時計の針はすでに十時を回り、太陽はさらに高く昇ってゆく。
「『ジャガ丸くん抹茶クリーム味』」
アイズはリヴィラの街のとある酒場で『合言葉』を口にする。
「あ、あんたが、
「彼女で間違いないのですか、ルルネ」
同時刻、ダンジョンの入口には三人の冒険者の姿があった。
「慣れ合うつもりはないぞ、下賤な
嫌悪を隠しもせずに、黒髪のエルフはきっぱりと言い放つ。
「おーおー、喋れるじゃねぇか。この陰険エルフが」
背に受けた言葉に目もやらず、ベートは大股でダンジョンの中へと足を踏み入れる。
「あ、あの。私たちは一応パーティですので、もう少し仲良く……」
そんな二人の後を、レフィーヤは困惑しながらも着いてゆく。
更に同時刻。ダンジョン第25階層には、その階層を調査している者がいた。
「………」
様々なモンスターの現れる広大な階層を彼は……ファーナムは、休まずに歩き続けていた。それが己の求めているものに繋がっていると信じて。
ファーナムはまだ知らない。
アイズたちが彼のいるすぐ上の階層、そこで起きているモンスターの大量発生についての調査に向かっている事に。
何かと因縁をつけてくるベートと、ようやく打ち解けてきたレフィーヤ。そして厳しい顔つきをしたエルフの少女が、同じくそちらへ向かって来ている事に。
そして。
「モンスターの大量発生。恐らく地上の一部の人間は、この真相に勘付いているはずだ」
「ふん……それなら潰すだけだ」
24階層に、赤髪の
「………見つからんな」
25階層に到達し、同階層の調査を始めてから数時間。
ダンジョン特有の上へ横へと入り組んだ地形は、単独で調べ尽くすには余りに広すぎた。マップはあれども広大なフロア。隅々まで調べるとなると、一体どれだけの時間がかかるのか。
フェルズからの情報をもとに歩き回ったものの、収穫は未だにない。そもそも亡者の存在など探しようもなく、ファーナムはまるで雲を掴むような気分になってくる。
『ギギギギギギッ!』
加えてモンスターとの
苦戦する事はないが『中層』とは比較にならないその頻度に、ファーナムはため息を吐きそうになる。25階層に来てから何度目になるかも分からない
『ギッ!?』
それは投げナイフだった。その切っ先は蚊を巨大化させたような姿のモンスターの頭部に深く突き刺さり、気色の悪い色の体液を噴出させて崩れ落ちる。ピクピクと痙攣するモンスターの元へと近付いたファーナムは、その頭部を腰より抜き放った剣で切断した。
一連の出来事に緊張感は全く感じられない。ただの作業のようにモンスターを処理したファーナムは、ふとある事に気が付いた。
「そういえば、今日はまだ食事をしていなかったな」
意識すると同時に、腹部から生じてくる僅かな違和感。ドラングレイグにいた頃は忘れ去っていたその正体は、空腹感であった。
オラリオに来てからというもの、ファーナムは団員たちとの付き合いの一環として食事を共にする事が多かった。その為なのか、今ではある程度決まった時間になると、このように空腹を覚えるようになっていた。
不死人の肉体には不必要なものだが、ファーナムはそうは思わなかった。人間らしい、生物らしい真っ当な欲求を前にして、抗う事が出来なかったのだ。
魔石を拾い仕舞い込み、近くにあった岩の窪みに腰を落とす。かれこれ歩き続けて数時間。大して疲れは感じていないが、携帯している食料を食べる程度の小休憩を取る事にした。
出てきたのは硬く焼いた小さなパンだ。長持ちする代わりに噛み砕くのに力がいるそれは他の団員たちには不評だが、“食べる”という行為を強く感じられる為、実は割と気に入っている。
兜を脱いだファーナムはそれを齧りながら今後の行動を考える。
25階層に足を踏み入れてからここまで歩いてきたが、まだ全体の半分も捜索出来ていない。正規ルートを重点的に探していたが、もしかするとそこから外れた場所にこそ目的のものが見つかるのかも知れない。となると、もう少し深く見て回る必要がある。
「分かってはいたが、やはり骨が折れるな」
半ばほどパンを食べ終わったファーナムは、ここでふとダンジョンの事が頭を過ぎる。
今では当たり前のように考えていたが、ここまでの道のりを振り返ってみると、やはり不思議に感じる。地下であるこの空間に、これほどの大空間が広がっている事に。
入り組んだ迷宮構造に森林地帯、そして25階層から広がる大瀑布に、その更に下に存在する『深層』……かつて自身が旅した、地下深くに広がっていた『聖壁の都・サルヴァ』を遥かに上回る広さと深さは、驚愕以外の言葉が出ない。
そしてその全ての空間に充満している、ソウルとよく似た奇妙な気配。深度に関係なく漂っているそれは冒険者たちには感じ取る事が出来ないらしいが、確かにあるのだ。ソウルという概念が存在しないにも関わらず。
喪失者の侵入や今回の亡者の事と言い、やはりこのオラリオと自分が元居た世界とは、何らかの繋がりがあると見て良いのだろう。それがどのようなものなのか、という肝心の部分は未だに分からないままだが。
「……考えているだけでは埒が明かん、か」
僅か一口分となったパンを口の中へと放り込み、兜を被り直して立ち上がる。
考えても分からないなら歩き続けるしかない。これもまた、長い不死人としての旅路の中で得た知識の一つだ。
ファーナムはその場で地図を広げ、現在地を再確認する。入り組んだ地形だが正規ルートが確保されているため、迷う事はない。多少深く足を踏み入れたとしても、時間さえかければ脱出に困る事は無いだろう。
よって彼は元来た道を戻り、途中にあった横道へと入る決断をする。正規ルートではない道をひた歩き、25階層の奥へと奥へと進んでゆくのだった。
24階層。『大樹の迷宮』が支配する最後の階層にて、金色を纏った風が吹き荒れる。
それは大行進をしていたモンスターの群れを、まるで紙切れのように次々と切り裂いていった。前方にいたモンスターの胴が切り離されると同時に、その後ろのモンスターの眼前に斬撃が迫る。自分たちとは桁違いの脅威に晒された集団はパニックを引き起こし、それが互いの動きを阻害してしまう。
そんなモンスターたちを“風”は……アイズは、無慈悲に切り裂く。
魔法を付与していないにも関わらず、彼女の剣は疾風の如く振るわれた。先日レベルアップしたばかりのアイズにとってこの戦闘は、肉体と精神のずれを
肉体の性能だけで倒せても意味がない。そこにアイズ自身が付いていけなくては、真の意味での強さは手に入らない。その事を理解している彼女は、モンスターの集団に
援護の必要もない程に斬り暴れる【
「……もう、あいつ一人に任せて良いんじゃないか?」
辛うじて声を出せたのはリヴィラの街にて間近でアイズの姿を目にしていた
「そういう訳にもいかないでしょう……」
【
銀縁の眼鏡を指でなぞりつつ、アスフィはルルネの言葉に否を突き付ける。出来る事ならそうしたいのだが、流石にファミリアの弱みを握られている手前、それは出来ないのだ。
数分後、アイズは何でもない顔で彼らの元へと戻ってきた。Lv.6の実力の片鱗を目の当たりにして黙り込む者が多い中、ルルネはそんな空気を払拭するかのように彼女に労いと称賛の声をかける。
「さ、流石【
「ううん、平気……ありがとう」
ルルネの機転によって空気は先ほどまでの朗らかなものに戻った一行は、モンスターたちがいた通路まで降りてゆく。転がっている大量の魔石をサポーターたちが回収している間、アスフィは次の進路を決める。
彼女たちが黒ローブ(フェルズの事だ)から得た情報によると、今回のモンスターの大量発生は
魔石を拾い終えた頃合いを見計らい、一行は行進を再開する。先頭を歩くのはもちろんアイズだ。
「それにしてもさっきの戦闘はすごかったなぁ。ウチにもお前みたいのが居てくれれば、もっと下の階層まで行けるんだけど。……なぁ【
「やめなさいルルネ。【
「うっ。じょ、冗談だよ」
アスフィの言葉にルルネは尻尾をしゅんとさせて縮こまる。アイズはどう反応すべきか分からず、やがて励ますように彼女の肩にポンと手を置いた。
「あ~。せめて“謎の冒険者”とかが現れてくれれば……」
「……その、“謎の冒険者”って?」
「ん?知らないのか、つい最近噂になってる奴の事さ」
顔を上げたルルネがぼやいた言葉にアイズが反応する。
ダンジョンに潜る事が多い彼女だが、そこでの噂話などには疎い。基本的に関心のない事に対してはとことん無関心なのだが、こうしてパーティを組んでいる間に一切の会話がない、というのはやはり居心地が良くない。
なのでアイズは柄にもなく、積極的に会話をしようと試みた訳だ。
「まだ何人も会った事はないみたいなんだけど、何でもモンスターの集団に絡まれて死にそうな所を助けて貰ったって話だ。そいつは全身を黒いローブで覆ってて、どこの誰かも分からないらしい」
黒ローブと聞いて、アイズは10階層で遭遇したあの人物の姿が頭を過ぎった。男か女かも分からない不審に過ぎる出で立ちであったが、ルルネの口調から察するに、その人物の事を指してはいないのだろう。
「所属とか、そういうのも言わなかったの?」
「うん。一言も喋らずにモンスターだけを倒したんだ。で、魔石も拾わずにダンジョンに戻っていったって。おかしな話だろ?恩を着せて金を要求するでもなく、本当にただモンスターを倒しただけなんだ」
だから噂になってるのさ、と締め括るルルネ。
自ら進んで人助けをするお人好しで、かつモンスターの集団を一人で倒しきる実力を持つ“黒ローブ”。先程のぼやきは、そんな物好きな人物がいるのなら小金稼ぎに付き合って欲しいという、彼女の願望から出た言葉であった。
「それに助けられた奴の話じゃ、雷の魔剣まで使うんだとさ。助ける為とは言え、そんな貴重品を赤の他人に使うなんてちょっと普通じゃない……」
「おしゃべりはその辺りで止めなさい。来ましたよ」
そんなルルネとの会話はアスフィによって遮られた。前方にはまたモンスターの集団がおり、アイズたちの行く手を遮っている。数は先ほどよりも少し少ない程度か。
うげ、とルルネが呻き後方の団員たちがざわつく中、アイズは無言で抜刀し地を蹴る。
思考を戦闘時のそれに切り替えた彼女にとって、この程度の数など苦にはならない。数分もしない内に殲滅を終え、一行は再び
小休憩を終えて捜索を再開したファーナム。更に数時間ほど歩いてみたが、やはりこれと言った発見はなかった。
あるのはモンスターとの交戦ばかり。苦戦する事もない、変わり映えしないこの繰り返しにいい加減うんざりしていた、その時だった。
「………?」
ふと何かを感じ取ったファーナムはその足を止める。注意して耳を澄ましてみれば、パキリ、パキ……と何かを砕く音が、目の前の薄暗い空間から伝わってくる。
聞こえてくる音は僅かなものだが、ファーナムが立っている場所の先にその原因があるのは間違いない。正規ルートからはかなり外れているので、他の冒険者が立てている音というのも少し考えづらい。
妙な胸騒ぎを覚えながらもその正体を確認すべく、ファーナムは静かに音の元へと近付いていった。出来るだけ迅速に、しかし注意深く足を進めてゆく。
そして、ある一つの人影を目の当たりにする。
それはファーナムに背を向けた格好で何かをしていた。足元には大量の灰が横たわっており、モンスターの残骸である事が察せられる。メタルグローブに覆われたその人物の手には魔石が握られており、何かを砕く音はこの人物の元から断続的に聞こえてくる。
(何を……?)
何をしているのか訝しむファーナムであったが、次の瞬間にはその目を疑う事となった。
ローブで全身を覆ったその人物は手にしていた魔石を口元へと運ぶと、なんと咀嚼し始めたのだ。
ファーナムの耳に届いた何かを砕く音、それはまさしく魔石を噛み砕く音であった。無論魔石は人間が食べられるようなものではない。そんな真似をするのは同族喰いをするモンスターくらいだ。
そこから導かれる事、それはつまり……。
「おい」
『……!』
気付かれないように屈めていた身体を起こし、剣を引き抜きながら問い詰める。既に臨戦態勢に入っているファーナムの言葉に、その人物は弾かれたように振り返った。
その顔は幾何学的な模様の仮面で隠されており、一切の肌の露出がなかった。フェルズが仮面を付ければちょうどこんな格好になるだろう。この仮面の人物は一瞬だけ動揺を見せたものの、ファーナムと向き合ったまま動かない。
『……迂闊ダッタ』
仮面の人物は様々な肉声が折り重なったような声を発した。その不気味な声に、いよいよ尋常の者ではないという確信を得る。
『マサカコンナ場所デ冒険者ニ出クワストハ』
「今食っていた物は魔石だろう。そんな物を食うのはモンスター以外にいないはずだ……問わせてもらおう、お前は何者だ」
ファーナムは警戒心を更に高める一方で、語気を強めて詰問する。明らかに異常なこの仮面の人物を逃すまいと、兜の奥で深い青色の双眸を鋭く光らせた。
『……見ラレタカラニハ、生カシテオクノハ不味イカ』
そう呟かれた直後、仮面の人物は跳躍してファーナムへと肉薄する。
メタルグローブに覆われた右手を拳の形にし、兜ごと頭部を粉砕せんとその腕を振るった。予備動作のほとんどなかった一連の動きは、人間離れした速度を以て行われた。それはこの階層にまで足を踏み入れる事が出来る冒険者であっても、まず反応出来ないものだろう。
が、その程度でファーナムがやられる訳がない。
『ッ!?』
彼は直剣を切り上げ、眼前へと迫ってきた拳を危なげなく弾いた。まさか防がれるとは思っていなかった仮面の人物は、驚愕すると同時に素早く間合いから離脱する。
たんっ、と軽やかに着地した仮面の人物は、ここでようやく認識を改める。目の前の冒険者はオラリオに住まう有象無象などではなく、己の身を危ぶませる男なのだと。
『オ前、タダノ冒険者デハナイナ……何者ダ』
「質問を質問で返すなよ。問うているのは俺だ」
『………』
剣を突き付けながらそう返すファーナム。事態は仮面の人物との睨み合いとなり、互いに一歩も動かず、こう着した状態が生まれる。
その数秒後か、あるいは数十秒後か。
『……!』
洞窟の外からの振動により崩れた鍾乳石の欠片が地面に落ち、甲高い音を立てた瞬間。仮面の人物は踵を返し、奥へ繋がる洞窟へと逃走した。
「ッ、待て!」
それとほぼ同時にファーナムも走り出す。重厚感のある鎧の金具を軋ませながら、しかしそんな事を感じさせない程の速度で、仮面の人物の後を追う。
通路は曲がりくねった洞窟で、足場も悪ければ視界も悪い。普通であれば多少は速度が落ちるのだろうが、仮面の人物はまるでここの構造を熟知しているかのような動きで駆け抜けてゆく。
ファーナムも相当に足は速いのだが、その距離は徐々に広がっていった。もしも曲がり角に続けて入られたら、追跡は不可能だろう。
(そうなる前に手を打たなければ……!)
薄暗い洞窟内を駆け抜けながら頭を回転させるファーナム。しかし、ここで仮面の人物は予想外の行動を取った。
狭い通路を抜けた先、そこには広い空間が広がっていた。丸いドーム型のその場所は直径がおよそ20M程あり、中隊規模のパーティならば余裕をもって入りきるだろう。そこの中央まで来た仮面の人物は、何故かそこで逃走を止めたのだ。
そこは行き止まりだった。散々走り回って辿り着いたこの空間に、ファーナムは違和感を覚える。あれだけ洞窟内を知った風に走っていたのに、まさか行き止まりに遭遇するなんて間抜けな事があるのか、と。
途端、バッ!と頭上を見上げる。いつの間にか振り返っていた仮面の人物はファーナムを見やり、そして短く言葉を発した。
『殺レ、
『オオオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオ!!!』
降り注がれる蟲のモンスター。それはかつてファーナムと【ロキ・ファミリア】の団員達が、51階層で遭遇したあの芋虫型と同種だった。
腐食液を放ち、倒せば爆発する非常に厄介なこの芋虫型は、最初からこの空間の天井に張り付いていた。仮面の人物は逃走していたのではない、この場所にファーナムをおびき寄せ、芋虫型の集中砲火で始末するつもりだったのだ。
気が付いた頃にはもう遅い。大小様々な芋虫型は途切れなく襲い掛かり、折り重なるようにして侵入者を圧し潰した。爆発こそしていないもののこの物量だ。息の根が止まるのものも時間の問題である。
『手間ヲ掛ケサセテクレル』
しかしこれでもう終わりだ。
早く本来の仕事に戻らねば。死体は喰っておけと命じ、元来た道へと足を進める。すぐ上の階層で進行しているであろう計画の事を考えつつ、仮面の人物が再び迷宮へと戻ろうとした、その時。
ぐ……ぐぐ………と、芋虫型によって形成された山が、僅かに傾いた。
『……?』
仮面の人物の歩みが止まる。同時にその背中を、何か嫌な予感が駆け巡った。
そしてすぐ横にある芋虫型の山へと目をやった……その次の瞬間。
ボッッ!!と、折り重なった芋虫型の隙間から、あり得ない者の姿が飛び出してきた。
『ナッ!?』
攻撃を弾かれた時とは比べ物にならない驚愕に、仮面の人物は言葉を失った。
すっかり潰されたと思っていた冒険者は、どこから取り出したのかも分からない
それぞれの表面には人物画が描かれており、それは左右一対で向かい合う形になっている。がっしりと密着された二枚の大盾……『レーヴの大盾』と『オーマの大盾』を装備したファーナムは、飛び出してきた勢いをそのままに、仮面の人物へと体当たりを喰らわせた。
『ガッッ!?』
咄嗟に回避しようとしたものの間に合わない。その身体は巨大な鉄塊に撥ねられ、すぐ近くの壁へと叩きつけられた。
「生憎と、二度も圧し潰されるのはゴメンでな」
まああれは自業自得なのだが、と締め括り、ファーナムは構えを解いて仮面の人物を悠然と見下ろす。
芋虫型が降り注ぐ直前、ファーナムは両手に大盾を構えた。幸いにもここの天井はそれほど高くなく、落下の衝撃によって芋虫型が潰れる事もない。後は持ち前の膂力で耐え抜けば良いだけだった。
常識外れのこの行動は流石に仮面の人物も予期していなかったようで、逆に奇襲を喰らってしまう事となった。ふらつきながら立ち上がると、仮面越しに怨嗟の声を向けてくる。
『ギッ、貴様、ドコニソンナ物ヲ……ッ!』
「
『ッ、
確信を突いてきたファーナムに、仮面の人物は芋虫型に命令を下す。次こそは確実に息の根を止めるべく、山と化していた芋虫型は雪崩のように蠢き、一斉にファーナムへと殺到してゆく。
それでもほぼ一方向からの攻撃だ。動きの鈍い芋虫型の隙間を縫い、ファーナムは全体をかく乱させる動きで周囲を駆け巡る。芋虫型もその動きに反応できず、集団は徐々にばらけていった。
時に攻撃を躱し、時に大盾で弾き、または押し返す。
腐食液で攻撃させようにも、これだけばらけてしまっては同士討ちになるだけだ。かと言って爆発を狙っても、あの巨大な盾に阻まれてしまうだろう。
『クソッ!小賢シク動キ回ッテ……!』
仮面の人物から苛立ちの声が漏れる。芋虫型は相変わらず右往左往しており、従うべき命令とそれが出来ない状態の板挟みに陥っていた。
やがてファーナムはこの空間の中央で立ち止まった。何のつもりなのか、何か企んでいるのか。だが先手を打てば関係ない。この時を機を見た仮面の人物は、自爆覚悟で芋虫型に砲撃の命令を送る。
『奴ヲ溶カシ殺セッ!!』
その言葉をきっかけに芋虫型は一斉に頭部を上げる。粘液を滴らせる顎を大きく開け、たった一人の標的へと、大量の腐食液を浴びせにかかる。
四方を囲まれた危機的状況。
数秒後に降りかかるであろう腐食性の雨。
しかし、この局面を作り上げた張本人であるファーナムは落ち着き払っていた。両手から大盾を消し去り、次いで左手に
リィン、と。澄んだ音色が奏でられ、その直後。
轟音と共に落雷が、芋虫型たちの頭上へと落ちていった。
果たして何の雷鳴なんだ……。