不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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今回は会話メインです。

原作の探り合うような会話描写に近づけるよう、これからも頑張っていきたいです。


第十七話 女神の秘め事

 

「ウラノス、今戻った」

 

「ご苦労だったな、フェルズ」

 

「構わないよ。私は貴方の私兵だからね」

 

アイズたちが赤髪の女を取り逃がした、ちょうど同じ頃。

 

足首までも隠れるほどのローブの裾を揺らしながら、フェルズはウラノスの背後に現れた。ギルド内で密かに『幽霊(ゴースト)』と噂されているだけあり、その登場の仕方はまるで影の中から湧き出たかのようである。

 

軽い挨拶を終えると、ウラノスはダンジョンでの事を尋ねてきた。フェルズもそこでの事を隠さず語り、持ち帰った情報を全て明け渡す。

 

フェルズが依頼を出した冒険者であるハシャーナが殺害された件。新種のモンスターの大量発生に、それを先導する調教師(テイマー)の女の存在。新たに判明したこれらの事実から、ウラノスは頭の中でパズルを組み立てる。

 

「先日、街中で起きたモンスターの暴走。その中には新種のモンスターがいたな?」

 

「ああ。タイミングから考えて、これも件の調教師(テイマー)の女が関わっているだろう。もっとも、相手の筋書き通りにはいかなかったようだが」

 

敵は怪物祭(モンスターフィリア)の騒動を直前まで知らなかったのだろう。

 

溢れ出たモンスターの討伐のために地上に繰り出された多くの冒険者の姿を見て、慌てて新種のモンスターを引き戻した。そう考えれば、あの中途半端な数の出現にも説明がつく。

 

「隠していた場所は例の地下水路か」

 

「恐らくはそうだろう。私が調べただけでも複数、モンスターが潜伏していた形跡が見られた」

 

「悪い知らせが続くな……だが多少は敵の戦力が見えてきた」

 

「あの『剣姫』と互角以上に渡り合う、【ガネーシャ・ファミリア】の団員よりも優れた調教師(テイマー)の存在。それだけでも非常に厄介だが……それだけでは終わらないだろう」

 

そう語るウラノスとフェルズの頭の中に浮かぶ単語は、闇派閥(イヴィルス)

 

かつてのオラリオ暗黒期。秩序を嫌い、混沌を好む神々によって組織された集団は、すでに掃討された。しかしその残党は未だに息を潜め、オラリオ転覆の機会を伺っていたのだろう。

 

確証がある訳ではないが、一連の事件の裏には確かに闇派閥(イヴィルス)の息遣いを感じる。敵の思い通りにさせないためにも、早急な対応が必要だ。

 

「フェルズは引き続きダンジョンの調査を頼む。必要とあれば『異端児(ゼノス)』たちにも協力を仰げ、お前の裁量で決めていい」

 

「ああ。リドたちもそろそろ別の『隠れ里』に移動する頃だ、実力のある者たちに調査を頼むとするよ」

 

私一人では限度があるからね、と付け加えたフェルズはひとまずこの話を終わらせる。

 

そして魔術師は別の話題を男神へと切り出した。

 

「ダンジョンに現れた“何か”、見てきたよ」

 

「どうだった」

 

「何とも形容しがたい見た目だったが……受けた印象を一言でまとめるなら、あれは“亡者”だ」

 

フェルズは声を若干落として、ダンジョンで見たものを語る。

 

あのうすら寒さすら感じる赤黒い異様な姿は、間違いなくモンスターなどではなかった。

 

37階層、いわゆる“深層”と呼ばれるエリアからは戦士系のモンスターが出現してくるが、それらとも違う。第一に実力が段違いだった。

 

中堅クラスの冒険者を凌駕する膂力と、それに伴う確かな技量があの“亡者”には備わっていた。それこそ第一級冒険者と比べても遜色ないほどに。

 

「ダンジョンで生まれたモンスターの変異種という可能性もなくはないが、恐らく違う。あれはそんなモノではない、もっと別の……」

 

「……お前でも分からないか。偉大なる英知を誇った、過去の賢者であっても」

 

「無茶を言わないでくれ。私の知識は神の足元にも及ばない」

 

乾いた笑い声を挟み、フェルズは続ける。

 

「その“亡者”を倒したのは一人の冒険者だった。特徴から見て、最近【ロキ・ファミリア】に加わったという例の彼だろう」

 

「【クァト・ファミリア】を名乗った冒険者、ファーナム。過去の記録は一切不明、そもそも冒険者として登録された記録もない、正体不明の男……」

 

ウラノスであっても未だに全貌が掴めない謎の男、ファーナム。

 

正体不明の存在をオラリオの冒険者として登録するのは危険な事でもあったが、彼が申請した改宗(コンバート)先は【ロキ・ファミリア】。抜け目のない、しかし決して悪神ではない主神に賭け、ウラノスはロイマンに申請を受理させたのだ。

 

こちらから不用意に正体を探るよりも、泳がせて正体を掴む。

 

結果としてこの行動は吉と出た。“亡者”との手慣れた戦闘の様子をフェルズから伝えられ、ウラノスは静かに目を閉じる。

 

「これまでの情報から判断すると、少なくともあちらに悪意はないと見て良いだろう。出来る限り早急に、彼の正体を知りたい」

 

「それは、つまり……」

 

フェルズはその先を口にせず、ウラノスの言葉を待つ。

 

やがて老神は目を薄く開き、自身の私兵へと視線を向け、口を開いた。

 

「フェルズ。彼と接触を図れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『不死人よ。お前は何を望む?』

 

『偽りの安寧に満ちた世界か、真の生を歩む世界か。光か、闇か』

 

『決断するのだ、不死人よ。私を倒したお前にはその義務がある』

 

『さぁ、不死人よ……お前は何を望む?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファーナムは兜の奥でゆっくりと瞳を開けた。

 

まず目に入ってきたのは魔石灯の淡い光だ。小タンスの上に設置されたそれを、ファーナムは部屋に戻った時はほぼ毎夜灯している。心の安らぎでもあった篝火の明かりを思い出せる、という理由でだ。

 

無論、本物とは程遠いが多少の気休めにはなる。

 

事実、壁に背を預ける形で床に腰を下ろしていたが、気が付けば瞳を閉じていた。そしてそのまま心地よい微睡(まどろ)みに身を委ねた。

 

しかし……。

 

「………」

 

目が覚めると同時に脳裏を過ぎる疑問。

 

何かを忘れていたかのような、妙な引っ掛かりをファーナムは覚える。その感覚は、恐らく人が見る“夢”に近いだろう。

 

「……まだ未練を捨て切れないのか、俺は」

 

自嘲と共にそう独り言を呟き、ファーナムは身体を起こす。大して時間は経っていないのか、鎧に覆われた全身に凝りは感じられない。

 

その場で立ち上がり、軽く首を鳴らして部屋を見渡した、その時だった。

 

「およ、起きてたん?」

 

キィ、と扉が開かれる。

 

取っ手にかけられた手は白く、ほっそりとしていた。荒事とはまるで無縁の手の持ち主は、開いた扉からひょっこりと顔を覗かせた。

 

赤髪に糸目の女神、ロキだ。

 

「ロキか、どうした?」

 

「んーん、特に用があった訳やないけどなぁ」

 

そう語る彼女の手には透明の酒瓶があった。ボトルの首を親指と人差し指で挟み込み、残った指で器用に二つのグラスを持っている。すでにいくらか引っかけていたらしく、その頬はほんのりと赤みを帯びていた。

 

遠慮した様子もなく、ロキは部屋の中へと入ってゆく。そして手近にあったテーブルの上に酒瓶を置くと、グラスの一つをファーナムへと差し出した。

 

「なんやよう寝付けんくてな。せっかくやし新規の眷属と、こうして親交を深めよう思て」

 

「新規と呼ぶには少し時間が経ち過ぎているがな」

 

「なーに、言葉の綾や」

 

どうやらまだ外は夜らしい。ファーナムは軽口を交わしつつ、差し出されたグラスを手に取った。

 

そしてロキと対面する形で椅子に座ると、彼女は酒瓶を傾けてきた。無言ではあったが、口の端に浮かべた笑みが彼女の機嫌の良さを表している。

 

トクトクトク、と注がれる酒は無色透明で、清涼感すら感じさせる芳醇な香りが部屋中に広がる。

 

「ちょっと前に酒屋で見つけてな。『(ソーマ)』っちゅうねん、コレ」

 

「『(ソーマ)』?」

 

「そ。酒造りが趣味の無愛想な男神(おとこ)が造っとるモンでな?まぁ性格には(なん)しか無いけど、味は本物や」

 

ウチの好物(オキニ)なんよ、と言い、ロキは自分のグラスにもなみなみと『(ソーマ)』を注いでゆく。ファーナムはその様子を見ながら、被っていた兜に手をかけた。

 

兜を取った瞬間、その芳醇な香りが鼻を叩く。先ほど以上に強く感じるそれに、流石のファーナムも軽く目を見開いてしまう。

 

「ほな、乾杯や」

 

「む……」

 

カチン、とグラスの縁同士が音を立てる。ロキは手慣れた様子でグラスを(あお)り、ファーナムは静かに口をつけた。

 

「!」

 

直後、口内を甘い芳香が蹂躙する。

 

強烈な甘さであるにも関わらず、喉を滑り落ちれば尾を引かない後味。幸福感すら感じさせる余韻は凄まじく、甘い酒を嗜まない者でもたちまち虜にしてしまう事だろう。

 

ファーナムもその余韻に浸り、やがて酒精を伴った吐息を漏らした。ロキもまた幸せそうな表情をしており、グラスに満たされていた『(ソーマ)』はすでに半分程度にまで減っていた。

 

「かぁー、旨いっ!やっぱコレやな!」

 

「……余韻も何もあったものじゃないな」

 

「固いこと言わんといてや、ファーナム。酒なんて幸せに飲めればそれでええんよ」

 

そう言ってロキは残りの酒を飲み干し、再びグラスに酒を注いだ。やれやれ、とファーナムは呆れつつ、もう一口グラスに口をつける。

 

二人はしばらくそのまま飲み続けた。

 

味わうように飲むファーナムとは対照的に、ロキの飲み方には遠慮がなかった。その為、気が付けば酒瓶の中身はほとんどない。残った酒を二人で分け合っても一口分程度しかないだろうか。

 

「あー……もうほとんど無くなってしもた」

 

「飲み過ぎじゃないのか?」

 

「むしろこっからが本番なんやけどな、ウチは」

 

口を尖らせたロキは酒瓶を傾ける。酒好きな彼女にしては意外な事に、独り占めするのではなく、残った酒をきっちり半分ずつ二つのグラスに注いだ。

 

二人は再びグラスを鳴らし、残りの酒を飲み干す。

 

「ここからが本番、か」

 

空になったグラスをテーブルに置き、ファーナムはロキの目を見る。

 

人間(こども)の嘘を見抜く神の目。それを真正面から見据えるその姿を他の者が見れば、ともすれば神同士の対談に思えてしまうだろう。

 

ロキもまた、ファーナムの深い青色の瞳を見つめている。糸目を薄く開き、髪の色と同じ朱色の瞳を覗かせ、いつになく真剣な面持ちで。

 

「そうだな、ここからが本題(・・)なんだろう?」

 

「……まるで神と話しとるみたいや」

 

「お前たちには遠く及ばんが、俺もそれなりに長生きしている身だからな。もう何百歳になるかは忘れてしまったが」

 

ファーナムは小さく笑い、ロキの言葉を待つ。

 

しかし軽口の応酬はなく、返ってきたのはロキの静かな声音であった。

 

「自分の存在に、ウラノス……ギルドの主神が勘付いとる」

 

その言葉に、ピクリとファーナムの眉が動いた。

 

ウラノスという神の名前はこれまでに何度か聞いた事がある。オラリオという迷宮都市に住んでいる以上、ダンジョンの管理者とも言える老神を知らない訳がない。

 

曰く、その神は絶大な神力によって祈祷を行い、ダンジョンからモンスターが溢れ出るのを防いでいるという。この迷宮都市が造られた当初からそれは変わらず、日夜ダンジョンを監視している、とも。

 

それが事実であれば、彼がファーナムの存在に気が付かない訳がない。

 

喪失者が現れた時もそうだ。

 

あの闇霊(ダークレイス)に反撃されそうになった時の、思わぬ加勢。偶然にしては出来過ぎたタイミングであったし、最初から喪失者を敵として認識していたような気配すらあった。

 

以上の出来事から推測できる事は……。

 

「その神……ウラノスは俺という存在(異常)を認識した上で、手を出していないだけだと?」

 

「せや。ダンジョンにいきなり現れた正体不明の存在。それが早々に【ロキ・ファミリア】(ウチら)の仲間になったから、下手に手ぇ出すわけにもいかんくなったっちゅうトコやろ」

 

【ロキ・ファミリア】は巨大派閥だ。下手に密偵などを送り込めば、逆に暴かれてしまう。そう考えたウラノスは、ファーナムの事を知る機会を窺っていたのだろう。

 

“思わぬ加勢”は、恐らくウラノスの関係者、あるいは協力者。ダンジョンに現れた異変(喪失者)の調査に出向き、そこで偶然にもファーナムと出くわしたのだ。

 

少々乱暴な推測だが、筋は通る。ファーナムはこの推測をもとに、今後の方針を考える。

 

「恐らく、また何らかの動きがあるだろう」

 

「せやな。ウラノスが自由に動かせる手駒を持っとるんはほぼ決まりや。ならそれを使って、自分に接触してこようとするハズや」

 

「俺には冒険者としての身分があるから、下手に暴れ回ることは出来ない。例えば日中の街中や、酒場とか……な」

 

「そこを突いてくるか、あるいは一人になった時か。いずれにせよ用心しぃや、ファーナム。あっちには自分がタダの冒険者やないってバレとるんからな」

 

「ああ。お前たちに迷惑をかけないよう注意しよう」

 

「……そういう事やないんやけどなぁ」

 

ファミリアの迷惑にはならないと答えたファーナムに、ロキは難しそうな顔でそう漏らした。何故彼女がそう呟いたのか、ファーナムは密かに疑問に感じる。

 

ロキは椅子から立ち上がると、ファーナムの隣に移動してきた。意図が分からず片眉を上げるファーナムの肩に両手を置き、ロキは労わるように口を開いた。

 

「何はともあれお疲れ様や。ご褒美にウチが出張【ステイタス】更新したるわ。こんな夜中にしてくれるなんて中々ないでー?」

 

「なんだいきなり?」

 

「まぁまぁ、気にせんでええって。そういえばファーナムは【ステイタス】更新、まだしとらんかったやん?せっかくやし今やっとこうと思って」

 

「……まぁ、構わんが」

 

そして半ば強引に、ファーナムの【ステイタス】更新が行われた。

 

鎧をソウルに還し、むき出しの背中をロキの前に晒す。ロキは持参していた針で指を軽く刺し、ぷっくりと浮かび上がった神血(イコル)をその背中に落とした。

 

その血を起点にして、背中に波紋が広がってゆく。やがて【神聖文字(ヒエログリフ)】と数字が浮かび上がり、ロキは手慣れた様子で羊皮紙にそれを写していった。

 

「ほいっと。出来たで」

 

更新された【ステイタス】が書き写された羊皮紙を受け取ると、ファーナムは鎧を着直しながらそれに目を通した。

 

 

 

“―――――”

Lv 1 

力:I0→9  耐久:I0→3  器用:I0→4  敏捷:I0→11  魔力:I0→8

 

《魔法》

ソウルの業

魔術、奇跡、呪術、闇術など多岐にわたる。これらはかつてソウルと共に興り、故にソウル無くしては存在し得ない。

 

《スキル》

闇の刻印

死亡しても、篝火があればそこで蘇生可能。しかし死ぬ度に人間としての在り方を失う事となる。

 

 

 

「……」

 

特に思う所もなく、ファーナムは読み終えた羊皮紙を仕舞った。自分の【ステイタス】に対して無頓着にも思えるその姿に、ロキは苦笑いと共に語り掛ける。

 

「そんなに興味なさそうやなぁ」

 

「まぁな。ソウルと引き換えに器を昇華させていた時と比べると、成長の度合いは微々たるものだ。事実、それほど変わった感じがしない」

 

「普通はLv1の時が一番成長が著しいんやけど、ファーナムの場合は最初からめっちゃ強いしなぁ。偉業を打ち立てるんがランクアップの一番の近道やけど……」

 

「そっちは気にはしていない。それよりも……何だ。新しい《魔法》や《スキル》が発現していなかった事の方が、な」

 

「おっ、何やファーナム。やっぱそういうんは気になるん?」

 

ロキはおちょくるようにしてファーナムに詰め寄る。今度はファーナムが苦笑いし、観念したように口を開いた。

 

「ああ。何せ未知の、しかも俺にしか発現しないかも知れないものだ。気にするなという方が無理だ」

 

「そりゃなー。でもレフィーヤの『エルフ・リング』みたいな超希少な《魔法》やら何やらが発現するんはそうそうないで?むしろファーナムのその《スキル》の方がよっぽど……!」

 

そこまで言いかけて。ロキはハッ、とばつの悪そうな顔をした。

 

ファーナムが持つ《スキル》。確かにそれはオラリオ中を探しても見つける事の出来ない希少なものだ。冒険者という死と隣り合わせの稼業を営む者からすれば、喉から手が出るほどに。

 

死んでも次がある。今度はもっと上手くやれる。ファーナムの持つ《スキル》を手に入れれば、誰もがこのような楽観的な捉え方をするに違いない。

 

しかしそれは、決して『祝福』と呼べるようなものではない。

 

殺されても死なず、死にたくても死ねず。やがて理性を失い、ソウルを求めるだけの亡者に成り果てる定めにある存在……不死人へと変貌させる“闇の刻印”。その事の重大さは、呪いを受けた者にしか理解できないのだ。

 

望まずに“それ”を抱いてしまったファーナムを前にして、ロキがうっかり零してしまったその言葉。いくら楽しく酒を酌み交わし朗らかな雰囲気であったとはいえ、あまりに軽率過ぎた自分の言葉を呪った。

 

しかし当の本人であるファーナムは、さして気にしていないようだ。

 

「あー……すまん、ファーナム」

 

「そう気に病むな。俺が不死人である事は事実だからな」

 

そう言ってファーナムは椅子から立ち上がり、テーブルの上に置いてあった兜を被り直した。

 

「そろそろ自室に戻れ。もう遅いだろう」

 

「せやな。うん、お休みぃ」

 

退室を促されたロキは素直に従い、部屋を後にした。閉じたドアの向こうから床が軋む音が漏れ、ファーナムが床に腰を下ろした音なのだとロキは悟った。

 

“不死人は眠らない。似たような状態になる事はあるが、それは安眠とは程遠い”。これはファーナムの身の上を聞いた時に、彼自身が言った言葉だ。

 

その言葉を裏付けるように、僅かな金属音が聞こえてくる。恐らく武器の整備をしているのだろう。他の団員たちを起こさないように、音に気を付けているのが分かる。

 

「……そないに他人に気ぃ遣えるんなら、もっと自分の事も大事にせいっちゅうねん」

 

これまでの生活でロキが感じ取ったファーナムの人となり。それはよく気配りの出来る人間(・・)である、という事だ。

 

二人でいる時にファーナムは自身の事をよく不死人と言って貶めるが、それは人間……つまり生者への羨望や未練があるからではないか。恐らく生来の気質もあるのだろうが、不死人になっても心だけは人でありたいという思いが、彼の行動に如実に現れているのだ。

 

しかし不死人の成れの果ては亡者。生者のソウルを貪り喰らう醜悪な化け物だ。

 

そうなるかも知れない存在が真っ当な人の世にいる事に対し、ファーナムは葛藤を抱いている。だからこそ必要以上に自身を“不死人”と呼んでしまう。まるで自分に言い聞かせるように。

 

人面獣心ならぬ、獣面人心。

 

数百年の時を不死人として歩んできたにも関わらず、抱き続けた人の心が今のファーナムを苦しめているのだ。

 

それでも彼は、いざとなれば我が身の危険も顧みず、死地にも飛び込んでしまうのだろう。

 

(だからこそ、まだあれ(・・)の事を伝える訳にはいかんのや)

 

薄暗い廊下を進みながら、ロキは密かに決意を新たにする。伝えるのに相応しいと判断したその時まで、己の胸の内に隠しておくのだと。

 

【ステイタス】更新の際、ファーナムに渡した羊皮紙に記載しなかった項目。恩恵(ファルナ)を授けたあの日から発現していた、もう一つの《魔法》の存在を。

 

 


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