不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

38 / 74
第三十八話 誓いを胸に

フィンが号令を発した後、アイズたち先鋒隊はダンジョンへと潜っていった。

 

これほど大人数の『遠征』の場合、まずは最初に入った部隊が通路上のモンスターを一掃し、続く後続部隊が安全に進めるルートを確保するのが定石である。その例に漏れずに彼らも同じ方法を取っている。

 

先鋒隊がその道中で()()()()()に直面する場面があったものの、全体の流れとしてはほぼ滞りなく進める事が出来た。参加メンバーの誰もが大した怪我を負う事もなく、ここまで付いて来ている。

 

そうして『遠征』開始から六日後……【ロキ・ファミリア】と椿率いる鍛冶師(スミス)たちは、第50階層に到達していた。

 

 

 

 

 

モンスターの生まれない貴重な安全階層(セーフティポイント)である第50階層。二派閥から成る部隊はダンジョンでの数少ない楽しみである食事に舌鼓を打ちながら、許された楽しいひと時を甘受していた。

 

地上から持ち込んだ食糧、ダンジョンで採れる肉果実(ミルーツ)雲菓子(ハニークラウド)といった珍味が下位団員たちによって調理され、各々の器に盛られてゆく。まるで宴会のような温かな雰囲気の中で食べる食事の美味さに、改めてファーナムは驚かされる。

 

(本当に、彼らは強い)

 

仲間と共に笑い合って食事をとるその姿に、素直にそう思う。

 

こんな地の底であっても普段と変わらぬ調子でいられる精神力。それは冒険者という生き方を歩む者にとって非常に重要なものに違いない。こんな太陽の光すら届かぬ場所で生き抜く為には、絶えず希望を抱き続ける必要があるからだ。

 

(俺は、絶望しか抱けなかったからな……)

 

希望を胸に生還を誓う者と、絶望に蝕まれ死体のように生き続ける者。それがかつてファーナムが抱いていた、周囲の者たちと自身との違いであった。

 

しかし今は違う。少なくとも、抱いているのは絶望だけではない。

 

再び地上の、太陽の光をこの目で見る。全員で。

 

そんな些細な、それでいて心の拠り所足る願いを密かに胸に抱きつつ、ファーナムは再び食事へと戻るのだった。

 

「それじゃあ、最後の打ち合わせを始めよう」

 

腹も膨れ、全員の身体に活力が戻った頃、フィンがそう言った。小人族(パルゥム)の団長の言葉に団員たちは私語を慎み、一言でも聞き逃すまいと耳を傾ける。

 

「明日はいよいよ未到達領域、第59階層への進攻(アタック)の日だ。何が起こるのか分からない、未知の階層だ。それに伴い、こちらで選抜した者たちだけで一隊(パーティ)を編成する」

 

彼の口から第59階層へと行く者たちの名前が呼ばれてゆく。フィンを含めた首脳陣三名、そしてアイズたち若き幹部勢四名に加え、次いでファーナムの名が呼ばれる。

 

反論や不満の声はない。それは彼の人となりが、これまでで幾度も証明されているからに他ならない。この場にいる誰よりもファミリアとしての経歴は浅いが、それ以上の実力と信頼を得ているのだ。

 

「武器の整備のため同行する鍛冶師(スミス)は椿のみ。最後にサポーターだが……」

 

ざわ、と下位団員たちの間に緊張が走る。

 

上級冒険者に同行し、まだ見ぬ未到達領域に足を踏み入れる事への栄誉。彼らの足手まといにならぬよう、下手な動きは許されないという重圧。その二つの感情に板挟みにされているのだ。

 

一体誰が行くのか。自分は呼ばれるのだろうか。そんな期待と不安がないまぜとなった眼差しで、フィンの言葉を待ちわびる。

 

「……ラウル、ナルヴィ、アリシア、クルス、そしてレフィーヤ。以上の五名とする」

 

思わずレフィーヤの喉がごくりと鳴る。

 

最初から聞かされていたとはいえ、未到達領域へと行くのだという実感が改めて湧いてくる。もちろんそのつもりで今日まで『並行詠唱』の練習をしてきたのだから、こんな事でいちいち動揺してなどいられない事も理解している。

 

それでも、やはり感情までは操れない。名前を呼ばれたラウルたちも、呼ばれなかったアナキティたちも、多かれ少なかれ心を揺さぶられている様子だ。

 

「キャンプに残る者たちは、例の新種に対しては『魔法』及び『魔剣』で対応するように。この後は武器の点検を徹底し、見張りは四時間ごとに交代を―――――」

 

団員たちの間で様々な感情が渦巻く中、フィンは淀みなく今後の流れを説明してゆく。

 

こうして食事と進攻(アタック)当日の流れを説明された一行は解散と相成り、それぞれがそれぞれで、するべき事へと取り掛かってゆくのであった。

 

 

 

 

 

時間はあっという間に過ぎていった。

 

あの後、椿はあらかじめ作成を頼まれていた『不壊金属(デュランダル)』の武器、連作(シリーズ)《ローラン》をフィンたちに渡していった。

 

愛剣が『不壊金属(デュランダル)』であるアイズと魔導士のリヴェリア以外の五人分であり、それに掛かった費用は計り知れない。しかし恐らく、並みの暮らしをして入れば人生の半分以上は遊んで暮らせる程の大金であろう。

 

フィンは槍、ガレスは大戦斧、ベートは双剣、ティオネは斧槍(ハルバード)、ティオナは大剣。これでそれぞれが芋虫型との戦闘を考慮した、最も扱いやすい形状の武器を手にした事となった―――ティオナの場合は大双刃(ウルガ)と同じ形状だと費用がかさみ過ぎるという事から、仕方なく大剣という形になったが―――。

 

武器の受け渡しが済むと、一同は思い思いの行動を取った。

 

アイズは椿に促され武器の整備を、ティオナは大剣の使い心地を確かめるために素振りをしに、ティオネとレフィーヤは明日に備えて早めの就寝を、といった具合だ。

 

サポーターとして同行するラウルたちも相当緊張している様子であったが、途中でやって来たリヴェリアが上手く彼らの気持ちをほぐしていった。それまで漂っていた重苦しい空気は霧散し、楽観的とまではいかないが、無意味に59階層を恐れるような事はなくなった。

 

そんな中でファーナムは就寝用のテントの横に陣取り、一人武器の手入れをしていた。ちょうど良さげな岩に腰かけながら、保有する武器の数々を地面に並べている。

 

どんな武器でも扱えるファーナムだったが、ダンジョン内では主に剣を使う事が多い。ドラングレイグで遭遇したような、全身に鎧を纏っている敵がいないからだ。

 

鎧のように固い皮膚や鱗を持つモンスターもいない事はないが、それも彼の筋力と技量でどうにかなっている。故に、今回もここまでに剣以外は使ってこなかった―――そもそも先頭を歩くアイズたちが、遭遇するモンスターたちをことごとく倒していった事も原因の一つなのだが―――。

 

さて。そんなファーナムは手にしていたクレイモアを地面に置きながら、それとなく前の方へと目を向けてみる。

 

その目に映るのは団員たちの姿。どの団員にも過度な不安や緊張の色は見られず、皆明日へ向けて張り切っている。彼らの表情を眺めながら、彼は兜の奥で密かに微笑みを浮かべてしまう。

 

諦めかけていた人間らしい生き方。

 

仲間と呼べる者たちとの生活。

 

期せずして手に入ったそれらを一度は躊躇したものの、ロキの言葉によって今は素直に受け入れる事が出来た。

 

普段はどうしようもなく道化であるあの女神には、いくら感謝してもし切れない。初めて出会った神が彼女で良かったと、ファーナムは今一度感謝の念を抱いた。

 

「ファーナム」

 

その時だった。

 

自身へとかけられた声に振り向いてみると、そこには我らが団長、フィンの姿が。両脇にはガレスとリヴェリアの姿もあり、ファミリア最古参の三人組が揃い踏みとなっていた。

 

「こんな時間まで武器の整備かい?精が出るね」

 

「まあな。どうにも興奮しているようだ、中々寝付けず仕方なく、な」

 

咄嗟に嘘を吐くも、あながち間違ってはいない事に言ってから気が付く。

 

何せ『遠征』自体は初なのだ。経歴を偽っている以上そんな事を言える訳がないが、内から湧き上がってくる感情にまでは嘘を吐けない。

 

「寝付けない、か……それならちょうど良い」

 

「?」

 

「少し付き合ってくれないかな?明日の配置について、少し話しておきたい」

 

フィンはにこりと笑いかけ、テントへと彼を誘う。

 

そこは寝る為ではなく、会議などの重要な話し合いの為に設けられた場所。他のテントよりも少し離れた場所にあり、聞き耳を立てようとでもしない限り中からの会話を聞かれる事もない。

 

アイズたちもいなくて良いのかと聞きかけたが、もうそろそろ就寝の時間も近付いている。フィンからの誘いは飽くまで、自分一人に向けられたものなのだと悟る。

 

「ああ、分かった」

 

ファーナムは並べていた武器を全て仕舞うと、岩から腰を上げテントへと向かった。

 

垂らされていた布の幕をくぐると、内部の中央には大きめの机が一つ。そこには51階層から58階層までの地図が広げられており、この時間まで彼らが明日の行動を話し合っていた事が窺える。

 

「さて、明日の君の配置についてだが、僕はガレスとリヴェリアと共に後衛に回ってほしいと思っている」

 

「後衛か」

 

フィンの考えている布陣はこうだ。

 

前衛に素早さと一撃の破壊力に秀でたベートとティオナ。中衛には戦闘をそつなくこなせるアイズとティオネ。そこに司令塔であるフィン自身も加わる。

 

後衛には経験、実力ともにトップクラスのガレスとリヴェリアを置き、各配置に加えられたサポーターを含めた全員を後押しする。椿は客人という事もあり、比較的安全な中衛に加えられる。

 

最も効率よく『深層』を突破できる布陣。これがフィンの考えている構成であった。

 

「君の配置には少し悩んだが、やっぱりここしかないと思ってね」

 

「俺は別に構わんが……理由は?」

 

「なんだ、自分で気が付かないのか」

 

フィンの言葉に疑問をぶつけてみるファーナム。その問いに答えたのは、彼の隣に立つリヴェリアからであった。

 

「お前はあらゆる武器を使いこなせる。剣も槍も槌も、そして弓の腕も達者だ」

 

「……ああ」

 

言われて、ようやく理解する。

 

ファーナムを後衛に配置したのは、つまりはそれが狙いだったのだ。『深層』突破には一切無駄な行動を許されない。それは実力者であるフィンたちにとっても同様だ。サポーターとして同行するラウルたちなら、なおさらである。

 

彼らがモンスターに襲われる可能性を少しでも下げるべく、ファーナムは前衛及び中衛が取りこぼした、あるいは不意に出て来たモンスターを弓で排除する。詠唱に時間のかかるリヴェリアと近接武器以外を持たないガレスの僅かな穴を埋める役、という訳だ。

 

「物足りなく感じるだろうが、どうか頼むよ」

 

フィンはその碧眼を向けつつ、そんな事を口にした。

 

その姿にファーナムはふっ、と笑い、まるで気にしていないという風に言葉を返す。

 

「構わんさ。全員の命が最優先、当然の事だ」

 

「はっは!まるで保護者のような物言いじゃのう!二十とそこそこの若造のクセしよって!」

 

「む……」

 

木箱に腰かけ聞いていたガレスに唐突に笑われ、ファーナムは言葉に詰まってしまう。

 

確かに外見だけで言えば、ファーナムは二十代後半のヒューマンなのだ。恩恵(ファルナ)のおかげで肉体の最盛期を維持できる期間が長いとはいえ、外見と中身との年齢の差はせいぜい十年かそこらだろう。

 

長命種のハイエルフであるリヴェリアは言うまでも無く、ガレスからすればそれこそ若造に見えても仕方がない。

 

唯一同年代、あるいは年下―――外見上は―――であろう者はこの場にはフィンだけ。ファーナムは無意識に視線を飛ばし、彼もそれを察知してにこりと笑いかけた。

 

「……残念だけど、この場では君が一番年下だと思うよ?」

 

「なに?」

 

「僕はもう四十さ」

 

「なっ……!?」

 

ここまで来て初めて知らされた衝撃の事実に、今日一番の衝撃を受ける。同時に神の恩恵というものの恐ろしさの片鱗を味わった気分にまでなってくる。

 

「……若作りが過ぎやしないか?」

 

「「「 ……… 」」」

 

思わず漏れてしまったその本心。

 

古株三人は時を止め、そして。

 

「……あっはははははは!!」

 

「がっはっはっはっはっはっは!!」

 

「ふっ……ふふっ……!」

 

少年のような笑い声と、豪快な笑い声。そして押し殺したような忍び笑いがテントに木霊する。

 

人前でここまで感情を露わにしたところを見た事がなかったファーナムは思わずぎょっとしながらも、何かおかしな事を言ったかと内心で首を捻る。そうしている間に笑い声も次第に治まってゆき、目尻に涙すら溜めたフィンが可笑しそうま表情のまま口を開いた。

 

「はぁ……ここまで笑ったのは久しぶりだよ」

 

「そうじゃのう。これを肴にドワーフの火酒を何杯でもいけそうじゃわい」

 

「それは地上に戻ってからだ、ガレス。とりあえず……今はこれで我慢しておけ」

 

微笑みを落としながらリヴェリアは四人分の木のコップを取り出すと、金属製の水差しを手に取り中身を注いでいった。清涼な香りがふわりと漂い、それが果汁入りの冷水である事を知らせてくれる。

 

「おう、気が利くのう」

 

「ありがとう、リヴェリア」

 

手渡されるコップを受け取るガレスとフィン。次いでファーナムも受け取り、兜を脱いでそれに口をつけた。

 

良く冷えた水が喉を滑り落ち、果汁の後味が心地よい余韻を与えてくれる。僅かこれだけの事で幸福を感じられる事に、ファーナムはどこかくすぐったいような感覚を覚えてしまう。

 

「そういえば……お前たちと初めて出会ったのも、このテントだったか」

 

不意に思い出したあの日の事。

 

ダンジョンの中でアイズたちと出会い、無様に負かされてこのテントへと運ばれ、柱に鎖で縛り付けられた状態で目が覚めた。ガレスとリヴェリアが鋭い眼光でこちらを見下ろし、ピリピリとした空気が漂っていたのを思い出す。

 

到底良い形ではない出会いであったが、それでもこのように笑い合える仲にまでなった。不思議な事もあるものだと思いつつ、冷水にさらに口をつける。

 

「あの時は驚いたものじゃ。モンスターを倒して来たアイズたちが武器素材(ドロップアイテム)ではなく、まさか(お主)を連れてきたのだからな」

 

「あの子たちからはいきなり襲い掛かって来たと聞いたものでな、その……すまなかった」

 

再び豪快に笑い飛ばすガレスとは対照的に、リヴェリアは未だにあの時の事に対して負い目を感じているようだ。

 

順番が逆とは言え、団員の命を救ってくれた者に対して働いてしまった非礼を、今更になっても詫びてくる。

 

「なんじゃリヴェリア、お主まだ引き摺っておるのか」

 

「うるさいガレス。私はお前と違っていい加減ではないだけだ」

 

「ほう、言うではないか」

 

「おい、お前たち。こんな時に喧嘩は……」

 

いつの間にやら言い争いの様相を呈してきた二人を前に、ファーナムは止めようと間に割って入ろうとする。

 

が、それを止めたのは、あろう事かフィンであった。

 

「ファーナム。心配しなくても大丈夫だよ」

 

ほら、と指を差す。その先を目で追ってみれば、彼の言っている事の意味が分かった。

 

傍から見れば言い争いをしているようにも見える。しかし互いの口元には微かな笑みが浮かんでおり、それがただの些細な戯れである事を証明していた。

 

「―――――」

 

普段見せる首脳陣としての顔ではなく、一冒険者同士、苦楽を共にしてきた仲間同士としての姿に、ファーナムは目を奪われる。

 

それは彼が目指している姿そのものだ。

 

不死人としてではなく、人として。新たに手に入れたここでの暮らしに恥じる事のない、立派な冒険者としての姿。その究極とも言える彼らを前に、呼吸すら止めて見入ってしまう。

 

「……ファーナム?」

 

「っ」

 

一体どれほどの間そうしていたのか。隣から聞こえて来たフィンの声に、ハッと我に返る。

 

気が付けばガレスとリヴェリアのじゃれ合いも終わっており、三人の視線がファーナムに集中していた。首を振って頭をしゃんとさせた彼は残っていた冷水を一気に呷り、兜を被り直してテントを出て行こうとする。

 

「悪いな、眠気が来たようだ。もう休ませてもらうとしよう」

 

気恥ずかしさもあったのかも知れない。下手な演技でこの場から逃れようとしたファーナムであったが、その背にフィンからの声が投げかけられる。

 

「ああ、少し待ってくれ」

 

「?」

 

振り返ったファーナム。その彼の瞳が映すのは、フィンたち三人の姿。

 

彼らは円陣を組むかのように互いに顔を見合わせ、拳を握っていた。一体何をしようと言うのか、意図がまるで分からないファーナムは、素直に疑問を口に出す。

 

「これは……」

 

「なに、景気付けという奴じゃ」

 

「もう屋敷で済ませてきたが、別にまたやっても良いだろう」

 

にやりとした不敵な笑みを浮かべるガレスに、片目を瞑って微笑みを浮かべるリヴェリア。そして二人の言葉を継ぐようにして、フィンが口を開いた。

 

「ちょっとした儀式みたいなものさ。それぞれが自分の願望を口にして、拳をぶつけ合うんだ」

 

それはかつて、まだLv.1に過ぎなかったただの冒険者である三人が交わした儀式だ。

 

融通の利かない王女(ハイエルフ)にがさつな大男(ドワーフ)、そんな二人に溜め息が尽きなかった少年(パルゥム)。相性が最悪とも言える三人を見かねた朱髪の女神が、強引に手を取らせ合ったのがきっかけであった。

 

「さぁ、ファーナム」

 

フィンに促されるままに、ファーナムもその輪に加わる。

 

ファミリアではまだまだ新参者である自分がいても良いのかと尋ねるも、何を今更、とガレスに盛大に笑われてしまう。それに釣られるように、フィンとリヴェリアもまた笑った。

 

やがて静けさを取り戻した彼らは、誰からともなく自らの願望を語る。

 

「熱き戦いを」

 

「まだ見ぬ世界を」

 

「一族の再興を」

 

差し出された三つの拳は、残るもう一つの拳を待つ。

 

金属と革で覆われた己の掌を見つめていたファーナムは、やがて拳を握り、突き出した。

 

「……(みな)に恥じぬ生き様を」

 

もう二度と屈しない、諦めない。

 

如何に強大な苦難が待っていようとも、必ず討ち果たして見せる。

 

一人では無理でも、仲間とならば乗り越えられる。互いの背を預け合い、時に助け、時に助けられる。そんな冒険者になる。

 

あの日に購入した童話『アルゴノゥト』の挿絵にあった主人公の後ろ姿を脳裏に浮かべながら、ファーナムは静かに、しかし力強く言い切った。

 

誓いを口にした四人の拳がぶつかり合う。

 

最古参の三人の誓いに、新たな決意が刻まれる。

 

それは同時に、ファーナムの心にも深く……深く刻み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テントを後にしたファーナムは、自身に割り当てられた寝床へと向かっていた。

 

眠る事は出来ないが、いつまでも外に出て他の者にいらぬ心配をさせてもいけない。寝れないまでも形だけでも取ろうという事である。

 

いよいよ明日からが本当の『遠征』なのだ。改めて気を引き締めつつ、やはりもう一度武器の手入れでもしておこうか、と考えていた―――――その時。

 

 

 

 

 

『―――――試練を越えた者よ』

 

 

 

 

 

唐突に。

 

彼の脳内に、何者かの声が響き渡った。

 

「―――ッ!?」

 

思わずバッ!と振り返り、周囲を見渡す。しかし見えるのは団員たちの姿のみ。不審な者の姿などどこにも見当たらない。

 

それも当然なのかも知れない。今の声は脳内に直接響いたのだ。耳から入って来た音ではない。あえて例えるならば、それは闇霊(ダークレイス)の侵入時に感じるものが最も近いだろうか。

 

(まさか、本当に闇霊(ダークレイス)が……いや、それはないか)

 

ファーナムは以前にフェルズから渡された連絡用の水晶を手に取りつつ、そう結論付けた。

 

もし本当に闇霊(ダークレイス)に侵入されているとすれば、すぐに何らかの連絡が来るはずだ。手元の水晶からは何の反応もなく、彼はひとまず息を吐く。

 

(だが、今の『声』は……)

 

胸の奥がざわつく感覚を覚えたファーナムは、それを無理やりにでも飲み込もうとする。

 

念の為に何があってもすぐに行動できるよう気だけは張り詰めさせながら、彼は再び自身の寝床へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時は満ちた」

 

 

 

「今こそ、オラリオに蔓延る神々を制裁する時」

 

 

 

「皆の者―――――始めるぞ」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。