不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第十一話 篝火

 

『豊穣の女主人』。そこが今回の宴が開かれる場所だった。

 

「ミア母ちゃーん!来たでー!」

 

店の扉を開けながら大声を上げるロキ。すると奥から店の制服に身を包んだ獣人(キャットピープル)のウェイトレスがやってきて、ロキ達を予約席へと案内する。

 

「団体様、ご来店ニャ~!」

 

一行が通された席以外はすでに満席だった。あちこちでジョッキを打ち鳴らす音と笑い声が響いており、この店がいかに人気があるのか窺い知れる。

 

アイズたち幹部勢とファーナムは店の中央の大テーブルへと通された。ファーナムとしては店の隅でも一向に構わなかったが、他の団員達がそれを許さなかった。断る訳にもいかず、素直にその席へと腰を下ろす。

 

団員達全員の席には既に酒はボトルで何本か置いており、いつでも乾杯の準備はできているようだ。酒が飲める者は酒を、それ以外の者は思い思いの飲み物を自身のグラスに注いでゆく。

 

「ほな、始めよか!」

 

全員のグラスやジョッキに飲み物が回った事を確認したロキは椅子から立ち上がり、乾杯の音頭を取る。最早恒例となった騒々しさに若干うんざりしながらも、全員の手にはしっかりグラスが握られている。

 

「今回の遠征もご苦労さん!アーンド、ファーナム入団おめでとうさん!今夜は宴やっ、存分に飲めぇー!!」

 

「「「「「うおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」」」」」

 

雄叫びの様な歓声と共に、【ロキ・ファミリア】の大宴会が始まった。

 

運ばれてきた巨大な肉の塊にかぶりつくティオナとベート。ティオネは自分が食べる事などそっちのけでフィンに酌をし、ガレスはロキと酒飲み競争をしている。他の団員達も様々な料理に舌鼓を打ち、大いに飲み、楽しそうにその顔を紅潮させる。

 

「毎度の事ながら騒がしい事だ」

 

「でも皆さん、すごく楽しそうですね」

 

「うん、とっても」

 

大騒ぎする団員達から少し距離を置くように固まっているのはリヴェリア、レフィーヤ、アイズ。そしてそこに座るもう一人の男、ファーナムだ。

 

「すごい熱気だな」

 

ファーナムはジョッキを手の中で弄びつつ、ロキ達を見ながらそう呟いた。この時ばかりは兜を外しており、深い青色の瞳は少しだけ細められている。

 

「お前は混ざらないのか?」

 

微笑を浮かべているリヴェリアからの問いかけに、ファーナムはジョッキに入ったエールを一口飲む。麦の心地良い風味が鼻から抜けるのを感じながら、ファーナムはやがて口を開いた。

 

「ああ。皆が楽しそうにしているのを見ながら、こうして静かにしている方が性に合っている」

 

そう言ってファーナムはつまみの鶏の香草焼きに手を伸ばす。噛んだ瞬間に皮の下の油が弾け、旨味が凝縮された肉汁が溢れ出した。

 

長らく忘れていた食事に感動している、そんな時だった。隣に座っていたアイズが、ファーナムに語りかけてきた。

 

「ファーナムさんは……あのモンスターとの戦いで、魔法も使わずに勝ちました」

 

見れば、アイズはグラスを両手で握り締めてファーナムを見上げている。金色の瞳は真っすぐにファーナムの目に向けられており、そこには何か意思のような、強い何かが宿っている。

 

「どうやって、そこまで強くなったんですか?私はまだ、強くなれるんでしょうか……」

 

「アイズさん……」

 

「……何故今、そのような事を聞くんだ?」

 

ファーナムは手にしていたジョッキをテーブルに置き、アイズの方へと顔を向けた。若い見た目に反して達観したような目が彼女を見据える。

 

やがて、アイズは静かに語り出した。

 

遠征後のステイタスの更新、それが(かんば)しくなかったらしい。かなりのモンスターを倒してきたが、それでも各数値の上昇は微々たるもの。ここが頭打ちであるとアイズは悟った。

 

更なる力を求める彼女の思いとは裏腹に、ステイタスは思うように伸びない。そんな時に彼女の脳裏に浮かんだのは、女体型と戦うファーナムの姿であった。

 

アイズのように魔法は使わず、手にした武器を器用に捌いての戦闘。何らかのアイテムを使ってはいたが、それでも手強いモンスターを相手にするその姿は、アイズが渇望する“強者”のそれだった。

 

「私はもっと強くならなくちゃいけない……でも今のままじゃ、きっと変われない。ずっと、このまま……」

 

ぎゅっ、とグラスを握る手に力が篭る。

 

僅かに震える肩が彼女の心境を物語っている。俯くアイズを、レフィーヤとリヴェリアが複雑な表情で見つめるが、何と声を掛けてよいのか分からない様子だ。

 

アイズの強くなりたいという欲求はファミリアでも群を抜いている。それは戦闘時に一人で突っ走ってしまう程で、その苛烈なまでの欲望を理解出来る者はファミリアに、否、このオラリオに果たしてどれだけいるだろうか。

 

「アイズ」

 

隣から聞こえてきた声にアイズが顔を上げる。隠しきれていない不安を滲ませる彼女に対し、ファーナムはゆっくりと語りかける。

 

「悪いが、俺にはその質問に答える事は出来ない」

 

「ファーナムさんっ……!」

 

切り捨てるように、きっぱりと言い放つファーナム。あんまりと言えばあんまりな回答に、レフィーヤから非難の声が上がる。

 

しかし、ファーナムからの返答はそれで終わりではなかった。彼はジョッキに手を伸ばしてひと口煽ると、続きの言葉を口にする。

 

「俺はお前ではないし、お前も俺ではない。強くなれるかどうかは、お前の心が折れないかどうかに掛かっている」

 

「!」

 

「最後まで諦めなかった者こそが何らかの形で報われると、俺はそう考えている」

 

月並みな答えだがな、と付け足し締め括るファーナム。しかしアイズはその言葉が、彼なりの激励であると受け取った。アイズは自身の中で迷いが払拭されたような感覚を覚え、グラスを握る手から力が抜ける。

 

「お前にはまだ先がある、そう急ぐ事は無い。今は忘れろ、宴の席は楽しむものだ」

 

「……はい」

 

アイズは薄く微笑みを浮かべ、思考を切り替える。このまま考えていても仕方が無い。今は遠征の慰安会なのだから、こんな気持ちでいるのはこの場に相応しくない、と。

 

「そうですよ、アイズさんはもっともっと強くなれます!私もちゃんとアイズさんの助けになれるように努力しますから、一緒に頑張りましょう!」

 

「意気込みは良いがレフィーヤ、アイズと共に戦うのなら、せめて攻撃の回避をもっと上達させなければいけないぞ」

 

「うっ!?リ、リヴェリア様~!」

 

リヴェリアからの的確な指摘に、レフィーヤは涙目になって撃沈してしまった。彼女達のやり取りにアイズとファーナムが頬を緩めていると、彼らの正面にいるロキが喋りかけてきた。

 

ジョッキを片手に上機嫌になっている彼女の声はよく通り、顔はすでに赤く出来上がっている。髪の毛の色も相まってすっかり酔っ払いの風貌だが、それでも損なわれない美貌はやはり神というだけある。

 

「なんやファーナム!やけに静かやと思ったら、なにハーレム気取ってんねん!アイズたんとリヴェリアとレフィーヤのおっぱいは全部(ぜーんぶ)ウチのもんやーっ!!」

 

「アッ、アイズさんとリヴェリア様のおっ、……は誰のものでもありませんっ!!」

 

「レフィーヤ、相手にする必要はない」

 

何とも勝手な言い分を展開したロキは、レフィーヤとリヴェリアからの反論に思わずたじろぐ。やがて彼女は椅子の上に立ち、周囲の団員達の視線を集めるとこれ見よがしに高らかに宣言する。

 

「こうなったらぁ……全員聞けぇ!!今から全員で飲み比べやぁ!!勝った奴はリヴェリアとレフィーヤとアイズたんのおっぱいを自由に出来る権利をくれたるっ!出血大サービスのぱふぱふ祭りやぁーーーーーっ!!!」

 

「ふぇえ!?」

 

「言わせておけ。こんな馬鹿げた提案に乗るような愚か者はいな……」

 

「ふん、儂を差し置いて飲み比べなぞさせて堪るか。全員返り討ちにしてくれるわい」

 

「うわ、ガレスったら景品関係なくマジな目だ」

 

「オイ誰か店中の酒持って来い俺が全部飲み干してやるっ!!」

 

「ベートさん!落ち着いて下さい!?」

 

「じ、自分もやるっす!?」

 

「ラウル、貴方……」

 

「俺もおおおおお!」

 

「俺もだ!!」

 

「私もっ!」

 

「ヒック、あ、じゃあ僕も」

 

「団長ーっ!?」

 

「…………【汝は業火の化身なり、ことごとくを一掃し……」

 

「リヴェリア様ぁーーーーーっ!!?」

 

ロキの号令を合図に沸騰する団員達。あちこちの席で立候補者が絶えない中、ガレスはティオナに引かれ、ベートはリーネに盛大に心配されている。ラウルはアキと近くにいたアリシアから非難の篭った目を向けられ、他の団員達に紛れて立候補したフィンに、ティオネは悲鳴を上げている。

 

ちなみに手に負えない惨状を憂いたハイエルフの王族は浄化の炎をもって全てを灰燼に帰そうとしたが、そこはレフィーヤのファインプレーによって何とか事なきを得た。

 

多くの団員達(そのほとんどが男性)がジョッキを持って立ち上がる中、アイズはちらりとファーナムの横顔に視線を向ける。そこには少しだけ困り顔の、しかし確かに笑みを浮かべた彼の顔があった。

 

「おらぁファーナムっ、自分は強制参加やぁ!!ウチがアイズたんのおっぱいの所有者やっちゅう事を骨身にたっぷり染み込ませたるわァ!!!」

 

「……はは、主神の命ならば従わない訳にはいかないな」

 

突き付けられたジョッキを手に取り、ファーナムは席を立つ。立候補者全員に新たなジョッキがウェイトレスから手渡され、ややあって盛大な飲み比べが始まる。

 

冒険者達の宴はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

それからしばらく後、いよいよ宴もたけなわに近付いた頃。

 

多くの団員達が遠征の話題に花を咲かせていると、テーブルにジョッキを叩き付けながらベートがおもむろに口を開いた。

 

「そうだアイズ!そろそろあの話を聞かせてやれよっ!」

 

口の端を吊り上げてアイズに催促するベート。アイズはよく分からないと言った顔をしたが、次にベートが言い放った言葉が彼女を硬直させる。

 

「ほら、アレだアレ!あの“トマト野郎”の話だ!」

 

(トマト野郎?)

 

ベートの大声に周りの団員達の注目も自然と集まっていた。

 

ファーナムは妙なあだ名だなと感じただけだったが、急に振って湧いた酒の肴に団員達は大いに食いついた。しかしその中でただ一人、アイズだけが顔を俯かせている。

 

周囲は彼女の様子に気が付かない。酒を嗜まないリヴェリアと、未だに素面のファーナムだけが、その微妙な変化に気が付く。酔ってすっかり機嫌が良くなっているベートは腕を振り回し、まるで他の客にも聞かせるような大声で“その話”を語り始めた。

 

「17階層で湧き出したミノ共、覚えてるか?」

 

「あー、あれ」

 

「俺達が泡食って始末しただろ?そんで最後の一匹をアイズが仕留めた時にいやがったんだよ、いかにも駆け出しって感じのひょろくせえ冒険者(ガキ)がよ!」

 

ああ、なるほど。と、ファーナムは察した。

 

アイズの性格とこの様子、加えてベートの口から語られようとしているダンジョンでの出来事から、きっと彼女はその冒険者に何らかの負い目を感じているのだろう。傍らのリヴェリアも彼女の事を心配しているようだ。

 

「そのガキがやられそうになってた所をアイズが間一髪で細切れにしてやってよ、顔引きつらせて縮こまってるそのガキを助けてやったんだよ」

 

「なんや、助かってよかったやん」

 

「そんでよぉ、そいつアイズが細切れにしたミノのくっせー血を全身に浴びてよぉ……くくっ、トマトみてぇに真っ赤になっちまってやんの!ひひっ、腹痛ぇー!!」

 

大笑いするベート。それとは対照的に、アイズの顔はどんどん曇っていく。

 

「そんで、そんでよっ!アイズの顔見るなり、悲鳴を上げて逃げちまったんだよ!ウチのお姫様、助けた冒険者に逃げられてやんのおっ!!」

 

「……っく」

 

「何やそれぇ!?傑作やぁーーー!!」

 

「ふっ、ふふ……ご、ごめんなさいアイズっ、流石に我慢できない……っ」

 

あちこちの席から笑いが起きる。

 

爆笑、苦笑、忍び笑い。

 

他の客からも聞こえてくる笑い声に更にアイズの顔は曇り、金の双眸が悲しげに歪む。

 

「ったく、胸糞悪くなったぜ。野郎のクセに泣くわ泣くわ。そんなんなら最初(はな)から冒険者になんかなるんじゃねぇってんだよ」

 

「……あらぁ~」

 

「あんな雑魚がいるから俺らの品位が下がるっつうかよ、勘弁して欲しいぜ。なぁアイズ?」

 

ベートの容赦の無い言葉に、アイズの肩が震える。見かねたリヴェリアが自身達の不手際を諭して周囲を黙らせるも、ベートだけは止まらない。

 

「はんっ、何と言おうが雑魚は雑魚だろうが。そんな奴を擁護して何になる」

 

「もうやめぇ、ベート。酒が不味くなるわ」

 

見かねたロキまでもが仲裁に入るが、強すぎる我に酔いで拍車がかかっているベートの言葉は止まるところを知らず、遂にアイズにまで突っ掛かって来た。

 

「アイズはどうなんだ?あんな情けねぇ奴が、俺らと同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」

 

「……あの状況じゃ、仕方なかったと思います」

 

「そうかよ……なら質問を変えるぜ。俺とあのガキ、(ツガイ)にすんならどっちが良い?お前はどっちの雄に尻尾を振って、滅茶苦茶にされてぇんだ?」

 

周囲の誰もが驚き、アイズもこの時ばかりはハッキリと嫌悪を覚えた。

 

そして、ファーナムは静かに思う。

 

(……ここが限界か)

 

「おら、聞かせろよアイズ。お前の答えはどうなん―――――」

 

「いい加減にしろ、ベート」

 

「……あ?」

 

ガタリ、と立ち上がったのはファーナムだった。

 

ベートの剣呑な目線がファーナムに突き刺さり、その場に張り詰めた空気が漂う。離れている他の客や団員はもちろん、同じ席のフィン達も、その異様な空気に口を閉ざす。

 

「その口を閉じろ。今までは黙っていたが、流石にこれ以上は見るに堪えん」

 

「テメェには関係ねぇだろうが、黙ってろよ鎧野郎」

 

「黙らん。これ以上この場を不愉快にさせるのなら、実力行使に出るぞ」

 

「ハッ、不愉快ねぇ。だが俺は事実を言ってるだけじゃねぇか」

 

ベートは鼻を鳴らし、こう続ける。

 

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに雑魚は釣り合わねぇ。他ならない、アイズ……お前がそれを認めねぇ」

 

 

 

突如。

 

ガタンッ、と椅子を蹴飛ばして一人の客が店を飛び出していった。突然の異常に、周囲の目がその客へと向けられる。

 

「ベルさん!?」

 

「あぁ?食い逃げか?」

 

「ミア母ちゃんの店でそないな事やらかすなんて……命知らずなやっちゃなぁ」

 

一人のウェイトレスが叫び、店の出入り口を見つめる。ベートを始めとした他の客がざわめく中、視界から外れゆくその客の見覚えのある白髪(・・・・・・・・)に、ファーナムは既視感を覚える。

 

(あの髪の色……どこかで)

 

「つーか、おい。話はまだ終わってねぇぞ」

 

記憶を掘り返していたファーナムの背に、ベートが噛み付いてきた。そろそろ無理にでも黙らせるべきか、とついに実力行使に移ろうとした、その時。

 

「このっ、バカ狼ッ!!」

 

「がっ!?」

 

バコッ!!と、ティオネの鉄拳がベートの脳天に突き刺さった。

 

「てっ、てめぇバカアマゾネス!!何しやがんっ……!」

 

「バカはベートの方でしょうがーっ!?」

 

「うげっ!?」

 

唸り声を上げるベートにティオナの追撃が迫る。綺麗な踵落としを食らったベートはそのままガレスに押さえられ、寄ってたかって(主にアマゾネス姉妹から)制裁を加えられる。

 

出る幕を失ったファーナムは毒気を抜かれたようにその場に立ち尽くす。そうこうしている間にリヴェリアは魔法でベートを縄で縛り上げ、それを見た店内の客は大喜び。空気は元の陽気な酒場へと戻っていた。

 

ファーナムは彼らに背を向け、店の外へと出て行く。するとそこにはアイズとロキの姿があった。アイズは先程の客が去っていった方向に視線を静かに見据え、ロキはそんな彼女に鬱陶しく絡んでいる。

 

「アイズ、大丈夫か」

 

「……はい」

 

「およ、ファーナム。自分も来たんか」

 

店外へと出た三人を夜風が包み込む。店の中ではベートの絶叫が轟いており、未だに手酷い制裁を加えられているようだ。

 

「そう言えばファーナム。自分あの冒険者の話ン時、全然笑ってなかったなぁ。おもろくなかったん?」

 

「む……あぁ、あれか」

 

ロキはアイズに密着しつつ、そんな事を言ってきた。アイズから拒絶の肘鉄を貰うロキを尻目に、ファーナムはその理由(わけ)を語る。

 

「別段、面白がる話でも無いだろう」

 

「?」

 

「僅かな気の緩み、一瞬の判断の過ち、そんな些細な事で冒険者は簡単に死ぬ」

 

「……」

 

ファーナムはロキに顔を合わせずにそう語る。その横顔は至極真面目なもので、一切の誇張もされていない。そのファーナムの姿にロキはアイズへのちょっかいの手を止める。

 

「例え惨めだろうが何だろうが、生きて帰還できたのならばそれは喜ばしい事だ。笑う事など俺には出来ん……命は一つしか無いのだからな」

 

「……ファーナム、さん?」

 

「ファーナム……」

 

その言葉に何か感じ取ったのか、アイズは視線をファーナムへと向ける。

 

ファーナムの生い立ちを知るロキはその言葉に込められた彼の思いを察し、心配するように彼の名前を口にした。

 

「……わざわざ聞かせるような事でも無かったな、忘れてくれ」

 

僅かな沈黙の後、ファーナムは夜の街へと歩き始めた。突然帰り始めるファーナムに、ロキは慌てて声を掛ける。

 

「あっ、ちょいファーナム!」

 

「悪いな、少し飲み過ぎた。酔いを覚ましつつ、先に帰らせてもらう」

 

それだけ言い残し、ファーナムは『豊穣の女主人』を離れてゆく。その姿が夜の街に消えるまで、ロキとアイズは無言でその背中を見送っていた。

 

「……ロキ。ファーナムさんに、何かあったの?」

 

やがてアイズは隣にいる主神を振り返り、抱いた疑問を投げかける。ロキは少し難しい顔をしたが、すぐにいつもの飄々とした、掴みどころの無い顔へと戻る。

 

「んーん、入団したてやからなぁ。慣れるのにまだちょっと時間が掛かるんやろ。今は一人にしたり」

 

ロキはその場でくるりと身を翻してアイズの背後に回り込み、再び怪しい手つきでアイズの体に触れてくる。

 

「ほな戻ろか、アイズたん。ウチにお酌してぇ」

 

「……」

 

言うが早いが、ロキはアイズの手に自分の手を絡めて店内へと連れて行く。

 

アイズは白髪の少年とファーナムの顔を胸に浮かべ、しかしそのどちらの後も追う事が出来ず、黙ってロキに手を引かれていった。

 

 

 

 

 

『豊穣の女主人』を離れたファーナムは本拠(ホーム)へは戻っていなかった。特に当ても無く、オラリオの街並みを歩く。

 

(そうとも……命は一つしかない)

 

深い雲がかかる闇夜の道を歩きながら、そんな事を考える。次第に思考する事に没頭し、道行く人々の顔も街並みも碌に頭に入ってこない。

 

(ならば俺はなんだ?何故こんな不死人(異物)が、こんな真っ当な人の世に存在している?俺は一体、何の為に……)

 

岩の玉座より目覚めてから何度も頭を過ったこの疑問。しかしいくら考えても答えは出ず、堂々巡りの自問自答が続く。

 

気が付けばオラリオの街中から離れ、ファーナムは見知らぬ場所へと来ていた。

 

壁や天井が半壊した建物が並んでいる廃れた場所。オラリオでも再開発が遅れているそこに人気は無く、そこらじゅうに岩や材木が無造作に捨てられている。

 

「……はは、懐かしいな」

 

ドラングレイグでよく見た光景を思い出しながら、ファーナムは呟いた。気が付かない内にこんな場所に来てしまうとはと思いつつ、踵を返して本拠(ホーム)へと戻ろうとした、その時。

 

「……!」

 

ファーナムは目を見開いて驚愕する。

 

その視線は崩れかけた廃墟の、その土が剥き出しになった地面に向けられていた。

 

そこには薪では無い、白い遺骨の様なものが小山のように盛り上がっていた。中央部には捻じれた剣が突き立てられており、燻ったような弱い種火がちろちろと燃えている。

 

「これは……なぜ篝火が、こんな所に……」

 

ファーナムは当然の疑問を感じながらも、まるで炎に惹かれる蛾のように篝火へと近付く。目前までやって来たファーナムはゆっくりと、しかし慣れた手つきで右手をかざす。

 

その瞬間に、息を吹き返したかのように燃え盛る篝火。

 

懐かしい温かさに、ファーナムは思わずその場に座り込んだ。今まで体の奥に消え残っていた疲労が嘘のように消え去り、活力が湧いてくる。

 

「転送は出来ないようだが……ありがたいな」

 

ファーナムはエスト瓶の回復手段が見つかった事に安堵し、定期的にこの場所を訪れる事を心に決めた。

 

エスト瓶の中身も回復し、体調も完全に回復した。しかしファーナムは、この温もりをもう少し感じていたいと思った。

 

誰も寄り付かない荒れ果てた廃墟が立ち並ぶ場所。邪魔する者は誰一人として居らず、ファーナムは一人、篝火に当たり続けた。

 

 


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