不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第四十九話 譲れぬもの

 

降り注いでいた呪術は止んでいた。未だ消え残る炎が大地を焼き続けてはいるものの、それは不死人たちの命を脅かすには程遠い。

 

「ラレンティウス殿、その……よろしいので?」

 

その呪術を行使した張本人たるラレンティウスは、近くにいた闇の騎士から質問を投げかけられる。それの意味する所を理解する彼は、はぐらかすような調子で答える。

 

「ああ。あんまり派手にやり過ぎるとお前たちの出番がなくなっちまうだろ?」

 

「な、なるほど……?」

 

「分かってくれたか。それなら、ほら。お前も行ってこい」

 

半ば無理やりな返答で闇の騎士を黙らせたラレンティウスは、目の前に広がる戦場を眺めつつ、小さな呟きを落とす。

 

「なぁ、“王”よ……これがあんたのやりたかった事なのか?」

 

誰にも聞こえる事のなかったその言葉は、どこか物憂げなものであった。

 

 

 

 

 

「【アルクス・レイ】!」

 

レフィーヤが完成させた詠唱が、光の矢となって闇の騎士へと迫る。

 

詠唱に違わず正確無比なその()()は闇の騎士を直撃し、その隙を突いて近くにいた不死人が止めを刺す。

 

「良いぞ、レフィーヤ。次は左だ!」

 

「はい!」

 

レフィーヤの隣に控えているリヴェリアがすぐさま次の指示を出し、それに応えるように彼女は次なる標的へ向け詠唱を始める。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり】―――」

 

そこへ二人の闇の騎士が接近してきた。

 

白骨を思わせる不吉な剣を手にした彼らは、一目散に二人の元へと突貫する。接敵に気が付いたリヴェリアは杖を構え、背後にいるレフィーヤを守ろうと立ち塞がった……が。

 

それよりも速く、二つの影がリヴェリアの前に躍り出た。

 

「ッ!?」

 

突如の事に目を剥く闇の騎士たちであったが、すでに振り下ろした刃は止められない。そしてその切っ先はリヴェリアに届く事はなく―――構えられた盾と、二振りの剣によって阻まれる事となった。

 

直後。盾は敵の剣を弾き、双剣は刃を巻き上げ、二人の闇の騎士へと痛烈な斬撃を見舞った。

 

「ぎゃあっ!?」

 

「ぐぅっ!!」

 

いずれも急所を突かれ返り討ちに遭う闇の騎士たち。淡いソウルの欠片へと帰す亡骸を、二人の不死人は淡泊な眼差しで見下ろしていた。

 

「懲りない奴らめ」

 

「仕方のない事とは言え、やはり気分の良いものではないな」

 

 

 

―――実体 剣士ディクソンが現界しました―――

 

―――実体 名無しのジョン(ジョン・ドゥ)が現界しました―――

 

 

 

「すまない、二人とも。助かった」

 

「気にするな。ここで会ったのも何かの縁だ、最後まで付き合うさ」

 

「一方的に選択肢を突き付けられるのは好きではない。自分も諦めるのは苦手でな」

 

軽量ながら相応の堅牢さを持つアルバの鎧と武骨な鉄仮面で身を固めた不死人ディクソン。そして防御力こそ期待できないものの、己の動きを最大限に生かせる異国の旅装束を纏った不死人ジョン・ドゥは、さも当然のようにリヴェリアへと返答する。

 

互いに協力者への助力を惜しまぬ性分の二人は現在、魔導士であるレフィーヤとリヴェリアの護衛のような役割を担っていた。近接戦闘ではどうしても分が悪い二人にとって、彼らと出会えたのは行幸と言えるだろう。

 

戦闘が始まってしばらくの間は問題なかった。しかしあの火球が降り注いだ後、急激に闇の騎士たちの勢いが増したのだ。比較的安全だった後方にもその脅威は波及し、今や混戦のような有様になっている。

 

そこへ駆けつけてくれたのがディクソンとジョン・ドゥだった。この二人が来てくれたおかげでレフィーヤは再び魔法の行使に集中する事ができ、リヴェリアも彼女のサポートに専念する事が出来た。

 

「む……そろそろ効果が切れる頃か」

 

また、リヴェリアたちとの共闘は、二人の不死人にとっても大きなメリットがあった。

 

「【集え、大地の息吹―――我が名はアールヴ】」

 

杖を構えたハイエルフの王女が紡ぐ魔法が、清涼な風のよそめきを生み出した。そして彼女自身を含めた四人の身体を包み込むように、緑色の光が顕現し始める。

 

「【ヴェール・ブレス】」

 

その言葉を以て完成した緑光の衣は物理的、そして魔法的な攻撃に対して威力を軽減させる効果を持つ。身を賭して護衛に当たってくれている者へのせめてもの返礼だった。

 

切れかかっていた防壁を再び纏い直した二人は、奇跡によらぬ魔法の鎧の効果に舌を巻くばかりだ。

 

「凄いな。こういう芸当は奇跡の領分だと思っていたんだが……」

 

「私としては、その“奇跡”というものの方が気になる所だがな」

 

ディクソンの言葉に未知への好奇心を滲ませるリヴェリアだったが、すぐに気を取り直す。ここが戦場でなければゆっくりと会話でもしたい所だが、そうはいかない。

 

「済まないが、今の私がしてやれる事はこれで精一杯だ」

 

「いや、十分過ぎる程だ。これで心置きなく戦える」

 

防御力など(はな)から期待していない異国の旅装束を身に着けていたジョン・ドゥにとって、これほど頼もしい事はない。言葉に感謝の意を込めた彼はリヴェリアに背を向け、再び戦場へと意識を集中させる。

 

「さて、そろそろ仕事に戻ろう」

 

「そうだな。こっちは俺らに任せてくれ」

 

ジョン・ドゥとディクソンは、レフィーヤとリヴェリアを背にする形でそれぞれ左右の位置に立つ。混戦の色が強いこの状況下において、決して二人に敵を近付けさせまいとする覚悟の構えだ。

 

「……ああ、頼んだ」

 

二人の覚悟を(しか)と受け取ったリヴェリアはそう言い、再びレフィーヤのサポートに徹した。

 

一撃の威力よりも速射性を重視した魔法に切り替えたレフィーヤだが、それでも詠唱による隙は生じてしまう。無防備となってしまう彼女の目となり耳となるため、リヴェリアは周囲の状況へと神経と尖らせる。

 

そんな彼女たちを守る事こそが、ディクソンとジョン・ドゥが請け負った役割。

 

一度死んでしまえばそれで終わり。そんな者たちが命を張っている。その光景を前にした二人が手を抜く事など、あろうはずもない。

 

「いくぞ!」

 

「ああ!」

 

鋭い掛け声と共に、二人は走り出す。

 

押し寄せる闇の騎士たちへ目掛け、互いの武器を振り上げた。

 

「ぜあぁっ!!」

 

ディクソンが振るったブロードソードと、闇の騎士のダークソードがぶつかり合い、鋭い金属の音が響き渡る。

 

一瞬にも満たない膠着の後、打ち勝ったのはディクソンだった。敵の剣を押し戻し、返す刃でその胴体に深い一閃を刻み込む。

 

「がっ!?」

 

苦悶の声を漏らした闇の騎士など意に介さず、脇をすり抜けるようにして背後に移動。続けざまに見舞った更なる一斬によって、確実に相手を沈黙させた。

 

「おおォ!!」

 

「ッ!」

 

背後からの奇襲。それにも彼は冷静に対処する。

 

剣筋に合わせ素早く盾を滑り込ませこれを防ぎ、敵の腹部めがけて剣を振るう。しかし相手も一筋縄ではいかず、左手に装備していたダークハンドを盾のようにして展開させた。

 

赤黒く歪んだ障壁に斬撃を弾かれたディクソンだったが、彼はこれしきで止まったりはしない。

 

ブロードソードをくるりと逆手に持ち替えた彼は、盾に防がれるよりも速くその切っ先を相手の肩へと突き立てた。流れるようなその動きに無駄はなく、まるでこうなる事を想定していたかのようですらある。

 

「ぐぁっ!?」

 

悲鳴を上げ体勢を崩した闇の騎士へと振るわれるとどめの一撃。それは剣から手を離したディクソンが新たに取り出した打撃武器、メイスであった。

 

噴き上がる血飛沫。敵の頭部を粉砕した彼は、鉄仮面の奥で瞳を光らせる。

 

直後、掌よりメイスは消え去り、代わりに『潮の弓』が握られる。そして素早く矢を番え、力いっぱいに引き絞る。

 

「ジョン・ドゥ!」

 

「!」

 

飛んできた鋭い声に反応するジョン・ドゥ。

 

両手のショートソードで闇の騎士を斬り捨てた彼の背後には、もう一人の闇の騎士が立っていた。ダークソードを振りかぶり、無防備に晒されたその背を狙っている。

 

が、その直剣が振り下ろされるよりも速く、ディクソンが矢を放つ。

 

そして、それと全く同時に、ジョン・ドゥの振り向きざまの刃が闇の騎士の喉元へと迫った。

 

「がッ―――」

 

結果として闇の騎士の首は斬り裂かれ、その脇腹には矢が深々と突き刺さる事となった。ジョン・ドゥは崩れ落ちる敵兵を尻目に、ディクソンへと視線を移す。

 

「心配はいらない。気付いていた」

 

「……みたいだな」

 

素っ気ない返答に肩をすくませたディクソンは武装を切り替え、己が戦場へと戻っていった。

 

そんな彼の背へ、ジョン・ドゥはぽつりと呟きを落とす。

 

「―――だが、感謝する」

 

それは紛れもなく本心から出た言葉であった。

 

それはかつて騙し討ちによって放浪の身となってしまった過去から零れた言葉。裏切りを嫌う彼がここで出会い、こうして肩を並べて戦う事となったディクソンへと向けられた、偽りなき心の内を表したものだ。

 

だからこそ、無様な姿は晒せない。

 

ジョン・ドゥは刀身に付着した血を振り払いつつ、新たに現れた闇の騎士たちを睨みつけ……そして、勢いよく地を蹴った。

 

「ふッ!!」

 

白骨の集団へと、彼は二刀を振るう。

 

殺意と共に襲いかかる幾つもの重厚な刃を両手のショートソードで防ぎ、()なし、そして斬り付ける。最低限の防御力すらない装備に身を包んだジョン・ドゥだが、今はリヴェリアの緑光の衣(まほう)が効いているため負傷も恐れない。

 

「うぐっ!?」

 

「ぎゃあ!?」

 

擦り切れた外套をはためかせ、彼は黒い疾風となって闇の騎士たちに斬撃を刻み込んでゆく。

 

「奴の動きを止めろ!そうすれば後はどうとでも―――げっっ」

 

比較的離れた場所にいた闇の騎士が喚くも、その声は頭部に突き刺さった剣によって中断させられてしまう。何事かと瞠目する仲間の騎士たちが視線を向けた先にいたのは、ショートソードを投げつけた格好で立つジョン・ドゥだ。

 

「貴様……!?」

 

「何を驚いている」

 

敵の驚愕など知らぬとばかりに、彼は剣を投げたその手で腰に忍ばせたダガーを抜き放ち、それを逆手に構える。

 

右の直剣と左の短剣。刀身の長さが全く異なる二振りの刃を光らせ、ジョン・ドゥは声を低くして言い放った。

 

貴様ら(外道)を相手にするのだ。容赦などするものか」

 

 

 

 

 

ディクソンとジョン・ドゥが押し寄せる闇の騎士たちを迎撃してゆく中、レフィーヤは遠距離からの魔法攻撃に専念していた。

 

リヴェリアからの指示をもとに敵に狙いを定め、そこへ向けて魔法を放つ。戦闘を開始してからすでに何度も魔法を行使しているが、彼女の魔力が枯渇するような事態には陥っていない。その答えはリヴェリアの足元に展開された魔方円(マジックサークル)に隠されていた。

 

妖精王印(アールヴ・レギナ)】。

 

恐らくは歴史上、リヴェリアのみが発現させたであろう『レアスキル』。

 

この魔方円(マジックサークル)内にいる同胞(エルフ)に対してのみ、行使する魔法威力の上昇、そして周囲に拡散する『魔素』を回収・再吸収できるという恩恵をもたらす。

 

これによって、元来魔力が桁外れに多いレフィーヤの精神力(マインド)が枯渇する心配はない。常にほぼ満たされた状態であり、もはや補給不要の移動砲台と化していた。

 

(リヴェリア様、そして見ず知らずの人たちにここまでしてもらっている……それに応えられないようじゃ、アイズさんの隣に立つ事なんて出来ない!)

 

山吹色の長髪を振り乱しながら、額に滲んだ汗の雫を飛ばしながら、レフィーヤは詠唱し続ける。

 

そこにはかつての気弱な少女の姿はない。あるのは偉大なファミリアの一員として恥じる事のない働きを見せようと精一杯に戦う、立派な冒険者の姿だ。

 

(……本当に、良く育ってくれた)

 

そんな彼女を後ろから見守るリヴェリアの瞳が、感慨深げに細められる。

 

自身の後釜を期待されてはいるが、それでもまだまだ年頃の少女に過ぎない。精神も成熟し切っていない内にこのような()()に駆り出して良いものかと密かに危機感を抱いていたリヴェリアだったが、今のレフィーヤの姿にその考えが過ちであったと理解する。

 

対モンスター以外の戦闘でも臆さず、並行詠唱も出来ている。まだまだ面倒を見なくてはいけないと思っていた少女が見せた雄姿は、それほどまでにリヴェリアの心を動かすものであった。

 

この様子なら、きっと―――彼女の脳裏にそんな考えがちらついた、その時である。

 

 

 

「……―――ッ!!」

 

 

 

リヴェリアが周囲の状況を確認した瞬間。

 

翡翠色の双眸は大きく見開かれ、同時にレフィーヤを突き飛ばすようにして彼女の身体を強く押した。

 

「えっ?」

 

突然の出来事に間の抜けた声を出してしまうエルフの少女。詠唱は途切れ魔力が霧散し、杖を手に構えていたその手で地面に手をつく。

 

そうしてすぐさま振り返った先にあった光景―――それは焦燥一色に顔を染めたリヴェリアが、矢のように鋭い()()()()によって肩口を引き裂かれている姿であった。

 

「リ、リヴェリア様っ!?」

 

網膜を通じて脳へと届けられた映像。それを理解したレフィーヤの甲高い悲鳴が木霊する。その声にディクソンとジョン・ドゥも振り返り、リヴェリアが負傷している事に初めて気が付いた。

 

「気にするな、掠っただけだっ!」

 

三人を心配させまいと振るまうリヴェリア。しかし右手で押さえた傷口の隙間からは幾筋もの血が流れ、負った傷は浅くはないであろう事を示している。

 

レフィーヤは未だ動揺の治まらぬ心を落ち着かせようと呼吸を整え直しており、ディクソンとジョン・ドゥは自らの不手際を恥じている様子だ。決して後方には攻撃を届かせぬとしていたのに、このような事態になってしまうとは、と。

 

しかし、一番重要なのはリヴェリアが負傷してしまった事ではない。

 

事の深刻さを一番理解していたのは、紛れもない彼女自身であった。

 

(【ヴェール・ブレス】の効果はまだ継続している。防壁魔法を無効化するような細工を仕掛けられた形跡もなかった……つまり、威力を軽減させて(なお)、これほどの威力の魔法を行使する者がいる!)

 

オラリオでも最高位の魔導士と謳われ、自らもそう自負していたハイエルフの王女が辿り着いた答え。にわかには信じがたい、しかし認めざるを得ない事実。

 

それは―――自身よりも格上の魔術師(魔導士)の存在だ。

 

「確かに仕留めたと思ったんだが……成程、君はその少女の師という訳か」

 

「っ!」

 

バッ!と、リヴェリアが声のした方へと顔を向ける。

 

釣られてレフィーヤもその方向へと視線を飛ばした。そこにいたのは一人の男、何処かの学院の制服らしきコートに身を包み、周囲に十人ほどの闇の騎士たちを従えている。

 

片手剣のみを装備した闇の騎士たちがいる中、男だけが手に杖を握っていた。二人の杖と比べれば酷く簡素に見えるが、侮る事など出来ない。この場でそれを持っているという事は、つまりは()()()()()なのだから。

 

「仕方がない。苦しまずにとはいかないかも知れないが、恨むなよ」

 

これも“王”の理想の為。

 

そう言って黒コートの男……魔術師グリッグスは、リヴェリアとレフィーヤへ向けて『ソウルの矢』を撃ち放った。

 

 

 

 

 

主戦場から離れた地点。

 

『闇の王』が待ち構える最奥の一歩手前の場所にて、黒ローブの男と激しい戦いを繰り広げるのはアイズとフィンの二人だ。

 

「はぁっ!!」

 

『風』を纏ったアイズの神速の一閃。深層の大型モンスターすらも両断する斬撃を、黒ローブの男は盾を構えて防ぎ切る。

 

凄まじいのはその頑強さである。何の変哲もないような外見とは裏腹にいくら斬り付けても砕けるような事はなく、表面に浅い傷を残すのみ。自身の愛剣と同じく不壊金属(デュランダル)で出来ているのではないか。そんな思いがアイズの脳裏に生まれる程だ。

 

しかし、真に驚くべきはそこではない。

 

(やっぱり、速いっ!)

 

アイズの剣を容易く防ぐ反射速度。無造作に下げていた腕がブレたかと思えば、瞬きにも満たぬ間に目の前に現れる。何度挑んでも結果は変わらず、形の良い眉が歯痒げに歪んだ。

 

そんな彼女と同じ考えに至っていたフィンは、相手の強さの源がそれだけではない事を感じ取っていた。

 

「ふッ!!」

 

動きが止まった一瞬の隙を狙い澄ました長槍による刺突。小柄な体躯から放たれた鋭い一突きは斬撃などよりも遥かに対応しにくいが、男は焦った様子もなく冷静に対処する。

 

迫り来る穂先に剣の切っ先を合わせ、軌道を僅かに逸らせる。空しく虚空を貫いた銀の長槍を握るフィンはそれでも第二撃に打って出ようとしたが、それを封じるかのように男が蹴りを放った。

 

「ぐッ!?」

 

咄嗟にもう一方の長槍を構えて衝撃を緩和させるが、小人族(パルゥム)の身体では完全に勢いを殺し切る事は出来なかった。強烈な蹴りを受け、彼の両脚は地面から離れてしまう。

 

(速いだけじゃない―――(うま)い!)

 

ビリビリとした痺れを腕に感じつつ、フィンは確信する。この男はアイズの剣技にも対応できる程の身体能力と、二対一の状況下をものともしない戦闘技術を兼ね備えているという事を。

 

不死人という“死”の安息を許されない存在。心が擦り切れる程に死に続ければ、亡者と成り果ててしまう定めの者たち。これ程までの力を得るまでには全てを失う恐怖と隣り合わせになりながらも、多くの死地を潜り抜けなければならなかったのだろう。

 

否、彼だけではない。今この戦場で戦っている多くの騎士たちも、変わらざるを得なかった者たちだ。望まぬ不死を押し付けられ、人生を歪められた被害者なのだ。

 

そんな彼らが全ての元凶たる『神』という存在へ憎悪を抱くのは至極当然と言える。このオラリオの地に住まう多くの神々を殺そうとするのも、自分たちと同じ過ちを繰り返させはしないという、彼らなりの信念があるからに違いない。

 

だが……。

 

(僕らにも、譲れないものがある)

 

フィンの脳裏に過ぎるのはかつての記憶。多くの闇派閥(イヴィルス)が大頭し、下界を混沌と無秩序に陥れた『オラリオ暗黒期』の光景だ。

 

そんな中でフィンはガレスやリヴェリア、団員たち、そして他派閥のファミリアと共に戦い、そして遂に勝利した。理不尽な暴力に怯える人々に笑顔と活気を取り戻し、今のオラリオを作り上げたのだ。

 

あの時の、誰が欠けていても実現し得なかったであろう平和。ようやく掴み取ったそれが今、『闇の王』率いる神殺したちの手によって脅かされている。

 

故に、フィンたちもまた譲れない。

 

全ての小人族(パルゥム)の希望の証たらんと、ロキに根回しをしてまで名付けて貰った【勇者(ブレイバー)】の名において―――彼は決して諦めない。

 

「フィン……!」

 

強烈な蹴りを喰らったフィンの身を案じ、アイズの注意が一瞬逸れる。男はその隙を見逃さず、盾に大きく振るって彼女の体勢を崩した。

 

「っ!?」

 

ハッと我に返ったアイズはすぐに切り替えるも、遅い。

 

男の剣は振るわれており、すでに目の前にまで迫っている。アイズはイチかバチか『風』を身体に纏わせ、刀身が触れる瞬間に全力で魔力を解放しようとしたが―――。

 

 

 

キィンッ!という金属音と共に、男の剣が二振りの長槍によって阻まれた。

 

 

 

見れば、アイズと男の間に割って入るかのようにして、フィンが攻撃を防いでいた。蹴り飛ばされたかに思われた彼は無理やり体勢を切り替え、アイズの盾となったのだ。

 

「うっ……ぉおお!!」

 

「!」

 

ギリギリと拮抗した状態から気を吐き、二振りの長槍が剣を弾く。

 

そのまま身を大きく捻り、さっきのお返しだとばかりに今度はフィンが蹴りを見舞った。強引に状況を立て戻した小人族(パルゥム)の冒険者にさしもの男も驚いたのか、反撃する事なく跳び退(すさ)ぶ。

 

「アイズ、気を抜くな」

 

「……うん、ごめん」

 

少女を(たしな)める口調も必要最低限で、フィンの碧眼は男の動きに固定されている。大声も出さずに、それだけ相手を注視しているのだ。アイズもまた自らの愚行を反省し、二度と繰り返すまいと心を新たに愛剣を構え直した。

 

一方で、男はフードで覆われた暗闇から二人を見やる。

 

まだ幼さを残すものの強力な『風』を操り、高い潜在能力(ポテンシャル)を感じさせる少女。

 

小柄ながらそれを感じさせない立ち回りと、その場の最適解を選び続ける事が出来る男。

 

アイズとフィンがどのような人間なのか。直接剣を交える事でそれを感じ取った男は、慢心なく構えを取る。

 

自身の背後。“王”が戦っているであろう最奥へと、何人(なんびと)たりとも通さない為に。

 

 

 

 

 

―――あの不死人(ファーナム)との戦いを邪魔させない為に。

 

 




~今回登場した不死人~


剣士ディクソン hamcya様

名無しのジョン(ジョン・ドゥ) Amiye様


以上のお二人です。本当にありがとうございました。

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