不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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この作品が自分の手に収まりきるのか不安になってくる今日この頃です。

それでは、どうぞ。


第四十四話 参戦

ただひたすらに突き進む。立ちふさがる者は右手のメイスで粉砕し、決して足を止めようとはしない。

 

身体の前に構えたタワーシールドで敵の攻撃を防ぎつつ、敵陣のど真ん中を疾走するファーナム。持ち前の膂力に物を言わせて強引に道を切り開く。その背後には、多くの不死人たちが続いていた。

 

 

 

 

 

「ッシャア!!」

 

猛々しい掛け声と共に、鋭い跳び蹴りが炸裂する。堅牢な足甲に包まれたそれはほとんど砲弾と変わりなく、食らってしまった闇の騎士は背後の同胞たちを巻き込む形で吹き飛ばされる。

 

「次ぃ!!」

 

「こ、のっ!?」

 

着地と同時に駆け出し、次の標的へと迫る。『罪人の仮面』によって表情を読む事は出来ないが、時折漏れ出す言葉の端々には戦いの喜びが見え隠れしていた。

 

 

 

―――実体 牢獄の喧嘩屋グリードが現界しました―――

 

 

 

肉薄する“喧嘩屋”へとダークソードを振るう闇の騎士、しかし彼はこれを紙一重で避けて見せる。

 

一瞬前まで顔のあった場所を刃が空振り、グリードは敵の懐へと潜り込む。驚愕する相手を他所に『骨の拳』を纏った右拳を握り締め、重たい一撃を相手の顎へと見舞った。

 

「うぉ―――らァ!!」

 

「ガッ!?」

 

顎を打ち砕かれた闇の騎士。装着していた骸骨の仮面すら粉砕し、その勢いのままに身体は宙を舞った。

 

「おらァ!次の俺様の相手はどこだッ!?」

 

まるで暴れ回る猛牛である。不用意に近付こうものなら手痛い反撃が待ち構えており、標的にされれば仕留めるまでは終わらない。

 

その様子を目撃した敵の同胞たちはグリードを危険視したのか、他の不死人たちから標的を彼へと変える。何せ相手の武装は拳のみ、複数人で斬りかかれば逃れる事は出来ないと踏んだのだ。

 

彼の死角となっている場所から一斉に襲い掛かる敵の集団。手にした凶刃を振り上げ、その切っ先を深く突き立てる―――――その直前で。

 

彼らの前に、銀色の壁が滑り込んできた。

 

「!?」

 

ガキィンッ!という甲高い音と共に、幾つもの刃が止められる。

 

敵の攻撃を防いだ銀色の壁……否、そうと見紛う程に巨大で重厚な盾『呪縛者の大盾』を構えるは、一人の不死人。全身をファーナム装備で固めた彼は、兜の奥から眼前の敵を鋭く睨みつけた。

 

 

 

―――実体 フォローザのシオンが現界しました―――

 

 

 

そこには喜もなく、悦もない。今しがた身を挺して守った“喧嘩屋”とは対照的に、彼はただ冷静に状況を判断し、自らの敵となる者を打ち倒す。

 

シオンは槍衾(やりぶすま)の如く突き立てられた幾つもの切っ先を大盾で振り払う。そのまま素早い動作でそれを背負うと、代わりに新たな得物を―――『呪縛者の特大剣』を手に構えを取った。

 

半円を描くようにして身体を右へと回転。そして僅かな間を挟み、左下から突き上げるような大斬撃を解き放つ。

 

「―――シィッ!!」

 

気迫の声と共に叩き込まれた特大剣は、闇の騎士たちをまとめて斬り飛ばした。その身体に深い裂傷を負った彼らは血を噴出させ、この戦場に新たな血の雨を降らせる。

 

仲間の危機を救ったシオンは短く呼吸を整えながら背後を見やる。ひとまずの脅威は取り除いたが、今この瞬間にも徒手空拳で戦う彼は劣勢に追いやられているかも知れない。

 

そんな思いを抱きつつ、確認してみれば―――――。

 

「はっはァ!まだまだァ!!」

 

「………」

 

グリードは既にシオンから離れた場所で、好き勝手に暴れ回っていた。

 

「………まぁ、無事ならそれで良い」

 

あれほどの男ならば心配は無用。そう自らに言い聞かせ、シオンは気を取り直す。

 

呪縛者の大盾と特大剣を構え直した彼は、その重みを感じさせない速度で次なる戦場へと駆けていった。

 

 

 

 

 

敵陣の強行突破を敢行したファーナムであったが、流石にそれにも限度があった。半ばまで押し通す事が出来たものの、そこから先は敵の抵抗が一層激しくなったのだ。

 

最奥に控えるは『闇の王』。神殺しの旅団を束ねる、まさしく“王”がいるのだ。その反応は然るべきである。

 

「奴を殺せぇっ!!」

 

「“王”の元へ行かせるな!!」

 

息つく間もなく襲い来る髑髏の集団。

 

朽ちかけた外套から覗く白骨の仮面、その奥に潜む暗い眼窩。神々を殺し、それを阻む者全てを殺して来た彼らは、殺意を剥き出しにして剣を振りかざす。

 

「死ねっ、不死人!」

 

「っ!」

 

真横から飛んで来た殺意に、ファーナムは咄嗟にタワーシールドを構えた。敵の不意打ちを防ぎメイスを振るうも、すぐさま次の刺客がやって来る。

 

「ちぃっ!?」

 

舌打ちを落とした彼は重りとなるタワーシールドを放棄、そのまま姿勢を低くして戦場を駆け回った。極力身軽になって相手を撹乱(かくらん)させる為だ。

 

強引に突き進んできた歩みが止まってしまうが、幸い仲間である不死人たちはここまで到達しつつある。もうしばらくすれば乱戦状態となり、敵も自分を捕捉し難くなるだろう。

 

それまで持ち堪えられるかどうかが、命運を分ける鍵となる。

 

「……ああ、やってやるとも」

 

決意を口にし、自らのソウルより武器を取り出す。

 

左手には『パリングダガー』を。右手のメイスを消し去り、代わりに『エスパダ・ロペラ』を携えたファーナムは突如として進行方向を反転、背後にいた闇の騎士へと刺突を見舞った。

 

「カッ―――!」

 

喉を一突きにされた闇の騎士などには目もくれず、彼は新たな標的へと目を付ける。

 

胸の中心を狙った刺突は、ダークソードの腹で遮られた。しかし問題はない。こちらにはもう一つ、鋭い刃があるのだから。

 

「っあ゛!?」

 

エスパダ・ロペラによる一撃を防がれたファーナムは、相手の真横をすり抜ける形で通過し、その際に逆手に構えたパリングダガーを突き刺す。それも一度のみならず二度、三度と。

 

貫いた箇所はいずれも急所に当たる位置で、それがかつての旅の中で身に付いた技術である事は想像に難くない。死した後も動き続ける亡者たちを手際よく仕留める為に身に着けた戦術を以て、ファーナムは敵陣のど真ん中で孤軍奮闘の働きぶりを演じて見せた。

 

「殺せ、殺せっ!!」

 

「“王”の敵を排除しろ!!」

 

絶えず耳にする敵の声。誰も彼も『“王”の元へ行かせるな』と自らを、そして同胞たちを奮い立たせて向かって来ている。

 

数多の凶刃が降り降ろされる中でそれらを躱し、時には反撃を見舞いつつもファーナムは、とある疑問に思考を巡らせる―――――何がそこまでお前たちを駆り立てるのだ、と。

 

この騎士たちは『闇の王』の考えに賛同した不死人たちだ。

 

“火の時代”を延長させる手段として火継ぎという仕組みを作り、数え切れないほどの不死人たちを騙し続けて来たかつての神々。その不死人の一人である『闇の王』が抱いた彼らへの怒りは当然であると言える。

 

(その怒りが全ての神々を抹殺し、全ての世界に真の“人の時代”を到来させるという目的へと繋がった)

 

かつての悲劇は二度と繰り返させない。人の子らの為、神々を排除する。それだけ聞けば『闇の王』はまさしく救世主であり、英雄のような印象を受ける。

 

しかし。

 

(それは本当に、奴の本心なのか?)

 

開戦直前に交わした会話が蘇る。

 

その時、言葉の端々から感じられたのは神々への憎悪のみ。それ以外の感情を、ファーナムは見つける事が出来なかったのだ。

 

(俺にはどうも、奴の目的は……)

 

胸の内に消え残っていた疑問。その答えが導き出されようとしていた―――――その時。

 

「づッ!?」

 

脇腹を切り裂いた鋭利な感触が、彼の意識を再び戦場へと引き戻した。

 

今までどうにか攻撃を避けて来たものの、とうとう傷を負ってしまったのだ。敵のものではない己の血が宙を舞うのを視界の端に収めつつ、ファーナムは背後に感じる気配へと刺剣を突き出した。

 

手応えはない。どうやら躱されたようだが、それでも構わなかった。ひとまずは距離を取ろうとする、が―――。

 

「がぁあッ!!」

 

「ッ!」

 

敵の追撃がそれを許さない。先回りしたかの如く行く手を阻んだ闇の騎士は、ファーナムの頭を叩き割らんとダークソードを振り下ろす。

 

その斬撃を、咄嗟に構えた両手の得物で(しの)ぐ。ギャリッ!という嫌な金属音と共に目の前で凶刃は停止するも、攻撃の手は止まらない。

 

ギュォオオオ、と敵の左手に収束する暗い光。それを目にした瞬間、ファーナムは背骨に氷柱を突き刺されたかのような感覚に襲われる。

 

「―――――ッ!?」

 

これを喰らってはならないと、本能的に身体が動いた。受け止めていた刃を無理やり弾き飛ばした彼は敵の胴を蹴飛ばし、今度こそ距離を取る事に成功する。

 

ごろごろと地面を転がって移動し、即座に立ち上がり体勢を整える。身体を開くようにしし左右の刺剣の切っ先を突きつけながら、ファーナムはせわしなく周囲へと視線を飛ばした。

 

「はっ、はっ……はぁ……!」

 

切り裂かれた脇腹から一筋の血が流れ、脚を伝って地面へと吸い込まれる。深手という訳ではないが、次はそうもいかないだろう。

 

闇の騎士たちが四方を取り囲む中、ファーナムは自身の浅はかさを呪う。『闇の王』を討つ事に執着し過ぎた結果、一人敵陣深くへと潜り過ぎたのだ。

 

敵に囲まれる事は初めてではない。しかし今回の敵は亡者やデーモンではなく、不死人。危険度はそれらの比ではない。

 

(“吸精の業”……!)

 

いつか耳にした事がある、闇に堕ちた者たちが使うとされる秘術。詳しい事は不明だが、その危険性は今まさに感じ取った通りである。あれを喰らってしまえばどうなるか、想像するだに恐ろしい。

 

(どうする、どう切り抜ける……!?)

 

四方を囲まれたこの状況。

 

“吸精の業”を持つ闇の騎士たち。

 

快進撃から一転、窮地に追いやられたファーナムが必死に思考を巡らせる中、とうとう彼らの内の一人が走り出して―――。

 

 

 

―――ドッ!と。その足元に、一本の長槍が突き刺さった。

 

 

 

「!!」

 

突如として飛んできた銀の長槍。走り出した闇の騎士はもちろん周囲の同胞たち、そしてファーナムまでもが、研ぎ澄まされた一閃に驚愕を露わにする。

 

「今だ、やれっ!」

 

鋭い声が響き渡る。

 

バッ!とファーナムが振り返ってみれば、そこには宙を舞う一人の少女の姿が。美しい金の長髪をなびかせて現れた少女は、きつく引き結ばれた唇に言葉を乗せた。

 

「風よ―――」

 

途端に巻き起こる風。それは彼女が右手に握った剣へと収束し、高速で回転する暴風へと姿を変える。

 

やがてその身体は重力に従い、地面へと引き寄せられる。暴風(かぜ)を纏った剣の切っ先を着地点へと狙い定め、少女は……【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは、抑え込まれた風を一気に解き放つ。

 

 

 

「―――【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 

 

直後、地面に剣を突き立てたアイズを中心に、猛烈な気流が発生した。

 

「ぐぉぉぉおおおおおおおおおっ!?」

 

「か、風っ!?」

 

地面を大きく抉るほどの暴風(かぜ)に耐えられる者はおらず、周囲にいた闇の騎士たちは全て吹き飛ばされてしまう。ファーナムは彼女が目の前に着地したせいか、その風の影響はほとんど受ける事はなかった。

 

吹き止みつつある風に閉じていた瞳を開き、こちらを振り向いたアイズと目が合う。僅かな幼さを残した金眼の少女はその視線をファーナムの脇腹へと移すと、心配そうな眼差しで再び見上げてきた。

 

「ファーナムさん、傷は大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ」

 

知ってはいたが、やはり間近で目にすると凄まじい魔法だ。気遣われた傷の事も忘れてそんな感想を抱いた彼の背に、新たな声がかけられる。

 

「やれやれ。一人で先走るなんて君らしくもない……いや、それとも君らしいのかな?」

 

「フィン……!」

 

タンッ、と軽やかに着地を決めて現れたのは【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナであった。彼は地面に突き刺さった銀の長槍―――椿が鍛え上げた不壊属性(デュランダル)の武器《スピア・ローラン》を引き抜き、くるりと振り返る。

 

「不死人の戦いというのは凄まじいね。敵に回すと恐ろしいが、味方であればこれほど頼もしいものはない」

 

だが、とフィンは区切り、ファーナムを真っすぐに見つめる。

 

「彼らが今ここにいるのは、君が魔法を発動させたからに他ならない。そして魔法とは、行使したものが倒れてしまえば効果は失われてしまう……後は言わなくても分かるね?」

 

「む……」

 

フィンの言わんとしている事。それはつい先ほど呪った、彼自身の浅はかさを裏付けるものだった。

 

万が一―――そんな楽観的な確率ではないのだろうが―――ファーナムが倒れれば【ディア・ソウルズ】の効果は失われ、オラリオの神々は蹂躙され尽くしてしまう。彼が一人で突っ走るという行為は、今も命懸けで戦っている不死人たちの思いを無下にもしかねない危険な行為だったのだ。

 

ぐうの音も出ずに押し黙ってしまうファーナムにフィンは小さく苦笑を浮かべ、歩み寄る。

 

「これは君一人が背負い込む戦いじゃない、僕たち―――君も含めた【ロキ・ファミリア】の戦いでもあるんだ。だから、もっと僕らを頼ってくれ」

 

その言葉に、ハッと気付かされた。

 

確かな実力を備えてはいるが不死人ではない彼らを、心の何処かではこの戦いから遠ざけようとしていた。自分が早く『闇の王』を倒せば、それだけ彼らに降りかかる危険は回避出来るのだと―――酷い自惚れだ。

 

「……そうだな」

 

矮小な一不死人に過ぎない自分が抱いていた過ぎた考えを指摘され、改めて認識し直す。もう二度と間違える事のないように、彼らという存在を深く頭に刻み込む。

 

「すまなかった。フィン、アイズ……共に来てくれ」

 

「ああ」

 

「はい」

 

ファーナムの言葉にフィンは戦場には似つかわしくないにこやかな笑みを浮かべ、アイズもまた微笑みを零した。

 

が、直後にその顔つきは冒険者のそれへと変貌する。

 

金と銀の長槍を構えたフィン。愛剣《デスペレート》を薙いだアイズ。そして両手の得物を握り直し、鋭く前方を睨みつけるファーナム。

 

一人の不死人と二人の冒険者……否、【ロキ・ファミリア】所属の三人の冒険者は、立ちはだかる闇の騎士たちとの戦いに身を投じた。

 

 

 

 

 

戦闘を開始する前にフィンが下した指示は、極めて簡潔なものだった。

 

『椿と、レフィーヤを除いたサポーター勢は、出来るだけ主戦場から離れた場所で戦う事』

 

『残った者たちは二人一組で動く事』

 

この二つのみである。本来【ロキ・ファミリア】ではない椿と、Lv.4のラウルたちが戦闘に巻き込まれる危険性を極力排除すべく下したフィンの判断。それは間違ってはいなかった―――いなかったのだが。

 

「おっ、おおぉ、ぉぉおおおおおおおおっ!?」

 

夥しい数の不死人たちが手にしている得物の数々。剣に槍、斧に槌、鎌や刀に両刃剣、果ては巨大な生物の頭蓋骨などの良く分からない武器を目の当たりにした椿が、右眼を爛々と輝かせながら絶叫する。

 

「なんなのだこの者たちが扱う武器は!?魔剣、魔剣なのか!?あの火を噴く奇妙な槍も磁石のように引き合う珍妙な剣も全部が全部魔剣なのかーーーっ!!?」

 

「ちょっ、椿さん!?」

 

「み、皆っ、椿さんを捕まえて!?」

 

これがフィンの、誤算と言えば誤算だった。生粋の鍛冶師(スミス)である椿が、不死人たちが扱う数々の武器を目の当たりにすればどうなるか。

 

その可能性を考えていなかった訳ではない。しかし流石の彼女もこの状況であれば自重してくれるだろうと踏んだのだが、どうやら認識が甘かったようだ。今や彼女は、玩具を前にした子供のような興奮と無邪気さでいっぱいだった。

 

彼女の行動に肝を冷やしたのはラウルたちである。比較的攻撃の手が少ない後方にいるとは言え、あの髑髏の仮面を被った敵に見つかればどうなるか。武器を間近で見たいばかりに戦場へと走り出そうとしている椿に抱き着き、彼らは必死に止めようとしていた。

 

「椿さん、団長の言葉を忘れたっすか!?自分たちはここで戦うっていう指示だったじゃないっすか!!」

 

「しかしだなっ、あんなものを見せられては手前も辛抱堪らん!もう少し前へ出て観察、もとい戦闘を……!」

 

心の声が駄々洩れな椿をどうにか引き留めるラウルたち。しかし不運にも、戦場での場違いな押し問答の声を聞きつけた闇の騎士たちが彼らを捕捉してしまう。

 

「あれも“王”の敵だ!」

 

「始末しろっ!」

 

身に纏った骸骨の装束と同じ不吉な白色の剣を携えた何人かの騎士たちが、ラウルたち目掛けて突貫してくる。

 

主戦場から離れているが故に数はそれほど多くはないが、仲間である不死人たちの姿も少ない。自分たちでどうにかするしかない状況に立たされたラウルたちの顔が強張り、僅かに遅れて気が付いた椿が、腰の鞘に納められた太刀へと手を伸ばす。

 

「まず―――っ!?」

 

―――い。誰かがそう言いかけた、その時。

 

両者の間に、真横から乱入者が姿を現した。

 

「!?」

 

闇の騎士たちが瞠目するのが分かる。それは突如の乱入者へではなく、()()がその手にしている武器に対するものであった。

 

ラウルたちの前に現れたその女性は、腰を落とした姿勢で右手の大剣を真横に構える。それに呼応するかのように、刀身を青白い稲妻が包み込んだ。

 

「なっ……」

 

椿の右眼が極限まで見開かれる。

 

鍛冶師(スミス)であるが故に解る。あれは魔剣という言葉で片付くほど生易しいものではない、この直感に一番近いものを挙げるとするのであれば……それは、まさしく“月光”だ。

 

 

 

―――実体 月光剣の女不死レイが現界しました―――

 

 

 

「ハァアッ!!」

 

月光一閃。

 

真横に薙いだ大剣―――『月光の大剣』から発生した青い光波。それは魔力を伴った衝撃波となり、刀身に秘められた真の力を解放する。

 

「がぁッ!?」

 

鋭い光の斬撃は一直線に闇の騎士たちの元へと飛んでゆき、()()と同時に大きく爆ぜた。不運にも先頭に立っていた者は即死し、余波を受けたが踏みとどまった者も、その歩みを強制的に止められる。

 

そしてレイは、そんな隙を見逃さなかった。

 

振り終えた月光の大剣を即座に消し去り、次いで手にしたのは『魔術師の杖』。魔術の心得のある者であれば誰もが手にした事のあろう平凡な代物だが、一度(ひとたび)楔石によって強化されれば、並々ならない威力を秘めた触媒へと変貌を遂げる。

 

そんな杖を取り出したレイが解き放つは『ソウルの槍』。貫通性に優れたそれは固まっていた敵兵を巻き込み、瞬く間に沈黙させてしまった。今や敵の姿はない。あるのは小さなソウルの粒となって消えてゆく、彼らの亡骸のみだ。

 

目の前で起こった数秒間の、それも一方的な戦闘に、ラウルたちは呆然とする以外の行動を取れないでいる。自分たちとは余りにかけ離れた次元の戦い方に、時を忘れて固まってしまったのだ。

 

「えっと……大丈夫?」

 

そんな彼らの胸中など露知らず、その手に再び月光の大剣を携えたレイが歩み寄ってくる。

 

元は聖女が身に着けているような、しかし今や薄汚れている装束を纏った彼女は、固まったまま動かない彼らの顔を順番に見回す。そして最後に眼帯をした褐色の女性へと視線を移した……次の瞬間。

 

「ぉ――――ぉぉおおおおおおおおおおっっ!!!」

 

「へっ?」

 

レイ目掛けて―――正確には、その手に握られた月光の大剣を目掛けて―――飛び掛かる椿。Lv.5の身体能力を遺憾なく発揮した不意の行動はラウルたちを強引に振り払い、レイすらも反応する事が出来なかった。

 

どおっ!と地面に倒れ込む二人。見ようによっては危ないが、双方の表情からはそんな気配などは微塵も感じられない。

 

「こっ、こここの大剣はどうやって造ったのだ!誰が鍛え上げたのだ!?素材は、製法はっ!?ああいや言わんでくれっ!この輝きを目に焼き付けて、是非とも手前の力だけで再現したいっっ!!」

 

「ひっ……!」

 

ギラギラと怪しげに輝く椿の右眼に恐怖すら覚えてしまうレイ。しかし完全に自分の世界に入り込んでいる椿はそんな事などお構いなしに、押し倒した彼女が握る大剣を観察し続ける。

 

「ちょっ……ちょっと待って怖い怖い怖い。何なのこの人凄く怖いんですけどサイクロプスの方がまだマシって言うかちょっと誰かホントに助けてぇ!?」

 

今まで感じた事のない恐怖に慄くレイの声に、ようやくラウルたちも我に返った。こうしている内にまた狙われては堪ったものではないと、先ほど以上の必死さで椿を引き剥がそうと奮起する。

 

「斬撃を飛ばすという事は、やはり魔剣か!?しかしあれ程の威力の一撃を放ってもなお壊れないとは……!?」

 

「椿さん!本当にいい加減にしてくださいっす!?」

 

「早く……早くこの人どかして……!」

 

垂涎の表情を浮かべる椿に、彼女を連れ戻そうと躍起になるラウルたちに、怯えて固まる不死人(レイ)

 

何とも言えない奇妙な空気が広がる後方は、今の所はどうにか平気そうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン第59階層を灰の大地へと変えた『闇の王』は、この空間の端に位置する場所に立っていた。

 

彼が立っている場所は小高い丘のようになっており、戦場全体を見回すのには丁度良かった。遮るようなものは何一つなく、目を凝らせば戦っている者たちの顔さえも見える程だ。

 

その中でも、特に目を引く動きのある箇所が三つ……否、四つあった。

 

一つは戦場全体を真上から見て右側。灰色の髪と獣の耳を持った青年と、筋骨隆々の老戦士が、快進撃とも言える速度で敵陣を斬り進んでいる。

 

一つはその逆方向、左側。右側ほどではないが、それでも破竹の勢いでこちらへと迫って来る二人組の褐色の少女の姿。恐らくは双子であろうか。

 

一つは後方。一見すると目立たないように動いている様子だが、その足運びは敵軍の急所を探っているようにも見える。切れ長の目をした緑髪の女性と、彼女に付き従う少女の耳は細く長い。

 

そして、最後の一つ。戦場のど真ん中を行く三人組。

 

二槍を操る小柄な少年らしき者と、不可思議な風を纏った手練れの少女。そして―――。

 

「……あの不死人、か」

 

その二人と肩を並べて戦う、甲冑姿の大柄な男。彼は両手の武器を巧みに操り、時に武器を切り替えながら着々とこちらへと近付いていた。

 

「“王”よ。これは……」

 

「ああ……僅かに劣勢、だな」

 

『闇の王』の背後に控える五人組の黒ローブ姿の人物たち。その内の一人が口にした言葉に、彼は肯定を以て返答する。

 

その声に焦りの色はない。黒ローブ姿の人物たちも同様で、まるでそう言われる事を解っていたかのような態度を示している。

 

「我らは皆、志を同じくする者。故に兵団の真似事をしてはいるが、所詮は不死人の寄せ集め。個々人の能力が如何に秀でていようが、熟達した連携を取るのは容易ではない」

 

『闇の王』の指摘した事。それは彼ら“神殺しの旅団”の強みであり、同時に弱みでもあった。

 

闇の騎士たちはそれぞれが歴戦の不死人であり、単身でも十分な強さを持っている。今まで殺して来た神々の中にも兵団を持つ者はいたが、それらは大規模な闇の騎士たちの前では無力に等しかった。まるで荒波に飲み込まれる、海に浮かんだ小舟の如く。

 

強引な力押しでも勝ち続けてしまったが故、十分に育たなかった連携。それが自身たちと同等の規模と実力を有した者たちとの戦闘で裏目に出てしまった。無理に戦術紛いの事をしようにも、それが形になる前にどこかで崩されてしまう。

 

「………お前たち」

 

戦場を俯瞰していた『闇の王』の瞳が、彼らの方に向けられる。直後、五人は一糸乱れぬ動きで(こうべ)を垂れた。

 

「出番だ。この戦況を覆すのだ」

 

「はっ」

 

その命令に真っ先に反応した者がいた。ファーナムたちが24階層で邂逅した、あの黒ローブの男だった。

 

彼は仔細を聞く事もなく立ち上がり、一目散に戦場へと駆けて行ってしまった。その姿に、隣で膝をついていた男は舌打ちを零す。

 

「あいつめ、“王”の言葉がまだ……!」

 

「良い」

 

何かと敵視しがちな彼を諫めるように声を発する『闇の王』。流石にその言葉には何も言えず、彼は言いたい事をぐっと喉の奥へと押し込んだ。

 

その感情を酌んだのか、『闇の王』はまず最初に彼へと命令を下す。

 

「お前は右側の二人をやれ。奴らの歩みを止めよ」

 

「っ……ハッ!」

 

ザッ!と一際深く首を垂れた黒ローブの男は、力強い返答を残してその場を後にした。

 

後に残された三人は『闇の王』が見せた配慮に思わず口角が緩みかけるも、即座に気を引き締め直す。

 

「お前は左側の二人を、お前は後方の二人を仕留めろ。お前は部隊の後方から援護を」

 

「「「 はっ 」」」

 

三人はそれぞれが受けた命令を遂行すべく動き出す。

 

その手に大剣を、杖を、火を装備した彼らは、戦う上では邪魔となった黒ローブを脱ぎ捨て戦場へと向かう。

 

その背を見送りながら、『闇の王』は騎士の形をした兜の奥で、一人呟きを漏らした。

 

 

 

 

 

「ジークリンデ、グリッグス、ラレンティウス……行け」

 

 

 

 

 

我らの敵を、鏖殺せよ。

 

 




~今回登場した不死人~


牢獄の喧嘩屋グリード クロハム・エーカー様

フォローザのシオン 紅の堕天使様

月光剣の女不死レイ ゆめぴー様


以上の皆さまです。本当にありがとうございました。

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