不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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※活動報告にちょっとしたお願いがあります。どうかご一考下さい。(第42話未読であれば、それから先にご覧下さい)

2020/5/20 冒頭部分にフェルズたちの描写を追加しました。


第四十二話 その魔法は絶望を覆す

「なっ!?」

 

フェルズが驚愕の声を響かせると同時に、手にした水晶には何も映らなくなる。

 

ファーナムに持たせた片割れが最後に拾った光景は、陽炎のように揺らめき、そして変貌してゆく密林の姿だった。

 

地面は灰に覆われ、樹木の代わりに岩が点在するだけの荒野と化す第59階層。そして『闇の王』と五人の黒ローブたちの背後に、巨大な白い霧の壁が形成されてゆき……ここで唐突に映像は途切れてしまうのであった。

 

こうなってしまっては行く末を見守る事さえできない。何か手立てはないかを模索すべく、フェルズはひとまずウラノスの指示を仰ごうと後ろを振り返る。

 

「くっ……ウラノス!ダンジョンの様子が……!?」

 

が、彼の言葉はそこで途絶えてしまった。

 

理由は明確だ。

 

その視線の先。ダンジョンへの祈祷を始めて以来、何があろうと決して玉座から動いた事の無かった老神が、大きく目を見開き立ち上がっていたのだから。

 

「………馬鹿な………」

 

「ウラノス………?」

 

恐る恐る、彼の様子を窺うフェルズ。

 

その声さえも届いていないのか、ウラノスは呆然としたまま呟きを落とした。

 

「ダンジョンが……59階層が、()()()()()()()だと……!?」

 

 

 

 

 

白い霧の向こうから現れた『闇の王』の騎士たち。彼らは皆、骸骨を模した異様な鎧に身を包んでいた。

 

規則正しい行進の音が響き渡る。総勢一千にも及ぶ神殺しの旅団は、黒一色に染められた四本の旗を高く掲げ、これから殺す神々への宣戦布告を果たした。

 

「数の差は歴然。実力の程もお前たちならば解るだろう。これでも我らに挑むと言うつもりか?」

 

五人の臣下を率いたまま『闇の王』は淡々と言い放つ。

 

その言葉の通り、闇の騎士たちの放つ殺気は凄まじかった。一人一人が歴戦の不死人であり、等しく神に対する怒りを抱いている。

 

これほど離れていても理解できる。

 

彼ら一人一人の戦力は、どれほど少なく見積もってもLv.5以上。オラリオでも一握りの冒険者しか辿り着けていない領域に、彼らは既に至っているのだ。

 

「ぁ……ぁあぁ……!?」

 

気が付けば、サポーターたちが座り込んでいた。余りの戦力差を前にしてしまい、足から力が抜けてしまったのだ。

 

情けないその声を責める者は誰もいない。アイズたちもまた、この絶望的な状況に身体が硬直しているのだ。皆一様に武器を握り締めたまま、流れる冷や汗を止められずにいた。

 

そして……ファーナムも。

 

「その反応は正しい。これでも先程のような啖呵を切れるような者がいれば、それは破滅主義者か、頭に蛆の湧いた白痴者のどちらかだ。そしてお前たちは、そのどちらでもないだろう」

 

故に、と、『闇の王』は選択を迫る。

 

「今から五分の猶予を与える。その間にそこを退くか、或いは無意味に血を流すか決めるが良い」

 

「なっ……!?」

 

驚愕に目を剥くファーナム、そしてアイズたち。

 

絶体絶命の窮地から垣間見えた救いの道標。しかしそれに縋る事は【ロキ・ファミリア】としての終わり、これまで築き上げてきた冒険者としての誇りの一切を捨て去る事を意味していた。

 

一方的に突き付けられたこの提案に、怒りを爆発させる者がいた。

 

「ッざけてんじゃねぇぞ、テメェ!!」

 

「黙って聞いてりゃあべらべらと!何様のつもりだ!?」

 

髪を逆立たせ憤怒の表情を見せつけるベートとティオネ。

 

気性の荒い二人の若き冒険者に殺気を当てられながらも、『闇の王』はどこ吹く風。変わらぬ調子のまま、やはり淡々と言い放つ。

 

「そこまで怒るのならば、何故今向かってこない」

 

「……っ!?」

 

「その反応が答えだ。一旦剣を交えれば、死ぬのはお前たちの方だからな」

 

死を恐れているのだろう、と暗に告げる。その言葉に二人の頭を焼き切れそうな程の激情が駆け巡るも、やはり動く事は出来なかった。

 

その理由は彼らの後方、未だ立ち直れていないサポーターたちの存在だ。

 

このまま戦闘になれば彼らは間違いなく死ぬ。攻撃を防ぐ事も、守る事も出来ずに、真っ先に。それだけは強者としての矜持が許さなかったのだ。

 

『闇の王』は彼らの反応を確認し、踵を返す。

 

無防備に晒されたその背に斬り掛かろうとする者は、やはりいない。

 

「僅かな時ではあるが、よく考えろ……私としてもお前たちを殺す事は望ましくない」

 

肩越しにそう言い残し、『闇の王』は彼の騎士たちのいる場所へと歩いてゆく。五人の臣下たちもまたそれに従い、無言のままこの場を後にした。

 

残された【ロキ・ファミリア】の冒険者たちは異界と化したこの空間で、究極の選択を迫られる。

 

戦闘の回避か、強行か。

 

誇りを放棄するか、最期まで生き様を貫くか。

 

―――生か、死か。

 

この上なく重い二択を前に、深い沈黙が落ちた。

 

 

 

 

 

「なぁ、王よ。あれで良かったのか?」

 

「何がだ」

 

「いや、何も生かすか殺すかじゃなくてよ、適当に動けなくしちまえば良いんじゃないかと思ってな」

 

黒ローブの内の一人が前を歩く『闇の王』に問いを投げ掛けた。

 

砕けた口調を止める者はいない。一名だけはそれに不快感を示しているも、それだけである。そのように接される事を、『闇の王』も容認しているからだ。

 

「心が折れたのならばそれで良し。だが蛮勇を振るってでも我らに牙を剥くのであれば、容赦はしない。是が非でも我らの道を阻むというなら、我らも応えてやるのみだ」

 

「んー、まぁ、そりゃそうなんだが……何だかやるせねぇなぁ」

 

その返答に、黒ローブはぼりぼりと頭を掻く仕草を見せた。

 

そんなやりとりを隣で見ていた二人の黒ローブは、何の気なしに言葉を交わし合う。

 

「彼はオラリオ(ここ)に来たのはこれが初めてだろう?随分と彼らに入れ込むんだな」

 

「彼は生来、出会いを大切にしているようですから。生まれも関係しているのかも知れませんが」

 

声から、それは男女であるという事が分かる。黒ローブのシルエットは男性が細身なのに対して、女性の方は何かを着込んでいるかのような、ずんぐりとしたものだった。

 

「これから始めるというのに、気の抜けた連中だ。全く……」

 

「………」

 

彼らの中では最も『闇の王』に敬意を示していた男が静かに毒づく。一番後方を歩く黒ローブ……24階層でファーナムたちが出会った男は、終始無言を貫いている。

 

そうして歩いている内に、彼らは騎士たちの前へと到着した。

 

ずらりと隊列を組んだ闇の騎士たちは彫像のように動かない。文字通り、彼らにとっての“王”である者の言葉を待っているのだ。

 

『闇の王』はそんな彼らを一瞥し―――やがて静かに口を開いた。

 

「皆の者、これより神殺しを始める」

 

決して大きくはない声量。しかしその意志は、一千にも及ぶ騎士たち全員に伝播する。

 

「ここは迷宮都市オラリオ。醜い神々が我が物顔で地上にのさばる、度し難き世界だ」

 

同時に、殺意が沸き上がる。

 

彼らは皆不死人。神が仕掛けた火継ぎという儀式、その歯車の一つにされかけた者たちだ。何度も殺され、自身さえも喪失しかけた彼らの想いはただ一つ……悲劇を繰り返させない事のみ。

 

「人の子らは囚われている。神々の呪縛に、偽りの繁栄に。奴らの手が加わった文明は必ず滅びの道を辿り、幾千幾万の悲劇と、屍の山が築かれるであろう」

 

闇の騎士たちの殺意に応えるように、『闇の王』の声も次第に大きくなってゆく。

 

フィン顔負けの話術で彼らの心を焚きつけ、士気を向上させてゆく。

 

「―――認めない。断じて認めない。神々の策謀に人の子ら(彼ら)が巻き込まれるなど、あってはならない」

 

背後の黒ローブたちの心の中にも、得も言えぬ昂りが芽生え始めた。

 

彼ら()()は目の前にあるその背に、今一度忠義を誓う。最期まで着いてゆくと。

 

「故に、我らは神を殺す!!真の人の時代を到来させる為に、いつか朽ち果てるその日まで戦い続けるのだ!!」

 

これまでで一番の大声が『闇の王』から発せられる。

 

途端に、不動を貫いていた騎士たちの肩が揺れた。彼らもまた、昂りが最高潮に達しようとしているのだ。

 

「人の世に神など不要!!神意など知った事か!!奴らの巣穴である天界諸共に、ソウルすら残さず根絶やしにしてくれるッ!!」

 

ガシャリッ!ガシャリッ!という金属音が響き渡る。

 

闇の騎士たちが踏み鳴らす、一千の鉄靴の音色。『闇の王』の言葉を肯定するように、それは次第に激しさを増していった。

 

「旗を掲げろ!!軍靴を響かせろ!!神々の断末魔の叫びと貴公らの行進の音色が、人の子らを真の解放へと導く目覚ましの鐘となる!!」

 

『……ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!』

 

遂に迸った咆哮。

 

抑えきれなくなった感情の赴くまま、闇の騎士たちは雄叫びを上げる。それぞれが持つ武器『ダークソード』を掲げ、或いは旗を更に高く掲げ、必ずやこの手で神を殺さんという決意に満ち満ちる。

 

『人の為にっ!!』

 

『人の子らの為にっ!!』

 

『神々に囚われし、哀れな人の子らの為にっっ!!!』

 

神殺しの旅団、そのあちこちから声が上がる。今も地上で呑気に『娯楽』を堪能しているであろう神たちを、その一柱も残さずに消し去ってやろうという決意の表れだった。

 

準備はここに整った。

 

『闇の王』はだらりと下げていた右腕をゆっくりと上げ―――そして。

 

「皆の者―――――進撃開始だ」

 

ヒュッ、と、開戦の合図を出す。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

『闇の王』の背後。

 

ファーナムたち【ロキ・ファミリア】がいる方角から、白い光が飛んできたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は僅かに遡る。

 

『闇の王』が去っていった後も【ロキ・ファミリア】の沈黙は破られなかった。諦念、後悔、憤怒、様々な表情を浮かべるアイズたちであったが、彼らが共通して抱いている思いがあった。

 

それは“絶望”。

 

圧倒的な戦力差、質も凶悪なまでに高い。いくらオラリオ最強のファミリアの一角を担っているとは言え、どう足掻いても勝負にすらならない。象が蟻を踏むが如く、呆気なくすり潰されてしまうだろう。

 

「終わり、か……」

 

得物である太刀を握り締めたまま、椿が力なく呟いた。

 

その言葉が引金であるかのように、全員の瞳がフィンへと集中する。ラウルたちサポーターは縋るように、アイズたちは正しい指示を待つように、彼らが最も信頼出来る人物へと判断を委ねる。

 

「………撤退はしない」

 

小さな唇から呟かれたその言葉。その宣言は誰もが半ば予想していたものであり、異を唱えようとする者はいない。

 

が、後に続いたその言葉に、彼らは耳を疑ってしまう。

 

「そして、無駄な犠牲を払うつもりもない。それは()()()()()で十分だ」

 

「えっ?」

 

俯いていた顔を上げるアイズ。ベートたちもまた、フィンの言っている意味が分からないと言う風な顔をした。

 

「おい、フィン。まさか……」

 

「すまない、ファーナム。苦労をかけるけど、後の事は頼む」

 

ともすれば死相すら浮かんでいるように見えるフィンの顔。

 

彼は薄く笑いかけると、その視線を二人の友……リヴェリアとガレスへと向ける。

 

「リヴェリア、ガレス……悪いが付き合ってくれ」

 

「……ああ、もちろんだ」

 

「老骨の最期の大仕事じゃ。是非もない」

 

「ち、ちょっと待ってよ!?」

 

次々に進んで行く話に、ついにティオナが割って入った。

 

彼女は頭が悪い。二つの事を同時に考えられない、無理をすればたちまち頭が混乱してしまう程に。

 

そんな彼女でも、理解出来てしまった。

 

フィンとリヴェリア、そしてガレス。三人のLv.6の冒険者たちが、何をしようとしているのかを。

 

「僕たち三人でこの場を引き受ける。出来る限りの抵抗はするから、その隙に君たちはここから脱出するんだ」

 

「ッ!?」

 

言葉にした途端に、アイズたちの目はこれでもかという程に見開かれる。

 

誰もが感じ取っていたフィンの決断。この予想が外れていれば、杞憂に終わってくれればとどれほど良かったか。

 

彼が提示したのはアイズたちが生き残る可能性が最も高く―――そして、確実に犠牲を払う方法だった。

 

「ファーナム、後の指示は君に任せる。何かあればラウルを頼ってくれ。まだ未熟な面も多いが、きっと役に立つ」

 

つまりはこういう事だ。

 

『闇の王』という異世界の侵略者たちからオラリオ、ひいては世界を守る為には、それについての知識を持っている者が必要だ。その時点でファーナムは絶対に生きて地上へと帰す必要がある。

 

次にアイズたち。彼女たちは今後の【ロキ・ファミリア】を担う重要な人材だ。ファーナムと同じくここで死なせる訳にはいかない。椿も他派閥のファミリアの団長なので、同じく地上へ帰還させなければならない。

 

故に、犠牲が必要なのだ。

 

我が身を盾としてでも、僅かでも希望がある道を残す為の、尊い犠牲が。

 

「駄目ですッ!?」

 

無論、反対の声が上がらない訳がない。

 

ティオネは得物をかなぐり捨て、フィンの両肩を掴み強く揺さぶる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、死を選ぼうとしている最愛の(おす)を必死に引き留めようとしていた。

 

「放してくれ、ティオネ。もう時間がないんだ、君たちは一刻も早く……」

 

「嫌です!私もっ、私も一緒に戦います!!」

 

ティオネの悲痛な叫びが木霊する。

 

彼女だけではない。レフィーヤとアリシアも、リヴェリアへと縋りついていた。大粒の涙を流しながら、偉大なるハイエルフの王女を死なせたくないと叫んでいる。

 

ラウルたちも拳を握り締め、何かを必死に堪えている様子で地面を見つめている。ガレスはそんな彼らに、まるで祖父のような眼差しを送っていた。

 

椿はフィンの決定を(しか)と受け止めている。彼との付き合いも長く、こうと決めれば絶対に譲らない事を知っているからだ。そんな彼女に、ティオナはどうにか説得してくれと届かぬ懇願を続ける。

 

ベートは歯を剥き出しにする事もなく、ただ静かに拳を握っていた。眉間に刻まれた深いしわ、そしてポタポタと滴る真っ赤な血が、彼の胸の内を鮮明に映し出している。

 

そして、アイズ。

 

「……ファーナムさん」

 

周囲から人形のようだと言われてきた少女は、その顔をはっきりとした悲痛の色に染めていた。

 

今にも制御を失いそうになっている金の双眸を揺らし、それでも懸命に、運命に抗う道を探している。

 

「何か手は、ないんですか」

 

「………」

 

その問いかけに、ファーナムは即答しなかった。

 

遠くで雄叫びが聞こえてくる。『闇の王』の騎士たちが士気を高めている事が容易に分かった。あの神殺しの旅団は、今にもこちらへと向かってくるに違いない。

 

ファーナムは周囲に視線を向ける。

 

見渡す限りの灰の荒野。所々に岩があるだけの、荒れ果て、命などどこにもない殺風景な場所。その中で、たった一つの命しか持たない者たちが涙を流している。

 

こんな寂しい場所が彼らの終着点なのか?と、彼は自身に問いかける。

 

出会いは決して良くはなかった。それでも、運命の悪戯とも思える数々の出会いを通して、今の自分がいる。あの暗い岩の玉座で全てを終えるはずだった自分が、ここまで人間らしさを取り戻す事ができたのだ。

 

その恩を、まだ返せていない。

 

ならばどうする?

 

―――知れた事だ。

 

 

 

「誰も、死なせはしない」

 

 

 

強い決意を込めてそう言ったファーナムは、未だに縋りついてくるティオネをなだめているフィンへと向き直る。

 

「フィン」

 

「ファーナム、まさか君まで残るだなんて言わないでくれよ。アイズたちが地上に戻るには、君の助けが……」

 

「脱出は不可能だ」

 

きっぱりと言い切るファーナム。その言葉に、これまでとは別の意味で彼に視線が集中する。

 

「あの白い霧。あれがある限り、一度戦えば後戻りは出来ない。どちらかが死ぬまでここを出る事は出来ない」

 

「……そう、か」

 

ドラングレイグで散々見慣れた光景だ。通ってみれば普通の霧だった、なんて楽観的な事が考えられる訳がない。

 

事実を突きつけられたフィンたちの瞳を、今度こそ絶望の色が支配する。撤退の道など選べるはずもなく、残されたのは確実な“死”の未来のみ。

 

だが、それを否定する者がいる。

 

「だから、俺は抗おう」

 

緑の裾を翻し、ファーナムは『闇の王』たちを睨みつける。

 

これより戦う敵の姿をその目に焼き付け、心を昂らせる。

 

「ファーナム、一体なにを……」

 

「俺に出来る事を……成すべき事を、成す」

 

そう言い、灰の大地に片膝をつける。

 

それは祈りのような独特の姿勢だった。左手を胸の前に置き、差し出した右の掌は開かれている。その姿はアイズたちの目には、儀式のように映っていた。

 

事実、これから行う事はそれに近い。

 

行使するのはこれが初めてだ。何故ならこれは『遠征』前日の夜、ロキによって伝えられたものなのだから。

 

 

 

「【この身は、絶望を焚べる者】」

 

 

 

紡がれるのは詠唱の言葉。

 

オラリオの魔導士たちにとっては馴染みの深い、魔力を言葉に練り込んで作り上げる魔法の前段階だ。

 

 

 

「【出会いし友を胸に、奪いしソウルを糧に、この身を薪に―――火よ、盛れ】」

 

 

 

瞬間、ファーナムの身体が発火した。

 

全身を包み込んだ火は徐々に勢いを失ってゆき、最後には差し出した右手に収束してゆく。何が行われているのか見当も付かないアイズたちは、ただ見ているだけだ。

 

 

 

「【分かたれども世界は一つ。(えにし)は潰えず、故に我らは惹かれ合う】」

 

 

 

右手に収束した火はその姿を変える。ゆっくりと変貌を遂げた火は、気が付けば一本の剣となっていた。

 

刀身の半ばから捻じれた螺旋剣。全ての不死人の寄る辺となる篝火、その中心に突き立てられているものに酷似していた。

 

 

 

「【(しるべ)はここに突き立てる。歴戦の(ゆう)たちよ。矮小なるこの身に、どうか貴公らの力を】」

 

 

 

手中に現れた螺旋剣を握り締める。

 

逆手に構えたそれに左手を添え、切っ先を地面へと向けた。

 

最後の一節を残すのみとなった詠唱の最中、ファーナムは朱髪の主神の顔を思い浮かべる。

 

飄々としていて掴みどころがなく、酒と美女にだらしがないあの女神。

 

そして同時に眷属(こども)思いで、不死人であるこんな自分を仲間に加えてくれた恩神(おんじん)

 

(お前はこれを予見していたのか、ロキ―――)

 

心中で密かに問いかけるも、すぐにそれを否定する。

 

恐らく、この魔法が発現するのは必然であったのだ。

 

彼らとの出会いもまた、必然であったのだろう。

 

自分がオラリオに呼ばれた理由。それは間違いなく、今この瞬間のためだったのだ。

 

かつての日々、ドラングレイグでの旅路の中で事あるごとに目の前に現れた()()()の顔と、その言葉が思い起こされる。それもまたきっと、この状況に関係しているに違いない。

 

何であれ、今は目の前の事に集中しなければならない。何せ敵は『闇の王』。無限に広がる世界の神々を屠ってきた、過去最強の敵なのだから。

 

 

 

「【嗚呼(ああ)、私は諦めない―――】」

 

 

 

最後の一節を口にする。

 

辿り着いた岩の玉座を前にして、ついに諦めてしまったかつての自分。それと決別するかのように、ファーナムは力強く言い切った。

 

そして、【魔法名】が紡がれる。

 

その名は―――――。

 

 

 

 

 

「【ディア・ソウルズ】」

 

 

 

 

 

その言葉と共に、周囲を光が支配し―――――。

 

灰のみが広がっていた大空間に、変化がもたらされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……っ!?」

 

『闇の王』の臣下、黒ローブの一人が、その光景を前に驚愕の声を上げる。

 

他の臣下たち、そして闇の騎士たちも同様の反応を見せた。突如として目の前に現れた()()の登場など、全く予期していなかったからだ。

 

「ほう……そう来たか」

 

唯一『闇の王』だけが動じない。恐ろしいまでの冷静さでもって、殺すべき敵の姿を視界に収めていた。

 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

眩い光に目を瞑ってしまったファーナム。周りの気配から察するに、アイズたちも同様の反応を示しているようだ。

 

が、それを気にしている場合ではない。【魔法】は成功したのか、それだけを確かめるために、ぼやける視界で必死にその姿を探す。

 

 

 

「なんと、またこうして会えるとは!何とも奇妙な事よ!」

 

 

 

そこへ突然、大きな声が降って来た。

 

その声に、ファーナムは兜の奥で瞠目する。

 

 

 

「サインを書いた覚えはなかったが……恐らくは、お前の力なのだろう?」

 

 

 

それに続く声は、仮面越しに言葉を発しているような、くぐもったものだ。

 

そのどちらにも聞き覚えがある。何故ならそれはかつての旅路の中で、特に面識のあった者たちなのだから。

 

「えっ、だ、誰……?」

 

「何が起きてんだ……」

 

視力が回復したのであろう、()()の姿に気が付いたアイズたちから困惑の声が上がっている。

 

それもそのはず。今の今まで二人はこの場所はおろか、この世界に存在していなかったのだから。遥か遠くの別世界、そこからやって来たのだ。

 

「あ、あぁ……!!」

 

ファーナムの視界が歪む。

 

まさか本当に来てくれるとは……それも、()()が。

 

魔法を行使した張本人であるにも関わらず、そんな思いが溢れて止まらない。

 

「いつまで座っているのだ、友よ!貴公が立たねば話にならぬぞ!」

 

「久方振りの共闘だ。腕が鈍っていないと良いが……私も最善を尽くそう」

 

振り返った二人の正体。

 

それは蓄えた髭が勇ましい偉丈夫と、仮面を外し素顔を晒した女騎士―――。

 

 

 

―――実体 ウーゴのバンホルトが現界しました―――

 

―――実体 ミラのルカティエルが現界しました―――

 

 

 

 

 

 

 

変化はそれだけでは終わらなかった。

 

「うわっ!?」

 

「なっ、何だこれ!?」

 

驚愕と困惑に満ちた声が上がる。気が付けばアイズたちの周囲には、無数の白く輝く文字が浮かび上がっていたのだ。

 

共通語(コイネー)でも神聖文字(ヒエログリフ)でもない、全く未知のもの。多くの言語を知るリヴェリアであっても解読不可能なこの文字は、何かに呼応するかのように輝きを増していった。

 

「なっ……!?」

 

そして、誰もが言葉を失った。

 

白い文字の輝きが頂点に達した時、地面から浮上するかのようにして、次々と新たな人影が現れたのだから。

 

鎧を着込んでいる者、衣に身を包んでいる者、奇妙な被り物や道化(ピエロ)のような見た目をした者―――外見は様々だが、皆当然のように武器を持っている。

 

剣を、槍を、弓を、大盾を。

 

杖を、聖鈴を、呪術の火を。

 

統一性のない恰好をした彼らは真っすぐ前を……『闇の王』が率いる軍勢を睨みつけていた。

 

 

 

―――実体 放浪騎士グレンコルが現界しました―――

 

―――実体 巡礼者ベルクレアが現界しました―――

 

―――実体 落ちぶれたアヴリスが現界しました―――

 

―――実体 献身のスカーレットが現界しました―――

 

―――実体 古兵ブラッドリーが現界しました―――

 

―――実体 孤独な狩人シュミットが現界しました―――

 

―――実体 修行者フィーヴァが現界しました―――

 

―――実体 勇猛なるフェリーシアが現界しました―――

 

―――実体 放浪騎士エイドルが現界しました―――

 

―――実体 人見知りのレイが現界しました―――

 

―――実体 道化のトーマスが現界しました―――

 

―――実体 肉断ちのマリダが現界しました―――

 

―――実体 傭兵ルートが現界しました―――

 

―――実体 欲深いアンドレアが現界しました―――

 

―――実体 人狩りのオハラが現界しました―――

 

―――実体 灰の騎士ヴォイドが現界しました―――

 

―――実体 超越者エディラが現界しました―――

 

―――実体 痩身のシェイが現界しました―――

 

―――実体 不屈のローリが現界しました―――

 

―――実体 鋼のエリーが現界しました―――

 

 

 

白く輝く文字は未だ消えない。何十、何百と地面に現れ、新たな人影を生み出し続けている。

 

その数は、今にも闇の騎士たちに迫らんばかりだ。

 

「こやつら……」

 

「敵ではない、のか?」

 

何も確証はない。しかし確信はある。

 

これならば『闇の王』たちとも互角に戦える。先程までの絶望的な状況から、戦況は覆ったと。

 

「……ファーナム」

 

誰からともなく、その名が呟かれる。

 

彼らの瞳には、もう絶望の色は浮かんでいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《魔法》 

【ディア・ソウルズ】

 

 ・召喚魔法

 ・世界に標を突き立て、彼の地、ドラングレイグを旅した不死人たちに協力を求める

  魔法。その不死人が応じるかどうかは不明。

 ・仲間を想う強さに応じて効果範囲増減。

 ・代償:■■■■■

 

 




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