムは?」

 

「俺か?」

 

床にひっくり返ったままのロキを引っ張り起こしつつ、ファーナムはその質問に少しだけ頭を悩ませつつ、やがて口を開いた。

 

「そうだな……特定の敵という訳ではないが、強いて言えば一対多が苦手だな」

 

「えー、そうなの?なんか意外(いがーい)

 

「あんたにも苦手なものがあったのね」

 

「何というか、ファーナムさんならどうにかなりそうな気もしますけど……」

 

「とんでもない。少し気を抜いただけで、これまで何回死……にそうな目にあった事か。とにかく、そのような状況にならないよう気を付けるに限る。そうだろう、フィン?」

 

アマゾネスの双子とエルフの少女の反応に思わず口が滑りかけたファーナムだったが、どうにか軌道修正を図る―――そんな彼の様子を見ていたロキの笑みが一瞬強張ったのは内緒だ―――。

 

話題をパスされたフィンはファーナムの言葉に同意しつつ、そこに彼なりの補足を入れて話し始めた。

 

「確かにファーナムの言う通りだね。でも、そもそもそう言った状況に陥らないよう足並みを揃えるのが『遠征』では特に重要だ。仮に孤立した時に適切な行動をとるのも大切だけど、まずは一人で突っ走らない事だ。アイズとベート、二人は特にね」

 

「……はい」

 

「おいっ、俺はそんなヘマはしねぇぞ!?」

 

「ははは、悪かったよベート。一応釘を刺しておいただけさ」

 

素直に頷くアイズとは対照的に声を荒らげるベートを笑ってなだめるフィンは、更に続ける。

 

「最後になるけど、僕としては冷静な敵が一番やりづらいかな」

 

「冷静な敵?」

 

「はぁ?ンだよ、そりゃ」

 

フィンが語った“冷静な敵”という言葉に、一同はにわかに耳を傾けた。

 

アイズたち若き幹部勢とレフィーヤはその意味を知ろうと身を乗り出し、そしてリヴェリアとガレス、ロキの二人と一柱は既に意味を理解しているかのように静かに瞳を瞑っている。

 

そしてファーナムはアイズたちと同様に、小人(パルゥム)の勇者の言わんとしている事を理解しようと真剣な面持ちだ。

 

「その事を説明する前に、ティオナ。例えば大型のモンスターを相手取る時、君ならどう戦う?」

 

「え?あ、えーっとぉ……大双刃(ウルガ)で思いっきり斬る!」

 

フィンからの勉強の意味を込めての質問に、ティオナは清々しいほどの単純な答えを出した。半ば予想していたとはいえ、これには流石の一同もげんなりとした表情を見せる。

 

「この馬鹿アマゾネスが」と吐き捨てるベートに「な、なにをー!?」とぷんすか怒り出すティオナ。いつものやり取りで話が逸れてしまう前に、今度はティオネへと質問が移った。

 

「少し聞き方を変えようか。ティオネ、君ならまずどこを狙う?」

 

「はいっ、まずは足を狙いますっ!」

 

「うん、正解だ」

 

その豊満な胸を揺らして元気に答えるティオネからの熱視線に苦笑と共に受け流しつつ、フィンは視線をアイズたちへと向け、そして改めて説明する。

 

「こんな風に、どんな相手でも戦う時には定法(セオリー)とも言えるものが存在する。大型のモンスターと戦う時にはまず足を狙い、倒れた所で急所を攻撃する、という具合にね。どんな相手であっても、自分の優位になるように戦いを進める事が重要だ」

 

「それはそうですが……あの、その話と先ほど団長が仰られた事と、一体どんな関係が―――」

 

「そしてそれは、闇派閥(イヴィルス)を相手取る時でも同じ事が言える」

 

レフィーヤの言いかけの声を遮ったフィンの言葉。それを受けたアイズたちはハッと息を飲み、ファーナムもまた僅かに目を見開いた。

 

てっきり対モンスターの話をしていると思っていたところに突然出てきた闇派閥(イヴィルス)という存在。かつてのオラリオ暗黒時代、人々を混乱と恐怖に陥れていた悪神に仕える者たち。そして彼らは、つい最近ファーナムたちの前にも姿を現した。

 

「今や僕たちの敵はモンスターだけじゃない。存在が浮上し始めた闇派閥(イヴィルス)の残党、そしてアイズたちも戦った怪人(クリーチャー)なる者たち。これらが『遠征』の最中に仕掛けてくる可能性もないとは言い切れない」

 

だからこそ、フィンは“冷静な敵”という言葉を選んだ。

 

モンスターにあるのは人類に対する純然たる殺意のみだが、人類にはモンスターには無い知性と戦術がある。そして闇派閥(イヴィルス)は、一般人には想像もつかないような悪意までも兼ね備えているのだ。

 

数も実力も成長速度も未知数な怪人(クリーチャー)も危険だが、これらがいざ目の前に現れても敵の戦術に飲まれてはならない。闇雲に応戦するのではなく、弱点や隙を見つけ出して戦う事が重要だと述べるフィンの言葉に、一同は聞き入った。

 

「一見すると付け入る隙なんて無いような相手にも、必ずどこかに弱点はある。よく観察して見つけ出し、そこを突く。これが戦いにおける鉄則だ」

 

 

 

 

 

まぁ、これは対モンスターにおいても同じ事が言えるけどね―――そう言って締め括ったフィンの言葉を思い出したからこそ取れた行動だった。

 

どれほど力が強く技量も高い敵であったとしても、頭に血が上っては取るであろう行動はどうしても単純になり、そして予想しやすくなる。そこに賭けたファーナムは『闇の王』へと“挑発”を仕掛けた。こちらの攻撃が全て防がれるのならば、こちらが()(せん)を取ろうと考えたのだ。

 

果たして、その賭けは上手くいった。

 

狙い通り、怒りに任せて剣を引き抜こうとする『闇の王』。その瞬間にファーナムは全身の筋肉を躍動させ、ガシィッ!と力強く組み付いた。

 

「おおぉぉおおおおおっっ!!」

 

「ッ!?」

 

初めて驚愕により目を見開いた『闇の王』の動きが、一瞬だけ遅れる。一方のファーナムはようやく見せた隙を逃さぬとばかりに力を込め、腰を落として()()に備える。

 

そして、左の手の平に仕込んだ『呪術の火』を発動させた。

 

「なっ―――!?」

 

すぐさまファーナムを引き剥がそうとしたが、遅い。

 

これまで一切の攻撃を受け付けなかった『闇の王』に、呪術『大発火』が直撃する。黒く変色したサーコート越しに胸に押し付けた左手から放たれるゼロ距離の炎撃をまともに喰らった『闇の王』は、視界を真っ赤に焼かれながらたたらを踏んだ。

 

「ぐうっ……!」

 

爆発とも呼べる膨大な熱量に晒された『闇の王』に、新たな攻撃が仕掛けられる。

 

ボッ!!と爆炎の残滓を引き裂いて振るわれたのは『石の両刃剣』である。ドラングレイグ王城にて、常に王の傍らにあったという騎士ヴェルスタッドが率いたとされる騎士団の用いていた武器であり、それは見た目以上に扱いが難しい事で知られている。

 

しかし、ファーナムはそれを見事に操っている。同じ形状の武器を持つティオナ以上の技巧を以て振るわれる連斬撃に、『闇の王』は堪らず取り出した盾で防御の構えを見せた。

 

「調子に、乗るなよ……不死人!」

 

「っぐ!?」

 

が、『闇の王』の怒声と共に、その攻撃が弾かれてしまう。

 

攻勢から一転、窮地に立たされるファーナム。『闇の王』の手は腰の剣へと伸び、今にも引き抜かれようとしている。体勢を崩されたファーナムにそれを阻止する手立てはなく、このままやられてしまう……かに思われた。

 

確かに、ドラングレイグにいた頃の彼ならばやられていただろう。

 

しかし今の彼は違う。オラリオにて冒険者として生き、たった数か月とは言え仲間と共に冒険を続けて来た今の彼ならば、逆転の手立てはまだ残されている。

 

「―――ッシィ!!」

 

裂帛(れっぱく)の掛け声と共に、ファーナムは地面に石の両刃剣を突き立てる。

 

その反動を利用して強引に体勢を整え―――天地が逆転した状態から、渾身の回し蹴りを見舞った。

 

「がっっ!?」

 

ベートの脚技を彷彿とさせる蹴りが『闇の王』の頭部に炸裂し、脳を揺さぶる。身体を捻り器用に着地したファーナムは武器を直剣と刺剣に持ち替え、息もつかせぬ猛攻を繰り出した。

 

(何が……一体、何が起きている!?)

 

いつの間にか防戦一方となってしまう『闇の王』。その脳裏には疑問符が満ち、形勢が逆転してしまっているこの奇妙な現象の答えを探している。

 

実のところ、ファーナムは自身が優勢に動いているなどとは思っていない。こうしている今だって相手の一挙手一投足に細心の注意を払い、その前兆をつぶさに察知しようと全神経を傾けている。

 

と、同時に振るう武器も変えている。今は刀と槍に持ち替え、絶えず変則的な攻撃に徹していた。更には減少し続ける自らのソウルにも気を配り、その時々に最適な武器を選択しなければならない。

 

常人ならばとうに思考が焼き切れているであろう情報量を処理しながらも、ファーナムは止まらない。彼の視界には『闇の王』だけが映り、それ以外は全て不要なものとして即座に忘却している。これまで培ってきた全てはこの瞬間の為にあったのだと信じ、ただひたすらに武器を振るい続ける。

 

(オラリオを……この世界を、守る為……ッ!)

 

眦を裂き、血走った目で前方を睨みつける。

 

(お前を倒し……皆と、地上へ……帰還(かえ)る為に……ッッ!!)

 

自らを奮い立たせる雄叫びはいらない。それ以上に強い感情は、すでに己の内に満ちているのだから。

 

(勝負は今……ここで決めるッ!!)

 

己の役目を果たすべく、ファーナムの攻撃は更に激しさを増していった。

 

 

 

 

 

(何が、この不死人をここまで変えた!?)

 

一方の『闇の王』は、密かに混乱の真っ只中にいた。

 

確かにこれまではこちらが有利だったはず。なのにどうして今、自身が追い詰められているのかが理解できない。

 

(何故だ……過去を忘れた貴様などに、何故この私が押されている!?)

 

ファーナムの攻撃は次第に激しさを増していった。防ぎ切れていた攻撃が通るようになり、『闇の王』の身体に確かな傷を刻みつけてゆく。

 

剣が、槍が、槌が、斧が。一秒前とは異なる攻撃が雨のように振りかかり、『闇の王』の全身を苛む。

 

(私が負けるなどあってはならない!私は神を、殺さねばならない!!)

 

剣が腕を掠め、槍が肩を浅く裂く。

 

痛みが蓄積してゆくにつれ、『闇の王』の中に生まれた憎悪も膨らんでゆく。

 

(ふざけるな……何も知らぬ貴様如きが、彼女を語るな……ッ!!)

 

槌が脚を殴打し、斧が肉を打ち付ける。

 

蓄積された痛みが燃料となり、憎悪の炎を更に大きく膨らませてゆく。

 

(彼女の死を……彼女の死を無駄にしない為に。ただそれだけの為に……ッ!!)

 

『闇の王』の憎悪は留まる所を知らずに肥大し続ける。

 

“彼女”の死を無意味なものにしない為に歩み続けた幾星霜(いくせいそう)。それを否定するという()()を犯したファーナムに対し、『闇の王』はついに神々へ対する以上の殺意を芽生えさせた。

 

(彼女の為に……私は……)

 

私は……。

 

……私は……っ!

 

………私は………ッ!!

 

私はッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「があああぁぁぁぁあああああああああああああああああああっっっ!!!」

 

「ッ!?」

 

突如として響き渡った咆哮。

 

同時に剣が弾かれるが、問題はそこではない。『闇の王』の口より放たれたその叫びは物理的な圧すら帯び、それはファーナムの身体を強制的に硬直させたのだ。

 

一瞬にも満たない僅かな硬直。しかしそれは戦場において命取りとなる。

 

振るった剣を弾かれたファーナムは先ほどのように身体を動かし、次の攻撃に繋げようとして―――そして、見た。

 

 

 

『闇の王』がその手に握り込んだ、暗月色の奇跡の触媒(タリスマン)を。

 

 

 

「―――――ッッ!!?」

 

瞬時に喉が干上がる感覚が襲う。

 

教えられずともそれを本能で理解したファーナムは両手から武器を消し去り、咄嗟に『ガーディアンシールド』を取り出した。

 

長い旅路の中でも信頼の置ける盾を構えた彼は、来るであろう衝撃に備えて踏ん張り―――気が付けば、遥か後方へと吹き飛ばされていた。

 

「―――かふっ」

 

口から漏れ出た音はか細く、そこに僅かな赤色が混じる。

 

しばしの浮遊感の後、地面へと叩きつけられる。構えていたはずのガーディアンシールドは粉々に砕けてなくなり、漠然とその事を理解した瞬間、ファーナムの身体はびくりと痙攣した。

 

「……が……はっ………!」

 

これまでとは比較にならない衝撃。まるで巨人による棍棒の一撃をまともに喰らったかのようであるにも拘らず、咳込む事も出来ない。口と鼻からどくどくと血が流れるばかりで、内臓の状態など考えたくもなかった。

 

「不死人。貴様を、呪うぞ」

 

混濁しかけた意識の中で耳にした怨嗟の声。

 

どうにか首を傾け、『闇の王』へと視線をやったファーナムは―――その瞬間、全ての痛みが消え去った。

 

その手にはすでにタリスマンはない。代わりに、更に分かりやすい武器が握られている。

 

右手には雷を帯びた十字槍……『竜狩りの槍』を。

 

左手には朽ちかけた異様な大剣……『深淵の大剣』を。

 

後の時代にまで伝わる二振りの武器に目を剥くファーナムに、『闇の王』は告げる。

 

「忌々しい……私に()()()を使わせた事、後悔の中で死ぬがいい……!!」

 

 


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