このすば! 俺はまた魔王を倒さなきゃいけないようです   作:緋色の

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最近は暑くて辛い。

暑いのは苦手な緋色です。

三万文字いっちゃった(笑)

色々無駄に書いてしまった感がする。


第五話 デストロイヤー襲来

 へんた……ベルディア討伐から数日後。

 

 ギルドでは昼前だというのに宴会が開かれ、できあがっている冒険者が見られた。

 

 人類最大の悲願は言うまでもなく魔王討伐だ。

 

 その魔王を倒すには、まず魔王が生息する城の結界を解除しなくてはならない。

 

 結界は八人の幹部が維持している。

 

 結界の解除には幹部の撃破が必須となるわけだ。

 

 今回俺達はベルディアを撃破したので、結界の解除を一歩進めたことになる。

 

 それは魔王討伐に一歩近づいたことを意味する。

 

 今日の宴会はそれを祝うために開かれているわけだが、他にも理由はあった。

 

 あの日正門に集まった人達は褒賞金をもらえたので、昼間から飲んでいる。

 

 俺達がベルディアを倒したとは言っても、あの警報を聞き、逃げずに正門まで来て、戦おうとした彼らの勇気ある行動を思えば当然のことだ。

 

 これで活躍してないからなんて理由で褒賞金を渡さなかったら、同じことが起きた時に街を守ってもらえなくなる。

 

「お待ちしておりました! では、カズマさん、めぐみんさん、ゆんゆんさん、ダクネスさん、はじめにこちらからお渡しします」

 

 ギルドのお姉さんから今回の件の報酬が渡される。

 

 これで終わりじゃないのを俺は知っている。

 

「そして、カズマさんのパーティーには魔王の幹部ベルディア討伐による特別報酬が出ています。こちら金三億エリスとなります」

 

「「「さっ!?」」」

 

 お姉さんが俺に高級感あるケースを手渡す。

 

 金額を聞いてフリーズしてしまった三人を無視して、ケースを開けて中身を確認した。一枚百万エリスの魔銀貨三百枚が入っていたので、問題がないことをお姉さんに伝えた。

 

「よっしゃああああ! みんな、今日は俺の奢りだー!」

 

「「「カズマさん、サイコー!」」」

 

 この時の俺は最高の気分だった。

 

 前回はどっかの駄女神……じゃなくて、くそ領主のせいで借金を背負わされたからな。それを思えば涙が出るほどに喜ばしい。

 

 俺は空いてる席について、適当に注文する。

 

 ここでやっとめぐみん達は正気に戻り、どこか慌てた感じで俺と同じ席についた。

 

「カズマ、どうしてそんな風にしていられるんですか!?」

 

「そうよ! 三億、三億よ!?」

 

「まるで何事もなかったようにしているが、おかしいじゃないか!」

 

「ワインでいいか?」

 

「ああ、じゃなくて! お前はどうして平気なのだ!」

 

「落ち着け。ちゃんとわけるから」

 

「心配してるのはそこじゃないのですが……」

 

 二十億という大金を投げ出したことがある身としては、今更三億で動じるわけがない。

 

「カズマさん、もしかして三億見慣れてたりするの?」

 

「それはない。どれぐらいないかと言うと、ゆんゆんがお友達と買い物してるぐらいだ」

 

「それどういう意味よ!」

 

 キレたゆんゆんが掴みかかってきた。

 

 そんなにレベル高くないくせに、何で力強いんだよ。胸ぐらを掴むゆんゆんの手を剥がし、蛙の唐揚げを口に突っ込む。

 

「げほっ、ごほっ」

 

 唐揚げを口から吐き出して咳き込んだゆんゆんをそっとしておいた。

 

 俺は鳥の唐揚げを食べて、これからについて考える。

 

 次に来る敵はデストロイヤーだ。

 

 ベルディアの時は怪しまれずに済んだが、デストロイヤーは別だ。こいつと戦うのはともかく、準備を事前に済ませていたらおかしいと思われる。

 

 これからは周りに怪しまれないように気をつけなくては。

 

 酒で頭がハッピーになる前に考えをまとめた俺は宴会を楽しむことにした。

 

 

 

 俺達が宴会に参加してから一時間ほど経った。

 

「おい、めぐみん。ちゃっかり酒を飲もうとするんじゃない」

 

「今日ぐらいいいじゃないですか」

 

 めぐみんは酒を飲もうとして、ダクネスに止められた。

 

 子供に酒は、と思ったが、めぐみんの隣に座るゆんゆんを見て、試してみることにした。

 

「ゆんゆんと半分こするならいいぞ」

 

「カズマ!?」

 

「聞きましたか、ダクネス。パーティーのリーダーが許可しましたよ!」

 

「ゆんゆんも飲みたそうにしてるしな。この機会に二人がお酒に弱いか調べよう」

 

「むう……」

 

「見てないところで飲まれて倒れられても困るだろ? 今日は俺達がいるし、ちょっと試すだけだから大丈夫だって」

 

「しかし……、うーん、だが、……仕方ない。カズマの言う通り、見てない所で何かあっても困るからな。今回だけだぞ」

 

 ダクネスは渋々許可を出した。

 

 今日みたいにめでたい日なら少しぐらい羽目を外してもいいだろう。

 

 何かあったなら、そこで止めるまでだ。

 

 めぐみんはゆんゆんと酒をわけあう。

 

 ゆんゆんとめぐみんは酒が飲めることが嬉しいようで、二人とも期待に満ちた顔で酒の入ったグラスを見つめている。

 

「一気に飲むなよ。最初はゆっくりと慣らすように飲むんだ。量は少しずつ増やせ」

 

 俺の言葉を聞いた二人はちびりと、本当に少量だけ口にした。

 

 そこから量を増やしていって、

 

「むう、味は思ったようなものではありませんね」

 

「うん。もっと美味しいと思ってたのに」

 

 二人の感想はそれだった。

 

 まあ、二人が飲んだのは安さが取り柄のもので、味は無視してるからな。

 

 甘いお酒とか、高い酒とかだったら感想はまた違っていただろうが、はじめて飲む二人はそのことに気づいていない。

 

 結局、二人は手元の酒を飲みきると、ジュースを頼んだ。

 

 それを見て、ダクネスは安心したように息を吐いて、テーブルの上の料理に手を伸ばした。

 

「やっほー。何か今日は奢りって聞いたよ」

 

「クリス! 久しぶりだな。今日はそこのカズマの奢りだから何でも頼んでくれ」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 クリスは早速シャワシャワを頼んだ。

 

 半分ほど飲んで、クリスは俺を見てにやりと笑った。

 

「カズマ君、スティール使えるんだよね。じゃ、私と勝負しない? 宴会の余興にさ」

 

 パンツ来た。

 

「お、おい。カズマは結構飲んでるんだぞ」

 

 ダクネスが不公平だとばかりに止めに入ったが、この俺がクリスを前にして撤退するわけがない。

 

 パンツ!

 

「ダクネス、大丈夫だ。クリスと言ったか、やってやろうじゃねえか。何があっても文句を言うんじゃねえぞ!」

 

「ふふっ。あとで泣かないでよね!」

 

 パンツ! パンツ! 

 

 ギルドの中心部に来た俺達を見て、周りは何だ何だと興味津々に見てくる。

 

「お互いにスティールを使って、どっちがいいものをとれるか勝負だよ。勝った方はとったものをもらえる、これでいいかい?」

 

「いいぞー。お前から来いや!」

 

 パンツ! パンツ! 女神のパンツ!!

 

「気前がいいんだね。それじゃ『スティール』……おっと中身がたっぷりと入った財布だ。これは僕の勝ちかな」

 

「やべえ、カズマやべえぞ」

 

「三億あるし、くれてやるんじゃねえよ?」

 

「いやいや、取り戻すつもりだぜ」

 

 パンツ! パンツ! 女神のパンツ! ヒロインのパンツ!!

 

 俺は右手をぎゅうと握り締め、低い声で言った。

 

「俺……、女相手だと九十九パーセント、パンツ盗るから……」

 

「へっ?」

 

「『スティール』!!」

 

「えっ、嘘……」

 

 クリスは困惑した様子で財布を落とし、

 

「いやあああああああああ! パンツ返してえええええええ!」

 

 状況を理解すると顔は赤く染まり、下半身を手で押さえて懇願した。

 

「ヒャッハー!!」

 

「「「ヒャッハー!」」」

 

 男性冒険者が興奮した様子で俺の雄叫びに続いた。

 

 お前ら最高だぜ。

 

 パンツ! パンツ! 女神のパンツ! ヒロインのパンツ! 極上パンツ!!

 

 俺はクリスの白いパンツを頭上で振り回した!

 

 女性達の視線が冷たいものに変わったが、俺は何も悪くない。

 

「お願い! 財布は返すから! 返しますから! パンツを返して下さい!」

 

「おいおい、布切れ一枚と俺のお金たっぷりの財布、どっちが価値高い? こんな布切れなんか数百エリスで買えるだろ」

 

「そんなこと言わないで返してえ!」

 

 俺の胸ぐらを掴んで、前後にがくがくと激しく揺らしてきた。

 

 やばい、結構飲んでるから激しく揺らされると吐き気が込み上げてくる。

 

 俺は吐くまいと堪えて、クリスを強めに押した。

 

「いたっ! ちょっと……」

 

「うぷっ……。やばいやばい……」

 

 口を手で覆って、必死に吐き気を堪える。

 

「大丈夫?」

 

 クリスの言葉に俺は首を横に振る。

 

「そっ。……これ以上揺らされたくなかったら返して。私も返すから」

 

 にやあ、と勝ち誇ったようにクリスは笑った。

 

 悪魔か!?

 

 俺は素直にパンツを返して、クリスから財布を受け取った。

 

 負けるとは思わなかった。

 

 席に戻った俺は、敗北を忘れるためにジュースを浴びるように飲んだ。

 

 

 

 

 

 翌日、お金を銀行に預けた。

 

 この大金があれば、当分依頼を請けなくていい。

 

 ベルディアの討伐報酬は俺が全額預かっている。

 

 彼女達は大金を持つのはちょっと怖いという理由から、俺に預けた。

 

 銀行から出た俺は近くの店で食事をして、宿へ戻ることにした。

 

 宿に戻ってきた俺はデストロイヤーとどう戦うか考える。

 

 デストロイヤーを倒すには、最初に結界を破壊する必要がある。

 

 その結界は爆裂魔法を二発、三発では破れないものだ。無駄に強力な結界をアクア抜きで破るにはどうしたらいいのか考える。

 

 セイクリッド・ブレイクスペルを使っても効果がないのは確実だ。そうなると結界を破る方法は一つに絞られる。

 

 爆裂魔法を三発以上撃ち込む。

 

 魔王の城の結界より頑丈というのは流石に考えられない。

 

 人の手で作られ、その後はデストロイヤーが単独で維持していると考えた場合、爆裂魔法を五発以上撃ち込めば破壊できるはずだ。

 

 次はコロナタイトだ。

 

 これは領主の館にテレポートしてもいいのだが、そんなことをしたらどっかのクルセイダーに迷惑がかかるので、避けざるを得ない。

 

 こいつの廃棄場所については決まっている。

 

 ごみ捨て場は魔王の城だ。

 

 しかし、ウィズにそのことを頼むのは無理があるので、自分でやるしかないのだが、問題が一つある。

 

 平行世界だからか、テレポートの登録欄は空白だ。元の世界では王都や紅魔の里を登録していたのだが……。

 

 そこで王都にはテレポート屋を使って行き、その王都で紅魔族を見つけたら、彼らにテレポートで魔王の城まで連れて行ってもらう。

 

 これで王都と魔王の城をテレポート先に登録できる。

 

 ざっくりとしているが、アクア抜きではこれが最善の戦略だ。

 

 あとは俺が王都に行っていても怪しまれないようにするには……、旅行だ。

 

 そうだ、仲間で王都に旅行すればいい。そうすればその時に登録したと言い張れる。

 

 ついでに最高品質のマナタイトも探して、デストロイヤー襲撃に備えておこう。ただし購入はせず、お店の場所を覚えているだけにしよう。

 

 我ながらよくできた作戦だと思う。

 

 みんなに怪しまれないようにしつつ、デストロイヤー討伐に必要な布石を打てる。

 

 仲間を騙す形にはなるが……、あいつらならいいだろ。

 

 俺は宿を出て、ギルドへ。

 

 ギルドにいなかったら、探すの面倒臭いから、周りの冒険者に王都に遊びに行ってくると伝えて、一人で行ってしまおうか……。

 

 そんな考えでギルドに行ってみると、普通に揃っていた。

 

 それはそれでつまらないが、揃っているなら探さないでいいのでよしとしよう。

 

「お前ら、王都に旅行に行くぞ」

 

「いきなりだな」

 

「旅行ですか。それはいいですね」

 

「幹部討伐でお金はたくさんあるから、色々買えるね」

 

「この機会に羽を伸ばすとしよう」

 

 俺の提案は快く受け入れられた。

 

 そういうわけで俺達は王都に行く前の準備として、王都のガイドブックを購入してきて、話し合いを開始した。

 

 この話し合いが終わったのは、日付が変わる直前だった。

 

 肝心の旅行は二日後からで、二泊三日の予定だ。

 

 明日は宿泊先の予約と旅行で使うものを買うことになっている。

 

 その買い物も男女にわかれるので、俺はすぐに終わらせるつもりだ。そして、はやめに王都に行って予約も済ませ、目的も済ませるという完璧なプランを立てている。

 

 そして、旅行は心から楽しもう。

 

 翌日、俺は買い物をさっさと済ませて、王都へ来ていた。

 

 みんなと決めたホテルも予約がとれたので、紅魔族を探す。

 

 どうたぶらかしたものか。

 

 あいつらはわかりやすい特徴があるので、そこを上手く利用すればいけるはずだ。

 

 めぐみんが仮面に食いついた時のことを思い出した。

 

 仮面か。適当にそれっぽいのを買って、紅魔族を見つけたら使おう。

 

 仮面を買うついでに近くで売ってた焼き鳥も買って、頬張りながら王都を歩き回る。

 

 よくも悪くも目立つから、すぐに見つかるだろうと思っていたが、そこまで甘くなかった。

 

 一時間、二時間では見つけることはできなかった。

 

 変な騒ぎを起こしているという俺の考えは間違いだったらしい。

 

 みんながみんなめぐみんのように騒ぎを起こすわけではないらしい。

 

 結局、俺が紅魔族を見つけたのは、庶民に愛されている料理店で満足するまで食べて、ベンチで一休みしてからだった。

 

 見つけた紅魔族は残念なことに男だった。

 

 俺は黒い仮面をつけた。この仮面は両目に穴があるのではなく、右目だけ穴がある。

 

 男のあとを気づかれないようについて行く。

 

 数分後、男が路地に入って、周囲に人がいなくなった所で声をかけた。

 

「見つけたぞ」

 

「むっ。その仮面は……」

 

 何もねえよ。思わずつっこみを入れたくなったが、俺はぐっと堪えて、茶番に付き合う。

 

「そうだ。これは俺の体を蝕む呪いを抑え込むための神器だ」

 

「やはり、か……。それほどのものでないと抑えられない呪いとは。貴様、いったい……」

 

「名乗るのが遅くなったな。我が名はカズマ! 最弱職の冒険者でありながら、魔王の幹部ベルディアを弄んだ者!」

 

「なん、だと……?」

 

 俺の挨拶を見て、男は驚愕した。

 

 紅魔族でもない俺がしたのはそれほど衝撃的だったようだ。

 

 普通、紅魔族が挨拶をしても、えー何なのこいつ、みたいな反応しかしてもらえない。

 

 紅魔族にしか通じないはずの挨拶を俺がしたことで、男は感動でぷるぷると震える。

 

 ネタ種族はどこまでいってもネタ種族なんだと思った。

 

「神に選ばれし種族……紅魔族の汝に命ずる。我を魔王の城へ連れていけ」

 

「! ……そうか。わかった、連れていこう『テレポート』!!」

 

 男は全てを悟った顔で、俺を目的地に連れて行ってくれた。

 

 こうして俺は、テレポート先に王都とごみ捨て場を登録することができた。

 

 ちなみに魔王の城の近くに着いたら、男は生きて帰ってこいよと残して王都に戻った。

 

 俺は結界に守られた魔王の城を一瞥してからアクセルに帰った。

 

 

 

 旅行当日。

 

 俺はギルドの前でみんなと合流した。

 

 当たり前のことだが、みんなキャリーバッグを持ってきている。

 

「それじゃ行くとするか」

 

 正門までみんなを連れて行く。

 

 前日、王都を登録したので、テレポート屋に高い金を払わなくてもいいのだ。

 

「忘れ物はないな?」

 

 俺の問いにみんなはこくりと頷いた。

 

 テレポートは初級魔法のように簡単にできるものではない。

 

 目を閉じ、集中力を高め……。

 

「『テレポート』!」

 

 気がつくと、目の前には王都の正門があった。

 

 正門前の数名の兵士達からすれば、俺達のようにテレポートで訪れるのはそれほど珍しい光景じゃないので、平然としていた。 

 

「本当にテレポートできたよ」

 

「おい!」

 

 ゆんゆんは慌てて口を両手で覆ったが、もう遅い。

 

「お前が俺をどういう目で見てるかよーくわかった。この、この」

 

「や、やめへ、ほおひっはらないで!」

 

 左右の頬を強めに引っ張ってお仕置きをする。

 

 ゆんゆんは目尻に涙を浮かべて、両手をばたばた振り回す。

 

 そんな俺達を見て、めぐみんとダクネスは呆れたように深く息を吐いた。

 

「ほら、ばかやってないで行きますよ。貴重な時間を無駄にしないべきです」

 

 めぐみんの正論に俺はそうだなと言って頷き、歩き出した。

 

「おねはい、ほうはなして!」

 

「しょうがねえなあ!」

 

 最後に頬をむにゅむにゅしてから手をはなす。

 

「うう、ひりひりする……」

 

 俺達は王都に歩を進めた。

 

 前日ホテルの予約に来ていたので、王都の人の多さは知っている。

 

 俺とダクネスに驚きはないが、めぐみんとゆんゆんは人の多さに驚いている。

 

 キョロキョロと周りを見るものだから、こいつら初旅行の田舎者だな、という目で見られている。

 

 中には、冒険者なのに旅行できるのか、と物珍しそうに見てくる人もいる。

 

「屋台がたくさんあるわね」

 

「王都では祭りじゃなくても並ぶようですね」

 

「これもちょっとした名物だな」

 

 それにも気づかないぐらいにダクネス含む女三人は楽しそうにしている。

 

 まだホテルに着いてないのにこれである。

 

「お前ら、まだ何もしてないのに何がそんなに楽しいんだよ」

 

「友達と旅行するのはじめてだから、その、えへへ」

 

「ゆんゆん、あなたが言うと悲しくなるからやめて下さい。私もはじめてですが、何というかあなただと本当に悲しくなるんですよ」

 

「何で!? 私達の年で、友達と旅行するのがはじめてというのはおかしくないでしょ」

 

 本当にどうでもいいことで口論をはじめた二人を見て、ダクネスはやれやれと首を振った。

 

「全く……。カズマは楽しくないのか。美女に囲まれて旅行というのは、男のお前からしたら嬉しいことのはずだが」

 

「違いますよ、ダクネス。カズマは余裕そうにしているだけです」

 

 俺は美女三人をじっくりと眺める。

 

「へっ」

 

「「「あっ!」」」

 

 見てくれは確かにいいが、全員中身に問題があるのを思うと素直に喜べなかった。

 

 

 

 ホテルに着くまで、俺が女に囲まれて喜ばないはずはないとした三人が何とかして証拠となる言葉を引き出そうとしたが、まだ楽しんでいないのは事実なので失敗に終わった。

 

 ホテルは俺とダクネスは一人用の部屋、めぐみんとゆんゆんは二人用の部屋と割り当てている。

 

 荷物を置いた俺達はホテルを出て、地図を手に歩く。

 

 最初はガイドブックでおすすめされている喫茶店に行く。そこでアップルパイを食べるつもりだ。

 

「この辺だな」

 

「あれじゃない? りんごのマークの看板の」

 

 ゆんゆんが指さした場所を見て、俺は違和感を覚えた。

 

 りんごのマークの看板がかけられているが、何かがおかしい。

 

 そう思って地図をよく確認すると。

 

「カズマ、どうしました? はやくしないと置いていきますよ。それとも置いていかれたいのですか? それならそうと言ってくれればいいものを。二人とも、カズマを置いていきましょう」

 

「違うわっ! ほら、地図と場所違うんだよ」

 

「おや、本当ですね」

 

「地図からすると……」

 

 ダクネスは俺から地図を取って、確認しながら歩いていく。

 

 りんごのマークの看板がかけられた店を通りすぎて。

 

「ここではないか?」

 

「ここ、だね……」

 

 建物三つほどはなれた場所に目的のお店はあった。

 

 この近さであの看板があるのを考えると、あのお店は客が間違って入店するようにしている。

 

「もしかして、あそこの店はわざとやっているのか?」

 

「客をとるための作戦だろ。悪質だけど、よくあるやり方だな」

 

「文句を言ってもお店は何も悪くないって言えるもんね」

 

 俺達はお店に入って、目的のアップルパイと好みの飲み物を注文する。

 

 少しして、店員は注文したものを運んできて、テーブルに並べた。

 

 食欲を刺激する香りに俺達は唾を飲み込んで、アップルパイに手を伸ばして。

 

「これは……」

 

「美味しい!」

 

「普段口にするアップルパイとは別格ですね」

 

「こりゃ人気出るわ」

 

 めぐみんの言う通り、今まで食べてきたアップルパイとはレベルが違う。めぐみんの胸とゆんゆんの胸ぐらい差がある。

 

「何か凄く失礼なことを考えませんでしたか?」

 

「別に。美人のみんなとこうして旅行できて嬉しいなーって思っただけだ」

 

「さっき、嬉しくないって言いましたよね?」

 

「言わせんな、恥ずかしい」

 

「棒読みすぎますよ」

 

「そんなことないよー。はい、あーん」

 

「やりませんよ!」

 

 自然にやったのだが、めぐみんは乗ってこなかった。

 

 乗ってきてたら、食われたアップルパイの分だけ取り返すつもりだったが。

 

 こんなに美味しいものを、こんなちんちくりんにあげるなんて考えられない。

 

「もう少し静かに食べられないのか」

 

「他の人が見てくるから、ねっ?」

 

 ダクネスとゆんゆんの言葉に、俺達はちらっと周りを見て、クスクス笑われていることに気付き、恥ずかしさから俯いた。

 

 ここで気づいた。

 

 何だかんだでいつもの調子でいられている。これなら旅行も存分に楽しめると思い、地図を見ながら次の予定を確認した。

 

 俺達の初旅行は極めて順調に進み、気づけば初日は終わりを迎えようとしていた。

 

 まるでエリス様が俺達の旅行を見守ってくれていると思えるほどに今日は一切トラブルがなかった。明日もこうであると助かる。

 

 ホテルに戻ってきた俺達はまた明日と言って、それぞれの部屋に。

 

 俺はパジャマに着替えて、ベッドに横たわる。

 

 明日もこうであればいいと思って、目を閉じた。

 

 順調すぎて逆に怖いとか、気持ち悪いとか、そういうことは全く思わずに眠りについた。

 

 

 

 二日目。

 

 この日は魔道具や装備品を見て回る。

 

 アクセルでは決して目にすることはできないものを見る。

 

 俺達の装備は言うほど悪いものではない。おそらく王都でもそこそこの価値はつくだろう。しかし、王都には俺達の持つ装備品よりも優れたものが多くある。そういうものと比べたら負ける。

 

 装備品をいいものにするのは、自分達の生存率を上げることに繋がる。だから、今回の旅行で新しい装備品を手にいれるつもりだ。

 

 しかし、ダクネスは鎧を大事にしているので、買い換えることはないだろう。

 

「ダクネス、お前は何を買うんだ。剣なんか買っても当たらないから意味ないだろ」

 

「んっ。少しは濁してくれ。そう言われたら、その、ふはっ、私が役に立たない子みたいじゃないか」

 

「こいつは……。もしかしたら防御力を上げる装備とかあるかもしれないし、見ておこう」

 

 神器なんてものが世の中にはあるのだから、防御力を上げる指輪とか腕輪みたいなのがあっても不思議ではない。

 

 俺達はまだ見ぬ装備に期待で胸を膨らませていた。

 

 気づけばいつもよりはやく歩いていた。

 

 それだけみんながこの時を楽しみにしているんだと思った。

 

 幹部を倒した俺達に相応しい装備を見つけるぞ!

 

 

 

 一時間後、俺達は最初のようにうきうきしていなかった。

 

 良いものは高い、それはよく理解しているのだが、まさか杖一本に億に近い値がつけられてるとは……。

 

 何だよあれ。

 

 どう考えたって物語の終盤、それこそ魔王の城に乗り込む前に入手するものじゃん。それか隠しボス倒してゲットするものだろ。

 

 もちろんそんなものが買えるはずもなく、諦めるしかなかった。

 

 他の杖を見ても、高価なものばかりで驚くしかない。

 

 数百万するものも結構あったし、数千万するものもあった。

 

 僕もうよくわかんない。

 

 高価なものを買うのは気が引けたのか、あのめぐみんでもこれを買って下さいとは言ってこなかった。

 

 何ていうか、装備の方からお断りと言われているような感じがして、俺達は諦めるしかなかった。

 

「あれは貴族でもそう簡単に買えないぞ……」

 

「何ていうか、俺達みたいな子供にはまだはやかったな」

 

「そうですね。もっと、もっと爆裂魔法を極めてから買いに来るべきでした」

 

「私ももっと強くなってからにするわ」

 

 魔王を倒しちゃったカズマさんでも気が引けたからな。

 

 俺が見たもので一番いいと思ったのは、二千五百万エリスの凄い弓だ。今装備してるのより大きいのに軽くて、三本同時に発射することができて、連発もできて、貫通性能も上がって、……とにかく凄い弓だ。

 

 そう、魔王を倒した俺に相応しい弓だ。

 

 だけど、購入するわけにはいかないのだ。

 

 凄く欲しいけど、まだまだはやいのだ。

 

 ……はやい?

 

 何で俺、はやいとか言ってんだ?

 

 めぐみん達はともかく、俺は魔王を倒してるから買っても問題ないよね。

 

 あの凄い弓欲しいんだよな。

 

 あの凄い弓欲しい。

 

 欲しい。

 

 

 

 

 出端を挫かれたような感じになったけれど、俺達は様々なものを見て回った。

 

「うわあ、あれ見て。最高品質のマナタイトだよ。値段すごっ……」

 

「あれなら爆裂魔法も使えそうですが……、使い捨て二千万エリスは流石に……いや、連発できるなら……悩ましい」

 

「悩まないで! 出費が凄いことになるし、何回も使えるようになったら爆裂魔法の価値が薄れるわよ!」

 

「むっ! 確かに我が爆裂魔法は一日一度だからこそ、その価値は高いのです。ありがとうゆんゆん、あなたのおかげで道を踏み外さずに済みました」

 

 元の世界のお前、爆裂魔法をいっぱい使える世界に行きたいとか言ってたけどな。

 

 それにしても二千万エリスか。使い捨てにしては……随分、と……。

 

 そこで俺ははっとなった。

 

 そういえば昨日、マナタイト探してなかった。

 

 あぶねえっ!

 

 すっかり忘れてたよ。テレポートの件で全部終わった気になってたし。

 

 ま、まあ、この俺の幸運をもってすればこんなミス巻き返せるわけで。

 

 俺は誰にも気づかれないように、額にびっしりと浮かんだ汗を拭った。

 

 お店の場所も覚えたし、デストロイヤーが来ても大丈夫のはず。

 

 いくら王都でも使い捨てのこれを購入する、変わった奴はいないはずだ。

 

 確信が持てないので、ちょっと不安になるが、あることを祈るしかない。

 

「カズマー、次行きますよ」

 

「今行くー」

 

 返事をして、急ぎ足で三人の下へ行く。

 

 そのあとはのんびりとしたものだった。

 

 装備から最高品質のマナタイトまでのインパクトが強すぎたのだろうが、数千から数万エリスぐらいの魔道具とか見ても驚きはなかった。

 

 何というか、可愛いもんだ。

 

 アクセルにはないものもたくさんあったが、中には使い道がわからない変なものもある。

 

 王都でも変なものを売っているのかと思ったが、もしかしたら話のネタに買っていく人がいるのかもしれない。

 

「ひょいざぶ」

 

「しっ! 今は言わないで下さい」

 

 俺達はご飯を食べるのも忘れて、様々なものを見て回った。

 

 気づくと、夜を迎えていた。

 

 この日はちょっとお高いレストランで夕食をとり、心から満足してホテルに戻った。

 

 何だか、旅行があっという間に終わっていく。

 

 明日はお土産を買って帰るだけだ。

 

 俺はベッドに横になって、寝ようとして。

 

 気のせいかな。

 

 俺とみんなの関係は接近してないんだけど。

 

 おかしくない?

 

 俺、幹部を倒したんだよ。

 

 それにさ、みんなで力合わせて倒したわけで、だったらもっとこう仲が深まってもいいと思うんだ。

 

 きゃー、カズマさん抱いて、とかそういう展開になってもいいと思うんだ。

 

「くそっ、何で何もないんだよ!」

 

 この残酷な世界に、俺はただ怒ることしかできなかった。

 

 

 

 三日目は知り合いへのお土産を購入して、昼食をとったら、アクセルへ戻った。

 

 俺は激辛煎餅、激辛饅頭、激辛チョコレート、激辛シャワシャワ、激辛カレー、激辛パン、真っ黒シチューなどといったネタ土産を大量購入した。

 

 めぐみん達が揃いも揃ってちゃんとしたのを買ってたので、俺までそうするわけにはいかないという義務感からネタ土産を大量購入しただけなのだが。

 

 正門からそのままギルドへと向かう。

 

 ギルドに入れば、冒険者達と職員の皆さんが、

 

「お帰りなさい」

 

「おー、帰ってきたかー」

 

「旅行はどうだった?」

 

「戻って来たのか。そりゃ全部土産か?」

 

 次から次へと挨拶してくる。

 

「今から土産配るぞー」

 

 ギルドでは、めぐみん達が土産を渡してから、ネタ土産を渡した。俺からの贈り物を見た冒険者や職員の皆さんはさもおかしそうに笑ってくれた。

 

 挨拶回りも済んだ所で、テーブルについて一息吐いた。

 

「納得いきません。どうしてカズマのお土産が一番反応がいいんですか!?」

 

「そうよ! 私達だっていいもの選んだのに」

 

「お前はこうなるのがわかってて、あれを買ったのか?」

 

「お前らが揃いも揃って普通なのしか買わないから買ったんだよ。それでも笑ってもらうために最後に渡したけど」

 

「この男! 評価を上げるために私達を利用するとは!」

 

 そうしないと嫌な反応しか返ってこないからな。

 

 まともなのも大事だけれど、変わったお土産もあった方が楽しい。

 

 それこそちょっとした子供心で。

 

「まあいいだろ。パーティーからのお土産として見たら成功したわけだし」

 

「それはそうかもしれませんが、しかし納得がいきません。何というか、そう、いいところを全部持っていかれたように思えます」

 

「そんなに気にするなよ。別に競ってたわけでないし。ほら、これやるから」

 

 めぐみんに究極辛い人でなしカレーを渡した。

 

 これはとんでもなく辛いみたいで、誰も完食できないと恐れられているぐらいだ。

 

「いや、いいです」

 

 返してこようとしたが、俺は返品不可と告げて、受け取らない姿勢を見せた。

 

 それにも関わらず、めぐみんは俺に渡そうとしてきたので、対抗した。

 

 しばらく互いに押し付け合い、最後は根負けした俺がもらうことになった。

 

 これ、食べきれるかな……。

 

 俺がカレーを見ていると、ダクネスが立ち上がった。

 

「ギルドでの用も終えたし、私は一度実家に戻る」

 

「私達も一度宿に戻るとします」

 

「カズマさんはこのまま残るんですか?」

 

「おう。宿に戻ってもやることないからな」

 

「あまり飲みすぎるなよ」

 

「わかってるって」

 

 俺がギルドに残ることが飲みまくることになるのはどういうことだろうか。

 

 三人に手を振りながら、こういうところでも信用されていないという事実にちょっぴり悲しくなった。

 

 もっと俺を信用してほしい。

 

 普段は次の日に影響が出そうなぐらい飲んだりしているが、今残ったのは酒を飲むためではない。

 

 三人が帰ったのをしっかりと確認してから、俺は銀行へと向かった。

 

 

 

 三日後、そんなになかった旅行の疲れをしっかりととった俺達はクエストを請けることにした。

 

 幹部討伐の報酬はまだたっぷりと残っているが、俺達冒険者は街の人を守るためにもモンスターと戦わなくてはいけない。

 

 意気衝天の勢いで掲示板から一撃熊の依頼をとり、意気衝天の勢いで受付に出して、意気衝天の勢いでギルドから出ようとした……時にめぐみんに肩を掴まれた。

 

「何だよ、はなせよ」

 

「一つよろしいでしょうか」

 

「お前はどこの警察だよ」

 

「何を言いたいのかわかりませんが、ごまかすのはやめてもらいましょうか」

 

「何もごまかしてない。何なんだよ」

 

 今の俺はこんなにもやる気に満ちているというのに、めぐみんは不満げに俺を見ている。

 

「なあ、カズマ。お前には色々と言いたいんだ」

 

「何だよ。俺が何をしたって言うんだ。おい、ゆんゆん、何だその目は」

 

「別に。でも、カズマさんはやっぱりカズマさんだなって思っただけよ」

 

 ゆんゆんはどう見ても俺に呆れていた。

 

 心当たりしかない俺は、ゆんゆんとダクネスに変顔をして見せた。

 

「「ぶはっ」」

 

 腹を抱えて笑うほどツボに入ったようだけど、俺の顔が笑われたんだと思うと、複雑な気持ちになる。

 

「「ふひゃははははははは」」

 

 ちょっと笑いすぎじゃないですかね。

 

 俺は泣きそうになって、二人に背を向けた。

 

「はあ……。カズマ、あなたの背中の凄そうな弓は何ですか。その大きな矢筒は何ですか」

 

「……新しい相棒」

 

「あなたって人は……」

 

 おや、めぐみんはガンガン怒ってくると思ったのだが、そうではなかった。

 

 めぐみんが不満そうにしているのは、俺だけが強い装備になったことによるものだと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。

 

「どうして一人だけ先に買うんですか。私は、みんなで一緒に強くなって、装備を買いに行きたかったのに」

 

 めぐみんが、眉尻を下げて、寂しげな顔で見上げて来た。

 

 ……すっげえ可愛い。

 

 俺は言葉を出せず、ただめぐみんを見つめていた。こいつは中身に難があるだけで、ちゃんとした美少女なのだ。

 

 今のこいつは何も意識していないんだろうが、男を惹き付ける何かを放っていた。

 

 魔性の女の気配が……。

 

 嘘だろ、こいつまだ十三だぞ。

 

「カズマ、どうして黙って見ているんですか?」

 

「お、おお、今可愛くて……、普段もそれぐらいならいいのに」

 

 危なかった。

 

 もうちょっとで全部言ってしまいそうだったが、俺は何とか言葉を飲み込み、皮肉を言うことに成功した。

 

 完璧だ。

 

「そ、そうですか。ふふ。カズマもとうとう私の魅力に気づいたみたいですね。…………一人で買ったのは許せないので、今夜はたっぷりと奢ってもらいます」

 

 失敗だった。

 

「もちろんダクネスとゆんゆんにもですよ」

 

 余計なことを付け足して、めぐみんは機嫌よさげに歩き出した。

 

 俺は鈍感主人公ではないので、めぐみんが嬉しそうにする理由がわからないとかは言わない。しかし、元の世界に比べて好感度上がるのはやくないか?

 

 強い装備で活躍できるのが凄い嬉しくて張り切ってた時もあったけど、まさかそんなんで……?

 

 俺は、ようやく笑うのをやめた二人に向き直る。

 

「なあ、上手いこと進めればヤらせてくれるかな」

 

「最低! カズマさん最低!」

 

 ゆんゆんの強烈な右ストレートが俺の頬に叩き込まれた。

 

 

 

 頬に手を当てて、一撃熊が目撃された林の中を進む。

 

「なあ、そんなに怒るなよ」

 

「怒るわよ! いくらなんでもデリカシーないから!」

 

 まあ、自分でもクズ発言したなとは思うけど、でも期待するなという方が無理がある。

 

 いつまでも童貞でいたくないので、できることなら今日にでも捨ててしまいたいのだが、それは無理なんだろう。

 

 考えたくもないが、この世界でも童貞のまま魔王を倒すのだろうか……、笑えないんだけど。

 

「いたぞ、カズマ」

 

 ダクネスの言葉に俺は気を持ち直して、木の根の辺りをくんくんと嗅いでいる一撃熊をじっと見つめる。

 

「見せてもらいましょうか。その弓の力を」

 

「前のより凄いんだよね」

 

「先ずは、と」

 

 背中から弓をとって、構えをとる。

 

「「「おお!」」」

 

 矢を数本手にとって、弓に当てる。すると、矢は淡い光に包まれて、弓の端の上側にまとめられる。

 

 弓に少しの魔力を込める。前のと同じで、これで貫通力は上がる。

 

 矢をゆっくりと引いて。

 

「『狙撃』」

 

 次の矢が即座にセットされる。

 

 自動でセットしてくれるので、連続で射ることができる。

 

 頭部を合計三回も射貫く。そこまでやられたら一撃熊も生きてはいられず、大地に倒れていた。

 

 一撃熊を貫いた矢は、熊が嗅いでいた木に深々と突き刺さっていた。

 

「うむ。これはいいものだ」

 

 いちいち矢をつがえる必要がなく、またその動作が省かれる分、敵を射貫くまでの時間は短縮される。

 

「あっという間でしたね」

 

「前のと比べたら、簡単に連発できていたな」

 

「正直、自動セットがここまで便利とは思わなかった。もうこいつでないと満足できない」

 

 最高の弓を手に入れてしまったものだ。

 

 今のだけでも十分すぎるというのに、こいつにはまだ能力が残されている。

 

「試すか『スリー』」

 

 弓に込められた魔法が発動して、矢が三本セットされる。

 

 俺が真ん中の矢を引くと、上下の矢も一緒に引かれる。

 

 今回は貫通力を上げない。

 

「『狙撃』」

 

 三本の矢は同時に発射され、前方の木に突き刺さる。

 

 矢の消費は三倍となるが、例えば胸を射貫きつつ、頭部も射貫くこともできるため、一撃で仕留められる可能性が上がる。

 

「よしよし。この弓の性能は申し分ないな」

 

「カズマがこうして強くなるのはいいことなのだが、その、何だ。私がモンスターに殴られる機会が減るのは困るというか……」

 

「黙ってろ」

 

「んんっ。突然の罵り、悪くない」

 

 せっかく弓の性能に満足して、気分もよかったのにダクネスの発言でぶち壊しになった。

 

 今度、こいつを的にしてやろうかと思ったが、そうしても喜ぶだけで、何の罰にならないことに気づいた。

 

 こいつの本名が明らかになった時にはとことん辱しめてやる。

 

 一撃熊の討伐を終えたので、アクセルへと帰る。

 

 その帰り道で。

 

「これからその弓を使うなら、前の弓は売り払うの?」

 

 ゆんゆんの質問に俺は首を横に振った。

 

「あっちは予備にするよ。いつ、どんなことが起こるかわからないしな」

 

 この弓より性能が低いと言っても、予備には十分使えるものなので、売り飛ばす必要はない。

 

 先を見据えて、慢心はしない。

 

 ああ、何だろうか。

 

 低ステータスで一流冒険者になりつつあるこの感じ、悪くない。

 

 攻撃が当たらないというポンコツ性能を抱えているが、最強クラスの硬さを誇るダクネス。

 

 一日一発だけとはいえ、最強の魔法を使えるめぐみん。

 

 強力な上級魔法を操るゆんゆん。

 

 多くのスキルを持ち、高性能の弓を使う俺。

 

「俺が筋力、防御、速度の支援魔法と悪魔退治の魔法を覚えたら、このパーティー凄いことになるんじゃないか?」

 

「カズマさん、そこまでいったらもう高レベル冒険者で済まなくなるけど」

 

「確かにカズマがそれらを覚えたら便利でしょうけど、魔力の問題も出てきますよ」

 

「そうなんだけど。ほら、俺程度なら高品質のマナタイトでなくても大丈夫だろうし、支援魔法ぐらいなら普通のマナタイトでも問題ない。場合によってはゆんゆんからわけてもらえばいい」

 

「確かにそれなら魔力の問題も解決できるな。ドレインタッチではゆんゆんの体力も吸われるが、私のをわければ解決する」

 

「そう。欠点は俺だと本職より効果は出ないこと。それでも支援のあるなしでは差は大きい」

 

 アクアはいないので、リザレクションのような強力な回復魔法は使えず、おまけに筋力強化をはじめとした支援魔法も使えない。

 

 そうなるとそれを埋める必要が出てくる。

 

 幸いにもゆんゆんという優秀なアークウィザードがいるので、パーティーの強さは落ちていない。むしろ、上級魔法が多くの敵に通用するのを考えたら格は上かも。

 

 とはいえ、今後のことを考えれば支援魔法は必要となってくる。お金を払うことになっても、誰かから教えてもらおう。

 

 ……あっ。

 

 この時、思い出した。

 

 自分はこういう冒険者になりたかったんだと。

 

 常日頃から強敵との戦いに備え、その時が来たら心強い仲間と力を合わせて戦う。

 

 そうだよ、これが本当のファンタジーだよ。

 

 俺が求めていた冒険がここにあった!

 

 このあと、めぐみんが目についた良さげな岩に爆裂魔法を使いたいと言ってきて、気分最高だった俺は何も考えずに許可した。

 

 めぐみんは爆裂魔法を使う、ここまでは何も問題なかったのだが、どうやら近くに多数のモンスターがいたようで、怒ったモンスター達は俺達に襲いかかってきた。

 

 さすがに数が多すぎるのと、めぐみんが役に立たない子だったため、逃げるしかなかった。

 

 めぐみんはダクネスに背負わせる。

 

 俺は走りながらもたまに振り返っては狙撃し、当たったか確認せずにすぐにまた走る。

 

 ゆんゆんは中級魔法を使いながら、基本的に俺と同じ行動をとっている。

 

 そうやって二人で少しずつ数を減らしていく。

 

「よし、もういいな。ダクネス、めぐみんをこっちに寄越して、お前はデコイで引き付けてくれ」

 

「ああ! 来い! モンスターども! 貴様らの汚らわしい欲望を私にぶつけてみろ!」

 

 ダクネスは張り切っていた。

 

 デコイでモンスターを引き付けて、俺はめぐみんを背負って距離をとり、ある程度はなれたら、めぐみんを下ろして狙撃を開始する。

 

 ゆんゆんは俺の隣に立って、上級魔法の詠唱をはじめた。

 

「ふんっ!」

 

 ダクネスは、自分の横を通り抜けようとした犬型のモンスターの尻尾を掴んで、力一杯投げ飛ばした。

 

 飛んできたモンスターを避けられず、何匹か巻き添えになった。

 

 犬型のモンスターと巻き添えを食った一部のモンスターはピクリとも動かなくなった。……ダクネスの奴、どんな力で投げたんだよ。

 

「ダクネスさん、下がって!」

 

 ゆんゆんの指示にダクネスは目の前の敵を振り払って、二歩、三歩と後退しながら相手の動きに注意を払う。

 

 俺はダクネスの逃走を助けるべく、狙撃で敵の目の前に矢を放つ。わざと地面に当てることで、動きを封じる。

 

 それを受けて、ダクネスは背を向けて走り出す。

 

 ダクネスを逃がすまいと動こうとした敵に俺はまた威嚇射撃する。

 

「『エナジー・イグニッション』!!」

 

 唱えられた魔法は、先頭から中心辺りまでの敵を青白い炎で包み込む。

 

 かなりの魔力が込められて放たれた魔法に、敵は抵抗すらできず、燃え尽きていく。

 

 今の一撃で俺が倒した数を上回ったろう。

 

 ゆんゆんの魔法を見たからか、それとも数が少なくなったからか、モンスター達はこちらに背を向けて、逃走した。

 

 それを確認して、俺は地面に座り込んだ。

 

「はあ、しんど……」

 

「はあ、はあ、もうこんなのは嫌。何なのよ、多すぎでしょ」

 

 ゆんゆんとダクネスも立っている気力がなくなったのか、その場に座り込んだ。

 

「まさか、あの場所にあれだけのモンスターがいるなんて……」

 

「運悪く集まっていたな。それに本格的に冬を迎える前というのも関係しているだろう」

 

「……すみません。私のせいで」

 

「めぐみんのせいじゃないだろ。勝手に撃ったわけでもないし」

 

 撃ってもいいと許可を出したのは俺だ。

 

 ここ最近上手く行ってるからって、油断しすぎだ。

 

 異世界ファンタジーらしさが出てきたから、結構、というか無茶苦茶浮かれていた。

 

 本当に考えが浅かった。

 

 次からは気をつけなくては。

 

 念のために周りを見ようと、視線を動かした時、俺は気づいた。

 

「むっ……」

 

「ど、どうしましたか……」

 

 めぐみんが不安そうにしたが、今はそれどころではなかった。

 

 ゆんゆんはモンスターとの戦いでかなり疲れたのだろう。

 

 無防備に膝を曲げて足を開いてて……生M時開脚だ!!

 

 神は、俺を見捨てていなかった。

 

 それとも、神はここにいたのだろうか。

 

 神の導きに従おう。

 

 俺は立ち上がろうとして、疲れからふらついて倒れたように見せかけて、ゆんゆんの前に、目的のものを見るために飛び込んだ。

 

「……えっ?」

 

「あー、悪いな。思ったより疲れてて、上手く立ってなかったんだ。ふう、あんなに頑張ったんだから疲れててもおかしくないよね。あー、疲れが酷くて立てないわー」

 

「あっ……あっ……」

 

「お構い無く」

 

「きゃあああああああああああああ!!」

 

 ゆんゆんは顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、スカートを押さえながら立ち上がる。

 

「このすばっ!」

 

 ゆんゆんはスカートを押さえたまま、俺の顔を手加減せずに蹴った。

 

 鼻が折れなかったのは不幸中の幸いだったが、

 

「最低! 最低! 最低!」

 

 ガチギレしたゆんゆんは俺を何度も踏みつけた。

 

 頭をやられるのは危険なので、頭を抱えて丸くなる。

 

 俺はゆんゆんの攻撃を避けることはできなくて、終わるのを待つしかなかった。

 

「ゆんゆん、さ、流石にそれ以上はまずいのです。カズマが死んでしまいます!」

 

 ゆんゆんに何度も踏みつけられて、今度は本当に動けなくなった。

 

 頭がぼうっとする。

 

 いつものように考えられない。

 

 今にも気絶しそうだ。

 

「パンツ……」

 

 

 

「ギルドの天井だ……」

 

 目が覚めて、最初に入った光景はギルドの天井だ。

 

 体はもう痛くなかった。

 

 そうだ、俺はゆんゆんの聖域という名の絶景を堪能して、逆襲にあったんだ。

 

「起きたのか」

 

 声のした方を見れば、ダクネスがワインを片手に俺を見ていた。

 

「あっ、起きたんだ……」

 

 ゆんゆんは冷たい目で俺を見る。

 

 起きてほしくなさそうな口振りだったので、文句を言おうとしたら、ゆんゆんは背筋が冷たくなるほど恐ろしい目で睨んできた。

 

 何あの子、どうして俺の行動がわかるの。

 

「カズマも反省して下さい。あんな風にパンツを見るのはどうかと思いますよ」

 

「いや、見なかったら、まるでゆんゆんにそうする価値がないと言ってるみたいじゃないか。魅力的な女の子のパンツを覗こうとするのは男として当然の行動」

 

「カズマさん、少し黙ろっか」

 

「あっ、はい」

 

 包丁持たせたら普通に刺してきそうなんだけど。

 

 俺はゆんゆんの恐ろしさをはじめて知り、今度からはばれないように覗くことに決めた。

 

 ギルドの隅っこで音を立てずに夕食を食べて、高いお酒と高いおつまみを一人でひっそりと楽しんだ。

 

 ゆんゆん達の会計は俺持ちなので、伝票をテーブルに置かれた。

 

 めぐみんとダクネスは短く挨拶をして、ゆんゆんは俺を見るとふんと鼻を鳴らして、何も言わずに立ち去った。

 

 最後まで怖かった。

 

 味がわからなくなるほど恐怖した。

 

 俺は恐怖を忘れるように酒を次々と飲む。

 

「くそおっ! たかがパンツが何だ! あのぼっちめ!」

 

 可愛い白パンツごちそうさまでした!

 

 

 

 

 

 ゆんゆんのパンツを見た日からクエストはやっていない。

 

 冬を迎えたからだ。

 

 俺達のレベルならクエストはこなせるだろうが、冬を迎える前に比べたら危険性は上がっているので無理はしない。

 

 それに寒いから行きたくない。

 

 冬真っ只中なので、商品の開発に専念している。

 

 ぶっちゃけ、幹部の討伐報酬よりも稼げるので、やるしかない。

 

 めぐみん達の顔は何日も見ていないが、会っても世間話をするぐらいしかやることがないので、後回しにしている。

 

 今優先すべきなのは、数十億エリスを得るための下準備だ。

 

 今度はバニルに安く買い叩かせない。

 

「ふう。少し休憩するか」

 

 俺はテーブルの上のコップにコーヒーを淹れる。

 

 今俺が作業している場所は貸倉庫だ。

 

 この貸倉庫は建物の中にある内の一つで、貸倉庫は全部で六つある。

 

 借りている理由は作業場の確保と防犯性の高さだ。

 

 ここに入るには専用のカードと二つの鍵を使わなくてはならない。カードはスキルの解錠を使っても無理であるし、鍵の方も片方が鍵以外で開けられそうになったらもう片方は鍵穴が閉じるようになっている。

 

 防犯性の高さに比例して月の料金も高いが、商品を守るためと思えば安いものだ。

 

 完成した商品をそのままここに置いておけるのも魅力の一つである。

 

 コーヒーを飲み終えたら、作業を再開する。

 

 この日も商品の開発で一日を費やした。

 

 倉庫の戸締まりをして、建物から出て街の中を歩く。

 

 今日の夜空は星がよく見える。

 

 何を食べて帰ろうか。

 

 こうも寒いと、鍋物を食べたい。

 

 しかし、一人で二人前、三人前はある鍋物を食べきるのは厳しいものがある。

 

 久しぶりに食通ごっこをしようかと思って、あんなの一人でやるのはかなり恥ずかしいことに気づいて諦めた。

 

 ……一人じゃなくても恥ずかしいよな。

 

 気づかなくていいことに気づいた感がもの凄くするのはどうしてだろうか。

 

 これについては考えるのをやめよう。

 

 鍋物は諦めて、シチューでも食べるか。

 

 シチューの美味しい店はいくつか知っているので、今度はどこに行くかで悩むこととなった。

 

 悩みながら歩き、近くの店でいいかなと思ったころに。

 

「カズマではないですか」

 

 前から歩いてきためぐみんに声をかけられた。

 

「おー、めぐみん。久しぶりだな」

 

「本当ですよ。今まで何をしていたのですか?」

 

「商品開発だ」

 

「ああ、以前言っていたものですか。それならそれで一言下さい。毎日待っていたんですよ?」

 

 めぐみんは眉根を寄せる。

 

 世間話ぐらいしかやることがないからと、放っておいたのはまずかったか。

 

 何日も会わなければ、余計な心配をかけることになる。

 

 少し勝手がすぎたか。

 

「今度から気をつけるよ。で、他の二人はどうしてるんだ?」

 

「気になるなら私と一緒に来たらどうです。この先の鍋料理専門店で待ち合わせをしてて」

 

「ちょうど鍋食べたかったから行く。行きます。行かせて下さい」

 

「そ、そんなにお願いしなくても……。行きましょうか」

 

 話を聞けば、あの高級蟹、霜降り赤蟹を食べるみたいだ。

 

「もっとはやく誘えよ!」

 

「カズマがどっか行ってたんでしょうが!」

 

 そうだけど、そうだけど! あの蟹の美味しさを知っているから、誘われなかったことが許せなくなるんだよ!

 

「お前らだけで、あんな美味しいものを食おうなんて……お前ら人間じゃねえ!」

 

「ど、どれだけ好きなんですか……」

 

「お前、あの蟹を食べたことはないのか? あるならわかるはずだ、あの美味しさが……。例え俺が悪いとしても、誘わなかった方が悪いと言い張るぞ。話を聞いたらみんなも納得してくれるぞ!」

 

「そ、そんなに、そんなに美味しいんですか? それならますます期待してしまうというもの……!」

 

 あの蟹の素晴らしさたるや。

 

 あの素晴らしい蟹に祝福を!

 

 期待のあまり、めぐみんははや歩きになっていたので、俺もそれに合わせて目的の料理屋に向かう。

 

 それからほどなくして、俺達は目的の料理屋に到着し、店の前で待っていた二人と合流した。

 

「カズマじゃないか。めぐみん、どこで拾っ……見つけてきたんだ」

 

「おい、今何て言おうとした」

 

「気にするな。そんなことより元気そうで何よりだ」

 

「本当よかった。何ともなくて」

 

 や、やめてくれ! 俺が無事と知って、そんな安心しきった顔で笑うのはやめてくれ! そんなことをされたら何も言わずに商品開発してた俺が最低なクズ人間に思えてくるからやめろ!

 

 仲間にこうして想われていたという事実は、予想せぬ剣となって俺の心に深く突き刺さった。

 

 今度からちゃんと伝えよう。

 

「商品開発で引きこもっててな。今度みんなで見に来てもいいぞ」

 

「商品ってライターみたいなのよね。ちょっと興味があるかも」

 

「そういえば作っているところは一度も見たことがないな。今度見てみよう」

 

「おう。じゃ、中に入ろうぜ」

 

 話もそこそこに俺達は店の中に入る。

 

 店員に案内されて、四人用の個室へ。

 

 テーブルの上のメニューを見ながら、蟹があるかを確認して、確認して……、えっ、値段凄いんだけど。

 

 動揺を隠して霜降り赤蟹を頼んだら、店員は驚いて、間違いないですかと聞いてきたので、霜降り赤蟹で間違いないですと答えた。

 

「やっぱり冒険者が頼むのはないんだな」

 

「店員さん、本当に驚いてたわね」

 

「ここがアクセルというのも関係しているのかもしれません。高額の依頼をポンポンこなす冒険者はそういないですから」

 

 確かに、霜降り赤蟹の値段は異常だ。

 

 メニューに乗っている値段を見て、びっくりしたからな。

 

 何だよ、一人前七万エリスって……。

 

 鍋物は二人前からなので、最低でも十四万エリスになる。

 

 四人なら約三十万エリスになる。そりゃ、誰も頼まないわけだ。

 

 蟹が来るまで俺達は雑談をする。

 

 俺がいない間、三人は勝手に依頼を請けたということはなく、買い物などをして過ごしていたようだ。

 

「そういや何か依頼はあったか?」

 

「特にないな。危険な依頼は喜んでやりたいところだが、迷惑はかけれない」

 

「アクセルの冒険者にやらせるものじゃないのばかりですよ」

 

 やはりろくなものじゃないのが揃っているようだ。

 

 冬の過酷な世界を生き抜けるモンスターが依頼のメインになるのは自然な話だが、聞いてしまうとやる気をなくす。

 

「冬将軍なんて化け物もいるからな……。あいつとか下手したら魔王の幹部より強いぞ」

 

「賞金二億エリスだっけ? 危険性少ないのにこの金額って……」

 

「精霊達の王ですからね。私の爆裂魔法でも一撃で仕留めるのは厳しいでしょう」

 

「どんな不幸であの化け物を呼び出すかわからんからな。冬は大人しくしておくべきだ」

 

 元の世界で首を切り飛ばされた身としては二度と関わりたくない。

 

 冬将軍を思い出すと、つい首を触ってしまうのはトラウマになっているからだろう。

 

 ふざけた理由から生まれたのが、あんなに怖いんだもんな……。

 

「はやく蟹来ないかな……」

 

 あの恐怖を忘れるためにも霜降り赤蟹を食べたい。

 

 あれを食べたら、抱えてる恐怖なんかあっという間に吹っ飛んで、食べることに夢中になる。

 

「お待たせしました。こちら霜降り赤蟹の特製鍋になります」

 

 美人のお姉さんが運んできた。

 

 テーブルに置かれる鍋と皿に盛り付けられた蟹とその他の具材。俺達の前にはこの店秘伝のタレが置かれる。

 

 鍋の下には、熱を発する台が置かれている。

 

 店員が食べ方を教えてくれる。

 

 それを完璧に頭に叩き込んだ俺は箸を手にし、一息吐いた。

 

「ごゆっくりお召し上がり下さい」

 

 店員が去ったその瞬間、

 

「いただきます」

 

 俺は最初に食べるために全速力で蟹を取りにいく。

 

 鍋から蟹を取り出し、タレにつけて、口一杯に頬張る。

 

 濃縮された蟹の香りと味が口の中で広がる。

 

 これだ、これこそが霜降り赤蟹だ!

 

 三人がポカーンとなって俺を見ているので、その隙に蟹をいただく。

 

 止まらない、やめられない!

 

「ま、まずいですよ。このままだと全部持っていかれます!」

 

 俺の様子が本物とわかるや、三人も蟹を食べる。

 

 そして、三人も俺と同じように無言で蟹を頬張る。

 

 ああ、こんなに美味しいものがあるなんて……!

 

 この素晴らしい蟹鍋に祝福を!

 

 蟹味噌は臭みがなく、深く濃厚な味わいだ。これを知ったら、他の蟹の味噌なんか食えなくなるほどに美味しい。

 

 無我夢中になって食べた結果、あっという間に蟹鍋を完食した。

 

 もしかしたら、俺達はゆっくりと食べていたのだが、霜降り赤蟹というグレートな食材は時間を早送りしたのかもしれない。

 

 全く、こいつはとんでもねえ食材だ。

 

「「「「ふう……」」」」

 

 今の俺達は幸福感で満たされている。

 

 こんなに美味しいものがあっていいのだろうか。

 

 少しの間余韻に浸り、手元のお茶を飲み干したところで帰ることにした。

 

「ありがとうございましたー」

 

 帰り道はずっと蟹鍋の話をした。

 

 またみんなで食べに行きたい。

 

 

 

 

 

 蟹鍋から数日後。

 

『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です! 冒険者の皆様は、装備を整えて冒険者ギルドへ! 街の住人は直ちに避難して下さい!』

 

 突然響き渡る警報を聞き、俺はギルドへと向かう。

 

 ついにこの日が来た。

 

 以前から計画していたことを“誰にも怪しまれず、しかも自然なことと思わせて実行”する。

 

 ギルドに到着すると、多くの冒険者が集まっていた。

 

「カズマ、やはり来たか!」

 

「お前なら来ると思ってたぜ」

 

 ベルディアを討伐したパーティーのリーダーなので、当然のように期待される……のと、例の店の常連仲間だから声をかけられたというのもある。

 

 倒す算段はあるが、あくまでも予想の範囲を出ないもので、最悪の場合は街の防衛を放棄して逃走することになる。

 

「カズマ、デストロイヤーですよ、デストロイヤー!」

 

「わかってるって。だから揺らさないでくれ」

 

 興奮した様子のめぐみんを宥めて、ギルドのお姉さんに視線を送る。

 

 俺の視線を受けて、お姉さんはこくりと頷いて、

 

「今からデストロイヤーについて説明します」

 

 あれについて知識のない人のために、ある限りの情報を出した。

 

 内容は元の世界のものと変わらない。

 

 そのあとに出てきた質問も変わらずで、俺は全部を黙って聞いていた。

 

 話し合いがはじまって早々に倒すための作戦をポンと出したら、ちょっとおかしくないかと疑われる。

 

 ゆんゆんのパンツを見た日に、少しの油断で危険な思いをするということを学んだ俺に死角はない。

 

 俺がポンと作戦を出したら怪しいというなら、話を聞いて立てたように見せかけるだけだ。

 

 長く続いた話し合いは平行線を辿るのみで、一向に光明は見出だせずにいた。

 

 やがて、一人の冒険者が俺を見て。

 

「おいカズマ、何かねえのか。幹部の時に見せた悪魔戦法を出してくれよ」

 

「悪魔ってなんだよ。敵の弱点を的確についた見事な戦術と言ってくれ。何とかねえ……。めぐみん、爆裂魔法でどうにかなんないか?」

 

「デストロイヤーの結界は、爆裂魔法一発二発では破れないと思われますので……」

 

「何者なんだよ……」

 

 めぐみんの話に、周りの冒険者も驚きを隠せずにいる。

 

 ネタ扱いされるが、爆裂魔法は紛れもなく最強の魔法だ。それが通用しない、そうなるとアクセルの冒険者程度の攻撃など無意味に等しい。

 

 それがわかってしまったから、みんなはどうすることもできないと絶望する。

 

「遅れてすみません!」

 

 ギルド内が暗い雰囲気になった時、ある意味有名な貧乏店主がやって来た。

 

「あれ、どうしてあの人が」

 

「お前知らないのか? あの人は引退して、今はお店を経営しているが、昔は高名なアークウィザードだったんだ」

 

 ここか、と思い、俺はウィズに質問する。

 

「昔アークウィザードってなら、爆裂魔法は使えないか?」

 

「使えますが……、もし爆裂魔法でどうこうしようと言うなら無理があるかと。そこのめぐみんさんと合わせても二発ですので、デストロイヤーの結界を破れないと思います。もっと撃てないと……、でも爆裂魔法はどんなに魔力が多くても日に一度しか使えません」

 

「もっと撃てないと……、いや、待てよ。もっと撃てたら壊せるのか?」

 

「え、ええ。おそらく五発か六発撃ち込めれば……。ですが、そんなに撃つのは不可能ですよ」

 

「……可能性ならあるぞ」

 

「「はっ?」」

 

 ギルド内の全員から、お前何言ってんの? という視線が送られた。

 

「爆裂魔法を何度も撃つ方法はある」

 

「カズマ、今更嘘でした、は通用しないぞ」

 

「安心しろって。つうか、ダクネス、ゆんゆん、めぐみんは俺と一緒に爆裂魔法を何度も撃てる魔法のアイテムを見てるんだぞ」

 

「一緒に……? あっ! もしかして、王都で売ってた最高品質のマナタイト!? そうよ! あれなら爆裂魔法を撃てるわ!」

 

「そうでした! 私としたことがどうしてあんな素敵アイテムを忘れていたのでしょう! あれならば我が爆裂魔法も!! 騒ぐ、騒ぎますよ! 偉大なる紅魔族の血が騒ぎますよ!」

 

「そういえばそんなことを言っていたな。しかし、あれは大金が必要だ。どうやって用意をする?」

 

「銀行から下ろすしかない。アクセルの銀行もまだ逃げる準備をしてるはずだ。だめなら王都でやる。俺の使ってる銀行は王都にもあるから、何とかなるはずだ」

 

「そうか……。私もついて行こう」

 

「ええっと……、その、もしかしてもしかしますか?」

 

 ギルドのお姉さんが期待するように聞いてきたので、俺は自信たっぷりに答える。

 

「マナタイトが買えたらもしかする」

 

「本当ですか!? 流石はカズマさんです! いつもセクハラしかしないけど、いざという時には頼りになると思ってました!」

 

「本当に思ってんの!?」

 

 どう聞いても思ってなさそうだったが、今はそんなことを問い詰める時間はない。

 

 俺はダクネスと一緒にギルドを出て、銀行に向かう。

 

 街の中は人影があまり見られない。

 

 荷物をまとめるのに時間がかかったであろう人が慌てて逃げているのを見かける程度なので、多くの人はもう避難を終えたのがわかった。

 

「たまに見かける人がいるから、銀行の人もいるかもな」

 

「いてもらわないと困る」

 

 銀行まではそう遠くない。これならすぐに到着する。

 

 怪しまれないようにするという条件があるので、事前に大金やマナタイトを用意することはできなかった。

 

 いてくれと願い、自分の運の良さにかけた。

 

 銀行に着くと、正面の扉は開け放たれていたので、俺達は中に入った。

 

「資料は全部まとめたな?」

 

「はい!」

 

「よし、それなら」

 

 ギリギリだったらしい。

 

 荷物をまとめた銀行の人を止めに入る。

 

「待ってくれ!」

 

「何だお前は!? 我々はもう逃げるんだ! さっさとそこをどけ!」

 

「だから待ってくれ。お金を下ろしてもらわないと困るんだよ!」

 

「知るかそんなこと! 冒険者なんて貧乏な輩の金なんざ知ったことか!」

 

 こいつ!

 

 殴ってでも話を聞かせようとした俺をダクネスは止めて、私に任せてくれと言って、銀行員の前に立った。

 

 胸元からペンダントを取り出し、

 

「私はダスティネス・フォード・ララティーナ。このペンダントはそれを証明するものだ」

 

 本名を名乗った。

 

 相手の男は驚いた様子になり、ペンダントを見て、嘘でないことを知ると、頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした! 知らぬこととはいえ」

 

「謝罪はいい。街を救うためにも、この男の言う額を下ろしてほしい」

 

「い、いくらで?」

 

 俺はここぞとばかりに通帳を開いて、

 

「二億だ!」

 

 額を突きつけた。

 

 通帳に記載された金額を見て、男はまたも驚いたようだが、いちいち構ってられない。

 

「緊急時だ。手続きはあとにしてくれ」

 

「仰せのままに! おい! さっさと二億エリスを!」

 

 そこからははやかった。数人の銀行員が協力して二億エリスを用意した。

 

 俺達はそれを持って、テレポートで王都に飛び、例のマナタイトが売られていた店に急ぐ。

 

 人が多い大通りは避け、それでいて目的地まで最短の道を選んで駆けていく。

 

「カズマ、次を右に」

 

「ああ! あとは売れ残ってることを祈るだけだ!」

 

 目的の店に飛び込むようにして入店した。

 

 店主はそんな俺達に目を丸くしたが、俺達は例のマナタイトを見つけて一安心した。

 

 よかった、売れ残ってた。

 

「この二億エリスで、あそこの最高品質のマナタイトを十個くれ!!」

 

「お客さん! ばか高いマナタイトを買ってくれるのはありがたいが」

 

「いいから! あのマナタイトが必要なんだ!」

 

「そ、そんなに言うなら」

 

 突然すぎて混乱を隠せない店主を急かして、マナタイトを持ってこさせる。

 

「本当にいいんだね?」

 

「ああ。これが欲しかったんだ」

 

 最高品質のマナタイトを見て、ダクネスは嬉しそうに言った。

 

「これでデストロイヤーを倒せる!」

 

「ああ。さっさと戻るぞ!」

 

 金を入れていた袋にマナタイトを入れて、店から飛び出す。

 

 さっきと同じ道を通って王都の外に出て、テレポートを使ってアクセルに戻り、一息吐く暇もなくギルドへと直行する。

 

 ギルドの扉を荒々しく開けて、急ぎ足でみんなのもとへ。

 

「カズマさん! ダクネスさん!」

 

「持ってきたぞ!」

 

 ウィズにマナタイトが入った袋を渡す。

 

 中身を見て、

 

「……間違いなく最高品質のマナタイトです! それも十個も! やれます、これならデストロイヤーの結界を破れますよ!」

 

 ウィズの希望に満ちた声に、周りの冒険者も希望を持ち、数秒後には鼓膜が破れんばかりの歓声を上げた。

 

「カズマ、やったな」

 

「ああ」

 

 俺とダクネスは互いに笑みを見せた。

 

 一つのことを達成できたと思ったら、疲れがどっと押し寄せてきた。

 

 ダクネスも同じだったようで、一緒にその場に座り込んだ。

 

 そんな俺達にめぐみんとゆんゆんは冷えたジュースを持ってきてくれた。

 

「うめえ!」

 

 一気に飲み干した。

 

 ジュースがこんなにも美味しいとは。

 

 ようやく一息吐けた時、一人の冒険者が俺達を見て、次に周りの冒険者を見て言った。

 

「カズマとダクネスがここまでやってくれたんだ。俺達もやんなきゃな!」

 

「そうね! 何がデストロイヤーよ!」

 

「野郎の伝説は今日で終わりだ!」

 

「行くぞ、野郎ども!」

 

「「「おおー!」」」

 

 冒険者の皆さんがやる気をみなぎらせ、走ってギルドから出ていった。

 

 残ったのは俺達と職員のみなさんだ。

 

「デストロイヤーが来るまでまだ時間はあるな」

 

「それまで休んでいて下さい」

 

「そうするけど、デストロイヤーが来たらどう進めるかだけ教えてくれ」

 

「わかりました。デストロイヤーが来たら、私とめぐみんさんで爆裂魔法を連発します。ここにあるマナタイトを使えば最大十二発放てるので、確実に結界と脚を破壊できます。そのあとは冒険者の皆さんで動力源の破壊などを行う……、このようになっています」

 

「ですが、問題もあります。爆裂魔法の扱いは全魔法で最も難しいものです。最初の一発は詠唱ありで使えますが、二発目からは詠唱なしで、しかも一息吐く間もなく撃ち続けることになります。それは制御を失敗しやすくなることを意味します」

 

 元の世界のめぐみんなら詠唱なしで連発しても問題ないほどに極めていたが、こっちのめぐみんはまだそこまでのレベルに達していない。

 

 めぐみんは爆裂魔法の失敗を不安に思っているようだ。自分がミスしたら、街の防衛の失敗に繋がると思っているんだろ。

 

 いつもみたいに撃つことだけを考えればいいのに。

 

「おい、めぐみん。不安になるなよ」

 

「ふ、不安になるなと言う方が無理ですよ! 私が失敗したら」

 

「お前の爆裂魔法に対する熱意や自信はそんなものなのか? こんなことで尻込みするんなら、世界最強の爆裂魔法の使い手にはなれねえぞ」

 

「世界最強……」

 

「まあ、お前がだめなら俺がやるだけだ。びびって何もできないのより」

 

「その必要はありません!」

 

 俺の言葉を強く遮り、一度深呼吸をして、

 

「我が名はめぐみん! アクセル最高の爆裂魔法の使い手にして、デストロイヤーを滅ぼす者!!」

 

 目を赤く輝かせ、いつもよりも力強さを感じさせる自己紹介をした。

 

「カズマなんかの爆裂魔法では私の足元にも及ばないというのを見せてあげましょう! さあ、行こうではありませんか!」

 

 すっかりと自信を取り戻しためぐみんは俺達を促し、一人先を歩く。

 

 これならデストロイヤーも何とかなりそうだ。

 

 

 

 正門の前では多くの冒険者がデストロイヤーの襲撃に備えている。そこには避難しなかった街の住人も交じっていた。

 

 ダクネスはみんなを見て、感慨深そうにし、両頬を叩いて気合いを入れていた。

 

 俺達はベルディアの時のように先頭に立ち、デストロイヤーを待ち構える。

 

 最高品質のマナタイトは五個ずつわけられ、それを使って爆裂魔法を連続で撃ち込む。

 

 撃ったら倒れるという爆裂魔法の欠点を避けるため、自分の魔力を使うのは最終手段だ。

 

 俺は千里眼を使い、デストロイヤーの接近をすぐに察知できるようにする。

 

 千里眼を使ってから、それほどの時間を置かずに、デストロイヤーが映った。

 

「来たぞ!!」

 

「デストロイヤーが来たぞー!!」

 

 俺の言葉を聞いたダクネスは剣を頭上で左右に振り、声を張って後ろの人達に教えた。

 

 めぐみんとウィズは詠唱をはじめ、デストロイヤーが射程に入る前に終わらせ、いつでも使えるようにする。

 

 機動要塞デストロイヤー、その大きさ故に途中からは千里眼を使わずとも姿を捉えることができた。

 

 ここからの爆裂魔法に全てかかっている。

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 一度目の爆裂魔法。

 

 結界がデストロイヤーを守りきる。向こうは一瞬だけ動きを止めたが、何事もなかったように動き出す。

 

 しかし、それ以上は進ませないとばかりに、

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 二度、

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 三度、

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 四度目の爆裂魔法、計八発撃ち込まれる。

 

 これだけやって、ようやくデストロイヤーの結界は壊せた。予想よりも二発多かったが、十分誤差の範囲だ。

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 そして、動きを完全に封じるために、脚に向けて爆裂魔法が放たれた。

 

 脚を失ったデストロイヤーは胴から地面にぶつかって、そのまま滑り、

 

「おおお……」

 

 俺達の目の前で停止した。

 

「やった、やったわよ、めぐみん!」

 

「ふふふ、我らの爆裂魔法の前では、いかにデストロイヤーと言えど、歯が立たないようですね!」

 

「やりましたね! これで街は助かりました!」

 

「うおおお! 頭のおかしい子がやったぜ!」

 

「何だよ、デストロイヤーって案外だらしねえのな!」

 

「あーあ、びびって損したぜ!」

 

 みんなが盛大にフラグを立てていく。

 

 ここからが本番なんですね、わかります。認めたくないけどわかります。

 

「な、何、何なの?」

 

 大地を震わすほどの震動は、明らかに目の前のデストロイヤーが出している。

 

 完全に終わったと思っていた冒険者は不安げな顔でデストロイヤーを見つめる。

 

「この機体は、機動を停止しました。排熱、及び機動エネルギーの消費ができなくなっています。搭乗員は速やかに、この機体からはなれ、避難して下さい。繰り返します」

 

「こ、これは、つまり、どういうことだ」

 

 あまりにも突然なことに、ダクネスは困惑した様子で喋った。

 

 勝利を確信してからすぐのことだったので、理解が追いつかないらしい。

 

 ダクネスに、みんなに言った。

 

「まあ、つまり、あれだ。このままだと爆発するってことじゃないか?」

 

「で、では、どうしますか!? 爆裂魔法をまたぶちこんでやりましょうか!」

 

「やめてくれ! あいつの動力源が何かわかってないんだぞ。つうか動力源をどうにかしたら止まるかも知れないだろ」

 

 そうは言っても、デストロイヤーの甲板にはゴーレムが配置されているので、突破は容易ではない……はず。

 

 なので、本当なら俺が、みんなが行かなくても俺は行くぜ、と言うべきなんだろうが、そこまで臭い台詞は言いたくない。

 

「街にはあるんだよな……」

 

 俺は低い声で、それだけを口にした。

 

 それだけで男どもには伝わる。

 

「そうだ。あそこにはあるんだよ」

 

「そうだった。レベル30なのに、まだここにいる理由を思い出したよ」

 

 守るべきものを思い出した男どもは、その目に決意を宿した。

 

 そして、デストロイヤーに近寄り、甲板へ向かって、フック付きロープの付いた矢を射る。

 

 巨大な要塞に放たれた矢は甲板部分の障害物に引っかかった。

 

 ロープをピンと張って、

 

「お前ら行くぞー!」

 

「「「うおおおー!」」」

 

 男どもは魂の叫びを上げて、次々とデストロイヤーへ乗り込んでいく。

 

 胸が燃えるように熱くなる展開に、女性陣はなぜか白けた顔になっていた。何であいつらは白けているのだろうか。

 

 やはりアクセルの女性は頭がおかしいようだ。

 

「俺も行ってくるけど、お前らはどうする?」

 

「私は疲れたので休もうと思います」

 

「私はカズマさんについて行きますよ。何か手助けできるかもしれませんので」

 

「私は鎧が重いから、登るのは厳しい。ここでめぐみんと待機していよう」

 

「私は行くわ」

 

「そうか。それじゃ行くぞ」

 

 俺達はロープを伝い、甲板を目指す。

 

 ここまで来たらあとは簡単だ。コロナタイトをゴミ捨て場に飛ばして、めぐみんに爆裂魔法を使わせるだけだ。

 

 甲板では、先に行った冒険者の手によってゴーレムが破壊されていた。

 

 本当にどっからどう見ても侵略者だな。

 

 砦のような建物の扉を数名の冒険者が破壊すべく、ハンマーを振り下ろしている。

 

 俺達はそちらへ駆け寄る。

 

「開いたぞー!」

 

 近くで待機すること数分。

 

 扉はハンマーで叩き壊された。

 

 冒険者が集まり、次々と中へ突入していく。

 

 俺達は最後尾につき、余計な戦闘は避ける。というか面倒臭い。

 

 中にいたゴーレムは先を走る冒険者の手でそれは見事なまでに破壊されていた。

 

 建物の奥に着くと、ある部屋の前で人だかりができていた。

 

 ああ、あれかと思い、あのばかな手記を読まなくてはならないのかと思うと頭が痛くなってくる。

 

「おっ、カズマ、これ見てくれよ」

 

 部屋の中央にいたテイラーは寂しげな浮かない顔をして、白骨化した人の骨を指差していた。

 

「一人で寂しく死んだのね……。ううっ、可哀想……」

 

「でも、不思議なことにこの人の魂らしいものはないんですよね」

 

 周りの冒険者も、どういうわけか、この研究者は何か事情あったんじゃないかと、同情の念を見せている。

 

 手記を読み上げた時の反応が楽しみだ。

 

「変な話もあるもんだな。とりあえず、動力源とかに関するものは……何だこれ」

 

 俺は手記を手に取る。

 

 みんなが空気を読んで静まり、俺を見守る。

 

 例の警告の声を聞きながら、手記を読み上げる。

 

 

 

 こっちは平行世界だから、少しはまともかもしれないと期待した俺がばかだった。

 

 内容は全く同じだ。平行世界でも、ふざけてる奴には変わらなかった。

 

「最低……」

 

 ゆんゆんがゴミを見るような目で白骨化した研究者を一瞥した。さっきまで一人で死んで、とか同情していたのに、今ではそんな様子は欠片もない。

 

 もうここに用はない。

 

 俺は手記をその場に捨てて、コロナタイトがある中枢部へ向かうことにした。

 

「えっ? これって……」

 

 後ろでゆんゆんが戸惑うような声を発したので、俺は振り返って聞いた。

 

「どうした、ゆんゆん?」

 

「え、ううん、何でもない! 行こ!」

 

「あ、ああ」

 

 ゆんゆんの様子は気になるが、今はコロナタイトを優先すべきなので、後回しにした。

 

 中枢部には、大勢で行っても意味ないという理由か冒険者の皆さんは来なかった。

 

 ゆんゆんとウィズの三人で来て、そこにあったコロナタイトという名の粗大ごみを眺める。

 

 鉄格子の中にある、燃えるように赤く光るこいつをどう取り出したものか。

 

 ゆんゆんの魔法で鉄格子を切り裂いてもらおうと思ったが、引火したりしたら困るので、諦めた。

 

「よし。こうしよう。スティールで取り出すから、ウィズはその瞬間に氷の魔法を使ってくれ」

 

「はい」

 

「『スティール』!!」

 

 多少の火傷は覚悟の上で、スティールを使ってコロナタイトを取り出す。

 

 俺の手の中におさまった瞬間にウィズはフリーズで冷やす。俺の手に焼きついたのは一瞬だけだったので、前よりは軽傷で済んだ。

 

 冷やされたコロナタイトは、すぐにまた赤く光り。

 

「そろそろ爆発しますよ。はやくどうにかしないと」

 

「テレポートで人のいないところに飛ばすか」

 

「どこか当てがあるんですか?」

 

「ああ。魔王の城に飛ばす。あいつ人類の敵だからいいだろ」

 

「確かに誰にも迷惑はかからないわね」

 

 ゆんゆんに反対する様子はない。

 

 ウィズは微妙な顔つきになっている。形だけとはいえ、魔王の幹部の一人なので両手を挙げて賛成できないのだろう。

 

「よし、やるぞ! 『テレポート』!!」

 

 俺は気合いを入れて、赤を通り越して白く輝きだしたコロナタイトを魔王の城に飛ばした。

 

 

 

 

 

「くそ親子め」

 

 俺は不機嫌だった。

 

 魔王とその娘にたまには外に出たらどうだと言われ、必要ないと言ったらヒキニート扱いしやがった。

 

 あの親子を泣かせてやろうかとも思ったが、それで根を持たれたら面倒なので、俺は引き下がって、こうして散歩に出ることにした。

 

「予言の通り、あの小娘は素っ裸にされてしまえ」

 

 先日、予言者が、魔王の娘が鬼畜冒険者の魔の手によって全裸にされる、という予言をした。

 

 それで変態……ベルディアが偵察に行ったのだが、どういうわけかやられてしまった。アクセルなんて街に高レベル冒険者がいるはずない。

 

 ちょっとした例外を除いて、だが。

 

 最近有名な魔剣使いが、アクセルにいたという情報がある。どうしてアクセルなんかにいたのかは不明であるが……、偶然いた魔剣使いにやられるとは、あいつも運が悪い。

 

「ふん、曇り空なんか見てもな」

 

 城の周辺で空を見上げて、文句を言った。

 

 すぐに帰っても例の親子を見るだけなので、気乗りしないが、ここで時間を潰すことにした。

 

 ん?

 

 何か、熱い。

 

 次の瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。

 

 気づくと、俺の目の前には女神エリスがいた。

 

 どうして、女神が……。

 

 いや、そもそもどうして俺はここにいる?

 

「神に反逆し、地に降り立った堕天使ルシフェルよ、あなたは死にました」

 

「死んだ? 俺が? えっ? マジでー?」

 

「ええ、死にました。テレポートで飛ばされたコロナタイトの爆発によって」

 

「えっ、ええええええええええ!?」

 

 あまりにも衝撃的だった。

 

 だ、だって、散歩行って、そしたら死ぬって……ええええええええええ……。

 

 このあと、女神が何か言ってたような気するし、天使どもに腕を掴まれて連れていかれた気もするけど、俺は何も考えたくなかった。

 

 散歩して死ぬって……。

 

「うわああああああああああああ!」

 

 

 

 

 コロナタイトをテレポートしたあとは、溜まりに溜まったデストロイヤーをめぐみんが爆裂魔法で破壊して、全てを終わらせた。

 

 戦いを終えた俺達は冒険者ギルドへ戻ってきて、飲み食いしている。ウィズは店の方へ戻ってしまったが。

 

「今日という日は伝説になりますよ。あのデストロイヤーを倒してしまったのですから!」

 

「そうね。難攻不落、大陸の全てを蹂躙したと言われるデストロイヤーを倒したわね。本当、昔じゃ考えられないわ……」

 

「誰にもできなかった偉業をやったのだと思うと、もはや何も言えなくなるな」

 

 デストロイヤーの動力源を無力化したのは俺なので、経験値も俺のものだろうと思ってカードを見ると、案の定レベルが上がっていた。

 

 ここまでは何も問題なかったが、

 

「しかも、私はデストロイヤーを倒したからレベルが上がりましたよ!」

 

「はあ!? 俺だろ。俺だってレベル上がってるんだぞ」

 

「そんなわけありませんよ。ほら、私のカードにあるじゃないですか」

 

「あれ、本当だ。じゃ、何で俺のレベルが……ああん? ルシフェル? 何だこいつ」

 

 聞き覚えのない名前に俺は困惑する。ルシフェルって誰だよ、本当に。

 

 元の世界でも聞いたことないので、本当にわからない。これだけの経験値を落とす奴だから……、んん? もしかしてこいつ。

 

「魔王の幹部か、ひょっとして」

 

「「「えっ?」」」

 

 それしか考えられない。

 

 倒すタイミングがあったとしたら、それは……。

 

「コロナタイトを飛ばした先にたまたまいたのか」

 

「何て不運な奴だ。それともカズマの強運が原因か。どちらにせよいい話だな」

 

「凄いわね。デストロイヤーを倒した日に魔王の幹部も倒しちゃうなんて」

 

「やばいですね。これは誰が何と言おうとやばいですね」

 

「ここまでついてると逆に怖いな。まあ、何はともあれ……今日という日にかんぱーい」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 俺達はこのとんでもない日を祝う。




次は一万文字目安で出します。

暑さにやられなければはやく出します。


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