不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ
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前回の質問にお答え下さった読者の皆様、ありがとうございました。

意見の結果を踏まえ、エストは回数制に変更しようと思います。

今後もあれ?と思ったことがあれば、どうかお教え下さい。


第四話 防衛戦

「アイズたちを集めろ。全速力でキャンプに戻る」

フィンのその声はティオネを通じてアイズたちに伝わり、現在彼らは第五十階層から第五十一階層へと続く、崖の様な険しい坂を駆け上がっていた。

冒険者依頼(クエスト)の品であるカドモスの泉水を手に入れるべく、アイズたちは目的の物がある場所まで向かった。泉水を番人の様に守っている強大なモンスター、カドモスとの戦闘は避けられないと予測していたアイズたちは、覚悟を決めてその場所へと足を踏み入れた。

しかしそこにあったのは巨大な灰の山と、その灰の中に埋もれるドロップアイテム『カドモスの皮膜』だった。

全く予想していなかった光景に唖然とするも、目的の物を回収して早々にその場を立ち去った四人、そこに突如聞こえてきたラウルの苦悶を孕んだ絶叫。それを頼りにアイズたちは、多くの芋虫型のモンスターの軍勢を引き連れたまま、逃走するフィンたちと合流を果たす。

腐食液を吐き出す芋虫の軍勢とその他のモンスターたちに苦しめられながらも、アイズたちはなんとか敵の掃討を終えた。一安心する一行だったが、フィンは芋虫のやってきた方向から推測し、キャンプも同様に襲われているのではないかと考えた。

そういった経緯を経て、アイズたちは他の団員たちが待つ第五十階層のキャンプへと戻ってきた。

「そんな、キャンプがっ!?」

巨大な一枚岩の上に構えられたキャンプ。その一枚岩の側面に張り付く無数の芋虫とキャンプから立ち上る黒煙を目にし、思わずティオナの口から驚愕の声が零れた。

「フィン……!」

「あれは……!」

アイズの呟きにフィンが反応する。目を見開いた彼女の視線はキャンプを正面から見て右側の、ダンジョンの天井にあたる部分に釘づけにされていた。そこには一枚岩に張り付いている芋虫と同型のモンスターの群れがおり、その口を大きく開き、今にもキャンプの上空から腐食液の雨を降らせようとしている。

「おいっ、やべぇぞ!?」

ラウルを担いだ状態のベートは声を荒げる。キャンプには下級団員も多くいる、リヴェリアやガレスはともかく、他の団員があんなものを食らえばひとたまりも無い。フィンは間に合うかは分からないが天井に張り付いている芋虫たちを排除すべく、レフィーヤの魔法で欠片も残さずに一掃するよう指示を飛ばそうとする。

「レフィーヤ、魔法を……!!」

その時であった。

天井に群がる芋虫の集団。その群れのど真ん中に向かって、一本の槍らしき物がキャンプから放たれた。残像を残すその速度にアイズたちが何事かと目を向ける中、それは天井へと突き刺さる。

ガッッ!!!という破砕音と共にそれは数匹の芋虫を巻き込みながら天井に深く食い込み、そこを起点に天井に無数の亀裂が生まれる。

「ファーナムッ、キャンプの端まで走れぇ!!!」

キャンプから発せられたガレスの怒号はアイズたちの耳にまで届いた。その直後、生じた亀裂によって天井は崩壊し、それに巻き込まれる形で芋虫たちごと落下する。

瓦礫と芋虫たちがキャンプを構える地面に衝突し土煙が上がる。更には落下の衝撃で芋虫たちが潰死、それによる腐食液を浴びた瓦礫からも煙が上がり一面の視界を白く遮る。

「一体、何が……!?」

驚愕する一行の心中を代弁するようにアイズが呻く。そんなアイズの胸の内には、あの甲冑に身を包んだ男の姿が浮かんでいた。





アイズたちが第五十一階層で芋虫たちと交戦している時、キャンプに残った団員たちもまた芋虫の軍勢と戦っていた。

突如としてキャンプを襲った腐食液を放つ未知のモンスターたちの奇襲により最初は浮足立ったロキ・ファミリアの団員たち、しかしそこは歴戦のファミリア。リヴェリアの指揮の元、団員たちは芋虫たちの侵攻を食い止める。

しかし芋虫の吐き出す腐食液により盾は溶かされ、突き立てた剣や槍は芋虫の体液によって同様に溶かされる。武器破壊の特性を持つ芋虫との戦闘は一進一退で、団員たちはこれ以上の芋虫たちの侵攻を防ぐ事で精一杯だった。

キャンプの崖際で弓を用いて芋虫の侵攻を食い止める団員たちがいる一方で、すでにキャンプ内に侵入している芋虫たちを排除する団員たちもいた。彼らは崖際を防衛している者たちに被害が行かぬ様に身を挺して戦い、あちこちから団員たちの雄叫びが聞こえてくる。

その戦闘の真っ只中に、ファーナムもいた。

高い技量を要求される『狩人の黒弓』を構え、周囲にいる芋虫たちに警戒しながらも、ファーナムは先程助けた女の団員にも気を配る。

現在、彼女の手元には武器が無い。周囲を敵に囲まれている中、彼女を守りながら戦闘を続けるのは難しい。そもそも誰かを守りながらの戦闘に、ファーナムは慣れていない。ならば一刻も早く彼女の仲間と合流させるのが得策か。

ファーナムは一度周囲を見渡し、自身の背後に隠れる女の団員に声を掛ける。

「おい、お前」

「は、はい!?」

「走れるか?」

「え?」

ファーナムの問いかけに、女の団員の顔には困惑の色が浮かんだ。少し言葉が足らなかったかと思いながら、ファーナムは自分の考えを彼女に伝える。

「俺が周りの芋虫どもを弓で狙撃して道を開く。幸いこいつ等の耐久力は低いらしい、少なくとも怯みはするだろう。お前はその隙に仲間の元へ走れ。分かったな?」

その提案を聞き、一瞬不安そうな顔をする女の団員。しかしファーナムの自信を感じさせる力強い言葉に勇気付けられたのか、眉を引き締め、その提案に乗った。

「分かりましたっ!」

「よし、では……行けっ!」

ファーナムは前方で道を塞いでいた芋虫の列に向かって弓を射る。頭に矢が突き刺さった一体の芋虫はその巨体をのけ反らせ、それにより生じた僅かな隙間を女の団員は縫うように駆け抜ける。

突き進む彼女の前に新たな芋虫が立ちはだかるが、ファーナムはこれを彼女の後方から弓で援護する。放たれた二本の矢は彼女の目の前にいた二体の芋虫に突き刺さり、一体はのたうち回り、もう一体は魔石を砕かれたのか瞬時に灰に変わった。

「ありが……っ!?後ろっ!!」

未だ原型を保ったままの芋虫の背に手を付いて飛び越えた彼女はファーナムへ礼を言おうと口を開いたが、それは途中で警告へと変わる。彼女の言葉にファーナムが後ろを振り向けば、そこには大口を開けている芋虫の姿が。

「!」

『ギュギィっ!?』

今にも腐食液を吐き出そうとしていた芋虫の顔面を、ファーナムは咄嗟に殴り飛ばす。

その常人とはかけ離れた膂力で放たれたその拳を受け、芋虫は顔面をひしゃげさせながら大きくぐらつく。その隙を見逃さずにファーナムはその場から飛びのき、止めとばかりに魔力壺を投げつけた。

魔力壺が炸裂し、芋虫の体が破裂する。飛び散る腐食液を躱しつつ、ファーナムは女の団員の方を見る。どうやら他の団員と合流できたようで、その手に新たな盾と槍を構えている。

「合流したか」

一安心したファーナムはここで改めて周囲を見渡す。戦闘を始めた時と比べると芋虫の数はだいぶ減っていたものの、それでもまだ多く残っている。

遠くではリヴェリアが弓を持つ団員たちを指揮して芋虫の侵攻を阻止しており、ガレスは本来の得物ではない二本の槍を両手に、キャンプに侵入した芋虫たちを屠っている。一匹につき一本の槍を代償にする戦法だが、他の団員から次々に投げ渡される槍がそのデメリットをカバーしている。

「随分と豪勢な戦い方だ。俺にはとても真似できん」

そう独り言を零したファーナムは腰の矢筒から新たな矢を取り出す。先端に炭松脂を染みこませた火矢を番え、手近にいた芋虫に狙いを付けて弓を放った。

『ギイィイイイイッ!?』

火矢が芋虫の体に突き刺さると同時に、その体は炎に包まれた。芋虫は断末魔の叫びを上げながらのたうち回り、やがて黒く炭化し動かなくなった。焼死した芋虫の死骸は灰に変わり、極彩色の魔石がその中に埋もれる。

「ふむ……。炎は有効か」

襲い来る芋虫たちを弓で攻撃し、時には素手で捌きながらも、ファーナムは炎攻撃が有効である事に気が付く。通常の矢では確実に仕留める事はできなかったが、火矢ならば命中しさえすれば後は勝手に焼け死んでくれる。

呪術による攻撃も考えたが、使用回数と篝火があるかも分からない状況に、ファーナムはこのまま火矢による戦闘を行うことにした。そもそもこの戦況で呪術を使ってしまえば、他の団員にも被害が及ぶ可能性もある。

(他人の心配をするとは……らしくもない)

弓を引き絞りつつ、ファーナムはそんな事を考えていた。

来る日も来る日も戦い、死に続けたかつての日々。出会った者たちも多くいたが、その大半は亡者になったか、あるいはその寸前まで心が摩耗してしまった。

あの地図書きの男、石売りの女、そして呪いに体と心を蝕まれ、それに怯えながらも懸命に抗おうとしていた彼女……。

ファーナム自身もその例に漏れず、過酷な不死人としての旅路の果てに心が死んでゆくのが分かった。亡者にならなかったのは不死の呪いを解くという希望があったのと、後は単純に運が良かったためだろう。

不死人となった当初は持っていた人間らしい感情も徐々に失われていった。空腹も、喉の渇きも、劣情も、睡眠欲さえも無くなり……気が付けば、ひたすらに歩み続けていた。

立ち塞がる者がいれば切り伏せ、貫き、叩き潰した。返り討ちにあった事も数え切れない程多く、しかし生き返る度に殺し返してやった。

いつしかファーナムの頭から仲間という考えは消え、白霊はただ共闘するだけの存在となった。中には律儀に礼をする者もいたが、ファーナムは全くと言って良い程取り合わなかった。大切なのは自分だけなのだから。

そんなファーナムが、現在、名も知らない者たちの心配をしている。

女の団員のあの泣き顔を目にしたファーナムの体は、無意識の内に動いていた。そんな女など放っておけ、という自分の声が頭の中で響きながらも、ファーナムは彼女を助ける行動をとった。

(今さらこんな真似をして……随分と人間らしいじゃないか、俺は)

次々と芋虫たちを火だるまにしながら、ファーナムは自分自身を皮肉る。そんな彼の脳裏に、不意に一人の女の顔とある言葉が蘇る。

『私がまだ、正気でいられるのは、お前のおかげだからな……』

あの時、俺はなんと言ったか。ただの共闘相手としか見ていなかった俺に、彼女はなぜあんな事を言ったのか。

脳裏にひしめく疑問を振り払うように、ファーナムは目の前の戦闘に没頭した。そのうちに疑問は頭から離れ、忘却の彼方へと消えていった。





「リヴェリア!キャンプ内のモンスター共は粗方片付いたぞ!」

「分かった!私はこのまま指揮を執る、ガレス、お前も防衛に回れ!」

「おうっ!誰か儂の戦斧を持ってきてくれ!」

「わ、分かりましたっ!」

キャンプ内に残っていた芋虫を粗方片付けたガレスが、キャンプ地の右側、そこの崖際で指揮を執るリヴェリアの元まで駆け寄る。リヴェリアの判断の元、運ばれてきた本来の得物である戦斧に持ち替えて崖際の防衛陣に加わろうとしたガレスは、ここである光景を目撃する。

「あやつ……!」

怪訝そうな顔をするガレスに釣られる形で、リヴェリアもその視線の先を辿る。

そこには戦うファーナムの姿があった。

弓を手に、鎧を着ている事を感じさせない動きで襲い来る芋虫たちの攻撃を躱すファーナム。正面から飛んでくる腐食液を横に跳躍して回避し、同時に矢を放つ。

命中した芋虫は悲鳴と共に炎に包まれ、近くにいた同胞を巻き込み息絶える。黒く炭化したそれは灰に変わり、ファーナムと芋虫たちによって踏み荒らされてゆく。

芋虫たちが次々に火だるまになって絶命してゆくその光景に、リヴェリアとガレスは息を飲む。明らかに他の団員たちとは一線を画したその動きは、流石アイズたち四人を相手取っただけの事はある。ファーナムの周囲にいた芋虫たちはみるみるうちにその数を減らしてゆき、ついに最後の一体が倒れた。

「これで最後か……む」

灰と変わった芋虫の死骸を踏みながら、ファーナムはリヴェリアとガレスのいる方向に向かって歩いてゆく。二人と多くの団員たちの困惑に満ちた視線を受けながら、ファーナムは二人の元にたどり着く。

「おぬし、何故……」

「戦って、いたのか?」

戸惑いながら問いかける二人に、ファーナムは視線を彷徨わせる。しばしの間を置き、ファーナムは兜の奥でその口を開いた。

「そうだな……まぁ、突然襲い掛かった事に対する謝罪、だとでも思ってくれ。それよりも今はこの芋虫共の侵攻を食い止めるのが先決、違うか?」

「ぬう……」

その回答にガレスの口から呻きが漏れる、ファーナムの言葉を図りかねているのか、リヴェリアは怪訝そうな顔をしている。

誤解を解くのにはまだ早かったか、と悟ったファーナムはその場を離れて防衛陣に加わろうとする。しかしその時、リヴェリアとガレスの元に一人の団員が駆け寄って来た。

「ガレスさん、リヴェリアさん!」

「お前は……」

駆け寄って来たその団員にリヴェリアが反応し、ファーナムもその姿を視界に収める。やって来たのはファーナムが助けたあの女の団員で、手にしていた武器を弓に持ち替えている。恐らくは彼女も防衛陣に加わろうという事らしい。

「大丈夫ですっ!この人はさっき私を助けてくれた人なんですっ!」

「何?」

その言葉に思わずリヴェリアは聞き返す。ガレスも彼女のいる方を振り向き、より詳しい事情の説明を促す。

「こやつがあのモンスターからお前を守った、そう言う事か?」

「は、はい!この人がどんな人なのかは分かりませんが、でも絶対に悪い人なんかじゃないです!」

「ふむ……」

ガレスは神妙な顔で頷く。彼女の必死の訴えが通じたのか、隣にいるリヴェリアに自身の考えを述べる。

「儂はひとまず信用しても良いと思う。逃げる事も出来たあの状態から、わざわざ儂らに加勢してくれたのじゃ。恐らく裏はないじゃろう」

「ガレス……。分かった、まだ確証は持てないが、彼を信じてみよう」

そう言ってリヴェリアはファーナムに向き直る。会話の行方を見守っていたファーナムに向け、リヴェリアはその口を開いた

「団員を守ってくれた事、感謝する。また先程の非礼、どうか許して欲しい。今は状況が状況ゆえに簡潔に済ませるが、正式な感謝と謝罪は必ず……」

「いや、良い。それよりも俺は何をすれば良い?指示をくれた方が俺も動きやすい」

頭を下げながら、謝意と謝罪の言葉を述べるリヴェリア。その言葉を遮る形でファーナムは彼女の指示を仰ぐ。リヴェリアは済まない、と一言だけ前置き、ファーナムに指示を出す。

「現在、我々は崖際でモンスターたちの侵攻を防いでいる。お前はあの防衛陣に加わってくれ。奴らは崖を登ってきているが、所詮は芋虫の体だ。命中すれば通常の矢でも地面に叩き落とすには十分だろう」

「了解した」

リヴェリアの指示を受け、ファーナムは崖際へと向かう。新たな矢を手に取って弓に番え、いざ防衛陣に加わろうとした、その時。

ゾワリ。

ファーナムは背骨に氷柱を突き立てられたような、そんな何とも言えぬ感覚を覚えた。

バッ!とファーナムは天井を見上げる。そこには何と、あの芋虫の群れが蠢いていた。キャンプ内にいた集団と比べればまだ数は少ないが、それでも数十匹はいるだろう。

あんな数の芋虫共が一斉に腐食液を吐き出したらどうなるか、ファーナムは兜の中でたらりと汗が伝うのを感じた。ガレスとリヴェリア、その他の団員もその存在に気が付いたようで、皆一様に目を見開いている。

「くっ!」

「止めいっ、そんなもので射ったところで間に合わんっ!!」

一人の団員が天井に向けて弓を構えた。しかしガレスの口から制止の声が飛び、その行動を中止させる。

「リヴェリア、魔法での一掃は可能か!?」

「無理だ、まだ精神力(マインド)が完全に回復していない!」

飛び交う二人の声、慌てふためく団員たち。戦闘を開始してから最大の窮地に陥ったその状況で、ファーナムは目を閉じ、静かに思考を巡らせる。

(天井の芋虫共を始末する上で、腐食液を出さずに済ませる事は難しい。大火力の一撃で一掃できれば話は別だが、生憎と今は記憶していない)

ファーナムは現在記憶している呪術を思いだし、小さく舌打ちする。そうしている内にも芋虫たちは腐食液を一斉に発射すべく、次々にその口を大きく開いている。

(……時間が無い、か)

ファーナムはガレスとリヴェリアのいる方向を見る。二人はひとまず団員たちを腐食液の当たらない場所まで移動するように指示を出しているようで、これは好都合だと思いながら口を開く。

「リヴェリア、と言ったか。そのまま他の者たちを反対側まで移動させろ」

「何を馬鹿な事を言っている!早くお前も……!」

ガレスと共に移動の指示を出していたリヴェリアは、まるでその場に残るとも聞こえるようなファーナムの言葉を当然許さなかった。腕を引っ掴んででも移動させようとしたリヴェリアだったが、その光景に思わず動きを止めた。

「なっ……!?」

「ほとんどの者の移動は済んだっ!おぬしらも早く……!?」

ガレスの怒鳴り声がリヴェリアの耳を打つ。しかし彼女の耳にはその言葉は入って来ず、目の前の光景に釘づけにされていた。ガレスは何事かとファーナムの方を向き……そして、それを見た。

ファーナムの手に握られていた狩人の黒弓は淡い光の粒子となって虚空に消え、代わりに別のものが形作られてゆく。

大柄なファーナムの背丈よりも巨大なそれは、一見しただけでは何なのか、二人には分からなかった。形自体は良く馴染みのあるものなのだが、その常識離れしたサイズが二人の認識するまでの時間を僅かに狂わせる。気付けば反対側の手に握られているのは、これまた常識離れした代物。

身の丈以上のサイズを誇る弓と、槍と見紛う程の巨大な矢……『竜狩りの大弓』と『破壊の大矢』を手にしたファーナムはその巨大な矢を番えながら、背後にいるリヴェリアとガレスに振り向かないまま言葉を投げ掛ける。

「今から少しばかり地形が変わるぞ。他の者たちを連れて、早く反対側まで離れろ」

そう言ってその巨大な弓矢の照準を天井に向けるファーナム。通常は安定性を確保すべく、下部に取り付けられているアンカーを地面に突き刺して使用するそれを、何の支えも無く筋力だけで安定させる。

ファーナムのやろうとしている事を察した二人は目の色を変える。まだ僅かに残っている団員たちに向け、二人は走り出しながら怒鳴るように指示を飛ばす。

「早く向こう側まで走れっ!!」

「モタモタするでないっ!!」

背後から聞こえてくる足音と気配が遠のいてゆくのを確認し、ファーナムは矢を番えている腕に更に力を込める。ギチギチギチッ、と壊れるのではないかという軋みを上げるまで十分に引き絞り、矢を握る手を躊躇いなく離す。

バリスタによる射出を彷彿とさせる勢いで飛んでいった破壊の大矢は一瞬で芋虫たちが蠢く天井まで到達し、その群れのど真ん中に突き刺さった。

ガッッ!!!と天井に食い込み、その全長の半分以上を埋没させる大矢。そこを起点に無数のヒビが天井に生じ、それは芋虫たちが張り付いていた場所までにも広がってゆく。

「ファーナムッ、キャンプの端まで走れぇ!!!」

砕かれた岩の天井は重力に従い、そのままファーナムの真上に降り注ぐ。ガレスの怒鳴り声から察するに、他の団員たちは安全圏まで避難出来たのだろうと判断したファーナムは竜狩りの大弓をその手から消し、別の物を出現させる。

巨岩を掘り出して作られ、大量の鎖が巻き付いた超重量の盾『ハベルの大盾』を両手で持ったファーナムはその場で片膝を付き、天高くハベルの大盾を構える。直後、腐食液と瓦礫の濁流が、ファーナムの全身に怒涛の衝撃を与える。

「ぐううぅぅぅううううううううううううううううっ!!?」

盾を通して伝わる瓦礫の落下の衝撃に、ファーナムの食いしばった歯の隙間から苦悶の声が漏れる。一つ一つが大人の背丈ほどもある瓦礫が盾に衝突する度に視界は揺れ、その衝撃は容赦なくファーナムの全身を叩く。

やがて両腕の骨が折れるのを感じた。左右の上腕骨に加え左の尺骨、膝を付いた方の足は大腿骨が折れたか。残ったもう片方の足もどこかおかしく感じる。

瓦礫と共に降り注ぐ芋虫の残骸から漏れた腐食液が飛び散り、ファーナムの体をじわじわ溶かす。正面から浴びていないだけまだマシだが、飛び散った場所からは肉が焼けるような異臭を感じる。

体を支える背骨はミシミシと嫌な音を立て、一瞬でも気を抜けばあっという間に潰されてしまうだろう。ファーナムは自分自身の歯を割り砕かんばかりに食い縛り、全身の筋肉を隆起させる。

折れた骨の役割を補って有り余るほどの力を全身に込め、ファーナムは瓦礫の濁流を渾身の力と精神力で耐え抜く。

「ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」





時間にしてほんの十数秒、しかし体感時間では何倍にも引き伸ばされたような感覚を味わったファーナムはハベルの大盾で瓦礫を押し退け、崩落が止んだその場所からなんとか起き上がる。

「ハァ……ハァ……っぐ、ぅ」

よろよろと立ち上がったファーナムはハベルの大盾を地面に投げ捨てる。光の粒子となって消えてゆくそれを眺めながら、輝雫石を取り出して握り潰す。続けざまに更に三個握り潰し、折れた骨と溶けた肉が修復されてゆくのを感じる。

「くそっ……やはり無茶は……するものでは無いな……」

血の混じった唾を飲み込みながら、ファーナムは肩で息をする。現在進行形で傷は修復されているとは言っても、失われたスタミナは回復に時間がかかる。ファーナムは飛び散った腐食液を踏まないよう、慎重に歩き出そうとして―――――。

『ギィイイイイイイイイッ!!』

「!?」

その時、瓦礫を押し退け一匹の芋虫が飛び出してきた。落下の衝撃で体を半分潰された痛みに暴れる芋虫は半狂乱になりながら、ファーナムをその大顎で噛み付こうと向かってくる。

ファーナムは芋虫の動きに素早く反応し、腰から投げナイフを取り出そうと手を伸ばした。ファーナムと芋虫との距離はおよそ5M、十分に迎撃できる範疇だ。

今にもナイフを投げつけようとしていたファーナムだったが、その対象である芋虫の体が、突如として切り裂かれた。悲鳴すら上げられずに細切れとなった芋虫の死骸は瓦礫の上に落ち、腐食液を撒き散らす。

「貴方は……!」

ファーナムはその声のする方に顔を向ける。そこには風を纏ったアイズが、デスペレートを振り抜いた格好で佇んでいた。

驚いたような顔をするアイズに、ファーナムもまた驚いたような声を出す。テントにいた時にリヴェリアから聞いた目の前の少女の二つ名が、ファーナムの口から発せられる。

「剣姫……!」




今更ながらですが、多くのUA、お気に入り登録、ご感想、まことにありがとうございます。

今後もこれを励みに投稿を続けていきたいと思います。改めて、よろしくお願いいたします。






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