不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第二十一話 それぞれの思い

濃い夕焼けの光が窓から差し込み、ファーナムの横顔を赤く照らし出した。彼は視線を落としていた本から数時間ぶりに顔を上げ、赤く染まったオラリオの街並みを窓越しに眺める。

 

「……む」

 

広げていた本をパタリと閉じて傍らにあるテーブルの上に置く。そのすぐ隣には読破した書物が10冊ほど積み上げられており、どれだけの時間この場所に籠っていたのかが窺える。内容はオラリオの歴史や魔法に関する書物といった学術書で、ティオナが好むお伽噺とは正反対なものだ。

 

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『黄昏の館』。その建物内部にある書庫の一角に、ファーナムはいた。

 

「もうこんな時間か」

 

すっかり読書に没頭していたので時間の経過にも気が付かなかった。そもそも普段から利用しているのはリヴェリアくらいなので、書庫に人影はなく、それも原因の一つであろう。

 

下の食堂からは食事を作っている香りと、団員たちの談笑の声が聞こえてきている。ファーナムは椅子から立ち上がり、その足を食堂へと向かわせようとした、その時だった。

 

 

 

「アイズたんLv6キタァァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

館中に響き渡る女神の歓声。不意打ち気味に轟いたその声に、ファーナムは眉を訝しげに歪ませた。

 

「……一体なんだ?」

 

 

 

 

 

ウラノスとフェルズとの密会から、すでに数日が経過していた。

 

現在ダンジョンで起きている異変……闇霊(ダークレイス)、喪失者の侵入の情報について、ひとつ分かった事がある。それは、通常であれば真っ先に感知できるはずのファーナムが気が付かずに、ウラノスだけが感知できたという事だ。

 

闇霊(ダークレイス)の使命は侵入した先の世界の主を殺す事。その為彼らはその世界の主を最優先に襲い掛かる。今回ファーナムが相対した喪失者も、その原則からは外れてはいないはずだ。

 

これまで遭遇してきた闇霊(ダークレイス)は、ファーナムを世界の主として認識していた。故に侵入に気が付く事が出来たのだ。しかし今回、喪失者の侵入に気が付く事が出来なかった。それは何故か?

 

ファーナムはここである一つの仮説を立てた。それは、今回の“世界の主”はウラノスではないかというものだ。

 

ウラノスはダンジョン内の魔物が外に出ないように、絶えず『祈祷』を続けているという。恐らくは千年にも及ぶこの行動が原因となり、彼はダンジョンという“世界”の主として認められたのだ。喪失者の侵入に気が付く事が出来たのも、きっとそのせいだろう。

 

そして喪失者はファーナムを見るや否や戦闘態勢に入った。これは恐らく、強大なソウルに反応したのだと思われる。元より闇霊(ダークレイス)とは、ソウルを奪う存在であるが故に。

 

また今回はファーナムが勝利したが、もしも負けてしまった場合、どうなるのかが分からない。ソウルを得て満足して帰るのか、世界の主であるウラノスを殺しに来るのか……闇霊(ダークレイス)の性質から考えるのならば、恐らくは後者だろう。

 

以上の事から、ファーナムは断じて喪失者を野放しにする事が出来なくなった。元よりそのつもりはなかったが、ウラノスというダンジョンの神が殺害される事はつまり、ダンジョンの崩壊を意味する。そしてそれは、オラリオの崩壊に直結する。

 

事態を深刻に受け止めた三人は、以降連携して闇霊(ダークレイス)の対処に当たる事に決めたのだった。

 

ファーナムの帰り際、フェルズは彼にある物を手渡した。それは双子水晶の片割れ、片方の水晶に呼びかける事で、もう片方の水晶に音が伝わるという、フェルズ手製の連絡器具だ。

 

これを受け取り、ファーナムはギルドの最奥を後にした。何かあればこの水晶を使い、すぐに連絡するという言葉を残して。

 

そしてそれ以降、まだ連絡は来ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、館の空き部屋の一室。その床の上でロキはプルプルと悶えながら転がっていた。

 

「ぐ、ぐふぅ……アイズたん、相変わらず容赦ないわぁ……!」

 

何やら凹んでいたアイズに【ステイタス】の更新を促したところ、何と彼女はLv6にレベルアップしていたのだ。有頂天になるロキとは裏腹に、それでも何故かアイズの顔色は冴えなかった。

 

という訳で、ロキはアイズの胸を後ろから鷲掴みにしてみた。

 

今ならイケる!と踏んだロキであったが、その結果は無残にも鳩尾に叩き込まれた肘鉄。転げ回るロキを尻目にアイズはさっさと服を着直し、そのまま部屋を出ていった。

 

「にしても、やっぱ気になるなぁ。せっかくのレベルアップやのに、ニコリともせぇへんやなんて……」

 

いてて、と言いながらようやく立ち上がるロキ。倒れてしまった椅子を直してそこに腰かけ、新しく増えた心配事に額を押さえる。

 

彼女の脳裏に蘇ってくるのは、数日前に交わしたフィンたちとの会話である。

 

 

 

 

 

「どしたん?フィン」

 

「ああ、ロキ。いきなり呼んでしまってすまないね」

 

団員からの伝言を受けてフィンの自室でもある執務室へとやって来たロキを待っていたのは、つい先ほどダンジョンから戻ってきたフィンたちであった。

 

ティオネとティオナ、レフィーヤ。そして執務用の机を前にして座っているフィンは、挨拶もそこそこにいきなり話を切り出した。

 

「今しがた僕らはダンジョンから帰還してきたんだけど、そこで妙なモンスターと遭遇したんだ」

 

「妙なモンスター?」

 

「ああ。信じられない事だが、そのモンスターには魔石がなかった」

 

「……なんやて?」

 

何やら不穏な空気を感じ取ったロキは話の先を促す。

 

フィンは事の経緯を語った。ダンジョン内で見慣れない大きな横穴を見つけた事。そこから魔石を持たないモンスターが出てきた事。そしてその横穴から放たれた、槍を彷彿とさせる雷の一撃……。その内容は、地上に降り立って以来一度も聞いた事がないようなものであった。

 

「山羊やら牛やらに似た外見のモンスターなぁ……」

 

「しかも武器まで持ってたんだよ!でっかいハンマーみたいなのとか、あと鉈みたいなのとか!」

 

「あの鉈は天然武器(ネイチャーウェポン)って感じがしなかったわね。強いて言うなら、冒険者がダンジョンで落とした武器かしら?」

 

「でも、あんな出鱈目な大きさの鉈なんてあるんでしょうか。それに、冒険者が使うには余りに……」

 

ティオナの言葉を皮切りに、ティオネとレフィーヤもそれぞれの意見を言い始める。

 

遭遇したモンスターの内の二匹、山羊に似たモンスターは巨大な鉈を左右の手に持っていた。通常の天然武器(ネイチャーウェポン)にしては整いすぎ、しかし冒険者の得物にしては異様なそれに、三人はどうにも腑に落ちない感情を抱いていた。

 

「あの武器も分からないが、それは重要じゃない。問題なのはモンスターの核である魔石が無かった事だ」

 

どれだけ強大なモンスターであっても魔石を砕かれれば死に至る。それがダンジョンの常識であり、覆ってはいけない絶対の掟である。それを真っ向から否定する存在が現れたのだ。

 

フィンはこの事実を重く受け止めた。魔石という急所がない以上、確実に息の根を止めるには首を刎ねるか全身をバラバラにする位しか方法はないだろう。遭遇した牛と山羊に似たモンスターはフィンたちにとってそれほどの脅威ではなかったが、他の団員たちは違う。もし再び現れた場合、フィンたち以外に的確に対処できる冒険者はどれだけいるだろうか。

 

「ギルドには伝えたんか?」

 

「いや。まだ確認出来ていない事の方が多いし、ギルドに伝えて無駄な混乱を招きたくない。それに現れたのは『深層』の一つ手前の階層だ。あそこまで行ける冒険者は限られているから、今すぐに被害が出る事はないだろう」

 

「そっか……ふぅむ」

 

神妙な顔で頷くロキは顎に手を当て、頭の中で情報を整理する。これも強大なファミリアの主神である彼女の仕事の一つである。

 

その後、フィンは今度の方針を軽く決めた。

 

当然ながら放置は出来ない。数日中に再び元の場所に戻り、あの大穴の詳しい調査に向かう。中がどうなっているのか不明な為、調査は少数精鋭で行く事を伝える。

 

「少し長くなったけど今日の所はここまでにしよう。皆、ご苦労だったね」

 

その言葉でこの場をお開きとなり、ティオナたちは執務室を後にする。ダンジョンから帰ってきてすぐに集まったので、きっと彼女たちはシャワーでも浴びに行くのだろう。

 

それを察したロキはだらしなく鼻の下を伸ばし、こっそり後をつけようとする。部屋を出た彼女たちの足音が遠くなり始めた頃を見計らい、抜き足差し足で追いかけようとした、その時。

 

「ロキ」

 

「ぎくっ!?」

 

フィンの声が背中を射抜き、身体を硬直させるロキ。すっかり黙認されていたかと思っていたセクハラ行為を咎めるつもりなのかと、ロキはそろりと振り返ってフィンの様子を窺った。

 

が、その顔を見て彼女は思わず真顔に戻ってしまう。そこにあったのは苦笑交じりの呆れ顔ではなく、真剣な眼差しであった。

 

「ファーナムの事で、少し聞いても良いかな?」

 

「? 別にええけど……どしたん、そないに改まって」

 

「なに、大した事じゃないさ」

 

ロキは何て事のない風を装いつつ、腰に手をあてて壁に背中を預ける。その佇まいはいつもと変わらぬものであり、誰が見ても何の違和感も覚えないであろう。

 

一方のフィンは机の上で指を組み、ニコリともしていない。面接官を想像すれば分かりやすいか、そんな表情でロキと向かい合っている。

 

「彼がいたファミリアなんだけど……確か【クァト・ファミリア】で良かったかな?」

 

「せやで、ウチの(ふっる)ーい知り合いがやってたファミリアや。けど多分、アイツはもう地上には帰ってこないんちゃうかなー」

 

大仰に両手を広げて天を仰ぐロキ。芝居がかった動作ではあるが、彼女がやると妙に信ぴょう性が出てくるから不思議なものである。これも彼女が天界で道化神(トリックスター)と呼ばれていたせいであろうか。

 

「……そうか」

 

ロキの言葉を黙って聞きていたフィンは数秒の沈黙の後、短くそれだけ口にした。途端に今までの真顔は消え去り、いつも通りの柔和な笑みがその顔に戻った。

 

「引き留めて悪かったね、ロキ。ただ少し気になっただけさ」

 

「なんやそれ。そんなら後でも良かったやーん。せっかくのティオナたちの脱衣シーン見逃してもうたー」

 

「ははは、それはすまなかったね。でもセクハラは感心しないよ?」

 

「あれ、黙認やなかったん?」

 

そんな他愛のない会話を交わした後、ロキは部屋から出ていった。

 

直後、「うおー!今からでも間に合うかも知れんっ、突撃!隣の柔肌やぁー!」と下界の人間にはよく分からない言葉を叫びながら廊下を突っ走っていく女神の姿を、多くの団員が目撃したという。

 

そしてフィン以外に誰もいなくなった部屋で、彼は椅子に深く座り直した。自然と上を向いた蒼い瞳は天井へと注がれ、真っ白な空間を行き先のない視線が漂う。

 

「やる事は沢山あるけど……」

 

やがて誰に言うでもなく、フィンは静かに口を開いた。

 

「……こっち(・・・)の件も進めないと、か」

 

その表情から笑みは消え去っており、代わりに真剣な眼差しがあった。

 

 

 

 

 

「あん時のフィンの目。やっぱ不審に思っとるんやろなぁ」

 

回想を終えたロキの心配事。それは魔石を持たないモンスターというイレギュラーの存在と、フィンの抱いているファーナムへの疑惑である。

 

「いや。ファーナム一人に対してっちゅうより、ウチにも向けられとるんか……」

 

恐らくフィンは“クァト”という神の存在自体を疑っているに違いない。そしてその神を友神(ゆうじん)と言う、ロキの事も不審に思っている。

 

ロキがファミリアの主神という立場故に表立っての追求はしてこないだろうが、それも時間の問題だ。必要に迫られればフィンは何だってやる、そういう男なのだ。

 

「……これは相談が必要やなぁ」

 

頭の中であの鎧姿を思い浮かべつつ、ロキはそう独り言を漏らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上は夕焼けが街の景色を赤く照らし、多くの人々に一日の終わりが近付いている事を告げていた。その一日が過ぎていないのは、ダンジョンに潜っている冒険者くらいであろう。

 

そのダンジョンの何処か。ひたすらに薄暗い空間が続く回廊の中で、鋭い剣戟が鳴り響いていた。

 

「クソッ!何なんだよ、こいつらは!?」

 

「ヨソ見ヲスルナ、マダ来ルゾ!」

 

困惑した声を漏らしながら、その声の持ち主は右手のロングソードを振るう。返す刀で今度は左手のシミターを見舞い、襲い掛かってきた敵を打ち払った。焦りからくる言葉は低く、男性のものである。

 

そんな彼と背中合わせに立つ者は、武器などは使わず己の()をもって応戦している。荒々しい攻撃は敵の身体に食い込み、傷口をずたずたに抉ってゆく。その声はどこか奇妙で、石を擦り合わせたような印象を与える。

 

互いの安全を確保しながら戦うその姿は、まさに実力者のそれだ。事実、彼らの腕前はそこらの冒険者よりもよっぽど上であり、並み大抵のモンスターであれば容易く返り討ちに出来る。

 

が、彼らが現在相対しているのは、そんなものとは程遠い者たちだった。

 

『オボオォォオオオオオ!!』

 

「ぐっ!?」

 

耳を塞ぎたくなるような不気味な叫び声と共に、それ(・・)は手にしている武器を振るった。

 

しかし、それは果たして武器と言えるのか。半ばで折れてしまったガラクタにしか見えない代物……『折れた直剣』が、二刀を操る戦士へと直撃する。身に着けている鎧によって大事には至っていないが、ロクに整備されていないのか、少なからず衝撃が伝わった。

 

くぐもった悲鳴が漏れるも咄嗟に噛み殺し、すぐに斬り返す。振るわれた剣は敵の首を刎ね、身体は支えを失ったように倒れる。

 

そんなやりとりを、彼らはもう何度繰り返しただろうか。

 

『ォォオオォオオオ……』

 

『ェア゛ア゛ァァアアア……』

 

『ヴァァアアァァ……』

 

それら(・・・)は皆、一様に悍ましい見た目をしていた。

 

骨と皮だけにまで痩せ細った身体に纏っているのは、ボロボロに朽ちかけた防具。手にしている武器も粗末なもので、刀身が折れた剣や簡素な作りの槍、それに手斧といったものだ。

 

兜の隙間から見える双眸はどれも爛々と光っており、生を持つ者全てを憎んでいるかのようにすら思える。露出した部分から見える地肌に水分は感じられず、まさしく『亡者』と言う言葉がぴったりと当てはまる。

 

モンスターでも冒険者でもない、未知の敵。そんな者たちが二人を取り囲むようにして迫っているのだ。

 

「ちっ、キリがねぇ」

 

「アア。シカモ奴ラ、己ノ身ガ傷ツク事ヲ恐レテイナイ」

 

「やっぱ首を斬り飛ばすか、バラバラにするしか方法はないってか」

 

先ほど()による斬撃を受けた敵は、腹部をごっそりと持っていかれていた。それなのに、もう武器を構えて戦闘態勢に入っている。他にも片腕を斬り落とされたり、腰から下を失った者までもいるが、やはり何事も無いかのように動いている。

 

異常なまでの打たれ強さと数の力を前に、いよいよ二人の顔にも焦燥の色が浮かんでくる。

 

「まさか同胞(なかま)の探索中にこんなのと出くわすなんてな、とんだ厄日だぜ」

 

「アノ横穴カラ出テキテイル様ダガ……」

 

指摘された場所はダンジョンの通路上にある。『未開拓領域』かとも思ったが、それはない。何故なら彼らは今まで、この場所を何度も行き来しているのだ。そんな空間があれば、とっくの昔に見つかっているはずだ。

 

しかし現にこうして未確認の横穴があり、そこからこの亡者たちはやって来ている。中がどうなっているのか想像もつかないが、きっとロクな場所に繋がっていないだろう。

 

そうこうしている間にも数は増え続け、気が付けば30にも届くような数の亡者たちが溢れている。このままではジリ貧だと察した二人は覚悟を決め、強行突破に移ろうとする。

 

「私ガ道ヲ切リ開ク。リド、オ前ハ後ニ続ケ!」

 

「おう、グロス。端からの襲撃はオレっちが受け持った!」

 

互いの名を呼び合い、ついに二人は地を蹴った―――――その瞬間に。

 

 

 

カッ!!と。ダンジョンの通路内を、眩い光が照らし出した。

 

 

 

「!?」

 

その余りの眩さに思わず目を塞いでしまう二人。衝撃らしきものは感じられなかったが、光が治まり始めてようやく周囲を確認する事が出来た。

 

一体何が起こったのか。そんな疑問は、目の前に広がる光景によって瞬時に消えてしまった。

 

「なっ……!?」

 

「何ダ、コレハ……!」

 

絶句する二人が目にしたもの。それは、あれほどいた亡者の群れの半数程が、見る影もなく死んでいる光景だった。一体一体の身体はバラバラに千切れ飛び、青白い光の粒子が周囲に漂っている。

 

『ギィアッ!!』

 

呆然としていた二人は、背後から聞こえてきた悲鳴に反応する。振り返ってみればローブで身体を覆った謎の人物が、手にしている大剣で亡者たちを斬り飛ばしているではないか。

 

その衝撃は凄まじく、5~6体が纏めて吹き飛ばされている。この人物の足元には切断された亡者たちの身体が折り重なって倒れており、先ほどまでいた残りの半数はこの人物の手によって始末されたのだろう。

 

「君たちは……人、ではないようだな」

 

「!?」

 

言葉を失う二人の元にある声が投げかけられた。それは男のものであり、いつの間にいたのか、横穴のすぐ隣に立っていた。彼は大剣を手にした者と同じく、その姿をローブで足元まで覆っている。その手には魔法使いが扱うような、木製の杖が握られていた。

 

見るからに怪しい人物だが、しかし今、重要なのはそれではない。

 

(やばい……見られた!)

 

彼らが焦る理由。それは彼らの姿形にあった。

 

人の容姿とはかけ離れて統一性がなく、見る者に嫌悪と恐怖を与える。ダンジョンに足を踏み入れた者ならば必ず目にする、人類の敵である姿……ダンジョンに密かに居つき、冒険者の目を掻い潜って今まで生きてきた彼らは『異端児(ゼノス)』と、ごく一部の者にそう呼ばれている。

 

通常とは異なる、知性を有したモンスター。巷で密かに噂されている鎧を着たモンスターなどの正体は彼らの事で、その存在は明るみには出ていない。それはひとえに、彼らが冒険者たちに見つからないように注意を払っていたからだ。

 

しかしこうして姿を見られてしまった以上、その安寧は壊れてしまうかもしれない。鎧を着込んで冒険者に擬態(・・)しているリドならまだしも、グロスはその種族ゆえに防具は着ておらず、モンスターの姿がはっきりと晒されている。現れたタイミングから考えても、先ほどまでの会話は聞かれている可能性が高い。

 

リドとグロス、二人の頭の中に警鐘が鳴り響く。この状況をどう打開するか、話せば分かってくれるのか、傷つけてしまっては取り返しのつかない事に、しかし……!

 

様々な考えが浮かんでは消えていく中、この状況を打ち壊したのはまたしても男の声だった。

 

「行きたまえ。別に君たちの後を追う気はない、私たちが来た目的はこれ(・・)だからね」

 

男はそう言うと、地面に散乱している亡者たちの死体に向けて指をさす。大剣を持ったローブの人物は二人に特に興味がないのか、肩に剣を担いでよそを向いていた。

 

「………ッ!」

 

決断は早かった。男の言葉を吟味する時間がなかったとも言える。

 

リドとグロスは示し合わせたかのように踵を返し、走ってその場を後にした。10秒もすると後ろ姿すら見えなくなり、ダンジョンは元の静けさを取り戻していた。

 

後に残ったのはローブ姿の二人組の姿と、その足元に散乱した亡者たちの死体のみである。

 

「良かったのですか?先ほどの二人は……」

 

言葉を発したのは大剣を担いでいた人物だ。薄暗い通路に反響する声は透き通っていて、年若い少女を連想させる。男はそんな声に軽く頷き、そして歩み寄りながら答える。

 

「彼らの目には知性があった。である以上、彼らもまた王の守るべき“人”と言えるだろう」

 

オラリオに住む者が聞けば卒倒するような事を平然と口にする。その事に女も納得しているのか、特に反論する事もなかった。

 

二人は亡者の死体で溢れた通路を見下ろし、そして間もなく本来の目的である仕事に取り掛かる。

 

「さぁ、早いところ“揺らぎ”を止めてしまおう」

 

 


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