不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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遅れまして申し訳ありません。




第三十話 吠える者

先陣を切ったのはファーナムであった。

 

駆け出し、勢いの乗ったクレイモアによる縦の斬撃は、正面にいた特大剣を手にしている黒騎士へと狙いを付けている。間合いに入った瞬間に決まるように放たれた振り下ろしは、寸分の狂いもなくその頭部へと吸い込まれてゆく。

 

が、その攻撃が届く事はなかった。

 

黒騎士は左手に携えていた重厚な盾を、頭を割られる直前に滑り込ませたのである。クレイモアによる一撃は派手な金属音と共に火花を散らして不発に終わる。

 

今度はこちらの番だとばかりに、黒騎士は特大剣による突きを繰り出した。それは片手で扱っているとは思えない程の精確さでもって、ファーナムの胴に風穴を開けんとする。

 

「ッ!」

 

ビュッ!という音が身体のすぐ横を突き抜けていった。

 

そう、躱したのである。反射的に動いた身体は、突きの一撃をすんでの所で回避に成功したのだ。

 

ドラングレイグで繰り返された殺し殺される日々、そしてオラリオでのモンスターや怪人との戦いの記憶。それらは確かにファーナムの中に刻み込まれ、こういった咄嗟の回避行動にも如実に現れていた。

 

「ふッ!」

 

それだけでは終わらない。ファーナムは左手に握られたブロードソードで、斜め下からの斬り上げを見舞う。

 

振り抜かれた刃。己の懐に潜り込まれた黒騎士に、容赦のない斬撃が叩き込まれる。

 

『―――ヅッ』

 

「!」

 

火花を伴った一閃は黒騎士の鎧に確かな傷をつけた。しかし、それだけである。若干のけ反る素振りは見せたものの、肝心のダメージはそこまであるようには見えない。

 

(ッ、硬い!)

 

ブロードソードを通して伝わる黒騎士の鎧の堅牢さに瞠目し、心の中で驚嘆に呻くファーナム。防御力は明らかに喪失者を上回っている。戦闘能力に関しても同程度か、あるいはそれ以上である事は間違いないだろう。

 

そんな分析をしている内にも攻撃の手は止まない。特大剣持ちの後方にいた斧槍持ちが、切っ先を向けて突撃してきたのだ。

 

速く鋭い、しかし先程と同じ攻撃。それを見切るやブロードソードを翻し、自身へと迫った斧槍の刃を見事に受け止めた。ギャリリッ!という耳障りな音が鳴り響き、黒騎士の身体が制止する。

 

が、安心はできない。

 

特大剣持ちの懐に入り込み、満足に動けないまま受け止めた斧槍。黒騎士の膂力でもって振るわれた肉厚の刃は、そういつまでも片腕だけで抑え続けていられるものではない。

 

「ぬうっ……ぅんッ!」

 

せり上がってきた雄叫びを解き放ち、ファーナムはブロードソードを真下に斬り払う。

 

力の均衡が崩れた斧槍の刀身は地面に深くめり込んだ。続けざまにクレイモアを握り直し、柄頭を特大剣持ちの腹部に叩き込む。

 

前のめりに体勢が崩れた斧槍持ち。同じく体勢の崩れた特大剣持ち。その僅かな隙を突いて懐からすり抜けたファーナムは、ダンッ!と力強く地面を踏み締める。

 

構えるはクレイモア。研ぎ澄まされた切っ先は、目の前にいる黒騎士へと狙いを定めていた。

 

『!』

 

この時、確かに斧槍持ちは驚愕したかのように身体を硬直させた。在るべき意志も消え失せた彼らがこのような姿を見せたのは、遠い昔に騎士であった頃の名残であろうか。

 

歴戦の英雄にも負けない身のこなしを見せつけたファーナムは、力の限りにクレイモアを前方へと突き出した。

 

「ぜあぁっ!!」

 

鈍い輝きを宿した切っ先が斧槍持ちの腹部を穿つ。

 

それは堅牢な鎧に亀裂を生じさせる程に凄まじく、盾を構える間も与えられなかった黒騎士は衝撃のままに吹き飛ばされた。

 

続いて肩越しに後方を見やったファーナムは腰を捻り、力任せにクレイモアを真横に振るった。半円を描く大剣は振り返った直後の特大剣持ちの右肩に直撃、よろめいた隙に二体の黒騎士から距離をとる。

 

「……クソ」

 

バックステップで後方に逃れたファーナムは、手にしていたクレイモアへと視線を落とした。

 

その刀身には刃こぼれが見て取れた。突きを叩き込んだ切っ先、そして刀身半ばの刃は欠けており、僅かにではあるが刀身の歪みまでもが確認できる。

 

楔石によって強化されているにも関わらず、たった数回斬り付けただけでこれなのだ。黒騎士の鎧の堅牢さを改めて痛感したファーナムの顔が、まるで苦虫を噛み潰したかのように歪んだ。

 

それでも状況は待ってはくれない。吹き飛ばした斧槍持ちはすでに起き上がり、特大剣持ちもじりじりと距離を詰め始めている。武器の破損をいちいち嘆く余裕などないのだ。

 

両の手の得物を構え直し、ファーナムもまた黒騎士たちを牽制(けんせい)する。当初考えていたよりも遥かに厳しい状況だが、やる事に変わりはない。元より戦う以外の選択肢はないのだから。

 

「やるしかない、か―――!」

 

短く息を吐き、そして地を蹴る。

 

ファーナムと二体の黒騎士。彼らは再び、激しい剣戟を繰り広げるのだった。

 

 

 

 

 

一方その頃。ファーナムから少しばかり離れた場所で、アイズは大剣を手にした黒騎士と戦っていた。

 

重く鋭い攻撃を繰り出す黒騎士に対し、アイズは持ち前の速力を活かした一撃離脱の戦法を取っている。一撃で倒しきる事は難しくとも手数で勝負という訳だ。

 

しかし現実はそうもいかなかった。黒騎士の鎧は非常に強固であり、愛剣《デスペレート》でいくら斬り付けようとも表面を浅く傷つけるのみ。肝心のダメージは中々与えられていない。

 

(やっぱり、決定打が必要……っ)

 

ブォン!と、先ほどまで顔があった場所を大剣の一閃が通過する。額から飛ぶ汗の雫に反射したアイズの表情は硬く、焦燥感に苛まれていた。

 

一撃の威力は黒騎士の方が圧倒的に上。重厚な鎧を着込んでいるにも関わらずこちらの動きにも反応しており、僅かにでも気を抜けば少女の小さな身体は紙切れのように両断されてしまうだろう。

 

『風』を纏えば違うのかも知れない。しかし今までレヴィスとの戦闘で酷使し続けた魔力は既に底を突きかけ、満足に展開できる時間はもって5秒という所だ。使いどころを見誤ればその瞬間にアイズの敗北は決定する。

 

ならばどうするべきか。

 

(決定的な隙を見つけて、全力の『(エアリエル)』をぶつける!)

 

そこに活路を見出したアイズ。彼女は放たれた斬撃を持ち前の剣技で受け流し、相手の動きが乱れた瞬間を狙って背後に回り込んだ。

 

《デスペレート》の切っ先を構え、魔力の『風』を編む。狙うのは無防備に晒された黒騎士の背中だ。

 

だが、

 

「!」

 

その刀身に強大な力が宿ろうとした直前、グルン!と黒騎士が勢いよく振り返る。同時に裏拳のようにして振るわれた盾が、アイズの視界の端から襲い掛かった。

 

「うぐっ!?」

 

突きの構えを取っていた為に防御は間に合わなかった。強烈な打撃を左肩に受け、その衝撃により小さな身体は呆気なく吹き飛ばされてしまう。

 

二度、三度と地面を転がりながらも、どうにか剣を突き立て静止するアイズ。既に追撃すべく走り出していた黒騎士を視界に収めるや否や、鈍痛に呻く左肩を無視して両手で剣を構える。

 

直後に襲いかかってきた黒騎士の一斬。大上段からの振り下ろしの威力は凄まじく、不壊金属(デュランダル)でなければ細剣程度は容易く折られてしまう事だろう。

 

「~~~っっ!!」

 

だがそれは、飽くまで武器自体が破壊されないというだけである。

 

両手で剣を握るアイズの左肩は負傷しており、今この瞬間にも苦痛を強いている。額に嫌な汗が浮かぶのを感じつつ、これ以上黒騎士の剣を受ける事は不可能だと悟る。

 

2Mを超す巨躯の黒騎士。その全身から伝わってくる確かな殺意。兜の奥にあるはずの表情は全く窺い知れず、それ故のうすら寒い感情が肌を伝って這い上がってくる。

 

「くっ……!?」

 

今まで感じた事のない不気味な違和感がアイズから心の余裕を奪う。

 

そして決定的な隙を見つけられない以上、彼女の劣勢が変わる事はないのだ。

 

 

 

 

 

ベートもまた戦っていた。

 

相手にしているのは大斧持ちの黒騎士。その一撃は掠っただけで致命傷になりかねないもので、大抵の者であれば大斧の威圧感で気圧されてしまう程だ。

 

だがベートは違う。精強な狼人(ウェアウルフ)である彼はそんな事など気にも掛けない。例え相手が巨大な竜であろうが、その研ぎ澄まされた()を振るうのみである。

 

「シッ!」

 

幾度目になるかも分からない蹴撃。数々のモンスターを屠ってきた強烈な蹴りが黒騎士目掛けて繰り出されるも、それは即座に構えられた盾によって防がれてしまう。

 

それだけでベートは止まらない。

 

タンッ、と軸足で地を蹴り空中へとその身を躍らせる。彼は黒騎士の目線の高さまで軽々と跳躍し、揃えた両足による強烈なドロップキックを叩き込んだ。

 

「ッラアァ!!」

 

それは黒騎士の顔面を直撃。堪らずのけ反り体勢を崩したものの、間際のところで大斧による斬り上げを放つ。標的は言わずもがな、である。

 

目を剥いたベートであったが、そこは流石の上級冒険者だ。空中という身動きが効かない状況でありながら身体を捻り、紙一重で大斧の一撃を回避してのけたのだ。

 

崩されかけた体勢を整え直す黒騎士と、危なげなく着地し眼光を一層鋭くさせるベート。彼はその目を自身の足元へと……正確には装備している武装《フロスヴィルト》へと向け一瞥し、そして思い切り舌打ちする。

 

「ちぃ……!」

 

精製金属(ミスリル)製の銀靴は美しい曲線を描くメタルブーツであった。装備者の激しい動きにも耐えられる頑丈さは並みではなく、【ヘファイストス・ファミリア】が誇る鍛冶師、椿・コルブランドが鍛えた自慢の逸品でもある。

 

それが今や目も当てられぬ有様になっていた。

 

滑らかだった表面は凹凸が目立ち、ところどころにはヒビまでもが走っている。外部からの魔法効果を吸収する為の黄玉は脛の中心に埋め込まれているのだが、それも左側は砕けてしまった。

 

中身(・・)も無事ではない。見えてはいないだけで彼の両膝から下には至る所に皮下出血が広がっており、骨にもいくつかヒビが入っている。

 

蹴り技を主体とする以上、逆に自身が負傷する可能性は当然ついて回る。しかし冒険し、偉業を成し遂げ、昇華を重ねた肉体は並大抵の事では傷つかない。それが恩恵(ファルナ)であり、神が下界の人々に授けたモンスターとも渡り合える“力”だ。

 

そんな強靭な肉体から繰り出される攻撃を受けても倒れない黒騎士の耐久(タフネス)に、ベートはギリリと音を立てて歯ぎしりする。アイズ同様に攻め切れない、攻撃が当たっても倒しきれない状況に苛立ちを募らせているのだ。

 

「クソッたれめ……!」

 

悪態を吐いても状況は変わらない。いま必要なのは手数ではなく必殺の一撃であり、両脚に負った怪我の具合などは知った事ではない。

 

己がすべき事を理解したベートは、腰に取り付けた鞘から緋色の光を宿した短剣……『魔剣』を取り出し―――それを残された黄玉にあてがった。

 

 

 

 

 

アスフィ率いる【ヘルメス・ファミリア】の団員たちとフィルヴィス、そして彼女に肩を貸されてどうにか立っていられる状態のレフィーヤ。彼女たちの意識は全てが同じ方向に向けられていた。

 

そこにあるのは戦う三人の冒険者の姿。突如として現れた黒づくめの騎士四人を相手取り、息もつかさぬ死闘を繰り広げている。

 

騎士の集団はレフィーヤたちなど眼中にないらしく、気にも留めていない様子だ。常であればこの機に乗じて敵の背後から不意打ちをする所だが、今回ばかりはそうもいかない。敵の強さが桁外れである以上、彼らには割り込む事も出来ないのだ。

 

「み、皆さんが……!」

 

「ウィリディス、無茶をするな!」

 

フィルヴィスに肩を貸されているレフィーヤが助太刀しようとするも、そんな力はもう残されていない。先程放った魔法により彼女の魔力は底を突きかけ、こうして立っているだけでも精一杯なのだ。

 

アスフィは狼狽えるルルネたちを背に、これから取るべき行動について全思考を割いていた。

 

上級冒険者たちの間に割って入る事は出来ずとも、せめて後方支援くらいは。そんな思いと共に、彼女はルルネのいる方を振り返り口を開いた。

 

「ルルネ。貴方は他の者たちを率いて先に帰還しなさい」

 

「ア、 アスフィは?」

 

「私は彼らの後方支援に回ります。これ(・・)があればそうそう危うい事にはならないでしょう」

 

ルルネの問いに、アスフィは履いているサンダルに視線を落としながら答える。【万能者(ペルセウス)】の二つ名に恥じないとっておき(・・・・・)をも使うと決意した彼女はファーナムたちのいる方へと一歩踏み出し、腰に巻き付けたポーチから飛び道具を取り出す。

 

パキリ、と。

 

そんな音が聞こえたのは、ちょうどその時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近い。

 

()は半ば異界と化したダンジョンを通路を駆けながら、そう感じた。

 

全身を覆う黒いローブをはためかせる姿はさながら黒い風。常人の目には残像しか写さない程の速度で疾走する彼の右手には、知らずそれ(・・)が握り締められていた。

 

揺らぎ(・・・)を止めるのに時間が掛かってしまった……この先に誰が居るのかは分からないが、どうか無事でいてくれ)

 

何に祈る訳でもなく、そんな事を脳内で思う。

 

そして幾つもの曲がり角を抜けた先で―――彼の瞳は、死闘を演じる冒険者たちの姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベートの掌から魔剣がぼろりと朽ち果てる。緋色の輝きが失われ、無価値な鉄屑となったそれは地に転がった。

 

そんな末路を辿った魔剣の命を吸い取ったかのように、銀の長靴は赤い息吹をまき散らす。

 

炎の特性を持った魔剣の力を喰らった黄玉は、その力をメタルブーツ全体に行き渡らせた。今やベートの右脚は炎に包まれ、それらはまるで生きているかのように蠢いている。

 

「―――待たせたな」

 

じりじりと間合いを詰める黒騎士に向かって、そう言い放つ。

 

腰を落とし、疾走する直前の前傾姿勢を取ったベート。彼は僅かに犬歯を剥き、琥珀色の鋭い眼光で相手を睨みつける。依然として無言を貫く黒騎士へと抱くのは、もはや純粋な殺意のみである。

 

黒騎士はやはり答えない。その巨躯に不気味な雰囲気を纏わせながら一歩、また一歩と近付いてくる。

 

そして……ついに、ベートが動いた。

 

ダンッ!と一息に間合いを詰める。しかし黒騎士の反射神経も凄まじく、それに合わせて大斧を力いっぱいに振り下ろす。一連の動きを目撃したアスフィたちは動く事も出来ずに息を飲むばかり。未だ激しい死闘を繰り広げるファーナムとアイズもまた、横目でその光景を目にした。

 

彼らの視線を一身に浴びるベート。眼前には漆黒の刀身が迫り、彼を哀れな肉塊に変えようとしている。

 

それに対し、ベートが取った行動は迎撃(・・)だった。

 

「おおぉおッ!!」

 

『!』

 

握り固めた右拳で全力で殴りつける。拳は大斧の側面を叩き、刃の軌道を強引に変えてみせた。

 

ゴキィン!という金属音に混じり、何かがひしゃげる音がした。ベートの右拳は砕け、折れた骨が肉を突き破り、鮮血を振りまく。

 

しかし、そんな事(・・・・)で狼の疾走は止まらない。

 

ベートはその場で大きく跳躍。空中から黒騎士を見下すと、頭から身体を回転させる。同時に炎を宿した右脚が一際大きく燃え盛った。

 

「これでも……」

 

緋色の弧を描く右脚が狙うのは黒騎士の頭部。瞬く間に入れ替わる光景の中でそれを正確に見極める。

 

回転による加速が加わったそれはもはやギロチンの如く。荒ぶる表情を隠しもせず、ベートは咆哮と共に猛火の牙を解き放った。

 

「……喰らえええぇぇえええええええッッ!!」

 

黒騎士の頭部に炸裂する踵落とし。瞬間、灼熱の塊が現れる。

 

吸収した魔剣の力を一気に放出したその一撃は、遠巻きに見ていたアスフィたちにまで衝撃が伝わる程だった。まともに喰らった黒騎士は頭部のみならず、上半身までもが火炎の大爆発に包まれる。

 

一方、爆風を利用して離脱したベートだったが、代償は大きかった。

 

自身が繰り出した攻撃の余りの強さにメタルブーツは粉々に砕け、骨までもが折れてしまった。巻き上がった炎は彼にも襲い掛かり、あちこちに火傷を負っている。

 

「ぐっ!?」

 

上手く着地する事も出来ずにごろごろと地面を転がりながらも、ようやく停止するベートの身体。彼は無事な左手で地面を突き、渾身の一撃を叩き込んだ黒騎士へと目をやる。

 

それは悲惨の一言に尽きた。

 

炎を伴ったベートの蹴りは想像以上のもので、未だ黒騎士の上半身は黒煙に包まれていた。辛うじて見えるシルエットは歪み、誰の目から見ても深刻な状態である事は一目瞭然である。

 

「……ハッ、ざまぁ見やがれ……」

 

勝利を確信したベート。彼は頬の刺青(いれずみ)を歪ませ、口角を吊り上げようとした―――――その時。

 

 

 

ガッ、と。

 

漆黒の鎧から伸びる鉄靴が、地面を強く踏み締めた。

 

 

 

「―――――」

 

どこからともなく、言葉にならない声が聞こえてくる。それはベートが漏らしたものか、あるいはアスフィたちから漏れ出たものか。

 

彼らの驚愕を他所に、黒騎士は纏わりついていた黒煙を払い姿を現す。その姿もまた、彼らに新たなる驚愕と衝撃を与えるものだった。

 

まず最初に、左腕がなかった。爆発による影響か根本から千切れ飛び、盾を構える事はもはや叶わない。右腕には依然として大斧が握られているが、鎧の所々は歪み、罅割れ、元の形を保ってはいなかった。

 

そして踵落としをまともに受けた頭部。二本の角のようなものは消失し、頭頂部も見事にひしゃげている。内部が無事であるはずがない、そんな損壊具合だ。

 

にも関わらず―――動いているのだ。

 

ゆっくりと、しかし確実に。傷口から淡い光の粒子を漂わせながら。

 

「う、嘘だろう……!?」

 

狼狽えるルルネの呟きはすぐに仲間へと伝播した。

 

Lv.5の冒険者が放った渾身の蹴り。それに更に魔剣の力が加わったとなれば、その威力は計り知れない。事実、黒騎士の姿は絶命していなければおかしい状態であり、いよいよもって彼らが尋常の存在ではない事に気付かされる。

 

「何だってんだ、てめぇは……!?」

 

流石のベートもこれには動揺を隠しきれず、それが言葉となって口から吐き出された。

 

この問いかけに返答がある訳もなく、黒騎士は脚が砕けた手負いの獣を仕留めるべく大斧を振りかぶり、今度こそベートを物言わぬ肉塊に変えようとしている。

 

 

 

「っ、不味いッ!!」

 

咄嗟にアスフィが叫び、彼女のとっておき(・・・・・)を起動させようとするも間に合わない。距離が離れすぎているのだ。フィルヴィスもレフィーヤに肩を貸している状態で、それを差し引いたとしても、やはり間に合わない。

 

「ベートさん!?」

 

アイズも異変には気付いていたものの、大剣持ちの相手で精一杯だ。一度(ひとたび)背を向ければそれは致命的な隙となり、彼女の命は文字通り一刀両断されてしまうだろう。

 

「ベートッ!!」

 

余裕を失ったファーナムの声。アイズ以上に苦しい状況に置かれている彼もまた、助けに行く事は不可能である。

 

つまり、ベートを救える者は誰一人としていない。

 

完全なる詰み(・・)だった。

 

 

 

(クソッたれ。とんだ間抜けじゃねぇか、俺は)

 

全身全霊の蹴りを喰らわせたにも関わらず仕留めきれず、自分よりもレベルが低い者たちにまで命の心配をされている。

 

そんな状況にベートは途方もなく苛立っていた。その怒りは他でもない自分自身に向けられている。腸が煮えくり返りそうな感情に駆られるも、傷ついた手足が回復する事はない。立ち上がる事すら困難な状況は、決して覆らない。

 

(……ふざけんなよ、ふざけんじゃねぇぞ!このままむざむざと()られるなんざあり得ねぇ!俺はそんな『雑魚』じゃねぇ!!)

 

もう黒騎士との距離は1Mもない。次の瞬間にも大斧が振り下ろされ、ベートの身体を二つに両断するかも知れない。

 

それでも関係ない。

 

ベートは決して諦めない。普段から『雑魚』と罵っている者たちの同類に成り下がって死んでゆくなど、彼の矜持が認めない。

 

最後の最後、その瞬間まで喰らいつく。それが自らに課した、ベートという男の生き方なのだ。

 

「―――ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

血を吐くように吠え、砕けた脚で立ち上がり、砕けた拳で殴り掛かる。

 

大斧が動いたのは直後。十分に振りかぶられた凶刃は、ベートの上半身を斜めに両断すべく照準を定めている。

 

周囲の者の時間が止まる。結果など分かり切っているはずなのに、誰も来たるであろう凄惨な光景から目を逸らす事が出来ない。

 

そしてそれ故に、全員が目撃する事となったのだ。

 

 

 

 

 

大斧を振りかぶった黒騎士―――――その胸に、特大の稲妻が突き立てられた瞬間を。

 

 




ベートは書いてて熱くなれるので好きなキャラです。


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