不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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やっとここまで書けました。なんだかえらい文字数になってしまいましたが、次回からはいつも通りに戻そうと思います。

それと、ここから一気にダクソ成分が強くなる(予定です)ので、世界観を壊さない程度に好きに書いていきたいと思います。

今後もよろしくお願いします。


第四十話 邂逅、再び

 

(あり得ない、あり得ない、あり得ない!?)

 

砲竜『ヴァルガング・ドラゴン』の開けた大穴を真っ逆さまに落ちてゆくレフィーヤ。両手が白くなる程に握り締めた相棒《森のティアードロップ》を胸に、少女の視界には風で暴れる自らの髪の毛しか映っていなかった。

 

58階層からの『階層無視』攻撃という理不尽。実に5つの階層をぶち抜いて撃ち込まれた大火球(フレア)の威力を前に、一切の思考が止まる。

 

(こんなの―――あり得ないっ!!)

 

それしか浮かばない。浮かんでこない。

 

これがダンジョン?笑わせるな。こんなの、地獄そのものではないか!

 

出発前にラウルが怯えていた理由を身をもって実感したレフィーヤの視界が、とうとう黒く塗り潰されてゆく―――――その瞬間(とき)

 

がっ!と、手首に感じる衝撃と圧迫感。

 

「!!」

 

急浮上する意識。一気に広くなった視界に飛び込んできたのは、甲冑を纏った冒険者の姿。

 

凝った意匠の兜、特徴的な肩部の毛皮。巷で人気のお伽噺や冒険譚の主人公のような、そんな恰好をしているファーナムの左手が、レフィーヤの手首をしっかりと掴んでいた。

 

「ふぁ、ファーナムさ……!」

 

「喋るな。舌を噛むかも知れん」

 

何故ここに?という疑問すら許さないファーナムから、一方的に口を閉じているように言われる。

 

そして―――直後。レフィーヤは地面とは真逆の方向へと、思い切りぶん投げられた。

 

「きゃぁぁああああああああああああああああっ!?」

 

まるで人間大砲でも体験しているかのような衝撃に、少女は情けない悲鳴を上げて飛んで行く。

 

まさか、このまま52階層へと戻すつもりなのか。そんな突拍子もない考えがレフィーヤの脳裏を過ぎるも、その身体が何者かに受け止められ、現実へと引き戻される。

 

「レフィーヤ!」

 

「ティオネさんっ!?」

 

そこにいたのは斧槍(ハルバード)を手にしたティオネであった。空いたもう片方の腕でしっかりと彼女を抱きすくめ、決して離すまいとしている。

 

「レフィーヤ大丈夫!?良かったーっ!」

 

「なに気ぃ抜いてんだ間抜け!こっからだぞ!」

 

続いて飛んでくるティオナとベートの声。情けなくも足を引っ張ってしまった自分の為に、ファーナムだけでなく助けにやって来てくれた彼らの登場に、涙が込み上げてくるのを抑えられない。

 

直後、彼らの身体が翡翠色に発光する。リヴェリアの魔法【ヴェール・ブレス】が完成したのだ。それは遥か先に落下しているファーナムにまで施されている。

 

「っ、リヴェリアの魔法!」

 

「これでどうにかなりそうね」

 

「あっ、あの!私よりもファーナムさんが……!」

 

防護の魔法に包まれひとまず安堵の表情を浮かべるアマゾネスの姉妹に、レフィーヤは一人先行して落下しているファーナムの身を案じた。

 

レフィーヤを上へと投げる際の反動で、自身に更なる加速がついてしまったのだ。竜種系のモンスターの巣窟である『竜の壺』の中であって、単独行動がどれだけ危険であるかは語るまでもない。

 

「ハッ、あの野郎がこんな所でくたばるかよ」

 

「えっ?」

 

が、そんな不安を真正面から一蹴するベート。

 

そこには相変わらずの気に喰わなそうな表情と共に、対抗心に燃える琥珀色の双眸が輝いていた。

 

 

 

 

 

赤熱した壁を蹴って加速し、レフィーヤの腕を掴む。

 

後方にティオネたちの気配を感じ取ったファーナムは、自らに掛かる反動もいとわずに彼女を仲間の元へと避難させた。これで最前線、つまりは敵の目に留まりやすい場所には彼一人だ。

 

終点、58階層には複数の砲竜がたむろしている。更には56、57階層を貫通した攻撃により、断面の横穴からは紫紺の飛竜『イル・ワイヴァーン』の群れが飛び出してきた。

 

『竜の壺』、実に的確な表現である。ただでさえ対処が難しい飛行モンスターの巣窟に足を踏み入れてしまったファーナムは、しかし動じる事なく現状を見極める。

 

(まさしく『護り竜の巣』そのものだ……)

 

そこかしこを竜が飛び回り、いつ何時、炎の吐息が飛んでくるか分からなかったあの場所。今目の前に広がっている光景は、その時の記憶を鮮明に呼び覚ました。

 

(ならば―――どうとでもなる)

 

そして、確信する。

 

ここは地獄などではないと。

 

この状況を切り抜けられる知恵と経験が、この身には備わっている。かつて何度も死に、そして工夫を重ねて挑み続けた記憶がある。

 

ファーナムは武器を握る手に更なる力を込める。ちょうどその時、横穴から出てきた一匹の飛竜がまっすぐこちらへと向かってきた。牙がずらりと並んだ大口を開け、落下してきた哀れな獲物を丸呑みにしてやろうというのだ。

 

それを察知したファーナムは、左手で腰に吊り下げていたものを掴んだ。

 

すでにボルトが装填されていた聖壁のクロスボウを構え、迷いなく引金を引く。射出されたのは『魔法のボルト』。硬い鱗を持つ敵、すなわち竜種に対しても十分な効果を期待できる。

 

『ゲァアッ!?』

 

予想外の攻撃に飛竜から悲鳴が上がった。ボルトは左の翼を貫通し、飛行能力を奪われ空中で大きく体勢が崩れる。

 

そこへ駄目押しのように振るわれる斧の一撃。紫電を纏った刃は“竜断”の名に恥じる事なく、見事その長大な首を斬り落とした。

 

「ッ!!」

 

それだけでは終わらない。

 

灰へと還りゆく死骸を足場にし、更なる加速をつける。すれ違いざまに片端から飛竜に斬撃を見舞ってゆき、ことごとくが絶命、あるいは再起不能となり落ちてゆく。

 

ドラングレイグでは絶対にしなかったであろう無茶。しかし守るべき仲間がいる今、ファーナムは一切の躊躇いを捨てていた。ここより後方には一匹たりとも通さない、その一心で得物を振るい続ける。

 

レフィーヤだけではない。ティオネ、ティオナ、ベート。共にこの大穴へと飛び込んだ彼らの身も、まとめて守るのだと強く自身に言い聞かせる。

 

が、しかし。

 

「えいさぁーーーっ!!」

 

『ギャッッ!?』

 

ヒュッ、と何かが横を通り過ぎたと思った矢先、目の前の飛竜から鋭い悲鳴が上がった。

 

その正体はティオナだ。普段振るっている大双刃(ウルガ)から不壊金属(デュランダル)の大剣に持ち替えた彼女が、その切っ先を飛竜の頭に叩き込んだのだ。

 

「オラァッ!!」

 

続いて聞こえてきたのはベートの雄叫び。持ち前の速度で壁を縦横無尽に駆け渡り、次々に飛竜の急所を足刀で蹴り砕いていった。

 

気が付けばファーナムは、彼らと肩を並べていた。

 

「ファーナムばっかり良い恰好させないもんねー!」

 

「テメェに守られるなんざ冗談じゃねぇぞ、クソがッ!」

 

にかっ、と笑うティオナ。罵声まじりの啖呵を切るベート。

 

危機的状況に陥りながらも彼らは変わらない。むしろ今こそが冒険者の腕の見せ所とばかりに、更なる戦意の昂りを見せていた。

 

「……ああ、そうだったな」

 

ファーナムはまたも失念していた。

 

思い出されるのは以前に市街地に突如現れた複数の食人花たち、その戦闘の最中に目の当たりにした、レフィーヤの強い眼差しだ。

 

自分たちは決して守られる存在じゃない。オラリオで最も強く、誇り高い、偉大な眷属(ファミリア)の一員。そう言い切った彼女の言葉通り、彼らは勇敢な冒険者だったのだ。

 

「すまない、少し抱え込み過ぎた。手伝ってくれるか?」

 

かなり数を減らしたとはいえ、まだまだ飛竜の数は多い。加えて砲竜との接敵も近付いてきている。

 

ファーナムは自身の手に余るこの状況を打破すべく、仲間に助力を求めた。

 

「もっちろん!仲間じゃん!」

 

その声にティオナはやはり満面の笑みで応じ、

 

「一匹残らず蹴り殺してやる」

 

ベートは剣呑な笑みと共に呟きを漏らし、

 

ファーナムは。

 

「……ありがとう」

 

兜の奥で、密かに微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「私たちの出番、なさそうね」

 

「す、すごい……!」

 

先行した三人が飛竜の相手をしている中、ティオネとレフィーヤはそんな事を呟く。

 

ファーナムたちを眼下に収める形で落下中の二人は、その光景に溜め息と驚愕の声を漏らしていた。特にレフィーヤなどは、ここが『竜の壺』である事を一時忘れてしまいそうな程に。

 

大穴の壁面を利用して器用に立ち回るベートは、すれ違いざまに敵の急所を狙っている。そんな彼とは対照的に、大剣による大振りの斬撃で数匹まとめて灰に還してゆくティオナ。それぞれの種族の特性が如実に表れた戦いぶりは舌を巻くものであった。

 

しかしファーナムも負けてはいない。

 

右手の斧を振るえば確実に両断。左手のクロスボウを放てば的確に翼の付け根を撃ち抜く。近距離と遠距離、共に申し分ない立ち回りを披露している。

 

『ゴアァアアッッ!!』

 

不意に飛竜が眼前に現れてもそれは変わらない。

 

()()()()()()によってクロスボウを消し去り、代わりに取り出したのはティオナが振るう得物と同じく大剣であった。

 

名を『竜血の大剣』。

 

かつて竜の血を信奉し、その果てに一国を毒の都へと変貌させた度し難き騎士団が振るっていた大剣。彼らの生涯を賭した願いを酌むのであれば、この場においてこれ程相応しい武器はないであろう。

 

しかし。

 

『ゲァッ!?』

 

竜血の大剣は確かに飛竜の首を斬った。

 

首を斬り飛ばし、遅れて噴き出したその血を僅かに刀身に受けた……が、それだけだった。

 

大剣を振り抜いたファーナムはあっさりとそれを手放し、新たな武器を虚空より掴み取る。それはかつての旅路の中で幾度となく助けとなってくれた武器、クレイモアだ。

 

「ああ、やはりこっちの方がしっくりくる」

 

手放した竜血の大剣の事など毛ほども頭には残っておらず、愛用のクレイモアでもって再び無双ぶりを披露する―――ちなみに竜血の大剣はそのまま壁面に突き刺さり、再びファーナムの手元に戻ってくる事はなかった―――。このように時と場合に応じて武器を使い分け、甲冑の冒険者は襲い来る飛竜たちを次々に返り討ちにしていった。

 

上級冒険者3人を前にした飛竜たちは、あまりにも無力だった。

 

「こ、これなら……!」

 

絶望的な状況をも覆す彼らの実力を目の当たりにしたレフィーヤの顔にようやく余裕の色が浮かんでくる。しかし彼女を腕に抱えているティオネは、眉間のしわを深くして遥か地面を睨む。

 

そこには大口を開けている砲竜の姿が。喉奥が赤く発光し、52階層までダンジョンを貫いた特大の砲撃を放とうとしていたのだ。

 

「アンタたち、来るわよっ!」

 

「見りゃあ分かるっつの!おいティオナ、テメェの大剣でどうにかしろ!」

 

「簡単に言うけどっ、あれ防ぐのすっごく痛いんだからね!?」

 

高度はすでに200Mを切っている。

 

この距離であの砲撃を防げるのは、ティオナの膂力を以て振るわれる大斬撃と―――――

 

「俺が行こう」

 

―――――あらゆる武装をその身に宿すファーナムのみだ。

 

「ファーナムさんっ!?」

 

レフィーヤの悲鳴のような声を置き去りに、ファーナムは壁面を蹴ってさらに接近する。砲竜もそれに気づいたらしく、明らかに照準を彼へと絞っていた。

 

その巨躯、威圧感は飛竜とは桁違い。冒険譚や御伽噺の勇者たちの宿敵として描かれてきた、まさしくモンスターの王と言える。

 

そんな強大な敵に挑むは甲冑の冒険者。その兜に描かれた構図と同じように、単身で“竜狩り”に挑む。

 

ファーナムは両手に新たな武装を構える。左手には炎耐性の高いゲルムの大盾を、そして右手には通常のものよりもさらに長く、重厚な得物―――『グラン・ランス』を。

 

本来騎兵が持つべき突撃槍だが、十分に速度が出ている今なら同じように扱える。自身が一本の矢になったかの如く、彼は砲竜へと向かっていった。

 

『ゴォ―――ァアアッッ!!』

 

直後、とうとう砲撃が放たれる。赤を超えて白く染まった特大の大火球(フレア)はファーナムを呑み込み、背後の壁面までも一瞬の内に削り取った。

 

皆が息を飲む中、ファーナムは歯を食い縛り必死に攻撃を耐えていた。規格外の砲撃の威力は想像以上に凄まじく、炎に耐性のあるこの大盾を以てしても全く余裕はない。

 

表面が赤熱し、泡立ち、内側にまで亀裂が広がる。武装を握る両手には無意識の内に力が込められ、兜の奥の表情も険しさを増してゆく。

 

「ぐぅっ……!!」

 

大気を震わす程の砲撃と、それを受け続ける大盾。

 

両者の距離はどんどん縮まり、ついにその時が訪れる。

 

『ッ!?』

 

破壊され、粉々に砕け散った大盾。それを目にした砲竜が、勝利を確信した次の瞬間―――――己の内を、鋭い痛みが駆け抜けた。

 

その正体はファーナムの持つグラン・ランスの切っ先だ。大盾が砕かれた瞬間に合わせるようにして口腔内に叩き込まれた突撃槍の一撃は、大火球(フレア)をも強引に貫いてしまったのだ。

 

突き立てられた切っ先はそのまま頭部を貫通。脳を破壊された砲竜の身体は力を失い、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。

 

「っと……まずは一匹、か」

 

“竜狩り”を終えたファーナムはその巨大な身体を踏みつけ、落下の勢いを完全に殺す。大火球(フレア)を防いでいたお陰である程度落下の速度も抑えられていたようで、大したダメージも負わずに着地を果たした。

 

「ちっ、先を越されたか」

 

「ひゃー、すっごい」

 

次いでベートとレフィーヤも到着した。

 

かなりの高所からの落下であったにも関わらず、ほとんど速度を殺さずに着地してのけたオラリオの冒険者という存在に、ファーナムは密かに戦慄する。彼らには落下死という概念はないのか、と。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】!」

 

そんな事を考えていると、頭上より一人の妖精の声が聞こえて来た。

 

先に58階層へとやって来た三人はその声に何が起こるのかを即座に察し、地を蹴ってその場から退避する。飛竜たちの一斉砲火よりも恐ろしいものが、すぐ近くまで迫ってきたからだ。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

ティオネに抱えられた状態のレフィーヤが魔法を発動させる。

 

展開した魔法円から召喚されるのは無数の炎矢、それらは未だ飛翔する飛竜の群れ、そしてこの58階層を支配する砲竜たちへと容赦なく降り注いでいった。

 

『ギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?』

 

次々に落下し、灰へと還ってゆく飛竜たち。分厚い紅鱗を誇る砲竜を倒すには至らないが、それ以外のほとんどのモンスターたちはレフィーヤの魔法の餌食となってしまう。

 

ダンッ!と地を砕いてティオネが着地する。彼女の腕の中で目を瞑っていたレフィーヤも自らの足でこの地を踏み、自分が生きている事を改めて実感した。

 

「い、生きてる……!」

 

「あれだけの魔法をぶっ放しておいて、よく言うわ」

 

呆然とした様子で語るその姿に、ティオネは得物である不壊属性(デュランダル)斧槍(ハルバード)をくるりと振り回して笑みを零した。止みつつある炎矢の雨に、近くの岩場に隠れていたファーナムたちも二人に合流を果たす。

 

()()のモンスターは粗方倒したとは言え、強大な砲竜は未だ健在。しかもここは彼らの巣。遮蔽物などほとんどなく、あったとしても砲撃一発で呆気なく蒸発させられてしまう。

 

更に、そんな砲竜も複数体いる。こんな場所にまでやって来た冒険者(よそもの)たちを跡形も無く消してやろうと、殺気に満ちた幾つもの赤い瞳が訴えかけてくる。

 

「さて、と。ここからね」

 

「よーし、やるぞー!」

 

「た、倒し切れるんでしょうか……?」

 

「うるせぇ。出来ねぇんならくたばるだけだ」

 

実際の所、彼らには作戦などなかった。

 

出来るだけ固まらずに動き回り、敵の狙いを分散。足もとを狙って体勢を崩し各個撃破……これが現在可能な精々の立ち回り方である。

 

この場にフィンがいれば、と思わなくもない。彼がいればきっと、もっと堅実な戦い方を指示してくれるだろう。砲竜の特性や攻撃手段、更にはこの地形までも生かした、彼にしか思い浮かばない作戦を出してくれるはずだ。

 

しかし、ここに彼はいない。

 

ない物ねだりをしている暇などない。

 

故に、動くしかない。

 

若き冒険者たちが思いを一つにし、いざ走り出そうとした―――――その時だった。

 

「俺に考えがある」

 

不意にファーナムが、そう口を開いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

59階層。

 

そこはかつて在ったファミリア【ゼウス・ファミリア】が残した記録によると、至る所を氷で閉ざされた氷河の領域。ありとあらゆるものが凍てつき、立ち入る者の体力を容赦なく奪ってゆく極限の階層であった。

 

今は違う。

 

氷などどこにもなく、見渡す限りの密林が広がっていた。肌で感じる温度も蒸し暑く、かつての面影などはどこにもない。

 

そんな密林地帯に不気味な咀嚼音が響いていた。ぐちゃり、ぐちゃりと柔らかいものを噛み砕く音に混じり、ガラスのような硬質なモノを噛み砕く音がしている。

 

音の正体は『タイタン・アルム』。モンスターであろうが冒険者であろうが、手当たり次第に何でも捕食する『死体の王花』である。

 

深層域に生息するこの植物型のモンスターには現在、例の『宝玉』が寄生し、女体型に変貌していた。周りには無数の芋虫型がいて、差し出される極彩色の魔石をその身体ごと貪っているのだ。

 

全ては女体型(これ)より先の形態へと進化する為の儀式。女体型は外敵などどこにもいないこの空間の中で、()()の瞬間に備えて栄養を蓄え続ける。

 

その密林の奥深く。

 

空間に()()()が生じている事など、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は元に戻り、58階層。砲竜たちが支配する大空間。

 

ロクな遮蔽物もなく、だだっ広い砂色の大地のみが広がっているこの場所を、ファーナムは全力で走り回っていた。

 

『ゴアアアァァァアアアアアアッ!!』

 

周りには複数の砲竜がおり、足元をちょこまかと動き回る冒険者に苛立ちの声を上げている。踏みつけや噛み付きで仕留めようとするが、それは別の冒険者たちによって阻まれてしまう。

 

「おらァっ!!」

 

ティオネの斧槍(ハルバード)が砲竜の足を斬り付ける。

 

しかし流石はモンスターの王を冠する竜種、飛竜程度であれば容易く両断する攻撃も、表面の鱗に傷を刻み込むに留まる。ベートもティオナも同じようで、倒し切るには至らない攻撃を繰り返していた。

 

「うわっ、危なっ!?」

 

「チィッ!!」

 

巨体を誇る砲竜は踏みつけられただけで致命傷になりかねない。彼らは一撃離脱を心掛けながら、決して攻撃は貰わないような立ち回りを見せている。

 

「ちょっと、まだなの!?」

 

「あと少し、だっ!!」

 

苛立ち混じりに振るわれた爪の攻撃を斧槍(ハルバード)で防いだティオネが、四方を砲竜で囲まれつつあるファーナムへと言葉を飛ばす。両手には最低限の武装として、二振りの直剣が握られていた。

 

『俺の周りに竜を集めろ』

 

そうとしか言われなかったティオネたちは当然困惑したが、それを言葉にする前にファーナムは一人駆けていってしまった。結果的に彼らはその言葉に従うしかなく、確証のないその言葉に従っているという訳だ。

 

とは言え、そこは上級冒険者。何の考えもなしにそんな事を言う訳がないと直感した彼らは、ファーナムの周囲に砲竜を配置するような立ち回りを演じている。相手が生き物である以上思い通りには中々いかなかったが、ようやく形になってきた。

 

そんな矢先に、不意に一体の砲竜が足を振り上げた。

 

その先にいたのはファーナム。他の砲竜を巻くのに気を取られていた彼は、振り下ろされたその瞬間にようやく窮地を悟る。

 

「【穿て、必中の矢】―――【アルクス・レイ】!」

 

が、真横より直撃した光の矢によって阻止される。

 

三人のような高速移動を行えない魔法使いのレフィーヤが、身を隠していた岩場の影より魔法を放ったのだ。多大な精神力(マインド)をつぎ込んだこの一撃は、超重量の踏みつけをずらすほどの威力だった。

 

『ギィ!?』

 

ずんっ!!と、ファーナムの立っているすぐ真横の地面を、巨大な足が陥没させる。大地には幾つもの亀裂が走り、その威力の大きさを否が応でも実感させられた。

 

が、直撃しなければどうという事はない。危機を免れた彼は再び地を駆け、群がる砲竜たちの敵意を一身に集めた。

 

「……頃合いか」

 

ヂャリッ!と僅かな砂埃を上げて制止する。見上げるほどの巨躯を並べた砲竜たちが四方を囲む中、ファーナムは冷静な表情を崩さない。

 

一方で、危険域を離れたレフィーヤたちは気が気ではない。何か策があるとはいえ、ここまで追い詰められた状況を目の当たりにした彼らの目には、明らかな動揺の色が浮かび上がっている。

 

「おいっ、あの野郎何をするつもりだ!?」

 

「分かんないよ、そんな事!」

 

ベートがすぐそばにいたティオナに吠えるようにして尋ねるも、それに対する答えを持ち合わせていない。彼女だけではない、ティオネとレフィーヤもまた、彼が何をするのか見当もつかないのだ。

 

そんな彼らの気が気ではない表情がちらりと目に入ったファーナムは、少しは説明をすべきだったかと内心で後悔した。が、時既に遅し、砲竜たちは今にも襲い掛からんとしている。

 

(後で謝ろう)

 

今はこの状況に集中しろと己に言い聞かせる彼は両手の直剣を消し去り、内なるソウルより新たな武装を掴み取る。

 

それは剣ではなかった。ましてや槍でも斧でも槌でもない。

 

それは全体的に黒く、先端部のみ淡い青色に輝く結晶が取り付けられた杖だった。

 

古の亡国オラフィスが誇った高度な技術の産物。先端の結晶は魔術威力を増幅する効果も持ち、それは長い歳月をかけ、更に磨きがかかっている。

 

『叡智の杖』を手にしたファーナムはそれを高く掲げ、魔力を練り上げる。

 

青白い光が溢れ、杖の先端へと集まり凝縮。破裂寸前にまで高められた魔力が、ついに解放の時を迎える。

 

名を『ソウルの奔流』。

 

かつて()()()の手によって編み出された秘術。複数のソウルの槍を発生させ、対象が息絶えるまで追いかけ続けるという、邪法とも言うべき魔術だ。

 

その伝承にあった通り、放出された複数のソウルの槍は目の前にいた砲竜たちへと殺到。腹を、翼を、首を、容赦なく貫き続けていった。

 

『ギッ―――ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?』

 

絶叫を轟かせる砲竜たち、それでもソウルの槍は止まらない。命を奪い尽くすまでは止まらない、そう作られたのだから。

 

巨躯より零れ出る臓物が乾いた大地を赤く濡らす。毒々しいまでの赤色を、恐ろしいほどに清涼な青の輝きが照らし出す。悍ましさと神々しさが溶け合ったかのような光景に、ベートたちは時を止めて見入ってしまう。

 

特にレフィーヤなどは、目玉が零れてしまうのではと心配になるほどに双眸を見開いている。

 

今の今まで純粋な戦士タイプだと思っていたファーナムが、これほどの()()を放ったのだ。それも無理のない事だろう。

 

やがて最後の一体が力尽き、至る所を膨大な灰が埋め尽くした頃……その中心に立っていたファーナムは、彼女たちのいる場所へと向かって行った。

 

「その、まぁ、なんだ……」

 

呆然としたまま立ち尽くす四人を前にした甲冑の冒険者は、言い難そうにしながらも口を開き、

 

「……すまん」

 

と、一言。

 

そんな事を呟くのであった。

 

 

 

 

 

その後、ファーナムたちは別ルートからやって来たフィンたちと合流を果たした。彼らも彼らで道中に危険はあったものの、誰一人として欠ける事なくここまでやって来る事が出来たのだ。

 

合流して早々にラウルはレフィーヤに平謝りし、その姿にサポーターの団員たちは苦笑を浮かべる。アイズたちは消耗した武器を椿に研いでもらいつつ、携帯食を口にしつつ最低限の休憩(レスト)を挟んでいた。

 

「でねっ、すっごい魔法がばばばーって!びっくりしすぎて、あたし何も言えなかったもん!」

 

「うん。すごい、ね……」

 

手ごろな岩に腰かけながら、ファーナムが放った『ソウルの奔流』の凄さを語るティオナ。アイズは感情の乏しい表情を精一杯に動かしながら、楽しそうに話すアマゾネスの少女に相槌を打っている。

 

彼女の金の瞳がすっ、と動き、ファーナムを捉える。彼は団員の間では不評なはずの固く焼いたパンを齧りながら、武器を研ぐ椿と何やら話し合っている。恐らくは彼も武器の調整を頼んでいるのだろうが、その内容な何故か気になって仕方がない。

 

(ティオナが言っていた“すっごい魔法”……私も見たかった)

 

丸くなったとは言え、まだまだ戦闘狂(バトルジャンキー)の気が抜けていないアイズは、今度頼んで見せて貰おうと密かに決意する。いざとなれば以前にロキから教えられた『お願いポーズ』も辞さないと、心の中の小さなアイズはふんすと鼻息を荒くした。

 

そんな妙な気配を感じ取り、ファーナムは僅かに身震いしてしまう。

 

「む……」

 

「おお?どうしたお主、風邪でも引いたか?」

 

「いや、そうではないが……何か感じたような気がしてな」

 

「おかしな奴だ。まあいい、ほれ、武器を寄越せ」

 

アイズたちの武器を研ぎ終え、残すはファーナムのものだけとなった。彼は椿に最も消耗が激しかったクレイモアを渡すと、その作業を食い入るように見つめ始める。

 

「珍しいものでもあるまいに、何が気になる?」

 

「いや、今度俺もやってみようと思ってな。技術を盗んでいる」

 

「はっはっは!何を言い出すかと思えば!」

 

臆面もなく技術を盗むと言ってのけたファーナムに、椿は盛大に笑い声を上げた。そして出来るものならばやってみせろと、口の端を吊り上げる。

 

そこからは互いに無言のまま。他の者たちの会話する声と、刃を研ぐ音だけが木霊していた。

 

「いやぁ、それにしても良かった」

 

「? 何の事だ?」

 

「お主の事よ、ファーナム」

 

そろそろ研ぎ終わるという頃に、不意に椿が口を開いた。

 

彼女が語り始めたのはあの日の出来事。24階層での異常事態の後に再会した時の事だ。

 

「あの時のお主は、どこか思い詰めておるように見えての。手前も割と気にはなっていたのだが……うむ、どうやら大丈夫そうだな」

 

そう言い切ると同時に、クレイモアの整備もちょうど終わったようだ。新品のような輝きを取り戻した得物を受け取ったファーナムは、金床などの簡易的な鍛冶道具を片付け始めた椿に視線を落とす。

 

「その様子なら、もう()()()心配はないな」

 

「……ああ、そう在りたいものだ」

 

()()()、という的を射た表現を使った事に、ファーナムは僅かな間を置いて言葉を返す。そこに隠された真の意味を知る由もない椿はにやりと笑い、『未到達領域』へと足を踏み入れる準備に取り掛かった。

 

各々が最後の確認を終えつつある中、フィンは一人59階層へと通じる連絡路を睨みつけていた。右の親指に疼きを感じながらも、彼は険しい表情を崩そうとはしない。

 

「どうかしましたか、団長?」

 

そんな彼を心配したのか、ティオネが駆け寄ってくる。

 

己を慕うアマゾネスの少女の視線を感じつつ、フィンは視線を外さないまま口を開いた。

 

「59階層からは『氷河の領域』。かつての【ゼウス・ファミリア】が残した記録にはそう書かれていたね」

 

「はい。凍てつく冷気が身体の自由を奪うと……」

 

「なら何故、これほど近付いてもその冷気を感じない?」

 

「ッ!!」

 

今更ながらその異常に勘付いたティオネは、目を見開き驚愕を露にした。近くにいたリヴェリアやガレス、ベートもまた異変を感じ取り、弛緩した空気が一気に張り詰めてゆく。

 

ここから先には、何かがある。

 

待ち構えているのは『未到達領域』としての『未知』ではない。それ以上の()()だ。

 

口にするまでも無く全員が共有したその思い。それらを背に感じながら、フィンは団長としての仮面を被り直す。

 

「総員、準備は良いか」

 

はいっ、というラウルたちの声。

 

無言で力強い頷きを返すアイズたち。

 

意思を一つにした【ロキ・ファミリア】の冒険者たちは、ついに『未到達領域』、第59階層へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感じたのは肌を突き刺す冷気ではなく、汗がまとわりつくような蒸し暑さだった。

 

「これは……」

 

誰かの呟きが漏れる。呆けたようなその声を注意する者は誰もいない、フィンを含めた全員が、眼前に広がるこの光景に目を奪われていたからだ。

 

至る所に形成された緑の植物群。まるで密林の中にいるかのような状況に、一行は動きを止めてしまう。

 

「アイズさん、これって……!」

 

「うん、24階層の……」

 

密林の正体、それは彼女たちが身を以て知った緑肉に覆われた空間であった。広大な空間のほとんどを埋め尽くす規模に、サポーターたちは戦慄を隠し切れなかった。

 

そして、その奥から聞こえてくる奇怪な音。水っぽい、柔らかいものを咀嚼するような音に混じり、何か硬質なものを噛み砕く音が混じっている。

 

―――『アリア』、59階層に行け―――

 

―――ちょうど面白い事になっている―――

 

確実にロクなものではないと直感しても引き返すという選択肢はない。赤髪の怪人、レヴィスの言葉が脳裏に過ぎったアイズは我知らず、鞘に納められた愛剣を握り締めていた。

 

「……前進」

 

フィンの号令により一行は行動を開始する。鬱蒼と生い茂る密林地帯を、不気味な音のみを頼りに突き進んでゆく。

 

そこへ辿り着くのにそれほど時間はかからなかった。5分ほど歩き続けた彼らは開けた場所へと出て、その中心に鎮座するモンスター……『宝玉』に寄生され女体型へと変貌したタイタン・アルムを発見する。

 

周囲に群がる芋虫型から差し出される魔石を、その身体ごと摂取し続ける『死体の王花』。うず高く積まれた灰の山の数が、途方もない魔石を取り込んだ事を証明していた。

 

『強化種』という言葉が、全員の脳裏に過ぎる。

 

「これは不味いぞ……っ!」

 

「フィン、指示を!」

 

ガレスが呻き、リヴェリアから指示を求める言葉が上がる。

 

どのような窮地であっても切り抜けて来た小人(パルゥム)の勇者の言葉を待つ者は多く、どのような動きにも対応出来るよう腰を低く落として臨戦態勢へと移る。

 

しかし……。

 

「フィン……フィン?」

 

愛剣《デスペレート》を抜き放ったアイズ。しかし一向に出されない指示に、何があったのかと思い怪訝な顔をフィンへと向ける。

 

そして、その顔が驚愕に歪んだ。それは彼女以外も同様で、彼を見た全員が共有した感情であった。

 

今までどんな事があっても冷静だったフィンが、右の親指を押さえて冷や汗を流していたのだ。心なしか顔色も悪く、何らかの異常を察知している事は明白だ。

 

「皆、武器を構えろ。これはきっと……良くないものだ」

 

苦渋に満ちた表情でどうにか出した指示は、そんなものだった。いつもの彼らしからぬ曖昧な命令に、得も言われぬ不安感が一行の間に広がる。

 

「見りゃあ分かるっつの、ンな事!聞きてぇのはあの化け物の……!」

 

「違う」

 

そんな空気を払拭するように、ベートが罵倒じみた言葉を吐く。目の前にいる、今にも何か行動を起こしそうなモンスターへの具体的な対抗手段を聞き出そうとするも、その言葉をフィンが短く一蹴する。

 

「僕が言いたいのは、あれの事じゃない」

 

「あァ……?」

 

「これは、もっと別の……!」

 

フィンが言いかけた、その時。ついにモンスターに変化があった。

 

巨大な女体型の上半身が蠢き、肥大する。内部から女性の声らしきものが響き、それは高周波のように彼らの耳を(つんざ)いた。

 

『ァァ―――ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

破裂する異形の上半身。

 

肉の殻を裂いて現れたのは、天女と見紛うほどの整った女の上半身だった。肌の色、髪の色、纏った衣服らしきもの、その全てが緑色に染まっている。唯一金色に輝く双眸が、立ち尽くすアイズたちを見下ろしていた。

 

「これ、は……!?」

 

胸がざわつく感覚を覚えたアイズは、耳を塞ぐ事も忘れて愕然と立ち尽くす。

 

目の前にいる異様なモンスター。だって、その正体は……。

 

「『精霊』……!?」

 

『アァ……ァア!アリア、アリア!!』

 

たどたどしい言葉遣いで連呼する『精霊』……否、これはもはや本来の姿とはかけ離れている。ここにいる存在を正しく指すのであれば、その名はさしずめ『穢れた精霊』であろう。

 

『穢れた精霊』はアイズを視界に収めるや否や、恍惚に染まった顔で子供のように笑い始める。

 

『会イタカッタ、会イタカッタッ!』

 

感情を爆発させるその姿に、アイズは鋭く敵を睨みつける。ガレスとリヴェリアは、彼女の事情を知っているが故に緊迫した表情を作り、ベートたちはとにかく戦闘態勢を取る。

 

そんな中であって、この状況にあっても動じない者が二人いた―――否、正確に言えば、それは()()だろうか。

 

「……ッ」

 

一人は言わずもがな、フィン。彼はやはり親指を押さえたまま『穢れた精霊』へと視線を向けていたが、その意識は別の所へと割かれていた。

 

そしてもう一人、それはファーナムである。

 

今の今まで黙っていた彼は、59階層(この場所)に来てからずっとある思いを抱いていた。それはアイズたちに言っても分からない、ファーナムにしか分からない違和感。

 

不死人たる者であればどんな愚者であっても感じ取る事の出来るソウルの気配。ここへ来てからというもの、その気配はどんどん強くなっていたのだ。確実に何かある、そう思えて仕方がなかった。

 

今になって思えば無理にでも引き返させるべきだったのかも知れない。しかしそれも後の祭り、この状況ではそんな事は叶わない。

 

『貴女モ、一緒ニ成リマショウ!?』

 

『穢れた精霊』はそんな二人の事など眼中にない。その意識は金髪金眼の少女、アイズただ一人へと向けられている。

 

両手を大きく広げ、迎え入れるように、包み込むように。

 

捕食器のような腕で、捕まえるように、取り込むように。

 

満面の笑みで、高らかに喜びの声を上げる。

 

『貴女ヲ、食ベサセ―――――!』

 

 

 

 

 

そんな時だった。

 

 

 

 

 

音を置き去りにして放たれた()()()()が、『穢れた精霊』の腰部を貫いたのは。

 

 

 

 

 

「!?」

 

『アッ―――?』

 

分断される上半身と下半身。地面へと落下した『穢れた精霊』は、何が起こったのか分からないと言った風に、金の双眸をぱちりと瞬きさせる。

 

アイズたちもまた時を止めていた。突如として放たれた巨大な矢、それはアイズたちがいる場所とは正反対の方向から放たれたものであった。一見すると槍にしか見えないそれを矢であると判断できたのは、以前にも一度見た事があるからだ。

 

自分たちのすぐ目の前に突き刺さったその矢に、思わずティオナの口から呟きが漏れる。

 

「これって、ファーナムのと同じ……!?」

 

その声がやけに大きく響いて聞こえる。兜の奥で表情を固くしたファーナムの視線は、その矢―――『竜狩りの大矢』が放たれた方向へと向けられた。

 

『ァァ、アァア!?』

 

一方の『穢れた精霊』は、遅れてやって来た激痛に咆哮を上げていた。力なく崩れ落ちる下半身などには目もくれず、断面より溢れ出る赤紫色の血液を止めようと必死にもがいている。

 

『嫌ッ、嫌ァ!?』

 

死を悟ったのだろう。即死はせずとも、ここまで激しい損壊を受ければ回復だけにしか専念できない。そうすれば無抵抗の彼女は、アイズたちから袋叩きにされてお終いだ。

 

蛹より羽化した蝶は、誕生と同時に地に落とされた。何者による攻撃かも分らぬまま、目の前のアイズに一度も触れる事も出来ぬままに。

 

『……ッ【火ヨ、来タレ】!』

 

「なっ……!?」

 

「モンスターが、詠唱!?」

 

最後の抵抗とばかりに詠唱を口ずさむ『穢れた精霊』。前代未聞の攻撃手段にベートすらも言葉をなくし、ティオネは幾度目になるかも分からない驚愕を味わう。

 

『【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ紅蓮ノ壁ヨ業火ノ咆哮ヨ突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海―――】!!』

 

人類の限界を超えた速度で紡がれるそれに魔導士たるリヴェリアは目を見張り、一拍遅れて防御魔法を展開させようとする。しかし相手の詠唱速度は彼女のそれを完全に上回っており、その美貌が焦燥に歪んだ。

 

『穢れた精霊』は醜く微笑む。どうせ死ぬのならば、せめて一人でも多く道連れに。かつての誇りと気高さは既になく、どこまでも悍ましいモンスターとしての顔が、その整った顔に張り付いている。

 

『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)―――】!!』 

 

「【大いなる森光の障壁となって我等を守れ―――我が名はアールヴ】!」

 

「お主ら、リヴェリアの後ろへ下がれ!!」

 

圧倒的な速さで『超長文詠唱』を終わらせつつある『穢れた精霊』。同時にリヴェリアの詠唱も終わり、ガレスは全員に防御魔法の後ろへ来るように声を荒らげた。

 

「ちょっと、ファーナム!?」

 

「団長!?」

 

それでも二人は動かない。両足は根を生やしたかの如く、その場から離れようとはしなかった。

 

アマゾネスの姉妹の声を耳にしながら、ファーナムはちらりと隣に立つフィンを見やる。その横顔は未だ優れないものの、目の前にいる敵以上の()()を感じ取っているようだった。

 

詠唱を終えた『穢れた精霊』が、最後の言葉を口にしようとする。

 

未だ避難すらしていないフィンとファーナムを無理にでも下がらせようと、剛力を誇るガレスが体躯に見合わぬ速度で二人へと接近する。

 

ここはリヴェリアの防御魔法の効果範囲外。時間の猶予などなく、飛び出したガレス共々、三人への被弾は必至だった。

 

目を剥くアイズたち、焦燥に支配されるガレス、なおも前方を睨み続けるフィンに、同じく隣で立ったままのファーナム。そんな冒険者たちを前に、『穢れた精霊』は特大の魔法を展開させる―――――!

 

『【ファイアース

 

 

 

 

 

「黙れ」

 

 

 

 

 

が、唐突に。

 

最後の言葉は遮られた。

 

それは重厚かつ長大な、特大の大剣だった。突如として現れた鉛色の切っ先は『穢れた精霊』の延髄を分断、そのまま口腔を内から突き破って地面へと縫い付ける。

 

『ゲッ―――――?』

 

その動揺は、果たして誰のものだったのだろうか。

 

潰された蛙のような声を上げた『穢れた精霊』などには目もくれず、この場にいる全員の視線が()()()()へと注がれる。

 

まるで霧が晴れるようにして現れたのは、鎧に身を包んだ人物だった。肩や肘など要所を金属のプレートで覆い、サーコートまで取り付けられている。黒ずんではいるものの、元は綺麗な青色であった事が窺える。

 

頭部はラキア王国の騎兵が身に着けているような兜に覆われており、素顔を見る事は出来ないが、全体的な風貌はまさしく騎士。ファーナムとはまた違った甲冑姿の人物であった。

 

『ェア゛……ア゛ギ、ァ』

 

うなじから貫かれているにも関わらず、『穢れた精霊』はなおもアイズを狙っていた。怨嗟とも恋慕ともつかないその異様な執着心に、アイズはぞっとしたものを覚える。

 

しかし、それもすぐに終わった。

 

突如として現れた謎の甲冑姿の人物。彼が腰の鞘より引き抜いた直剣が、『穢れた精霊』の頭を貫いたのだ。

 

『ア゛ッ』

 

短い呻きを残して消えゆく『穢れた精霊』。その身体は灰へと還るのではなく、何故か泥のように崩れ落ちてしまった。粘性のある泥のような何かへと変貌した緑色の身体。内部の魔石にまでそれは影響し、やはり泥のように溶けて形を失う。

 

引き抜くまでもなく露わとなった直剣の刀身。それは朽ちた身体と同じく、粘性のある泥のようなものに覆われていた。

 

「汚らわしい神の尖兵め。成れ果ててなお醜悪とはな」

 

直剣を再び鞘へと納めながら、甲冑姿の人物は小さく毒づく。その姿に、ファーナムの目は釘付けにされていた。

 

(こいつは……!?)

 

一体何なんだ、などという馬鹿げた事は口にしない。これほどの威圧感と存在感を放つ者がオラリオに住まう者であるはずがない。

 

何より、その身に纏う気配。ファーナムよりも()()()膨大な量のソウルを獲得してきた者に相応しい、歴戦の強者の風格があった。59階層へと足を踏み入れた時から感じていた強いソウルの気配は、きっとこの人物によるものだろう。

 

同時に、分からない事がある。

 

(あの『穢れた精霊』のソウルは、どこに……)

 

モンスターを倒せば少ないなりにも手に入ったソウル。個体差に関わらず得られるソウルの量に大した差はなく、故にファーナムの頭を悩ませていた疑問でもある。

 

しかし今回、そもそもソウルの気配が感じられないのである。倒され、灰となった死骸から放出されるはずのソウルはなく、残ったのは泥のような何かだけ。その泥に、ファーナムは言いようのない不安感を覚えてしまった。

 

やがて鞘に直剣を収めた甲冑姿の人物は、ゆるりとした動きでファーナムたちを視界に収めた。

 

「………っ!」

 

表情の窺えないフルフェイスの兜。その奥からはっきりと感じられる視線を浴びた一行は、自身の身体が硬直するのが分かってしまう。

 

「……君は、一体誰なんだい?」

 

ごくりと生唾を飲み込み、フィンが代表して質問を投げかけた。

 

警鐘を鳴らし続ける親指の疼きを努めて無視し、目の前の人物と自身が想定している事態との関連性を、必死に探ろうとする。

 

 

 

「―――私は『闇の王』」

 

 

 

静かに語られたその言葉。

 

 

 

「この世界に蔓延る神々を殺す者だ」

 

 

 

それは間違いなく、オラリオにとって―――否、世界にとっての危機の幕開けだった。

 

 




話は変わりますが、先日コードヴェインを買いました。戦闘はダクソに慣れていた分苦戦しましたが、バディが居ればどうにかなるという親切設定に助けられました(笑)。

そしてやはりキャラメイク。肌の色やら目の形やら髪型やらバリエーション豊富すぎて、本当に世界に一つだけのアバターが作れそう。そしてアクセサリを使えば見せブラやらR18指定の衣装も作れるという。ヒントは雫型とハート型のアクセサリ、あとは缶バッヂです。

早くアノールロンドに行きたい(アノールロンドではない)。

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