公民館で小五郎と島の住人が明智小五郎だの宇宙飛行士などとコントを繰り広げている間に百々月は死んだ川島から続いていた海水をたどって海辺に出ていた。
「やはりか…」
波打つ海辺に浮かんでいたのは黒の上着、サイズも大きめな所を見ると恐らく川島のものだろう。海水でずぶ濡れになった上着を回収すると公民館に戻る。
「死亡時刻は30分から1時間前、死因は恐らく川島さんは溺死させられたものと」
「水に溺れたのか」
成実の検死の結果を聞きながら百々月は部屋に戻ると外で海水をたっぷり吸った上着を絞る。
「恐らく、そうでしょうね。海に川島さんの上着が流れていました、遺体から続いてる海水を見る限り引きずられてピアノまで運ばれたのでしょう」
水が滴る上着をこの場にいる皆に見せながら慣れたように推理を披露する百々月を皆は見つめる。
「この部屋の鍵は全て閉まっている上に正面玄関には私達がずっと座っていた点から推測すると犯人は川島さんを殺した後に何食わぬ顔で法事に戻った可能性が高いでしょうね」
「そうだな、流石は俺の弟子だ」
(いつの間にかももが勝手におっちゃんの弟子になってるじゃねぇか)
小五郎の発言に心の中で突っ込むコナン。彼も彼女の推理に文句ない。
「ちょっと待ってよ。ならまだこの中に犯人がいるって事?」
黒岩の娘である黒岩令子の言葉に駆けつけた者たちは騒然とし互いが互いに顔を見合う。
「そうだ、犯人はまだこの中にいる。川島さんが法事の席から発ったのを見た方はいらっしゃいますか?」
「それならわしが知っておる、確かトイレに行くといって」
「他に席を立った人を見た方は?」
「へっ、そんなこといちいち覚えてられっかよ」
川島さんを最後に見たのは現村長の黒岩、他に席を立ったのを見た者は村沢の言うとおり覚えていない。監視カメラもないこんな田舎の公民館では人の情報が頼りなのだがこうなってはどうしようもない。
「なら川島さんが誰かに恨まれていたとかはどうです?」
「恨みではないが、川島が死んで一番喜んでいるのは同じく村長選に出ている清水くんでは」
「な、それは貴方も同じでしょう。黒岩村長」
黒岩のまさかの言葉に思わず声を荒げて反論する清水。
「そうね、それならパパの当選は確実、誰かさんが票を自分の方に流れるように仕組んでなければね」
「なに!?」
「お嬢様」
父親に便乗するように娘の令子も清水に向けて挑発的な発言をする彼女を秘書の平田は咎めるように言葉を発する。
「止めなさい!人が一人、死んでしまったというのにゴチャゴチャと…それでも人の上に立とうとしている人間の態度ですか!」
清水と黒岩親子の口論を小五郎が仲裁に入ろうとした時、百々月の鋭い声が清水と親子に鋭く突き刺さる。自身の半分も生きていない娘にもっともなことを言われ3人は思わず口をつぐむ。
百々月本人としては死体そっちのけで自身の立場やプライドの張り合いに固執する人達をたっぷり眺めたかったが仕方がない。面白い余興も長引けばシラけるだけだ何事も適切な長さというものがある。
(流石ももだな。誰に対しても言うことは言う)
彼女のスカッとした態度にすっきりしたコナンは頭を切り換えて推理へと戻る。
「それにしても犯人はどうして死体をここに…」
「それは、犯人がこの殺人をピアノの呪いってやつにしたかったんだよ。ところでいつからこのピアノはここに?」
「それは15年前に麻生さんが寄贈されたもので以来、ずっとここに」
「あぁ、あの麻生さんでしたか」
麻生圭二、この事件に自分たちを巻き込んだと言っても過言ではない人物が記した名前。
「はい、名前もちゃんと鍵盤の所に」
「ん、これは…楽譜だ。変だな、昼間見たときにはこんなものなかったのに」
開け放たれた鍵盤の蓋とピアノの隙間に一枚の楽譜が挟まっているのを確認すると黒岩と西本という人物の顔が一変する。
「うあぁ…あああああ!」
絶叫しながら逃げていく西本を見送ると入れ替わるように蘭が駐在所から警察官を連れてきた。
取り敢えず、時間はかなり遅い。人数も多い事から事情聴取は翌日ということとなった。
「なにが殺人じゃ。あれは麻生さんの祟りじゃ」
「くわばら、くわばら」
「この世の殺人を祟りだ、呪いだと言っていたら警察や探偵は要らないな」
「まったくだぜ」
老人たちの言葉に呆れる百々月とコナン、この月影島は予想以上に閉鎖的な島のようだ。
ーー
「びっくりした、百々月さんの名推理には。貴方も探偵なの?」
「まぁ、そのような者です」
「羽部さんは前にも難事件を解決した事があるんですよ」
「へぇ、凄いわね」
宿への道、成実さんと供に帰路についていた百々月たちは会話をしながら夜道を歩く。
「では、我々はこれで戻りますので」
「じゃあ、ここで。早く事件を解決してくださいね。私もう、検死なんてやりたくありませんから」
「大丈夫ですよ、私にかかればチョロいもんですよ」
大きく笑う小五郎を見て頼もしく思ったのか成実はその場を後にする。彼女の姿が見えなくなるのを見計らって百々月は口を開いた。
「小五郎さん、まだこれで終わりじゃありませんよ」
「なに?」
「この事件でこの手紙は犯人が送ってきたものだと分かりました。ならばこの文中の《消え始める》という文面、私の予測では連続殺人の予告ではないかと」
「そういうことか…」
コナンより前に百々月は連続殺人の事を頭に入れていた。このタイミングで言ったのはここにいる者以外誰にも聞かれたくなかったからだろう。
「じゃあ、その光っていう文言も月光って事だね」
「そうコナン君の言うとおり」
麻生さんの不審な死から始まる三つの殺人事件は全て月光とピアノが関わっている。これは間違いないだろう、小五郎はピアノの周りが臭うとみて公民館に駆ける。3人もそれを追いかけるのだった。
ーー
「まったく正気とは思えんのぉ。死体と一緒に一晩明かすなんて、しかも子供連れで」
「百々月ならともかく、なんでお前たちまで来たんだ」
「だってコナン君が…」
交番の警官のぼやきに小五郎は蘭とコナンを睨む。百々月なら数歩譲って良しとしても他の2人は言うなら無関係だ。彼が怒るのも分かる。
その後、勝手に川島の死体を移動し、重要な証拠となりそうな楽譜を上着の内ポケットにしまい込むと警官のおじいさんがやらかしまくっていた。
「呑気というか、緩いというか…」
「あら、これ月光よ」
「「なに!?」」
蘭の言葉で楽譜の正体は月光だと判明する。というよりは普通、ピアノに携わった事がありなおかつ月光を弾いたことのある人物しか分からないことだが彼女はいとも簡単に答えた。
「蘭って昔、ピアノ習ってたのか?」
「まぁ、軽く弾ける程度だけど」
「凄いな」
園子の家の規模が大きすぎて忘れがちだが蘭も刑事と弁護士の娘で裕福な家のカテゴリーに入る。よく考えれば新一も世界的に有名なミステリー小説家と伝説の女優の息子、そう考えてみると金持ちばっかだ。
「あれ、私の周りって富裕層だったのか…」
(おめぇも富裕層だろうが…)
百々月の呟きにコナンが突っ込む。実を言えば百々月も歴史的に有名な人物の子孫で京都で有力な家の縁者だ。
そんな百々月の考えを余所に蘭は月光を演奏するが楽譜の4段目が改変されていたのが判明する。
「ということはこれは川島さんのダイイングメッセージ、なら犯人が取り返しに来る可能性があるな」
「あのぉ…」
小五郎の言葉に全員が緊張感を持った瞬間、部屋の扉が開き1人の人物が入ってくる。その正体は弁当を持参した成実さんだった。
ーー
おにぎりに美味しそうなおかずの数々、おにぎりの中身は何も入っていない代わりにおかずは濃い味ばかりでとてもバランスの取れた夜食。控えめに言って絶品である。
「やはり米だなぁ」
THE日本人、百々月は温かいお茶を飲みながらホッと息をつく。
「羽部さんって本当に日本の食べ物が好きだよね」
「好きと言うより食べ慣れていると言った方が良いかもしれん。しかし力強く、しっかりと握られたおにぎりは食べ応えがある」
「喜んで貰って何より、どんどん食べてね」
百々月が心底美味しそうに食べているのを見た成実は喜ぶと和やかに話し、自分のことについて話し始めた。
話を聞くにどうやらこの島の人ではなく、東京から通っているらしい。
「昔から憧れだったんです。こんな自然に囲まれた小さな島で働きたいなって。んで、今年でもう2年」
「成実先生、2年前に亡くなった前村長の亀山さんは本当に死因は心臓発作だったので?」
「えぇ、あの方は以前から心臓がお悪くて。ただ、顔はかなり引き攣った様子で、なにか悪い物でも見たような」
「麻生さんの幽霊でも見たのかな…」
「やめてよ、羽部さん…」
百々月の軽口に幽霊の類いが苦手な蘭は反応する。
「ねぇ、その時変わったことはなかった?」
「そうね、確か窓が一つ開いていたと思います」
「確かその時は誰かが閉め忘れたんだろうってことになったんだが」
警官の軽い口調に百々月たちは小さくため息をつく。人が死んでいるのに何でこうも軽く済ませられるのか。ここで人を殺しても勝手に未解決になってしまいそうだ。
「その窓とは?」
「確か、この窓だったと」
「「誰だ!?」」
成実が立ち上がり示した窓の外、そこには人影が映り込んでおりその人影は慌ててその場を逃げ出す。
「まてぇ!」
コナンは身軽に窓枠を乗り越え小五郎は尻餅をつきながら外に出ると人影を追いかけるが電灯のない真っ暗な森の中、すぐに見失ってしまう。
「よし、今夜はここで寝ずの番だ!」
「「「はい!」」」
やはりピアノに置かれていた楽譜が重要な証拠と判断した小五郎の指示の下、夜を通して現場を見張る事としたのだった。
ーー
それからどれぐらいの時間が経ったかは分からない。小五郎と警官は寝落ちしグッスリ眠っているのを横目に眠気が限界突破した他の面々はひたすら眠気と戦っていた。
「羽部さん、大丈夫?」
「まだだ、これぐらい…」
田舎の公民館、やはり夜は少し冷える。
「少し花を摘みに行ってくる」
「えぇ、気をつけてね」
先程、成実がお手洗いに向かいまだ帰っていないがそろそろ帰ってくるだろう。百々月がドアを開けると目の前に成実の姿があった。
「え?」
「はぁ?」
タイミング良く出会った2人は正面衝突、前に進んでいた筈の百々月が倒れ込み成実の下敷きとなった。
「あぁ、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ失礼しました」
顔を真っ赤にして急いで立ち上がる成実。成実は手をさしのべて百々月を立ち上がらせる。
「ん?」
「どうしたの蘭姉ちゃん?」
「いや、何でもないわ。コナン君」
その一連の流れを見て蘭は疑問の声を小さく上げるがすぐに撤回する。対する百々月も一瞬だけ目付きが険しくなるがすぐに眠気MAXの顔に戻る。
そんなトラブルが発生するも百々月たち4人は目暮警部が島に到着するまで無事に起きていたのだった。
「おお、君か。この前は助かった、また頼りにしているぞ」
「ありがとうございます。微力ながらお手伝いできれば幸いです」
再会を果たした目暮と百々月は挨拶を交わすと。目暮の視線が爆睡している小五郎へと向けられる。
「まったく、それに比べ毛利くんといったら…」
「許してあげてください。私たちの方が若い、元気は若者の特権ですよ」
そう言いながら百々月は小五郎の持っていた楽譜を渡す。
「川島さんの死んでいたピアノに置いてあった楽譜です。恐らく、ダイイングメッセージか犯人が残したものでしょう」
「うむ、ありがとう。それにしても本当に君は出来た子だなぁ。事情聴取が来たら起こしてあげるからゆっくり寝るといい」
「ありがとうございます」
目暮の心遣いをありがたく受け取った用意された布団で既に眠ってしまった蘭たちを横目に寝袋で眠るのだった。
―少女も悪魔に微笑みかける―