不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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お久しぶりです。

投稿が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

まだ見てくれる人がいれば幸いです。



第十四話 闇霊

三人の少女が固まっている姿を崖の上から見下ろしながら、男は―――否、男から剥ぎ取った顔面を張り付けた女が、懐から取り出した草笛を口にする。独特の甲高い音が風に乗って、18階層全体に木霊した。

 

直後、リヴィラの街を包囲するように無数の触手のモンスターが姿を現す。以前にもオラリオの街中に現れ、多大な被害を与えたものと同じモンスターである食人花の群れだ。

 

街にいた冒険者たちは当然慌てふためいた。しかしその中に紛れ込んでいた実力者たちによって統制を保ちつつ、彼らは湧き出たモンスターたちの対処へと当たり始めた。

 

だがそれも女の計算の内、本当の目的である緑色の宝玉の近くには僅か三人の少女たちしかいない。

 

(さっさと殺して奪い返す。これ以上計画を狂わされては堪らない)

 

タンッ、と女はその場から飛び降りる。高速で過ぎてゆく視界には奮闘する冒険者たちが映ったが、まるで気にも留める事はなかった。彼女にとって彼らなどは取るに足らない有象無象の一つでしかないのだから。

 

故に、それ(・・)が彼女の眼に一瞬でも留まったのは必然であった。

 

19階層へと通じる洞窟から這い出るかのようにして姿を現したその存在は、およそ尋常な見た目とは言い難い。

 

フードを目深に被ったせいで顔すら見えず、幽鬼のようにゆらりと歩く姿は見る者に言いようのない不安感を与える。だというのに、その足取りはやけにはっきりとしていた。

 

(赤黒い……人影?)

 

地面へと落下してゆく女はそんな事を思ったがそれだけであった。本来の目的を遂行すべく、再び意識を少女たちのいる場所へと向ける。

 

食人花の群れによって蹂躙されるリヴィラの街。

 

混乱を極める戦場。

 

その只中(ただなか)に、一人の怪人(クリーチャー)と一体の闇霊が参戦した。

 

 

 

 

 

「五人一組で固まって対処に当たれ!敵は魔力に反応する、リヴェリアが大規模魔法で付近のモンスターを集めるから、それを叩くんだ!!」

 

フィンの鋭い指示が飛ぶ。

 

見慣れないモンスターの大群の強襲に浮足立っていた冒険者たちはその声で我に返り、そしてその指示の通りに行動する。これが功を奏し、辛うじてリヴィラの街の防衛は成功していた。

 

とは言え、それでも緊急事態である事に変わりはない。ティオネとティオナが先陣を切って襲い来るモンスターたちを倒し、一刻も早く事態の収拾を図ろうとしていた。

 

「あぁクソッ!邪魔ァ!!」

 

「毎回毎回どこから来るのさーっ!?」

 

悪態と文句を吐きながら湾短刀(ゾルアス)大双牙(ウルガ)を振るうアマゾネスの姉妹。奮闘する彼女たちを視界の端に確認しながら、ファーナムもまた己の武器を振るっていた。

 

「ふんっ!!」

 

『ギイィッ!?』

 

目前に迫っていた食人花。大口を開いたその醜い頭部に、巨大な鉄塊による一撃が見舞われる。

 

ぐしゃっ!という音とともに短く絶叫した食人花の頭部が千切れ飛ぶ。魔石を内包した部位を失った長大な体は地に伏し、瞬く間に灰へと還っていった。

 

撃破を確認したファーナムは振るった武器、『番兵の大槌』を肩に担ぎ上げて周囲を確認する。未だあちこちで戦闘が継続しており、戦況は一進一退と言ったところだろう。

 

そこでファーナムたちの出番である。

 

止めを刺しきれない彼らに代わり、取り押さえている隙に大槌を振るう。超重量の一撃は食人花の硬い表皮をモノともせず、次々に挽肉へと変えていった。

 

「ファーナムッ!」

 

自身を呼ぶ声に振り返ると、そこにはちょうど着地した格好のフィンがいた。Lv6の身体能力を如何なく発揮し、彼もまた食人花の討伐に当たっていたのだ。

 

ヒュンッ、と槍を回転させ、こびり付いた体液を振り落としつつ、フィンはファーナムの元へと歩み寄る。

 

「戦況はどうだい?」

 

「相変わらずだ。倒した端から湧いてキリが無い」

 

「そうか、こっちも似たような感じだよ」

 

戦闘の最中(さなか)に短く互いの情報を交換する二人。

 

あちこちで食人花の対処に追われている冒険者たちの顔には疲労の色が滲んでいる。今はまだ持ちこたえているが、いつまでも戦闘が長引けばこちらが不利になってしまうだろう。

 

「しかしこれ程の数のモンスター共、一体どこから……」

 

「奇襲のタイミングも良すぎる。まるで今まで息を潜めていたみたいだ」

 

「モンスターが計画的な行動を取ったと?」

 

「そうだとしたら、この侵攻は裏で誰かが糸を引いているに違いない。つまり―――」

 

「―――調教師(テイマー)か」

 

フィンが言おうとしていた言葉をファーナムが口にした。フィンは神妙に頷き、更なる推測を巡らせる。

 

「宿屋での犯行の第一容疑者は件のローブの女だ。その女がこの事態にも噛んでいるんだとしたら、最低でもLv4以上の実力を持つ調教師(テイマー)という事になる」

 

「厄介だな」

 

「ああ、だが見つけさえすれば僕たちで畳み掛けられる」

 

そう語ったフィンは周囲をぐるりと見回す。調教師(テイマー)ならばそう遠くにはいないだろうと考え、怪しい人物がいないかどうか探しているようだ。

 

彼に倣い、ファーナムも武器を担ぎ直して周囲を警戒する。

 

(食人花を捌きつつ、同時に調教師(テイマー)を捜索、撃破しなければ、か……)

 

脳内で今後の方針を決めたファーナムはフィンと反対の方向へと向き直り、ひとまずは周囲の食人花たちの撃破に移る事にした。

 

視線の先ではちょうど、ティオネが両手に構えた湾短刀(ゾルアス)で食人花の長大な体躯を切断していたところだった。すかさず他の冒険者たちが倒れ込んだモンスターに殺到し、止めを刺す。

 

即席とは言え見事な連携を見せる彼らに加わるべく、ファーナムが一歩踏み出そうとした―――――その時だった。

 

 

 

 

 

その赤い人影が、ファーナムの視界に映り込んだのは。

 

 

 

 

 

「………ッ!?」

 

兜の中の双眸が大きく見開かれ、ファーナムは一瞬呼吸を忘れる。その変化は明確なもので、後ろにいたフィンはすぐに感付いた。

 

「ファーナム、どうしたんだい?」

 

フィンの声がやけに遠く感じる。それだけではない。周囲の音が遠ざかって聞こえているというのに、鼓動を刻む自身の心臓の音だけは異様に大きく聞こえるのだ。

 

このオラリオに来てからも焦燥感などは幾度か感じたことはある。しかし今回ファーナムが抱いたこの思いは、間違いなく最大のものであろう。彼の視線は、その元凶である存在に釘付けとなる。

 

流石に様子がおかしいと思ったフィンはファーナムの視線を辿る。そして、彼もまたそれ(・・)の存在に気付いた。

 

「……なんだ、あれは」

 

フィンは警戒の色を含んだ声を漏らした。同時に、その赤黒い人影は二人のいる方向へと顔を向ける。

 

両者に開いた距離は直線にして、おそよ100M。ちょうど集落と森林地帯とを隔てる、なだらかな崖の付近にそれはいた。

 

ごろごろとした岩やモンスターの残骸、そして多くの冒険者たちが入り乱れた戦場であるにも関わらず、ファーナムはそれ(・・)が真っすぐに自分だけを見つめている事を確信する。

 

『……ォ……』

 

それ(・・)はだらりと垂らしていた右腕を背に伸ばす。その手は背負った大剣の柄を握り、ずるりと気味の悪い動きで引き抜く。

 

引き抜かれた大剣の切っ先が地面に突き刺さる。その大剣も刀身から柄まで、全てが赤黒く染まっており、遠くから見れば握っている腕と同化しているようにも見える。

 

やがてその赤黒い人影は動きを見せた。目深に被ったフードの奥からファーナム目掛け、身の毛もよだつような咆哮を上げたのだ。

 

『ォォヲヲオオオオオオオオオオオオォォォッ!!!』

 

周囲に雄叫びが反響する。その大音響にリヴェリアが、ティオネが、ティオナが、そして多くの冒険者たちが、ビクリと肩をすくませた。

 

フィンも硬直こそしなかったものの、その表情は固い。まるで得体の知れない奇怪な人物の登場に、冷静に状況を分析しようとした。

 

 

 

………が、それよりもファーナムが動くのが早かった。

 

 

 

「フィンッ、モンスター共は任せたッ!」

 

「!? ファーナム!?」

 

フィンの返答を待たず、ファーナムはドンッ!と地を蹴った。

 

向かうのは当然、それ(・・)のいる場所だ。100Mはあった距離を、鎧と巨大な武器を持っているとは思えぬ速度で駆けて行った彼は、接触する手前で己の武器を水平に振りかぶる。

 

「ぬんっっ!!」

 

ファーナムの振るった大槌が大剣とぶつかる。赤黒い人影は大剣を両手に持ち、剣の腹の部分を盾のようにして防御の構えを取った。

 

食人花の固い体表すらひしゃげさせる一撃をまともに受けるも、大剣はびくともしない。普通に考えれば折れるなり曲がるなりするはずなのだが、その気配すらない。

 

『ォアアァ!!』

 

ファーナムの一撃を受け切った赤黒い人物は、素早い動きで手にしている大剣を薙いだ。横なぎのこの攻撃をファーナムはバックステップで回避、同時に手中にあった番兵の大槌を消し去り、一振りの直剣と盾を取り出した。

 

大剣が完全に振り切られたことを確認し、開いた間合いを詰め剣を振るう。今度はまともに食らったようで、赤黒い人物は僅かに怯んだような素振りを見せた。

 

『ガッ……!?』

 

「ふんッ!」

 

ファーナムの攻撃は終わらない。追撃とばかりに、ぐらついた赤黒い人物の腹を目掛けて蹴りを放つ。ベートのような威力のある蹴りではなかったが、直撃したその身体はバランスを崩し、崖の下へと滑落する。

 

赤黒い身体は吸い込まれるようにして落ちてゆき、やがて森林地帯へと消えていった。崖と言ってもなだらかな斜面なので、さほどのダメージは無いだろう。

 

「ファーナム!」

 

「! リヴェリアか」

 

崖下を覗き込んでいた視線を回せば、杖を携えたリヴェリアがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。その背には彼女の本来の武器ではない(誰かから拝借したものだろう)大型の破砕弓と矢筒がかけられている。

 

扱うのにそれなりの技量と筋力を要求するであろう得物を身に着けているリヴェリアに対し、こんな状況にも関わらずファーナムはその芸達者ぶりに感心してしまう。

 

そんな胸中を知る由もないリヴェリアは彼の元までやってくると、ファーナムと同じようにちらりと崖下を覗き込んだ。そしてその視線を外し、緊張した面持ちで問いかける。

 

「この下に落ちたのか」

 

「ああ。しかしこの程度の高さだ、致命傷は負っていないだろう」

 

「そうか……しかし、あれは何なんだ?」

 

リヴェリアは眉をしかめて抱いた疑問を口にする。それは当然のもので、そうであるが故に、ファーナムは返答に躊躇してしまう。

 

どう言おうか迷った彼であったが、結局お茶を濁す形で、当たり障りのない言い方を選んだ。

 

「……すまない、詳しい事は言えん。だがあれを放っておく事は出来ん」

 

それだけ言って、ファーナムは崖へと足を向ける。追撃のために自身もまた崖の下へと行こうという訳だ。

 

「待て、一人で行くつもりか?」

 

彼の意図を察したリヴェリアは、せめて誰かと一緒に行動した方が良いと忠告する。長く生きている彼女でさえも初めて見た、およそ尋常の者とは思えない怪人物を相手に、一人で立ち回るのは危険だと。

 

しかしファーナムは彼女の言葉に対し、首を横に振る。

 

「いや、あれは俺に任せてもらいたい。他の者では危険すぎる」

 

「しかしお前も……」

 

「心配なら無用だ。あれとの戦い方なら心得ている。それに何よりあれとは……あれら(・・・)とは、少なからず因縁がある」

 

話は終わりだとばかりに、ファーナムは勢いよく崖下へと身を躍らせた。

 

リヴェリアは駆け降りるようにして斜面を下ってゆくその後ろ姿を見ていたが、やがて踵を返した。いつまでもここで見ている訳にはいかない、まだまだ食人花の群れは多いのだから。

 

彼女は他の冒険者に交じり、手にした弓で次々に食人花を射抜いてゆく。魔法を使わないのは、彼女の放った魔法に反応して他の食人花たちが殺到しないようにするためだ。

 

『ギギィッ!?』

 

『ギャギッ!』

 

大きく開かれた口腔内に内包された魔石を正確に射抜きつつ、リヴェリアはファーナムの身を案じる。最近加入した新参者ではあるが、彼の人となりくらいは分かっているつもりだ。

 

一見不愛想にも見えるが、その実仲間思いで確かな実力を併せ持つヒューマン。それがリヴェリアの抱いたファーナムへの印象だった。しかし、彼女たちが思いつきもしないような、予想外の戦法をとる危うさもあるのも事実だ。

 

(無茶な真似だけはするなよ、ファーナム)

 

初対面の時に見せたあの無謀な戦い方を思い出しつつ、リヴェリアは黙々と矢を放ち続けた。

 

 

 

 

 

ファーナムがいた場所であるドラングレイグには、実に様々な敵がいた。

 

その大半が自我を失った不死人、亡者と呼ばれる類の者たちであったが、中にはデーモンと呼ばれる別種のものもいた。これらは大抵、他の個体にはない特殊な能力なり特性なりを持っており、倒すのには苦労したものだ。

 

しかしそんな者たちよりもファーナムが危惧している敵がいた。それが闇霊(ダークレイス)と呼ばれる存在だ。

 

彼らは他世界に霊体として侵入し、その世界の主……つまりは他の不死人を殺害するまで付け狙うのである。亡者やデーモンとは違い自我を持ち、時に待ち伏せ、時に他の闇霊(ダークレイス)と共闘したりするので、一番出会いたくない敵でもあった。

 

しかし、そんな多種多様な攻撃手段を用いる闇霊(ダークレイス)どもの中にあって、一際異彩を放っている存在があった……それは“喪失者”と言う。

 

喪失……読んで字の如く、失う事。この“喪失者”という闇霊(ダークレイス)は、帰るべき己の世界を見失った不死人の姿だ。霊体のまま他世界を渡り歩き、自分の元居た世界に帰ることもできず、無限に等しい時間を徘徊する、ある意味での不死人の成れの果て(・・・・・・・・・)とも言える。

 

他の闇霊(ダークレイス)……血の契約やひび割れた赤い瞳のオーブを用いて侵入してくる敵ならば極まれに話が通じる分、まだいい。しかしこの“喪失者”と呼ばれる存在は話など通じる由もない、形を成した災厄なのだ。そしてそれは現在、明確にファーナムに照準を合わせている。

 

つまり、この場で倒す以外に方法は無いのだ。

 

 

 

 

 

(何故だ………何故、こんなところに喪失者が……)

 

ファーナムは現在、18階層にある人の手の加えられていない場所、森林地帯にいた。

 

鬱蒼(うっそう)と生い茂る草木に視界を阻まれるのは痛手であったが、崖の上で戦っている他の冒険者たちから姿を隠せるのは行幸であった。ファーナム本来の戦い方ができるからだ。

 

「椿からはあまり他者に見せるなと言われたが……今が良い時だろう」

 

そう言って、ファーナムは右手に握っていた直剣を消し、代わりに別の得物を取り出した。

 

それは巨大な片刃の斧であった。黒く弓なりに曲がった刀身は、天井に自生している発光する苔と石英の輝きを反射し、鈍い輝きを放っていた。ファーナムが好んで使う事が多かった武器、『竜断の三日月斧』である。

 

雷の属性を宿したこの武器と『赤錆の盾』を携え、ファーナムは奥へ奥へと進んでゆく。

 

「狩猟の森を思い出すな」

 

尤も、あの場所はここまで広大ではなかったが。

 

しかし広いとは言ってもこの森林地帯は比較的明るく、また出現するモンスターも大して強くない。せいぜいが『バグベアー』といったところだろう。よってファーナムは喪失者の捜索に全神経を注いでいた。

 

喪失者の攻撃パターンは記憶しているとはいえ、強敵である事に変わりはない。下手をすれば殺されるのはこちらの方だ。地上の篝火で休息をとったが、確実にあの場所で蘇生できるとも限らない。このオラリオの地で死んだ事など無いのだから。

 

不安要素はあるが、殺されるつもりなどは毛頭ない。場所は違ってもやる事は同じ、殺される前に殺すだけである。

 

「奴が落ちたのは……この辺りか」

 

ファーナムは崖の上から確認した、最後に喪失者を目視できた場所にまでやって来ていた。落下したと思われる地面はえぐれており、どうやらここにいたのは間違いないようだ。

 

足跡のようなものもあったが、それはすぐに雑草が生い茂る地面に隠れてしまって追跡は出来ない。やはり目視でどうにかするしかないと、ファーナムは嘆息する。

 

と、その時であった。

 

『ギィァアアアアアアアアアアアッ!!』

 

「ッ!」

 

森林の暗闇の奥から、突如として一体の食人花が襲い掛かってきた。

 

粘液を振りまきながら開かれる巨大な顎による攻撃を、ファーナムは盾を使って防ぐ。受け流しにも似た動きで回避し、右手に握った武器を天高く振りかぶった。

 

『ゴッ……!?』

 

食人花が振り返るよりも速く、次の瞬間には斧が振り下ろされていた。ギロチンを彷彿とさせる勢いで振り下ろされたファーナムの一撃は、鋭い雷光と共に食人花の頭部を切断する。その断面は焼けただれており、竜断の三日月斧の威力を如実に物語っていた。

 

どさっ、と落ちた頭部を油断なく踏み潰す。内部の魔石が踏み砕かれ、灰へと還ってゆく食人花を見下ろす事もなく、ファーナムは森の奥に広がる暗闇を見やった。

 

そこには更に、複数体の食人花が控えていた。一瞥しただけで4体、恐らくはそれ以上の数の食人花が長大な体躯をうねらせ、森の奥から蛇行しながらこちらへと殺到してくるのが分かる。

 

「砦から溢れ出た奴らか……!」

 

食人花の群れは現在フィンたちが抑えているが、当然あれだけの数になると取りこぼしが出てきてもおかしくはない。それらと運悪く、ファーナムがかち合ってしまったのだ。

 

ファーナムは兜の中で小さく舌打ちすると同時に、手中にあった盾を消し去る。代わりにその手に握られたのは、小さく、しかし力強く燃える火であった。

 

呪術の火。呪術師が術の行使の際に用いる触媒で、ファーナムが最も多用する異能の力でもある。

 

(この数を相手に防御は悪手か。ならば―――)

 

ゴウ、と手の中の火が大きく燃え盛る。

 

食人花たちは木々が立ち並ぶ中、なぎ倒しながら強行突破してきている。狭い空間を一丸となって攻めてきているのが仇となり、思うように進めていない様子だ。

 

その隙を見逃さず、ファーナムは先制攻撃を仕掛けた。

 

掌で燃え盛る火は勢いを増し、やがてそれは大きな炎へと変貌を遂げる。十分な大きさになった火球を、ファーナムは迷う事なく食人花の集団へと投げつけた。

 

「ふッ!」

 

まっすぐに飛んで行った炎球は木々の間をすり抜け、狙い通りに食人花たちへと着弾。そして、巨大な炎が炸裂した。

 

『『『 ギィアアアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!!? 』』』

 

耳をつんざく金切り声。

 

ファーナムが放った炎の名称は『大火球』という。巨大な球体状の炎を生み出し、それを敵へと向かって投げつける。単純だが、それ故に強力な呪術だ。

 

出だしは上々。そう踏んだファーナムは次の呪術の行使に移る。

 

一方の食人花たち。先頭を進んでいた4体の内、2体が脱落し、もう2体は身体を焼かれる激痛にその場でのたうち回っていた。そんな同胞を乗り越え、新たな食人花たちがファーナムのいる場所へと向かう。

 

いよいよ両者の距離が詰まる。障害となっていた木々も全てなぎ倒され、食人花たちが一気に押し寄せてきた。

 

しかしファーナムは慌てることなく、兜の奥で双眸を見開き、ギリギリの瞬間を見極める。

 

(―――――今だ!!)

 

ファーナムは瞬時に横へ飛びのき、食人花との接触を回避した。そのままゴロゴロと地面を転がり、片膝立ちの恰好で元居た場所を振り返る。

 

小回りの利かない食人花たちは無理に体勢を変えようと試みるが、それは遅かった。彼らはすでに、ファーナムの仕掛けた罠にまんまと嵌まってしまったのだから。

 

『……ギ?』

 

一体の食人花が不思議そうに呻いた。そして―――――。

 

 

 

ドッッ!!と、先ほどの比ではない巨大な炎が、突っ込んできた食人花たちに襲い掛かった。

 

 

 

悲鳴を上げる食人花たちは、全身に燃え移った炎にもがき苦しんでいる。生きたまま全身を焼かれる苦痛を味わう敵の姿を前に、ファーナムはすっくとその場で立ち上がった。

 

「ふう……知性の低いモンスターで助かった」

 

そう独りごちるファーナムが行使した呪術、それは『漂う火球』だった。

 

対象がそれに触れると同時に爆発する特性を持ち、主に敵をおびき寄せて使用される呪術である。そんな地雷のような呪術は、今回の食人花のように知性の低い敵にこそ真価を発揮する。

 

うまく罠に嵌まってくれたおかげで、残った食人花の数はだいぶ減っていた。せいぜいが4,5体といったところであり、ファーナムは右手に携えた竜断の三日月斧を握りなおす。

 

ここから先は残党狩りだが、それでも気を抜くような愚は犯さない。地面を踏みしめ、ファーナムは一息で敵との距離を詰めた。

 

未だのたうち回っていた一体の食人花の身体を駆け上り、そのまま一気に頭部へと到達。そしてその頭に重たい一撃を叩き込む。

 

『ギャッ!?』

 

花弁を纏ったような頭部を半ばまで唐竹割りにし、その中にあった魔石を砕く。その身体が灰へと還る前に、ファーナムは別の食人花の身体へと飛び移った。

 

ファーナムが飛び乗った事を感じ取った食人花は、焼けただれた身体でめちゃくちゃに暴れ狂う。周囲にいる同胞を巻き込む形だが、そんな事などお構いなしといった様子だ。

 

「ぬぅ……っ!」

 

流石にこれには堪らず、しがみ付いていた手をパッと放す。空中へと放り出されたが、それしきで怯むファーナムではない。

 

空中で体勢を整え、両手で柄をしっかりと握る。眼下には暴れ狂う食人花がおり、無防備にその長大な身体を晒している。

 

そこを目掛け、ファーナムは大上段からの斬撃を見舞った。

 

「はぁあッ!!」

 

『ガァアアアァッ!!』

 

曲がりくねった身体を断ち切るような上空からの斬撃は、食人花の身体を複数に切断した。口腔内の魔石を破壊するまでもなく、深刻なダメージを受けた食人花はその場で絶命する。

 

ダンッ!と着地したファーナムは、森林地帯を横に見る形で残りの食人花たちと対峙しなおす。全ての個体が全身に火傷を負っているものの、すでに混乱からは解けていた。己を傷つけた怒りを隠しもせず、ガチガチと歯を打ち鳴らしている。

 

(残りは3体か。ここはあの時と同じように『誘い骸骨』を使って………)

 

ファーナムが残った食人花たちとの戦法を模索していた、その時であった。

 

 

 

 

 

『ォォオオオオオオッッ!!』

 

 

 

 

 

「!?」

 

視界の端からこちらへと急接近してくる何かを察知した。それは雄たけびを上げ、ファーナムの身体を両断する勢いで、その大きな得物を振り上げている。

 

ファーナムは咄嗟に竜断の三日月斧を使って防御する。しかし本来の使い方とは違うため、直接の斬撃は防げたものの、大きな衝撃を受けてしまう。

 

「ぐっ!」

 

喉の奥からせり上がった呻き声を漏らすも、何とか持ちこたえた。そして受けた衝撃を利用し、強襲してきた相手との距離を稼ぐ。

 

バックステップに似た動きで後方へと逃れたファーナムは、ここでようやく、強襲してきた者の姿を視界に捉えた。

 

「クソ……やはりか」

 

ファーナムはそう悪態をついた。現状、最も危惧していた事態が起こってしまったのだ。

 

『ウ゛ゥゥ……』

 

それはフードの奥の暗闇から呻き声を漏らし、振り抜いた大剣を肩に担ぐ。赤黒い身体はこの森林地帯には到底不釣り合いで、毒々しいまでの異彩を放っている。

 

喪失者。

 

形を成した災厄が、最悪のタイミングでファーナムへと対峙した。

 

 


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