不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第三十一話 ”謎の冒険者”

放たれた雷槍は大斧を持った黒騎士へと一直線に飛んでゆく。

 

その背中へと突き刺さると同時に迸る雷の欠片。胸を突き破り貫通した雷槍は、黒騎士の体内を余すところなく蹂躙した。既に死に体だった黒騎士に耐えられる訳もなく、音を立てて膝から崩れ落ちる。

 

不可解なのはその後だ。黒騎士は哀れな骸を晒すのではなく、淡い光の粒子となって霧散したのだ。まるで死したモンスターが灰を残して消滅するかのように。

 

動揺が広がってもおかしくはなかったが、騒ぎ立てる者は皆無だった。迷宮の異界化や怪人(クリーチャー)との遭遇などで自分の中の常識が覆され、感覚が麻痺しているだけなのかも知れないが、ともかく全員が理性的でいる事ができた。

 

魔法。いや、魔剣……?と、誰かが呆けたような声で呟く。

 

先の雷槍の事を指しているというのは言うまでもない。オラリオに住まう冒険者、否、この世界(・・・・)に生まれた者であれば誰だってそう思うだろう。矢のような速度で射出される稲妻など、そうとしか考えられない。

 

故に、ファーナムだけが正しい回答を導き出す事が出来た。

 

あれは紛れもない“奇跡”なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これって……!?」

 

その光景にレフィーヤは既視感を覚えた。

 

黒騎士の胸から飛び出した雷槍。それは数日前、フィンたちと地上へ帰還する時に遭遇した奇妙なモンスターの内、ミノタウロスに似たモンスターが息絶えた瞬間の事を彷彿とさせる。

 

「………あ?」

 

雄叫びを上げ、殴り掛かったベートの顔が怪訝な表情で固まる。しかしそれも無理もない事であろう。

 

巨大な斧で己を両断しようとしていた黒騎士。それが突如として現れた雷槍により背面から胸を貫かれ、そのまま消滅してしまったのだから。

 

ベートはその引き金となったものが飛んできた方向へと視線を飛ばす。

 

そこには黒いローブを全身に纏った、謎の人物が立っていた。

 

足元近くまで伸びる布地により、中に着込んでいるであろう衣服や鎧までは分からない。顔も同様に目深に被ったフードによって隠されている。分かるのはせいぜい体格くらいで、がっしりした印象から恐らくは男性であろう。

 

その人物の左手には何の変哲もない盾が携えられていた。表面に描かれた紋様は二匹の蛇のようだが、それ以外に特筆すべきところはない。

 

唯一ベートが奇妙に感じたのは、彼の右手に握られている物の存在。

 

クロスボウのような遠距離武器ではない、かといって魔法使いが使うような杖でもない。ただの荒い布きれ(・・・・・)を、まるで武器のように前へと突き出しているのだ。

 

(飛んできた魔法の“種”か?……いや、今はそんな事どうでもいい)

 

布切れの正体に気を取られかけるも、今すべき事はそれではない。

 

フィルヴィスの攻撃魔法【ディオ・テュルソス】を軽く上回る威力の魔法を黒騎士にぶつけた謎の人物。結果としてベートを助ける事となったが、彼が何者なのか分からない。

 

こんな状況なのだ。“敵の敵は味方”という言葉を鵜呑みに出来る程、ベートは楽天家ではない。

 

「……一体何モン―――」

 

彼が問いを投げ掛けた―――次の瞬間。

 

「!!」

 

姿がかき消えた。そう錯覚するほどの速度で謎の人物は地を蹴り、ベートの隣を走り抜けてゆく。

 

すぐさま振り向くも、その背は既に小さくなっていた。無視された、というよりも眼中にすら入っていなかったかのような扱いに、ベートは全身の痛みも忘れて声を荒らげる。

 

「テメェ、待ちやがれ!?」

 

背に飛んでくる怒声に応えるハズもなく。

 

謎の人物の瞳には、ファーナムとアイズが戦っている相手―――黒騎士たちしか映っていなかった。

 

 

 

 

 

眩い雷光と同胞の消滅。まともな仲間意識を持たない黒騎士たちだが、それは一瞬でも彼らの注意を引き付けるものだった。

 

そしてファーナムとアイズにとって、その一瞬(・・)こそが反撃の好機となった。

 

「ふッ!」

 

黒騎士たちが気を取られている隙を突き、ファーナムは目の前にいた特大剣持ちの腹を蹴飛ばした。激しい剣戟を交わしていた状態から脱した彼は距離を稼ぎ、同時に戦法を練り直す。

 

(奴らの身体は硬い、剣では先にこちらの刃が壊れてしまう。ならば……)

 

ファーナムはブロードソードとクレイモアから切り替え、別の武器を模索する。二体同時に相手をするが故に広範囲への攻撃を見込める武器を選択したが、このままではジリ貧であると分かったからだ。

 

問題は別の武器に変えた場合の立ち回り方だ。二体を同時に相手にする以上、先ほどよりも高度な駆け引きが要求される。それを覚悟の上で再び黒騎士たちに向き直ったのだが……。

 

「なに?」

 

今まで戦っていた二体の黒騎士。その内の斧槍持ちが、ファーナムがいる方向とは別の方へと走り出していたのだ。

 

その先にいるのは黒いローブに身を包んだ男。今しがたベートを助けた謎の乱入者へと斧槍持ちは敵意を向けている。恐らくは雷槍……奇跡『雷の槍』に反応し、そちらにつられたのだろう。

 

乱入者の正体は何なのか、自分と同じ境遇の者なのか。ファーナムが聞きたい事は山ほどあるが、今はそれどころではない。戦力の分散という願ってもない好機をものにすべく、即座に思考を切り替える。

 

戦力が分散したと言えども相手は黒騎士である。硬い鎧と頑強な肉体、並み外れた膂力、強力な武器の数々。それらを併せ持つ敵を前に、生半可な攻撃など通用しない。

 

以上の事を踏まえ、ファーナムはソウルを収束させ掌の中に武器を形作る。

 

彼を射程圏内に収めた黒騎士との距離はもう僅か。直撃すれば絶命は必至の凶刃が、ギロチンの如く襲い掛かった―――――その瞬間。

 

ぎりっ、と。

 

持ち手(・・・)が軋む程の力で握り込まれたその得物が、振り下ろされた特大剣の腹を正確に打ち抜いた。

 

「ぬぅんッ!」

 

『!?』

 

ゴキィンッッ!という激しい金属音が互いの耳を弄する。

 

黒騎士は僅かに混乱する。突如の衝撃と共に腕に伝わってきた痺れ、そして逸らされた剣の軌道。ファーナムを両断すべく振るわれた特大剣は、気付けば足元の地面を抉っていた。

 

舞い上がる土煙の中、黒騎士は見た。ファーナムが両手で握り込んだ新たな得物を。

 

それは鍛冶屋が使う金床を無理やり取っ手に括りつけた武骨なデザイン。安住の地を持たないゲルムの戦士が得物とする即席の大槌……『ゲルムの大槌』を手にしたファーナムが、それを盛大に振り抜いた格好で立っていたのだ。

 

大槌という超重量の武器を手にしているにも関わらず、振り下ろされた特大剣の腹を正確に射抜いてのけた技量と洞察力。一瞬でも判断を間違えればやられていたというのに、それを敢行した判断力と勇気。それらは世界を彷徨う灰となって久しい黒騎士をして、少なからず動揺を誘うものだった。

 

「ふんッ!!」

 

『―――ッ!!』

 

振り抜いたゲルムの大槌を翻し、追撃。黒騎士は盾を構えてどうにか防ぐも、続く第三撃目によってその手から弾き飛ばされる。

 

無防備となった黒騎士であったが、そこで終わりではなかった。地面を抉った特大剣を強引に引き抜き、そのままファーナムへと不意打ちを仕掛ける。

 

『ガッ―――アァ!!』

 

遂に迸る咆哮。それはかつて偉大な王に仕えた彼らが等しく胸に抱いた、とうに消え果てた矜持の一片か。ただでは死なぬという意地の一撃だったのかも知れない。

 

しかし、それはファーナムの知った事ではない。

 

下方より迫る刃。彼はそれを、直前で身体を逸らす事で直撃を回避する。ギャリリッ、と切っ先がファーナムの兜の側面に傷をつけるも、肉体には何のダメージも与える事はなかった。

 

『―――――』

 

黒騎士の双眸が最期に捉えた光景。

 

それは特大の大槌を大上段に構え―――渾身の力で振り下ろす、ファーナムの姿であった。

 

 

 

時を同じくして、アイズも反撃に打って出た。黒騎士の気が逸れた一瞬の隙を突いたのである。

 

『ッ!?』

 

アイズは黒騎士の胸部に《デスペレート》の一突きを見舞う。何度も鋭い斬撃を繰り出したおかげか、ようやく強固な鎧に僅かな亀裂を生じさせる事が出来た。

 

「ッ!」

 

直後に振るわれた大剣を回避したアイズは後方に跳ぶ。くるりと宙を舞い着地した彼女の元へ、黒騎士は当然の如く駆けてゆく。両者の距離はそこまで離れていない。

 

迫り来る巨体を前に、アイズはここが勝負の分け目であると悟った。なけなしの魔力を展開して風を纏い、来たるべき瞬間に備え金の双眸を細める。

 

黒騎士は大剣を構える右腕を引いていた。疾走する勢いのままにアイズの身体を突き壊そうという腹なのだろう。事実その動きには無駄がなく、非常に洗練されている。

 

それ故に、アイズには黒騎士の手が読めた。

 

来たるべくして来たその瞬間。アイズはぎりぎりまで黒騎士の狙いを集中させ、大剣の切っ先が自身の胸を貫く直前で横に動いた。

 

『!?』

 

「っ……!」

 

黒騎士の動揺が伝わってきた。

 

完璧に回避したつもりが、その煤色の刀身が僅かにアイズの脇腹を切り裂いた。少量の鮮血が宙に舞い、白の戦服(バトルジャケット)と白亜の板金を赤く濡らす。

 

「アイズさんっ!?」

 

遥か後方からレフィーヤの悲鳴が聞こえてくる。

 

それすらも脳裏の彼方へと置き去りにし、アイズの身体は正しく動く。

 

「はぁぁぁぁぁあああああああああああッ!!」

 

吹き荒れる風の奔流を纏い、《デスペレート》の切っ先が黒騎士の胸を穿つ。

 

それは先ほど生じた鎧の亀裂を正確に射抜き、そのまま一気に黒騎士の背中までを貫いた。衝撃で吹き飛んだ鎧の欠片が周囲にばら撒かれ、黒騎士の身体がビクリと硬直する。

 

『ヅッ―――――』

 

数瞬の間、両者の時が止まる。

 

やがてゆっくりと黒騎士の腕が動き出した。胸を貫かれたにも関わらず黒騎士は目の前の獲物を仕留めようと、最後の力を振り絞って煤色の大剣を振り上げる。

 

しかし、それもささやかな抵抗に過ぎない。

 

ゆっくりと顔を上げるアイズ。砂塵と汗、そして血で汚れ、それでもなお美しい顔で黒騎士を見上げ、唇にその名を乗せる。

 

「リル・ラファーガ」

 

瞬間。

 

黒騎士の体内を暴風が蹂躙し、内から悉くを打ち砕いた。

 

 

 

そして謎の人物。

 

彼を敵と定めた黒騎士は得物を構え、一直線に駆けていった。それまで戦っていたファーナムに何の執着も抱かず、まるで獣がより血の匂い(・・・・)の濃い方を求めるように。

 

地を蹴って跳躍し、斧槍を振り上げる。斜め上空より襲い来る刃に対し、謎の人物は手にした盾を構える。

 

そして、激突。激しい火花が舞い、轟音が周囲に響き渡った。

 

黒騎士が振るった一撃は凄まじかったが、それを盾で受けた謎の人物はビクともしない。大地に僅かに沈んだ両足がその威力を物語っているものの、体勢は全く崩れていなかったのだ。

 

これを効果なしと理解した黒騎士は、着地と同時に大きく腕を引いた。今度は突きを繰り出そうというのだ。

 

至近距離からの攻撃。隙が小さく、素早く放たれる突き技は特に対処が難しい。防ぐにしろ躱すにしろ、相応の技術が問われる。

 

しかし、謎の人物が取った行動はどちらでもない。

 

『ッ!?』

 

斧槍の切っ先が身体に触れる直前、盾を割り込ませる。そのまま表面を滑らせるようにして刃の軌道を逸らし、この攻撃を受け流した―――パリィである。

 

胴を晒した黒騎士。無防備な恰好となった敵を仕留めるべく、謎の人物は腰から下げていた得物を抜き放つ。

 

それは何の変哲もない一振りのロングソードだった。無駄な装飾が一切ない、極めて実践的な代物である。

 

抜き放った勢いで腕を引き、切っ先の狙いを定め―――叩き込む。

 

『―――ガッ』

 

硬い鎧をものともせずに、ロングソードは黒騎士を貫いた。短い呻きを上げる黒騎士は、しかしそれ以上は何も出来なかった。握っていたはずの斧槍が手から離れ、地面に音を立てて落下する。

 

そして、ドシャアッ、と仰向けに倒れ込む黒騎士。小さく痙攣していた身体から力が抜け落ち、やがて淡い光の粒子となって消えてゆく。

 

24階層に現れた四体の黒騎士。

 

何処から現れたのかも分からない突然の襲撃者たちは、こうして消滅したのであった。

 

 

 

 

 

「……か、勝った?」

 

掠れた声がルルネの喉から漏れた。

 

結局、事の成り行きを見ている事しか出来なかった彼女たちだったが、結果としてはそれで良かったのかも知れない。万全ではなかったものの、第一級冒険者であるアイズやベートですら油断ならない相手だったのだから。

 

とは言え、それも偶然に助けられての事。ルルネは乱入してきた謎の人物へと視線をやる。

 

全身を黒いローブで覆い、顔もフードで隠している。そのがっしりとした体格から男性であろう事は分かるが、見た目から分かるのはそれが限度だ。

 

しかし彼女にはこの人物に心当たりがあった。それは最近冒険者の間で噂になっている、ある一人の冒険者の事だ。

 

モンスターの集団に絡まれていた冒険者を助けたという謎の黒ローブ(・・・・)。その人物は戦う際に雷の魔剣(・・・・)まで使っていたとの証言まであり、そんな貴重品をポンと使うなんて、物好きな奴もいたものだと呆れたのを覚えている。

 

そして今。自分たちの目の前にいる人物は、その噂の人物の特徴にぴったりと当て嵌まっていた。

 

全身を覆う黒いローブに、ベートを助ける際に放ったあの雷槍。詠唱が聞こえなかった事から、恐らくは魔剣を使ったのだとルルネは結論づける。

 

「あいつが、“謎の冒険者”なのか……?」

 

呆けたような声で呟くルルネ。傍らに立つアスフィはそれでも気が抜けないのか、頬に一筋の汗を垂らしつつ状況を見守っている。

 

と、ここで。

 

「……っ」

 

ザッ、とアイズが片膝を突いた。

 

「アイズさん!?」

 

レフィーヤから悲鳴が上がる。アイズを慕う彼女の顔は焦燥に歪み、満足に動かせない身体に鞭を打ってでも駆け付けようとするも、肩を貸すフィルヴィスによりそれを制されている。

 

剣を地面に突き立ててどうにか身体を支えていたアイズ。しかし、それでさえ精一杯な程に疲弊していた彼女は、遂に地面に倒れ込む―――

 

「アイズ」

 

―――その寸前で。

 

ファーナムがアイズの肩を後ろから抱き、受け止める。

 

「ファーナム、さん……」

 

糸の切れた人形のようにぐったりとしていたアイズ。意識は失っていないものの、体力と魔力をかなり消耗している様子であった。このままにはしておけぬと、ファーナムは【ヘルメス・ファミリア】の冒険者たちへ向けて大声で助けを求める。

 

「誰か来てくれ!アイズに回復魔法を!!」

 

「っ、あ、ああ!」

 

ファーナムの呼び声に応え、数人の冒険者たちが駆け寄ってくる。幾人かはベートの元へ向かって行き、少し遅れて怒鳴り声が聞こえてきた。

 

大方、プライドの高いベートが助け起こされるのを拒んだのだろう。青年の相変わらずな態度に呆れつつ、ファーナムは全員が無事である事に小さく安堵の息を吐いた。

 

アイズを団員たちに預けて立ち上がり、視線をある方向へと向ける。

 

そこにいたのは黒いローブ姿の人物。黒騎士を貫いたロングソードはすでに鞘へと納められ、微動だにせず佇んでいた。彼もまたファーナムを見ているようで、表情の窺えない真っ暗なフードがこちらを向いている。

 

「…………」

 

「…………」

 

二人の視線が、交差する。僅か数秒間の時が、ファーナムには何倍にも引き延ばされたように感じられた。

 

やがて謎の人物は視線を外すと、背を向けそのまま出口へと歩き出していった。遠ざかってゆくその背を前に、ファーナムは咄嗟に声を荒らげる。

 

「ッ、待ってくれ!お前は一体―――――ッ!」

 

思わずそんな言葉がファーナムの口から飛び出した……その時である。

 

ゴゴゴゴ……と、辺りに地鳴りのような音が轟いた。

 

「な、なんだ?」

 

困惑した声を上げる【ヘルメス・ファミリア】の冒険者たち。アイズとベート、そして他の怪我人の手当てをしていた彼らは、きょろきょろと不安げな表情で周囲を警戒する。

 

「おい、見ろ!?」

 

やがて団員たちの内の一人が、ある一点を指さした。

 

それは大主柱。アイズがレヴィスを吹き飛ばした事によって傷つき、大きなヒビが出来た場所である。

 

そのヒビが、見る見るうちに大きくなってゆくではないか。

 

ビシッ、ビシリ!と、音を立てて亀裂は深く、そして大きく広がってゆく。ファーナムたちと黒騎士たち、そして謎の人物とが繰り広げた戦闘の余波により、傷ついた大主柱がついに崩壊の時を迎えたのだ。

 

「不味いっ……全員、即時脱出します!自力で動けない者には手を!!」

 

こんな時のアスフィの指示は的確だ。一つの派閥を束ねる団長としての顔を見せた彼女は重りとなる荷物は全て捨てさせ、脱出する事だけに重きを置いた。

 

レフィーヤにはそのままフィルヴィスが付き添い、脚の骨を折ったベートにはルルネが。魔力疲弊(マインドダウン)と体力の消耗が激しいアイズには二人の団員が肩を貸している。

 

他の怪我人にも同じように動ける者が手を貸している。その者もまた怪我を負っている為か、脱出の足取りは遅々として進まない。一人でも多くの手が欲しいアスフィの切羽詰まった声が、ファーナムにも投げつけられた。

 

「ファーナム、どうか貴方も手伝って下さい!」

 

「ッ!」

 

その声に、ファーナムは一瞬だけ躊躇する。

 

目の前にいる人物は、自分がこの世界……オラリオに来た理由に繋がるかも知れない者だ。今ここで彼を見失えば、いつ巡って来るかも分からない次の機会を待たなければならない。

 

が、事態は一刻を争う。こうしている間にも大主柱の亀裂は広がり、ついに天井付近にまで到達している。死線を乗り越えた挙句に崩落に巻き込まれて全滅など、他ならぬファーナムが許さない。

 

「……くっ!」

 

謎の人物の背を追うか否か。

 

どちらに天秤が傾いたかなど、わざわざ語るまでもない。

 

 

 

 

 

程なくして、24階層の食糧庫(パントリー)は崩落した。

 

ダンジョンの一部が異界化するという前代未聞の出来事。しかし証拠らしき証拠も押収する事が出来ず、当事者たちの証言だけが依頼人……フェルズを経由し、ウラノスの元へと持ち帰られた。

 

【ヘルメス・ファミリア】の団員たちだが、奇跡的にも死者が出る事はなかった。重傷を負った者が今後のダンジョン攻略に同行できるかどうかは不明だが、それでも命だけは無事だったのだ。

 

それもファーナムがあの死兵たちを倒して(・・・)くれたおかげだ、とアスフィとルルネは感謝を述べたが、当の本人は笑うだけだった。その笑みの裏に微かに、しかし確かな影を落としつつ。

 

ともあれ、こうして24階層での異変の調査を終え。

 

『リヴィラの街』を経由した一行は、その日の内に地上への帰還を果たす事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴウッ、と。篝火より火の粉を纏わせながら現れた人影が、闇の中に姿を現す。

 

頭部を覆う銀色の兜は騎士のそれである。周囲と同化してしまいそうになる程に黒く染まった、元は青かったであろうサーコートの裾をはためかせ……“王”は(こうべ)を垂れる五人の前へと歩み出た。

 

「……状況は」

 

“王”は威厳を含んだ声で、目の前にいる者たちへと語りかける。

 

「ハッ。すでに準備は整いつつあり、(みな)“王”の指示を心待ちにしております」

 

「こちらも問題はありません。合図があればいつでも……」

 

硬い口調と、学者然とした若者の声が上がる。

 

「こっちも準備は済んでるぜ、安心してくれ」

 

「後は“王”のお言葉一つです」

 

気安い語り口の声と、年若い少女の声が上がる。

 

そして、

 

「オラリオは」

 

「……万事、問題なく」

 

「そうか」

 

若干の間を挟んだ男性の声。

 

それに周囲の者たちは僅かな違和感を覚えるも、“王”を前に何らかの行動を起こす者などいない。それだけ“王”への忠誠は高いのだ。

 

「間もなく時が来る。それまで各自、万全の備えを整えておけ」

 

「ハッ」

 

五つの声が重なり、それぞれが動き出す。“王”は篝火の前へとやって来ると、そこに静かに腰を下ろした。

 

耳鳴りにも似た静寂が周囲を支配する中、“王”の耳は一つの足音を背後に感じ取る。彼は振り向く事もせず、ただ口だけを開いた。

 

「……何か用か」

 

「……オラリオで例の不死人を見た」

 

返ってきたのは男の声だった。それは先ほど“王”と最後に言葉を交わした者であり、ファーナムたちが24階層で出会った、ルルネが“謎の冒険者”と呼んでいた男でもある。

 

彼はまるで、旧友に接するようにして語りかける。

 

「彼には仲間がいた。オラリオで得た、不死人ではない者たちだ。彼らを失うまいと、あの不死人は必死に戦っていた」

 

「何が言いたい」

 

「あの不死人は、かつての貴公に似ていたよ」

 

「………」

 

二人の声は闇に消え、再び静寂がやって来る。

 

「……言いたい事はそれだけか」

 

「………ああ、それだけさ」

 

「ではこれ以上の会話に意味はない。行け」

 

やがて口を開いた“王”。しかしそれ以上の会話を拒絶するかのように、一方的に終わりを告げる。

 

言葉の端に物悲しさを滲ませつつ、男は踵を返した。間もなく闇が彼の身体を包み込み、全身の輪郭を曖昧なものにしてゆく。

 

遠ざかってゆく足音を背に感じつつ、“王”は懐からペンダントを取り出す。

 

掌の中に納まったそれを、兜の奥にある瞳はいつまでも見つめていた。

 

 




ようやく外伝三巻部分が終わりました。予定では四巻で終わるつもりなので、あともう少しだけお付き合い下さい。



~以下、作者の妄想(と願望)~



最近アニメの鬼滅の刃を見ています。原作はまだ見ていないのですが、アニメを見ている内に、これってブラッドボーンとのクロスいけるんじゃないか?と思いました。

鬼滅の刃の舞台が大正時代で、ブラッドボーンの世界観がビクトリア朝時代らしいので時代的には近いですし、何よりブラッドボーンにはヤマムラも登場しますし。

仇の獣を追ってヤーナムに来たという事から、多少強引ですが鬼=獣と判断したヴァルトールが彼を連盟に迎え入れた……みたいな。無理やり関連性を持たせるとしたらそんな感じで。大まかなあらすじはヤマムラの同士がヤーナムの夜を超え、彼の遺品を日本で供養しようとした時に鬼と出会い、そこで新たな狩りを見出す……とか(笑)。

ちらっと頭に浮かんだ設定ですが自分では書けそうもないので、誰か書いてくれませんかね……?

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