不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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年内最後の投稿です。


第十二話 フィリア祭

 

怪物祭(モンスターフィリア)

 

大規模ギルド【ガネーシャ・ファミリア】主催で年に一回開かれる行事で、その目玉は何と言ってもオラリオの闘技場を使用して行われる催しである。

 

わざわざダンジョンから連れてきたモンスターを観客の前で手懐ける、つまりは調教(テイム)する。迫力のあるその光景はモンスターに馴染みの薄い住人から冒険者まで、幅広く人気がある。

 

ファーナムはそんな手に汗握る演目を一目見ようと多くの観客でごった返す闘技場……ではなく、別の場所に来ていた。

 

娯楽に沸く人々とは別の意味で騒がしいその場所は、オラリオの都市第二区画―――工業区である。

 

生産系の仕事に従事する筋骨隆々の男達がせわしなく資材を運び、ドワーフ達は下手くそな歌を歌いながら鉄を打つ。あちこちから怒号が飛び交う街並みを、ファーナムは中心地に向かってひた歩く。

 

やがて見えてきたのは平屋作りの建物だ。ファーナムは教えられた通りの場所と外見である事を確認し、中へと入る。

 

それと同時に、太陽とは別の熱気がスリットから流れ込んでくる。

 

室内に充満する熱気の元は真っ赤に燃える炉だ。そして周りの景色が揺らめくほどの高温であるその場所には、一人の女が一心不乱に鉄を打っている。

 

鍛冶場だと言うのに袴とさらしだけしか身に着けていないその女はファーナムが入って来た事にも気付いていない。このまま待っていても良かったが、それでは何時までかかるか分からないと踏んだファーナムは、背を向けたままの彼女に向けて声をかける。

 

椿(ツバキ)・コルブランドか?」

 

「おお?」

 

その声に女は鉄を打つ手を止めた。その顔に幾つもの汗を纏わせながら、彼女はファーナムのいる方へと振り返る。

 

「なんだ、見ない顔だの。手前に何か用か?」

 

左目を覆う眼帯が印象的なその女、椿は不思議そうな顔でファーナムを見る。丸められた右目に子供じみた印象を抱きながら、ファーナムは簡潔に挨拶をする。

 

「フィンから聞いていると思うが……【ロキ・ファミリア】のファーナムだ」

 

「おお、ではお主が!」

 

その言葉に椿の顔色が変わった。少し待ってくれ、と中断していた作業を再開する彼女。素早く、しかし手抜かりなく打たれる鉄は見る見るうちに形を整えられ、やがて一本の剣へと姿を変えた。

 

「すまんな、待たせた」

 

「構わんさ。時間はある」

 

道具を片付けながら近づいてきた彼女にファーナムはそう応じる。長時間室内に置かれ、既に温くなっているコップの水を一気に煽ると、椿はその手を差し出した。

 

「初めまして、だな。手前が椿・コルブランド、主にフィン達の武器の整備をしている者だ」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

煤まみれのその手と、ファーナムはしっかり握手を交わす。固い握りが力強い印象を与えてくる彼女は挨拶もそこそこに、興味深々といった表情を向けてきた。

 

「フィンから聞いておるぞ。お主、何やら珍しい武器を持っておるようではないか」

 

多少食い気味で迫ってくる椿。ファーナムはそんな彼女の様子を見て、フィンがこの場所に自分を寄越した理由を悟る。

 

(フィンめ、これを狙っていたな)

 

君程の実力者が入団したなら椿に会いに行くと良い、と言ったフィンの言葉を思い出す。

 

恐らく彼はファーナムの持つ様々な武器についてその手の専門家、つまりは椿に鑑定を依頼したのだろう。『数日後にファーナムがやって来るからよろしく頼む』と言った具合に。

 

別に隠すような事でも無いが、それでも色々とあれこれ詮索されるのは良い気分ではない。ファーナムは兜の奥で嘆息しつつ、好奇心丸出しの椿をその手で制する。

 

「分かった、見せよう。だから少し落ち着け」

 

「おお!話が分かる!」

 

椿は小躍りせんばかりに喜び、近くにある煤まみれのテーブルをはたきで簡単に掃う。ここに並べて見せてみろ、という催促が透けて見える行動に、ファーナムは再び嘆息した。

 

「落ち着け、と言ったが?」

 

「良いではないか。手前は鍛冶師、珍しい武器を前にして落ち着き払ってなどいられるものか!」

 

(はよ)う、(はよ)う!と、まるで玩具(おもちゃ)をねだる子供のような彼女の勢いに折れたファーナムは、自身の中のソウルからある物を取り出す。初めてその光景を見た椿から感嘆の声を受けながら、ファーナムはそれをテーブルの上に置いた。

 

「これは……」

 

「魔法のボルトと言う。クロスボウに装填して使う」

 

取り出したもの、それは一つのボルトであった。

 

初めてアイズ達と会った場所、ダンジョンの『闘技場』でモンスター達相手に使ったそれを手に取り、椿は興味深げに眺める。

 

「確かに魔力は感じられる……しかしこのボルト自体は普通の物と変わらないようだが」

 

「鋭いな。確かにボルト自体は何の変哲もない」

 

そう言ってファーナムは、小さな小瓶を取り出す。中には何らかの液体が入っており、粘性が高いそれは淡く発光している。

 

「『香ばしく香る粘液』だ。ボルトにはこれが練り込まれている」

 

「こんな物が……!」

 

ボルトを置き、椿はその小瓶を手に取った。眉間に皺を寄せてじっと見つめる彼女は、その小瓶から目は逸らさずファーナムに語りかける。

 

「他にも、何か特別な武器はあるのか?」

 

「幾つかはな」

 

ファーナムは更に武器を取り出す。二振りの直剣と片手斧、重厚な金属音と共にテーブルにそれらを置き、それぞれについて説明を始める。

 

「『炎のロングソード』と『竜断の三日月斧』だ。それぞれに炎と雷の属性が付与されている」

 

「属性……つまりは魔剣か」

 

「尋常ではない敵との戦闘では重宝している。使いすぎるとすぐ壊れてしまうのが少々難点ではあるが」

 

「確かに魔剣は便利だが、その分消耗も激しいからな」

 

「ああ、その度に打ち直してもらうのは骨が折れるが」

 

「なに?」

 

ここまで素直に説明を聞いていた椿であったが、ここでその顔に疑問の色が浮かぶ。何かおかしな事を言ったかと訝しむファーナムに、彼女はおもむろに口を開いた。

 

「お主の口ぶりから察するに……この武器は今まで壊れた事がある、という事か?」

 

「何度かは、な」

 

質問の意図が読めないファーナムは素直にそう答えたが、椿はその答えに、片手で頭を押さえて俯いた。彼女の先程までとの様子の違いにファーナムは僅かに戸惑う。

 

やがて顔を上げ、ファーナムを真っすぐに見る椿。彼女は落ち着いた様子で、その口を開いた。

 

「お主、これらをどこで手に入れた?」

 

「……気になるか」

 

「答えられぬのならばそれで構わん、しかしこれはあまり他人の目に触れない方が良い」

 

椿はそこでファーナムへと視線を移す。その目は先程の好奇心に満ちた目では無く、まるで危うい存在を見るような、どこか心配そうな印象を与えてくる。

 

「まず第一に、一般の武器に属性を付与させるようなアイテムなど、手前は聞いたことが無い。その魔剣に関しても同様だ。魔剣は壊れればそれで終わり、修復可能な代物ではない」

 

椿のその言葉に驚く。

 

ファーナムの心中を察してかは知らず、椿は忠告する。

 

「こんな便利な武器やアイテムがあると知れれば、それを欲しがる輩はお主を付け狙うやも知れん。雑多な輩であれば問題ないだろうが、それでも【ロキ・ファミリア】まで面倒を(こうむ)る事になるぞ」

 

「ファミリアに迷惑をかけるような真似はくれぐれも避けろ、と」

 

「そういう事だ。手前らは【ロキ・ファミリア】と懇意にさせて貰っておるしの、余計な火種は少ない方がお互いの為だろう」

 

「お前は詮索しないのか」

 

「その魔剣の製法自体には興味がある。しかしお主はそれを語りたくはないだろう?」

 

「それは……」

 

その通りだ。不死人に共通の概念であるソウルがここでは通用しない以上、製法も何も説明のしようが無い。それこそ『余計な火種』が増えるだけだ。

 

ファーナムの沈黙を肯定と受け取った椿はそこでフッ、と微笑み、先程鍛え上げたばかりの剣を手に取る。

 

「手前は鍛冶師、故にその魔剣には確かに惹かれる。しかし今はまだ手前だけの力で、最高傑作と言える物を作り上げてみたいのだ。今その製法を聞いては、恥ずかしながら手前の決心が鈍ってしまいそうだ」

 

「……そうか」

 

手元にある剣を見つめながら語られた彼女の言葉。そこに込められた固い信念を感じ取り、ファーナムはテーブルに並べられた武器を仕舞う。これ以上この場に晒す必要も無いだろうと判断しての行動だ。

 

「では、武器の注文を頼めるか」

 

ファーナムのその言葉に、椿はにぃ、と笑う。

 

「ああ、もちろんだ。どんな得物が良い?」

 

「直剣を。壊れにくく、威力の高いものを……」

 

 

 

と、その時だった。

 

 

 

ドンッ、と腹に響くような重低音が響き渡った。

 

聞こえた音の大きさから発生源は工業区(ここ)からは遠くの方だろうが、オラリオでの日常ではまず聞かないような音に、椿は眉をしかめる。

 

そんな椿を差し置き、ファーナムは工房から出て外の様子を確認する。周囲には椿と同じように、先程の音を不審に思った人々が表に出て何事かと話し合っている。

 

ファーナムはそれらの人々を見回し、ある一点に視線を集中させた。

 

場所はオラリオ市街地。フィリア祭当日という事もあり多くの人々で賑わうその場所からは、ファーナムがいる場所からでも分かる程の粉塵が舞っていた。

 

「市街地で何か起こっておるのか?」

 

振り向けば、椿も工房から出てファーナムと同じ方向を見ていた。目を凝らして市街地を見張る彼女に、ファーナムは短く告げる。

 

「俺は様子を見てくる。椿、武器については任せたぞ」

 

「あっ、おいファーナムっ!」

 

椿の制止の声も聞かずに、ファーナムは市街地へと走り出す。

 

何事も無ければという思いとは裏腹に、市街地に近付くにつれて轟音は更に増していった。

 

 

 

 

 

オラリオの広場に出てみれば、そこでは街中の人々で溢れていた。フィリア祭という事で当然と言えば当然なのだが、その顔は誰もが焦燥に駆られている。

 

ファーナムはそのうちの一人に話しかけ、何が起きているのかを尋ねる。

 

「何が起きている?遠くから土煙が見えたが……」

 

「ああ?アンタ知らないのか?」

 

露天商風の男から話を聞く。

 

なんでもフィリア祭の出し物として用意していたモンスター達が逃げ出したらしい。モンスター達は現在オラリオ中を走り回っており、その余波で建物も破壊されているのだ。

 

「今【ガネーシャ・ファミリア】の連中が討伐に当たってるんだけどよぉ、逃げ出したモンスターの数も数だ。手間取ってるらしいぜ」

 

全く迷惑なもんだぜ、と吐き捨てる男から離れ、ファーナムは周囲を見渡す。

 

巨大なモンスターなら小さな建物などの障害物があったとしても見つけるのは容易だが、同時にそれだけ力が強いとも言える。これ以上の被害を防ぐためにも、ファーナムは密かに武器をその手に出現させる。

 

その時であった。

 

メインストリートに面する建物の一角。そこにある建物を破壊しながら、一匹のモンスターが姿を現した。

 

身長はおよそ6M。横幅が広いそのシルエットから、ファーナムはかつて戦ったオーガを連想した。このモンスターは周囲を見渡すと、そのままメインストリートをファーナムのいる方向へと歩きだす。

 

「もっ、モンスターだ!?」

 

誰かがあげた悲鳴と同時に、人々は取り乱した様子でモンスターから離れようと走り出す。そんな人波をかき分け、ファーナムは彼らとは正反対の方向へと足を進めた。

 

手にした武器は何の変哲もないメイス。しかし楔石によって最大まで強化されたそれは、ファーナムの筋力を如何なく発揮する事が出来る。左手に使い慣れた盾の一つである『王国のカイトシールド』を装備し、モンスターへと突貫する。

 

モンスターはファーナムの接近に気付いていなかったようで、初手の攻撃は綺麗に決まった。振り被ったメイスはモンスターの足首を破砕し、悲鳴をあげながらその場に崩れ落ちる。

 

『ゴアアァァァァアアアアアアアアッッ!?』

 

ここに来てようやくファーナムの姿を視認したモンスターは、丸太の様な両腕をがむしゃらに振り回す。立ち上がろうにも片足は上手く機能せず、苦し紛れの抵抗だった。

 

そんな雑な攻撃をいちいち食らってやるファーナムでは無い。右から迫る太腕を体を捻る事で躱し、モンスターへと接近する。膝を突いているモンスターの頭部は先程よりも近く、仕留めるのは容易だ。

 

散乱する瓦礫を足掛かりに頭部まで駆け上がろうとしたファーナムであったが、その時、視界の端にあるものが映った。

 

瓦礫の山と化した店、それが彼の見たものであった。内部の木造部分までもが破壊され、元の面影は残されていない。

 

そこに一人の老人が倒れていた。足を瓦礫に挟まれているようで、その場から動けないのだろう。そんな彼の頭上で、大きな瓦礫の塊がぐらりと傾いた。パラパラと小さな(つぶて)が降り落ち、今にも崩壊しそうな状況だ。

 

(不味い―――――ッ!)

 

ファーナムは身体の向きを強引に変え、彼の元へと走り出した。モンスターの追撃などは鑑みず、あの瓦礫をどうにかする事に思考を切り替える。

 

辿り着くまで残り数Mと言ったところで、無情にも瓦礫はついに落下した。恩恵を受けた冒険者であっても重傷は免れないであろう瓦礫の直撃、一般人と思しき老人が耐えられる訳も無い。

 

反射的にファーナムは地を蹴った。彼の足は老人のすぐそばの地面を削り、見事着地。同時に自身の頭上目掛けてメイスを振るう。

 

メイスは見事、落下してきた瓦礫のど真ん中に命中した。空中で四散した瓦礫は周囲に降り注いだものの、老人の身体を押し潰す事は無かった。

 

「あ、アンタは………?」

 

「無事か」

 

困惑する老人をよそに、彼の足を戒めていた瓦礫をどかす。僅かに血が滲んではいたものの、幸いにも潰れてはいないようだ。傷に障らぬよう注意して引き上げ、ゆっくりとその場に彼を座らせた。

 

老人の救助を終え、ファーナムは立ち上がる。

 

時間にして僅か数十秒程度であったが、その間にもモンスターの行進は続いている。新たな被害が出ていない事を祈りつつ、ファーナムはモンスターへと向き直るが―――。

 

「―――何?」

 

果たしてモンスターはそこに居た。片足が潰されているために這いずったのか、僅かに前進はしていたものの、さほどの距離は移動していない。

 

ファーナムが不審に思ったのはそこではない。片足を潰されたとあれば、当然興奮状態となって暴れるはずだ。手負いの獣が凶暴になるのと同様に、このモンスターも暴れているものだとばかり思った。

 

しかし、このモンスターはそうでは無かった。目の前からいなくなったファーナムを追撃する様子も無く、這いずりながらきょろきょろと周囲を見回している。

 

(何かを探している?)

 

そんな疑問が頭に浮かぶも、今はそんな事を一々考えている時間は無い。

 

再びメイスを構え直し、モンスターへと走り出す。背を向けた状態であった所為か接近には気付いていない。ファーナムは無防備な背を蹴り登ると、その半ば辺りで大きく跳躍した。

 

重力に引き寄せられるファーナムの身体。モンスターも背中に感じた衝撃にがばっ、と振り向き天を見上げる。

 

その目は太陽の光を反射する無骨な鉄の塊……メイスを直視した。既に目前まで迫っていたが故にそれを振るう者の姿を認識する事も出来ず、モンスターの頭部はザクロの様に弾けた。

 

バチュッ!という水っぽい音と共に飛び散る血と肉片。

 

頭部を失ったモンスターは今度こそ地に伏し、そして動かなくなった。その巨体が灰へと還るのを見届けつつ、ファーナムはメイスに付着した血と肉片を振り落とす。

 

肉片は瞬く間に灰となったが、こびり付いた血までは消えなかった。鎧を濡らすどす黒い血を少しも気にする事なく、ファーナムは視線を彷徨わせる。目指すべき正確な場所は無いが、それでも何らかの騒ぎが起きていればそれがそのまま(しるべ)となる。

 

周囲の住民の歓声や驚愕の声には反応せず、ファーナムは次のモンスターを討伐すべく歩き出した。

 

 

 

 

 

「「 レフィーヤ!? 」」

 

ティオナ達の叫び声が街路地に響き渡る。

 

彼女達の足元から突如として現れた新種のモンスター。蛇のような長大な体躯がしなり、詠唱に入っていたレフィーヤの腹部へと叩き込まれた。

 

ごぽりと血の塊を吐き出すレフィーヤの身体は吹き飛び、まもなく固い地面に叩き付けられるだろう。レフィーヤ自身もそう感じていたが、受け身を取ろうにも身体が動かない。

 

来たるべく衝撃に目を瞑ったレフィーヤであったが―――――その衝撃は来なかった。代わりにその身体は何者かの腕に抱かれ、緩やかに地面へと横たえられる。

 

腹部の痛みさえ忘れて呆けている彼女の頭上から、くぐもった男の声が降って来た。

 

「無事か」

 

「………ぁ」

 

見上げれば、そこには見覚えのある兜。最近仲間に加わったこの男性、ファーナムの素顔を思い出したレフィーヤは、ここで迫り来る蛇のようなモンスターを見た。

 

亀裂が走り、咲いた(・・・)モンスターの頭部。幾重にも重なった花弁の奥には生々しい口があり、粘液を滴らせている。蛇ではなく、花のモンスター。字面からは想像できない悍ましさにレフィーヤの肩が大きく震える。

 

「安心しろ」

 

怯える彼女の不安を消し去るように、再び頭上から声が降って来た。同時に、視界の端を金の閃きが走り抜ける。

 

(あ………)

 

まるで物語の主人公のように颯爽と駆けつけ、レフィーヤの身を守ったのは『剣姫』の二つ名を冠する少女、アイズ。憧憬の彼女に守られたレフィーヤは、自身の胸に燻っていたある感情が大きくなったのを感じた。

 

「ひとまずは退避するぞ、ここは危険だ」

 

ファーナムの声が耳を打つ。同時に、じわりとレフィーヤの瞳に涙が浮かんだ。

 

それを緊張の糸が解けたと解釈したファーナムは、気遣いを感じさせる声で彼女に語りかける。

 

「よく耐えた、レフィーヤ」

 

(違う……違うんです、ファーナムさん)

 

レフィーヤが心の中でいくら叫んでも、声には出なかった。

 

(もう、嫌なんです。もう……)

 

体を起こそうにも、手足は震えるばかりで力が入らない。

 

(もう……ただ守られているのは……!)

 

そんな彼女の胸中を知る由も無いファーナムは―――――飽くまで優しげに言い放つ。

 

 

 

「ここからは俺達に任せろ」

 

 

 

「………っ!」

 

次の瞬間には、レフィーヤはファーナムの手を振り払っていた。と言ってもそれは弱弱しく、支えを失った彼女の身体は地面へと崩れ落ちてしまう。

 

「レフィーヤ……?」

 

彼女の当然の行動にファーナムは戸惑う。血の欠片を吐き出して咳き込む彼女はぐぐっ、と身体を起こし、震える足で立ち上がる。

 

「―――もう、守られるだけは、嫌なんです……っ!」

 

ふらつきながらも、その言葉は力強かった。確固たる意志を秘めた双眸は、奮闘するアイズ達を見つめている。そんな彼女の姿に、ファーナムも耳を傾ける。

 

「私はっ、レフィーヤ・ウィリディス!ウィーシェの森のエルフにして、誇り高き【ロキ・ファミリア】の一員!」

 

 

 

―――――逃げ出す訳には、いかない!!

 

 

 

自らを鼓舞するその姿に、ファーナムは気付かされる。

 

自分が助けようとしたのはか弱い少女などではなく、誇り高い冒険者なのだと。

 

何が彼女をここまで奮い立たせたのかは分からないが、彼女がそれ(・・)を望むと言うのであれば、ファーナムの取るべき行動は一つしかない。

 

ファーナムは静かに立ち上がり、自身のソウルからあるものを取り出す。

 

「レフィーヤ、これを使え」

 

振り返るレフィーヤは、差し出されたそれを手に取る。

 

先端部分に青い水晶が取り付けられ、握りの部分は全体が木で出来ている。普段レフィーヤが使っているものとはかけ離れてるものの、使うには申し分ない逸品だった。

 

差し出されたそれ……『アマナの杖』を手にした瞬間、アイズ達がいる方向から轟音が聞こえてくる。

 

見れば、アイズは食人花の大顎に捕らえられかけていた。剣は既に壊れ、風を纏って辛うじて防いでいるものの、破られるのも時間の問題だ。ティオネ達が加勢しているものの、引き剥がすまでには至っていない。

 

「アイズさん……ッ!?」

 

思わず息が止まった。しかしレフィーヤは眦を吊り上げ、杖をぎゅっと握る。

 

すうっ、と空気を吸い込み、少女は再び詠唱を始めた。瓦礫と粉塵が舞い散るこの場に似つかわしくない程の、美しいエルフの歌声が響く。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

「……さて」

 

レフィーヤが詠唱に入るのを確認し、ファーナムも動く。手にしていた盾とメイスは姿を消し、新たに現れたのは巨大な盾だ。

 

こと頑丈さに置いては並ぶものが無いハベルの大盾を取り出すと、レフィーヤの前へと移動する。ファーナムは盾を両手で握ると、どっしりと腰を落として防御の体勢に入った。

 

防御に徹する。これがファーナムの選んだ行動であった。

 

「―――【エルフ・リング】」

 

レフィーヤの詠唱が完成する。瞬間、彼女の足元に翡翠色の魔法円(マジックサークル)が展開し、清涼な風が駆け巡る。

 

『―――――!!!』

 

同時に、食人花達にも動きがあった。

 

今までアイズに狙いを定めていた食人花は、より強い魔法に反応した。くるりと顔を向け、一斉にレフィーヤのいる場所を凝視する。

 

「【―――終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

レフィーヤは更に詠唱を重ねる。彼女だけに許された反則技とも言える魔法、召喚魔法(サモン・バースト)。この魔法こそ、彼女の二つ名『千の妖精(サウザンド・エルフ)』たる所以である

 

落ち着き払い、たびたびダンジョンで見せる弱気な面などは微塵も感じられないレフィーヤ。その口からは、エルフの王女が使役する魔法の詠唱が紡がれる。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

魔法円(マジックサークル)が更なる輝きを放ち、彼女を中心に魔力の波動が高まる。

 

食人花達は急激に高まった魔法に反応してレフィーヤの元へと殺到するが、それをみすみす見逃すアイズ達ではない。

 

「させないよーーっ!!」

 

「行かせるかッ!!」

 

「ッッ!!」

 

剣を失ったアイズも参加し、食人花の前に躍り出る。襲い掛かる無数の触手を、アイズ達三人がかりで迎撃する。

 

それでも全てを捌き切れる訳では無い。彼女達の隙間を通り抜けて襲い掛かる触手は、しかしファーナムの構えたハベルの大盾によって、今度こそ完全に阻まれた。

 

ガンッ、ガツンッ!!と、まるで鉄の鞭を彷彿とさせる勢いで振るわれる触手。アイズ、ティオナ、ティオネ、そしてファーナムによって詠唱に専念出来ているレフィーヤは、いつもよりも魔力の流れが多い事に気が付いた。

 

(この杖のおかげ……?)

 

ファーナムから渡された、アマナの杖。

 

その効果は、生者が扱う事による魔術威力の上昇(・・・・・・・)

 

元より高いレフィーヤの魔力に上乗せする形で、更なる魔力が溢れる。今まで味わった事のない感覚に、武者震いにも似たものが彼女の身体を駆け抜けた。

 

いける、と、彼女は素直に思った。

 

「【吹雪け、三度の厳冬―――我が名はアールヴ】!」

 

その声と同時に、アイズ達は渾身の力で触手を弾き返す。ファーナムも大盾を地面に向けて振るい、複数の触手を纏めて叩き潰す。

 

そして、離脱。障害が無くなった食人花達はレフィーヤを噛み砕かんと、その口を大きく開けて襲い掛かる。

 

が―――――レフィーヤの方が早かった。

 

彼女の唇が言葉を紡ぎ、魔法を完成させる。

 

 

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 

 

次の瞬間。

 

オラリオの一角は、氷の世界と化した。

 

 

 

 

 

「………凄まじいな」

 

凍り付いた食人花をティオナ達が打ち砕くのを見ながら、ファーナムは素直に思った事を口にした。

 

彼女達から少し離れた場所に立っているファーナムの腕の中には、一人の獣人の少女が抱えられていた。半壊した屋台の隙間に蹲っていたものの、先程の戦闘の余波は受けていなかった。

 

最初は怯えた様子のこの少女であったが、ファーナムが兜を取ると安心したのか、恐る恐るではあったが手を取った。こうして彼女を抱え上げ、安全な場所へと避難させたのだ。

 

「およ、ファーナムやん」

 

「む?」

 

その声に反応してみれば、そこにはロキの姿があった。背後にギルド職員数名を引き連れて現れた彼女は、呑気に手などを振っていた。

 

「自分も来てたんか、フィリア祭には行かん言うてなかったっけ?」

 

「遠目で何事か起こっているのが見えてな、気になって来てみた」

 

「ほーん」

 

ギルド職員に獣人の少女を渡しつつ、ファーナムはロキと情報を交換する。先程倒した食人花はどうやら他にはいないようで、残りはごく普通のモンスターであるとの事だ。

 

と、ここで、アイズが二人の元にやって来た。仕方なく柄だけとなった剣を持っているが、当然武器としては使えないだろう。

 

「ロキ、来てたの……?」

 

「おー、アイズー。って武器壊れてるやん、それじゃあもう使えんな」

 

「うん……」

 

ロキの言葉に俯くアイズ。修理に出しているデスペレートの代用品を壊してしまった事に気を落とす彼女に、ファーナムは思案顔をする。

 

「アイズ」

 

「?」

 

落ち込む彼女にファーナムは一振りの剣を取り出し、手渡した。

 

少し驚いた顔でアイズがそれを受け取るも、何度か素振りして調子を確かめる。

 

「……良いの?」

 

「ああ、最悪壊れても構わん。それで残りのモンスターも片付けると良い」

 

「なんやファーナム、太っ腹やなぁ~」

 

手渡したのはエストックだった。楔石によってある程度までは強化されているので、アイズの力量にも耐えられるだろう。

 

風を纏って跳躍したアイズは、そのまま近くの建物の屋根の上を駆けて行った。「ちょっ、待ってえな~」と慌てた様子で彼女の後を付けていく。

 

遠くに見えるレフィーヤはティオナとティオネに介抱されており、腹部の傷も大事には至っていない様子だ。一安心したファーナムは兜を被り直し、モンスターの残党狩りに加わる事にした。

 

アイズと【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者によってほとんどが駆逐されているとはいえ、人手は多いに越した事はない。

 

「ファーナムさん!」

 

ファーナムがその場を離れようとしたその時、レフィーヤの声がした。彼女はティオネに肩を貸されつつも、まっすぐにファーナムを見つめていた。

 

「どうした」

 

「あ、あの……」

 

おずおずと言った様子のレフィーヤに、ファーナムは首をかしげた。いまいち意図が掴めなかったが、ここでレフィーヤは意を決して言葉を口にする。

 

「これ!ありがとうございました!」

 

「……む」

 

ばっ!とアマナの杖を差し出すレフィーヤ。男性と話す機会も少ない彼女が絞り出した言葉に、ティオナとティオネが顔を合わせて苦笑いを浮かべる。

 

レフィーヤから杖を受け取り、ソウルへと溶かす。その際に、腰のホルスターから乳白色の液体が入った小瓶を取り出し、それをレフィーヤに渡した。

 

「あの、これは?」

 

「なに、治癒薬(ポーション)のようなものだ。飲んだらいい」

 

「なによ、“のようなもの”って……」

 

ティオネからの突っ込みもきっちりと貰い、今度こそファーナムはその場を離れる。周囲はギルド職員達がせわしなく動き回っており、彼らの横をすり抜ける形で、ファーナムは歩き出した。

 

街はまだ騒がしいが、間もなく収まる事だろう。一刻も早くこの騒ぎを終わらせるべく、ファーナムは足を速め、静かにメイスを握り直した。

 

 




エタるつもりはありませんので、今後もよろしくお願いします。

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