不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第四十一話 『闇の王』

深淵にあるただ一つの篝火が大きく揺らめく。

 

世界を渡る時はいつもこうだ。それはこちらの世界との差異が大きいほど激しく、今より赴くオラリオが、いかに神で溢れているのかを教えてくれる。

 

懐に仕舞いこんでいるペンダントへと手が伸びかけるも、その動きはすぐに止まった。それはやるべき事を終えた後だと、自身に言い聞かせて。

 

背後に控えるは五人の臣下。彼らの意に応えるように、燃え盛る篝火へと歩み寄る。

 

伸ばした手がその火に触れると同時に視界は陽炎のように揺らめき、次の瞬間には四方を植物らしきもので囲まれた場所へと転送された。

 

ダンジョン第59階層。奇しくもそこは、今まさに【ロキ・ファミリア】の冒険者たちが『遠征』に赴いている場所だった。

 

限られた実力者でなければ立ち入る事さえ困難を極める場所であっても、やはり何の感慨も抱く事はない。『未知(そのようなもの)』に動かされる心など、とっくの昔に朽ち果てている。

 

『ァ……ァァ―――――!』

 

が、それだけは。

 

その声だけは違う。

 

不遜で、傲慢で、保身しか考えていない醜い者共。それらと同質のものの鳴き声が聞こえた瞬間には、すでに身体は動いていた。

 

未だ勢いの衰えぬ憎悪の炎を胸に、特大の矢を番える。標的はここからそう離れてはいない、先程の声でおおよその位置は特定済みだ。

 

これで死なぬのなら追撃を仕掛けるまでの事。それでも更に死なぬのであれば、腰の()()でとどめを刺せば良い。

 

私は『闇の王』。

 

神々を呪い、憎悪し、殺す者。これまでも、これからも、それは決して変わらない。

 

覚悟せよ、醜い者共。

 

貴様らのソウルは―――悉く、私が消し去ってくれる。

 

 

 

 

 

二人……一人と一柱の間には動揺が広がっていた。

 

原因はファーナムに持たせた『目』を通して水晶に映し出された『穢れた精霊』の姿。

 

『精霊』。それは遥か古代、まだ神々が下界に姿を現す事のなかった時代に天より遣わされ、当時の英雄たちを助力した存在。ファーナムたちが今相対しているのはその名残、モンスターに喰われ、それでもなお自我を保ち続けた結果、在り方が反転したものだ。

 

それだけでも十分驚愕に値するというのに、それ以上のものが彼らに襲い掛かる。

 

「『闇の王』だと……?」

 

フェルズの水晶を持つ手が震える。

 

映像にもかかわらずひしひしと伝わる威圧感。『穢れた精霊』を苦も無く消滅させたその手並み。そして自身を『神々を殺す者』と断言してのけた甲冑姿の人物の登場に、かつての賢者は震える声を隠し切れない。

 

「ウ、ウラノス。これは……!」

 

「ああ、間違いなくオラリオ……否、この世界そのものの危機だ」

 

フェルズの声に応えるウラノスもまた、かつてない程の焦燥を抱いていた。表面こそいつもと変わりないように見えるが、僅かでも気を散らす事は許されない。

 

オラリオの大神にそうまでさせる『闇の王』。目を放せばすぐにでも首を落とされるのではないか、そんな突拍子のない考えまで浮かんでしまいそうになる。

 

何にせよ、今ここで出来る事はない。

 

彼らはファーナムの持つ水晶から送られてくる映像を、固唾を飲んで見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

唐突に現れた『闇の王』。

 

『穢れた精霊』を瞬殺し、オラリオの神々を殺すとまで言い放った甲冑姿の人物を前に、【ロキ・ファミリア】の面々は混乱の極地にあった。

 

中でもファーナム……この中で唯一の不死人は、一周回って冷静になってしまう程に。

 

(『闇の王』……聞き覚えの無い単語だが)

 

ドラングレイグでは耳にした事の無いその言葉。であるならば、目の前の人物は24階層で戦った黒騎士たちと同時期に存在していた者である可能性が高い。

 

全く力量が未知数の相手だが、引き下がる訳にはいかない。これはオラリオの、ひいては世界の危機なのだから。

 

「神々を殺す者、か……随分と物騒じゃないか」

 

と、ここで。『闇の王』の言葉を受けたフィンが口を開いた。

 

「そんな事を企てているだなんて、君は闇派閥(イヴィルス)の一員だったりするのかな?」

 

「何故私が神の眷属(どれい)にならねばならん?言ったはずだぞ、私は神々を殺す者だと」

 

フィンの得意とする舌戦に持ち込もうとするも、上手くいかない。問いかけに対し相手が一切の隠し事をしていないからだ。

 

そして、神でなくとも解る。

 

この『闇の王』と名乗る人物は、酔狂でも妄言でもない、本当に神を殺そうとしているのだと。

 

「道を空けろ、人の子らよ。そうすれば危害は加えない」

 

「その言い方……まるで自分は、僕たちとは違う存在だとでも言っているように聞こえるね」

 

「………あぁ」

 

『闇の王』はフィンの言葉に何かを察したのか、兜で覆われた頭を僅かに傾ける。

 

そしてその視線を僅かにずらし、彼の横に立つ人物―――ファーナムへと目を向けた。

 

「お前はまだ話していなかったのか、我らよりも後世の不死人よ」

 

「………ッ」

 

鎧と毛皮に覆われた大きな肩が揺れる。

 

明らかな動揺を見せるファーナムに、アイズたちの視線が一気に集中する。

 

「“不死人”?」

 

「後世の、って……どういう事よ?」

 

不安と動揺、そして僅かな猜疑を含んだ声が上がる中、『闇の王』は更に続ける。

 

「なるほど……話していなかったのではなく、話せなかったのか。だが、それも当然だろう。我らの正体を人の子らに打ち明けて、拒絶されない訳がないからな」

 

であれば、私が代わりに話してやろう。

 

そう言って『闇の王』は語り始めた。

 

彼自身と、ファーナムの正体。そして……この世界の成り立ちについて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古い時代。

 

世界はまだ分かたれず、霧に覆われ、灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった。

 

だが、いつかはじめての火がおこり、火と共に差異がもたらされた。

 

熱と冷たさと。

 

生と死と。

 

そして、光と闇と。

 

そして、闇より生まれた幾匹かが、火に惹かれ、王のソウルを見出した。

 

最初の死者、ニト。

 

イザリスの魔女と、混沌の娘たち。

 

太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち。

 

そして、誰も知らない小人。

 

それらは王の力を得、古竜に戦いを挑んだ。

 

グウィンの雷が、岩のウロコを砕き。

 

魔女の炎は嵐となり。

 

死の瘴気がニトによって解き放たれた。

 

そして、ウロコのない白竜、シースの裏切りにより、遂に古竜は敗れた。

 

 

 

火の時代の始まりだ。

 

 

 

だが、やがて火は消え、暗闇だけが残る。

 

今や、火はまさに消えかけ、人の世には届かず、夜ばかりが続き。

 

人の中に、呪われたダークリングが現れ始めていた……。

 

 

 

 

 

ダークリングが現れた者は例外なく迫害される。()もその一人であった。

 

彼は長い間牢獄に繋ぎ止められ、世界の終りまで囚われ続けるはずであった。しかし偶然にもそこから逃れ、巡礼の地ロードランへと旅立った。

 

来る日も来る日も、殺し殺される日々。ソウルを失う事によって亡者となってしまう恐怖と隣り合わせの日々。それでも彼の足は止まらなかった。

 

やがて彼は小ロンドの公王を倒した。深淵に落ちた彼らと死闘を演じ、勝利し、そうして目の前に現れたのは、一匹の世界蛇だった。

 

名を『闇撫でのカアス』。

 

()の蛇の口より聞かされた、火継ぎの真の正体。

 

世界の救済などではなく、神の時代を終わらせない為だけの欺瞞(ぎまん)に満ちた行為に、彼は怒り狂った。

 

これまでの旅路、これまでの思い……否、不死の呪いを受けた始まりの日から、全ては無意味だったのだと悟る。

 

そして、彼は心に決めた。

 

神の時代を終わらせ、偽りの世界に終止符を打つ。

 

真なる人の時代―――闇の時代をもたらすのだと。

 

 

 

 

 

『よくぞ戻られました、我が王よ』

 

『我カアス、フラムト、共に貴方に仕えます』

 

『我ら集い、貴方に仕えます』

 

『それでは、世界に、真の闇を…』

 

『我が王よ…』

 

こうしてグウィン……かつての太陽の光の王、その成れの果ては討たれた。

 

終焉の地『最後の火の炉』の最奥で燻り続けていた篝火を見つけた彼は、迷いなくそれを踏み潰した。

 

闇の時代の産声が上がり、ここより真の人の時代が始まる。

 

彼の旅路は、遂に終わりを迎えた―――――かに思われた。

 

 

 

『まだだ』

 

 

 

そう。彼の旅路はまだ終わっていなかったのだ。

 

ロードランでは時の流れが淀み、幾つもの世界が重なっていた。つまりはそれだけ()()()()()が存在している可能性がある、という事だ。

 

 

 

『過ちは正さねばならん。神は悉く皆殺しだ』

 

 

 

自身にそう言い聞かせた彼は、世界を渡り神々を殺し続けた。

 

来る日も、来る日も、殺し続けた。やがて彼の背には志を同じくする者たちが続き、神殺しの集団が発足し始めた。

 

しかし、そんな中でも時は流れゆく。

 

火継ぎが行われなかった世界でも、神というものは新たに生まれていったのだ。

 

 

 

『新たに生まれたものがどんな存在であれ、神という事に変わりはない。であれば殺すまで』

 

 

 

その声に従い他世界の、それも数百、数千年後の世界にまで神殺しの集団は現れた。

 

無数に存在する他世界、そこから更に枝分かれした世界の果てまでも、彼らは執念深く追跡し続けていた。

 

そして今日。

 

このオラリオにも、彼らの手が遂に届いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが『闇の王』の口より説かれた、世界の真相だった。

 

オラリオが存在するこの世界は、かつて闇の時代が訪れた遥か後に位置する世界。今下界にいる神々とは、その闇の時代の後に現れた新たな神である、と。

 

「こうしてお前たちの世界に来るのは骨が折れた。世界と世界を繋げるのは調整が難しくてな、安定させるまで何匹かこちらの亡者やデーモン共が入り込んでしまった。それについては謝罪しよう」

 

平然と世界を渡って来たという『闇の王』。その余りにも規模の大きなその話に、多くの者たちは言葉を失ってしまう。

 

何故なら、もしもその話が事実であるとすれば―――目の前にいるこの人物は幾千、幾万、あるいは幾億の時の流れを経験した、超越存在(デウスデア)などという枠には収まりきらない程の存在なのだから。

 

そして、言葉を失った理由はそれだけではない。

 

「そんな……ファーナムさんが、不死人?」

 

暴かれたファーナムの正体。

 

【クァト・ファミリア】の冒険者として通して来た偽りの経歴が崩れ去り、オラリオに住まう者たちからしてみれば、得体の知れない不死人(化け物)という事実が浮き彫りとなる。

 

「その通りだ。私も、そこの不死人も、同じ呪われ人だ」

 

困惑するレフィーヤたちに追い打ちをかけるように、『闇の王』は淡々と述べる。

 

「死ぬ事すら許されず、殺す事しか出来ない。いつか朽ち果てるその瞬間まで何かを呪い続ける、悍ましき()()()()()だ」

 

よりにもよってこんな時に、そのような表現をする。この世界で最も唾棄すべき醜悪の代名詞を自らと、そしてファーナムに対して使った彼の言葉は、若き冒険者たちの心を深く抉った。

 

事実、ラウルを始めとした下位団員たちの目には恐怖の色が浮かんでいた。今まで肩を並べて戦ってきた戦友の姿が、得体の知れない化け物と重なってしまう。

 

ファーナムは何も言えない。自身が不死人であるという事は、紛れもない真実なのだから。

 

いくら人らしくなったからと言って、今まで彼らを騙して来た事実は消えない。故にいかなる罵声も、糾弾も、甘んじて受けるつもりであった。

 

「この世界に生きるお前たち人の子らが、そのような存在と共に歩めるとでも―――」

 

「黙れ」

 

更に畳みかけようとした『闇の王』。しかし、その声を遮る者がいた。

 

それは金髪碧眼の小さな冒険者……【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナだ。

 

「それ以上、彼への侮辱は許さない」

 

「フィ、ン……?」

 

珍しく怒りを隠そうともしないフィンの姿に瞠目するファーナム。

 

それだけではない。長い付き合いであるリヴェリアやガレス、アイズたち。そして『闇の王』の言葉に揺らぎかけていたラウルたちまでもが、その小さな背中に視線を送っていた。

 

そこでフィンはフッ、と笑い、ファーナムを見た。

 

「君が何か隠し事をしているのは何となく察しが付いていたよ。まあ流石に、これほど大きな事だとは思いもしなかったけどね」

 

でも、と区切り、続ける。

 

「君は今まで一生懸命戦ってくれた。50階層での時も、フィリア祭の時も、リヴィラの街の時も、そして24階層の時も……これほど尽くしてくれた君を、僕らが見捨てるとでも?」

 

「……!!」

 

「ファーナム……君は僕たち【ロキ・ファミリア】の冒険者だ。誰が何と言おうとね」

 

その言葉に、ファーナムの視界が歪む。

 

自身が抱いていた思いは、一方的なものではなかったのだと。彼らはしっかりと、自分を仲間だと思っていてくれたのだと。

 

万の言葉を尽くしても足りない程の感謝の意が、胸の底から湧き出してくる。

 

「あぁ………ありがとう」

 

だから、今はこれだけに留めておこうと思う。

 

ファーナムは短く、しかしその言葉に込められるだけの感情を込めて、そう呟いた。

 

 

 

 

 

「話は済んだか……では、もうそろそろ退いて貰おうか」

 

ザッ、と、『闇の王』が一歩前へと出る。

 

「ッ!!」

 

同時に、フィンたちは武器を構えた。

 

「……何のつもりだ?」

 

「ここまで聞いて、はいそうですかと行かせるとでも?」

 

嘆息する『闇の王』を前に、フィンは険しい表情のまま槍の穂先を向けつつ言い放つ。

 

「僕たちは【ロキ・ファミリア】の冒険者だ。こんな未曾有の緊急事態を前に、指を咥えて見ている訳にはいかないよ」

 

「私の話を聞いていなかったのか」

 

「もちろん聞いていたさ。君が何の関わりもない僕たちの世界に勝手に入り込んで、そして身勝手な理由で神たちを殺そうとしている事はよく分かった」

 

「……何の関係もない、か」

 

その言葉に『闇の王』は深く頷き、しばし言葉を絶やす。

 

やがて顔を上げた彼は、ゆっくりと口を開いた。

 

「ではこう言い換えよう。私たちは後始末をしに来た、と」

 

「何?」

 

「私たちが放置してしまったソウルより生まれた存在……神々、そしてこのダンジョンそのものを始末すると言ったのだ」

 

「ッ!?」

 

解き放たれた衝撃の真実。それはファーナムの顔を驚愕一色に染めた。

 

『闇の王』はその反応を予測していたかのようにファーナムへと向き直り、平然と語り出す。

 

「お前なら解るだろう、後世の不死人よ。このダンジョンに漂う微量のソウルの気配が」

 

「……ああ。だが、それだけでは……」

 

「ソウルとは形を変えるものだ。今我らが感じているものは、その残滓に過ぎん」

 

僅かに言い淀んだ隙を突き、『闇の王』は言葉を滑り込ませる。

 

主導権を完全に掌握した彼は、畳みかけるように言葉を紡いでゆく。

 

 

 

「闇の時代の到来により、ソウルは多くの者にとって不要の存在となった。目に見える価値こそが重要視され、行き場を失ったソウルは霧散し、世界各地へと散って行った」

 

「それでもソウルの持つ力は凄まじい。巡る事が常であるソウルはやがて呼応するかのように断片を繋ぎ合い、自ずと姿を変えていったのだ」

 

「それが今オラリオに巣食う神々、あるいはダンジョンそのものという訳だ」

 

 

 

今日の世界の成り立ちに続く衝撃の事実。

 

神々も、モンスターを生み出すダンジョンでさえも、その起源を“ソウル”という物質に同じくしているという。地上でこれを説けば不敬も甚だしいが、今までの話を考慮すれば信憑性も出てくるというものである。

 

「ここまで言えばもう分かるだろう。今お前たちが直面している危機……古来より続くダンジョンとモンスターの脅威は、全て我ら不死人の不手際の産物。それを始末すると言っているのだ。これのどこに問題がある」

 

諭すように、或いは聞き分けの無い子供に言い聞かせるように、『闇の王』は語りかける。

 

「もう良いだろう、人の子らよ。後の事は私に任せ、お前たち人の時代を生きるが良い」

 

「………」

 

恩恵(ファルナ)を失えば苦難や困難もあるだろう。しかし、神々による理不尽だけはない。これほどの世界を何故拒む?今まで散々神共には煮え湯を飲まされてきただろうに」

 

「………」

 

「解ったなら、さぁ……道を空けろ」

 

ともすれば、導きのように聞こえる『闇の王』の言葉。

 

彼の語った内容は恐らくは真実なのだろう。神とは人類より上位に位置する存在。思考も思惑も完全には読み切れない、まさに超越存在(デウスデア)。そんな彼らと共に歩む事など、不可能なのかもしれない。

 

しかし。

 

それでも。

 

 

 

―――――彼らは動かない。

 

 

 

フィンも、リヴェリアも、ガレスも。

 

アイズも、レフィーヤも、ティオネも、ティオナも、ベートも。

 

椿も、ラウルたちも。

 

そして、ファーナムも。

 

誰一人として、道を空けようとはしなかった。

 

その理由はただ一つ―――――彼らは誇り高い【ロキ・ファミリア】の一員だからだ。

 

「なるほど……その気はない、か」

 

「ああ。悪いけど、その申し出は断らせて貰うよ」

 

全員を代表したフィンの言葉が強く反響する。

 

「確かに今あるこの世界は、君たちの不手際の産物なのかも知れない。だからと言って今更その清算をしようだなんて、虫の良い話だとは思わないかい?」

 

「神々の駒にされていた方が良いと?」

 

「まさか。共に歩むべき神は僕たちの目で判断する、それだけの事さ」

 

()()()に好き勝手させてなるものか―――そんな原初の冒険者に相応しい鉄の意志を感じさせる声色で、彼らは強く拒絶の意を示した。

 

「……お前たちの考え、よく解った」

 

途端に気配をがらりと変える『闇の王』。

 

突き放すような言葉が呟かれ、同時に彼の両隣に、五人の黒ローブ姿の者たちが現れた。

 

「うわっ!?」

 

「い、一体どこから……!?」

 

困惑を隠しもしないラウルたちから、上擦った声が上がる。

 

『闇の王』が現れた時と全く同じように、ゆらりと現れた彼ら。一目ではほとんど区別がつかないが、よくよく見てみれば全員微妙に体格が異なっている。

 

そしてその中には、ファーナムやアイズたちも見た事のある者がいた。

 

「アイズさん、あれって……!」

 

「うん……24階層の」

 

それは24階層で黒騎士たちと戦っている時に乱入してきた者だった。地面に当たり擦れたローブの隙間から覗く鉄靴の特徴も一致しており、まず間違いはないだろう。

 

「王よ、()の準備が整いました」

 

「ああ」

 

控えるようにして立っていた五人の内の一人が前へと歩み出て、何かを伝える。それを受けた『闇の王』は頷きを返すと、再びファーナムへと向き直った。

 

「お前はどうするのだ、後世の不死人よ。この世界において、異端である我らに居場所はないぞ」

 

「……そうかも知れんな。だが」

 

人の世であるこの世界へとやって来たファーナム。その経緯も、理由も、未だはっきりとしないままだ。

 

しかしここでの時間は、彼が失いかけていたものを取り戻してくれた。オラリオでの生活、様々な者たちとの交流、そして神格(じんかく)ある女神との邂逅……それら全てが、今の彼を構成する一部となっている。

 

だというのに、まだ何も返せていない。

 

彼らから受けた多大な恩に、何の返礼も出来ていないのだ。

 

だからこそ―――――

 

 

 

「そんな事、今は関係ないだろう」

 

 

 

―――――ファーナムは、何の迷いもなく言い切る事が出来た。

 

「不死人であるからどうだと言うのだ。それがお前たちを野放しにしておく理由に繋がるとでも思ったのか」

 

「私たちを倒せば……神々を救えば認めてくれる。そう言うつもりか」

 

「違うな。もっと単純な話だ」

 

ザッ、と。ファーナムは一歩前へと出る。

 

自身と同じく不死人(異端)である『闇の王』たちから、神と人の世を守るように。

 

 

 

「皆が与えてくれた恩に報いる―――それだけの事だ」

 

 

 

力強く断言したその言葉に、アイズたちの視界が揺れる。

 

これほどまでの覚悟を見せつけられて、身体が震えない冒険者などここにはいない。それが天下の【ロキ・ファミリア】であれば、なおさらである。

 

得物を握る彼らの手に力がこもる。

 

間もなく始まるであろう壮絶な戦いを前に、誰もが闘志を滾らせていた。

 

「全く……何故お前たちは、そこまで聞き分けがないのだ」

 

対する『闇の王』は、冷め切った眼差しを送る。

 

彼は哀れな生物を見るような視線のまま、無感動に言い放つ。

 

「これ以上の言葉は無意味か―――――ならば」

 

その言葉を契機に、この場にある変化が起こる。

 

四方を密林に覆われていたこの59階層の景色が、まるで陽炎のように揺らめき始めたのだ。

 

「これは……っ!?」

 

「何が起こっとるんじゃ……!」

 

明らかな異常事態を前に、リヴェリアとガレスは背後にいるアイズたちを守るような形で周囲を警戒する。

 

彼らから僅かに離れた場所で『闇の王』たちを睨みつけるフィンとファーナムもまた、得物を構えたまま動かない。ただ何があっても即座に対応できるよう、その感覚だけは研ぎ澄ませていた。

 

「ファーナム、君なら何が起こっているのか分かるのかい?」

 

「いいや、これは俺も経験した事がない」

 

そうしている間にも変化は止まらない。

 

緑に覆われていた景色から色は失われてゆき、徐々に灰色が支配し始めた。群生していた不気味な植物と草木は姿を消し、代わりにゴツゴツとした岩があちらこちらに現れ始める。

 

ゴゴゴゴ……という地鳴りにも似た音が轟く。混乱の極みに達している【ロキ・ファミリア】の面々に、『闇の王』は変わらぬ調子で告げる。

 

「お前たちの覚悟、見せて貰おうか」

 

四方は完全に灰色に覆われた。

 

元の地形すらも完全に無視し、今や灰の荒野だけが広がっている。

 

遥か先にあったはずの壁。60階層へと続く連絡路も、ファーナムたちがやって来た入口すらもかき消え、そこにあるのは()()()()()のみだった。

 

「―――――ッ!?」

 

瞬間、ファーナムは悟る。

 

ここはもはや、ダンジョンではないと。

 

ここは……『闇の王』が支配する地であると。

 

「だっ、団長!?」

 

ラウルの引き攣った声が絞り出される。彼が震える指で指し示す方角は『闇の王』たちの背後、見上げる程にそびえ立つ白い霧の壁である。

 

その壁から……幾つもの人影がやって来たのだ。

 

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……と、規則正しい行進の足音。黒一色に染められた旗を掲げる彼らは骸骨を模した鎧に身を包み、皆同じく肉厚の直剣を装備していた。

 

十や百ではない。この数と規模は、まさしく……。

 

「我が同胞たち。神殺しの旅団……総勢()()。これでも我らと剣を交えると言うのならば、やってみせろ」

 

『闇の王』の言葉は無慈悲に、そして冷酷に……ファーナムたち【ロキ・ファミリア】を、絶望へと叩き落とした。

 

 




次回は少し短めになるかも知れません。ご了承下さい。

また更新と同時に、アンケート的なものを活動報告でさせて頂きたいと思います。よろしければお答えください。

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