このすば! 俺はまた魔王を倒さなきゃいけないようです 作:緋色の
最近風邪を引いたり、財布を落としたりと不幸が続いてる緋色です。
何とかバニルを討伐し、アクセルに平和を取り戻したわけだが……。
俺は窮屈な思いをしていた。
というのも、俺とバニルが知り合いなのではと疑いを持った、見た目だけは完璧な仲間達が俺を監視しているのだ。
あいつらからしたら監視ではないかもしれないが、俺からしたら監視だ、プライバシーの侵害だ、濡れ衣だ。
どうもこれまでの俺の輝かしい活躍も何か裏があるのではと疑っているようで、それに関しては元の世界のダクネスとめぐみんのせいだよ。
俺悪くねえよ。
はあ……。
俺は欠伸をして、周りを見る。
すると例のおばか三人が俺をつけていたようで、道に置かれた大きな看板に隠れた。
俺は気づかないふりをして歩き出す。
「あ、危なかったー……」
「もう少しで気づかれてしまうところだったな」
「大丈夫ですよ。我々の尾行は完璧ですし、カズマは結構鈍いところがあるからばれませんよ」
ばればれだよ。
もっと言うとお前ら目立ってるからな。
周りの人、お前らのことじろじろ見てるからな。
毎日欠かさず俺のことを監視する三人に今日は驚かせてやる。
そのために姿隠しの魔法が封じられたスクロールを持っているのだ。
俺は近くの路地に入り、スクロールを使う。
これで透明人間になれたはず。
俺は三人が来る前に道を引き返し、どうなるかを観察する。
少し慌てた様子で三人が走ってきて、さっき俺が入った路地を覗く。
「「「い、いない?」」」
「まさか私達の尾行が気づかれたのか?」
「しかし、ここの路地は長めですから走ってもいなくなることはないはずですよ。それに私達はすぐに駆けつけましたからそんな時間はありません」
「まさか、テレポート? でも詠唱もあるからやっぱり時間は足りないし……。カズマさん、あなたはいったい……」
笑い死ぬかと思った。
必死に笑いを堪えて、三人の会話を聞く。
ヤバいよヤバいよ。
俺のお腹が捩れてしまいそうなんだけど!
ゆんゆん、ゆんゆん! カズマさん、あなたはいったい……、って! そんなシリアスな顔で言わんでくれ。それ以上は死んでしまいます。
「やはり何かあるようだな」
お願いしますよララティーナ!
拳をぎゅっと握って、真剣な顔をしないでくれ。
俺を笑い殺す気か?
笑いを我慢するため、その場に座り込む。
これは危険だ。いつ大爆発するかわかったもんじゃない。
ぷるぷると震えながらも、俺は爆弾を全身全霊で押さえ込もうとした。
「カズマ、私は信じていますからね」
「ぷふっ」
「誰ですか、今笑ったのは!? 出てきなさい! 売られた喧嘩は買いますよ!」
彼女達が真面目なのはわかるけど、仕掛人の俺からしたら一つ一つが笑いのツボでしかない。
我ながら、よくもまあここまで笑いを我慢できるもんだ。凄い根性だと思う。
俺は三人に見つかる前に、立ち上がり、その場をあとにする。笑いで体が震えるものだから、普通に歩くのさえ大変だ。
三人の姿が見えなくなり、路地裏に来た俺は気が済むまで笑った。
まさか、あそこまで面白いことになるとは思わなかった。
こんなに面白くなるとは……。
これは明日以降もからかうしかない。
やるにしても次はどうしようか。
今日は路地に入って姿を消したという演出をしたわけだが、明日も同じことをするか。
これから数日、同じ路地に入ったら消えるという演出をすれば、あの三人はどんな反応をするだろうか。
多分、何にもないあの路地を疑い出すだろう。
そうなればあの三人は路地に先回りするはず。
そこへ俺が来て、何か意味深なことを言ってやれば……。
でも、それだけだと物足りないな。
ここは誰かに協力してもらうか。
そいつにも意味深なことを言わせたり、俺と何かあるような会話をしてもらったり……。
金を出せば協力してくれるだろう。
俺を疑い、監視する三人には笑いのネタになってもらおう。
そう決めた俺の行動は適切かつ素早い。
金がねえと愚痴るダストに話を持ちかける。
喋るだけでそこそこのお金が手に入る。そんな楽な仕事をやらないわけねえだろと大喜びだった。
こいつは年中金に困ってるような奴なので、話を持ちかければ、このように簡単に乗る。
そして、俺の物語ははじまった。
ダストを仲間に引き入れた三日後、俺達は意味深な会話をすることにした。
シチュエーションはこうだ。
例の路地から少し慌てた様子で出てきたダストが俺に話しかけ、少し会話をしたら移動し、俺は例の路地に飛び込み姿を消す。
掴みとしては申し分ない。
後ろにいる例の三人がどんな顔をするのかと思うと、自然とにやけてしまう。
「ひいっ!?」
「鬼畜王が笑ってるぞ! 逃げろ!」
にやけただけで怯え、逃げ惑う人が出てきたんだが……。
そういえば世界に飛び出してたな、俺。
誰が嘘八百を並べたのかわからないが、いくらなんでもこれは酷すぎると思う。
俺は非力な冒険者で、人よりほんのちょっと頭が回るだけの、ごく普通の少年なんだが。
そろそろ本格的に犯人を見つけようと思う俺だったが、例の路地が目に入ったことで、一度考えを置くことになった。
例の路地から予定通りダストが出てきた。
そして、辺りを気にしながら俺の所に。
上手いな。
まるで誰かに見張られていないか、或いは尾行されてないか気にしてるような感じが出ている。
何も知らなければ信じてしまうほどだ。
「カズマ、ヤバいぞ。奴らが動こうとしてる」
「なん、だと……?」
「今はどうにか押さえられてるが、時間の問題だ! お前は加勢しに行ってくれ!」
「わかった!」
ダストはどっかに行き、俺は例の路地に飛び込んで例の魔法で姿を消す。
あとは前と同じように三人の会話をこそこそと聞くだけだ。
「いない……。カズマはどこに行ったんだ……」
「奴らと言ってましたが、奴らとは誰なんでしょうか?」
「ダストさんだけなら警察とか金貸しになるんだけど、カズマさんもとなると……。むしろ、カズマさんはお金を高利子で貸して儲けるタイプだし……」
ゆんゆんの中の俺はどうなっているのだろうか。
日本では一昔前にいたという暴力金貸しみたいなのを想像してるのか?
人の家庭を壊してまで金を巻き上げるのは俺には到底できないんだが。
しかし、金貸しか……。商売の候補には入れておこう。やらないけど、候補には入れておこう。やらないけど。
「やはり何かあるみたいだな」
「私達でも見抜けないものを持っているとは……」
むしろお前らは節穴だから見抜けねえよ。
めぐみんを見ていると、過大評価していそうな節がある。
……まあ、元の世界でも自分は破壊神とか世界最強の魔法使いとか最強最悪の大魔王とか豪語してるような奴だけどさ。
もしかしたら破壊神の目を持ってしても見抜けぬとは……、とか思ってそうだな。
めぐみんは右目を手で覆い。
「我が目を欺くとは……。やはりカズマはただ者ではありませんね」
思ってました。
俺はどこにでもいるごく普通の冒険者だ。しかし、俺には秘密があって、それは……カズマさんは魔王を倒した英雄だったのです。
その程度の男だよ、俺は。
「前もここで姿を消したから、ここに何かあるのかも……」
おっ。いい具合に運んでくれたな。
そうしてくれるとこっちも楽しめるってもんよ。
ゆんゆんが冷静に見てくれるから、思い通りになるわけだ。
「言われてみればそうだな。突然現れたダストと言い、ここには何かあるかもしれないな」
「テレポートは難しい魔法ですし、あの一瞬で使えるとは思えません。魔法陣も見たところありません」
「つまりテレポート以外で何かをやってるってことね。でも、テレポートみたいなものを一瞬で使うなんて……。それって現代の魔法技術でできることなの?」
「現代では無理……。つまり未来から来たってことか?」
惜しい。いや、合ってるのか?
平行世界の、未来から来てるようなものだし、半分正解ってところか。
三人は難しい顔になり、種も仕掛けもない例の路地について話を続ける。
「思えば、ベルディアの弱点を知っていたり、しかも一瞬で優勢に持ち込んだことといい、未来説は間違いではなさそうだが」
「ですが、なぜカズマがここに……。それにどうして魔王の幹部を倒すんですか。未来から来たということは、魔王はこの時代で倒されたことになるんですよ」
「それはどうかな?」
「と言いますと?」
「魔王に負けた未来から来た可能性だってあるじゃない」
その発言にめぐみんとダクネスは衝撃を受けたように、表情を固くした。
よくある話だが、不幸な現実を変えるために過去へと行き、そうなった原因を解決する。
俺がこの時代に来て魔王の幹部を倒す。
一番妥当な理由はゆんゆんの言った可能性だ。
でも、一つ言わせてほしい。
俺は魔王を倒したくてこんな世界に来たわけじゃない。
「魔王に負けた世界……。……世の中にはカズマのように変わった名前で、活躍している冒険者達は多いと聞く。もしかすると彼らもカズマのように魔王討伐のために送り込まれたのかもしれないな」
おおおおっ!
やべえ!
ダクネスがかなりいいところ突いたお!
駄女神がスナック菓子を食べながら、日本人に強力な武器や能力を持たせて転生させてるのは事実だ。
俺がダクネスに感動していると、ゆんゆんは悪気のない一言を言った。
「でも、カズマさん弱いよ」
うるせえっ!
俺だって本当はチートしてるはずだったんだよ。
それを、あんな、ムカついたからって駄女神を選ぶなんてよ……。
何てばかなことをしたんだ。
チートしたいよお……。
俺が今更なことに後悔していると、めぐみんが動きを見せた。
めぐみんは小さな笑みをゆんゆんに向ける。
「確かにカズマは弱いかもしれませんが、魔王の幹部を次々倒してるのは事実です。力はなくても、そういうことができる。それがカズマでしょう?」
「……うん。問題ばっかりのパーティーを文句言いながらまとめて、大物を倒して、不思議な人だよ」
「自分の手柄は自慢して回り、謙虚さは欠片も見せない。人の嫌がることばかりするのに、犯罪を犯すような度胸はない。とても凄いことをやれる奴には見えないのにやってしまう。変な奴だ、本当に……」
えっ?
予想外。
急に俺がいい仲間みたいな空気になってる。
ど、どういうことなの?
何でみんなそんなに優しく笑ってるの?
ちょっ、誰か、誰か教えて。
ヘルプミー!
大変なこと起こってるんだって!
あああああ!
背中がむずむずする!
顔が、顔が熱くなってきた。
やめろ! やめてくれ!
その雰囲気を出すのはやめるんだ!
さもなくば俺が恥ずか死ぬ!!
あばばばばばばばばっ!
「ここしばらく監視みたいなことをしてしまったが、もうやめるとしよう。あいつを信じよう」
「うん。カズマさんが本当のことを言うのを待とう」
「どんな秘密を打ち明けてくるのか楽しみですね」
秘密を打ち明けるなんて……。
そんな、俺が本当に仲間になったみたいなイベントをやるのは恥ずかしいと言いますか。
そういうイベントを起こしたら、魔王を倒して帰ることも話すことになるわけでして。
魔王を倒さなければ元の世界の仲間を悲しませ。
魔王を倒せばこの世界の仲間を悲しませ。
俺はどちらかを泣かせるしかできない。
何も話さなければ、彼女達に覚悟さえ持たせてやれない。
ずっと前からわかっていたことなのに、どうして俺は今になって気づいたようにしてるのだろうか。
どんなに鈍感な奴でも気づくことを、どうして今になって気づいたふりをしてるのだろうか。
どうして俺は苦労しかかけてこない仲間のことでこんなに苦しむのだろうか。
これがあの神器の呪いか。
くそ!
「おごっ!?」
逃げるように立ち去ろうとした俺に待っていたのは、いつの間にか止まっていた荷車で、それに気づかなかった俺は盛大に突っ込んだ。
荷車に押し返されるように俺は尻餅をついた。
顔を両手で覆う。
ださすぎる!
め、滅茶苦茶恥ずかしい!
何これ!?
何で自分でシリアスブレイクしてんの!?
「な、何だ!?」
ヤバい。
ダクネス達が警戒するように見てる。
ここは落ち着け。落ち着くんだ、倒した魔王英雄。
音を出さず、ゆっくり去ればいいんだ。
俺はゆっくりと下がり。
ドンガラガッシャーン! と二個か三個あった金属製のバケツを盛大に鳴らした。
なぜか地面に置かれていたけだが、それを蹴ってしまったのが音が鳴った原因らしい。
笑いの神様でも降りてんのか!?
こうなっては仕方あるまい。
俺はバケツを三人に投げつけて逃走する。
「ま、待て!」
「もしやカズマを追ってきた輩では!?」
「仕留めるわよ!」
いけない、これはいけない。
三人は武器を手にする。
殺気立つ三人は俺を追いかけてきて……。
「何だあれ?」
ダクネスおっそ!
他の二人がダクネスを気にして全速力を出せないようだ。
これなら逃げるのも簡単だ。
あー、マジでダクネスさん最高。
まさか、他の二人を引き止めてくれるとは。
流石クルセイダーっすわ。
もう逃げられたと考えたらしいめぐみんとゆんゆんが立ち止まって、悔しそうにこっちを睨んでいる。
目が紅く輝いてる。凄く輝いてるから感情がどれだけ荒ぶってるのかよくわかる。
捕まってたら本当に殺されてたな。
通行人は例の三人を見ると、すぐに目を逸らして、怯えた様子で避けていく。
気持ちはわかる。
仲間の俺でも怖いもん。
あんなの見たら、速攻で引き返し、その日は宿に引きこもるよ。
ヤバいよ、あれは。
殴り殺されても文句は言えん。
俺はさっさと逃げる。
体に穴が空くんじゃないかと思うほどに、殺気に満ち溢れた目で睨む三人から逃げる。
ダストには三倍の金を出して口止めしとかなくては。
ばれたら、何をされるかわかったもんじゃない。
俺は踏み入れてはいけない領域に片足突っ込んでしまったんだ。
死にたくない。
俺は恐怖に駆られて、体力が限界を迎えても走り続けた。
バニルを倒し、賞金を手に入れた俺だが、知的財産は全て奪われた。
バニルの悪魔の所業に枕を濡らした俺だが、ウィズの店が繁盛してるのを見たら、これも悪くないかとも思わなかったり思ったり。
例の日から仲間が少し優しくなった気がしなくもない今日この頃。
ギルドでだらだらしてると、めぐみんが頭のおかしいことを口走った。
「水と温泉の都アルカンレティアに行きませんか?」
「行きません」
「えっ!?」
「アクシズ教徒が好き放題する街になんか行けるわけないだろ」
忘れてはならないが、アルカンレティアは忌々しいアクシズ教徒が根城にしているところだ。
そんなところに行けば勧誘の嵐、石鹸洗剤飲める、他にも色々。
とにかく頭の狂った街に行こうなんて思わない。
俺の答えにめぐみんは納得した顔になるも、アクシズ教徒に知り合いがいるからか、食い下がる。
「温泉がありますし、観光地としても名高いのですよ? ちょっとぐらいよろしいではありませんか」
「嫌だ。あのアクシズ教徒が支配する街になんか行けるわけないだろ」
「いやいや。アクシズ教徒とはいえ警察には勝てませんから」
「警察もアクシズ教徒なんじゃないか?」
店員もアクシズ教徒かもしれん。
通行人もアクシズ教徒かもしれん。
むしろ街そのものがアクシズ教徒かもしれん。
「恐怖とアクシズ教徒の都アルカンレティアに行きたがるのは自殺願望としか思えん。紅魔族は頭がいいんだろ? ならあの街に一日滞在したら何日寿命が減るか計算してくれ」
「カズマさん、とことん嫌いなのね。変な人ばかりだからわかるけど……」
過去に何かがあったらしいゆんゆんは目を閉じて、小さな溜め息を漏らす。
俺とゆんゆんが乗り気でないのを見て、めぐみんはダクネスに話を振る。
「ダクネスはどうですか? 温泉ですよ、温泉」
「ふむ。温泉か。じっくりと堪能して、疲れをとりたいものだな」
「そうでしょうそうでしょう。魔王の幹部三体、デストロイヤー、これだけの大物を短期間で倒してきた我々には休養が必要だと思います。そこで温泉旅行ですよ」
その温泉旅行で魔王の幹部と遭遇することになるから行きたくない。
幹部について知られたら、こいつらは行こうと言い出すに決まってるから、俺はアクシズ教徒が原因で行きたくないと連呼する。
バニルの時で学習したからな。
アクシズ教徒は魔王の幹部より恐ろしいものがあるから、言い訳としては最適だ。
「というわけで行きますよ!」
こいつはどうしてそんなに行きたがるんだ?
恐怖とアクシズ教徒と悪夢の都アルカンレティアにどうしてそんなに……。
待て、思い出せ、佐藤和真。
めぐみんにはアクシズ教徒の知り合いがいたはず。
ははーん。
またお会いしましょうみたいなことを言ってるのか。
で、こいつは久しぶりにみたいな感じなんだろう。
そうはさせない。
「何でそんなに行き……。まさか、お前……アクシズ教徒なのか!?」
「ええっ!? め、めぐみんがアクシズ教徒!?」
「違いますよ! というかどうしてゆんゆんがそんなに驚いてるんですか! あなた、私とずっと一緒に行動していたではありませんか!」
「でも、めぐみんって食べ物出されたら入会してそうなところあるし……」
「そ、そこまでばかではありませんよ! 私は温泉旅行がしたいだけなんです!」
テーブルをバンバンと叩いて、あくまでも温泉旅行がしたいだけだと主張する娘に俺は言い聞かせる。
「めぐみん、目を閉じろ」
「目を? まあいいですが」
「周りには自然がたくさんある」
「はい」
「そして、お前は自分だけが知る秘湯に入っている。ちょうどいいい湯加減より少し熱いんだが、時折吹く風がひんやりとしてて、それが妙に気持ちいいんだ」
「ふむふむ……」
「目を閉じれば、遠くから鳥の鳴き声が聞こえ、風が草や木の葉をカサカサと揺らす音と重なりあい、自然の音楽が湯に浸かるお前を包み込む」
「おお……」
「湯の熱さ、風の冷たさ、自然の音楽、目を閉じていたお前はいつの間にか自然と一つになっていて、疲れも悩みもどこかへ飛んでいき、ただその瞬間に酔いしれる」
「むむむ……」
「目を開けたお前は、この秘湯を知れたことを喜ぶと共に素晴らしい空間をつくってくれた自然に感謝するんだ」
こいつなら俺の話だけで全て想像できるはずだ。
そして、自然に囲まれているわけではなく、人が都合のいいようにつくった温泉への興味は薄れることだろう。
確かに温泉はいいものだ。
露天風呂なら空を見ることもできよう。
しかし、周りを見れば壁に囲まれているわけだ。
今話した自然の露天風呂に比べたら、魅力が薄れる。
この俺の作戦に失敗はない。
「どうしよう! 温泉! 温泉に行きたくなっちゃったよ!」
「カズマの話を聞いてたら、いても立ってもいられなくなったんだが」
「もうこれは行くしかありませんよ! 行きましょう、水と温泉の都アルカンレティアへ!!」
関係ない二人まで想像したらしく、温泉への思いを強めたようだ。
この俺の作戦が失敗に終わった……。
まだだ。
まだ何か手はあるはずだ。
考えが浮かぶまで時間稼ぎしよう。
「うちにそんな余裕はありません!」
「何でお母さんみたいなんですか。余裕も何も我々には何十億という大金があるではありませんか」
「寝言は寝て言いなさい。平民にそんな大金あるわけないでしょ」
「バニルの報酬すら国家予算並みだぞ? ないわけがなかろう。いいから温泉に行くぞ!」
「そうよ。温泉に行って、ゆっくり過ごしましょうよ。お風呂に入りながら冷たい飲み物を飲んだり、美味しいご飯を楽しんだり」
ゆんゆんが余計なことを言ったおかげで、めぐみんとダクネスはそれもあったとばかりに手をぽんと叩いた。
本当に余計なことを言いやがって……!
「一番いい宿に泊まって、他では味わえない最高の食事を楽しみ、メインの温泉も心ゆくまで堪能し、可能ならばレベルの高いマッサージも頼んで……」
「ちょっとめぐみん、そこまで言われたら何が何でもそういうところに行きたくなるじゃない!」
「想像するだけでも疲れがとれそうだ」
こうなったら女だけで行ってこいよと言うか?
いや、そうしたらこいつらハンスに殺される可能性もあるし……。
俺も行くしかないのか……。
話せば話すほど温泉への熱を高めるこいつらを鎮める術を俺は持っていない。
もう諦めて温泉旅行にでも行くか。
もしかしたらエッチなイベントが起きるかもしれん。
サキュバスの夢サービスで見るようなエッチなことが起きるかもしれん。
夢と希望の都アルカンレティアになるかもしれん。
「しょうがねえなあ。宿とかはお前らが決めろよ」
「いいですともいいですとも」
「間違ってもアクシズ教徒が運営する宿はやめろよ。寝ても覚めても勧誘されるのは嫌だからな」
「ええ。ちゃんと宿は選んでおきますよ」
めぐみんがグッと親指を立てる。
めぐみんはアクシズ教徒ではないようなので、連中の恐ろしさを考慮したら彼らが運営する宿なんか選ぶはずがない。
問題はガイドブックにそのような情報が記載されているかどうかだ。
もしもアルカンレティア一の宿屋がアクシズ教徒が運営するところだったなら、死ぬ危険さえある。
できることならエリス教徒が運営する宿に泊まりたいものだ。
不安しかないが、水と温泉の都アルカンレティアへ行くとしよう。
次はアルカンレティアです。
そこで起こる数々の怪異。
次々と消えていく住人。
仲間の裏切り。
ポロリもあるよ。
そして、最後に明かされる衝撃の真実とは。
嘘ですごめんなさい。